PERSONA -The End of UTOPIA-   作:タカヤマ一騎

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Chapter.1 "Caught in the Game"

「亮!茉莉!姐さん!ヴァネッサ!宗一郎先輩!」

 赤黒い空、灰色のうっすらとした靄に包まれた世界。目に映るのは延々と広がる瓦礫の山、それに仲間たちの骸だ。一見で姿はわかったが、全員微動だにしない。

「おやおや、主役は遅れて登場かい?」

 声がするのはそんな光景の向こう側、積み上げた瓦礫の上の玉座のような椅子に座る黒衣の男が見下ろしていた。

「貴様っ!」

「怒りの矛先がまちがってるんじゃあないのかい?こうなってしまったのは君の判断ミスだよ。君のちょっとした間違いがみんなを殺したんだ。この世界の人間たちも、君のおともだちもみんなね」

「……!」

「そして君も死ぬ。それでゲームは終わりだ」

 男は天高くかざした両掌に、この空のように赤黒い光球を生み出した。防ごうと身構えるものの……。

「無意味な真似を。さあ絶望しろ!」

 光球から無数の光弾が飛び出した。それを一目散にこちらに向かう。それは防御姿勢もむなしく全身を突きさす。激痛が走る。致命傷なのは間違いない。

 大地に倒れたところを男は見計らってこちらに近づき、頭を踏みつけた。

「これ以上に最悪な状況があるかい?さあ絶望しなよ……絶望しろ!」

「……絶望なんてするもんかよ……」

 なんとか振り絞って出せた捨て台詞。だが、その言葉と共に視界は暗転し、音も遠ざかっていった。

 

 

 星空の荒野を走る一両の列車。青を基調にしたそれは不思議な列車である。どう見ても蒸気機関車なのに運転士や機関士の姿は見えない。それでも蒸気を立てながら走り続けている。客車も客車で乗客や乗務員の姿が見えず、最後尾の車掌車もやはり無人であった。

 だがただ一つだけ、人の気配がある車両があった。その一室も変わった代物で、奥の中央に置かれたソファーに一人の老人が、その傍らの椅子にはミドルティーンくらいの少女が据わっていた。この列車にいるのはその二人と、そして自分だけだ。

「ようやくお目にかかりましたな?」

 老人が口を開く。小柄で禿頭の老人は、特にぎょろっとした目つきとキツツキのような長い鼻が目を引いた。そんな見た目とは裏腹に口調は穏やかだ。

「ようこそ。我がベルベットルームへ。私の名はイゴール。この部屋、夢と現実、精神と物質の狭間の場所、ベルベットルームの主をしております」

「あた……わたくしはエルサ。主と同じくこの部屋の住人だ……でございます。おま……あなた様の旅のお手伝いをしてやるぜ……ます……」

 車両や部屋のように青い服を着た十代半ば少女。鉄道員を思わせるような意匠の服装だ。丁寧に帽子まで被っている。色素の薄い髪と肌、そして金色の瞳が服の色と対となって印象的だ。そして慣れていないのか敬語がたどたどしい。

「ここは、何かの形で"契約"を果たされた方のみが訪れる部屋。だがあなたはまだ契約をされていないようですな。……近々そのような運命が待ち受けていることでしょう。ですから本日はご紹介とばかりに。いずれまたお目にかかりましょう」

 そうしてベルベットルームでの光景は暗転した。

 

 

2022年4月10日(日)晴

【午後】

 少年は目を覚ました。今は成田から都心へと向かう電車の中。ボストンからの飛行機に乗ってきて、その疲れで眠りについていたようだ。

「寝足りなかったか」

 飛行機の中で十分眠っていたはずなのにと思いつつも。ふと寝過ごしたかと思った狼狽から車内アナウンスに聞き耳を立てる。

『次はー東京ー東京でーす』

 車内アナウンスが到着駅を告げる。だがタイミング的には申し分なかったのでほっと胸をなでおろす。スマホを取り出してメモしておいたルートを見る。

「ここだ」

 降りて別の路線に乗り換える、そこからさらに40分ほど乗って次はモノレールに乗り換えた。

西舞学園(せいぶがくえん)ー西舞学園でーす』

 目的地の駅に降りる。アメリカ暮らしが長かったゆえに日本の地名には不慣れではあったが、自分が転入する学校の名前だから憶えやすかった。都心からは離れてしまったものの、ここは一種の学園都市としてにぎわっているようだ。人の通りはにぎやかだし、なによりも自分がこれから通う学校が大通りの奥に目立つように聳えている。伊達に駅名になるだけあるなと思った。だが今回の目的はそこではない。だが……。

「場所……どこだ?」

 両親は日本人だし、日本語の勉強はしっかりしてきたから読み書きはばっちりだ。だが地理となるとそうもいかない。駅前に立っている地図とにらめっこしても埒が明かない。じゃあナビのアプリはどうかと言うと結局それ頼りでも迷ってしまうのではないかという不安があった。

