「音を止めたって……どういうこと?」
あ、ああ~忘れてた。イヤな所を見られたな。どうしよう。
後ろを振り返ると、そこには白石杏と小豆沢こはねの両名、先ほどまでイベントで歌っていた二人がそこに立っていた。
「…ちっ……!」
「やべっ……!」
「……あ、おいコラモブ!逃げるな卑怯者!」
お前の顔も憶えたからな!夜道に気を付けろ!……俺も逃げようかな。
「まさかあれ、彰人たちがやったの……?」
「待ってくれ白石。彰人はこんな真似は───」
「ああそうだ、オレがやった。お前たちを潰してやるつもりでな」
「彰人……!?」
「……どういうつもり!?わざわざ誘っておいてこんなまね……!!」
なんか勝手に話が進んでいってる。これ帰ってもバレないんじゃね?……そんなわけにもいかないよなぁ。
「オレは、覚悟もねえヤツが『RAD WEEKEND』を越えるなんて口にするのが許せねえんだよ。……そこのチビ、これくらいで歌えなくなるってことは所詮その程度の覚悟だったって事だろ」
「初めてのイベントでトラブルなんて起きたら、どうしようもないでしょ!」
そろそろ止めた方がいいかな。フッ、喧嘩の仲裁は得意だぜ。
「まあまあ二人とも落ち着いて。そんなに熱くなってもいいことないぜ?一度頭を冷やして話し合おう。人類はどうして言語を発明したのかわかるか?それはコミュニケーションをとり、他者を理解するためだ。世界は我々矮小な人類を中心としていない。だからこそ話し合い、理解し、受け入れるために言葉はある。さあここまでは理解できたかな?」
「センパイ。意味わかんねえこと言ってないでソコ退いてください。邪魔だ」
「……なんで朝比奈先輩がここに?まさか彰人たちとグルで……!」
……この低能ども、その頭に入っているのはカニ味噌か?甲殻類なのか?お前たち実はホモサピエンスではないのか?
トマトジュースと人参ジュースをそのうるさい口に注ぎ込めば多少は頭もよくなるだろうか。
「アッハッハッハ。……3.14159265358979323846264338327950288419716939937510582097494459230781640628620899862803482534211706798214808651……」
「……は?どうしたんだ一体……」
「これって、円周率……?」
「32823066470938446095505822317253594081284811174502841027019385211055596446229489549303819644288109756659334461……」
「うぅっ、数字が……数字で頭がぁ!」
「ああああ!怖い怖い怖い怖い怖い!助けてこはねぇ!!」
ふぅ、まあこんなものだろう。その矮小な頭にしっかり刻んでおくがいい。この円周率の羅列を!
「フハハハハハ!フハハハハハ!春樹さん大勝利。フハハハハハ!」
「流石です朝比奈先輩。喧嘩を止めるのにこんな方法があったとは」
そんなに褒めないでくれたまえ。これは普通の人には効果がないのだよ。そう、普通の人にはね!
現に今一緒に聞いていた冬弥くんとこはね嬢は平然としている。……いや、彼女は少し怯えているな。なぜだ。俺は怖くないよ~。
◇
少し時間もたち二人もようやく落ち着いてきたようだ。
「ハア、ハア、ハア……。おい白石、さっきの話の続きだが少なくともお前は『どうしようもない』なんて思わなかっただろ。あの時食い下がったのはお前に覚悟があったからだ。『あのイベント』を越えるにはこんなところでつまづくわけにはいかないって思ったんじゃないのか」
「……それは……」
「そこのチビにはそれがなかった。だから歌えなかった。……違うか?」
「違う!!こはねは本気だった!練習だって一生懸命「一生懸命やってりゃそれだけで本気だってのか?笑わせんな!」……っ!」
あらあらまあまあ、また熱くなっちゃって。
「コラコラ、せっかく落ち着いたと思ったらまた「関係のねえヤツはすっこんでろ!」………」
「おい、彰人!失礼だぞ!」
「ああいいよいいよ。冬弥くん俺の事は気にしないでくれ」
この人参頭、今度ドッグカフェに閉じ込めた後に大量の人参を食わせてやる。泣き叫び許しを乞うても許さん。本物の恐怖というものを教えてやる。(半ギレ)
素で話せとは言ったが誰がそこまで言えと言った。汝、後輩ぞ?我、先輩ぞ?
「ここは遠足気分で足を踏み入れていい世界じゃねえんだよ。……これくらいで潰れるなら、さっさと出ていけ」
「彰人!もういいだろう!」
「あんた……!あ、待ってこはね!!……見損なった!」
あ~あ、ぼくもう知らない。休日なのにどうしてこんな目にあっているのか。考えてみれば自己紹介もしてないのに。この四人大丈夫かな。心配のしすぎで胃が痛いよ……。
「彰人、なぜ白石達に言わない。音を止めたのは……」
「それでも原因は、オレだろ。言い訳は嫌いなんだ」
「だが……本当にこれでいいのか?」
「そうだそうだ。その髪色で人参嫌いは無理あるだろ」
「アンタはなんでそのことを知ってんだ!」
東雲少年は一つ舌打ちをし、頭をかいた。禿げる禿げる。その若さで禿げたくはないだろう、止めたまえ。
「行くぞ冬弥。もうすぐオレ達の番だ。……盛り上げるぞ」
「………」
「ほら行っておいで冬弥くん。彼の言う通りもうすぐ君たちの番だ。……死力を尽くしてくれるんだろう?」
「……はい」
まったく。どうしてこうも上手くいかないのか。何者かに邪魔をされているのではないかと勘繰ってしまう程だ。
「……俺も行こ」
「春樹!!冬弥たちの出番はまだか!」
………。……え?
