悪役令嬢はカードで世界を征服する   作:Red_stone

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第2話 悪役令嬢の憂鬱

 

 

 悪役令嬢はダメージのために眠ってしまった。この世界では”儀式”におけるデュエルはダメージが現実化すると言う設定があった。

 6300ものダメージを喰らったならば、そのままダウンしても仕方がない。デュエルで断罪とはふざけたこともあったとリアルの人格では思うが、ファニマの元々の知識ではそれが自然だし、実際にそれだけの影響がある。若いとは言えど、一晩で消える痣じゃない。

 0になった彼はもっと酷いことになっているだろう。それを思うと溜飲は下がる。

 

「お嬢様、朝でございます。起きてください」

 

 声がする。覚醒する。

 

「――メイ、ですか」

 

 目の前に居たのは亜麻色の髪の女の子。メイドだ。年が近い彼女はずっと私に仕えてくれた。我儘ばかり言って何人もの使用人を追放してきたファニマだが、どこか彼女にだけは気を許していた。

 

 身体がまだ痛むが、耐えられないほどではない。意識せずとも、痛みに歪む顔は見せない。本来のファニマはハリネズミのような人格だ。

 決して他人に弱みを見せない。誰かに傷つけられる前に、自分の方から相手を傷付けて人を遠ざける。

 おそらく、家族との歪んだ関係から来るものだろうと、自ら分析する。ファニマはファニマだ、記憶を引き継いだ別人ではない。それでも、元のファニマではないから他人を見るように自分を見れるようになった。

 

「はい。昨日は大変でしたね。お食事の用意がございます。食堂に行く前に身支度を整えてください」

 

 そう言って、こちらに近づく。ください、などと言われてもファニマは立っているだけだ。身支度はこの子がやってくれる。

 

「……」

 

 ファニマは動かない。……というか、動けない。身体中が悲鳴を上げている。着替えるまでならともかく、とてもではないが食堂にまで行けるとは思えなかった。

 それに、食堂は人目がある。無様な真似を晒すわけにはいかない。着替えさせられるに任せ、そのままベッドに腰かけた。

 

「お嬢様?」

「ここに持ってきて頂戴。それと、湯浴みの用意をしてくれるかしら?」

 

 自分でもびっくりするほど冷たい声が出た。だが、それはいつも通りの声でもあった。

 

「……あ」

 

 メイの顔が歪んだ。怒鳴られると思ったのかもしれない。なにせ、ファニマは昨日、風呂に入っていない。

 ファニマの自業自得かもしれないが、それで済めば世の中はもっと優しくなっていただろう。他人に当たり散らすのは別にめずらしくない。

 

「別に急がなくてもいいわ」

 

 ファニマは優雅に立ち上がる。……実のところは痛くて機敏な動きができなかっただけだが、教育と言うのは魂が砕けても根づいているものらしい。

 

「……」

 

 自分のデッキを取り、椅子に座る。そのままデッキ調整を始めてしまった。要らないものが多分に混入している。しかも、デッキ枚数がなぜか47枚である。

 これは、と頭を抱えたくなった。なぜリンクもできないのに『精神操作』などが入っている? などと思いながら抜いていく。

 

「――」

 

 メイはただ唖然とその姿を見ている。ファニマはいつも癇癪ばかりで、こんな姿は見たことがなかった。

 

「何をしているの?」

 

 ファニマが問うと、慌てて出て行った。

 

  

 とりあえず、カードを見てみたが足りない。純構築を組むには十分だが、やはりそれ以外にもアクセントが欲しい。

 メインは変わらないが、テーマ外で相性の良いカードもある。そもそも『ファーニマル』は、環境を取ったことなど一度もないデッキである。

 

(そこらへんは、今後の課題かしら)

 

 ふむ、と頷いて――

 

「待たせたわね、ここに置いて大丈夫よ」

 

 広げたカードをまとめて横によける。

 

「え? あの、はい……」

 

 戻ってきたメイはおずおずとトレイを置く。白いふわふわとしたパンと紅茶。良い香りを立てている。

 この身が女性のためか、ことさらに美味しそうに見える。酷くお腹が空いた気分になったが、夜は何も食べていなかったから当然か。

 

「ありがとう」

 

 パンに手を付ける。その白いパンは丁度良い焼き加減で、手でつまむと温かさが伝わってくる。ご機嫌な朝食と言う奴だった。

 白くほっそりとした指で小さくちぎって食べる。その後に違和感が襲ってくる。

 自分はこんなお上品な喰い方をしていたか? だが、この少女がこうして日常を過ごしていたのだろう。身体の記憶だ。

 

「……ッ!」

 

 小さく、誰にも気付かれない程度にえづく。白く小ぶりなパンが4個ほど。夜を食べていないことを考えれば、この少女の身体でもそれくらいは食べられるはずだった。

 けれど、2個を食べた時点でもう食べられない。身体が悲鳴を上げている、まだダメージが残っている。

 

