Fate/Day to break   作:キラクマー

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変・身‼‼





勇者と正義の味方(ヒーロー×ヒーロー)

 ───月、ってどこでも一緒なんだな。

 

 薄い黄金に輝く、大きな満月を見上げて輝一はぼんやりとそんなことを思った。

 

 古式ゆかしい岩を組み合わせて出来たこの城は一見すると脆弱に見えるのだが、至る所に強化魔術や、受けた衝撃を城全体に拡散させることによって、威力を和らげる衝撃緩和システムなど魔術、科学技術の区別なしに惜しげもなく投入され、この世界で『絶対不落』の別名を欲しいままにしている鉄壁の城塞である。

 

 友人であり此処を治めている双子の王と王女曰わく、『優雅かつ機能的に』をコンセプトにしているらしい。事実、王政を採用しているこの国の力の象徴であり、城下町でも観光スポットとしてお土産などにもなっているので概ねこのコンセプトは成功していると言ってもいいだろう。

 

 ぐっ、と背伸びをして体をほぐし今度は、匠の技が隅々まで行き渡っているバルコニーの手すりに体を預けて眼下の町を見下ろす。

  

 一軒一軒から漏れる光はキラキラと地上に散りばめた宝石のように輝いていてそれが人々と営みの証として確かに息づいている様子を見ると月だけじゃなくこういう所も異世界(ここ)と元の世界(あっち)、どっちもたいして変わらないよな、と輝一は感慨深げに深く息を吐く。

 

 そうやってしばらく涼しげな夜風に身を委ねていると、

 

「おう、キーチ。オメェも来てたのか」

 

「………、レノアス」

 

 よ、と軽く右手を上げてこちらへやって来る燃える火をイメージさせる鮮やかな赤毛を持つこの青年は輝一と苦楽を共にしてきた旅の仲間であり良き好敵手(ライバル)でもあった剣士だった。ニシシと、どこぞのやんちゃ坊主がするような笑顔をその端正な顔立ちに浮かべ、レノアスは輝一の隣を陣取る。

 

「緊張、してるか?」

 

「なにが?」

 

「何がって………、オメェ、いよいよ明日だぞ魔王城へのカチコミ。ちなみにオレはワクワクしてるッッ!!」

 

「ま、そこそこ」

  

 見た目通りの元気のあるレノアスとは対象的に輝一はドライな返事をする。放っておいてもオートでテンションが上がってくるヤツなんだからこの位がバランスとれて丁度いい。

 

 それよりも明日、だ。

 

 明日早朝。

 

 世界中の国々が連合軍として全勢力を打倒魔王軍のために魔王が君臨する城へ進攻していく。そしてそれはまさしく世界を賭けた最終決戦であった。

  

 思えば随分と遠くに来たなと輝一は思う。突然異世界から召還され、訳もわからぬままに聖剣を握りしめてまわりの仲間に支えられながら三年間、がむしゃらに突っ走ってきた。

 

 腹を抱えて笑う位に楽しい事もあったし、逆に涙を流し、歯を食いしばるような苦しみも確かに存在していた。だがそれも思い返すと、そのどれもが大切な事を教えてくれたように思う。しかし、今ではただ懐かしさとほんの少しだけ寂寥感だけが心に残っているだけとなっていた。

 

「なぁキーチ」

 

「何だよ?」

 

 ぼうっと昔の記憶を辿っていた輝一は何時になく真面目そうな声音で話すレノアスに現実へと引っ張り出される。

 

「オレは………、いや、オレ達はオメェに謝んなきゃならねぇって、ずっと思ってたんだ」

 

「────」

 

 なにを、と聞き返そうとしたがレノアスの真剣な目を見てその言葉を呑み込む

「オレには学がねぇ。親父(オヤジ)に教えて貰った剣を振り回すのがせいぜいだ。でもオレはそれで満足してるし、別に世界平和のためとかそんなのどーだっていい。今までオメェに着いてきたのもオメェに惹かれたのもあっけど、何よりも楽しそうだったからな」

 

 そう言ってレノアスは 目を細めて肩を揺らした。

 

