基本、寝る。
日曜日。
それは青春を爆走する俺達学生が日頃のストレスを癒やし、明日への活力を養っていく日である。
街へ出てゲームセンターで遊んだり、ショッピングをするのもよし。
はたまた、土曜日から旅行にいくのもいいだろう。
いっそのこと家でゴロゴロするのもありだ。
各々が思うままに過ごし、心身ともにリフレッシュさせてまた明日から学業に勤しむ。
それが日曜日だと俺は思ってる。
だから、
「輝一、そこの鞄私の部屋に運んどいて」
「はぁ!? そんくらい自分でやりや「なんか言った?」イエ、ナンデモアリマセン」
断じて、こんな引っ越し業者まがいのことで筋肉を酷使する日ではないはずだ。
すがすがしい位に腹立つ笑顔を横目でみながら荷物を運び入れる。
着々と衛宮家に運ばれる凛の荷物と俺の荷物。まるでそれが土地を奪う為に来た侵略者のように見えて仕方がない。
「つーか、家主に無断でこんなことしていいのかよ?」
「あら? 別に無断じゃないわよ。同盟を結んだんだからこの位当然でしょ」
「そういうもんなのか……??」
そのあっけからんとした言いようにどこか納得している自分がいるのがなんか悔しい。
「それにしてもここって本当に魔術師の家なのかしら? 分度器やフラスコの一つもないなんて信じられない」
プロ意識が高い凛はあまりの士郎の魔術師としてのポンコツっぷりにくるものがあるらしく、忌々しいげに唇を曲げる。
「仮に魔術師じゃない家庭でも分度器位はもってる筈よね?」
「知らん、俺に訊くなよ。俺の家にはないぞ分度器なんか。小学校の時にアイスラッガーの練習して校長のズラぶっ飛ばした以来、行方不明だ」
「……………、アンタって昔からそうよね。訊いた私がバカだったわ」
呆れたように呟き、ジトっとした目つきでこちらを睨んでくる。
「アホか。お前、学校のハナタレ小僧だった時の恥ずかしい思い出が俺達を大人への階段へと押し出してくれるんだよ」
「アンタと一緒にしないで」
────…………。
ほほぅ、つまりそれはアレか。私は貴方みたいに馬鹿な事は一切してないわよオホッホッホッホ! 、とそうのたまうつもりなのか。この赤い小娘は。
「言ったな。凛」
よろしい、ならば戦争だ。
「な、なによ?」
「いやいや、お前は都合の悪いことは全部綺麗に忘れる体質だったな、と思い出しただけだ。何、ちょうど良い機会だろうから、この俺様が思い出させてやろうではないか!!」
「はぁぁぁぁああ!?」
ズビシィッ!! という効果音がピッタリとハマるように指差しポーズを決めた俺の宣戦布告を聞いて、女の子としていかがなものかというよな奇声を上げ面白いように顔を真っ赤に染め上げる凛。
凛と俺の関係は一般世間で言うところの幼なじみの間柄だ。
小さな頃から食って、寝て、遊んでと両親の次に長い期間一緒に過ごしている。
そりゃそんだけべっとりと接着剤みたいに引っ付いてたら相手の色んな所が見えるわけで。
しかも、『うっかり』に呪われてるというか、『うっかり』の権化としてどこかの寺に大仏として建立されて崇め奉られてもおかしくない位にワケのわからんところでよくミスをする彼女は、振り返りたくない恥ずかしいエピソードが山盛りてんこ盛りなのだ。
………一瞬、巨大な凜の仏像に大勢の人達が周りを囲んで拝み倒してるところが目に浮ぶ。
────『ウッカリ教』教祖、うっか凜!!
「────ブハハハハハハハッッ!!」
「な、何を笑ってんだアンタはぁぁぁあああッッ!!」
と、堪忍袋の尾が切れたのか、勇ましい雄叫びを上げながら俺の顔面に拳を叩きこもうとしてくる凜。
それを紙一重でかわす俺。つーかヤバい。予想以上にツボに入ってちまった!! こ、呼吸が上手くできねぇぇぇええ!!