「ねえ、メイ」

 

 先ほどから後ろについているメイに言葉をかける。この子は学園のメイドではなく、家から派遣された”ファニマお付き”のメイドだ。

 ヴェルテ家は学園メイド統括を派遣するほどの力を持つ。そして、その子は家系、成績、デュエルに腕を全てを併せ持つ。その子に比べれば、この子はそれこそ木っ端メイドの一人でしかない。

 メイドの中でも年が近く、貴族の証である苗字を持っていないモブの一人だ。そもそもゲームでは登場すらしていなかったはず。

 

 そんなメイだ。怯えているんだが、それとも一人前の侍従のつもりで神妙な顔をしているのかは分からないが。

 主人がもういらないと思っても皿を下げようともしないこの子の姿を見ると笑ってしまう。

 

「は、はい。なんでしょうか?」

「食べる?」

 

 す、と皿を差し出した。

 

「え? あの――それはお嬢様のものなので、私が食べたら怒られてしまいます」

「誰にも言わなければ分からないわ」

 

 私の言葉に逆らうつもり? と軽く睨みつけてやる。

 

「あ……はい」

 

 諦めたように差し出されたそれを口にした。次の瞬間には、あ、おいし。と顔をほころばせる。

 ファニマは彼女が食べ終えたころを見計らって声をかける。

 

「湯浴みの用意は?」

「はい、出来ております。ファニマお嬢様」

 

 そして、浴室へ移動した。広々とした部屋に不釣り合いに小さな浴槽が一つ。無駄な空間の使い方と思うが、これが貴族流なのだろう。

 下着まで彼女に脱がせるに任せ、自身は浴槽に身体を沈める。

 

「……ふう」

 

 思わずため息が出た。傷は痛まない。あれはおそらく、肉体よりも精神を刻む傷だ。生々しい痣は癒えていないけれど。

 下を見下ろせばひそやかな桜色が見えるが、特に何とも思わない。恥ずかしがるか、興味津々になるかのどちらかかと思ったが、そういうことでもないらしい。

 むしろ、あまり見ていたくもないような嫌悪感がある。皆が嫌いなこの少女は、自分すらも嫌っているらしい。

 

「メイ、そこに居る?」

「はい。ここに居ります、いかがいたしましたか? ファニマお嬢様」

 

「ただ、呼んでみただけ……」

「はい」

 

 ずっと付きまとっていた痛みや倦怠感が湯の中へ溶けていくような心地がする。和やかな空気に浸りかけていた、その瞬間だった。

 

「開けろ、悪役令嬢! 話があってきた!」

 

 玄関からここまで響く婚約者殿の怒鳴り声だ。ドアを粗っぽく叩く音がする。まさかあれだけボコった後で元気とは凄まじいが、頭が痛くなる。

 

「これは……第3王子のエクス・ジェイド様の声ですね。いくら婚約者とはいえ、嫁入り前の女性の部屋に押し入ろうとするなんて、なんて……あ」

 

 マズイことを言ったという顔をする。ファニマはずっと第3王子に惚れていて、悪く言おうものなら怒鳴り声だけでなく手が飛んできた。

 しかも、昨日の事件のことは聞き及んでいる。これは銃をもって出迎えられても文句は言えない凶行だろう。

 

「まるで強姦魔ね。女性の寝所に押し入ろうとするなんて」

「追い返しますか?」

 

「あなたには無理でしょう?」

「う……」

 

 メイが王子に逆らったところで、殴られて終わりだ。まあ、そこで殴るかは王子次第なのだが、それをしたところで後で罪に問えはしない。むしろ、メイが王子に逆らったと、メイ本人の悪名になるだけだ。

 

「いえ、一言でも言ってきます!」

 

 出て行った。どうやらこの子は直情的でアホの子らしい。

 

「エクス・ジェイド様! ファニマお嬢様は今、お休み中です! お時間なら後で取れますので、今はお引き取りください!」

 

 メイが叫んだ。他にもメイドは居るはずだが、おそらくおろおろしているだけだろう。役立たずばかりだからね、と思うファニマは自分自身の考え方に驚いてしまう。

 

「メイドごときが貴族に逆らうな! そちらだな! 休んでいるだと。下らんことを言うな。起きているだろう、あいつなら!」

 

 開いた扉を力でこじ開け、音を聞きつけてファニマの方へと向かう。

 

「っな! そんな、酷い! やめてください、あなたはファニマお嬢様に何をするつもりですか!?」

 

 メイが王子に掴みかかろうとするが、手で払いのけられただけで転んでしまう。体育の授業すらメイは受けていないが、どんくさいと言って十分だろう。

 

「っきゃ! ああ、ファニマお嬢様!」

 

 倒れてもなお、手を伸ばすがどこにも届かない。

 

