その力、顕現せよ。
「こんばんはお兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」
微笑みながら白い少女は言った。
その言葉を聞いた俺は普段なら問答無用で士郎を処刑して泣いて悔しがっただろうが、それは後ろの化け物が居なかったらの話だ。
こんな状況に追いやられたのはいつ以来だろうか?
ヤバい、と頭の中で小さい俺が緊急時態の鐘をガンガン鳴らしてきやがる。
「───驚いた。単純な能力だけならセイバー以上じゃない、アレ」
舌打ちしながら、頭上の怪物を睨む凛。
ハッキリ言って意味不明だが、どうやら凛達の関係者らしい。一体何をやらかしたら年端のいかない少女と化け物に目を付けられるんだ? 色々おかし過ぎて笑えてくる。
「アーチャー、アレは力押しでどうにかなる相手じゃない。ここは貴方本来の戦いかたに撤するべきよ」
まるでそこにはいない誰かにしゃべりかけるような声。
「了解した。だが守りはどうする。凛ではアレの突進は防げまい。それに加え一般人もいるのだぞ」
「それでもなんとかするしかないわ」
もう、訳わからん。いきなり虚空から聞こえる声と平気で話す幼なじみ。カッパの美少女セイバー。そして少女とフラグ立てているリア充野郎。もういいや、考えても仕方ない。この局面を乗り越える事が先だし、その後士郎にでもプロレス技で体に聞けばいい。
そうやって俺は、今抱えてる問題を丸投げした。現実逃避とも言う。
「────衛宮くん。逃げるか戦うか貴方の自由よ。…………けど、出来るならなんとか輝一と一緒に逃げなさい」
「相談は済んだ? なら、始めちゃていい?」
まるでこれから楽しい事が起こるような軽やかな笑い声。
少女は行儀良く、まるで舞踏会ので行うようなお辞儀をした。
「はじめまして、リン。私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えばわかるでしょ?」
「アインツベルン────」
その名前に聞き覚えでもあるのか、凜の体が微かに揺れる。
そんな凜の反応が気に入ったのか、少女は嬉しそうに笑みをこぼし、
「────じゃあ殺すね。やっちゃえ、バーサーカー」
有り得ないほど軽い殺害宣言を俺たちに出しやがった。
巨体が飛ぶ。
バーサーカーと呼ばれたモノがその体に似つかわしくないスピードで、坂の上から何十メートルという距離を一息で落下してくる──────!
「────シロウ、下がって……!」
月の下。
流星群のようなモノが落下してくる巨体にぶち当たる。
「■■■■■■■■」
正確に巨体を射抜いていく銀光は、紛れもなく『矢』による攻撃だった。
銃弾や、ましてやミサイルでもない。どれを取っても圧倒的にスペックで劣るはずの弓矢が何かの冗談のような威力を秘めて八撃も超高速で飛来する。
しかし、
「うそ、効いていない─────!?」
黒い巨体には何の効果も及ぼさなかった。
『矢』をその身に受けながらも落下してたバーサーカーの大剣はいつの間にか黄色いカッパを脱ぎ捨て、その下の騎士鎧を露わにしたセイバーの見えない『何か』で火花を散らし防がれていた。
いや『何か』ではない。アレは………、
「剣か、しかも不可視の」
誰に聞かせること無く呟く。一目見て解った、いや感じたと言うべきか。アレは聖剣だ。しかも掛け値なしの最上位の。俺の中にある聖剣があの見えない剣と共鳴している。
「ふっ………!」
「■■■■■■■■」
ぶつかり合う剣と剣。
力任せのバーサーカーの剣に見事な剣捌きでセイバーは打ち合っていく。さすが、聖剣の担い手と言った所か。
俺は今の状況を半ば忘れ、食い入るようにセイバーの戦いに魅入った。
