○朝日杯FS まで残り一週間 11月後半
開催まで残り一週間を切りレースへの期待と熱はまさに絶頂に達しようとしていた。メディアによって今回の朝日杯にはデビュー前から大いに期待されていた新気鋭のウマ娘が数人出走するということが大々的に雑誌やニュースなどで報道されていた。
ナリタブライアン、ヒシアマゾン、そしてドゥンケルストーム…デビュー以前から話題になっていた三名の怪物が今回、初めての出走となるG1レースにて激突する…と盛り上がっていたのだ。
そんな、一週間後に出走を控えていた三人の有力ウマ娘の一人であるナリタブライアンは担当トレーナーと共にトレーナー室で作戦を考えていた。
・トレセン学園 ブライアントレーナーの部屋
「……」
自身のトレーナーと共にテレビ画面を食い入るように凝視するブライアンの姿があった。画面にはレーストラックをブライアンと並走するストームの姿が映し出されている。
「やはり、桁外れの強さだ。フォームはまだ荒削りだけどスタミナ管理もうまいしそれでいてあの冷静沈着なレース運びは見事というほかないね」
「…ああ、アイツは手強い。一筋縄ではいかん」
見ていたのはブライアンとストームが初めて対決した模擬レースのビデオだった。ブライアンのトレーナーがたまたま撮っていた物なのだが、今では彼女の走りを研究する貴重な情報として重宝しているのだ。
黒髪のショートカットにトレーナースーツを着こなした二十代後半のボーイッシュな女性トレーナーだ。ハヤヒデの紹介でブライアンは自身をトゥインクル・シリーズに出走させることを条件に彼女と契約を結んだのだ。
「次の朝日杯…間違いなく彼女が最大の障害になる」
「分かってる、アイツをブッ倒すために今までアンタと共にトレーニングに励んできた。今度は必ず私が勝つ…!」
「意気込むのはいいけど、あなたの走りはまだ荒削りな上に熱くなると周りが見えなくなるところがある…レースでは決して感情に身を任せては駄目ということを覚えておいて」
「…チッ…!分かっている」
(確かにブライアンの才能と闘争心は凄まじいものがある。並のウマ娘であれば勝負にもならないのは間違いない。…でも彼女は闘争本能が強すぎてレースで落ち着きを無くしてしまうことが多いのが欠点ね)
もちろんブライアンのトレーナーはその並外れた彼女の才能を見抜いているがそれと同時にその弱点も把握していた。そんな時、ブライアンのトレーナーはテレビ画面を走るドゥンケルストームの姿をじっと見つめる。
(…ドゥンケルストーム、あのウマ娘の強さは未だに未知数だ。しっかりと対策を練る必要がある)
「レースまで残り一週間…ドゥンケルストームの対策を考えなきゃね。必ずあなたを勝たせてみせるから」
「…ああ、アンタの指示通りに動いてやる」
朝日杯が目前に迫る中、強敵であるドゥンケルストームを警戒しながら最終調整のためにブライアンはさらなる激しいトレーニングに励むのであった。
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・トレセン学園 アマゾントレーナーの部屋
一方、別のトレーナー室ではヒシアマゾンとそのトレーナーもまた朝日杯に向けた作戦会議を行っていた。
「朝日杯まで残り一週間…気合い入れていくぞ!ヒシアマ!」
「おう!トレ公!勝つのはこのアタシだ!」
「…と言いてぇところなんだが、今回の相手は気合いで何とかなる奴じゃねぇ。しっかりと対策を考えねぇとな」
乱暴に着こなしたトレーナースーツを身につけた大柄の男性で無精髭とまるで熊のような姿の男だ。いわゆる体育会系の熱い性格なのだが、それがヒシアマゾンとウマが合ったのか意気投合してお互いに契約を結んだのだ。
部屋にあるホワイトボードにぎっしりとレース対策とライバルの情報がこれでもかと書き込まれていた。
「言うまでもねぇと思うが今回のマークする奴は…」
「ああ!分かってるよ、ナリタブライアンとドゥンケルストームの二人だろ!」
「ブライアンはかなりの強敵だ。直線での加速力と速度は文字通り怪物並だがそれ以上にヤバい奴は間違いなくドゥンケルストームだ」
