それと設定構築に協力してくださったフォロワーさんの皆様、本当にありがとうございました!
太陽が顔を出し、空が白み始めた頃。
都内近郊に位置する花舞市の住宅街の一角。周りに立ち並ぶ他の住宅とそう代わり映えしない二階建ての家。そこが彼女らの住まいだ。
カタカタ……
トントン
「姉ちゃん起きてる……って、もーさては徹夜したな?」
「……あれ、
「もう朝だよ。ほら、カーテン開ける」
深紅の部屋にノックをした上で入室してきたのは、彼女の弟の橙弥だ。美人とよく評される深紅とあまり似ていない幼い顔立ちの彼だが、深紅は彼の方が大人びた性格をしていると思っている。しっかり者で、よく姉である深紅の世話も焼いてくれる彼は料理も上手で家事全般もこなせる。料理にあまり自信のない深紅からして見れば、彼の存在はとても助かっている。
閑話休題。
どうやら橙弥は朝ごはんをすでに作ったようだ。愛用のオレンジ色のエプロンを身に着けている辺り、朝ごはんを作ってすぐに深紅のもとに向かったらしい。未だパソコンの画面に釘付けになっている深紅を置いて部屋のカーテンを開けて回る彼は、深紅の腕を引いた。
「朝ごはんできてるから一緒に食べよ。そのついでに休憩したら?」
「そうする。いつもありがとね橙弥」
「これぐらいオレにかかればお茶の子さいさいだから」
ふふん、と誇らしげに胸を張る橙弥の頭を撫でてから、深紅は一階のリビングに向かった。
リビングのテーブルの上には橙弥の作ったオムレツとトーストが並んでいた。深紅と橙弥は向かい合って座ると、同時にいただきますをしてからそれぞれ食べ始めた。
「今日姉ちゃん何時に終わるの?」
「たしか今日は三限で終わりだったから結構早いね。何も用事なければそのまま帰るつもりだけど──」
ここで深紅のスマホが震えた。メールが来たようだ。差出人を見ると、深紅の通う花舞大学の教授の一人である
『皇深紅様
そろそろ貸していた本を返してもらえると助かります。
神瀬失人』
「あー……忘れてたな」
「姉ちゃん?」
「ちょっと大学で用事済ませてから帰るよ。そんなかからないとは思うけど」
「ん、わかった」
ケチャップをかけたオムレツをトーストの上に乗せて口に放り込んだ深紅は、皿を片付けながらメールを送ってきた神瀬という人間について考えていた。
神瀬失人は花舞大学の教授であるが、それ以上に研究者として名を馳せている。
世界各地で発掘された聖遺物、アーティファクト。神話や伝説上の存在とされていたそれらは、神や人外が物語ではなく実在していたことを証明した。
もちろんそれらは機能を停止していた。それも無理はない。神々から生まれ人間界に与えられし聖なる物だとしても、時間の流れには抗えなかったのだ。
しかし、それらはある科学者たちの手によって息を吹き返した。プロジェクト・リバイブファクトと名づけられた計画で、アーティファクトはリバイブファクトとして現代の技術により復活したのだ。
そのプロジェクト・リバイブファクトで中心人物だったのが神瀬失人だ。神瀬は天才と称されるその頭脳をいかんなく発揮し、アーティファクトの元来持っていた機能を現代技術で復活させたのだ。
(……て言うのがカミセンの功績らしいけど)
テストを終えた深紅は、神瀬から借りていた本を片手に大学構内を歩いていた。カミセンというのは神瀬の愛称だ。神瀬失人という名が偽名だということを生徒たちはみな気づいているので、生徒達からはもっぱらカミセンと呼ばれている。
(正直、そんなすごい人には見えないんだよなぁ)
深紅は神瀬とそれなりに交流があった。というのも、神瀬はリバイブファクトなる計画の中心人物なだけあり、講義の内容とは関係のない神話の話をすることが多かった。その中で神瀬は愛読書を紹介することが多々あり、それに興味を示した深紅が本の感想をコメントペーパーに書いたところ、本を直々に貸してくれるようになり今に至る。
深紅の中の神瀬の印象は、たしかにすごい人なのだろうがそれ以上に自由な人というのが強い。どうやって使うのか……そもそもどのような場面で使うのかわからない無駄な発明品を作っては、子どものように見て!見て!とアピールしてくるのだ。そういうわけで深紅の中の神瀬の印象は、大きな子どもといったものだった。
「本の趣味は良いんだけどな……」
そう呟きながら、深紅が神瀬の研究室のある建物に入ろうとした時だった。
ドォンッ!!
