殴り屋(#1)
クズどもには多様性って言葉が鬱陶しくなる程いろんなヤツらがいる。
俺はそのいろんなクズどもとお話をしなきゃならんのでとっても煩わしい。
だがいろんなクズがいるからこそ俺の仕事が成り立ってる部分もある。というより、そもそもいろんなヤツらがいるからルールだの社会だのが必要なワケだ。
ふと思い至った事は、大体ちょっと考えてやれば分かり切っていることで満ちている。
まあ、クズどもにはそういうことも考えられないようなヤツらが多いのだが。
今日のターゲットはそういうことを考えられるようなヤツにも関わらず、依頼人グレゴリーの気に入ってる娼婦を執拗に追っかけてるクズだ。
そいつはクレメンテというヒューマンの男。
ヤツに家族はいないので多少手間が多い。家族がいれば、人質に取って色々と脅してやれば大体コトが済むのだが。
だが今回はそこまで話がデカくねえし、そういうチンケなクズを片付けるのがチンケな俺の仕事だった。
足早にクレメンテのいるボロアパートを目指す。
このシアトル・タコマじゃボロアパートなんてものはたくさんあって治安も様々だが、クレメンテの住んでいるボロアパート付近はクズの溜まり場だった。
ストリート・チルドレンどもが娼婦を路地裏でファックしてるし、違う路地裏を見れば娼婦がストリート・チルドレンをファックしてやがる。
グレゴリーのヤツはこのエリア……ネオサウス1166thに秩序をもたらしたがっていたが、弱小ギャングどもが複数たむろしているせいで色々と大変らしい。
俺はギャングの連中にナメられないように、そして過剰にビビらせないようにしながらボロアパートの一つの階段を上った。
途中、「1新円でファックしない?」とか誘ってくるドワーフの女がいたが無視した。
部屋の前に辿り着けば、俺は景気づけに懐からガムを一つ取り出して口に放り込んだ。
微かに味がするようなしないようなガムを噛んで、脳を回転させる。
そしてちょいとガムを口から取り出して、ドアの覗き穴に塗りつけた。
ここにはインターフォンもないしカメラもないから、こういう古いやり方が一番効く。
俺はドアをノックして、声の調子を変え「荷物ですー。開けてくださいー」と若干ビビってるヒューマンみたいな声で言った。
「うるせえな今開け……あがッ!?」
ドアが開いてクレメンテの顔が一瞬でも見えると、俺はまず一発コイツの顔面を殴りつけた。
良いのが入った。ヤツは転がり込んで、いてえ!と叫びながら這って逃げようとする。
俺はその間に素早くチェーンを工具で断ち切って、部屋の中に入り扉を閉めた。
そしてもう一発、クレメンテに拳を食わらる。
「あぎっ!この、クソトロッグが!」
「娼婦のメリッサを追いかけ回すのをやめろ、話はそれだけだ」
だがメリッサの名前を出した途端、クレメンテは「ファック!」とか叫んだので更にもう一発拳を叩き込んでやった。
「いてえ!クソ!やめろチクショウ!」
「俺の知り合いがメリッサの事を気に入っていてよ。それに、娼館にも確認したがお前は相当タチの悪いストーカーらしいじゃねえか」
「クソが……!」
「これはクソじゃねえ」
一発殴ればクレメンテは更に嗚咽したが、まだ態度は反抗的だ。
コイツの事を事前に調べたが、コイツには多少の学と想像力がある。それと度胸も。
コイツは話が丸っきり理解できないようなヤツではない。
そういうヤツにはそういうヤツ用の接し方をする。
一番俺が気に入っているのは殴る場所を変えることだ。
特に治療費が高いところを殴ったり折ったりすると、コイツらは朧げだが先の自分が見えてるので、これからもっと苦労することを理解してくれる。
すると嬉しいことに簡単に根を上げる。
俺はまず、ナックルダスターをはめた拳で一発クレメンテのヤツを軽く殴って確認した。
「おごっ!」
「メリッサを追いかけるのをやめるか?」
「ファック!」
クレメンテの脚を強烈に殴ってやった。
バキッと嫌な音がして、コイツはひいいいいだの叫ぶ。
「治療費払えちきしょう!くたばれ!くたばれクソトロッグ!」
おおっと今回のヤツは手強いぞ。
まあこれくらいで根を上げるなら、娼館のオーナーやらグレゴリーやらから注意を受けて終わりだっただろう。
それに弱いが賢いヤツはちゃんと弁えることが大事だと分かってる筈だ。
というわけでコイツは筋金入りのクソ野郎ということになる。
筋金入りのクソ野郎には、クソひどい事でオモテナシするまでだ。
「そんなことを言っていいのか?」
コイツの目の前に指でつまんだものを持っていく。
爪楊枝だ。
爪楊枝を見るとコイツは一瞬ぎょっとしたような顔をして、俺を見た。
「な、何をする気だ……」
コイツはなかなか想像力も持ちあわせていると踏んだ。
となればどうするか?