アマゾンのトレーナーは真剣な表情でビデオカメラをヒシアマゾンに差し出す。そこには数ヶ月前のドゥンケルストームのデビュー戦でのレースが録画された動画が映っていた。アマゾントレーナーもまたストームのレースを見ていたのだが彼はストームの走りの違和感に気づいていた。
「何度も走りを見直してて分かったんだが…アイツはまだ力を隠してやがるぜ。それでいて脚質とバ場を選ばねぇ上にあの余裕のレース運びだ。いったいどんな作戦で仕掛けてきやがるのか…」
「へへ、相手が強い奴ほど燃えるってもんさ。早くアイツらとタイマンしたいねぇ!」
「よっしゃ!その意気だヒシアマ!これから残り一週間…打倒・ブライアンとストーム目指して激しくいくぞ!」
「おう!思いっきり激しいメニューを頼んだよ、トレ公!」
そして、ヒシアマゾンもまた一週間後に控える朝日杯FSに向けて最終調整のため激しい追い込みを開始したのだった。
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○朝日杯FS レース当日 12月前半
あっという間に一週間が過ぎ、ついにG1レース・朝日杯FSの開催日がやってきた。レース場はストームが三ヶ月前にデビュー戦で走った阪神レース場だ。デビューしたジュニア級のウマ娘にとって最初のG1レースであり、出走するウマ娘たちもデビュー前から噂されていた新気鋭のルーキーたちで溢れていた。
会場の盛り上がりは凄まじく、チケットは瞬く間に完売し観客席には多くのギャラリーたちで溢れ、今か今かとレースの開始を待っていた。
「とうとう来たな…この時が!」
「ああ…!ついにブライアン、アマゾン、ストームの三人が戦うんだな!」
「これは凄い勝負になるな…!早く見たいぜ!」
中でもやはりナリタブライアン、ヒシアマゾン、ドゥンケルストームの三人が話題の渦中になっていた。初のG1レースを制するのは"怪物"ナリタブライアンか…"女傑"ヒシアマゾンまたは無名のダークホース、ドゥンケルストームか…
「よっしゃあ!今日もぶっちぎっちいこうぇ!ストームー!」
「ストームー!頑張れ!カッコいいとこ見せてくれよなー!」
観客席の中にはストームの応援のために駆け付けた友人のマサキコスモスとビコーペガサスの姿もあった。
そんな中、パドックにて出走ウマ娘の紹介が始まった。今回のレースの出走ウマ娘は18人で一通りの解説が終わると今回の1番から3番人気のウマの解説が始まった。
『3番人気は8番、ヒシアマゾンです!』
『よく仕上がってますね、3番人気ではありますが逆転を狙える可能性は十分にあります。きっとパワフルな走りを見せてくれるでしょう』
呼ばれると同時に自信満々に勝負服を身につけヒシアマゾンがパドックに姿を現した。白と青を基準としたセーラ服をアレンジを加えた露出の多い大胆な衣装で靴はサンダル風だ。
『2番人気は4番、ドゥンケルストームです!』
『実力は間違いなく上位ですね、一番人気こそ譲りましたが実力はほぼ互角と見て間違いないでしょう。突如として名を挙げたダークホースはどんな走りを見せてくれるのでしょうか』
首を左右に捻って骨を鳴らしながら威風堂々とパドックに姿を現したのは勝負服を身にまとったドゥンケルストームだった。頭部にはいつものSTORMと刺繍された黒い手拭いを巻き、さらしを胸に巻き前を全開に開いた黒いジャケットに左右の太もも部分が開いた特殊なデザインのグレーのパンツという衣装で靴は黒色に緑のラインが入ったブーツだ。
『そして!注文の一番人気は6番!ナリタブライアンです!』
『実力は完全に上位ですね、貫禄すら感じます。今回のレースの主役は間違いなく彼女でしょう。"怪物"と称される凄まじい走りを見せてくれることでしょう』
二人に続いて同じく堂々とパドックに姿を現したのはナリタブライアンだった。白い学ランに和風なテイストを盛り込んだいわゆるスケバンのような衣装で何故か裾がボロボロになっていた。靴は足首と靴底部分が金属で補強されたブーツだ。