「君、なんかお困りかい?」

 若い男が声をかけてきた。見たところ警察官である。助かったと安堵した。

「実は場所がわからなくて……」

「どれどれ……いいよ。せっかくだし送ってあげよう。僕はそのあたりまでパトロールだし」

 スマホでメモしておいた目的地の住所を警官に見せる。一瞥するなりにこやかに対応してくれることになった。

 寮の場所は学校とはモノレールを挟んで逆の方向、世間話をしながら警官と向かった。

「へえー親御さんの都合でずっとアメリカ暮らしねえ。すごいなあ。そりゃいろいろわかんねえってのも無理もない話だね。まあ徐々に慣れていければいいと思うよ……ってここだここだ」

 眼前にはレトロな外観の建物。戦前から立ってたのではないかというくらいの古ホテルのようなそれの入り口の扉の上には「西舞学園学生寮 胡蝶館」という看板が据えられていた。

「ありがとうございます」

「いいっていいって。市民のために尽くすのが本官の役目なのでね。それでは楽しい日本の学生生活を」

 二人はがっしり握手をして、警官は去っていった。その様を見送るなりこめかみのあたりに頭痛を感じた。

「……!なんだ……?」

 原因はわからなかったが、その一瞬だけだったので長旅の疲れによるものだろうと思って、胡蝶館の扉を開いた。

 

 

「ごめんください」

 そう言って、中に入るとロビーが。外観通りにそれはホテルのようなつくりでバーカウンターのようなものやソファーやテーブルが置かれている。

 そのカウンターの椅子には後頭部をシニヨンで纏めた金髪に碧眼の少女の姿があった。まるで人形のような美少女だが。どう見ても日本人ではない。スマホをいじっていたが、すぐに響に気づいて手を止めた。

「あれ?ここアメリカ?」

「ノン。日本ダヨ、ここ。あ、君って今日来るってアメリカからの子?」

「そう。僕は天野響(あまのひびき)だ。よろしく」

「ワタシ、ヴァネッサ。ヴァネッサ・ムーランだよ。ちょっと前にフランスから来たの、よろしくネ。アツコさーん、ヒビキくん来たヨー!」

 ロビーの奥に向かってそう呼び掛けると、エプロン姿の女性が現れる。こっちは日本人だ。そしてどう見ても年上ではあるが、温和な雰囲気の美人である。ふわっとウェーブのかかったこげ茶色の髪形がより大人な感じを醸し出す。一方でエプロンがピンク色で胸元にひよこのキャラクターのアップリケをつけてるのにはかわいげを感じた。

「私はこの寮の管理人をしている真崎敦子(まさきあつこ)といいます。なにかわからないことがあったら聞いてちょうだいね」

「はい。よろしくおねがいします」

「本当は歓迎パーティやりたかったところなんですけど、剣道の大会で不在の子がいるので、その時に」

「今いるのはワタシと、そのケンドーやってるタクミくん、それにもう一人キリカちゃんっているんだけど……」

「ちょっとこもりがちなのよね……無理に引き出すわけにいかないし」

「他には?」

「あとはアツコさんの息子さんのヒロノブくんダネー。彼は小学生だからうちの生徒じゃないけど」

「あの子はあとで紹介しますね。ちょっとシャイな子だから」

「人少ないんですね」

「ここは元々そんなに大きくないところですし、寮生活を嫌ってアパート住まい選ぶって学生さんが多いですからね」

「みんな損してるヨ。アツコさんの料理、美味しいのにね。でも『枯れ木も山の賑わい』ネ。一人でも来てくれるのは心強いヨ」

「その例えはおかしい」

「そうですよヴァネッサさん。そういうのは『多勢に無勢』……いえ、それも違いますね……」

 その時「ぐーっ……」と腹の虫が。そういえば飛行機を降りてからこちらに向かうことばかり考えていてミネラルウォーター以外、何も口にしていなかった。

「あらあら。でもそろそろ晩御飯の支度できますからね」

 それから夕食を済ませ、ヴァネッサや敦子との歓談の後に自室へと向かった。確かにヴァネッサの言っていた通り敦子の手料理は美味しく、とても満足できた。

 結局ヒロノブとタクミ、キリカとは会うことはなかった。人は少ないとはいえ、男子は三階、女子は二階という決まりになっている。古い作りの建物でエレベーターやエスカレーターの類はなく、三階建てとはいえキャリーバッグを抱えて階段上るのは疲れの溜まった自分にとっては重労働だった。

 302のプレートがドアに書かれた部屋が自分に宛がわれた部屋である。内部はやはりホテルの一室そのままのようだ。ベッドに机と椅子の一式と小さいテレビ。それにユニットバスが備えられている。事前にアメリカから送っておいた服などの荷物が入った段ボールが無造作に置かれている。備え付けのクローゼットの中にはシャツ、ブレザー、スラックス、ネクタイ、と制服が一式。これから着るものだ。

「明日か……あ、シャンプーとか忘れてた」

 早速敦子に頼んで一式貸してもらえた。明日学校の帰りに寄って来ようと決めた。

 長旅の疲れか眠りにつくのは早かった。 

 

 

 不思議な夢を見た。ベルベットルームのあの光景とは違う。

 赤黒い空に灰色の靄。その中に黒衣の男の姿が。フードを目深にかぶっていて顔まではうかがい知れない・

「やあ響くん。はじめまして……でいいのかな?」

──誰だお前は?

