もう一人のライバル、ヒシアマ姉さん登場です!
○メイクデビュー戦 当日 九月後半
ドゥンケルストームがトレーナーと出会ってからすでに八ヶ月、ついにストームは待ちに待ったデビュー戦に望まんとしていた。会場は阪神レース場の芝2000mであり天気は快晴、バ場も安定している。出走ウマ娘はストームも含め全員で九名…このメイクデビュー戦に勝利することでジュニア級レースの出走資格を獲得することができるのだ。
特に今回のデビュー戦は注目を集めており、多くのギャラリーとウマ娘たちが会場に訪れていた。その理由は本日のレースに出走するあるウマ娘が原因だった。
「いよいよだな、準備はいいか?ストーム」
「…問題ない」
「このデビュー戦に勝利すればトゥインクル・シリーズの第一歩を踏み出せる…トレーニングの成果を見せる時だぞ、頑張れ!」
「…ああ、任せておけ」
控え室にいたのはドゥンケルストームとそのトレーナーだった。体操着に八番の黒いゼッケンを身に着け、いつものように黒い手拭いを頭に巻いている。
(…ようやくデビュー戦か…)
「緊張してる?」
「…いや、特に何ともない。…いつも通り走るだけだ」
どんなウマ娘でも初めてのデビュー戦であれば不安や緊張を口にしたり、落ち着きがなさそうな反応をするはずだ。しかし、初めてのメイクデビュー戦でありながらストームにそんな様子はまったく感じられない。むしろ不気味なほどに落ち着いており、それでありながら他を威圧する闘気を放っている。
(…やっぱりデビュー前のウマ娘の立ち振る舞いじゃない。まるで多くのレースを経験した歴戦の猛者ような風格…こんなウマ娘は初めてだ…!)
「…時間だな、じゃあ行ってくる」
「ああ!君の走りを見せてやれ!」
控え室を後にしたストームは早速、レース場へと足を踏み入れる。見れば会場には多くの観客が溢れパドックにはすでに他の選手たちが各自ストレッチや準備運動を行っている。レース場を眺めていると不思議と高揚感と闘志が湧き上がってくるのを感じる。
(…いい気分だ、やはり"戦場"はこうでなくてはな)
すぐにでも走り出したいという気持ちを抑えながらストームもパドックへゆっくりと歩いていく。その直後、各選手がレース場中央のステージに集められアナウンスで一人ずつ順番に名が呼ばれていく。
「メイクデビュー戦…さて、今年トゥインクル・シリーズに進むのは誰だろうな?」
「決まってるだろ、ドゥンケルストームだな!」
「あの怪物・ナリタブライアンと渡り合う実力を持つダークホース…来年が楽しみだな」
観客たちもドゥンケルストームの話題で大いに盛り上がっていた。ストームの評判は今やナリタブライアンにも劣らぬほどに高まっており来年のレースはこの二人の一騎打ちだと囁かれていたのだ。
『では、続きまして八番の紹介です!一番人気、ドゥンケルストームです!』
名前を呼ばれたストームは堂々とした足取りでステージの中央へ歩み出た。それと同時に観客席から小さな歓声が沸き起こる。これまでの紹介で緊張して落ち着きがない者や吃ってうまく喋れない者が大半だったがストームはまったく動じず威風堂々と立ち尽くしていた。
「すげぇ…!明らかに他のウマ娘とは違うぞ…!」
「でも、気性の荒い不良ウマ娘って聞いてたわよ?それに目つきも悪いし」
そんな観客席に向かってストームは深々とお辞儀をした。
「…誰だよ不良ウマ娘なんて言った奴は、礼儀正しい子じゃないか」
「ひょっとして外見が怖いだけで、普通にいい子なのかな?」
その頃、別の観客席からもストームを見つめる者がいた。ちょうど中央ステージが見える正面手前の席からマサキコスモスたちがストームのデビュー戦を見守っていた。
「ストームさん、大人気だねぇ〜」
「ストームなら心配あらへんで。きっと勝つさかい!」
「そうだね、頑張れ〜!ストームさーん!」
ステージでの紹介が終わると各選手がスタート地点にあるゲートへ向かって歩き出す。次々と各ウマ娘がゲートへと入っていき、レース開始の前実況が流れ始めた。
『美しい青空が広がる阪神のレース場、ターフも絶好の良バ場となりました!曇り空のもと、芝2000mのレースに九人のウマ娘が挑みます!実況は私、赤坂美聡がお送りさせていただきます!』
ゲートに入ったストームは準備万端であり、いつでもスタートできる状態だ。そして、すべてのウマ娘たちのゲートインが完了し会場内が静粛に包まれる。
『充分に実力を発揮できそうですね』
『3番人気はこの娘、5番シュプールムーバー。この評価は少し不満か?2番人気はこの娘、1番イノセントグリモリア。そして…今日の主役は間違いなくこのウマ娘、8番ドゥンケルストーム一番人気です!』
『ゲートイン完了、出走準備が整いました』
ゲート内で余計な動きをまったく見せずただじっとスタートの瞬間を今か今かとストームは待っている。前実況が終わると同時にすべてのウマ娘が構えを取る。
パァン!!
