墓地がテロられました。
――あそこにいるのは一体誰なのだろう?
静かに瞠目する。息が詰まりそうなほどの濃密な魔力の中心で神秘の固まりのような白銀の剣を無造作に肩に担ぐ幼なじみは彼女の知らない姿だった。
始まりは前回の戦争で父が死に、その後を追うように息を引き取った母の葬儀の時だった。彼と破天荒なお人好しである彼の両親に半ば強引に巻き込まれた彼女は彼ら一家に振り回されながらあわただしい日々を送ることになった。そうしてまるで姉弟のように一緒に育った彼は、陰に隠れ裏社会の住人の魔術師である彼女にとっての日常の象徴であった。
馬鹿でマヌケでそのくせどこか放っておけない幼なじみ。
そんな誰よりも近くにいたはずの存在がどうしてか今は、背中しか見えなくなるほど遠くへ離れたような気がした彼女――遠坂凛は内側からわき出るようにして溢れ出したなにかに蓋をするため、無意識のうちに唇を噛みしめた。
※※※
「勇者、ですって? 馬鹿にするのもいい加減にして! いいわ、凛とお兄ちゃんの後に殺してあげようと思ったけど、先にアナタから殺してあげる。やりなさいバーサーカー!!」
「■■■■■■■!!!」
少女の声で狂った雄叫びを上げながら、巨大な石剣を凄まじいスピードで薙払う黒い巨人。
普段の俺なら確実に知覚できないスピードで迫りくるソレは俺の命を刈り取るのには充分な威力のをもって迫り来る。
しかし、
「オイオイ、そんなに急かすなって────」
当たる直前、俺は突然掻き消すように消え、凶悪な大剣は空を斬った。
「────程度がしれるぞ」
タン、と軽やかな音を立ててバーサーカーの振り切った大剣の上降り立つ。
「そんな!?」
少女が戸惑った声を上げる。
その声に反応しバーサーカーが俺を剣から振り落とそうとしたが、
「遅ぇっ!!」
一閃。
俺の切っ先はバーサーカーの目を横一文字に切り裂いた。
「■■■■■■■ーー!!!!」
黒の巨人の叫びが大地を震わすなか、俺は素早くその場から跳躍し、セイバーの横へと離脱した。
「─────」
危なかった。そう思いながら、汗で湿る手で大剣を握り直す。
今の一撃は正直に言って相手が油断していたからこそ与えられたものだ。
聖剣の加護で肉体も五感も人の域を軽く超えたはずだったのだがそれでもあの狂人のレベルにはまだまだ届いていない。
高速移動法である閃走にしても何度も使えば見切られるだろう。クソったれめ、こうして戦えるレベルにまでなって初めて相手のデタラメさが解る。
「セイバー、聞こえるか?」
目線はバーサーカーに向けながらセイバーに声を掛ける。
「はい」
その姿に違わず凛とした声。
「俺はあの後ろの二人を守りてぇがどうしてもアイツら守り通すためには俺の力だけじゃ足んねぇ。だからよ、俺にお前の力貸しちゃくれねーか」
セイバーは俺の言葉を聞き静かに不可視の剣を構える。
「……………、私はシロウの剣です。だから私はシロウをあらゆる厄災から守ると誓った。しかし、今の私ではバーサーカーを打倒するのは難しいでしょう。ですから貴方の力を貸して頂けますか?」
セイバーの言葉に俺はニヤリと、引き裂くように笑った。
「上等ッ!! 俺は笠原輝一だ。改めてよろしく」
「セイバーです。以後、お見知りおきを」
その言葉と同時にバーサーカーへ駆け出す。どうやら目の傷は癒えたらしく、不健康な赤い目がこちらを睨みつける。
「■■■■■■■!!!」
バーサーカーが大剣を振り回す。その一つ、一つが大地を揺るがし、空を震わす。その暴力の塊に真っ向から合わせる事はしない。と言うか、したくても出来ない。だからこそ俺は、剣先を合わせ、相手の剣を自分の剣の上を滑らすようにいなしていく。
「……ぐっ!」
重い。一太刀受ける度に全身の力が根こそぎ持ってかれるようだ。
ギリギリと力を入れるために歯を食いしばる。
「はあああああっ!!」
とセイバーがバーサーカーの横合いから旋風のような太刀筋で果敢に切りかかる。
