こんなの黒ウサギじゃない!とか言わないでね!!!
一通りの説明を終えた黒ウサギは召喚した2人を、彼女の所属するコミュニティのある箱庭二一〇五三八〇外門に連れてきた。
「ジン坊っちゃーん!新しい方を連れてきましたよー!」
黒ウサギはベンチに座る少年・・・・ジンに呼びかけた。
その呼びかけに反応してジンは立ち上がる。
「お帰り黒ウサギ。そちらの女性二人が?」
「はい! こちらの御4人様が―――」
振り返った瞬間、黒ウサギは石のように固まってしまった。
やっと黒ウサギは気がついたのだ……赫映と十六夜が着いてきていないことに…
「……え、あ…あれ? もう2人いませんでしたか!? ちょっと目つきが悪く、かなり口が悪くて全身から〝俺問題児!〟ってオーラを放っている殿方と、異世界の者とは言え、我等月の民の者は絶対に逆らう事ができない、この世の者とは思えない程の美人である姫様が」
「あぁ、十六夜君なら、赫映さんに『ちょっと世界の果てまで一緒にどうだ?』って口説いて、『魅力的なお誘いね。道中しっかりとエスコートしてくれるならいいわよ?
「――――――えっ?」
あっちの方に。と指さすのは上空から見えた断崖絶壁。
一瞬飛鳥の言っていることが理解できずに黒ウサギの思考は停止してしまった。
「な、なんで止めてくれなかったんですか!?」
「『止めてくれるなよ』と言われたもの」
「ならどうして黒ウサギに一言……」
「『黒ウサギには言うなよ』と言われたから」
「嘘です!絶対に嘘です!実は面倒くさかっただけでしょう!!」
「「うん」」
ガクリと黒ウサギは地面に膝をついて嘆いた。
なんとも哀れな黒ウサギ……コレから先、ずっと彼女は胃薬を服用する事になるだろう。
そんな黒ウサギとは対照的に、ジンは蒼白になって叫んだ。
「た、大変です!〝世界の果て〟にはギフトゲームのため野放しにされている幻獣が…」
「幻獣?」
「は、はい。 ギフトを持った獣を指す言葉で、特に〝世界の果て〟付近には、強力なギフトを持った者がいます。出くわせば最後…とても人間では太刀打ち出来ません!!!」
「それは残念ね。もう彼らは……」
「ゲーム参加前にゲームオーバー?……斬新」
「冗談を言っている場合じゃありません!!」
ジンは必死に事の重大さを訴えるが、そんな事をしてもまるで意味などない。
それはなぜか…簡単だ。人間は、己が真に〝身の危険〟を体験しない限り、それが〝危険〟だと分からないからだ。
体験してこそ、恐怖が生まれ…危険だと理解できる。
ココより安全な世界からやって来た彼女達に、常に命のやり取りがあるであろうこの世界の危険性など理解できるはずもない。
「……ジン坊っちゃん。申し訳ありませんが、御二人様のご案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「わかった。黒ウサギはどうする?」
「私は姫様のお迎えと、問題児様を捕まえに参ります。 皆さんはゆっくりと箱庭ライフを御堪能ございませ!!」
黒ウサギは、淡い緋色の髪を戦慄なかせ踏みしめた門柱に亀裂を入れ、全力で跳躍した途端弾丸のように飛び去り、あっという間に3人の視界から消え去っていった。
そんな黒ウサギの跳躍力を見て、飛鳥は素直に感心した。
「箱庭のウサギは随分速く跳べるのね」
「ウサギ達は箱庭の創始者の眷属。力もそうですが、様々なギフトの他に特殊な権限も持ち合わせた貴種です。彼女なら余程の幻獣と出くわさない限り大丈夫だと思うのですが……」
「そう……それよりも、黒ウサギも堪能してくださいと言っていたし、御言葉に甘えて先に箱庭に入るとしましょう。エスコートは貴方がしてくださるのかしら?」
「え、あ…はい。コミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルです。齢11になったばかりの若輩ですがよろしくお願いします。2人の名前は?」
「久遠飛鳥よ。そこで猫を抱えているのが」
「春日部耀」
ジンが礼儀正しく自己紹介する。飛鳥と耀はそれに倣って一礼した。
「さ、それじゃあ箱庭に入りましょう。まずはそうね。軽い食事でもしながら話を聞かせてくれると嬉しいわ」
飛鳥はジンの手を取ると、胸を躍らせるような笑顔で箱庭の外門をくぐるのだった。
☆☆☆☆☆
場所は変わって現在黒ウサギ。
「(早く…早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く―――早く見つかってください!!!!)」
探し始めてから、すでに探し始めて半刻過ぎ。
どのタイミングで自由行動を取られたかはわからないが、自身の身体能力をフルに使っているのにまだ見つからない。
時間が経てば経つ程に黒ウサギは焦り、脳裏に〝あの日の惨劇〟がよぎるが、首を横に振って愚かな考えをかき消した。
「(大丈夫です……あの御方は、月の頂点に君臨する者。 この最下層…しかも、箱庭の外周辺にいる幻獣程度、吐息1つで倒せる程です……)」
だが、何かあってからでは遅いと、黒ウサギは更に加速しようとした時だ。
―――ドゴンッ!!!
