第二話 ドゥンケルストーム登場!
・トレセン学園 レース場
距離は右回りの芝1600m、出走ウマ娘は八人。
模擬レースの開始時刻が迫る中、レース場には出走ウマ娘が集まり各自ストレッチを行っていた。だが、どのウマ娘もどこか不安気で落ち着きがないように見えた。
「……」
そんな中、堂々とした態度で黙々とストレッチを行って身体をほぐすウマ娘がいた。黒髪のポニーテールに白いテープを鼻に付け頭部に注連縄を模した装飾を身に着けている。並々ならぬ雰囲気と威圧感を漂わさせるそのウマ娘こそナリタブライアンだった。
「随分と人気みたいだけど…勝つのは私よ!」
「…そうか、なら私に見せてみろ。アンタの走りを」
「デビューもまだのあなたがG1ウマ娘の私に勝てると思ってるの?私に挑んだことを後悔させてあげるわ!」
今回のレースのメインはG1レースで勝利経験がある先輩のウマ娘とナリタブライアンだ。果たしてどちらが勝つのか…レース場にいる全員が様々な思考と予想を巡らせながら顛末を見守っている。
「ハヤヒデ〜!!タイシ〜ン!!もうすぐレース始まるよー!!」
「…うるさい、静かにしろっての」
「チケット、少し落ち着け」
「ねぇねぇ!ナリタブライアンってハヤヒデの妹だよね?」
「…ああ、自慢の妹さ」
「…お腹がすいたな」
「って!さっき食ったばっかりやろ!オグリ!」
過去のレースで数々の重賞と走りを見せた名のあるウマ娘たちも注目のナリタブライアンがどんな走りを見せるのか観戦していた。レース開始も間近になった頃だが、一人だけまだ姿を見せていないウマ娘がいたのだ。
「あれ?一人足りなくない?」
「誰よ!まだ来てない奴は!」
「ドゥンケルストームさんがまだ来てないですね…」
「……」
するとレース場外から慌てて走ってくるウマ娘の姿があった。遅れてやって来たのは出走ウマ娘の一人であるドゥンケルストームだった。その存在に気づいたのか他のウマ娘たちの視線がストームに集中する。やはりと言うべきかその強面をみた他のウマ娘たちはドン引きしていた。
(こ、怖っ!!?)
(ふ、不良だ…!!)
「ど、ドゥンケルストームさん、間もなくレースが始まります。すぐに位置に着いてください」
「…すまない。今、行く」
「お、遅いのよ!まったく、これだから田舎ウマ娘は」
その時、ストームがレース場の芝を踏んだ瞬間、突如として彼女の雰囲気が変貌する。右の二の腕に巻いていた英語で『STORM』と刺繍されている青い手拭いを頭部にバンダナのように巻く。
「…さあ、戦(レース)だ…!」
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ようやく出走ウマ娘が揃いレースの火蓋が切られようとしていた。出走ウマ娘は八人、その中でも注目のウマ娘はナリタブライアンとG1レースでの勝利経験がありブライアンからの挑戦を受けた先輩ウマ娘だ。
(負けない…!こんな奴になんかに…!)
(……)
各ウマ娘が開始線の前に立つ。ゴール係がスターターピストルを構えるとウマ娘が走り出そうと身構える。
パァンッ!!
そして、ピストルが撃たれたと同時にレースが始まり各ウマ娘がバツグンのスタートダッシュで一斉に駆け出した。
「始まったな。さて、どっちが勝つか…」
「ブライアンも実力者みたいだが、彼女もG1レースでの勝利実績がある。普通に考えれば彼女の方が勝つと考えるのが妥当だろうな」
(最初はスタミナを温存…!仕掛けるのは第3コーナから辺りから!上位をキープしてそのまま!)
(…さすがはG1レースでの勝利経験がある相手、見事な走りだ)
先頭に出たのは先輩ウマ娘だ。どうやら作戦は先行のようで先頭集団の前を一定の速度で走行している。対してナリタブライアンは先頭集団から2バ身ほど離れた位置で虎視眈々と機会を狙っていた。一方のドゥンケルストームはブライアンの後ろを一定の距離を保って走り続けていた。
第1コーナーから第2コーナーまでは特に動きもなく順位にも変化がないレース展開が続いている。
「ここまでは変化無しだな、レースが動くなら第3コーナ辺りか?」
「ブライアンは先頭から3バ身…いや4バ身離れてるな」
「お?先頭がペースを上げたな。差を開いていくぞ」
第3コーナーに差しかかった時、先輩ウマ娘がペースを上げ後続をどんどん引き離す。第4コーナに近づいた頃にはナリタブライアンとの差は6バ身ほど広がっていた。
「無〜〜理〜〜!!」
「はぁ…はぁ…もう駄目…!」
(…はぁ!…はぁ!…ここまで来れば勝ったも同然だわ…!大したことなかったわね…!)