紹介と同時に歓声が湧き観客席が大いに盛り上がる。一通り出走ウマ娘の紹介が終了すると各選手たちがスタート地点に向かって歩き出す。そんな中、話題のウマ娘三人がレース場へ行く途中の地下バ上の入口で顔を合わせたのだ。
「へへっ、やっとこの時が来たねぇ!アンタらとタイマンしたくてウズウズしてんだよ。絶対にアタシが勝つからな!」
「…譲るつもりはない。アマさんにもアンタにもな。あの時から私はさらに強くなった。今度は負けん…!」
「……」
しかし、ストームは頷いただけで何も喋らない。
「おいおい、なんとか言ったらどうなんだい?」
「…すみません、戦(レース)の前は必要以上に喋らない主義なので…後は走りで語らせてもらいますヒシアマさん。そして…あんたもなブライアン」
「…まあ、アンタのそういうところは嫌いじゃないけどね、よっしゃァ!!タイマンだよ!」
「…フッ」
そして、三人はそれぞれの番号のゲートへと入る。18人のウマ娘がすべてゲートインするとスタート直前の前実況と解説が流れ始める。
『美しい青空が広がる阪神のレース場、ターフは今日も絶好の良バ場日和です!クラシックへの登竜門、朝日杯フューチュリティステークス!ここから道が始まります!芝1600mのレースに18人のウマ娘が挑みます!実況はこの赤坂美聡がお送りさせていただきます!』
『虎視眈々と上位を狙っています。3番人気はヒシアマゾン。実力はほぼ互角か?2番人気はドゥンケルストーム。威風堂々とスタートを待つのは本日の一番人気ナリタブライアン!』
『気合十分ですね、後はスタートを待つのみです!』
『ゲートイン完了、出走準備完了です!』
解説が終わるとゲート内すべてのウマ娘が構えを取る。
パァン!!
合図と同時にゲートが開き各ウマ娘たちか一斉にスタートした。
『各ウマ娘、きれいなスタートを切りました!』
『誰が先頭に抜け出すか注目しましょう。先頭争いは1番アクアリバーと11番ミニジニアだ!その後ろに3番コードオブハートが続く!』
『4番手にグレイトハウス、5番手にドゥンケルストーム、6番手にナリタブライアンと続いています!』
『早くも激しい競り合いだ!』
スタートから先頭の三人による激しい競り合いが繰り広げられている。現在の順位はドゥンケルストームが4位、ナリタブライアンは5位、ヒシアマゾンは16位の場所だ。
各ウマ娘のトレーナーたちが固唾を呑んで見守っている。
(スタートはいい感じ、ブライアン…あなたは自分のペースで走ればいい。今のところは様子見だね)
(今回はヒシアマが得意の追込で攻める作戦に決まったが他の二人はどんな作戦で来る?…慎重にいけよヒシアマ!)
(ブライアンは先行、ヒシアマゾンは追込か…俺とストームの読み通りだな。それにマークしてた他のコードオブハートとグレイトハウスも隙を狙ってる。作戦通りになストーム!)
先頭の1番アクアリバーが第1コーナー過ぎた時、未だに順位に変化はなくブライアンは5位、ヒシアマゾンは13位、ドゥンケルストームは4位だ。
(今のところは変化無しか…ブライアンとストームもまだ動かない。今はまだ我慢だね、仕掛けるのは第3コーナーを過ぎてからだ!)
(アイツが仕掛けて来るのは第3コーナー辺りか…?アマさんも今は力を溜めているはずだ。…さっさと仕掛けて来い!ぶっちぎってやる!!)
そんな中、ストームは冷静に脳内で現状を確認していた。ストームの走りは他の出走者たちと比べて明らかに落ち着いており余裕があった。
(…背後にブライアン、3位にグレイトハウス…ヒシアマさんはさらに後ろ…コードオブハートは8位か…大体は予想通りだな、さて…始めるか)
第2コーナーを過ぎるが戦況に変化はなく、三人の順位はそのままだが、先頭を走行していたアクアリバーを始めとした三人のウマ娘が激しく上位争いを繰り返していた。
『先頭、アクアリバー快調に飛ばしていきます』
『一バ身、離れてヴァイスグリモア』
『その後ろをグレイトハウスが続く』
先頭が第3コーナーを通り過ぎた時、変わらずストームの背後を走行していたブライアンがじっと好機を伺っていたが第3コーナーを過ぎてもまだ勝負を仕掛けてこないストームに苛立ちを感じ始めていた。
(…クソッ!どうした!さっさと仕掛けて来い!)
