衝動(〆)
誰かが近所を救わなきゃいけなかった。
それなのに誰も救おうとはしなかったし、これからも救おうと立ち上がる人はいないんだろう。
だから僕がやらなきゃいけない。
そういう意志が理性と格闘しながら僕の胸の内で渦巻いていた。
僕だって、僕のような人間が近所を救おうと動くなんてバカげていると思う。
まず近所の悪党連中は皆ナイフとか持ってるし、何なら銃だって持ってる。
家の近くでそういう連中がウロウロしているワケではないんだけど、ちょっと歩いて淫らなピンクや青のネオンが輝いているところへ行けばギャングみたいな人がいるし、路地裏を覗いた時は女の人が無理やり犯されていた。
そして僕はそういう経験を何一つしたことはない。
銃で人を撃ったり無理やり女の人を組み伏せたりしたことないのは勿論だし、そもそも万引きすらやったことはなかった。
ハイスクールに来てない同級生のジョンは万引きどころかドラッグを運んだりしたことまであるらしい。
ギャングの連中からそういう仕事を貰ってこなしてるんだそうだ。
そんなワルなジョンは五人もガールフレンドがいるという。
その内の一人は僕が密かに憧れてたシャロンだった。
勉学も優秀な彼女がジョンのガールフレンドだって知った時はちょっと、心がへこんだ。
別に心がへこむまでは良かった。同時に味わった事のない気持ちに襲われたけど。
だが僕が許せなかったのはその後のシャロンの末路だ。
彼女はある日突然学校に来なくなった。
噂によればジョンのヤツが勧めたヤクにハマりきってギャングの娼婦になった、とかそういうふざけたコトを聞いたんだ。
それを聞いた時、僕の中の理性は弾け飛んで、自分も何かしなきゃダメだと思った。
ジョンのヤツを殺してやりたいとも強く思った。
よくよく考えれば近所を救おうとかそんなんじゃなくて、勝手に落ち込んで勝手に怒っただけだ。
だけど僕を突き動かす理由には十分だった。
それに怒りなら、バカげた妄想で動くアホよりももっと説得力が増す。
ストリートにも相応しい理由だろう。トリッドでもそうあったし。
「見ねえ顔だな。まあ良いが、ここに来たからにはなんか買っていくんだろうな?」
そして今、僕の目の前にはトリッドに出てきてもおかしくないような闇商人がいる。
トリッドに出るにはちょっと身なりが汚すぎるかもしれないけど。
僕はフードを深く被って、表情を悟られないようにする。
この闇商人は地元のマトリックス掲示板で噂に載ってた男だ。
余計な詮索はしない男らしいけど、やっぱり僕みたいなSIN臭いガキはナメられるような気がしたから目を合わせないようにした。
「ストリートライン・スペシャル一丁とアーマージャケット一つ。あと予備のクリップを二つと、弾薬を20発」
「どっか襲いに行くのか、坊主」
やっぱり年齢はバレてるっぽい。
だけどここでナメられたら多分おしまいだ。
僕は咳払いして、できる限り低い声で続けた。
「どうでもいいだろ」
「まあな。あとその声は気持ち悪いからやめろ」
「ハイ……」
闇商人の圧が強すぎて、僕は思わず返事をしてしまった。
なるべくここを早く去りたい。
新円の入ったクレッドスティックをほっぽると、闇商人は僕の顔をやたら見つめながら中身を確認していた。
「1000新円しか入ってねえ。これじゃアーマージャケットは買えねえぞ」
「そ、そんな!?」
アーマージャケットはかなり欲しいものだった。
僕は素人だから、ちゃんと奇襲したりしても反撃を受ける可能性が高い。
そうなったら確実に死ぬことは目に見えてる。
死ぬのは怖い。
だったらこんなことをせず大人しく過ごしたら良いのに、と天使の声が聞こえたけど、今回の僕はそれを吹っ飛ばした。
ともかく、アーマージャケットはプロでも使うくらい防弾性能がある防具らしいので欲しかったのだけど……どうやら僕が持ってきた貯金の大半でも買えないようだった。
