ストリートスカムども   作:民根絶

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クズの社会(#3)

「ここだな」

 

俺とザラはボロアパートのエレベーターで3階まで上がって、クリフのいる部屋の前まで来ていた。

ザラのヤツは少し緊張したような様子で俺を見つめてる。

まあ初めての仕事ってのは大体緊張するモンだ。

今回の仕事じゃ万が一の事もそうそう起こらねえだろうから杞憂ってヤツだが。

 

「とりあえず小さく話せ。話し声が聞こえちゃマズい」

「ハイっす」

 

ザラは言われた通り小さい声で言った。

ここでハイッス!とかでかい声で言ったらちょっとやべえことになるなと思っていたが、それは免れた。

流石にコイツをナメ過ぎだったかもしれねえ。

 

「ここにゃインターフォンがある。早速だが、今日はお前が鳴らせ。カメラがついてるがまあ、俺よりは疑われにくいだろうよ。扉を開かせることがまずお前の仕事ってワケだ」

「扉を開かせる……何て言えば良いんすか?」

「自分で考えてみろ」

「ん……」

 

ザラのヤツは困ったような顔を浮かべた。

これは無理もねえ。

銃を渡されて俺をナメた誰々を殺してこいとか命令されたりすればコイツは素直にそう動くだろうし、一応はこなしてくれるだろう。余計なものまで殺すかもしれねえが。

だがいきなり正解も分からないようなものを押し付けられちゃ、ザラみてえなヤツは相当困る事が俺にも分かってた。

何せさっきまで殺すことしか頭の中に入っていなかったようなヤツだ。

いきなり自分の想定とは違うルールを押し付けられて、瞬時に噛み砕いて呑み込めるヤツは少ねえ。

特にこの裏社会では。

 

「だがヒントをやる」

「ホントっすかセンセイ……!」

 

だから最初から全部自分でやれ、と言って後は任せることは俺にはできなかった。

最初の仕事でコイツがまだ理解しきっている可能性はほとんどねえというのもあるが、さっきクリフの事を話した時、コイツが恐ろしいことをしでかすリスクが頭の中に浮かんできていたからだ。

顔をぱっと顔を明るくして俺のことを見つめるザラに、俺はコムリンクを投げ寄越した。

ザラは素早くぱっと掴んで、コムリンクを見る。

 

「ここに来るまでに色々調べた。どんな仕事をしてるかとか、宅配をよく頼むらしいとか、実は別の女も引っ掛けてるとか、そういうどんな漬け込む余地があるのかをな」

「すげえっす……どうやって調べたんすか?」

「レッグワークの仕方は後で教える。ともかく、俺はさっき今日はここに何しに来たと言ってたか、覚えてるか?」

「クリフのヤツにマトリックス上にレイチェルとのセックスを流すのをやめさせるんすよね?」

「そうだ。だが……」

「殺すのはいけない。すよね、センセイ?」

「よくわかってるじゃねえか」

 

俺がサムズアップしてやると、ザラのヤツはニカっと笑った。

言ったことはちゃんと理解している。

 

「あたし、考え付いたっすよ。もうやっても良いすか?」

「……良いぞ。お手並み拝見だ」

「扉が開いた後はどうするすか?」

「そこからは俺の仕事だ。見とけ」

 

まだ不安は残ってるが、今日の仕事自体にはリスクが少ねえ。

最悪ザラがこの時点でしくじっても何とかなるだろう。

俺が手で促すと、ザラはインターフォンを鳴らした。

すぐに男の声が聞こえ始めた。

クリフのヤツだ。

 

「なんだてめえ」

「貴方を紹介されたんすけど……」

 

さて、コイツはどういうシチュエーションだろうな?