白煙とともに目当ての人物が現れたのは。
「はっ!?カミセン!?」
「おや皇くん!ちょうど良かった、一緒に来てくれたまえ!」
そう言うなり神瀬は深紅の手を引いて走り出した。呆然としていた深紅は神瀬のなすがままになっていたが、しばらく走ったところで我に返った。
「いやいやいや何してんですか!?」
「ちょっと訳アリなんだよ~」
「それで納得する私じゃありませんよ!?あぁ警備員の人が追ってき……」
後ろを見てこちらを追ってくる白い制服姿の男たちを見て、深紅は違和感を覚えた。
(うちの大学の警備員ってあんな制服だったっけ?)
「あの、カミセ──」
「そーら煙幕だ!」
そう言うなり神瀬は後ろの追手目掛けて何かを投げた。追手の一人にそれが当たると、白い煙がたちまち立ち上る。
「よし!」
「いやあんた何投げてんですか!?」
「え?煙幕だよ?」
「そういうことを聞いてんじゃないんですよ!」
「ははははは」
「笑ってんじゃねー!!」
神瀬と深紅は追手を撒けたところで足を止めた。
「で?何がどうしてこうなったんです?」
「そう、あれは今から約三十年前……私がこの世に生まれ落ちた時のことだ……」
「あ、そういうのいいんで手短にお願いします」
「私の教え子がこんなにも手厳しい……」
神瀬は一瞬いじけそうになったが、深紅の冷たい視線に根負けしたようで咳払いをした上で語り始めた。
「彼らはね、私の研究を奪うことが目的なんだ」
「研究……?ってあれですか?リバイブファクトの」
「ザッツライト!彼らは共にリバイブファクトの研究をしていたのだが、どうやらリバイブファクトの持つ力に魅入られてしまったようでね。チームで所有していたリバイブファクトを強奪しただけでなく、私が追加で研究を行っていたリバイブファクトまで奪おうとしたのさ!そこで私はリバイブファクトを手に逃げてきたというわけだね」
神瀬はそう言って白衣からアタッシュケースを取り出し、深紅にちらりと見せた。
「いや物理法則よ。貴方の白衣どこぞの猫型ロボットですか?」
「それでだね」
「無視かい」
「皇くん、君を見込んで頼みがある。どうか、私の味方になってくれないか?」
常に浮かべているへらへらとした笑みを打ち消し、真剣な表情で神瀬は深紅を見据えた。
「この力を彼らに利用されるわけにはいかないんだ。彼らからリバイブファクトをすべて取り戻せた時、私は君のためにこの頭脳を使おう。だから──」
「わかりました」
すぐに頷いた深紅を見て、神瀬は目を丸くした。
「良いのかい?」
「私は私に縋る人間を絶対に見捨てたりしませんから」
「きっと相手は君の想像以上の勢力だよ。私に手を貸すということは、君もまたこのリバイブファクトをめぐる争いに巻き込まれるということだ。それでも良いのかい?」
「それならなおさらです。事情を知った上で見て見ぬ振りなんて、私にはできない」
深紅は赤く強い意志の宿った瞳で神瀬を見つめ返した。
「──戦いましょう」
「……うん、上出来だ!」
そう言って神瀬はアタッシュケースを深紅に向かって放り投げた。
「うまく使いたまえ。君にはその資格がある」
「それはどういう……?」
「いたぞ!!」
「む、もう見つかったか。それについては逃げながら説明することにしよう!」
そう言って神瀬は黄色い何かを追手に向けて投げた。黄色い何かは一人でに増殖し、どんどん数を増やしていく。
「あれは?」
「全自動バナナの皮さ!」
「全自動バナナの皮!?」
「スイッチを入れるとどんどんバナナの皮が増えていくんだよ。追手は転ぶことを恐れて前に進むことができなくなる。まさに今の状況にピッタリさ!」
「そんなうまくいくんですか?」
「くっ、これでは進めない……!」
「ね?」
「コントかよ」
アタッシュケースを持って再び走り出した二人だったが、前から謎の影が近づいてきていることに気づき足を止めた。
それは、首のない馬だった。体に白い小さな花が密集して咲いているそれは、蹄で地面を蹴りこちらに近づいてきている。
「あれは一体……?」
「……まさかヴィードまで投入してくるとはね。よほど仮面ライダーの力を奪いたいと見た」
「ヴィード……?」
「作戦変更だ。皇くん、ここで戦おう」
神瀬は白衣からまた何かを取り出し深紅に渡した。
それは修学旅行のおみやげでよく見かけるような剣の形のキーホルダーだった。薔薇の花から生えた茨が巻きついているデザインの鞘に刀身が収まっている。
「これは?」
「アーティファクションキーさ。アタッシュケースを開けてくれたまえ」
言われた通り深紅がアタッシュケースを開けると、そこには騎士の籠手のような形をしたバックルが入っていた。
