ザラのヤツはこの短期間の内にビックリするほどいろんなことを吸収して、それをモノにした。
俺が知識を叩き込んでやればすぐにそれを吸収してその通りにやって見せたし、何ならそれを応用までして見せてきた。
恐ろしい程の成長スピードだ。
教師時代に生徒の大半がザラみてえな物覚えの良いヤツらばかりだったら色々楽だったろう。
あの頃のコトは思い出したくねえと思ってたが、ザラと接していると自然と脳裏に浮かんできちまう。
まあ生徒の大半がそうだったら、俺が優秀過ぎるガキどもに押しつぶされてたかもしれねえが。
現に今も、ザラのヤツが素晴らしすぎて押しつぶされそうだ。
だが押しつぶされるだけで終わりには当然しねえ。
俺には尚更火が点いた。
一週間なんてものはすぐ過ぎたし、勿論ザラを鍛えることは続行した。
それからはもっと短く、だが濃密に感じて、二週間目もあっという間に訪れた。
その頃にゃザラはもう周辺のストリートに慣れきっていたし、俺もザラのヤツを助手にしてえくらい頼もしく感じるようになっちまった。
だが助手にしちまうのはザラにとって良くねえ。
そもそも事の発端であるグレゴリーの依頼内容は”ザラを立派なヤツにしてほしい”ってモノだ。
つまり、ザラは俺抜きでもストリートを渡り歩けるようにならなきゃならない。
そしてザラはもっと上の世界で活躍できる素質があるのだ。
そういう事を考えていると、ガラにもなく寂しいという思いが脳裏によぎる。
こんな思いをするのは教師の頃以来だ。クソ、また思い出しちまった。
ともかく、このクソッタレな仕事がザラのおかげでより一層彩りあるモンに変わっちまったのは事実だ。
この依頼で色々と学ばなきゃならんのはザラだけじゃなかったらしい。
特にクズな俺もこんなことをしてると情が湧いちまうってコトははっきりと学ばさせられた。
そして情が湧くとどうなるかはまあ見えてる。
今の俺には大まかに二つの懸念が見えてた。
一つ目かつ一番の懸念はザラのヤツに向けての指導が甘くなっちまうことだ。
それはヤツの長い今後にとって一番良くねえ。
もう一方は俺が、自分の命をザラのために軽く投げ捨てちまう覚悟ができるってトコだ。
俺はストリートで長くやってきたが、自分の命をゴミみてえに投げ捨てるようなことになりそうな仕事は遠ざけてきていた。
自分の命を捨てるってのは代償がデカい。
だからこそ俺はクズどもを相手にして生きてきた。
しかし今の俺にはそんなことを、たかが情が湧いたからと平気でやる土台ができちまったように感じる。
「センセイ!終わったすよ!」
ボーっと壁にもたれかかってそんなことを考えていると、ザラのヤツが部屋から出てきた。
今回の仕事は俺も同行してたが、実行するのはザラ一人ってコトになってた。
最近はこうやって、ザラ一人でやらせる事が多い。
これはザラが自分一人でストリートを渡り歩けるようなヤツになるための予行練習みてえなモンとやってるんだが、俺がこれ以上ザラに深入りしねえようにするためでもあった。
「やるじゃねえか。もう俺なしでも十分やってけそうだな」
「センセイがそれが目標って言ってたすからね」
ザラのヤツはニカっと笑った。
笑顔が眩しい。
「それはそうだな。そんな優秀なお前にゃ一か月間もいらねえかもしれねえ」
「いや、一か月間必要すよ!」
ザラはそれにやたら食ってかかったように言った。
コイツは何故か詰め寄ってきたので誤魔化そうとしたが、良い手が見つからねえ。
だがそんな俺に救いの手が差し伸べられた。
コムリンクからメッセージの着信音が鳴ったんだ。
俺がザラに手をかざしてコムリンクを取り出すと、ザラは黙って二歩くらい下がった。
まだ近いが仕方ねえ。
俺はコムリンクのメッセージを見た。
グレゴリーのヤツからだった。
『ザラの”出身”が分かった。現状大したことはないと分かったが、念のためお前にも伝えておきたい。できればすぐ俺のアジトに来てくれ』
俺はすぐコムリンクを仕舞ってザラのヤツを見た。
この件はザラのヤツと色々と話はしたんだが、とあるもう崩壊した犯罪組織に飼われてたってコトが分かってるだけで、どこで生まれたのかはコイツ自身も分かっていなかった。
それをグレゴリーのヤツが掴んだらしい。
一瞬コイツを連れていくかは迷ったが、まあこういうコトは本人も知らなきゃマズいだろう。
自分の知らないところで突然因縁をつけられたらたまったもんじゃねえしな。
「お前がどこで生まれたか、グレゴリーのヤツが掴んだらしい」
「……ホントすか」
「ああ。グレゴリーは直接会って話してえと言ってる。まあ無理もねえな。お前を見るに相当危ないトコから捨てられたんだろうしよ」