「あの鼻の長い男に会ったのかい?」

──イゴールのことか?

「ふふっ、面白くなってくるね」

──おいこちらの質問に答えろ?誰だお前?

「これからの学園生活大いに楽しんでくれたまえ。また会おう」

──なんなんだ一方的にお前?

「アウフ・ヴィターゼーエン……」

 そうしているうちに意識が暗転した。

 目を覚ましたら朝になっていた。

 

 

 未明のこと。西舞学園駅からほど近い路地裏に何かが落ちる音がした。

 

 

2022年4月11日(月)晴

【朝】

 

 目を覚まして身支度を整えた響は制服に袖を通す。採寸のデータを送っていただけにぴったりだ。ネクタイをきっちりと締めてロビーへと降りる。シャツもスラックスもグレーで、ブレザーは若草色。西舞学園のスクールカラーとのことだ。ネクタイは赤く、これは2年生であるということも示している。靴に関しては規則らしい規則はないので履きなれている白いキャンバス地のスニーカーにした。

「ボンジュール、ヒビキくん」

「おはよう、ヴァネッサさん」

 食堂へ向かうと、一人ヴァネッサが朝食を食べていた。ご飯やみそ汁、目玉焼きといった純和風の朝食。ヴァネッサは慣れた手つきで箸を使って食べていた。

「ヴァネッサでいいヨ。ヒビキくん二年デショ?ワタシ、一年だし。後輩ネ、先輩!」

 ヴァネッサももちろん制服姿だ。女子はグレーのブラウスとスラックス。そこに元来はブレザーなのであるが、ヴァネッサの場合はパステルピンクを基調にしたセーラー服風のジャケットだった。というのも割と服装について規定は緩いらしく、トップスに関してはシャツかブレザーのどちらかを学校指定のものを着用さえしていればあとは自由とのことだった。例えばブレザーにTシャツとかブラウスにパーカーといった組み合わせだ。それに加えて女子はリボンタイで、ヴァネッサの場合は黄色。これは1年生であるということであった。ちなみに三年生は青色とのことだ。

「あれ?ヴァネッサ一人だけ?」

「そう。タクミくんは朝練、キリカちゃんは部活やってるわけでもないのに早く出て行っちゃった。まあ日常茶飯事ダヨ」

「つまり二人とはまた顔合わせできなかったわけか」

 そうやりとりしていくうちに敦子が顔を見せた。

「響さん、おはようございます」

「おはようございます、敦子さん」

「今すぐ朝食の用意しますね。響さんはお箸使えます?」

「ええ、大丈夫ですよ」

「そういえば、ご両親は日本人の方でしたね。わかりました。すぐにお持ちしますね」

 昨日の夕食もだが本当に美味だ。学校がなければゆっくりと味わいたいなと思えるほどに。だが遅れるわけにもいかない。

 朝食を終えて学校へ向かおうとするとロビーでヴァネッサが待ってくれていた。

「道案内兼ねてワタシが一緒に行くヨ。いいでしょ?」

「よろしく」

 

 

 ヴァネッサにはいろいろと教えてもらいながら学校への道案内を教えてもらう。ドラッグストアのサトミタダシがあることも教えてもらったのは、少々変わった名前だがちょうどシャンプー類を買いかったので実にありがたい。他にも必要そうなものでもあったら買ってみるかと思った。

 モノレールをくぐった。もう少しで学校だと思ったが様子が変だ。路地に人だかり通りがかりのサラリーマンや学生、もちろん同じ学校の生徒もいる。その奥では警察が規制線を貼っていた。路地裏の小道へと続いていたがさすがに様子は伺えない。

「なんだろうネ……嫌な予感がするヨ」

「いや、嫌な予感もなにもこいつは……」

 昨日の風景が朝になったらこういう状況になってるのはただ事ではない。何かしらの事件があったのは間違いない。

 やじ馬からの情報が飛び交う。

「飛び降り自殺」

「学校の先生」

「うちの学校」

 耳にしたもので印象的だったのはこの三つ。

「転校早々災難ダネ、ヒビキくん」

「やれやれ……ってとこだな。行こう。ここいたってどうにもならないし」

「そうだネ……」

 そうしてやじ馬を尻目に学校へ向かうことにした。

 

 

 ヴァネッサには職員室まで案内してもらってそこで別れることになった。

「それじゃあ、また寮でねヒビキくん。オルボワール♪」

「ああ、またな」

 ヴァネッサを見送って職員室に入ると雰囲気が物々しい。何かあったようだ。さっきの飛び降りだったかの件と関係があるのか?