「まずバックルを腰に当てるんだ」
「腰に?こうですか?」
深紅がバックルを腰に当てると、光の茨のような物がバックルから生え、茨は腰を一周しベルトと化した。
「次にアーティファクションキーを鞘から抜いてバックルの穴に挿してくれ」
バックルをよく見ると、上の方に穴が空いていた。神瀬の指示通りアーティファクションキーを鞘から抜いた深紅は、バックルの穴にそれを挿した。まるで籠手が剣を握っているようにも見える。
『アーティファクションキー認証。コード:RC起動。声紋を登録します、変身と叫んでください』
「へ……変身?」
「叫びながらアーティファクションキーを横に倒すんだ!」
「変身!」
深紅はアーティファクションキーを横に倒しながら叫んだ。
『変身者を登録しました。これより変身シーケンスに移行します』
再び機械音声がバックルから流れたかと思うと、巨大な白薔薇の蕾がバックルから生えてきた。
「でっか!!え、ちょ、待──」
戸惑う深紅をよそに、蕾は深紅の体を呑み込んだ。蕾の中では花びらが綻び、深紅の体に触れると騎士の鎧のような姿へと変わっていく。深紅の全身を徐々に花びらが覆い、完全に鎧に変化すると蕾は深紅の後ろで大輪の白薔薇を咲かせた。バックルに刺さっていたはずのアーティファクションキーは一振りの剣に変化し、深紅の手に握られている。
「よし、成功だ!おめでとう、君が仮面ライダーローサーだよ」
「ローサー……?」
全体的に白いデザインの鎧は、茨が巻きついているかのような意匠が施されている。
「さ、敵が来ているよ!後は任せた!」
「え?うわっ!」
首のない馬は地面を蹴り上げると、ローサー目掛けて飛び掛かった。ローサーは剣で馬の体を受け止めると、剣を振り払うことで首無し馬と距離をとった。
首無し馬は再び足に力を溜めている。またローサーに飛び掛かろうとしているのだろう。
「させるかっ!!」
一足で首無し馬との距離を詰めたローサーは、首無し馬の足に剣で切りかかった。足を斬られた首無し馬は、苦しそうにその場で悶えている。
「よし!」
「良いぞ皇くん!」
物陰に隠れている神瀬は、「ローサー頑張れ♡」と書かれたうちわを振っていた。
「ライブ感覚で応援するな!!」
思わずツッコんでしまったローサーに、残された足で立ち上がった首無し馬が迫る。ローサーに接近した首無し馬は、体の白く小さな花を咲かせ、そこからいかにも毒々しい色の煙を辺りにまき散らした。
咄嗟に鼻を覆ったローサーは何ともなかったが、すぐ後ろにまで近づいていた追手の人間たちが千鳥足になりながら意味不明な言葉を羅列し始めたのを見て、これは良くないものだとすぐに悟った。
「どうやらこの煙を吸った者は酩酊状態に陥るようだ。吸っちゃだめだよ皇くん!」
「カミセンは大丈夫なんですか?」
「問題ないよ、私は酒に弱いからね!少し吐いてくるよ!」
「問題ありありじゃねーか!ほんと頼りにならねーな!?」
煙は目くらましの意も含んでいたらしく、首無し馬の姿がすっかり見えなくなってしまった。
「くそっ、どうすれば……」
その時、煙の隙間から差し込む太陽の光に剣が呼応したように見えた。剣に走る光が文字を形作る──”ガウェイン”と。
「ガウェイン……?そうか、ガウェインは太陽の恩恵を受けた騎士だ!」
ローサーは太陽の光に向かって剣を掲げた。剣は太陽の光を吸収し、光の刃へと姿を変える。
「行くぞ──ガラティーン!!」
熱を帯びた光の刃で周囲の煙を切り払うように振り回すと、煙はあっという間に晴れた。首無し馬の姿が再び露見される。
「今度は逃がさない!!」
剣の鍔の中心にはめられた薔薇の意匠を押し込み、地面に剣先を突き刺すと切っ先から茨が伸び首無し馬の体を拘束した。
剣を地面から引き抜き再び薔薇の意匠を押し込んでから、柄頭を足場に宙へと体を翻す。剣は巨大化し、ポインタのように首無し馬の体に突き刺さっていた。
宙へと翔んだ時に生じた風が、薔薇の花びらを巻き上げる。薔薇の花びらを伴った嵐が推進力を生み、ローサーのキックを後押しする。
「はぁぁぁぁ!!」
ローサーはその勢いのまま剣ごと首無し馬に突っ込んだ。突き刺さった剣とローサーの蹴りは完全に首無し馬の体を貫いた。体に大きな穴を空けた首無し馬は、体に咲いた花から萎れていき、最終的に植物のように体を枯らしていった。
「ふぅ……」
一息つくとローサーの変身は解けた。
「お疲れ様、皇くん」
「カミセン。すっきりしました?」
「うん、おかげさまで!さて、ここでゆっくりしているわけにもいかない。ひとまず私のアジトに移動しよう」
深紅は頷き、神瀬の後をついていった。