飛び散る火花。
バーサーカーは俺とセイバーの両方を器用に捌きながらその圧倒的な火力で逆にこちらを押し切ろうとしている。
俺たちが剣と剣を合わす度に周辺の墓石が何かの冗談のように吹っ飛ぶ。
「──────ッ!!」
コレじゃ埒が明かねぇ。俺とセイバーはさっき出来たばかりの即席コンビだ。コンビネーションなんてないに等しい。今はまだなんとか誤魔化せるが、長期戦になるとボロがでる。だからこそ、ここで勝利をもぎ取るには短期決戦でしか有り得ない。
バーサーカーと剣を交えながら全身の魔力を循環、加速させ足へと一点集中し爆発させる。
グンと狭まる視界。
数十メートルあるバーサーカーの背後へと一瞬で走破する。
バーサーカーはまだセイバーとの打ち合いで後ろには対応出来てはいない。
「だぁぁぁああああッッ!!」
そのガラ空きの背中に渾身の一刀を加えようとしたが、
「■■■■■■■■■!」
バーサーカーはセイバーを力で押し切った剣でそのまま近くの墓石を背後の俺に向かって砕き、吹っ飛ばしてきやがった。
「クソがッ!」
音速に近いソレを強引に引き戻した大剣で防ぐ。
ガゴン! と砲撃を受けたような衝撃で強制的に後ろへと押し戻されてしまった。
丁度セイバーと俺でバーサーカーを挟むような立ち位置で様子を伺う。
今までの激戦からは考えられないような静寂が周りを包み、冬の冷たい空気が熱くなった体を冷ます。
「今のを防ぐなんてな。後ろに目でもついてんのかよ」
小さく毒づく。
しかし、本当にいつ以来だろうか? この血液が沸騰するような感覚。勇者として数々の敵と剣を交え、戦ってきたがこれほどの強者と出会うのは両手の数ほどだった。セイバーにしてもそう、あの疾風のような剣はウチの脳筋剣士と同等かそれ以上だ。
「………フフン」
思わず笑みがこぼれる。まさかこんな平和を代表するような地方都市でこんな戦いを行えるなんて、夢でも見ているようだった。
一太刀受ける度に心の奥底で沈んでいた『何か』が思い起こされてくる。
まるで、今まで長い眠りにつかされていたものが叩き起こされるように。
…………ああ、そうか。
これは、戻っているんだ。
三年前に、身を粉にし、命を削りながら続けた戦いの日々。それが鮮明にこの身に写し出され、色を吹き込まれる。
「おかえり、勇者」
おかえり、俺。
今日、今宵をもって俺は戻る。
勇者に。
そして何よりもなくしちゃいけない大事なもののために。
目を軽くとじる。イメージするのは比類無き一本の刃。鋭く、ただ冷たいたく神経を研ぎ澄ませる。
「─────シッ!!」
セイバーとタイミングを合わせ、脚で大地を打ち抜くように踏みしめてバーサーカーへと突貫する。
両極からの同時攻撃。
バーサーカーへと矢のように迫る。
黒き巨人を両断せんとせまる二本の聖剣。
「■■■■■■■!!!」
巨人は俺の剣を防がんと片手で岩の大剣をふります。
轟! と剣と剣の接触の余波で剛風が吹き荒れるが剣は潰した。
大剣を俺を防ぐ為に使ったバーサーカーにはもうセイバーの剣を防ぐ手段がない。だからセイバーの剣が黒い巨体を斬り伏せるはずだった。
が、
「─────そんなッ!!」
セイバーから漏れる驚愕の声。
バーサーカーは自らの手が傷つくのもお構いなしにセイバーの剣を折らんばかりに握りしめてその剣を止めていた。
「■■■■■■■」
すぐに傷が癒えるバーサーカーだからこそ行える行動。
バーサーカーは剣を握りしめたままセイバーをあらんかぎりの力で放り投げた。
しかし、ただ放り投げたとしても投げた相手があの巨人だ。セイバーがいくら頑丈でも凄まじいスピードでぶっ飛んで地面に激突すればひとたまりもないだろう。
「させるかよッッ!!」
すぐさま俺はバーサーカーの剣を払いのけ、魔力を循環、圧縮、爆発の過程ををコンマセカンドで完了させ、セイバーが地面に激突するよりも早くセイバーと地面の間に身体を滑り込ませる。
「────セイバーッ!!」