音と同時にゲートが開き各ウマ娘が一斉に走り出す。中でもストームは抜群のスタートダッシュを切り、一気に集団の先頭に躍り出た。
『各ウマ娘一斉にスタート!キレイなスタートを決めました!』
『みんないいスタートが切れましたね』
『一番人気ドゥンケルストーム見事なスタートだ!一気に先頭に躍り出ました』
ドゥンケルストームを先頭にレースの火蓋が切って落とされた。ストームの背後にいた3番人気のシュプールムーバーと他二人のウマ娘がストームを追い抜こうと速度上げてくる。
『5番シュプールムーバー、ペース上げてきた!その後を3番と9番が追いかける』
『2番人気イノセントグリモリアは中団に位置取っていますね、仕掛ける好機を窺っているのでしょうか?』
『ドゥンケルストーム、変わらず先頭を進んでいます!』
シュプールムーバーや他のウマ娘たちがストームに追いつこうと速度を上げるが、どれほどペースを上げても1バ身の差を縮めることができないのだ。あっという間に第2コーナーを通過したが状況はスタートから変わらずストームが先頭をキープしており、他のウマ娘は中団で激しく競り合っていた。
(…何で!?ペースを上げても追い付けないの…!)
(今から仕掛ける…?いえ…まだ早いよ…!)
『先頭は変わらず8番ドゥンケルストーム、その後を5番シュプールムーバー、1番イノセントグリモリアと続いています!』
スタートからここまでストームは一度も他のウマ娘に抜かれていない。先頭のストームが第3コーナーに差しかかった時、他のウマ娘たちも勝負を仕掛けようとペースを上げ先頭へと迫って来た。
観客やトレーナーたちも固唾を呑んでレースを見守っている。
「第3コーナーを過ぎたな…そろそろレースが動くぞ」
「イノセントグリモリアがスピードを上げたわ、仕掛けるつもりね」
先頭のストームに続いて順位二位をキープしていた1番イノセントグリモリアがストームを抜こうとペースを上げてきたのだ。ストームとイノセントグリモリアの距離が徐々に縮まっていく。
「頑張れー!!ストームさーん!!」
「1番の子速っ!?ストームさん大丈夫かな…?」
(そろそろ仕掛ける気やな…!ストーム、ぶっちぎったってや!!)
走りを見ていたコスモスはストームが今まさに勝負を仕掛けようとしていることに気づいていたのだ。ストームにクビの距離まで追いついたイノセントグリモリアはリードを開こうと温存していたスタミナを開放し全速力で加速する。
(追いついた…!!ここからリードを開けば…!!)
イノセントグリモリアがストームを追い抜こうとした瞬間、並んでいたストームの体勢が一瞬だけ低くなる。
(…いくぞ…!)
力強く一歩を踏み出したと同時にストームが凄まじい勢いで加速したのだ。同じく仕掛ける好機を狙っていたストームもまた勝負を決めようと動き出したのだ。
(…今回は細かい戦術や駆け引きは必要ない…全力で走るだけだ…!!)
(は、速っ…!!なんなのよコイツ…!?)
やっと思いで縮めた差もストームの凄まじい速度によって瞬く間に離されていく。なんとか追いつこうとするが、どんどん遠ざかり姿が小さくなっていく。
『まもなく第四コーナーカーブです!』
『ここからスパート!一気にレースが動きます!』
第四コーナーを通り過ぎ、残りの距離は約400mほど。この時点で先頭を走るストームと後続集団とはすでに2バ身以上の差ができていた。
(…無理だよ…あんなのに勝てっこないよ…!)
「無〜〜理〜〜!!」
「はぁ…!はぁ…!む、無理…」
『ドゥンケルストーム、余裕の走りだ!後続との距離はおよそ3バ身、どんどん差を広げていく!』
徐々に加速し、さらに速度が上がっていく。顔色一つ変えることなくストームはゴールへ向かってひたすら疾走する。あまりにも一方的なレース展開に観客席は驚きを隠せなかった。
「速ぇ…!」
「これが…ドゥンケルストーム…!!」
『ドゥンケルストーム!速い速い!最早、独走状態だ!』
「す、すごいよ…!!頑張れー!!」
「よっしゃぁー!!いったれ!ストーム!!」
『残り200m!先頭は変わらずドゥンケルストーム!リードは6バ身!圧倒的だ!』
後続集団から約6バ身という凄まじい差をつけてストームは堂々とゴールラインを通り過ぎる。それと同時に歓声席から大歓声が沸き起こる。
ワァアアアアア!!