 

「紹介?」

「アンに貴方を紹介されて……」

「アンにか?」

 

ザラのヤツは早速情報を活用している。

アンというのは、クリフが引っ掛けた別の女の一人。

それもコイツはいろんな女を男に近寄らせてカネをせびらせたりとかしてるクソ野郎だ。

クリフとはクソ野郎同士お似合いなんだろう。

 

「それなら先に連絡しろ」

「あー……サプライズすね」

「サプライズだ?まあ良い。ちょうど女が欲しかったところだ」

 

情報通りの最低野郎だ。

こういうヤツはストリートにはウジャウジャいやがる。

ドクの娘さんのレイチェルもまあこういうヤツと付き合ってるんだからそういうクズなんだろう。

依頼内容が依頼内容だからこのクズに騙されてる可能性もあるし、一概には言えねえが。

 

「それにてめえみてえなガタイの良い女は抱いたことねえからな」

「抱く?セックスすか?」

「ああ?そうに決まってんだろ。とにかくそこで待ってな。今ドアを開ける」

 

インターフォンが切れた。

ザラのヤツは俺を見つめた。俺がサムズアップしてやると、ザラのヤツはニカっと笑った。

ナックルダスターを拳にはめると、丁度ドアが開いた。

 

「入って良いあがぁっ!?」

 

現れたクリフの顔面に拳が命中。

女を引っ掛けるには困らないような顔も、殴ってやれば一瞬で痛がるクズの顔に早変わりだ。

 

「アーン!鼻が折れたよー!レイーッ!」

 

クリフはアーンアーン言って泣きわめいていた。レイチェルの名前も呼びながら。

殴られたことがないのか知らないが、ダセえヤツだ。

俺はクリフの金髪の髪を掴んで顔をこっちに向けさせた。

目からダラダラ涙を流してやがるし、何なら鼻からも液と血と流してやがる。

 

「てめえ、レイチェルとのセックスを無許可でP2に上げといてまだレイチェルの名前を呼ぶのか?」

「違う!アレはレイがやれって!」

「オイオイ冗談はよせ」

 

こうは言ったが、俺はクリフの声色だの何だのでコイツが嘘をついていないような気がして仕方なかった。

 

「本当なんじゃないすか?」

 

どうやらザラのヤツもコイツが嘘をついていないと思ったらしい。

 

「じゃあ何だ。レイチェルがてめえとのセックス動画を、てめえのアカウントで流させたのか?」

「アーンそうなんだよ!」

「それで何になるんだ?」

「レイ達がカネを稼ぐんだよー!」

 

参った。

これがもし本当だとするならば、俺達はドクの依頼通りに仕事をこなすのが難しくなる。

何せレイチェルともお話する必要が出てくるからだ。

ファック。グレゴリーの友人のドクの娘さんだから素性はざっくりとしか調べなかったが、もう少し深く調べておくべきだったか。

 

「アンタ達ナニしてんのー」

 

ふいに声がした。

声のした方向に顔を向けるとそこには女がいた。

いかにも今起きてきたと言わんばかりの顔におっぱい丸出しの全裸でご登場しやがったのは、紛れもないレイチェルだった。

 

「レイーッ!」

 

クリフが泣きわめいた。

一発殴りつけてやりたかったが事情が変わっちまったので、今の段階じゃ暴力は振るえねえ。

 

「センセイ、一体何が起きてるんすかね……とりあえずレイチェルを殴るんすか?」

「いや、それはやらん。とりあえず事情を聞くとしようじゃねえか」

 

クリフの髪を掴んでいた手をぱっと離してやると、ヤツはレイチェルの方に這いずっていく。

レイチェルは呑気に欠伸して、青いメッシュが混じった長髪を手でかきあげた。

ざっくりと調べた情報通りゴリゴリにピアスを着けてるし、何ならファッション・サイバーウェアも埋め込んでやがる。

下腹部で虹色に輝いてる淫紋みてえな形のLEDタトゥーとかがそれだ。バストもでかくしてある。

 

「事情って?アタシから何も話すことはないんですけど。とっとと出てってくれるー?」

「そういうワケにはいかねえな。アンタの親父さんからP2に上がってる画像やら動画やらを消去して、これ以上そういうことをするのをやめさせるよう言われてるからな」

「じゃ、アンタ達はクソ親父の手先ってワケ?」

「そうじゃねえ。依頼されただけだ」

「じゃあそうじゃん。手先じゃん」

 

俺はザラの方を一瞥した。

ザラはちょっと困惑してるようだったが、特別動揺しちゃいねえらしい。

このまま話を続けるとする。

 