セイバーは俺の意図を瞬時に察し、空中で器用に体制を整え、地面との間に差し込まれるように構えられた俺の剣にサーフボードのように乗る。
「ぐぉぉぉおおおおお────────!!」
セイバーが剣に乗った瞬間、体中から力をかき集めるように雄叫びを上げ、剣を水平に振り抜いた。
ブォ!! と空気が弾けたような音を立てセイバーはミサイルのようにバーサーカーへと突っ込んでいく。
隕石のようなスピードが乗った強烈な一撃がバーサーカーの剣と激突する。
今まで決して揺るがなかったバーサーカーも余りの威力にぐらりと体勢を崩した。
セイバーを剣で打ち出した俺はすぐさま魔力を脚から放出し、バーサーカーへ僅か四歩で到達する。
意識を集中させる。
世界が遅滞した。
体中の血が脈動する。
周りは静寂につつまれ自分の心音がやけに良く聞こえた。
一歩、二歩目で剣に魔力を纏わせ、循環させる。
三歩目。その込めた魔力量の多さから僅かに聖剣が蒼く輝く。
四歩目。
脚を踏みしめ跳躍し、体を弓のように引き絞り、聖剣を振りかぶる。
「これでシメーだぁぁぁぁああああッッ!!」
セイバーの攻撃によってガラ空きになったバーサーカーの黒い巨体に真正面からの斬撃。
聖剣に込められた膨大な魔力がインパクト時に爆発し破壊力を増す。
轟! とまるで地震が起こったように地面が震えた。
────決着。
斬撃によって巻き起こった砂煙でバーサーカーは視認は出来ないがアレは確実に攻撃が入った感触だった。いくらあの頑丈という言葉を人型にしたような怪物でも暫くは動けまい。
───これで引いてくれると嬉しいだけどな。
そう思いカラカラに乾いた唇を舐めたその時だった。
ゾン! と遥か遠くから殺気を感じた。
一瞬バーサーカーのか? とも思ったがこれは違う。
バーサーカーの殺気が無差別で巨大な岩の塊と表すならコレは剣だ。
長い年月、ただ熱く熱せられ、鍛え続けられた剣。
そこに俺やセイバーが持つ聖剣のような美しさはない。
ただ無骨に目的を達成させるためだけに作られた機能的なものを感じた。
スッと殺気を向けられた場所へと視線を向ける。
背後。
何百メートルと離れた場所、屋根の上で弓を構える赤い弓兵の姿を見た。
「───────」
ぶわっ、と全身から冷や汗が出た。
ヤツが構えているのは、弓だ。
今までと何も変わらない弓。
直撃したところであの黒い巨体には傷一つ負わせられない物。
「───────」
しかし、俺は視た。
アイツが『矢』として装填しているものは、異質であり。
その殺気の標的は、バーサーカー一人ではない。
次の瞬間。
「セイバー─────っっっっっ!!!!!!」
と士郎が物陰から飛び出し、
「な、シロウ─────?」
戸惑うセイバーを抱いて横っ飛びしたのと、
「────輝一ッッッッ!!!! 今すぐそこから離れなさいっ!!」
凛の声で慌ててその場を離脱したのはほぼ同時だった。
シュン、と今までと何ら変わらない空気を切り裂く音と共に『ナニカ』が放たれる。
今まで何の効果も出さなかった弓兵の矢。
ボロボロになりながらもそのような物、防ぐまでもないと向き直る黒い巨人。
だが、その刹那。
「■■■■■■■■■」
黒い巨人の影は俺たちに背を向け、全力で迫り来る『ナニカ』を迎撃し─────
──────瞬間。あらゆる音が、失われた。
「───────!」
とっさに聖剣を地面に突き立てその影へと隠れた。
今までとは比較できないほどの衝撃が剣越しに伝わる。
肌を焦がすような熱を感じた。
熱風で弾き飛ばされた様々な破片は四方に跳ね飛ばされ、カーンと甲高い音を立てて剣に突き刺さる。
「な───んだよ、コレは」
なんとかやり過ごせた後、口からでたのはそんなチープな感想だった。
内容は実に簡単な事だ。赤い弓兵が放った『ナニカ』によって墓地が一瞬のうちに炎上した。それだけ。
爆心地であったろう地面が抉れ、クレーターが出来ていた。
それほどの破壊をあの赤い弓兵が巻き起こし。