突如、大地を揺らす地響きが森全体に広がった。
黒ウサギは一度足を止め、音の元凶の方向を見ると、彼方には肉眼で確認できるほど巨大な水柱が幾つも立ち上っていた。
「確かあの方向はトリトニスの大滝の方向……まさかギフトゲームを!?」
誰が誰と戦っているのかわからないが、急いでトリトニス大河を目指して走り出す。
風を追い抜き、木々をしならせ、光の如く森を抜けていく。
眼前が開け、わずか数瞬後には森を抜けて大河の岸辺に出た。
「確かこの辺りから……」
「あら、黒ウサギじゃない。ずいぶんと早―――きゃあ!?」
背後から探しに探していた大事なお姫様の声が聞こえ、黒ウサギは思わず赫映に飛びついた。
「ちょ…急に飛びつくとか、なに考えて―――」
「よかった…よかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかった! 本当に…生きててよかったです!!」
なにを考えているのよ!と言い切る前に、黒ウサギの異常に言葉を失う。
黙って、世界の果てに行った事で心配させたのは分かる。
分かるのだが…だからと言って、こんな状態になるのか?と聞かれれば、誰もが『NO』と答えるだろう。
一体、黒ウサギの過去に何が起きたのか……それは分からないが―――
「(まず間違いなく、こうなった原因の1つには箱庭の
そこまで考えた後、何とも面倒で厄介な事に絡まれてしまったものだ…と内心で溜息を吐く赫映。
折角楽しい事が起きるこの世界で、行動の制限をさせられては溜まったものではない。
早い段階で、黒ウサギの過去について調べる必要がある…そう考え決断する。
「ねぇ…黒ウサギ」
「は、ハイ! 何でしょうか!?」
「心配をかけたのは悪かったんだけど…とりあえず退いてくれないかしら?」
「えっ………ハッ! も、申し訳ありません!!!!」
バッ!と何とも凄まじいスピードで、赫映から離れる黒ウサギ。
その後すぐ、『私はまたも、姫様になんて事を…』と呟きながら再度、罪悪感に襲われる。
本当に何とも哀れなウサギである。
「ところで黒ウサギ。 ココに来たって事は、私達を連れ戻しに来たってことよね?」
「もう、黒ウサギは…え、あ…そ、そうです!! もう、御2人共勝手に何処まで来ているのですか!? それに、十六夜さんは?」
「どこまでって…世界の果てに行くって、2人に言ったはずよ。 それと、逆廻ならすぐそこよ」
すぐそこよ。と指さす方向には、服を着たまま水浴びでもしたのか?と言いたくなる程に、びしょ濡れになった十六夜がいた。
「十六夜さんッ!」
「ん? なんだ黒ウサギか」
黒ウサギの存在に気づくと、何とも憎たらしい笑みを見せる十六夜。
何とも素敵でむかつく笑顔に、殴りたくなる衝動に襲われる黒ウサギだが、ココは我慢だ…と何度も何度も自分に言い聞かせ堪える。
「それにしても、いい脚だな。姫様を丁重にエスコートしていたとは言え、短時間で俺たちに追いつけるとは思わなかった」
「むっ、当然です!! 黒ウサギは〝箱庭の貴族〟と謳われる優秀な貴種です。その黒ウサギが―――」
アレ?と黒ウサギは首を傾げる。
その黒ウサギが……半刻以上もの時間、追いつけなかった。
一体どんなギフトを使ったのか非常に気になったが、コミュニティに入れればすぐに分かる…そう判断し、話しを変える。
「それはともかく! 姫様と十六夜さんが無事でよかったデス。ココに来る途中、水柱が見えたので私はてっきり水神のゲームに挑んだと思い、肝を冷やしましたよ」
「水神?―――あぁ…あの〝格〟だけ持った、蛇のこと?」
「ヤハハッ!あの蛇が水神だったのか」
「正確には水神の眷属ですけ――――えっ?」
十六夜が指し、赫映が見たそれは――身の丈を30尺強は巨軀の大蛇。
それが何者かなど、問う必要はないだろう。間違いなくこの一帯を仕切る水神の眷属だ。
『小僧!まだだ……まだ終わってなァァァァアアアアい!!!』
