森の中。そこは【魔の森】とは違う清涼な気に満たされた聖域だ。そこは立ち入り禁止地区ではないが、しかし山には違いないため生徒からは敬遠されている。山好きなど、キャピキャピした生徒には似つかわしくない。
それでもごく一部の生徒にはハイキングとして親しまれている。ただし、そこもコンクリートはなくとも踏み固められた”道”だ。
”そこ”すら外れた場所。ともすれば遭難しかねない大瀑布から人の声が聞こえてくる。人の手が入らない、人間に対する悪意丸出しの”自然の中”で。
「俺のターン、ドロー!」
その声の主はエクス=ジェイド。ファニマに破れ、そしてファニマの風呂を覗いた「ゲームにおける攻略対象」だ。
今の彼に相手は居ない、孤独な修行だ。
「ドロー! ドロー! ドロー!」
跳ねてしぶく水の音が聞こえる。残暑が残っているとはいえ、もう夏は当に過ぎ去ったこの時期。
海水浴場も閑散とする寒風吹き荒ぶ中、その男は滝行を行っている。
「……ドロー!」
滝の中、ディスクからカードを引く。気合いを込めて、滝よ割れよと言わんばかりに咆哮するが、悲しいかな今のままでは大の男の水遊びに過ぎなかった。
気温はともかくこの水温、凍死しかねない荒行だが未だ成果は見えず。
なお、滝行でディスクは壊れるしカードは破れるだろ、なんて無粋な突っ込みは入れてはいけない。
ディスクは温泉に突っ込んでも誤動作しないし、カードは拳銃の撃鉄に挟まれてもキズが付く程度で済むのがこの世界の常識なのだ。
「……くぅ! 駄目だ、この程度ではあの女を打ち破ることなど……!」
滝が彼の体温を奪っていく。遭難しても凍死などはしまいが、それは服を着ていたらの話。
上半身裸にて滝行に挑むこの男は凍死しかねない愚かな行為をしている。
「……ッ!」
目の前が一瞬だけ真っ暗になる。それは身体が送る危険信号だ。このままでは死んでしまう。助けてくれる誰かもそこにはいない。たった一人の王子だ。
「――まだだ。俺は見つけねばならない」
唇は真っ青、ガタガタ震えていた身体はゆっくりと静まっていく。それは、体温維持のために震えることすら出来なくなったという最期のシグナル。
死の足音が聞こえてくる。
「奴ともう一度戦うため……!」
第3王子がたった一人でここに居るなど、本来ならありえない。重要人物なら護衛が付くはずで、目の前すらまともに見えていないエクスをそのままにしておくはずがない。
つまり、それは”彼の価値がなくなった”ことを示す。ヴェルデに『ドラゴンメイド』を奪われた元凶、彼は支持者に見限られた。
生まれて初めての孤独、そしてその絶対的真空の中で一人寂しく凍死しようとしていた。そうなれば、馬鹿が凍死自殺したと指さして笑われるのは間違いない。
「――」
それでも、彼はどこまでも本気だった。考えなしの愚かしさ、何かを考えたことはない。ごちゃごちゃ考えるのは性に合わないと走り続けてきた。
その結果がこれだ。だが、全てを失ってももう一度歩き出せると信じて感覚を研ぎ澄ませる。
「見えたっ!水の
――滝を割った。
「ふ。これで、奴と。あ……」
ふらりと倒れる。とっくに心身は限界を超えている。しかも、割った滝とて流転する自然の理に従い、また降ってくる。
それは偉業だが、しかし何も意味もなく死んでいく。
「馬鹿な弟よ。ここまでするか」
倒れ込む彼を支える暖かな手。
「……兄さん」
「出るぞ、すぐに火を起こしてやろう」
エクスをお姫様抱っこで運ぶ彼はエレメ・ジェイド。彼もファニマに負けたのは違いないが、別に王党派の権益を脅かしたわけではない。
その彼が一人で居るのは、本気で走ったら誰もついていけないだけだ。彼は彼の意志で一人で居る。エクスとは、違う。
超人と呼ぶに相応しく、10秒で枯れ枝を集めて火を付けた。
「――」
仕事を終えた兄は寡黙に火の番をする。ここで根掘り葉掘り聞くような無粋な男ではない。
「兄さん、ファニマ=ヴェルテはどうなってる?」
「彼女はヴェルテの権勢を高めるために仲間集めをしているようだな」
弟が静かに聞いているのを見て、兄は話を続ける。
「むしろ、今までの方がおかしかったのかもな。あれはお高くとまって父の地位を笠に、誰かが何かしてくれるのを待つだけの女だった。今は、ウィッチクラフト工房……学園では魔女工芸部だったか? を始めとして有力な者に自分から声をかけている」
ヴェルテ家の権力があれば、ただ待っているだけで貢物が山と積まれる。何もしなくても安泰にするため、脈々と受け継がれた貴族のシステムだ。
それは王党派もヴェルテも関係ない、社会システムの根幹だ。だが、自ら積極的に動いた時にその権益は増大する。……手を付けられないほどまで。
「……そうか。凄いな、彼女は」