酷い想像がたくさん浮かぶような、浮かばないような、曖昧なアイテムをお出ししてやる。
そうするとこういうヤツは変な想像をして、勝手に震え上がってくれる。
分からないものが一番怖いとか、見せない方がホットだとか、そういうのだ。
「近所のドクは患者が増えて喜ぶだろうな」
俺はそれっぽいことを言って爪楊枝を勢いよくクソ野郎の顔に近づける。
するとヤツは泣きだして、
「わ、わかった!わかったよ!これ以上はやめろ!もうやめにする!」
とわめきだした。
飲んでくれたのは嬉しいが、随分と手間取らせてくれやがったのでこれ以上何もしないというワケにはいかない。
俺はコイツの鼻に爪楊枝をぶっ刺して、粘膜をちょいと”くすぐって”やった。
あぎゃあああ!だのひぎいいいい!だの歓楽街の専門店の前でよく聞くような声を上げさせると、俺は爪楊枝を抜いた。
「オーケーオーケー。それで良い。最初からそうすれば良かったってのにな」
「ああ……うう……ちきしょう!」
おおっと足が滑った。
結構早く滑った脚がコイツの腹に命中。
「あがっ!す、すんません!」
「それで良い。次手間かかるような事したら、分かってんな?」
「はいぃ!すんません!」
「このマズそうなリンゴは貰ってくぞ」
俺はテーブルの上に置かれてたご馳走らしきリンゴを一つ取って、部屋から出た。
◇◇
「そうか、クレメンテのヤツは引き下がったか」
目の前で安煙草を吸っているトロールが言った。
コイツがグレゴリー。小規模なギャングの頭をやってる。
それなりに常識を弁えたヤツで、一昔前は俺達は同じギャングのメンバーだった。
「ああ、爪楊枝を差し出してやったら要求を呑んでよ。その後ついでに鼻の奥をこちょこちょしてやったから心配はねえ筈だ」
「そうか、助かる」
「まためんどくせえ輩が現れたら呼んでくれよ。最近繁盛してねえんだ」
「そうする。俺は忙しくてな」
グレゴリーのヤツはこのストリートを少しでも良くしようとしてるらしい。
そもそもギャングが治安を良くしようとしてる時点で終わってるのだが、確かにクレメンテのいるアパート付近の治安は結構ヤバかった。
とはいえ、グレゴリーの率いてるギャングも所詮は木端だ。先は長いだろう。
そして俺はそれに深く関わるつもりはない。
元々同じギャングのメンバーだったとはいえ、この状況からストリートを良くするという夢物語には到底関われない。
約束分の新円の入ったクレッドスティックを確認して、俺は立ち上がって去ろうとした。
「じゃあな、兄弟」
「待て。本題がまだだ」
本題だ?
俺は片眉を吊り上げた。
「俺のギャングはハッキリ言って弱小だ。だからダグ。俺のギャングの一人を、お前のような立派なヤツにしてほしい」
「アー……何だって?お前の子飼いのギャングどもを俺に鍛えさせようってか?」
「そうだ」
グレゴリーのヤツは俺を真っすぐ見つめて言った。
俺は正直特定のギャングと深くは関わりたくはない。
そういう事をすれば仕事に支障が出ることは分かり切っていることだ。特定のギャングと深く関わっているとそのギャングの因縁さえも染みついてきて、取れなくなる。
グレゴリーは昔からの知り合いではあるが、今も”適度な距離感”を保ってやってきていた。
「お前、何でそんなことしようとしやがる」
一応、問うた。
「立派なギャングを作るためだ」とかそんな事を言われるだけだろうと思っていたが、ヤツの口から出てきたのは少し違う言葉だった。
「一人、見込みのあるヤツがいるんだ。そいつを俺のギャングから追い出して、フリーで活躍させてやりたい」
「見込みのあるヤツだあ?」
「ああ、そうだ。先日俺のギャングがアローズのヤツらから襲撃されてな……」
「待て、それと今の話になんの関係がある」
「その時に俺達の立場を知ったんだ」
グレゴリーは安煙草の煙を吹かして言った。
ストリートの治安を良くするとか豪語してた小規模ギャングの頭はどうやら、自分達が弱小ギャングの一つでしかない事を悟ったようだった。
俺と同じデカいトロールの癖に、弱腰になってやがる。
「アローズの一味は全部始末したんだが……その襲撃の時に何人か部下が撃たれて、二人死んでしまった」
「そうか、そりゃご愁傷様だな」
俺はそう言って去ろうとした。
ストリートではよくある話じゃねえか。
だがグレゴリーの口からこれ以上聞いてると頭がおかしくなりそうだ。
「だけどよ、お前にゃ悪いが……ぶっちゃけそういう悲しい話はどうでも良い」
「待ってくれ。新円を払う」
グレゴリーの言葉が耳に入ってきた。
「20000新円だ」
それは、一流のシャドウランナーってヤツでもなかなか手に入らないような大金だった。
俺は思わず足を止めた。
グレゴリーのヤツは無言だったが、テーブルの上に何かを転がしたようだった。
振り返ると、テーブルの上にはクレッドスティックが置かれていた。
「その内、前金で5000新円払う」
イカれているとしか言いようがなかった。
何故、そこまで一人のギャングを俺に鍛えさせることに執着する?
グレゴリーのヤツがイカれちまったと思うと同時に、俺はその一人のギャングの構成員が気になり始めていた。
「待て。待てよグレゴリー」
「まだ、足りないか?」
「そうじゃねえ。まずはその一人の”見込みのある”ヤツを見せろ。話はそれからだろうが」
グレゴリーのヤツは頷いて、コムリンクで誰かを呼んだ。
数秒も経たないうちに、この部屋の扉にノック音。
グレゴリーが「入れ」と言うと扉が開かれた。
現れたのは、オーク並の体格を持つ褐色肌に銀髪のヒューマンの女だった。
俺は直感で、何となくコイツの体にアルファウェア・グレードのバイオウェアが埋め込まれてるんじゃないかと一瞬思った。
この直感がもし本当だとしたら、こんなチンケなストリートにそんなヤツが現れるなんて良い展開とはとても思えねえ。
そいつはまだあどけない顔を引き締めて、俺に頭を下げた。
「ザラです!よろしくおねがいしやす!!」