「でもよ、オメェは違う。魔王なんかいてねぇ、争いもねぇ平和なとこで学生やってたヤツをこっちの一方的な都合で剣握らせて戦場に放り出すなんてどうかしてやがる。大体、ここ(異世界)はオレたちの世界だろ。だったらたとえ世界の危機だろーが関係ねぇヤツに全部押し付けちゃいけねぇんだ」

 

 レノアスが輝一に出会った時からずっと感じていた思い。ソレは旅の先々で傷つきそれでも立ち上がって戦う輝一の姿を見る度に強くなっている疑問だった。 でも、レノアスは輝一に旅を辞めさせようとはしなかった。決して言の葉に思いを乗せるような真似はせず、沈黙を友する事を選んだのだ。それしか、選択肢など有りはしなかった。だってどうして言えよう? 絶望し挫折を味わいそれでもなお笑顔を絶やさず、力強く走り続ける輝一を見て辞めろなどと。だからこそレノアスは全てが決まる戦いの前夜に謝っておきたかった。すまなかった、と不器用な剣士は頭を下げる。これで許されるとは微塵も思ってはいない。だが、権力も金も相手を説き伏せる術(すべ)もなにも持たない彼には愚直に謝り続けるしか思いつかなかったのだ。

 

「………別に謝る必要なんかねーよ」

 

 レノアスの顔を上げさせながら輝一は苦笑する。

 

「確かに何度も死にそうになったし、どうして俺が、とかも思った。人を初めて斬った時なんか三日間眠れ無かったしな」

 

 でも、自分で選び取った道だから。

 

 だから後悔はしてない、とそう言い切った輝一の言葉は彼の持つ聖剣のように尊かった。

 

「間違ってるのかもしれない。曲がりくねって遠回りしたかもしれない。とても正道だったとは言えやしない。けど、俺は俺の歩いてきた道を胸を張って誇ることができる」

 

 悲しみがあった。何度も死の縁をさ迷った。葛藤もあった。

 

 だけど同時に喜びや楽しみだってあったのだ。

 

 人を助けた時は心から喜んだ。救った町での祭りは楽しかったし、救った人に感謝されるのも悪くはなかった。

 

 それは全てここ(異世界)に呼ばれたからこそ得たモノ。むこう(地球)では決して手に入らない経験だった。きっと、異世界に呼ばれずにいなかったら、今よりも笠原輝一は数段劣った男になっていただろう。

 

「だから、謝る必要なんざどこにもねぇんだよ」

 

「そうか………、ありがとよ」

 

「何言ってだよ、気味ワリィ」

 

「オメェ……気味が悪いとは何だよ! 人がせっかく礼言ってんのによ!!」

 

 

「だからそれがキモいだって」

 

 んだとォ!! と、青筋を立てたレノアスを見て輝一はケラケラ笑いながら走り出す。極めてくだらないハイレベルな鬼ごっこが始まった瞬間だった。

 

 

 

 

 ────明日、終わりが始まる。全ての因縁にケリを着けようか。

 

 

 

 

 

 

  ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 ……また懐かしい夢を見たな。

 

 ゆっくりと敷き布団から体を起こしてボリボリと頭を掻く。

 

 俺が勝ち取った部屋は母屋の和室で襖を隔てた隣は士郎の部屋となっていた。

 

 勝ち取った、と言ったが言い方は間違ってないと思う。

 

 なんでそんな言い方になったか、それはセイバーが部屋割りの時に士郎の部屋の隣がいいと言ったことに端を発したものだった。

 

 その理由は決して恋する乙女的なものではなく、士郎に何かあった時に素早く対応できるように、とそれはもう騎士の鏡みたいな真面目なサーヴァント的なものであったのだが、残念ながら思春期爆走中の士郎君にとってはとても許容出来るものでは無かったらしい。

 

 まぁ、それはそうだろう。いくらセイバー本人が『女である前に騎士』宣言したところで見た目は美少女には変わらないのだ。我が家の母親が持つ武勇伝並みに説得力が無い。

 