『メイクデビューを制したのはドゥンケルストーム!とんでもない強さだ!このウマ娘のこれからの快進撃に期待したいですね!』
初のデビュー戦でありながら圧倒的な差をつけて初陣を制した当のドゥンケルストームはまったく疲れた様子を見せず、何か物足りなさそうな表情をしていた。
(…もう終わりか、やっと身体が温まってきたんだが…)
振り向いて観客席に会釈するとストームはレース場から静かに去っていた。
「ドゥンケルストーム…とんでもないウマ娘が現れたな」
「あの怪物・ナリタブライアンに勝るとも劣らない強さだわ…今後のレースはきっとあの二人の独壇場になりそうね」
「近々ブライアンのデビュー戦もあるし、楽しみだな…!絶対に見に行こうぜ!」
同じく今回のデビュー戦を見ていたコスモスを始めとする他のウマ娘たちも戦慄していた。
「やっぱすごいなぁ…ストームさん」
「デビュー戦で6バ身差で勝つなんて凄すぎだよ…!」
「まあ、ストームならあれぐらい当然やで。あれでも手加減してるやろうし」
「ま、マジでっ!?…ていうかコスモスちゃん全然驚いてないね」
(…当たり前やん、あのオグリ先輩とタマモ先輩相手に互角以上に走るような子やで)
別の観客席から見ていたのは同じくデビューを近日に控えたナリタブライアンとそのトレーナーだった。
「……」
「ドゥンケルストーム…桁違いの強さだね。間違いなく今後のトゥインクル・シリーズにおけるあなたの手強いライバルになるわ」
「…ああ、望むところだ。アイツは私が必ず倒す」
そして、後に手強いライバルとしてこの時代を彩る同期のウマ娘たちもストームのデビュー戦を見に来ていた。
「ドゥンケルストームか、見事な走りだ。私も負けていられんな」
「へぇ…根暗で大人しそうな奴だと思ってたけど、いい走りをするじゃないか。へへっ、これはタイマンのしがいがあるねぇ…!」
後に"女帝"の異名で名を挙げることになるエアグルーヴと同じく"女傑"と評されるヒシアマゾンという高い才能を秘めたウマ娘たちもまたストームのデビュー戦を観察していた。
様々な者たちの思いが交差する中、レース場に実況の赤坂聡美のアナウンスが響き渡る。
『さあ!勝者だけが立てるステージ…ウイニングライブが始まります!初めての勝利を制したドゥンケルストーム選手はどんなパフォーマンスを見せてくれるのでしょうか?』
ウイニングライブはレースの勝者だけが立てるステージであり、他にも応援してくれるファンに対して感謝を込めて送るという意味も含まれているのだ。今回は一着でゴールしたドゥンケルストームの他に1番のイノセントグリモリアと5番のシュプールムーバーの三人がステージに立ちライブをすることになった。
時は過ぎ、夕刻になるとスポットライトと装飾で飾られたステージの前にはペンライトを持った多くの観客達が今か今かとライブの開催を待っている。そんな中、ストームのトレーナーが遠くの席で不安そうにステージを見守っていた。
(ストームは大丈夫だろうか?ウイニングライブの練習は彼女の自主性に任せていたけど…)
これまでストームと少からず行動を共にしてきたトレーナーだが、実は彼女はライブといった大衆の前で行うイベントがあまり好きではないと言っていたことを思い出したのだ。
(ウイニングライブはレースと同じぐらい大事なイベントだ、ファンを増やすために必要不可欠だけど…)
トレーナーが不安に思う中、ライブ開始の合図と共にステージに立つ三人のウマ娘にスポットライトが当てられる。中央にはドゥンケルストーム、左右には二位と三位のウマ娘という位置だ。
ライブに使用されるスターティグフューチャーと呼ばれる衣装に身を包んだストームの姿がステージにあった。そして、メロディーと共にライブが始まった。
(あれ?ダンスもライブも普通に上手いぞ…?)