「ここに居たか、ファニマ!」

 

 怒りに燃えて突き進む彼はそこが浴室だと言うことにも気付かない。シャワー音を聞いたところで居場所を教える耳障りな音としか捉えていない。

 

「――っぐ」

 

 怒りに燃えて突き進む彼はつんのめった。当たり前だ、昨日の決闘で負けたのはこの王子。ダメージという点ならば、ファニマよりもずっと深い。

 

「あえ?」

 

 転んだ彼は何かを掴む。それは浴槽を囲むカーテンだった。それは彼の体重を支えきれずにぶちぶちと千切れ――

 

「……ふん」

 

 人を蔑む絶対零度の視線と目が合った。肩まで浴槽に浸かっているファニマ。上気した顔と、朱が差した裸の肩が何とも妖艶で。

 

「我が国の王子は、女性の浴室に押し入るような輩か? まったく、今この時ほどこの国の国民で居ることを恥じた憶えはないわね」

 

 その氷のような瞳だけが正反対だった。

 

「っな。なぜ、貴様は裸でいる?」

「浴室だからよ。それとも、あなたは服を着てシャワーを浴びるのかしら? あまり、侍女の方に迷惑をかけるものではないと思うわ」

 

「浴室? い、いや――その前に、貴様服を着ろ!」

「ここにはないわ。女性の部屋に押し入るような輩がいる部屋で裸でいるしかないとは、なんとも心細いものね。私の服はあなたの後ろに置いてあるわ。下着も見られたかしら?」

 

「し、下着? だ、断じて見てなどいない! 俺は紳士だ」

「紳士は浴室の扉を破らないわ」

 

 王子の顔はどんどん真っ青になっていって、今は紙のようになっている。まあ、よほど頭が足りない奴でなければラッキースケベに喜ぶよりも己の今後に絶望するだろう。

 

「お、俺はここで失礼する!」

 

 逃げ出して行った。どんがらがっしゃん、と音が遠くから聞こえてくる。

 

「……あの男は、何をしに来たのかしらね」

 

 呟く声に、メイが律儀に答える。

 

「分かりませんよ、あんな酷い人」

 

 むくれている。

 

「一度外の扉を閉めて。それから、着替えを手伝ってくれるかしら?」

「はい、もちろんです。ファニマお嬢様!」

 

 彼女は甲斐甲斐しく手伝ってくれる。

 

「ああ、そうだ。メイ、格好良かったわよ。あの男を追い払おうとしてくれたこと」

「そ、そんな。それに、結局私のせいで中にまで入れてしまったようなものですし」

 

「アレは扉が開かなかったら蹴破っていたわ。そうなったら、悠長に着替えなんてできないもの。あなたのおかげよ」

「えへへ。そんな、私のおかげなんて」

 

 メイは嬉しそうにしている。褒められたことが嬉しいのだろう。

 思い返せば、誰かに褒められたことも、褒めたこともなかった気がする。美しさを称える声は幾多あったが、あれはおべっかという奴だろう。

 

「では、学校へ行ってらっしゃいませ」

 

 他の侍女たちも同席して完璧に身支度を整えてくれた。

 身体も、頭も元の少女のままであっても魂は不純物が混ざりこんでいる。そんな有様で不便を感じさせないのは彼女の手腕だ。何から何まで世話を焼いてくれた。

 

「ええ、ありがとう。でも、私が行くのは学校じゃないわ」

「……え?」

 

 ここはヴェルテ家の所有する館で、学園に近いここをファニマが学生の間だけ本拠扱いとしている。

 学生であるからには勉学に励まなくてはならない。だから、ファニマの記憶にある限り自分がズル休みをするのは……これが”初めて”になるだろう。

 だけど、やりたいことがあるのだ。しょうがない。

 

「この(デュエルディスク)を真に私のものとするために、行かなくてはならないところがある」

 

 足は動く。まだ肌に痛みにひきつるところが残っているが、そこは精神力でねじ伏せる。

 

「……そんな顔をするお嬢様は初めてです」

「そうかしら?」

 

「きっと、止まらないのですね?」

「ええ」

 

「なら、私も付いて行きます」

「お仕事はいいの?」

 

「私の仕事はファニマお嬢様のお世話ですから、あまり他の方の仕事を奪わないように仰せつかっています」

「そう」

 

 とりあえず、メイは人の仕事を奪うのか増やすのかは分からないがファニマはとりあえず頷いておいた。

 

「……行くわよ」

 

 ファニマは一歩一歩進んでいく。混入した魂など、名すらも分からない。聖剣の一撃によって魂を砕かれた哀れな悪役令嬢に入り込んだだけの、自分の物語すら持たない亡霊未満はファニマ・ヴェルテという少女に喰われて消えた。

 なれど、新しい自分に生まれ変わったからにはやれるだけはやってみようではないか。

 

 

 




百合回でした。
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