他のウマ娘は先輩ウマ娘のスピードに追いつけず徐々に失速していくが、ここで待っていたと言わんばかりにナリタブライアンが動き始めた。
「行くか…ブライアン」
(…ブッちぎる!!はあああああ!!)
これまで一定の速度を維持して走行していたブライアンがついにペースを上げ始めた。6バ身の差があったにも関わらず凄まじいスピードで瞬く間に距離を縮めていく。
その走りはまさに他の出走者を蹂躪する"怪物"そのものだ。
(…嘘…なんであの距離から追いつけるのよ…!!さっきまで私のペースだったのに…なんなのよ…コイツは…!!)
(…アンタは強い、だから…このまま追わせてくれ!最後まで…アンタの闘志を、走りを見せてくれ!)
何かを懇願するような表情でどんどん差を縮めていきあっという間に1バ身の距離まで追いつかれた先輩ウマ娘は完全に余裕を失ってペースを乱していた。
「すごいわ…!あれがナリタブライアン…!」
「な、なんて奴だ!まるで怪物だ…!」
(…認めないわ!!こんな…デビューもまだのウマ娘なんかに…私が…G1ウマ娘の私が…!!)
(いくぞ…!はあぁぁぁ!!)
「…ひっ!?こ、この…ば、化物…!」
「…っ!!」
背後に迫るブライアンに恐怖を感じたのか先輩ウマ娘はプライドも忘れて泣きながら逃げるように走り続ける。もはやフォームも乱れ自身の本能で逃げているような姿だった。
(また…なのか…何故だ…!何故、競ってこない!アンタはG1ウマ娘なんだろう!?)
戦意喪失した彼女の姿を見たブライアンは悲しそうな表情でその背中を見つめていた。これまでこんな光景は嫌というほど目にしてきた、幼い頃から様々な相手と競ってきたが心が満たされたことは一度もなかった。
どれだけレースに出ても、どんな相手と競っても心は満たされない…ここでも自身の渇きを満たしてくれる相手はいないのかと落胆していたその時…
「お、おい!誰だあいつは!?」
「ブライアンじゃないぞ…!あのウマ娘は…!!」
突如、観客席から驚愕の声が響き渡る。誰もがブライアンが勝利すると確信していた時、予想だにしないことが起こった。
「…油断したか?相手は一人じゃないぞ」
「…!!何ッ!?」
その時、ブライアンを脇から追い抜いたのはなんとドゥンケルストームだった。他のウマ娘たちと同様に失速したと思われていたが実はストームだけはブライアンの後ろを離れず追走し抜き去る好機を狙っていたのだ。
あの凄まじい速度のブライアンに追走するそのスピードに他のウマ娘たちやトレーナーたちも驚きを隠せなかった。
「大番狂わせだ…!誰だあのウマ娘は!?」
「確か…ドゥンケルストームだったか!?」
「信じられない…!あのブライアンに追いつくなんて…!」
ブライアンを抜き去り一着を走っていた先輩ウマ娘も抜き去ったストームはゴールラインまで一気に迫る。それを見たブライアンは失っていた闘志を再び燃やし一気に速度を上げストームの後を追う。レース場の雰囲気か一変し誰もがストームの走りに釘付けになっていた。
(…ふっ!面白い、アンタの走りを見させてもらう!)
するとブライアンはどこか嬉しそうな表情でその後を追い続ける。同じく先輩ウマ娘を追い抜いてストームの後を凄まじい速度で追走する。ゴールラインまで残り約400m、ストームとブライアンの一騎打ちが始まるかに思われたが…
(…くっ!速い…!!差が縮まらない…!)
ストームとブライアンの間は約1バ身程の差があったがどれだけ速度を上げてもストームに追い付けない。久々に自身の出せる最高速度で走っているのにも関わらず、その差はまったく縮まらないのだ。そればかりかストームはさらに加速し徐々にブライアンとの距離が開いていく。
そして、ブライアンと1バ身以上の差をつけてストームは堂々とゴールラインを越えて見事一着でゴールしたのだ。
ウォォォオオ!!!