しかし、ブライアンはまだ勝負に出ようとしない。理由は彼女のトレーナーからの指示にあり気持ちを抑えて仕掛ける時を待っていた。
『いい?ブライアン、朝日杯ではドゥンケルストームの動きに合わせて勝負を仕掛けて、彼女のペースに乗せられてしまったら間違いなく不利になるわ。最後の直線であなたのぶっちぎりたいって気持ちを溜めて一気に爆発させるのよ。必ず勝てるわ!』
(…チッ!そんな悠長に待っていられるか!アイツの強さは私が一番分かっている…最後の直線だけでは勝てない!)
その時、痺れを切らしたブライアンはストームの動きに合わせて行動を起こす作戦を放棄して勝負を仕掛けようとスピードを上げようとする。
(…やはり痺れを切らして仕掛けてきたな)
(勝負だ!今度は負けん!)
追い抜こうと背後に迫って来たブライアンを見たストームは同じようにスピードを上げる。ストームを抜き去ろう強く踏み込み加速しようとしたその時…
(…!?アイツ…!何の真似だ!)
なんとストームはペースを上げたと思えばすぐに減速して勝負に出なかったのだ。ストームと競り合うつもりでいたブライアンはあまりにも想定外な動きにブライアンは動揺を隠せなかった。
(なぜ競ってこないッ!勝負は最後の直線だけで十分だとでも言いたいのか!舐めるなッ!)
自身を侮っていると感じたブライアンは半ば激怒しながらストームを抜き去ろうとするが、ストームはまたペースを上げてブライアンと同じ速度で抜かれないように並走する。ストームの予想外の動きと馬鹿にするような行動にブライアンは完全に頭に血が上っていた。
(コイツ…!!レース中に何を考えているッ!!ふざけるなッ!!)
「…ブライアン!!ドゥンケルストームに乗せらちゃ駄目!落ち着きなさい!!」
『ナリタブライアン、どうやら落ち着かない様子です』
『どうやら”掛かって”しまっているようですね』
(オイオイ…アイツら何やってんだあ?まあいい、あの二人が競り合ってる間に仕掛けてやるよ!!ついてこれるかッ!!)
「行くぞおお!タイマンだあああ!!」
ブライアンとストームのやり取りを観察していたヒシアマゾンは好機と言わんばかりに温存していたスタミナを開放し一気に追い上げて来たのだ。順位は16位のほぼ最下位に近かったにも関わらず凄まじい追い込みによってどんどん順位を上げて上位に迫ってくる。
この時点でスタミナが切れ速度が落ち始めたウマ娘も現れ始めたのだ。
「う、噓でしょ…あの順位から…!?」
「はあ…!はあ…!もう無~~理!!」
『ヒシアマゾン!すごい追い上げだ!大外からどんどん上がってくる!』
(…この力強い足音…ヒシアマさんか)
大外から一気に7位付近まで上がって来たヒシアマゾンだったが、そこに思わぬ伏兵が現れたのだ。ヒシアマゾンに迫る速さで追走してきたのは6位を走行していたコードオブハートだった。慎重な彼女はこの瞬間までギリギリスタミナを温存しながら差し切る機会を狙っていたのだ。
(何ッ!?まだ余力を残してる奴がいたのか!)
(ヒシアマゾンが来た…!今がチャンス!ドゥンケルストームもナリタブライアンも競り合ってる内に私が勝つんだから!)
(クソッ…!前に出られたか!)
『おっと!ここでコードオブハートが抜け出した!大外から上位に向かって速度を上げたぞ!』
バ群から抜け出したコードオブハートはちょうどヒシアマゾンの前に出るように走り、一気に上がってきたヒシアマゾンの勢いを削いでしまったのだ。
一方、変わらず4位と5位で競り合いをしていたストームとブライアンだったが、激昂していたブライアンは完全に”掛かって”しまっており本来のペースが出せずに息切れを起こしていた。
「…はぁ!…はぁ!…クソッ!」
「……」
(駄目だわ…完全ペースが乱れてる。これじゃブライアンでも…!)
