そして、ファニマは通学路を悠然と歩く。が、確かにそこは通学路ではあるのだが、彼女は人の流れに逆行していた。
「「「……」」」
制服を着て、別の方向にはぐれていくファニマを登校する皆が怪しげに見ている。そんなことは品行方正な彼女にはあり得ないことだから、何度も二度見された。
風紀に従う完璧なお嬢様。大きな権力を持ち、教師側の存在とすら思われていたような彼女が、授業をサボる。彼女を知る者にとっては驚愕をもって迎えられる出来事だ。
まあ、その原因に心当たりがないならモグリだろう。昨日、婚約者に罪を問われ、しかし潔白を証明した――が、心の傷はあまりあるはずだと。
遠巻きにして好きなことを囁く者も居る。それは決してファニマに好意的とは呼べない雰囲気であった。
「……ファニマお嬢様」
メイがかばってその声を聞かせないようにする。上級貴族にとっては平民など獣も同然であろう。
鬱陶しそうに睨みつけるが、メイはその視線をものともしない。どころか肩を怒らせてずかずか歩いていくものだから逆に貴族の方が逃げ出していく。
「皆様、邪魔です! ファニマお嬢様がお通りですよ! 耳が聞こえないんですか!?」
メイは虎の威を借る狐のように家の権力を振りかざし、その仔犬のように小さな身体で吠えたてた。
遠巻きにする者達は皆、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「ふふ」
その様子を見て、ファニマは満足そうに頷いた。味方が居るのは心強い。そして、もとより凡百の雑魚など元から知ったことではないのだから。
そして歩いて、歩いて――人気が無くなった頃。さわやかな朝であったはずなのに、うっそうと暗くじめじめとした森の中に入って行く。
「それで、どこに向かっているのでしょうか?」
「……【魔の森】、禁断の森の――その深奥へ」
なぜか知らないが、知識がある。この世界は【Duel Load Academia】というゲームの世界だ。ストーリーの概要と、重要な地点は記憶している。
要するに邪神が復活しようとしているというありきたりなあらすじだ。そのためには邪神の尖兵を倒さなくてはならない、との王道。GXだの5D’sで予習もできる凡百なストーリー。
ここは、邪神の力を受けることにより受肉した悪霊が蠢く封印された森なのだ。
「って、ファニマお嬢様!? ここって立ち入り禁止の場所じゃないですか! 許可は取ったのですか?」
「馬鹿が入って行方不明になったとは聞いたことがあるわね」
つまり、許可など取っていない。
メイがビクビクと警戒している。こういうところは女の子らしくて可愛らしい。ファニマはふわりとほほ笑んだ。
が、取り巻く状況はかわいくない。周りから亡霊が囁く声が聞こえる本物の霊場だ。
「ひぃッ! こんな……なにか出そうなところに何の用が?」
「その亡霊に用があるの」
ファニマはずんずん突き進んでいる。乙女らしさはどこにも見えない。その様はむしろ、軍靴を響かせ戦場を歩く戦士を思わせた。
「……ヒヒ」
「ヒヒヒ」
「ウケケケケ!」
何か鳴き音が聞こえてくる。ここでは幽霊は実際に形のある、もしくは音を発する物理的に存在する事象だ。
だが、ファニマに恐れず靴音を響かせてそこに向かう。
「――そこか」
ダン、と踵を踏みつける。ビックリしたように重なった声が遠ざかって行った。
「雑魚に用はない。さあ、力持つ者よ。己が魂を賭け、
デュエルディスク、起動――ガシャリと音を立て、女の子の細腕には不釣り合いなメカメカしく無骨な剣が広がる。
「中々に肝の座った女だ。……ここに来る者は皆、弱かった。怯え、逃げ惑い――狩る価値もないエサだった。だが、貴様なら楽しめそうだな」
バサバサとコウモリの羽音が聞こえる。亡霊のように痩せ細ったコウモリが幾体も連なり、人の身体の輪郭を作る。
”それ”は赤い剣のようなデュエルディスクを構えた。