「いいや違う。良いか?俺はクリフの野郎がアンタ達のきたねえイチャイチャをP2に上げてるモンだと思ってここに来た」

「ほーん、それで?」

「だがどうやら、それを主導してたのは実はアンタだったらしいな?」

「そうだけど?」

「じゃあ今すぐやめた方が良いだろうよ。親父さんと仲良いんだろ?」

「仲良くねーしー」

 

レイチェルがテーブルに歩み寄った。

ヤツはテーブルを男の裸体を撫でるような艶めかしい手つきで触れる。

 

「しかしなんで自分のアカウントでやらねえ」

「自分のアカウントに上げるとか、タダのビッチじゃん。男のアカウントに上げられてればまあイチャイチャしてるだけっつーか、何より特別感が増すじゃん?金はコイツから巻き上げれば良ーしー」

 

俺は眉間を抑えた。

どうやらドクの娘さんはクソ野郎かつ賢いんだかアホなのか分からねえビッチらしい。

本人がこう言ってるんだからこれを止めるのは難しいだろう。

今回は前提条件が変わっちまった。

 

「セックスしてカネ稼ぐんすか。すげえすね」

「すげえでしょ。アンタもやるー?」

「やらねえっす。あたしはセンセイについていくんで」

 

俺はザラの肩を軽く叩いて、親指でドアの方を指差した。

先に行っておけと合図したんだが、ザラのヤツはまだ俺と一緒にいるとジェスチャーした。

レイチェルの方を見れば、ヤツはテーブルを艶めかしく撫で回しすどころか、俺の方に卑猥なジャスチャーを飛ばしてやがる。ムカつく娘だ。

 

「この件は親父さんに報告しとく。わかったな?」

「へーい」

「アーン!レイーッ!」

 

俺は背を向けて去ろうとした。

その時、ふいに何かを開く音がした。

咄嗟に振り返ると、レイチェルのヤツがピストルを構えてやがった。

ファック!ビッチどころかイカれた娘だ。

咄嗟に避けようとしたが――その時既に、レイチェルの頭部に何かがぶち当たってヤツは倒れた。

 

ザラがレイチェルのヤツに、置かれてた灰皿を投げつけたようだった。

 

◇◇

 

まず俺達を待っていたのは怒声だった。

ドクにレイチェルを突き出すと、ドクのヤツは怒り狂って叫び出したのだ。

勿論俺はこうなった事情を話した。

まず、レイチェルのヤツはクリフやら複数の男を使って自分をファックさせていた。

自分だけじゃ足りねえから、仕舞いには別の女も呼び出してファックさせてたらしい。

これがクリフとかいう割と間抜けだったヤツが、クソ野郎なアンと知り合いだった理由だ。

アンのヤツはレイチェルのヤツとグルで、女を寄越す代わりに広告収入だかの一部を受け取ってたという。

これはレイチェルどもが企てた高度なSNSビジネスの一環だったワケだ。

 

そう話した上で、ザラのヤツが灰皿を投げた理由もしっかり説明した。

レイチェルのヤツは俺が気に食わなかったのか、親父に報告されるのがイヤだったのか知らねえが、何の想像もせず俺にピストルを撃とうとした。後でそのピストルはただのストリートライン・スペシャルだったモンだから拍子抜けしちまったが。

ともかく、ザラのヤツはその神経増速のバイオウェアで強化された反射神経で俺を庇おうとして、咄嗟にレイチェルにその辺の灰皿を投げたワケだ。

死んでなかったのは幸いというより、しっかりザラのヤツが殺さないよう手加減して投げたのだから当然の結果だった。

ちゃんとザラは”殺さない”というルールに従ったのだ。褒めてやりたかった。

 

だがドクのヤツはレイチェルのヤツを傷つけたことを理由に、報酬をゼロにまで下げやがった。

更にはザラにぶっ飛んだ罵声を浴びせた。コイツもよくその罵声に耐えたモンだ。

俺はザラを下がらせて、ドクのヤツとじっくりとお話した。

そのおかげで報酬はなんとか500新円にはできた。

この親父にしてこの娘アリ、と今なら言える。まあ払ってくれるだけありがてえと思え、ってコトなんだろう。

ザラのバイオウェアを確認したのもこのドクだったっていうから割と信頼してたが、このザマだ。

 

