そして、キングは一人校長室の扉を開く。
「――む。俺が最後だったか?」
校長用の厳つい机よりも扉側に、来客用の机とソファが並んでいる。片方にはふわりが座り、右後ろにはエクスとエレメの兄弟が居て、左後ろにはフェル・キャノンが陣取って火花を散らしている。
……エクスとフェル、醜い男同士での争いだった。
そして元凶であるふわりはと言うと、何も感じていないかのようににこにこと能天気な笑みを浮かべていた。
「キングさん。こんばんは」
「ああ、こんばんは! キングは最後に登場するもの! だが、女子供への礼儀も欠かさんのがキングの義務!」
やはりうるさい。ふわりの向こう側、誰も座っていないソファにどっかと座り込んだ。
「おお、集まってくれたようだね」
机の向こう側から校長が声をかける。
「さて、若きキング君は何がお好みかな? 学校の備品だからあまり良いものはないけれど、インスタントのコーヒーや紅茶くらいならあるよ」
「ならばコーヒーを。キングが嗜むのは香り高いブラックコーヒーと相場が決まっているのでな」
「砂糖もミルクもなしだね。少し待っててくれ」
紙コップに粉を入れてポットから湯を注ぐ。
受け取り、口に含んだキングは「クソマズイな!」という顔をしたが声には出さない。どうやらキングは厚意で出されたものに文句を付けないものらしい。
「さて、今日の事件では皆活躍してくれていたね」
空いている場所、エクスの向こう側に歩いていく。立って話をする気らしい。ごほん、と咳払いをして重々しく話を切り出した。
「……あら? 私はエクス君に守ってもらっただけだけど」
何の悪気もなく、きょとんとふわりが疑問を上げる。
「ああ、そうだったかね? だが、君たちには魔と戦う力があるのだ」
「そうなの? 私、皆の役に立てるならとっても嬉しいわ」
にこりと笑うふわり。
「待て。戦うのならば俺がやる! ファニマ・ヴェルデに敗北した俺ではあるが、それでもふわりを戦わせることなど出来ん!」
エクスが大声を出す。ふわりはこっくりと首を傾げていた。そもそも守るだなんだを理解できていない。
自分が守るから安全な場所に居てくれ、などという彼の願いの意味が分かっていない。なんなら、危険の意味すら知らない。死んだとしても、怖いなどと言う感情は理解できない女だ。
「まあ、全員が必ず戦うと言うものでもないんだよ。まずは落ち着いて聞いてほしい。……ね?」
エクスを宥め、気を取り直して話を再開する。その瞬間。
「――ならば、我々ヴェルテもその話に参加する資格はあるのでしょうな?」
朗々とした低い声がその話を断ち切った。老執事、セバスが校長室の扉を開いたのだ。かつかつと靴音を響かせて部屋に入る。
「警告はしていた。それを無視したのはアンタだぜ」
そして、その後ろにはフューが付く。
「そして侵略軍のリーダーを打ち倒し、学園に平和をもたらしたのはうちのリーダーよ。さて、あんたの部下、教師達は何をしていたのかしらね」
エールがひょっこりと顔を出す。
「……あなたたちは、ヴェルテ派の人ですな。では、ヴェルテのお嬢様は」
〈私も参加させてもらうわ。校長〉
セバスの開いたPCからファニマの声が響いた。
「おお、ファニマ嬢。あなたはそれで参加するんですね……」
〈ええ〉
傲岸不遜な声が響いた。
「あ、ファニマ様!」
仔犬のような嬉しそうな顔をしてふわりが近寄ってきた。
「おひさしぶりです!」
PCの前に来て手を振る。相変わらず感情がバグっているとしか思えない挙動だが、まあそういう生物だと思って諦めるしかない。
そう、ここで問題なのは。
〈けれど、失望したわ。校長〉
「手厳しいですな、ヴェルテ嬢。……一体何がそんなに気に喰わないので?」
ファニマはそれを無視して校長に氷のような切れ味で切り込んだ。
〈スカーレッド・エルピィ、エレメ・ジェイド、エク……そこの変態。それを戦力として数えるのは、ええそうね。大人のなんて情けないことと思うけれど、名案と思ってしまってもしょうがないわね〉
エクスが相変わらずの呼び方だな、と苦笑する。
〈フェル・キャノン。彼もまあいいでしょう。信用できるかはあなたの問題。……そいつに戦う力があることは知っている。ならば、私から文句を付ける筋合いはないもの〉
「……はあ」