………十分後。畳の上で四肢を着きながら肩で息をしているバカが二人いた。つーか、何してんだ俺達。家主のいない他人様の家でやることじゃねぇ。
「ゲホッ、ゲホッ────あ、危ない。危うく教祖様(笑)によって窒息死させられるところだった」
「アンタが勝手に笑ってむせたんでしょうがッ! それになによ教祖様(笑)って!?」
ぜーはー、ぜーはーとお互いに息切れしながら額の汗を拭く。
なんかもう、始まる前からもうHPが赤くなってるし。
心なしか遠くのほうでアラームも聞こえるような気がする。
「………だが負けない! 俺は、俺はァ!! 勇者なんだから─────!!」
「こんなくだらない局面でそんな気概みせんな! あぁもうっ………! なんで毎回毎回、コイツのアホな雰囲気に流されてんのよ! しっかりしろ!! 遠坂凜!!」
片や魔王と対峙した時のテンション高さで騒ぐアホにもう一人は軽く自己嫌悪に陥り反省中のバカ。
そこはかとなく混沌とした領域を展開している俺達二人は、こんな感じのノリで十年来の幼なじみやってます。
この全力ではっちゃけた空間を正常に戻したのは「ただいまー」となんとも脳天気そうなこの家の主であった。
「どうやら帰ってきたみたいね」
ぼそりと呟いた凜にはすでに大暴れしていた大魔神の影はひとかけらも見あたらず、普段学校でよく見慣れた優等生の姿に華麗にジョブチェンジしていらっしゃる。
なんというか、いつもながら早い変わり身だな、オイ。本当に同一人物かよ。
割と頻繁に見る俺ですらこう思うのだ。凜に憧れを抱いている男子共が見たら詐欺罪で捕まるんじゃねぇのかこれ。
割と失礼なことをつらつら考えながらおっとり刀で二人を迎えるため玄関への長い廊下を歩く。
…………本当にでかい家だな。
士郎に聞いた所によると道場まであるらしい。もうここまでくるて家というより屋敷に近い。なんか俺の周りには屋敷持ちが多くないか? 凜の洋館しかり、間桐の家もかなりデカいと聞くし一成に関しては山寺だ。山まるまる一個。
もし、普通の企業戦士であるオヤジ様がこの現状みたらどう思うのだろうか? たぶん地味に家の端っこの方でしょげてるんだろうなぁ、きっと。
そんな中、世の中の世知辛さを身を持って体験した俺を待っていたのは、
「─────」
頼まれてもいないのに、士郎達を出迎えてた凛と、
「ああ…………っっ!!」
この世の終焉を見たみたいな感じで絶望している士郎と、
「─────??」
何だか状況をよく飲み込めていない困惑顔のセイバーに、
「─────え?」
ぽかん、と驚いている紫色の髪をした大人しそうな少女の姿だった。
紫の少女は玄関の土間、凛は廊下。
二人はなんともいえない緊張感を持って、お互いを見つめていた。
「こんにちは間桐さん。こんなところで顔を会わせるなんて、意外だった?」
廊下から、少女を見下ろすように言う。
「────遠坂、先輩」
囁くような声。
少女は怯えるように凜を見上げている。
…………ああ。この子が間桐桜ちゃんか、士郎のお世話をしている間桐の妹って。
実際見たのは初めてだが兄貴共々、美男美女だな、本当。
性格の方は天と地ほどの差があるが。つーかこんな可愛らしい娘に世話してもらってのかあのリア充野郎め、許すまじ。
「──」
いたたまれない空気の中、士郎の方へ視線を向けた。
たすけて、となんとも情けない顔でこっちを見てくる士郎。
────、スッと優しく視線をそらした。
いや無理だろ、コレ。
そんな声なき会話をしていた俺たちをそっちのけで二人はお互いだけを観察している。
「先輩……あの、これはどういう………」
綺麗というより可憐という言葉がぴったりな少女────間桐桜ちゃんは助けを求めるように士郎を見つめた。
当の衛宮さんちの士郎くんはちらちらとこちらに視線をよこしながら、
「ああ。それが、話すと長くなるんだけれど────」
「長くならないわよ。単に、わたしがここに下宿することになっただけだもの。そこの輝一と一緒にね」
ええ!? と驚いている士郎を横目に、凛のヤツが要点だけをのたまいやがった。
「……先輩、本当なんですか?」
「いや、俺はそんなの聞いて────ハイ、ちょっとした事情がありましてうちに居ていただくことになりました。………ごめん、連絡入れ忘れてて。驚かせてすまない」
うわーお。力技でここの居住権をむしり取りやがった。
いよいよ、本格的に侵略者チックになってきたな。俺達。
「あ、謝らないでください先輩っ。………その、たしかに驚きましたけど、そんなのはいいんです、それより今の話、本当に─────」
「ええ、これはわたしと輝一と士郎で決めた事よ。家主である士郎が同意したんだからもう決定事項なの。この意味わかるでしょう? 間桐さん」
「……わかるって、何がですか」
「今までの士郎の世話をしていたみたいだけど、しばらくら必要ないって事よ。来られても迷惑だし、来ないほうが貴女の為だし」
「─────」