ストームがゴールしたと同時に観戦席から大歓声が湧き起こる。ブライアンを見に来ていたトレーナーやウマ娘たちも全員がストームに注目していた。
「ハァ…!ハァ…!」
「……」
息を切らして苦しそうな表情のブライアンに対してストームは疲れた様子はまったくない。そんなストームは自身に向かって大きな歓声が送らていることに慣れないのか少しソワソワしていた。
(…すごい歓声だな、そんなに凄かったのか?)
しかし、これならきっと自身の走りを多くのトレーナーたちに見てもらうことが出来たはずだとストームは満足げだった。誰かが声をかけてくれることに期待しながらストームはレース場を後にしようとする。
「おい…!!待て!!」
「…?」
「アンタの名は…?教えろ…!」
険しい表情で自身を睨めつけるブライアンに少し振り向いた後、少し笑みを浮べてストームは言葉を返した。
「…ドゥンケルストームだ。…楽しかったぞ。また勝負しよう」
「……クッ!」
ストームは歓声の中、堂々とした足取りでレース場から去っていった。一方、観客席は先ほど凄まじい走りを見せたストームのことで大いに盛り上がっていた。
「信じられねぇ…あの怪物ナリタブライアンに勝つウマ娘がいるとは」
「あのウマ娘、ドゥンケルストームだったっけ…?聞いたこともない田舎のウマ娘よね?」
「ああ、完全にノーマークだったな」
予想外のレース展開にトレーナーやウマ娘たちも驚きを隠せずにいた。無論、このレースを見ていた他のウマ娘たちもトレーナーたち同様にストームの走りを思い返していた。
「……」
「す、すっご〜い!!ねぇねぇ!!ハヤヒデ、タイシン、今の見た!?最後の直線での加速…あの子すっごく速かったよ!!」
「…あのブライアンに勝つなんて、なんなのアイツ」
「へぇ…すごいなぁ、今年もまた強い奴がぎょうさん入ってきたなあ」
「そうだな、あの子ともいつか走る時が来るだろう。楽しみだな…!」
ビワハヤヒデ、ウイニングチケット、ナリタタイシン、タマモクロス、オグリキャップ…数々のレースで成績を残し、高い実力を持つ強豪たちをも戦慄させていた。このレースは瞬く間に話題となりトレセン学園中に広まることになるのは少し後の話だ。
その後、レースを終えたストームはざわめくレース場を後にしようと歩いていた。
(…さて、後は選抜レースだな。加えてトレーナーからのスカウトもあれば文句なしだ)
自分の走りを示すこともできたし後はトレーナーからのスカウトを待つだけだ、と思っていたストームの背後から何者かが必死に大声を出しながら追いかけて来ていた。
「…ハァ…ハァ…待ってくれ、ストーム!」
「…!あんたはさっきのトレーナー」
追いかけて来たのは模擬レースに出る前に偶然知り合った新人トレーナーだった。かなり必死に走って来たのか全身汗だくになっていた。少し呼吸を整えると真剣な表情でストームを見ながら話し始める。
「…どうだ?私の走りは見てくれたか?」
「ああ!見させてもらったよ!…すごい走りだった!!途中までブライアンの走りばかり見てたけど、最後は君の走りに釘付けになってたよ!」
「…ふふ、そうか」
「…単刀直入に言う。ストーム、君をスカウトしたい」
「…!」
トレーナーの発言にストームは豆鉄砲を食らったような表情で驚いていた。まさかこんなにも早くスカウトを受けられるなど思ってもいなかったからなのだが、ストームはなにか心配そうな表情で言葉を返す。
「…本当に私でいいのか?あんたは元々ブライアンをスカウトしようとしてんたんじゃないのか?他にも見所がある奴は居ると思うが…」
「そんなことない、俺は君がいいんだ!君の才能ならきっと頂点を目指せる!俺と一緒に夢を叶えないか?」
トレーナーの屈託のない笑顔で放った言葉にストームの迷いは断ち切られていた。この人と一緒ならきっと自身の目標を達成できる…そう思ったのだ。するとストームもまた笑顔でトレーナーに答えを返した。
「…そ、そうか!すごく嬉しいぞ…!。こちらこそよろしく頼む。スカウト…喜んで受けよう」
「ああ!これから一緒に頑張ろう!ストーム!」
「…よろしくな、トレーナー」