「じゃあすぐ行かねえとすね!あんま興味はねえすけど……知ってた方が絶対良いすし」
「まったくもってその通りだ。行くぞ」
しかし、何故できればすぐとグレゴリーのヤツは言ったのかわからねえ。
仮にもしザラのヤツが企業や犯罪組織に狙われてたってなってたとしても、三週間は流石に遅すぎる。
まあその連中が何らかのイレギュラーで混乱してたってなら話は別だが。
俺達がハーレー・ダビットソン・スコーピオンに跨ってグレゴリーの家に向かって走ってると、またヤツからメッセージが飛んできた。
『やられた。来るな』
今度のは短かったが、相当ヤバイメッセージだった。
少なくとも、近所の小規模なギャングどもに襲われたワケではなさそうなのは確かだ。
このままグレゴリーのアジトにまで向かっていいワケないのは分かっているが、仮に企業やら犯罪組織やらの連中の手がヤツのアジトにまで及んでるとするなら、ここで引き返したところでいずれ追われる。
まず、俺は一旦止まれとザラのヤツにジェスチャーした。
「どうしたんすか?」
ハーレーを停めて、俺はザラにコムリンクのメッセージを見せた。
「やられた、くる……な?」
「こうとだけ来た。グレゴリーのヤツからだ」
「……死んだん、すか?」
「わからねえ。行ってみねえことにはな」
俺はコムリンクを仕舞ってザラのヤツの目を真剣に見た。
ザラは困惑してるようだったが、そこには確かな意志があった。
「だが行ったら多分、お前を追ってるだか知らんがそういう連中と鉢合わせるだろうよ」
「そんな……でも」
「行くんだな?」
ザラのヤツはしっかりと頷いた。
まったく、最終的にはザラは厄ネタだったワケか?
だが今の俺からはもう深く関わりたくねえとか、そういう感情は吹っ飛んでた。
もう二週間くらいずっと一緒にいるんだ。
どちらにせよ俺だけで逃げたところで狙われるだろう。
となりゃもう、俺にはもうザラと一緒にカタをつけるとか、そういう選択肢しか残っていなかった。
そういう選択肢しか残ってないと思った、と言った方が正しいかもしれねえ。
「装備は持ってきてるな?行くぞ――」
「待って!」
ザラが言った。
「これは……多分私だけの問題すよ。だから、センセイまで行くことは……」
「今更何を言ってやがる」
「え?」
「俺はお前のセンセイだ。だから俺も行く。これは当然のことだ」
俺はもうそういう気でいた。気になっちまった。
今更ザラのヤツが何と言おうと、俺は行くつもりだった。
深入りしねえために色々考えているだとか何だのとか並べても、結局のところ自分の心は騙せねえ。
ザラが頷いて俺も頷けば、俺達はハーレーを再び走らせてグレゴリーのアジトに向かった。
◇◇
グレゴリーのアジトの前には巧妙にその辺のバンに偽装された”GMC-ブルドッグ”が一台停まってやがった。
明らかに企業やら犯罪組織やらの連中が押し寄せてきたと見て良いだろう。
バンに入れる人数は限られてるし襲撃者の数は少ないだろうが、グレゴリーが生きてるかは怪しい。なにせアジトからは銃声が聞こえねえ。
俺はハーレーに備え付けてた内蔵型スマートガン・システム入りのレミントン990ショットガンを取り出して、懐から取り出したティアドロップサングラスをかけた。スマートリンク付きのヤツだ。
ザラのヤツもまたレミントン990を取り出した。
コイツになら全てのものを凶器にできるが、銃の方が確実なのは確かだ。
「この様子じゃ……」
「死んでる可能性大、すね」
「だが一応、俺はグレゴリーの様子を見に行く。お前は他のヤツらの生存を確認しろ」
「了解すよ」
扉は開かれていた。当然だ。
俺はすぐ二階の階段に向かって、ザラは一階のエリアを調べに行った。
俺が二階に辿り着いた途端、すぐ一階の方で銃声が聞こえた。そして同時にザラの声じゃねえ悲鳴も。
ザラが一体仕留めたといったところか。
すぐにまた銃声が聞こえたが、それもすぐに止んだ。
そしてその銃声を聞きつけてか、廊下の角から一人ヘルメットに軍隊ばりの防具を着たヤツが現れた。
俺は咄嗟に遮蔽に隠れて、コイツが階段にまでくるのを待った。
「敵が来たようで――」
「クソ食らえ!」
俺はショットガンでその軍隊防具野郎を殴りつけた。
容赦なく、そして鋭く。
「あがっ!」
コイツは思わず銃を取り落とした。
俺はそこにショットガンをセミオート・バーストで叩き込む。
BBLAMN!とショットガンが銃声を鳴らすと、散弾がコイツを相当痛めつけてくれた。
だがこれでは死ななかった。
軍隊防具野郎は咄嗟にピストルを取り出して撃った。BLAMN!