「ストリートライン・スペシャルと弾を抜くなら買える。アーマージャケットは1000新円だ」
「ま、待って!ぼ、俺は銃を買いに来たんだ。別の防具をくれ」
「へいへい」
闇商人がめんどくさそうに頷くと、彼は小型のピストル”ストリートライン・スペシャル”一丁と、弾薬のケースをポンと置いた。
あと、Tシャツにしか見えないものも一着。胸にハートマークのロゴがあってかわいらしいヤツだった。
「ナメてるの?」
「お前こそナメてんのか?俺はちゃんとやってる」
「す、すいません……」
「これはアーマークロージングだ。一見Tシャツに見えるだろうがちゃんとした防具だ」
「ほー……良いね……じゃない、良いな」
「800新円だが今日はまけとくよ」
「ホント!?」
「ああ」
めちゃくちゃラッキーだ。
アーマージャケットを手に入れられなかったのは残念だけど、ちゃんとピストルに防具、銃弾も手に入った。
闇商人は汚い笑顔を更に口角を吊り上げてやたら笑っていたけど、僕にはもうどうでもいい。
これでジョンのヤツをぶち殺せる。
いや、近所を救うことができるんだ。
「ハーイ、アラン。買いたいものがあるのだけど」
ふと、路地裏の入口の方から声が聞こえた。
淫らなネオンの光が眩しいストリートの方から歩いてきたのは、僕が欲しかったような立派なアーマージャケットを身に着けた女の人だった。
胸がシャロンより盛り上がっていて、すごい大きい。
その女の人は僕に軽く手を振ったので、軽く振り返した。
これ以上いると色々と喋らなきゃいけなさそうだったから、足早に路地裏を出る。
本当はこの綺麗な女の人と喋ってみたかったんだけど、出で立ちからして明らかにカタギの人ではなかった。
これからギャングを殺すことになるというのに、僕はこれ以上そういう人と接するのは御免だと考えてた。
僕は買ったハートのロゴが特徴的な防弾Tシャツをパーカーの下に着て、ピストルをポケットに突っ込んだ。
上手く表せない興奮が、徐々に湧き上がってきてる。
思えば僕は非正規のルートでピストルや防具、銃弾を購入した。
まるでトリッドの中の主人公がやることみたいだ。
それに多少ナメられてたような気もするけれど、ちゃんと闇商人と取引できてる。
後はこのままピストルでギャングを撃ち殺してやれば良い。
そうすれば僕はきっと、ワルになれる。
いや、ワルよりももっと良いものになれる。
フードを深く被って自宅に向けて足早に帰っていると、路地裏から悲鳴が聞こえた。
僕は足を止めて、そっちへ向かった。
だけど悲鳴が近づくほどにだんだんと足が動かくなってきて、家へ帰ろうと僕に抗議し始めた。
足の震えはすぐに上半身にも伝わった。
僕はわなわなとその場で震えて、止まってしまった。
だけど本当にやばそうな悲鳴が聞こえてきたから、僕は足を殴って無理やり悲鳴の方へと走らせた。
今近くで起こってる問題も片付けられないのに、ジョンやギャングの連中を殺せる筈がない。
そう、これは練習みたいなものだ。
僕はそう思うことにして、駆けた。
「た、助けてあがぁっ!」
「ウッセーんだよ!さっさとカネの在処を言え!」
路地裏では、二人のギャングらしき人物が男の人を殴っていた。
男の人の顔はボコボコになっていて血も相当流れている。
このままじゃマズい。
幸い、ギャングっぽいヤツらは僕の事に気付いていないみたいだった。
僕はポケットからピストルを取り出す。ストリートライン・スペシャルを。
「だから知らないあがぁっ!」
「知らねえワケねえだろうがよ!」
弾は装填されていた。
後は狙いを定めて、撃つだけだった。
両手でグリップを握って人差し指を引き金にかける。
人差し指はわなわなと震えてた。
でも、ここで撃たなきゃあの男の人はボコボコにされて死んでしまう。
これは人を殺すんじゃなくて、人を助けることなんだ。
自分に何度もそう言い聞かせて、僕は引き金を引いた。
BANG!