「あのすみません。転校生の天野なんですが、2-Bの前野先生の席はどこでしょうか?」

 近くにいた教師に尋ねる。

「あー、君が今日来る転校生の……前野先生、まだ学校に来てないんだよ。だからそこの席の石動先生。彼が君のクラスの副担任だから彼に話をして」

 かなりあわただしいことになってるようで、その教師もすぐに業務に戻る。指さされた先の席に向かうと、そこには年若い男性教師がいた。

「ごめんね。転校早々こんなことになっちゃってて。僕が副担任の石動敬介(いするぎけいすけ)だ」

 教師らしく清潔に整えた髪形に眼鏡をかけた、インテリ風好青年といった感じ。物腰も柔らかく、直感的にこの人はいい先生なんだろうなと思った。

「よろしくお願いします」

「生物の授業も担当している。こちらこそよろしく頼むよ。……そろそろホームルームの時間だし、行こうか。ここはちょっと今は騒々しいしね」

「はい」

 

 

 教室棟の2階が二年生の階、三階建てで1階が三年、3階が一年の階とのことである。一番奥の教室が2-Aだから、2-Bはその次だ。

「ちなみに僕の妹が君と同じこの学校の二年生でね、まあクラスは2-Aなんだけど。でも会ったり話す機会があったらよろしく頼むよ。それじゃあ、僕が呼ぶまで君、ここで待機ね」

 そう言って響を入り口前に立たせた敬介は教室の中に入った。

「はーい、みんな静かにー。担任の前野先生は急な病気でお休みだから僕が代わりだよ」

 一旦静かになった教室は前野の件で再びざわついた。

「病気ー?」

「嘘だー」

「飛び降りたの前野でしょー?」

 ドアの外からもそんな声が聞こえる。確かにつじつまが合うような気はするが。

「はいはい。駅前でなにか物騒な事件があったけど、それはさておいて今日は前にも話した通り転校生が来たからね」

 「あーそいやそうだった」といった感じの声が聞こえて、教室は一気に静まり返った。

「いいよ、入ってきて」

 合図だ。ドアを開けて、教室に入る。視線を浴びるのは気恥ずかしい感じだ。

「結構イケメンじゃない?」

「ちょっと背が低いな」

「英語得意なんだろうなー」

 そんな声を聞きながら。黙々と自身の名前を黒板に書き込む。読み書きは覚えたがやはり実際にこうやって書くとなると慣れない、ましてやチョークで黒板に、ということでは。

「天野響です。アメリカのボストンから来ました。よろしく」

「みんな仲良くしてやってくれ。席は、そこでいいかな」

 窓際の後ろから二番目。その席がちょうど空いていた。そこへ向かい、着席する。

「オーッス、転校生」

 右隣の男子生徒が声をかけてきた。ワイルドに伸ばした長髪、なにかしらの格闘技でもやっているのか身長が高く体格もいい。それとは裏腹に人懐こそうな顔つきが、どこか人たらしな感じも伺えた。

 体格の良さと合わせて彼だけは学校指定のモスグリーンのジャージに赤いTシャツ、しかもTシャツにはでかでかと「闘魂」の二文字がプリントされているので妙に目立つ。

「俺、武内亮(たけうちりょう)。よろしくな」

「こちらこそ」

 無垢な笑顔から直感的にいい友人になれそうな感じがした。さっきまでの緊張が一気にほぐれる。

「朝のやじ馬は俺も見ちまったが、まあ悪い運はそこで使ったと思って前向きにやってこうや」

「そうだな」

 そこからは亮の手助けもあって、授業は難なく進められた。途中から逆に亮を手助けてしたような気もするが。

 

 

【放課後】 

 学校が終ってからも亮には懐かれてしまったようで、歓迎会と称して二人で駅前のハンバーガーショップ、ビッグバン・バーガーへと連れて行ってもらった。

「やっぱ本場ものの方がいいか?」

「いいよ。本土にはなかったけど、小さい頃住んでたハワイにはあったし。時々親と行ったよ」

「へえ、ハワイにもいたんだ。いいなあ。そういや、その頃にいろいろあって一度低迷したけど、今の若い社長さんが立て直したんだよな。すっげえ美人さんの」

 そういえばそんなニュース聞いたことあったな、怪盗団がどうとかこうとかと思いながらコーラをすする。そういえば亮だけドリンクだけだが、なにか頼んでいたよなと思っている内に、店員の女性が自分たちの席にやってきた。両手で支えるトレーの上には想像を絶するサイズのハンバーガーが。

「……なんだこれ!?」

「お待たせしました。ビッグバンバーガーでございます!"いつも"ありがとうございます」

「いつもってなんだ、いつもって」

ビッグバンの名に恥じない大きさのハンバーガーを前に亮は目を輝かす。まるでUFOを前にしたような少年のようなまなざしだ。

「まさかこいつを食う気なのか。完食する気なのかお前!?」

「フフフ……俺の胃袋を舐めんなよ!」

 そしてしばらくしてそれは皿から消えた。ものの見事に十分足らずで、あの超巨大ハンバーガーが目の前から。

(こいつ、胃袋にブラックホール仕込んでやがる……)