桜ちゃんはうつむいて口を閉ざしてしまう。なんかだんだん可哀想になってきたよ、うん。そりゃあ、あんだけ我の強いウチの幼なじみ様に立ち向かうのは酷だ。ここは助け船をだしておこう。
「別にいいじゃねぇか。ここに居たって。つーか桜ちゃんもここしばらくの間は泊まっていけばいい。なぁ、士郎」
「え────はい?」
「え? ああ。まぁ、もうすでにセイバー含めて三人も泊めてるし、別に構わないけど」
「ちょっ、ちょっと輝一、アンタ───」
困惑で目を丸くしている凛をよそにトントンとリズムよく会話は進む。
「………本当に、いいんですか? 先輩」
「ああ、いいよ。桜も泊まっていくといい」
おずおずといった様子で伺うように士郎の方に視線を寄越していた桜ちゃんはその言葉を聞いてフワリと花が咲いたように顔がほころんだ。
「あ、ありがとうございます! よろしくお願いしますね、 先輩」
じゃあ台所お借りしますね、と士郎に言った彼女は俺の方を向いて律儀にぺこりとお辞儀をしてくれた。
さっきのローテンションとは打って変わって本当に嬉しそうに凜の脇を通って居間の方へと向かっていく桜ちゃんの後ろ姿を眺める。
恋する乙女っていいなぁ、ホント。
「──────って痛たたたたっ!! 耳が千切れるっ!! 千切れるぅぅぅ!!」
ウンウンと、うら若き乙女の青春に対して、感慨に浸ってる最中になんか恨みでもあるのか、というほどのおもいっきり凜に耳を引っ張られた。
「てめぇっ!! 愛の伝道師に対してなんという狼藉を!?」
「うっさい!! アンタねぇ、一体何考えてんの!? これからこの家は戦場になるかもしれないのよ?だからわたしたち以外の人間を寄せ付けないようにって桜を窘めたのに、あれじゃまったくの逆効果じゃない」
「あれで窘めたのか。俺はてっきり虐めてるのかと思った」
「そこ! なんかつまんないコト言った、いま!?」
凜はじろりと、至極真っ当な意見を述べたパートナーを睨らんだが、向けられた本人はそれがどうした、とばかりに視線をものともせずに肩をすくめる。
「率直な感想だよ。それより桜の事だ。どうするつもりなんだ、笠原。あの時はああ言ったけど、あいつは魔術師でも何でもない普通の子で、聖杯戦争になんて巻き込むわけにはいかないだろ?」
「だからこそだ。 俺達は今戦争をしてるんだぞ。あんな弱点、これ見よがしにそこら辺に放っといたら速攻で拉致られて人質行き。そんなことになるくらいなら初めから視界の中にいれとくべきだ」
戦争なんて人殺ししてなんぼって所だ。そんな状況下ではモラルはあってないようなもの、頼るほうが悪い。
加えて魔術師なんてヤツはまず自分の利益を最優先に置いてる最たる人種だ。
そういう奴らが自分の願望がたった七人の人間を排除することで最短距離で叶えられるこの聖杯戦争は正真正銘の一生一代の大チャンス。
そんな躊躇いで全てを棒にふるなんてことは絶対に有り得ない。
「それに、こっちはサーヴァントは近距離のセイバーに遠距離アーチャーがタッグ組んでその上俺もいるんだぞ。そんなの相手に他のサーヴァントが真正面からお前らに挑むと思ってんのか? 」
「確かに。私は白兵戦に関しては右にでるものはいないと自負してますが、知謀策略をめぐらすのは専門外です。キーチの言った通り用心に越したことはないでしょう」
俺の提案するプランにセイバーが同意する中、凜が俺の方に体を向けて腕を組んで言う。
「………けど、アンタはそれでいいの? 死ぬかもしれないのよ──────ううん、それだけじゃない。アンタの事が表沙汰になれば他の魔術師も黙ってない。なんだって異世界のそれも宝具級の神秘の担い手だもの。標本にされて地下に保管なんて事もあるかもしれないのよ」
その言葉には、わかる奴にしかわからないほんの少しの後悔の色が混ざっていた。
まったく、さっきの桜ちゃんの事といい、士郎の事いいコイツはホント、不器用な奴だよ。そう、魔術師として自分を本当に誇りと思ってるコイツは本来こうして半人前どころか、殆ど素人である士郎の事など歯牙にもかけず、それどころか格好のカモとしていの一番に倒すべき相手なのだ。
それをフェアじゃないから、と嘯き聖杯戦争の詳しい説明どころか、面倒を見るために同盟まで組むってんだから本当に素直じゃない。
でも、だからこそ。
「ハン、それがどうかしたか? 見た目だけ美人の幼なじみが困ってんだ。手助けするのは当たり前だろ?」
コイツがもし、挫けそうになったのならば。
「───バカ。一言よけいなのよ」
「そーかい。そりゃあ悪ぅござんした。それでいいよな士郎とセイバーも」
「はい。私も曲がりなりにも騎士(セイバー)と名乗っているのです。その名に誓って、必ず守り抜いて見せましょう」
あの時、澄み切った空のような青い目を持った彼女が俺にしてくれたように。
「ああ、笠原がいてくれたら心強い。よろしく頼むな」
「んじゃ、ま! つーことで一つヨロシク」
手を引き、大きすぎる重荷を背負ったその小さな背中を支えてやりたい。
そう、思った。