〈けれど、そこのふわりはどういうこと? この子に戦う力などない。先の混乱で分からなかった? 他の生徒どもより多少使えたところで、私たちのレベルじゃないのよ。戦う力のない人間を戦わせるなんて、ふざけた真似はやめなさい〉
「いやあ、おっしゃることはごもっともで。ですが、彼女とて戦う力は持っているはずなのです。彼女は選ばれた……」
「ファニマ様、ありがとうございます」
足手纏いだとはっきり言われたはずのふわりは感謝を告げる。
〈礼を言われる筋合いなどないわ〉
ファニマはPCの向こうでそっぽを向いてツンとした声を出す。
「私を心配して言ってくれているんですよね? だから、やっぱりありがとうなんです。でも、私もエクス君やフェル君に守られてるだけじゃありません。少しでもサポートしてあげられたら、って思うから」
後ろで二人がじーんと感動している。ファニマはそいつらの評価を色ボケ馬鹿が、と下方修正した。
〈酷い能天気具合。精々後ろで応援でもしていることね〉
これがふわりだ。人に好かれるサイコパス、その本領発揮と言ったところ。彼女のそれは俯瞰して物事を見れる者。上に立つ者によく効く。
ファニマも、油断しているとコロっといきそうになってしまう。そいつの本質がお花畑と知っていてもなお。
「はい。私、エクス君やフェル君と一緒に頑張ります!」
太陽のような笑顔を浮かべた。
〈――ふん。死体になられても困るから、精々誰かの後ろをついて歩いてなさい〉
通話が切られた。
「おや、ヴェルテ嬢は帰られたようですな。では、鍵を渡しましょう」
最初に呼ばれたメンバーへ鍵が配られた。
「――これは? 何の変哲もない鍵のようだが」
とても古くて、ゴツくて、存在感がある。だが、言ってしまえば”イカつい鍵”と、ただそれだけだ。あの魔物達と戦う力があるようには見えない。
「しかし、それがセブンスターズを倒す唯一の手段なのです。その鍵を持つ者がデュエルによって相手を打ち負かすことでのみ、彼らを打ち倒すことができるのです」
よくある設定と言えばそうで、彼らは納得してしまうが。
「いや、それはおかしいでしょ。ファニマが倒したじゃない」
エールが舌鋒鋭く指摘した。
「ああ……それはそうですな」
煮え切らない態度、実は校長もどういうことかは知らない。
「――ふん。まあ、ただの人間には無理でしょうね」
エールが一人納得して押し黙ってしまう。
「少し、昔話をしましょう」
そして語り出す。それを言うのが仕事とはいえ、話の流れとして少し無理があった。
「遥か昔、地上は人と魔が争っていた。人を守護し、平和と友情を愛する3幻神。そして魔を支配する、血と殺戮を愛する3邪神。彼らは長いこと地上の支配権を巡って争いを続けていましたが、ついに決着がついて魔は地上ではない別の場所へ行くこととなりました」
「魔の世界と人の世界が分かれ、争いはなくなりました。けれど、百年に一度の周期で人と魔の世界が重なり合ってしまう場所があります。……そう、この場所。昔は神殿と呼ばれていたこの場所を、貴族の学舎に改造して」
「ここは、人の世界を守るに相応しい”力のある”人間を集めるために作られた。君たちはそのためにここに来た。……3幻神の導きによって」
締めくくった。
「くだらん! キングの歩く場所は己が決める! 運命などという世迷言は信じない! だが……無辜の人々を手にかけると言うなら、このキング容赦せん!」
話は終わりだと言わんばかりに鍵をポケットに突っ込み、校長室を後にする。
「ふん。人を守るだなどと下らない。……だが、ふわりの敵は俺が倒す」
フェルは黒霧とともに姿を消した。
「人を守るは貴族の義務か。承知した、校長。エクス、ふわりを頼む」
エレメはニヒルに笑って退室する。
「ああ、送って行こう――」
ふわりを連れようとしたエクスにエールが待ったをかける。
「鍵、寄こしなさい」
傲岸に言い放った。
「いや、それは……」
「寄こせって言ってるの」
これでもエクスは王族なのだが、それを歯に衣着せぬ態度だ。やれやれと苦笑して、鍵を投げた。
「――ふぅん、何も分からないって訳ではないわね」
一人頷き、用は済んだとばかりに退室した。
「では、エクス様。我々もこれにて」
セバスがフューを連れて退室する。
「行こう、エクス君」
「ああ、そうだな。ふわり」
これで全員が居なくなった。
「鍵、渡すにしても私の見ていないところでやって欲しかったんですけど」
一人残った校長は苦笑した。