 かくして士郎とそんな美味しいイベント味わうなんざ千年早いわ、リア充野郎ッ!! と息を巻きまくっている俺の二人で日本人の魂DOGEZAを敢行、男のプライドと引き換えに現在の部屋を獲得したのだった。

 

 月明かりの下、若干の肌寒さを感じ身を震わせる。

 

 

 聖杯戦争なんてものに巻き込まれたせいだろうか? 妙にここ最近、頻繁に昔の夢を見るようになった。

 

 

「…………三年経った今でもしっかりと思い出せてるを喜べばいいやら呆れればいいのやら」

 

 小さく笑ってゆっくりと肺の中の空気を入れ換える。複雑な気持ちにはなったが目だけはスッキリと覚めてしまった。

 

 とりあえず水でものんで布団に潜りいていてそれがもうと思ったが、隣の部屋に士郎がいない事に気付く。

  

「──────?」

 

 どこに行ったのだろか? 一応アイツの守護をセイバーに約束した手前、そのまま夢の中へとは出来そうにない。

 

 とはいえ、衛宮家には悪意ある侵入者には警報が鳴る結界が張ってあるらしいのであんまり心配はしていないのだが。

 

 ペタペタと冬の外気に晒された冷たい階段を下りる。ちくせう、足の裏が冷たくてたまらん。あのヤロウ、見つけたらどうしてくれようか? そんなことをブツブツ呟きながら一階を見て回るが静寂が音になって聴こえるような静かさで人っ子一人いない。となると後は士郎が工房としている土倉ぐらいしか探してない所はない。別館は別にいい。何かあったら我らが幼なじみ様が吊し上げてくれるだろうし。

 

 玄関のドアを開けて、小さな石が足の裏を押しているを感じながら土倉へと足を向ける。だんだんとはっきりと目に映ってくる古い錆びた扉が半開きになっている所をみるとどうやら当たりだったらしい。

 

 大方魔術の練習でもしてるんだろう。邪魔しちゃ悪いか、と踵を返そうとした時、

 

「…………そーいやアンタとはまだ面と向かって話したことはないな」

 

 出てこいよ、と目の前の虚空を見つめて呟く。

 

「………やれやれ、見破られることはないと思っていたんだがね」

 

 すぅっと、空間から滲み出すように赤い外套を纏った弓兵が現れた。背は高く背筋は真っ直ぐでブレはなく、それなりに武術のたしなみがあるヤツだったら直ぐにわかる見事な重心の取り方。鋼色の髪に浅黒い肌は一見するだけでは人種は特定はできそうにない。鋭い鷹の目を彷彿とさせる眼光今は皮肉げな笑みで鳴りをひそめていた。

 

「初めまして、て言やぁいのか? ま、どうでもいいや。あの時はよくも巻き込んでくれやがったなコノヤロウ」

 

「それはどうもご丁寧に。なに、あの程度、君の実力ならば容易いことだっだろう?」

 

 クツクツと笑いながら凜のサーヴァントであるアーチャーがこともなげに返す様を見て少しげんなりする。この様子じゃ凜はいいようにいじり倒されてんな、これは。

  

「しかし君には驚かされたものだ、輝一。よもや人の身でサーヴァント………それも現時点では最強であろうバーサーカーを相手取るなど……いやはや世界は広いものだ」

 

「俺だけじゃアレの撃退は無理だったろうよ。多分、セイバーがいてくれなきゃ今頃挽き肉なってたさ」

 

 圧倒的なスピードとパワー。そして何よりも厄介なのはほとんどの攻撃を無効化するあの鋼の肉体だ。こっちの攻撃は効かず、一方的に技もへったくれもないデタラメな暴力を振り回してくる狂戦士はさながら自然災害だ。とてもじゃないが現役から退き世界のバックアップも受けられない今の俺一人では止めるのはほとんど不可能だった。ホント、生きててよかった。

 

「しっかしまぁ、いきなりの初っぱなからあんな歩く死亡フラグに遭遇するなんざ、絶対にあのメンバーの中に神様に嫌われてるヤツいるよな」

 

「ああ。その点に関しては心配の必要はない。十中八九、今土蔵の中にいる小僧が蛇喝のごとく嫌われている」

 