ライブを見ていたトレーナーは思わずを目を丸くしていた。ダンスもリズムにぴったりと合わせられた滑らかで調和の取れたものであり、歌声も普段から物静かな彼女からは想像のつかないような透き通るような声だった。
(ダンスとライブは問題ないけど…)
しかし、当のストームは相変わらず手拭いを頭に巻いたままであり本人は頑張って笑っているつもりだが、遠くから見れば真顔で歌っているように見えていたのだ。
(あはは…なるほどね、ライブやイベントが苦手なのはそういうことか)
実はストームは作り笑顔が大の苦手なのだ。本人も自覚はあるのだが、なかなか改善できないことが長年の悩みなのだ。
その後、無事にウイニングライブを終えたストームはトレーナーのいる控え室へと戻ってきた。
「おめでとう!ストーム、頑張ったな!」
「…ああ」
「お疲れ様、まずは1勝だね」
「…はぁ…疲れたぞ。主にライブが…」
「あはは…笑うのが苦手だったんだな。でも、ダンスとライブはすごく上手かったぞ」
「…観客に無様な姿は見せられないからな…できることならライブはもう遠慮したいんだが…」
「残念だけど無理だよ、レースとウイニングライブは斬っても切れないものだからね」
これからも勝つたびにライブをしなければならないと思うとため息が止まらないストームだった。そんな時、控え室の扉をノックする者がいた。トレーナーが誰が来たのか確認するとその人物は見慣れた者だった。
「君は…!」
「邪魔をする。アンタの担当に話がある」
「…ブライアン」
二人を訪ねて来たのはなんとナリタブライアンだった。何やらストームに話があるそうでわざわざ足を運んできたそうだ。
「ストーム、アンタは次にどのレースに出る?」
「…次のレース?」
「丁度いい。ストームのトレーナー、次にどのレースを走るのか教えろ。私もそのレースに出る」
どうやら早速、ストームと勝負したいのかストームの次のローテーションを聞きに来たのだ。もはやデビュー戦など眼中になく、ブライアンの目的はすでにストームに向けられていた。
「…大した奴だ、もうデビュー戦を勝った気でいるのか」
「当然だ、私の相手が務まるのはアンタだけだストーム。あれから私もさらに強くなった、今度は負けん…!」
「ちょーっと待ったァ!!邪魔するよ!!」
その直後、ノックも無しにまるでカチコミにでも来たように豪快にドアを開いて何者かが侵入してきたのだ。なんと突然現れたのは先ほどまで同じく観客席でデビュー戦を見学していたヒシアマゾンだった。
「うわ!?な、なんだ?」
「おっと、驚かせてすまないねドゥンケルストームのトレ公。それよりもアタシが用があるのはそこの二人だ!!」
「…ヒシアマさん?」
「誰かと思えばアマさんか、何の用だ?」
「おう!よくぞ聞いてくれたね!アンタら二人に宣戦布告をしに来たのさ!この先のトゥインクル・シリーズで名を上げるのは間違いなくアンタら二人だ、このヒシアマ姉さんがタイマンでぶっ倒してやるよ!」
「え?でも、ヒシアマゾンはまだトレーナーがいないって聞いてたけど…」
「実は今年になってようやく気の合うトレーナーと契約できたのさ。ちょっと出遅れちまったけどアタシもようやく参戦だよ!」
思わぬ乱入者二人に静かだった控え室は瞬く間に騒々しくなっていた。だが、そんな二人を見ていたストームは微笑みながらトレーナーに声をかけた。
「…トレーナー、早速挑戦者が二人もいることだ。ここで次のローテーションを決めておかないか?」
「そ、そうだね。ストームはどうしたい?」
「…トレーナーに任せる。名を上げられるならどのレースでも構わない」
トレーナーが考えていたローテーションはやはり"クラシック三冠"だ。これまで名を残してきた高名なウマ娘たちは皆、三冠を目指し切磋琢磨していたと言っていい。名声と実力を証明する確実かつ手っ取り早い方法だが、それを実現できるのはごく一握りの才能と運を味方につけたウマ娘だけだ。
しかし、目の前にいるドゥンケルストームには間違いなくその才と運を持っているに違いないとトレーナーは確信していた。
「…ストーム、クラシック三冠を目指そう」
「…三冠か、名を上げるならそれが確実か…よし、決まりだ」
「その前に十二月上旬に開催される"朝日杯FS"に出走しよう」
「…なるほど、まずは腕試しというわけだな」
いきなりのG1レースとなるが今のストームの実力であれば強豪たちが相手でも十分に戦うことができるはずだ。それを聞いたブライアンとアマゾンも奮い立つ。
「朝日杯FSか…いいだろう。そこでアンタを倒す」
「へへっ、次のレースが楽しみだねぇ。首洗って待ってな!勝つのはこのヒシアマゾンだ!」
こうして初陣を終えたストームの次なるレースは十二月上旬に開催されるG1レース朝日杯FSに決まり、三人とも同じレースに出走することに決まったのだった。類まれなる才能と実力を持った三人のウマ娘がライバルとなった瞬間だった。
日常パートをこまめに挟みながらレースの話を書きていきます!
ブライアンとヒシアマ姉さんの他にもエアグルーヴやビコーペガサスなどが同期という設定にしているので日常パートで絡ませていきたいと思ってます!