「ファック!」
幸いそのピストルは狙いがそこまで定まっておらず、ラインドコートの装甲が厚い部分に命中。
軽傷で済んだ。
お返しに更にセミオート・バースト散弾を叩き込んでやると、今度こそコイツは吹っ飛んでくたばったようだった。
「チッ……」
傷は浅い。
だがもし他にもこういうヤツが二人以上いるとするなら、いよいよ地獄への道が見え始める。
俺はレミントン990をリロードして、慎重にクリアリングしながらグレゴリーの部屋まで進んだ。
途中、グレゴリーの部下達の死体がいくつも転がってやがった。どれにもナイフが刺してある。
見たところ一瞬で制圧されたらしい。
下の階からまた銃声が聞こえる中、俺はグレゴリーの部屋の扉を勢いよく足でぶち開けた。
グレゴリーのヤツは自分の椅子に座ってた。
ナイフがハリネズミみてえに至る所に刺されていて、天井を向いて死んでたが。
「センセイのお出ましかな」
BLAMNN!
声のした方向に散弾をぶち込んだが、そこには既に声の主はいなかった。
一瞬スマートリンクがそいつの影を捉えていたが、突然バグったかのように消えて避けやがった。
十中八九反射神経を何かでブーストしてやがる。しかも相当に。
俺はそいつを視界に入れ直して、ショットガンを向けた。
そいつはヒューマンの男で、どっかで仕立てたんだろうスーツを纏っていた。おそらく防弾。
さっきの軍隊防具野郎とは明らかに違う雰囲気を醸し出してる。
見たところサイバーウェアの類は入れてそうにねえ。バイオウェアか、それか覚醒者のアデプトってところだろう。
そして手にはナイフがあって、ベルトにも無数のナイフがあった。
いけすかねえ野郎だ。
「てめえ何者だ」
「そう簡単に話すと思うかな?まあ、ちょっと、崩壊したウチのクランからどこかへ行ってしまったモンスター女を持って帰ろうと思ってね」
元々の飼い主ってトコか?
クランって言うからにはザラを生み出したヤツらじゃなく、ザラを飼ってたっていう犯罪組織の連中なんだろう。
しかし何で今になってここへ来やがった。
「話してんじゃねえか」
「オット、話してしまったね。まあ別に良いだろう?これから死ぬのだから」
ショットガンの引き金を引こうとした――だが、既にそいつは俺との間合いを詰めてきやがっていて、ナイフを振るった。速すぎる。
俺は咄嗟にショットガンを盾にしたが、ショットガンを弾かれちまった。
反撃に膝蹴りを繰り出す。
だがそいつは既にそこにいない。
「後ろだ」
「がぁっ!」
背部を大きく切り裂かれちまった。
回し蹴りで対応しようとしたが、やっぱりそこにはいねえ。
そいつは速すぎた。ザラ程ではなかったが、俺にとっては恐ろしい程に。
殴ろうとしては消え、そして切り裂かれるか刺される。それの繰り返し。
一発一発の威力こそ小柄なヒューマンに相応しくまあ小さいモンだったが、遂に膝を斬られて俺は地面とキスした。
「ファック……!」
頭を上げれば、そいつはナイフを舐めてやがった。
やたら芝居がかってそうやるもんだから恐怖よりも怒りが湧き上がってくる。
「タダのチンケなトロールが僕に勝とうなんて、百年早いね。まあキミはそれくらい長く生きられない種族だし、今から死ぬんだけど」
ナイフが振り上げられる。
今すぐ殴ってやりたかったが全然体が動かねえ。
「それでキミが死ねば、あとはモンスター女一人。そいつを気絶させて然るべき場所に送れば、僕らは彼女を使ってもう少しマシな生活ができる。組織のヤツらは全員死んじゃって僕らだけだからね」
「ハッ!そんなことのためにここまでやってきやがったのか……?大した夢物語じゃねえか……がはっ!」
「まあそうかもね。だけど僕らはこれに賭けるしかないんだ」
残党どものクソッタレな夢物語のために、グレゴリーのヤツが死んで、俺も死ななきゃならねえらしい。
クズとしてしぶとく生きてきたが、こういう上の世界のクズどもの裁量次第で俺達みたいなヤツらはあっという間に滅んじまう。
クズがクズに殺される。
クズらしい呆気ねえ最後だ。
ザラのために命を捨てるとか、そんなコトすらできねえとは思わなかったが。
BLAMNN!