「なるほど。魔力をブーストして剣の威力を上げているのか………」
それなら納得がいく。ああいう戦い方ならば体格差は関係ない。魔力さえあればいい。最もその戦法は膨大な魔力が有ってこそ成り立つのだが。
「───────」
何も魅入ってるのは俺だけではない。あの白い少女も、俺の両隣で呆然とセイバーを見つめている凛と士郎も息を呑み、見惚れていた。
「…………っ! アーチャー、援護……………!」
焦ったような凛の声に応じて、またも銀の光が放たれる。
銀光は容赦なく巨人のこめかみに直撃する。あの威力だ、戦車砲に匹敵するソレはいくら頑丈な体をしていたとて無事では済まないだろう。
「────取った…………!」
凛の声にも歓喜の色が窺える。
間髪入れずに不可視の剣を薙ぎ払うセイバー。しかし。
それは、あまりにも凶悪な一撃によって、体ごと弾き返された。
「ぐっ………!?」
飛ばされ、アスファルトを滑るセイバー。
それを追撃する黒い暴風と、追撃を阻止せんと翔る幾つもの銀光。
だが効かない。
機械のような精密射撃で射られた三本の矢は悉く巨人の体に敗れ去った。
「■■■■■■!!!」
巨人は止まらない。
無造作に振るわれた大剣を、セイバーは強引に受け止める。
「セイバー……!」
士郎がたまらす叫ぶ。
バーサーカーの一撃を受け止めたセイバーは、それこそボールのように弾き飛ばされ───だん、と坂の中頃まで落下した。
「───!」
目が眩んでいるのか。セイバーは地面に膝をついたまま動かない。
「───トドメね。潰しなさい、バーサーカー」
少女の声が響く。
黒い巨人は、悪夢のようなスピードでセイバーへと突進する。
「アーチャー、続けて…………!」
そう叫びながら凛は走りだした。
───セイバーに加勢するつもりなのか。
凛が石らしき物を取り出し坂を駆け上がっていく。
止めようともしたが辞めておいた。考え無しに突っ込むとも思えない。俺が行ったところで邪魔にしかならないだろう。
「Gewicht.um zu Verdoppelung───!」
――驚いた。ドイツ語だろうか? 意味は分からないが確かに凛は黒曜石を空中にばらまき魔術を行使している。しかもかなりの熟練者のようでその行使は手慣れた様子だった。さっきから驚きの連続で心がついていかない。確かに向こうに行ったときに
その間にも、加えて空から雨あられと降り注ぐ銀光がバーサーカーを襲うが尚もその突進は止まらない。
「───なんて」
怪物、だ。
口に出さなくても士郎の言いたい事は解る。
あれは『屈強』とかそんな次元のモノじゃない。恐らく強固な魔術加護に守られているのだろう。この分だと再生効果もありそうだ。前に似たようなモノを纏っていたヤツを見たことがあるが、目の前のモノと比べるとお菓子の付録並みにちゃっちい。
「いいよ、うるさいのは無視しなさい。どうせアーチャーとリンの攻撃じゃ、アナタの宝具を越えられないんだから」
響く少女の声。
薙ぎ払われる巨人の大剣。
それを凛々しい視線のまま剣で受け止め、セイバーは二度、大きく弾き飛ばされた。
───坂の上を何十メートルと吹き飛んでいく。
セイバーは一直線に、それこそ豪速球のように、坂道から外れた荒れ地へ叩き込まれた。
バーサーカーはそれを追い荒れ地へと突き進んでいく。
「………おい、士郎どうする? 今なら逃げれるけど?」
先はたしか墓地だった筈だ。小柄なセイバーには有利に働く土地。うまく墓石を使えばバーサーカーを撃退も可能だろうが、果たしてあの筋肉ダルマの勢いをみる限りそれも怪しいところだ。
「バカ言えッ!! あのままセイバーを放っておけるか………っ!!」