俺がドクのクリニックから出ると、突然誰かがコートの端をつまんだ。

 

「す、す捨てないで」

 

酷く怯えきって震えた声がした。

ザラだった。

ザラのヤツは扉の隣に座りこんでいて、幼い少女のようにガタガタと震えてた。

俯いた顔からは表情を伺い知る事はできない。

オーク並の体格があって俺より強いっていうのに、今のザラはストリート・チルドレンにすらひね伏せられそうだと思っちまうくらいか弱く見えた。

 

「お、お願い……ダグラスさん……しくじってごめんなさい……」

「お前は良くやったよ」

 

端を摘まんでる手を取って、そこにクレッドスティックを握らせた。

 

「これがお前の稼いだ報酬だ」

「え……?」

「こんなのしくじったにも入らねえ。むしろお前のおかげで治療費を払わず済んだ」

「ま、待って!」

 

ザラはクレッドスティックを落として、後退った。

どこかの研究所だかアサシン養成所だか知らねえが、コイツにはそういう場所で植え付けられた相当なトラウマがあるらしい。

コイツが捨てられたのはしくじったせいなのか、はたまた感情がこういう風に一回のしくじりで脆くなってしまうせいなのか。

どちらにせよ今の俺にはどうでもよかった。

 

「待て?何をだ」

「そ、の……あたし……は」

「いちいちメソメソしてる暇はねえぞ、ザラ」

 

ザラは俯いた顔をようやく上げた。

 

「立て、ザラ」

「……ハイ」

 

ザラは弱々しく立ち上がった。

俺は歩み寄って、クレッドスティックを拾い上げた。

そしてもう一度ザラの手を取って、こいつの手に握らせた。しっかりと。

 

「良いか。この裏社会は、影の世界は、表社会で生きられないようなヤツらの溜まり場だ。そこには想像も絶する程のバカと、アホと、クズがいる。俺達はそういう連中まで相手にしなきゃならん」

 

ザラのヤツは俺を見つめて何も言わなかったが、俺は続けた。

 

「お前はこれから自分で色々判断してやっていかなきゃいけねえ。コムリンク越しに俺やグレゴリーから”コイツはそう言ったので、こうやれ”だとか、いちいち指示が飛んでくるわけじゃないぞ。これまでは単純に”やれ”と言われてその通りにやれば済む話だったかもしれねえが、これはそんなレベルの仕事じゃない」

 

「だがお前は咄嗟に反応した。レイチェルのヤツに自分の判断で灰皿をぶつけた。それも俺が言ったワケでもねえし、更には俺の言うことをちゃんと守った上でだ。俺を助けるためだか何だか知らんが……」

「助けるためっす!」

 

ザラははっきりとそう言った。

 

「そうか。お前は良いヤツだな。俺にとっては、良いヤツだ」

 

「だが忘れるな。俺達はこうしている限り永遠の無法者でクズだ。そしてクズにはクズの社会がある」

「ハイッス!」

「お前にはこれからクズなりの生き方を叩き込む。クズどもの社会のルールを叩き込む」

「ハイッス!」

「覚悟はあんだろうな!?」

「勿論すよ!センセイ!!」

 

正直言ってコイツが何故俺についてきてくれるのかは分からねえ。

元はと言えば今回の仕事のしくじりはほぼ俺のせいと言っても良い。

それなのにコイツは自分を責めた。変な頭の回転の仕方をしてると思っていた俺が、今は情けなく感じる。

まあグレゴリーのヤツに言われたから従ってる、と言えばそれまでだろうが……俺はこのザラを一人前にしてやりたいという思いが強まってきていた。

俺に教えられる事は少ねえ。

別のシャドウランナーの方がコイツを立派に育て上げられるかもしれねえ。

だが俺の中の何かが、俺を動かした。




三回では終わりませんでした。もう少しお付き合いして頂けると幸いです。
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