「ごっそーさんでした!やっぱここ来たからにはこれ食わねえとな」

 自分は遠慮したいところだと心で思った。見てるだけで胃がもたれそうだ。

「す、すごいないろんな意味で」

「誉め言葉としてとっとくよ。これでも去年は半分完食すればいいところだったんだぜ。……ところで"トンネル"って知ってるか?」

 いきなり変えてきた唐突な話題に少し言葉を失った。

「電車とか車が山とか海底くぐる時の……?」

「そうじゃねえんだ。この街の都市伝説よ。まあ知らんのも無理ねえか」

 都市伝説?ああ、いわゆるオカルト系の噂話の。と思い、付き合ってやるかと亮の話を聞くことにした。

 

 

 この街、西舞市の郊外には30年ほど前、ニュータウンの計画が立てられていた。だがある程度土地の造成が進んでいた途中で景気が悪くなってしまい、計画の中心にいた会社が倒産、土地の権利があいまいになったまま今もほったらかしになってしまっている場所がある。

 その入り口にはどうしても取り除けない巨大な岩盤があったため、それを掘り進めてトンネルを作ったとのことであるが。もちろんこのトンネルもそのままの状態になっていた。

 そのトンネルを夕方4時44分ちょうどに入り、45分に抜け出る。すると理想郷に行ける。そのほかにも出口を見たまま、歩幅や歩くペースは変えてはいけない、などの制約があるようだ。

 

 

「どうよ?」

「変わった話だな。理想郷ってなんなんだろうな」

「俺だってわかんねえよ。金銀財宝たっくさん、キレイなお姉さんはべらせてーみたいな?」

「それは理想ではなく欲望だ」

 涼しい顔でそう言いながら響はコーラをすすった。ほとんど氷しかなくなったのかズゾゾッという音がしたので止める。

「案外毒舌家だな……」

「思いのままを伝えただけだ」

「……ま、いいや。寮の門限まで時間あるだろ?暇つぶしと腹ごなしでちょっと寄ってみるか?……一人じゃ怖いんだよ」

 最後の一文は小声かつ早口だったので上手く聞き取れなかった。とはいえまだ時間には余裕あるので話題作りで行ってみることにした。

 

 

 件の場所は駅前のバスターミナルから30分ほど。同じ市内なのに打って変わって寂しい土地だ。雑草が生えっぱなしのただっぴろい空き地の中に、ぽつんぽつんと民家がある程度。人どころか車通りもない。

「4月なのにどこか寒気がするな」

「ニュータウンとやらができてれば風景も違ったんだろうがな。例のトンネルはこっちだぜ」

 亮の道案内に乗る。しばらく歩いていくと、それは見えた。まるで切り通しを塞ぐかのように突き刺さった岩盤。それを穿つように作られたトンネル。その向こう側へと道路がつながっている。一見何も変わったところはない普通のトンネルだ。

 入り口の前に立つと亮がスマホで時間を見る。

「ちょうど頃合いだ。3、2、1とカウントしてゼロってなったら入るぞ。あとはさっき言ったルール通りに。まあ何もおこらんだろうけど」

「わかった」

「くるぞ、3、2、1……」

 噂話とわかってても響は息を飲んだ。

「ゼロ!」

 二人同時に歩みを進める。ペースは崩さず、前だけを見て歩く。時間はちょうど1分。それより早くても、遅くても条件は外れる。

 

 

「ぷはーっ、思わず息止めちまった」

 トンネルの向こう側に出る。スマホを取り出して時計を見る。4時45分になったばかりだ。約1分だったが長く感じられた。

「これが理想郷?」

 とはいっても普通の風景に思われた。いつの間にかかかってしまった深い靄で周囲はみえないものの、トンネルの傍には建設事務所の看板がかけられた二階建ての建屋と、おそらくはホームレスか誰かが設置したテントがあるくらいだ。

「やっぱ噂話は噂話か。帰ろうぜ」

「そうだな」

 二人で踵を返して帰る。トンネルをくぐるとまた……さっきの光景だ。

「あれ?戻ってきちまった」

「どういうことだ?」

「知らねえよ。うっかり引き返したのかも」

 そうしてまたトンネルをくぐったが、やはり戻ってきてしまった。

「ど、どうなってんだこれ?亮……亮?」

 亮の目が虚ろになっている。定まらない焦点の眼差しで靄の向こう、一点を見つめている。

「よ、呼んでいる……」

「?」

「行かなきゃ……」

 亮は靄がかかっているにもかかわらず、その向こう側へ行こうとした。響は止めようとしたが、体格差もあって止めることは不可能であった。吸い寄せられるように亮の姿は靄の中に消えた。

「あ、おい、待て!それにしてもこの光景どこかで……くそっ、気にしてる暇はない!」

 よく見れば空は赤黒く染まっている。深い靄といいその風景に既視感を覚えたが、今は靄の中に消えた亮の方が心配だ。響は彼の後を追って靄の中へと飛び込んでいった。

 彼らの様子をうかがっていた小さい何者かの影があったことにも気づかずに。

 

 