それほどの破壊力を以てしても、あの巨人は健在だった。
というか、
「俺の剣撃もほぼノーダメージかよ……………っ」
あれだけの攻撃でもなお、黒の巨人は健在だった。
火の粉が夜の闇に溶けていく中。
黒い巨人は微動だにせず炎の中に佇み、居合わせた者は声もなく惨状を見据える。
火の爆ぜる音だけが耳に入る。
警察が来たらどう言い訳しようか、と思った矢先。
「ん………?」
カラン、と乾いた音を立てて近くでセイバーを庇うように伏せていた士郎の前にあの赤い弓兵が放たった『ナニカ』が転がり出てきた。
「………剣………? 」
士郎の呟きが聞こえた。
否、それは『矢』だった。
豪華な柄と、螺旋状に捻れた刀身をもつ矢。
………まるで、剣を無理やり改造して矢として放ったような異質さだった。
バーサーカーによって叩き折られた矢は、炎に溶けるように消えていく。
跡形もなく消えていったソレはうたかたの夢のようだった。
「─────シロウ、今のは」
「……………アーチャーの矢だ。それ以外は分からない」
戸惑うようなセイバーとどこか呆然とした士郎の会話が耳に滑り込む。
「………ふうん。見直したわリン。やるじゃない、アナタのアーチャー」
何処にいるのか、楽しげな少女の声が響く。
「いいわ、戻りなさいバーサーカー。つまらない事は初めに済まそうと思ったけど、少し予定が変わったわ」
………黒い影が揺らぐ。
炎の中、巨人は少女の声に応えるように後退しだした。
「───なによ。ここまでやって逃げる気?」
……止めてくれ凛。もう俺のライフはゼロに近いんです。そのままそっとしといてあげて欲しい。
「ええ、気が変わったの。セイバーはいらないけど、アナタのアーチャーには興味が湧いたわ。だから、もうしばらくは生かしておいてあげる」
巨人が消える。
白い少女は笑いながら、
「それと、勇者様。今日はアナタのおかげでスゴく楽しめたわ。次会った時もまた遊んでね」
バイバイお兄ちゃん、と言い残して炎の向こう側へと消えていった。
…………イカン、完全に目ぇ付けられた。
はぁぁぁ、と今年最大のため息をついた後、セイバーに庇った際に突き刺さった破片を抜いて貰っている士郎を見る。
「あ─────っ、この、乱暴、もの─────」
「自業自得じゃ。どアホ」
うるさい、と息も絶え絶えに言い返された。
ま、そんなに元気があるなら上等か。
「………傷が塞がっていく………なるほど、自身に対する治療法を備えていたのですね」
そう言いながら胸をなで下ろすセイバーの背後から士郎の傷を見る。
確かに、この速度はは普通では有り得ない。まるでその部分だけ巻き戻しが起こったような傷の治り方だった。
「………?」
士郎の怪訝な顔を見ると自覚はなしか…………。だとすると生まれつきそういう体質なのかもしれない。治療費が必要なくてお得だな。
そこでもう一度深くため息をつき、奇跡的に無事だったコンビニの袋を拾い上げ、中からガリガリ君を取り出した。
般若のような形相で髪を振り乱しこちらに駆け寄ってくる幼なじみを横目で見ながら一口かじる。
「…………冷て」
ソーダ味はやっぱり美味かった。
こんにちは、勇者マスオことキラクマーです。前の住処が消失してはや二ヶ月チョイ漸く修正版出来ました。いやー、自分の過去の文章見返すのって軽く死にたくなりますね、ほんと。なんど悶絶したことか……、プロローグなんて一からの書き直しというダメっぷりですからね。こんな駄文でも見てくださった読者の皆様には感謝&陳謝の気持ちで頭が地面にめり込む思いです。
とりあえずここまでが第一段です。次で現存版に追いつくと思います。……が、その次が何時になることやら……なるべく早く更新しますといっても遅刻常習犯の牛歩野郎なので説得力皆無とか(哀)
そのくせ新ネタばっか浮かんでくるんだよなぁ……、マジで匙投げられないか心配だ。
こんな調子のダメな奴ですが、これからもよろしくお願いします。