生命も文明も消え失せ、全てが海に沈んだ世界。
そこに少し奇妙な存在がいた。女…しかも、この世の者とは思えぬ程の美しい女だ。
全体的に月、桜、竹、梅と、日本情緒を連想させる模様が金色で描かれた、美しいピンク色の打掛の引き着姿。
海しかない世界で、その様な格好をしている事もおかしいが…一番は、海の上を優々と歩いている人間離れしている所だろう。
そんな人間離れをした彼女は―――
「地上に生きる命が滅んで2487年と240日14時間38分11秒……時が過ぎるのは早いものね……詰らない程に」
退屈していた。
しかも、人が滅んでから一体どれだけの時間が経過したのか、秒単位で覚える程に。
そんな彼女のもとに、これまた奇妙な物が現れた。
「えっ……どうして…手紙が…?」
そう、手紙だ。
人も文明も消え失せ、海しかないこの世界で突然手紙が空から舞い落ちてきた。
彼女はその手紙を掴み取り、何の躊躇いも無く開いた。
『―――悩み多し異才を持つ少年少女に告げる
その才能を試すことを望むなのらば
己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、
我らの〝箱庭〟に来られたし』
その文面に、彼女は酷く楽しそうな表情を表す。
コレは楽しい…どんな世界よりも、絶対に楽しい事が待っている!!
直感でそう感じた彼女は、手紙に仕込まれた術式に身を任せ、消えていった…
◇ ◇ ◇
気が付けば空の上。上空4000mの場所に強制召喚。
下は大きめの湖。周囲は男1人と女2人に猫1匹が、同じ状況に立たされている。
彼女は状況の確認を手早く済ますと、袖口から美しい羽衣を取っては身に付け、3人と1匹にこう告げた。
「ねぇ、同じ境遇者さん達。このままダイナミックに水浴びをするか…私の手を取り、一緒にゆっくりと地上に降りるか……選びなさい」
この言葉に3人と1匹は、必死になって彼女のもとへと移動する。
誰だって、上空4000mからのダイナミック着水などしたくはない…いや、それ以前に死ぬ可能性の方が高い。
生きるために必死になって、ようやく彼女の両手や肩などに掴むと…
「わっ!?」
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
「にゃっ!?」
先ほどの落下が嘘の様に、ふわっとダメージが無いように4人と1匹は宙に浮く。
そして、彼女は3人と1匹をゆっくりと地面に下ろす。
何事もなく五体満足で地面に降り立った3人は、この扱いに、それぞれ文句を言い始める。
「信じられないわ!まさか問答無用で引き摺り込んだ挙句、空に放り出すなんて!この人が助けてくれなければ即終了だったじゃない!!」
「右に同じだクソッタレ。これならまだ、石の中に呼び出された方がまだ親切だ」
「………いえ、石の中に呼び出されては動けないでしょう?」
「俺は問題ない」
「そう。身勝手ね」
軽口を叩いているヘッドホンの少年と気丈そうな少女。
そして最後に無口なショートカットの少女は猫を抱き抱えながら無言で辺りを見渡していた。
「此処………どこだろう?」
「さあな。まあ、世界の果てっぽいものが見えたし、どこぞの大亀の背中じゃねぇか?」
猫を抱えた少女の呟きに少年は答えと、今度はなぜか、笑みを浮かべて此方へとやって来た。
一体、なんの様かしら?
「なぁアンタ。さっきは俺達を助けてくれたが…アレがアンタの力か?」
「違うわ。アレは私が持っている道具の力……あの道具の力を使わないと、さすがに私1人で3人も浮かせられなかったわ」
「………へぇ。じゃぁアンタ、あの道具無しでも浮けるのか?」
「えぇ、空を飛ぶ事ぐらい造作もないわよ?」
「ヤハハハ。マジかよ!!」
なんとも楽しそうに笑うヘッドホンの少年。
この問いからして、彼も何かしらの力を持っているようね。
それも…様子と態度からして、強力な力を所持をしている事は確定的ね。
どんな力は知らないけどね。
「そうだ……行動を移す前に、一応確認しとくぞ。もしかしてお前らにも変な手紙が?」
「そうだけど、まず『オマエ』なんて呼び方を訂正して。私は
「…………
「そう、よろしく春日部さん。それで……そこの、野蛮で凶暴そうなそこの貴方は?」
「高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま、野蛮で凶暴な
「そう。取扱説明書をくれたら考えてあげるわ、十六夜君」
「ハハ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様」
2人の間にバチバチと火花が飛ぶのが見える。
傍から見れば、何とも相性が悪い組み合わせのようにも見えるが、これは違う。
この2人は逆に相性が良すぎるが故に、この様な状態になっていると言う方が正しいのだろう。
「で、最後に……私達を助けてくれたアナタ様のお名前をお聞きしたいのですが…よろしいでしょうか?」
「確かに身分はアナタより遥かに上だけど、堅苦しいから今は畏まらなくてもいいわよ。 私の〝人間としての〟名前は
「「「はっ?」」」
3人のすっとんキョンな声がかさなる。
「かぐや姫って…竹取物語に登場する、月に帰っていった…あの、かぐや姫かしら?」
「その物語は一部、間違いがあるけど…それに出てくる〝かぐや姫〟で間違いないわよ」
「マジかよ!! じゃあ、俺達を助けた時に使ったアレは、正真正銘の〝天ノ羽衣〟ってやつか?」
「えぇ、その通りよ。一定階級以上の者は、全員所持する事ができる道具よ」
「おいおい。何だよそれ…マジでそんなのが存在していたとか、最高じゃねーか!!」
心のそこからケラケラ笑う十六夜。
御伽噺に登場する赫映をまじまじと見る飛鳥。
我関せず無関心を装う耀。
久々に見る草木を見つめる赫映。
そして、その4人を物陰から見ていた者―――黒ウサギはと言うと…
(ど、どどどどどどどどどうしましょう!? 箱庭の貴族である黒ウサギが選りにも選って、かぐや姫様を空中に放り出したなんて……この事が
召喚した4人の様子を見るどころでは無くなった黒ウサギは、この後一体どうすればいいのかを必死に考えるのであった。
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