 しばらく進んでいる内に靄が晴れた。そこはまた不思議な光景だった。

 整然と並べられたパイプ椅子、鉄柵、そして中央にはリングだ。まるで格闘技の会場を思わせた。

「なんだこれ……おい亮!いるのか!?」

 不思議に思いながらも亮がいると思って大声でよびかける。彼の姿をみかけるのは間もなくだった。

「亮!そこで何をしている!」

 リングのコーナーポストにもたれるように亮がいた。すぐに駆け寄る。

「亮!……こいつはひどい……」

 何者かに殴打を受けていたのか顔に痣ができ、鼻血を流している。

「響か……逃げろ……ここ、やべえぞ……」

 

 その時、リング上に天井から何かが垂れるようにして4つの影が現れる。そこから青い仮面のようなものが現れると手足を伸ばした。

 そいつらが紛れもなく化け物であり、その化け物に亮がやられたのだと直感した。しかしあれだけガタイのいい亮があんなことになるなんて。そういえばさっきハンバーガー屋で言っていた。

──こう見えても空手と柔道で黒帯なんだぜ

 そう言ってた亮が打ちのめされているのだ。格闘技経験どころか運動神経は並の自分では太刀打ち。と言ってる間に化け物の一体が突進をかけてきて響は吹き飛ばされた。

 途中でロープに引っかかったおかげで転落せずには済んだが、逆に言えば脱出は容易ではないということだった。

「逃げろ……!殺されるぞ……!」

 一瞬意識を失いかけるが、亮の声で持ちこたえられた。ふらふらになりながらも立ち上がる。

「そうだ。早く逃げろ、響!」

 だが何かが響の中で弾けていた。転入早々こんなトラブルに巻き込まれて、しかもはじめてできた友人放っておいて逃げる、そんなことは彼の正義感が許せなかった。

「それは違うね、亮。逃げるんじゃない……立ち向かうんだ!」

「何……」

 

 その時、頭の中で誰かが呼び掛ける言葉が聞こえた。

 

『我は汝、汝は我。我こそは破滅のさだめに立ち向かう勇者、ヤマトタケルなり!我、汝の力となりて共に邪なる影を打ち破らん!』

 

 響は窮地とも言える状況にもかかわらず不敵な笑みを浮かべた。上向きにして突き出した掌より青白い炎のようなオーラがほとばしると、タロットカードのようなものが生じた。裏面は仮面のような絵柄、表面は愚者を意味する『0 FOOL』。

 

『今こそ唱えよ、その力の言霊を……!』

 

「ペ……ル……ソ……ナ……!!」

 

 それを響は握りしめた。すると今度は彼の全身をオーラが激しく包み込んだ。そして背後に人影が浮かび、形を成した。

 白銀と紫の装甲に身を包み、古代を思わせる剣を持った戦士の姿が響の頭上に浮かんでいた。響のペルソナ、ヤマトタケルだ。

 だが化け物たちは怯むことなく一斉に襲い掛かる。だがヤマトタケルが剣を振り払うと一撃で化け物たちは斬られ、消滅していった。

「す、すげえ……おい、まだ来るぞ!」

 その様に亮は唖然とするしかなかった。だがすぐに次の手が来ることを直感する。・

 次に現れた化け物は同じく青い仮面をつけたピンクと黒の縞模様の球体。かと思うとそれが裏返ると巨大な口をはやしていた。舌なめずりが嫌悪感をかきたてる。

「大した相手じゃない!行け!」

 ヤマトタケルが剣をかざすと、光の槍が化け物の周囲に出現し、次々とそれを突き刺した。その一撃で球体の化け物も消滅した。光属性の攻撃魔法、コウハだった。

「これで終わりかな……!?」

 しかし安堵はできなかった。どこからともなく先ほどの影の化け物と球体の化け物。それらと同種の連中が無数に姿をみせる。

「や、やべえぞ……今度は逃げろ!」

 亮がそう呼び掛けると響は彼のもとに急いで駆け寄る。

「馬鹿!こんなときに……!」

「見捨てていられるか!俺がペルソナの力で突破口を開いてそこから逃げる。踏ん張れ」

「ペルソナって、さっきのお前の力?」

「いいから!」

 それぞれリングを降りた。響は亮に肩を貸して担ぎ上げる。さすがに体格差があって重い。だが少しずつ、群れの中でも薄いところを進んでいく。が、やはり足取りが遅く囲まれた。

「くそっ!」

 だが様子がおかしい。囲んでいた化け物がいきなり妙な動きをしだすと思うと一か所に固まり始めた。一つ残らず塊のようになったそれが粘土細工のように形を変えていくと、金色の瞳を持つ黒い巨人の姿になった。頭の湾曲した一対の角がまるで羊を彷彿とさせた。

「なんだこりゃ!こんなのありか!?」

「やるしかない!ヤマトタケル!」

 ヤマトタケルを召喚し、コウハを放つ。だが巨人はびくともしない。ならこいつでとばかりに剣による斬撃を見せるがすぐに傷口が治ってしまい無意味だった。

 巨人の反撃は間もなくだった。拳で地面を叩くと、地響きがたつ。大地震を思わせるそれは響と亮に足止めするには相応しかった。それどころか強烈な振動が彼らにダメージを与える。