ちょっと情けないような、だけど確かにピストルが撃たれた、そんな銃声が鳴った。
ピストルの銃弾はギャングの頭には命中したと思ったけど、どうやら当たってないみたいだった。
ギャングがこっちを振り向いた。
マズい。
僕は引き金を引きまくった。
BANG!BANG!BANG!
「あぎっ!がぁっ!?」
BANG!BANG!カチッカチッ。
ピストルの乱射で、ラッキーなことに一人のギャングの肩と頭に弾が命中した。
ギャングを殺した。
だけど、実感は湧かなかった。
湧く暇がなかったと言った方が正しいのかもしれない。
だって目の前のギャングが突撃してきて、僕を殴ろうとしてたから。
僕は撃ち終わった後の満足感と目の前に迫ってくる暴力への恐怖で、それを避けれなかった。
「ぐえっ!」
「なんだあガキかあ!?調子乗りやがってよ!ダチが死んじまったじゃねえか!アイツにも逃げられちまった!責任取れや!」
僕は地面に倒れた。痛すぎて、怖すぎて、起き上がれない。
ギャングの拳にはナックルダスターがはめられてたみたいで、めちゃくちゃ痛かった。
ピストルをギャングの方に構えたけど、そいつは咄嗟に僕の手からピストルを奪い取った。
「クソ。いっちょまえにかっこつけやがって」
そして、捨てた。
代わりにそいつは懐から違うピストルを取り出した。
僕のピストルよりもでかくて、ごついヤツ。
それが眉間に突きつけられた。
フレームの冷たい感触が、まるで死のように感じられた。
何か上手い事打開策を立てようと思ったのだけど、全然思いつかない。
恐ろしすぎて全然動けない。
「う、ううぅ……!」
僕は泣くしかなかった。
本当にできることがない時に死が迫ってると、もう何だか泣くしかないのか。
家族への謝罪とか、現世へのお別れの言葉とか、大好きな憧れの存在への一言とか、そんなものは全然出てこない。
恐ろしすぎた。
「代償は払ってもらうぜ、ガキが」
ギャングのヤツは引き金に指を掛ける。
終わった。
BLAMN!
「あばっ!」
銃声が鳴った。
しばらく目を瞑っていたんだけれど、目を開けるとそこは天国とか地獄とかじゃなかった。
僕は死んでないらしい。
目の前には元の路地裏が広がってて、女の人が僕の顔を覗き込んでた。
あの闇商人のところにいた人だ。
「大丈夫かな?」
「え、あ……」
何かお礼を言おうと思って口を動かそうとしても、全然口は上手く回ってくれなかった。
彼女は僕を起き上がらせて、じっと見つめてきた。
女の人にじっくりと顔を見られるのは初めてだから、思わず目を逸らしてしまう。
「大丈夫じゃなさそうだね?まあいいや」
「あ、あの、待ってください!」
彼女が去ろうとしたので、僕は思わず引き留めた。
ちゃんとお礼を言わなければ。
「あ、ありがとうございました!」
今度はちゃんと口が回ってくれた。
彼女は微笑むと、去りながら僕の方に軽く手を振った。
「君みたいな子供があんまりストリートに深入りしちゃダメよー」
僕は彼女の去る姿をただ見つめていた。
ストリートに来たらまた彼女に会えるだろうか、とか変な事を考えてしまうようになったけど、この日以来僕は地道に生きようと考えるようになった。