「蛇神………!って、どうやったらこんなに怒らせれるんデスか!?」
「なんか偉そうに『試験を選べ』とかなんとか、上から目線で素敵なこと言ってくれたからよ。俺を試せるかどうか試させてもらったのさ。結果はまぁ…これだがな」
『付け上がるな人間! この我が、この程度で倒れるものか!!』
蛇神の甲高い咆哮が響き、牙と瞳を光らせ、巻き上がる風が水柱をあげて立ち昇る。
周囲を見れば、戦いの傷跡とみてとれる抉れた木々が散乱していた。
「十六夜さん。ココは下がってください!!!」
様々なモノを対価に、異世界から呼び出した者達を、来て早々に失うわけにはいかない。
黒ウサギは水神と戦う十六夜を庇おうとするが、赫映が鋭く睨み付け、それを阻む。
「愚かな月の兎よ。下がるのはお主であるのが判らぬか?」
「ひ、姫…様?」
「この戦いは…あの〝幼き者達〟が、自身の誇りを賭けた戦いなのだぞ? それを……邪魔立てすると申すのであれば、月の兎と言えど―――潰すぞ」
殺気を含むその言葉に、黒ウサギは両腕を交差するようにして震える肩を必死に抑える。
既にゲームは始まっているのに、それを『危ない』と言った理由で、乱入など許されるはずも無い。
しかも、そのゲームが〝誇り〟を賭けているのであれば尚更だ。
そんな赫映の言葉に、蛇神は息を荒くしながら応えた。
『中々の心意気。 あの者に免じて、次の一撃を凌げれば貴様の勝利を認めてやろう』
「ハッ! 寝言は寝て言えってんだ。いいか? 決闘ってのは勝者を決めて終わるんじゃない。敗者を決めて終わるんだよ!」
時既に、勝者は決まっている。
その傲慢極まりない台詞に黒ウサギと蛇神は呆れて閉口し、赫映は黒ウサギの隣で面白そうに笑っていた。
『その戯言が貴様の最後だ!』
蛇神の雄叫びに応えて嵐のように川の水が巻き上がる。
竜巻のように渦を巻いた水柱は蛇神の丈よりも遥かに高く舞い上がり、何百トンもの水を吸い上げる。
水柱は計3本。
それぞれが生き物のように唸り、蛇のように襲いかかる。
これこそ〝神格〟のギフトを持つ者の力だ。
「十六夜さん!!!」
黒ウサギが叫ぶが、時既に遅い。
竜巻く水柱は川辺を抉り、木々を捻じ切り、十六夜の体を激流に呑み込もうとした時、
「ハッ―――しゃらくせぇ!!!」
十六夜は襲ってきた嵐とも言える激流を、ただ腕の一振りで薙ぎ払った。
「嘘!?」
『馬鹿な!?』
驚愕する黒ウサギと蛇神。人智を遥かに超越した力を見せつけられ、さらに全霊の一撃を弾かれた蛇神は放心しする。
十六夜はその隙を見逃さず、獰猛な笑いと共に着地し、
「ま、中々だったぜオマエ」
ドゴンッ!と大地を踏み砕く。
勢いよく蛇神の顔元まで飛んだ十六夜は、そのまま回し蹴りを蛇神の顔面に叩きこむ。
だが、蹴る方向が不味かった。
吹き飛ばされた蛇神は、川へと勢いよくぶつかり、その衝撃で川が氾濫。
またも全身を濡らした十六夜はバツが悪そう戻って来た。
「あらあら…中々にいい絵面ね。水も滴るいい男よ」
「そりゃどーも。にしてもクソ、今日は酷く濡れる日だ。クリーニング代ぐらいは出るんだろうな黒ウサギ」
と冗談めかして黒ウサギに聞いたが、黒ウサギの耳には届かない。
彼女の頭の中はパニックで、もうそれどころではないのだ。
「(人間が……神格を倒した!? それも只の腕力で!? そんなデタラメが―――信じられない……だけど、本当に最高クラスのギフトを所持しているのなら……私たちのコミュニティ再建も、本当に夢じゃないかもしれない!!)」
黒ウサギは興奮を抑えきれず、鼓動が速くなるのを感じていた。
今までどん底にいた彼女に希望が見えてきたのだ。その嬉しさの余り、泣きだしてしまいそうだった。
書いてて思ったが、黒ウサギは十六夜の存在を忘れているのでは?って思える程に、赫映を心配する感じになってしまった。
まぁ…異世界人とは言え、自分の故郷のお姫様だから、だ…大丈夫…だよね?