「……そう言うと思ったよ」
俺は僅かに唇の端を曲げて勢いよく走り始めた士郎の後を追っていく。
「セイバー────!」
士郎が勢いよく荒れ地に駆け込む。
「こっち……! 前に出るととばっちり食らうわよ!」
「えっ、ちょっ………!?」
「ま、待て凛っ!! そんなに引っ張ったら…………っ!!」
凛が木の陰に引き込もうと俺と士郎の腕を勢いよく引っ張った。
が、この時ほど自分の運の悪さと凛の『うっかり』を呪ったことはない。もし、この状況を作り出した神様がいるのなら俺は怒りのあまりソイツにパイルドライバーを二十回連続でかけ続けてるだろう。
つまり、何が言いたいかと言うと、たまたま戦闘によって砕けた墓石が運悪く俺の足元にあって、偶然にも俺の腕を引っ張ったのは凛の利き腕であり、『うっかり』彼女は俺を引っ張る力加減を間違えたのだ。
その結果、俺は何かのギャグのように墓石に蹴躓きゴロゴロ~っと出方を窺うためににらみ合っていたセイバーとバーサーカーの間に転がり出てしまった。
ふっ、と目を上げると巨大な体がこんにちは。バッチリと目があってしまった。
「………あはは、は………」
愛想笑いでごまかそうと時既に遅し。目の前の狂った巨人は岩の塊のような大剣を振りかぶっていらっしゃった。
世界がスローで動く。
「………くっ!!」
セイバーが顔を歪め間に合うはずがないのにこちらに走り寄ってきた。
「笠原ッッ!!」
士郎の焦った声がが聞こえる。
「──────っ!!」
凛が顔を真っ青にしながらこちらを見ていた。
…………なんて顔してやがる。まるで泣きそうじゃねーか。
もう目前まで大剣が迫ってきた。このままいくと俺の頭はザクロのように中身を撒き散らしながら死んでいくんだろう。
そう普通なら。ただの一般人である笠原輝一ではこの運命には抗うことは出来ずこのまま死んでいく。
だが、それはあくまで『普通』だったらの話。
魔術なんかなく、
夢もなく、
奇跡も無く起こりえない『普通』ならばの話だ。
だけど、そんなクソッたれな世界の『当たり前』には従えない。
こんな俺だけど死んだら悲しむヤツがいる。涙を流すヤツがいる。
そして何より、女泣かす男なんて最低だろ?
そうやって俺は笑う。三年前、勇者として数多くの敵と相対した時のように。不適に、素敵に、大胆に。なにより天敵として。
心の中で剣をゆっくりと引き抜くイメージをもって戦うための思考へとシフトしていく。
「
――――光が溢れ出す。
―――それは暗闇から差す極光。絶望を希望へと変換する力。
その膨大なる光の渦にバーサーカーが一歩、二歩と警戒して間合いを開ける。
轟! と爆発したように光が弾け飛び中にいた俺を淡く照らし出す。
見た目はさっきまでと殆ど変わらない。ジーンズに長袖の無地のシャツだ。だが、右手には柄も刃も装飾も全てが白銀で造られた巨大な大剣を握っていた。
────聖剣
その剣こそが俺を世界を救った勇者にたらしめんとする力。
――
「ホントに久々だなこの感覚。まったく、もう二度と握ることはねーと思ったのにな」
そう言って俺は軽く大剣を振るう。
「──────」
この場にいる誰もが呆然とし呆気にとられていた。それは大剣を見てか、それとも大剣を握った俺を見てなのか。
俺はそんな事お構いなしに肩に剣を担ぎ目の前にいる巨人に話し掛けた。
「よう。美少女とのデートはもう充分だろ? だからさ、今度は俺と一緒に遊ばねーか?」
「………アナタ、何者?」
白い少女がキツい目をしてこちらを睨む。
「ああ、そうか。まだ自己紹介がまだだったな。俺の名前は笠原輝一──────」
そこで俺は一拍間を置きニヤリと笑って、
「─────元、勇者だ」
そう、名乗った。