「――」
また、沈黙が落ちる。パチパチと火の粉が弾ける音が連続する。
「彼女は、今?」
「王党派の一派が『ドラゴンメイド』を奪い返そうと躍起になっている。名前は忘れたがメイドを制し、私を倒せばくれてやると豪語していた。挑戦者は1日に1人。今は学園のどこでもデュエルが行われているよ、挑む権利を得るためにな」
「――分かった。ならば、勝つまで」
エクスが立ち上がる。そこらへんの木に吊るしてあった上着は、兄が羽織らせてやった。その上着をマントのように閃かせた。
「ありがとう、兄さん」
迷いはない、ただそれだけを呟くように言葉に乗せて走り出す。
「行く気か。いいだろう、納得するまで走り抜け。お前はどこだって立ち止まるようなことはしない。真っすぐで、それだけの男なのだから」
エレメは苦笑した。
そして山を下りると、ファニマ=ヴェルテの姿が見えた。囲まれている。
「挑戦者が1日に1人ィ? そんなまだるっこしいことやってられねえんだよ。その『ドラゴンメイド』は元々王族の所有する宝、返してもらおうか。なあ、お前ら? ひゃはははは!」
彼女は見るからに殺気だった多数の男たちに囲まれていた。揃って下卑な笑みを浮かべている。
なお、山賊じみた男とかいうのは王党派だのヴェルテの気風の違いは関係ない。どちらも鉄砲玉には困っていないのには変わりない。
「下らないわね。数に任せて女を襲うしか能のない男ども。魂まで粉砕されたくなければ、とっと帰ってママの胸にでも泣きつくがいい」
冷え冷えとしたファニマの声。一方で、涙目になりながらも前に立って主人をかばうメイはどう見ても限界だった。
「へへ。そう言うわけにゃいかねえんだよ。女として産まれたのを後悔したくなけりゃ、頭を地面にこすりつけて哀願しな」
「
ファニマがデッキを構えた。
「――待て!」
そこに、エクス=ジェイドが乱入する。
「……変態? なぜ」
ファニマがいぶかしみ、手を止めた。彼を呼ぶ名としては変態が似つかわしいが、今の彼は上半身裸で上着を肩にかけている。
……これでは名実ともに変態だ。
「ああ!? 誰かと思えば【失地王子】じゃねえか。テメエに用はねえよ、落ちこぼれ! 『ドラゴンメイド』を失った元凶、貴様に従う奴は王党派のどこにもいねえ! 引っ込んでやがれ!」
そして、対する男たちはその暴力的な目を彼に向ける。邪魔するんならテメエもやっちまうぜ、ということだ。もしくは手柄を奪わせるか三下、と。
「失地王子、か。俺は、そんな風に呼ばれているのだな。だが、数に任せて婦女子を襲う輩を成敗するのにどんな権利も必要ない! 覚悟しろ、悪党! この失地王子が天誅をくれてやる!」
そう、彼らはファニマが課したルールを守らず、数と暴力で宝を奪おうとした無法者である。
『ドラゴンメイド』がファニマの持ち物である限り、争奪戦のルールは彼女が決める。ルールから外れた者はただの盗賊に過ぎない。
派閥に関係ない、ただの悪党退治だ。
「ケッ! 調子に乗りやがって。マジメにテメエの相手をしてた奴なんざいねえんだよ! 皆、王子様が相手だから手加減してたのさ。今や落ちぶれたアンタに手加減する理由はねえ。尻尾巻くなら今の内だぜ」
「御託が多いな。勝つのを諦め、数に任せた男だ。負け犬は吠えるものと相場は決まっているものな」
「ほざいたな。ならば、受けろ儀式のデュエル! 互いの誇りを賭け、そしてダメージは現実化する!」
「良いだろう。……デュエル!」
そして、エクスは対する男から目線を外しファニマを見る。
「やはり、貴方は私の好みではない。だが、この男は私が倒しておく。この場は俺に任せてくれ。そして、いつの日か必ず貴方に挑み勝利する。我が誇りを取り戻すため」
「あなたは愚かで直情的ね。そして変態ともなれば、私の初恋は滅茶苦茶よ。きっと、目が腐っていたのね。……その日には、とびきりの悪夢で私を好みじゃないって言ったことを後悔させてあげるわ。じゃあね、変態」
「ああ、待ってろ」
「私にその剣を届かせることができたら、失地王子って呼んであげるわ」
最後まで威風堂々と去って行ったファニマ。
「下らん遺言もそこまでだ。テメエはデュエルに負け、ここで散るんだよ」
「いいや、散るのは貴様だ。薄汚い子悪党め」
そして、男たちはデュエルディスクの盾を構え、カードの剣を抜く。
GXでは野生児になって訓練とか、ゼアルではクマを倒して訓練とか、5D’sの筋肉を手に入れて強くなった人とか。遊戯王アニメでは結構修行シーンが挟まれていますが、普通に勉強とかしないのが笑いどころ。
名誉挽回シーンはもう少し後でいいかと思っていましたが、気になっている方が結構いたのでいい機会だと思って入れました。