「うわあ!」

 ダメージからヤマトタケルは戻ってしまった。

「すまねえ、俺のために……」

「気にするな……俺が選んだやり方だ……」

 その時、ペルソナとは別にどこから声が響いた。

『やれやれ、見てられないねえ……そら、ちょっとしたプレゼントだ』

 どこかで聞いたような声色かと思ったが、思い返す余裕もなく首筋にささるような痛みが生じた。

「……!?」

「おい、響!大丈夫か!?」

「ふ、フフフフフ……」

 何事もなかったかのように笑いながら響は立ち上がった。さっきの笑みとは違う邪悪さを感じる笑いに亮は言葉を失った。

「アハハハハハハハ!行くぞ、ペルソナ!!」

 再びヤマトタケルを召喚する。だが様子がおかしい。赤黒いオーラに包まれると、そのまま黒い体表となる。さらに苦悶するような動きを見せたかと思うと、眼差しが赤く光る。そして全身がひび割れをおこし、赤い燐光をほとばしらせた。

「行け……八つ裂きにしろ!!」

 響の目も同じく様子が違った。瞳が真っ赤に染まり、そして周りの白目が黒く変わっていた。頬にはヤマトタケルのような赤く光るひび割れが発生している。そんな響の指示でヤマトタケルは剣を何度も巨人に振りかざす。なます切りというやつだ。

 強大な力で何度も連続で切られ続けていたのか、ダメージの修復は追いつかない。そんな巨人に響は追い打ちをかけた。

「奴を……殺せ!!」

 息も絶え絶えになった巨人に剣を向ける。大地から赤黒い光柱が噴き出すと、巨人を包み込む。断末魔を挙げる暇もなく、巨人は姿を消滅させてしまった。

「な、なんなんだこれ!?」

「足りねえ……足りねえよ!どこだ!?オレの敵は!?まとめてぶち殺してやる!」

 錯乱状態になっているようだった響はヤマトタケルで周囲のリングやパイプ椅子など施設を破壊していく。もう敵などいないのに・

「おい、やめろ!」

「どこだぁぁぁぁぁぁ!?どこだよぉぉぉぉぉぉっ!?」

 亮の静止の声が聞こえていない。暴れていくごとにヤマトタケルも、響自身もひび割れが広がっていく。

「まずいぞ……このまま続けば……すまん!」

 なんとか立ち上がれた亮は我を見失ってる響に近づくと、腹に当身を当てる。一撃で効いたのが功を成したのか、ヤマトタケルは消え、響も気を失った。それと同時に頬のひび割れも跡形もなく消えていた。

「これでよし……かな?あ、駄目だ……俺も……持たねえ……」

 響の暴走を止められたのに安心して、亮もまた意識を失ってしまった。

 

 