それに対してストームの走りはまったく乱れておらず息切れすら起こしていなかった。さらにブライアンに対して行っていた速度調整しながらの並走も戦術の一つだったのだ。目的は二つあり、一つは自身を集中マークしているブライアンの高すぎる闘争心を利用し掛かからせペースを乱すこと。もう一つはブライアンをけん制しつつ大外に出るために位置を少しづつ外側にズラしていたことだ。
(……ブライアンは完全に頭に血が上っているな。このまま上位に行きたいところだが、上位の三人にブロックされて抜ける隙がない…なら大外から抜き去るだけだ。残り700m…仕掛けるぞ!)
(すごい…!全部、ストームの読みどうりの展開だ…!)
『ドゥンケルストーム!ここで抜け出した!』
『先頭まで約1バ身、果たして差し切れるか!』
大外に出たストームはスタミナを開放し一気に速度を上げる。その凄まじい末脚により1バ身ほど離れていた上位三人に瞬く間に追いつき三人の隣に並びそのまま抜き去って行った。
『ドゥンケルストーム!速い!あっという間に先頭に立った!?』
『これは強い!ドゥンケルストーム、強い!』
(…本気は…いや、出すまでもないか)
残り100mに差し掛かったがこの時点ですでに2バ身の差ができており、最後に本気の走りを見せようと思ったが使うまでもないと考えたストームはそのままゴールラインを越し見事一着を勝ち取ったのだ。
『ドゥンケルストーム!一着でゴールイン!三強で勝利したのはダークホース・ドゥンケルストームだ!』
「「おおおおおお!!」」
「すっげぇー!!やったな!ストーム!!」
「すごいすごい!あんたこれでG1ウマ娘やで!おめでとうなぁ!!」
ゴールと同時に観客席から声援が沸き起こる。ドゥンケルストームは初のG1である朝日杯FSを見事に制し最初の一冠を手にしたのだった。
今回の順位は一位ドゥンケルストーム、二位グレイトハウス、三位はアクアリバーだった。三強の二人ナリタブライアンは4位、そしてヒシアマゾンはコードオブハートを差し切れずに7位の結果に終わった。
「…はぁ!…はぁ!…ッ!!」
「…くっそおお!差し切れなかった!!」
息を切らしている二人に対してストームは疲れた様子もなく、満足気な表情で立ち尽くしていた。
(…楽しかったな、やはり戦(レース)はこの読み合いと駆け引きが最高に面白い‥!さて、次はどうなるのか楽しみだ)
その後、勝利後のウイニングライブを終えいろんな意味で疲れ果てたストームが地下バ上を通ってトレーナーのいる控え室に向かって歩いていると前から険しい表情で睨みつけながらナリタブライアンが歩み寄ってくる。
「…オイ、さっきのレース…いったいどういうつもりだ?」
「…どう?だと。…言ってる意味が分からないが」
「忘れたのかッ!!私を馬鹿にしているのか!レース中にあんなふざけた真似をしやがって…!」
「…あ~あれのことか」
今にも掴みかかろうとするのを抑えるブライアンに対してストームはまったく気にしている様子もなく飄々としている。そんな彼女に対してストームは淡々と先ほどのレースの行動の意味を説明し始めた。
「…あんたは並外れた闘争心を持っている。普通に勝負すれば難敵だが…今のあんたは自分を制御できていない。だからあんな手に引っかかるんだ」
「なんだと…!」
「…あの時、私なんかに構わず自分のペースで走ればよかったんだ。あんた、今回のレース…私に勝つことしか頭になかっただろ」
「……」
「…前にも言ったが、相手は私一人じゃないぞ。ゴールする瞬間までが戦(レース)だ。…ただの勘だが、あんたは最後まで本気で戦(レース)を走ったことが少ないだろ」
「……!!」
思い当たることがあったのかブライアンは図星を突かれたような表情をしていた。実はブライアンは過去に何度も強敵と勝負した経験はあるがそのすべての相手が自身を満足させられずにやる気を無くして最後まで走ったことがあまりなかったのだ。
「……」
「…気合いと根性だけでじゃ私には勝てないぞ?…戦(レース)は”ここ”を使えばより面白い」
微笑みながら自身の頭をトントンと指で叩きながら言い放つとストームはブライアンの隣を抜けて歩き去っていく。
「…次の戦(レース)楽しみにしてるぞ。じゃあな」
「……クッ!次は負けん!」
こうしてドゥンケルストームは最初のG1戦に見事勝利し、トゥインクルシリーズ戦の初戦で華々しい結果を残したのであった。
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・???