 しれっとした感じで即答するアーチャーに理由を聞いてみると、心底愉快そうに笑みを浮かべて、ランサーに口封じの為に心臓を串刺しされて凜に蘇生された話を語った。

 

 ………士郎のヤツ、フラグとなりゃあ恋愛だろうが死亡だろうが見境なしかよ。

 

 なんだか無駄に意味のわからない畏怖を感じたのだがあんまり人の事を言えないことに気が付いた。なんたって異世界で魔王打倒フラグである。もうギャグじゃん。笑うしかねーじゃん。そう思ってワ、ハ、ハ、ハと、笑ってみたがパッサパサに乾いた笑いしか出なかった。世の中無情である 

 

「どうした、輝一。だいぶくたびれた笑いがもれているのだが」

 

「いや、ただ単にこの世界って不運なヤツにとことん厳しいよな、ってのを再認識したただけだよ」

 

「ふむ、なかなかに的を射た言葉だな、それは」

 

「やっぱり、そう思う?」

 

 苦虫を噛み潰した顔でアーチャーは重々しく頷く。

 

 

 笠原 輝一、サーヴァント アーチャー

 

 

 幸運(lack) DとE。

 

 

 妙な連帯感が生まれた瞬間だった。

 

「……輝一。君は『正義の味方』についてどう思う?」

 

 お互いの不幸自慢での盛り上がりが一段落したところで不意にアーチャーがそんな事を聞いてきた。

 

「なんだよ、藪から棒に」

 

「いやなに、あそこであくせくお粗末な魔術の修行に励んでいる小僧の呟きを耳にしてね、どうやらヤツの将来の夢だそうだ。聞いた時は心底呆れたのだが後から考えてみると身近にその道の先達がいたのでね。いい機会だからご教授に預かろうと思ったわけだ」

 

 それでどう思う? 勇者(正義の味方)笠原 輝一殿? と皮肉げな笑みを作り、赤い弓兵はこちらを見やる。

 

「どう思うって言われてもあんまりピンとはこないな。男だったら誰しも一回は持つ夢だろうし。それに俺は別段、勇者やっててもそんな意識、持ったことは無かった」

 

 というか、そんな余裕は無かった。目にするものは全て真新しくて、自分の世界との違いに驚いてばかり。最初の頃はまわりよりも、まず自分の事の方で手一杯だった。それは標識もない暗い夜道で唯一人で放り出された感じによく似ている。そこで途方にくれていた俺を彼女や旅の仲間達が背を押し、手を引いてくれていつの間にか勇者と呼ばれるようになっていた。

  

「それに実際の所、向こうには明確で分かりやすい目標があったしな。今の士郎と昔の俺とは状況が違う」

 

「……魔王の討伐、か」

 

 そう、ソレとアーチャーに呟きに答える。

  

 人間を含め全ての生物は自分の生存本能に加え、自身の種の保存というのが遺伝子レベルで刷り込まれている。今人類が繁栄の絶頂期に存在しているのもひとえにこの本能が働いているから。所詮マタイの福音書で言う『産めよ、増やせよ、地に満ちよ』というヤツだ。 

 

 だからこそ人を滅ぼすという明確な脅威である魔王はその明確性ゆえ、全ての人間が力を合わせる旗印として強力な性能を発揮する。

 

 しかしこちらは違う。地域によっては局地的な紛争が起こってはいるが世界規模で見ればそれはごく少数でしかない。現に日本という国は平和そのもので武器を所持することすら禁止されている。

 

 つまり、なにが言いたいのかというと、

 

むこう(異世界)ではとりあえず、魔王を倒せばそれでよかった。だけど───」

 

 

「───こちらではそれがない。明確なゴールが存在しない以上何をもって『正義の味方』とするのか、もし仮に基準を設定するとして、どんな手段で、どの様な人間を救うのか。救うにしてもどの程度手を差し伸べるべきなのか………不毛だな。まるで際限のない餓鬼だ」

 

 結論から言うとそういう事になる。『人を救う』のは良いことだが度が過ぎればそれは異常でしかない。薬も飲みすぎればただの毒になるのと同様に。

  