「おーい……おーい……」

「う、うーん……」

 その声ともに亮が目を覚ますとトンネルのところの建設事務所あたりに戻っていた。

「夢……?あ、いやこの痛みや夢じゃねえな……ったく、男前台無し。そうは思わねえか響……ってまだ寝てやがる。じゃあ今の声誰だ?」

「オイラだよ、オイラ」

 声のする方を見ると謎の生き物がいた。パンダのようなウサギのようなぬいぐるみのような小さい生き物が。

「あー、やっぱ夢か。おやすみ」

「寝るなあ!起きろ。ついでにそっちの小さい方も起こせ!」

 再び眠ろうとした亮を謎の生き物は叩き起こした。ついでにまだ気を失ったままの響を起こすように促す。

「おーい、響ー、大変だー。起きろー」

 揺さぶりなら声をかけると、すぐに響も目を覚ました。

「おはようございました」

「なんだそりゃ。まあいいや、それにしても見てくれこいつを」

「おやすみなさい」

 亮が謎の生き物を抱きかかえるようにして響に見せた。響も夢の光景だと思って寝ることにしたが、飛び出した謎の生き物に蹴り飛ばされてしまった。

「オメーも寝るな!」

「いろいろありすぎて頭の処理速度に追いつかない。というか君は誰だ?」

「オイラは、ウーミンってんだ。それ以外はよくわからない」

「よくわからないって……」

 曖昧な自己紹介に亮は頭を痛めた。

「そんなことは。ひとまずあんたたちはさっさとここを出払ってくれ。前々から人間たちが出入りしてるせいでこの世界がざわついておちおち昼寝もできやしない!」

「出払うつったって、さっきから俺たちここ出られないんだけど」

「戻ろうとしてもここに帰ってしまうんだ」

「大丈夫。もう戻れるようになってるから!ほらほら行った行った!」

 ウーミンに押し出されるように、響と亮はトンネルに押し込まれた。そして抜け出た先は。

「戻れた……」

 さっきのようにまた事務所のある出口ではなく、正真正銘の入り口のところであった。

「まだ5時にもなってない……どうなってんの?」

 スマホの時刻はまだ4時57分を示していた。1時間……いやそれ以上はあの向こうの世界にいた気がする。

「やっぱ夢じゃ……なわけないよな。まだあちこち痛むし。つーか響も大丈夫か?」

「ちょっと体痛むかな…」

 亮としてはさっきの暴走の件のことを聞きたかったのだが、どうやら響にはあの大暴れの記憶がないようだった。

「そうじゃなくて。急に物騒な言葉いいながらブチギレだったろ?」

「そうなのか?……なんか急に首がちくっとしてからお前に起こされるまで何があったかさっぱりなんだよな」

「なんだろうなあ。急に力を手に入れたんで舞い上がったって感じでもないし……そもそもあの力、何?ペルソナ、だっけ?」

「うーん……新しい、特技?」

「どんな特技だよ!ひとまず履歴書に書くなよ!」

「そうしとく。ところで左手のそれなんだ?」

 亮はジャージの袖をまくっていたのだが、ちょうど左手首に痣のようなものができている。それは手首を囲う様に彫られたトライバル柄のタトゥーのようなものであった。

「うわ。なんじゃこりゃ」

「さっきついたものとしてはなんか不自然だよな」

「響、そういうお前はどうなんだ?」

「まさかそんなものがついてるわけが……ついてる」

 響が袖をまくると、同じような痣がやはりついていた。

「トンネルくぐったからか?」

「わかんねえや。しばらくすれば消えるだろ?でもまあ、なんだ……さっき助けてくれたの、サンキューな」

「もう友達だからな」

「ストレートに言ってくれやがるな……聞いてるこっちが照れ恥ずかしいけど、気持ちがいいや」

 そんなやり取りを得てバス停に戻る。ちょうど駅へ向かうバスが来ていた。が、亮は乗ろうとしなかった。

「乗らないのか?」

「このツラでバスは目立つだろ?歩いて帰るよ。駅に戻ってからよりこっちからの方が家に近いし。明日からもまたよろしく頼むぜ」

「そうか。それじゃあ、またな」

 バスを待たせるので軽く別れの挨拶を済ませて乗り込む。すっかり疲れ切ってしまったが、バスは空いていて余裕もって座席に座れたのは幸いだった。

 窓際に身を寄せて。今日の出来事を反芻する。その時、ウーミンの発したあの言葉にひっかりを感じた。

「ちょっと待て、あいつ『前々から人間が出入りしている』って言ってなかったか?」

 だが二度とあんな世界に訪れることはあるまいと思い、駅までつかの間の眠りにつくことにした。

 

 

 夢の中の光景はまたあの黒衣の男と出会った場所。赤黒い空に深い靄、トンネルの向こう側の世界で既視感が会ったのはこの夢の光景か

「ここはトンネルの……」

「やあ、力に目覚めたようだね」

 当然ながら黒衣の男も現れる。

「嬉しいよ!これでゲームを始められる!」

 目深なフードで顔は見えないが口調で歓喜に浸っていることがわかる。

「ゲーム?」

「ルールは簡単だ。これから1年、ペルソナ使いとしてあの化け物ども……シャドウと戦うもよし、一介の学生として青春を満喫するもよし、欲望のままに悪道に走るもよし。君のやりたいようにすればいい」

「ずいぶん簡単なゲームだな」

「だろう?君に求める敗北条件はただ一つ。例え些細なことでもある言葉を言わないことだ」

 

──絶望した──

 

「絶望という単語ならばよし。だがその一言ですべてが終る」

「……ずいぶんふざけたゲームだな」

「だが既に君に拒否権はない。ワイルドのさだめのペルソナ使いに目覚めた君にはね」

「打つ手はないってことか……なら、やってやろうじゃないか」

「いいだろう、ならば契約成立だ。話が早くて助かるよ。これは挨拶代わりの握手だ」

「……」

 男は手を差し出した。何やら嫌な気もするが、するわけにもいかないと思い、響も無言ながらではあるが手を差し出し、互いに握りしめた。

「僕の名は……シュヴァルツ、とでもしておこうか今はね」

 黒づくめからシュヴァルツ(=黒)か。本当にふざけた男だなと、響は思った。しかも口調からしても偽名であるのは明らかだ。

「本名はいずれ……君がこのゲームを進めていけば教えていこうかね。では、アウフ・ヴィターゼーエン……」

 そうしてつかの間の夢は終わりを迎えた。

 

 

 目を覚ますとバスはそろそろ終点の駅前バスターミナルに差し掛かるところであった。

「あ、そうだ。サトミタダシ寄ってかないとな」

 不可解な夢ではあったが、今はトンネルのことも含めて忘れることにして日常生活に戻ることにした。シャンプーやボディソープ等を買っていくついでに傷薬や湿布類も買っておくことにした。       

 あとは痣のことを不可解に思われないように、ちょうどちょっとしたアクセサリー類も売っていたので灰色のタオル地のリストバンドを購入した。

「あれ?結局忘れたことになってなくないか?」

 軽く体が痛むのと傷の手当が必要とはいえ、そのことに気づくのは買い物を終えて寮への帰路へついた途中であった。とはいえ痣が消えるまでは忘れられそうでもなかったが。

 

 

 一方トンネルの向こう側の世界では。

「響……とか言ったかあの小さい方。まさかペルソナ使いだったとはな……上手いこと利用できる手はないものか……」

 ウーミンは全てを見ていたようだ。




Next Chepter is "Heart's on Fire"
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