こうしてトレーナーからのスカウトを受けたドゥンケルストームはトゥンクル・シリーズへの第一歩を踏み出したのだった。その時、そんな二人の姿を遠くからじっと見つめる者がいた。
「……」
「ここにいたのか、ブライアン」
「姉貴か…」
そこにいたのはナリタブライアンとその姉、ビワハヤヒデだった。どうやらストームのことが気になったのか、その後を追ってきていたのだ。
「…ん?あれは彼女とトレーナーか?まあ、あれほどの走りを見せられて彼女をスカウトしないトレーナーなどいないか」
「……」
「お前を上回る走りを見せる実力者だ。彼女はきっとトゥインクル・シリーズでも名を上げる存在になるだろう」
「…腕のいいトレーナーを紹介しろ、姉貴」
「…ブライアン?」
「私もトゥインクル・シリーズに出る。アイツを…ドゥンケルストームをぶっ潰してやる…!」
ブライアンは拳を握り締め険しい表情でストームを睨めつけている。ブライアンにとって姉以外で自身にレースで敗北を味あわせたのは目の前にいるドゥンケルストームが始めてなのだ。
いつからか感じなくなっていた己の闘志が、心の内で激しく湧き上がっているのを感じる。
(ようやく見つけたぞ…!私の渇きを満たしてくれる強者を!アンタは私の獲物だ…!)
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・トレセン学園 美浦学生寮 ストームの部屋
明日、トレーナーと契約手続やトレーニングについて話す約束をしたストームは学生寮の自室に戻って来ていた。あれからトレーナーと色々と話し込んでしまい寮に戻ったのは門限ギリギリだった。自室に戻ったストームだったが入って早々に違和感に気がついた。
「……ん?」
「……」
挨拶してから一言も会話できなかったマサキコスモスがストームの前に歩み寄ってきたのだ。怖がっているのか耳と尻尾を小刻みに震えさせながらコスモスが口を開いた。
「…お、お疲れやす…今日のストームさんのレース…見とったんやけど」
「…見ていたのか」
「…う、うん!ストームはん、すごかったなぁ…!あのえらい強いって噂のブライアンに勝ったんやさかいすごいで…!」
おどおどしながらコスモスはレースの感想を必死にストームに伝えようとしていた。てっきり嫌われていると思っていたストームはレースの称賛よりもコスモスが声をかけてくれたことのほうが嬉しかったのだ。そんなコスモスにストームは笑顔で言葉を返す。
「…ふふ、ありがとな」
「…なぁ、ひょっとしてあんたってええ人?」
「…ん?どういう意味だ?」
会話からなんとなくストームの性格が分かったコスモスは安堵したような表情で大きな溜め息をつく。すると先ほどまでのおどおどしていた一面が嘘のように変わり、別人のように話し始めたのだ。
「はぁ〜〜〜!!…ほんとによかったで…初めてあんたを見た時から怖おて怖おてしゃあなかったんやで!こないなヤクザみたいな子とこれから一緒に過ごす思たら気ぃ気やなかってんさかいね!」
「…や、ヤクザ…?…私がか?」
「その顔で自覚あらへんの!?レース走ってる時の顔はさらに怖かったで!」
「…そうなのか、すまん…見た目が恐ろしいとよく言われるんだ。迷惑をかけていたのなら謝りたい」
「…ふふ、気にしいひんで!あんた、見た目と違うてめっちゃええやっちゃな!」
どうやらコスモスはストームを不良と勘違いしていたらしく話すのを遠慮していたそうなのだ。本来マサキコスモスは明るく前向きで気さくな性格であり、腰まで伸びた白髪のロングヘアーと和風なデザインの髪留めを付けた芦毛のウマ娘だ。糸目とはんなりとした京都弁を喋るのが印象的で立ち振る舞いにどこか上品さを感じさせる。
「ほな、改めてよろしゅうな。ストーム」
「…ああ、よろしくなコスモス」
「あ!そや!お近づきの印としてメアド交換しいひん?」
「…お、おう…もちろんだ。…どうやってやるんだ?」
こうして同室のマサキコスモスと打ち解けたストームのトレセン学園での新たな日常が始まったのだった。
次回からアプリ版のジュニア級デビュー前編が開始です!