咄嗟に銃声が鳴って、ナイフ野郎はそこから飛び去った。
銃声が聞こえた方を向くと、ザラのヤツがいた。
「センセイ……!」
ザラがそう言った。
俺はその言葉で安心しかけたが、不意に俺の肩に冷たいものが刺さっていることに気が付いた。
それは深く、突き刺さってやがった。
ナイフ野郎はさっきまでただ俺を弄んでただけだっていうのか?
ドロドロと熱いものが肩から流れ出るのを感じる。
「セン……セイ……!」
「ザ、ラ……」
「名前を呼び合ってどうするって言うんだい?」
今にも意識が途切れそうだった。
今日はザラのヤツに一人で仕事をさせたっていうのに祝いのサケも飲み交えてねえし、色々話すこともあるってのに。
何もかもが一瞬で崩れ落ちちまった。
ここにこなけりゃこうはならなかったかもしれねえな。俺はそんなことをふと思った。
だが、これで良かったのかもしれねえ。
ナイフ野郎はザラ程ではない。
ザラのヤツはめちゃくちゃ強いから、ナイフ野郎はぶっ倒せるだろう。
そして因縁はここで終わり、俺も終わる。
ザラのヤツは一人になって、本当に一からスタートするんだ。
俺は芝居がかって言うナイフ野郎の事を無視して、口を何とか動かした。
「最高の、拳の使い方を……見せてやれ!」
◇◇
「お前には色々教えてきた。拳の使い方だけでも、色々とよ」
「ハイっス!拳って殴るだけにあるモノじゃないんすね!」
「そうだ。よくわかってるじゃねえか」
「だからこれから、お前に最高の拳の使い方を教えてやる」
「最高の拳の使い方?」
「そうだ」
「最高の拳の使い方。そりゃな、いけすかねえ最低野郎を何発も何発もぶん殴ることだ」
「……待ってくださいすセンセイ。それってタダの暴力じゃないすか!」
「そうだ。だがコツってモンがある」
「良いか。いけすかねえヤツに暴力を振るう時は我を忘れるな。そして怒りも忘れるな。どっちも拳にぶつけろ」
「何だかんだ言ってよ、最低野郎に何発も食らわせるのが最高の拳の使い方なんだ。お前はどんなヤツにぶちかましてやりてえ」
「それはー……センセイをボコボコにしたヤツすかね」
「言ってくれるじゃねえか。 お前は良いヤツだな。俺にとっては本当に、良いヤツだ」
「それはセンセイも、すよ」
◇◇
「センセイ!」
目の前で誰かが叫んでる。
銀髪に赤眼が似合ってる、少しあどけなさが残った顔の良い女。
紛れもねえ。
ザラだった。
走馬灯のように記憶が脳裏をよぎったもんだから、てっきり死んだかと思っていたが。
「ここは地獄か?なんでお前がいる。あのナイフ野郎に負けたのか?」
「違うすよ。ここはへルズ・インプラント。あたしが前仕事を引き受けたドクのクリニックすよ」
「オイオイ、そんな物騒な名前だったか?」
「お似合いじゃないすか?」
「ま、そうかもな」
俺はベッドの上で、ザラの顔をしばらくボーっと見つめていた。
アイツがポカンと首を傾げたのが何だかおかしくて、俺は笑った。
何だか目から涙が出てたのかもしれねえが、もうどうでも良い。
今はただコイツが生きているのが嬉しくて、そして今この目の前にいてくれるのが嬉しかった。
ジーザスだかブッダだかに感謝しなきゃならねえな。
ザラが突然拳を突き出したので、俺はそれに拳を合わせた。
「知ってるすか?こうやって拳を合わせたりするのって、握手みたいなモンらしいすよ」
「拳の使い方にしちゃあ超平和的だな」
ここまでお付き合い頂きありがとうございました!
次回からはまた単発のものを上げてたりしていく予定ですが、またこうした長めの短編をやることもあると思います。