「そう。けれど、あなたでは力不足ね。まあ、あの王子様よりは楽しませてくれると嬉しいわ。あまり期待もしないけれど」
「ほざけ、女。我が恐るべき戦術の前に、貴様は何もできずに死ぬのだ」
「「――
デュエルが始まる。王子との戦いを聖なる神の御前での宣誓とすれば、こちらは邪神の前での劣悪なる死合い。
敗れた方は死に行く悪魔の儀式である。
「我が先攻! 我は手札から『レッドアイズ・ブラックドラゴン』を墓地に捨て、『ダークグレファー』を特殊召喚。さらにグレファーの効果発動! 手札の『伝説の黒石』を捨てデッキから『天魔神ノーレラス』を墓地に送る」
瞬く間に墓地にモンスターが貯まっていく。それも、『黒石』も『ノーレラス』も多少は厄介な効果を持つのだ。
確かに、あの王子よりは楽しめそうとファニマはほくそ笑んだ。
「ファニマお嬢様、チャンスです。フィールドには攻撃力1700の『ダークグレファー』だけ。それに、もう手札が2枚になっちゃいましたよ」
「いえ……あれは――」
「は! そちらのガキはものを知らんな! 我がデッキの恐ろしさを見せてやろう。魔法カード『愚かな埋葬』を発動、『ライトロード・ビースト』をデッキから墓地へ送る」
「もう手札が1枚だけじゃないですか。そんなんでお嬢様に勝とうなど――」
「『ビースト』はデッキから墓地に送られたとき、特殊召喚される! 『グレファー』と『ビースト』でオーバーレイ、光より現れよ『ライトロード・セイント ミネルバ』! オーバーレイユニットを一つ使い、デッキトップから3枚のカードを墓地へ送る!」
送られたカードは『深紅眼の飛竜』、『ライトパルサー・ドラゴン』、『ライトロード・アサシン ライデン』の3枚だ。
「ライトロードモンスターが墓地へ送られたことで1枚ドロー。そして、魔法カード『RUM《ランクアップマジック》-アストラル・フォース』を発動!」
それは強力なカード、それこそ授業では教わらない脅威。確かに、邪神の影響を受け生誕した悪魔は、凡百の生徒とはものが違う。
「ランクアップマジック? なんですか、あれは――」
「エクシーズモンスターを進化させるカードね。……授業レベルじゃない。強力な闇のカードというわけでしょうね、あいつにとってはだけど」
「舐めるなよ、我が対戦者よ! 『ミネルバ』をランクアップ・エクシーズチェンジ! 時間よ止まれ、あなたは美しい――現れよ『永遠の淑女 ベアトリーチェ』」
これで場にはベアトリーチェ。そして敵の残りの手札は1枚となった。だが、ここまで場が整ったと言うことは。
「効果発動、デッキから『真紅眼の黒竜』を墓地へ落とす」
ふ、と動きを止めた。そう、準備は終わりだ。ここからが本番――真に恐ろしいものはここから来る。
亡霊はニヤリとほくそ笑み、ファニマは三日月のような笑みを浮かべる。
「そしてこのターン、私は通常召喚を行っていない。『ファントム・オブ・カオス』を召喚、効果発動――墓地の『天魔神ノーレラス』を除外し効果をコピーする」
沸き立つ泥のようなモンスターが姿を変える。変じた姿は無数の鋲に撃たれた、悼ましい病症のような顔。その顔は右半分だけが溶け崩れている。
その下半身は霧のようになっている。見るだけで腰が崩れそうな恐ろしい異形だった。
「ライフを1000払って恐るべき効果を発動――堕天し、悪魔へと変じた天使よ。今こそ主への反逆の時! 主の愛した光の世界を虐殺するがいい! 互いのフィールド及び手札を、全て墓地に送る! 【トラジェディ・オブ・サブマリン】」
〇亡霊 ライフ:8000ー1000=7000
手札が全て墓地に送られる。ファニマはまだ何もしていない、にもかかわらず手札のカード5枚が全て墓地送りだ。
「そして、私は1ドロー! っふ、どうやら貴様は運にも見放されたらしいな」
亡霊はドローしたカードを見て勝利宣言した。