朝日杯FSで勝利したその日の夜のこと。自室に戻り就寝して疲れ果てた身体を休めていたストームだったが、気がつけば謎の場所に立っていた。ベッドで寝ていたストームは地平線まで緑が広がる草原の上にパジャマ姿で立ち尽くしていた。普通の者であればこの状況に困惑するはずだが、ストームは動じていない。ソワソワと誰かが来るのを待っているのか尻尾と耳をパタパタと動かしている。
するとその待ち人はストームの前に突如として現れた。
「…ゼツさん、待ってたぞ」
『…やあ、こんばんは。待たせたかな?』
なんとストームの前に現れたのはヒトではなくウマ娘によく似た言葉を話す四足歩行の”馬”と呼ばれる動物だった。ストームと同じ黒鹿毛であり身体ストームより一回り大きく、身体のあちこちの筋肉が筋張っており一見すると恐ろしく見える外見だが優しい瞳をしている。
『…重賞に勝ったようだね、まずはおめでとう』
「…正直、全然もの足りない、まだ本気の半分も出していない」
『…ふふ、今は我慢だよ。君の身体はまだ準備の最中だ。…それに必ず勝てる戦などない、決して油断はしないように』
「…分かってる。だから、今日ゼツさんを呼んだんだ」
『…さすがはストームだ。さて、今日はどんな訓練がしたい?』
「…ゼツさんに任せる、今日満足出来なかった分キツイやつを頼む」
『…いいだろう、それじゃ今夜の”戦場”はここにしようか』
ゼツさんという馬は首を軽く捻る。すると草原だった辺り一面がゲームのフィールドのように瞬く間に変化しいつの間にか辺りは荒野になっていた。ストームの姿もパジャマから自身の勝負服に変わっており、足元にはゴールラインが引いてあった。
驚くことにそこはただの荒野ではなく目の前では軍馬に跨った騎馬武者の大軍が激しい戦闘を繰り広げており、頭上には無数の矢玉が飛び交っていた。そこで行われているのは本当の”殺し合い”であり、文字通りの戦場だ。
目の前で行われる凄惨な光景にストームはまったく動じずゴールラインで構えてスタートを待っている。
『…今夜のルールはこの戦場を1800m走り切ること。ただし、騎馬武者が君を襲って来るから攻撃をかわしながら走るんだ。…ルートは直進のみ今回は回り道なしだ』
「…分かった。いつでもどうぞ…ゼツさん」
『…この戦場は難しいよ?まあ、いつものよう攻撃を食らっても目が覚めるだけだ。寝不足にならいように頑張れ』
「…ふふ、”ここ”ならスタミナを気にせずに走れる…さあ!行くぞ!」
ゼツさんの合図と共にストームは騎馬武者が戦う戦場に向かって駆け行った。
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◯名前
・絶影
・ イメージCV:佐倉綾音さん
ドゥンケルストームの夢の中に存在する動物の馬。かつて魏の覇王・曹操が乗っていた"絶影"と呼ばれる漆黒の名馬。物語冒頭で戦死した馬自身であり長き歴史の中で自らの血統を色濃く受け継いで生を受けたドゥンケルストームに魂となって憑依している。ストームの夢にのみ現れる存在であり、彼女とは物心ついた幼少期からの長い付き合いでストームからは『ゼツさん』の愛称で呼ばれている。自身の経験した戦場をストームの夢の中で再現する能力を持ち、その力でストームに”軍バ”としての走りの基礎と実戦経験、そしてリアルの戦場を用いたスパルタ訓練と数々の助言で彼女の技術を高めた走りの師匠でもある。
短めですが日常パートも書き溜めてたので短めですがよかった読んでみてください!