「もしも、基準を設定し何をもって悪だと断定出来たとしても、正義では救われない者も沢山いる。悪でしか救われないものが」

 

 親や親戚など頼れる大人がおらず、家もない。居るのは病気で寝たきりの妹。明日の食べ物もありつけるかどうかもわからない状態では薬なんてとても買うことなんて出来ない。しかし薬を、食べ物を買わなければ妹や自分が死んでしまう。

 

 そんな状況で暗殺者になることによって、なんとか生計を立てている青年を俺は知っている。

 

 人殺しは確かに悪だ。でもだからと言って正義の名の下に倒してしまっても良いものなのだろうか? 一度失敗してしまえば信用を失い、収入がなくなり、薬を買えなくなって、その妹が死んでしまうのに?

 

「幸福になるための椅子は常に全体よりも少ない。だからいずれ、零れ落ちる人間を退ける。九を救うために一を切り捨てる。それが『正義の味方』の真実。しかし、そんなことをすればいつか心が磨耗する。全てを救う、そんなもの、只の幻想にすぎない」

 

 アーチャーの言ったとおり『正義の味方』なんてものは漫画や小説の中でしか存在しえない。世の中は勧善懲悪と言った白か黒かの二択だけで出来ているほど単純ではないのだ。

 

 

「神様じゃあるめぇし、あれやこれや何でも救うことなんざ出来やしねぇ。人の手のひらはそれ程デカく作られてねぇ」

 

 

 けど、それでも。

 

 

 

「『正義の味方』はいる」

 

 

「────」

 

 

 そう断言した俺の隣で小さく息を呑む音が聞こえた。

 

 

「一人でやるには限界がある。なら二人でやればいい。二人でも駄目だったら三人で。三人でも出来なければもっと大人数で。足りないなら他からもってくることで補う。魔術師の基本だぜ?」

 

 

 仮面ライダー見てみろ数が多すぎて袋叩きにされる敵の方が可哀想になってくる。

 

「それは理想論だ。世界はそんなに都合よく作られてはいない」

 

「確かにそうかもしれない。でも絶対そうとは言い切れないだろ? その『正義の味方』が歩いた道のりには助けた人が沢山いる。その中には恩を感じてその道を歩くヤツがいるかもしれない。外から見ている人がその姿に憧れてその道に合流するかもしれない。そうすれば『正義の味方』が後ろ向いたときにはズラリと長蛇の列だ。………いきなり全てを一人で何でもかんでも抱え込もうとするから抱えるモンの重さに耐えきれずに潰されんだ。小さくてもいい、出来ない事があってもいい。やり続ければきっと 誰かが助けてくれる。だって『人を救いたい』と言う思いは決して間違ってはいないんだから」

 

 池に投げ入れられた小石は微々たるものかも知れない。けどその僅かな波紋はやがて大きな波へと変わっていくと信じてる。

 

 人はどうしようもない生き物だ。自分意外の他者を蹴落とし虐げる。だが、それだけじゃない事を俺は知っている。人は優しさだって持ち合わせているのだと。

 

 

 そしてそれは俺が異世界で得た確かな答えの一つだった。

 

「なるほど、それが君の答えか、輝一。なんとも君らしい答えだな」

 

「………恥ずかしいから凜には絶対言うなよ」

 

「了解した。せいぜい、口を滑らせないように気を付けよう」

 

 誤魔化すようにボリボリと頭を掻く俺を見てアーチャーは己がマスターによく似ている笑みを浮かべるとゆったりとこちらに背を向けようとした時、

 

「なぁ。アンタは『正義の味方』に成りたいと思ったことってあったのか?」

 

 思わず、そんな疑問が口から飛び出していた。

 

「――――」

 

 赤い弓兵の背中はしばらく沈黙を保った後。

 

「さてな。もう忘れてしまったよ」

 

 限りなく無色透明な声音で答えると消しゴムで消し去ったように消えてしまった。

 

「―――――」

 

 スッと静かに夜空をぼんやりと見上げる。

 

 そこには異世界と変わらず黄金の月が輝いていた。

 

 

 


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