「それは貴方ね。私と戦ったことを後悔なさい。墓地に送られた『トイポッド』と『エッジインプ・チェーン』の効果発動。『ファーニマル・ドッグ』と『魔玩具補修』を手札に加える」
一方、ファニマは嘲ったような笑みを浮かべる。
「チ。手札が2枚となってしまったか。だが、この攻撃力を超えられるかな? 手札から『龍の鏡』を発動! このカードは墓地のモンスターで融合召喚を行う!」
「私は墓地の『真紅眼の黒竜』と『ライトパルサー・ドラゴン』を除外融合! 流星より現れ、敵を貫け! 現れろ『流星竜メテオ・ブラック・ドラゴン』! 効果発動! デッキからもう1枚の『真紅眼の黒竜』を墓地へ送り、1200のダメージを与える!」
〇ファニマ ライフ:8000ー1200=6800
黒い鎧を纏った竜が空を飛び一直線に突き進む。ファニマの隣に突き刺さり、大爆発した。その爆風が肌を焼くが――ファニマは前を見据えている。
狩人が笑みを浮かべた。多少焼け焦げた程度など、気にもしていない。むしろ、それくらいでなければ楽しみの一つもないと顔に書いてある。
「……この程度のダメージ、どうということもないわね。あなたの実力もこの程度。この勝負、私の勝ちよ」
「ほざくな! 墓地の『伝説の黒石』の効果を発動、『真紅眼の黒竜』をデッキに戻して手札に加える」
「フ」
馬鹿にしたような笑みを浮かべるファニマに亡霊は激昂する。
「舐めるなよ、娘! 『伝説の黒石』があれば、デッキからレッドアイズを特殊召喚できる。そして、通常召喚を行わなかった場合、墓地の飛竜でレッドアイズを蘇生できる。完璧な布陣を崩せるはずがない!」
『ノーレラス』の恐るべき効果で手札はすべてなくなり、次ターンでドローしても手札は1枚。手札が1枚しかなければ攻撃力3500を突破するのも困難だったはず、と。
だが、ターンが回らなくてもファニマの手札は2枚あるのだ。
「ふふ、下らないわね。ドローを待つ必要すらない。この2枚で、貴方を倒してあげる」
その証拠に、ファニマは効果によってドローした2枚を見せびらかすように掲げた。
「ドローしないとル―ル違反で私の負けね? ドロー」
そのカードを懐にしまってしまう。完全に舐め腐った態度だった。静かに相手を見据え、死刑を執行する。
「あなたの手札は分かっている! 妨害はない! 魔法カード『魔玩具補修』を発動。『融合』と『エッジインプ・チェーン』を手札に加え、更に『ファーニマル・ドッグ』を通常召喚! 『ドッグ』の効果でデッキから『ファーニマル・ウィング』を手札に加える!」
もう2枚が4枚になった。
「そして『融合』を発動、『チェーン』と『ウィング』で融合、現れなさい我が下僕『デストーイ・ハーケン・クラーケン』! 効果で『流星竜メテオ・ブラック・ドラゴン』を墓地へ送る! 【プレッシャー・オブ・サブマリン】!」
悪魔の姿をした蛸のぬいぐるみが現れた。そして、そのおぞましい蛸が触手を振るうと、敵の竜の真下に海が現れそこから鎖が伸びる。鎖に囚われた黒竜は海の中にひきずりこまれ、そして消えた。
「何だとォ!?」
これで相手のフィールドはがらあきになった。
王子よりも強いと言っていたが、実際にはどうなのか。まあ、デッキ構成で言えば亡霊が有利かもしれないが。所詮は邪神の発する邪気の影響を受けただけのモンスターだ。
この程度の相手に苦戦するようでは、本物の邪神の下僕には敵わない。
「『チェーン』の効果発動! デッキから『デストーイ・ファクトリー』を手札に加え、それを発動! 墓地の『融合』を除外してデストーイモンスターを融合召喚する! フィールドの『クラーケン』と『ドッグ』で融合!」
フィールドの2体が空に吸い込まれる。新たな融合モンスターが呼び出される。
「大海の奥底に潜む悪魔よ! 人の供を贄とし、全てを切り刻む悪魔を呼び起こせ! 愚か者に滅びの鉄槌を下すがいい、『デストーイ・サーベル・タイガー』!」