◇
「おいおいおいおい、本気で驚いたぞ。今日は来られなくなったんじゃ無かったのか司」
「そのつもりだったのだが、まあいろいろとあってな。息抜きもかねてやはり来ることにした」
急に大声で名前を呼ばれたから吃驚したぞ。
冬弥くんたちが準備に向かった直後、現れたのは光を反射する金髪ペガサス。
誰あろう、先日やらかしてしまって天馬司であった。
「それで類くんたちとは仲直りできたのか?」
「……お前はいつもどこから情報を仕入れているんだ」
今回はセカイの狭間より鏡音レン氏からの情報さ。
「俺は何でも知ってるぜ。例えば……そうだな、司がスターを目指す様になったきっかけとか」
「………」
あれ、急に静かになった。なんか地雷でも踏み抜いたのか?いや以前この話題を出した時はこんな反応しなかった。まさか。
「司、お前思い出したのか。スターを目指す理由」
「……ああ、思い出した。オレがスターを目指す理由を、あの時の咲希の笑顔を。……オレは、皆を笑顔にできるショーがやりたい」
えぇ、こいつ『本当の想い』をもう見つけてるじゃん。確かに心配はしてなかったけど速すぎない?昨日の今日だぞ。
冬弥くんたちの番まで少しだけ時間があるな。詳しく聞いてみよう。
「何があったのか聞いてもいいか?」
そして司は何があったのか話してくれた。予想以上に話が分かりやすくて驚いたことはここだけの内緒にしておこう。まとめるとこうだ。
昨日ショーが終わった後にスターを目指し始めた理由を思い出した事。
そして先日の事を謝ろうとフェニックスワンダーランドへ行き鳳えむ、草薙寧々の二人と仲直りが出来た事。
最後に類とあったが『君とは相容れない』『君とショーをしたいとは思わない』といったことを言われた事。
速い速い速い速い!展開が速いっ!
なんで昨日の今日でそこまで進んでるんだ。恐ろしい、これがペガサスの血統か。
「でも後は類くんだけだろう。根気強くいけばいいさ」
「だがオレは、類になんて言ってやればいいのかわからなかった」
……ここまで弱気な司は見たことないかもしれない。ああ、ならば俺がすべきことは決まっている。
「『世界はこんなにも広い。少し目を向ければ『楽しい』もの『美しい』ものなんて山ほどある。それを知らずに、知ろうともせずに全てに絶望してしまうなんてもったいない』憶えてるか司。お前が昔俺に言った言葉だ」
「……そんなこと言ったか?」
思わず苦笑する。やっぱり憶えてないか。わかってたことだ、司に俺を救う気などなかったことなんて。だけど、いやだからこそあの言葉は当時の司の本心からの言葉だと思える。
「俺はお前の言葉に救われた。言葉だけじゃない。お前の生き様に、夢を叶えんとするその『在り方』に俺は魅せられた。だから俺は天馬司のファンなんだ」
お前は俺を救おうとしたわけではなかった。ただ思ったことを言っただけ。だから俺は一人で勝手に救われたのだろう。
けれど、例え本人にその気がなかったとしても俺が救われた事実は変わらない。
……大方、類に言われた『君はスターにはなれない』って言葉を気にしてるんだろうが、ならば俺も言ってやる
「司、俺はお前なら必ずスターになれると信じている。ただ友人だからって訳じゃないぞ。絶望の底にいた当時の俺にとって間違いなくお前は道を示してくれる
「……ああ、ファンが期待してくれているのに立ち止まっているわけにはいかないな!」
やっぱり、眩しいなぁ。
……どれだけ辛く、どれだけ苦しく、どれだけ絶望的状況だとしてもお前は上を見上げ前へと進むのだろう。まるでその道の先に自分の望むモノがあると確信しているように。
『ファン』としての言葉はこれで終わり。ここからは『友人』としての言葉を送ろう。
バシンッ!と司の背を叩く。
「格好つけろよスター、格好いいぞ」
「当然だ!オレは天馬司、スターになるべく生まれた男なのだから!」
もう、なにも心配はいらないな。
冬弥くんたちの番になり歌が会場に響き渡る。始まった以上聴くことに専念しよう。
……俺が司にしてやれることはここまでだ。後は司が自分で答えを出さなければいけない。俺はその行く末を見届けよう。
大丈夫、俺がいなくてもお前ならなんとでもできるさ。
次回『Untitledってそういうこと?』