刃を持つ狼、人形と刃物の輝きがグロテスクな調和の元に根源的な恐怖を呼び起こす。”それ”は恐ろしい唸り声を上げて亡霊を前に舌なめずりする。
「『タイガー』の効果発動! 『クラーケン』を墓地より呼び起こす!」
ぎらりとファニマの瞳が光った。
「さあ、終幕を奏でましょう。タイガーの効果! デストーイモンスターの攻撃力を400ポイントアップする! これで終わりよ! ハーケンの2連続攻撃、そしてタイガーの攻撃! 消えなさい【オクトプレッシャー】2連打、更に【ハーケンダンス】!」
最初の二枚だけで二体の大型融合モンスターを召喚、怒涛の連続攻撃を行った。その総攻撃力は2600+2600+2800、ライフ8000丁度だった。
水流と鎌に切り刻まれ、亡霊は八つ裂きになって残骸があたりに散らばった。
「弱かったのは貴方の方みたいね」
その亡霊が消え行く。破片がぼろぼろと形を失って崩れていく。この場面だけを切り抜くならば普通のモンスター退治と言っていい。
教師に言えば怒られても、生徒同士ならば自慢できるだろう。一夏の冒険と言えば上等な類、まあそれをやるのは男子のはずだったが。
「おのれ……その力――まさか」
消えかけた亡霊がボロボロに崩れかけた手を伸ばす。
「いいえ、私は勇者じゃないわ。人間を舐めないでほしいわね、邪神のものであろうと力は力。その力、私がもらう!」
デュエルディスクから伸びた紐が亡霊を縛る。
「ッガ! ぐああ――」
「デュエルで私が勝った。ならば、その資格はあるはず!」
亡霊が消えていく。禍々しい赤が紐を通じてデュエルディスクに流れ込んでいく。と、同時に紐が鎖へと変じていく。
丁度、クラーケンの持つ鎖のような。ファニマのデュエルディスクの変化はそれだけではない。
「さあ――私の糧になることを光栄に思い、そして消えろ」
亡霊はおどろおどろしい悲鳴と共に完全に消滅した。そして。
「ふふ。これでサマがついたわね」
デュエルディスクの形が変わっている。それはまるでぬいぐるみの羽根だ。ぬいぐるみと言っても最高級品、生粋のお嬢様であるファニマに持たせてもあつらえたように似合う。
そして、稼働する箇所にはハサミ、もしくはギロチンのように怪しく光る刃物が繋がっている。
そう、力を持てば何でも可能になることは、それこそ”遊戯王世界らしい”と言えるのではなかろうか。
ただのノーマルなそれであれば、舐められる要因にもなる。王子も、悪役令嬢に挑むときには3幻神の力でオリジナルのそれに変わっているはずだったのだが。……見たところ、アレはノーマルのそれだった。
……どうにも、”弱い”。
(私の憑依のせい? いいえ。
顎に手をやり、考える。今更主人公の仲間面をするのはない。それに、仲間にするにしてもどうにも物足りない。あいつらは弱かった。
奴には兄も居たが、ファニマが知る限りの実力はドングリの背比べだ。
(ならば、邪神が復活するのが正しい運命なのかな。プレイヤーが渡していたカードで攻略対象のデッキは強化されるシステムだったわね。けれど、あのお花畑のヒロインがカードを上げたなんて話は聞いたことがない)
まあ、それは当然だ。自国の王子にカードを恵んでやる女、どれだけ不遜なのだと言う話だろう。カードとは富、王は恵むを施す側であって恵んで頂く側じゃない。
(けれど、それでは邪神の下僕に勝てない。7人の勇者を見つけ、セブンスターズを撃破する必要がある。でなければ、世界は3幻魔が支配する。3幻神を陽とするならば、3幻魔は闇。3幻魔が支配する世界など知らないけれど、この森を見る限り人間にとって楽しい世界でもないでしょうし)
「……ふぅ。私がやるしかないのかしらね」
やる気のなさそうな言葉とは裏腹に、その顔には笑みが浮かんでいた。戦うのはとても面白かった。
あの激痛も盛り上げるスパイスだ。今度こそ、歯ごたえのある敵と出会えると良いと知らず知らずの内に唇は三日月を描いていた。