黒の剣士と紺の浮浪児   作:gobrin

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お久しぶりです。

いつの間にやらお気に入り登録が三百件を超えていました。
とても嬉しい限りです。
これからも頑張ります。


今回はカイが頑張ります。

では、どうぞ。



第二十三話 森の迷子②

 

ユイが謎の発作を起こした日。

 

幸いユイは数分で目を覚ましたが、長距離の移動をユイに強いることを嫌ったアスナがサーシャの誘いを受けて孤児院に泊まった。

俺達は帰ろうかと思ったんだが、ユイに「にいちゃ、ねえちゃ、行っちゃうの……?」と潤んだ瞳で見つめられて「ああ、帰るわ」と言えるほど俺は冷めた性格はしてねえ。

結局、開いてる部屋を二部屋借りた。

 

 

んで、今はその翌日。

 

子供たちが元気に朝食を食べている。

俺達がお茶を飲んでこれからの行動を考えていると、不意にキリトが顔を上げ、外を見た。

 

 

「誰か来るぞ。一人だ」

 

「え……誰かしら……」

 

 

 

 

 

短剣を腰に吊るして出迎えたサーシャと念のため付いて行ったキリトが連れてきたのは長身の女性プレイヤーだった。

銀髪をポニーテールにしていて、鋭い瞳が印象的だが……こいつが着ている濃緑色の上着とゆったりとしたズボン、それにこの金属鎧は、《軍》のユニフォームだ。間違いない。右腰にショートソード、左腰にウィップを吊るしている。

子供たちもそれに気づいたのか、一斉に押し黙り警戒するように見ている。

 

 

「みんな、この方は大丈夫よ。食事を続けなさい」

 

 

子供たちから全幅の信頼を置かれているらしいサーシャがそう言うと、子供たちは一斉に食事に戻った。

すげえなサーシャ。

 

 

 

 

サーシャから椅子を勧められたその女性プレイヤーは一礼して腰掛けた。

俺達がキリトに視線で問いかけると、キリトも首を傾げながら俺達に向けて言った。

 

 

「ええと、この人はユリエールさん。俺達に話があるらしい」

 

 

ユリエールと呼ばれた彼女は、俺達一人ずつに視線を一瞬向けてペコリと頭を下げた。

 

 

「はじめまして、ユリエールです。ギルドALFに所属しています」

 

「ALF?」

 

「……アインクラッド解放軍、か?」

 

「あ、はい。アインクラッド解放軍の略称です。正式名はどうも苦手で……」

 

 

なんか堅苦しいもんな。気持ちはわからないでもない。

 

 

「はじめまして。わたしはギルド血盟騎士団のアスナです。この子はユイ」

 

「俺はニューカイ。カイって呼んでくれ。俺も血盟騎士団に所属してる。一応な」

 

「あたしはシリカです。あたしは血盟騎士団じゃないですけど……」

 

「KoB……。なるほど、連中が軽くあしらわれるわけだ」

 

 

連中……昨日の奴らか。

 

 

「……つまり、昨日の件で抗議に来たってことですか?」

 

「喧嘩なら買うが……そんな感じはしねぇな」

 

「その通りです。お礼を言いたいくらい」

 

 

事情がよく飲み込めないが……まだ本題に入ってない。それを聞けばわかるだろ。

 

 

「実は、あなた達にお願いがあって来たのです」

 

「お、お願い……?」

 

 

アスナが少々身構えて訊き返す。ユリエールは一つ頷いて続けた。

 

 

「はい。最初から説明します―――」

 

 

 

 

ユリエールの説明はこうだった。

 

 

そもそも、《軍》が今の名称になり独善的な組織になったのはサブリーダーのキバオウが実権を握るようになってからだそうだ。

 

話の腰折って悪いがこれ確かアレだよな?サボテンのあだ名だよな?やべえ流石だわ。ある種尊敬に値する。アホなことやらせたら右に出る者はいな……いわけじゃないが少ないな、うん。

まあ話を戻す。

 

元々《軍》は、SAO開始当時の日本最大情報サイト《MMOトゥディ》を元にしたギルドだったらしい。

そのサイトの管理人兼ギルド結成者の名は、シンカー。

彼は情報や食料などの資源を多くのプレイヤーに分け与えようとしていた。

しかしシンカーが放任主義なのをいいことに、サボテンの野郎はどんどんギルド内で勢力を強めていった。

そしてそのサボテン一派を名乗る奴らが徴税とかのふざけた行為をしてるらしい。

 

だが、資材の蓄積にうつつを抜かしゲーム攻略をないがしろにしたサボテンは他のギルドメンバーから責められた。本末転倒だろうと。

その不満を抑えるためサボテンは無茶な博打に出た。

俺達の記憶にも新しいコーバッツの一件だ。

その無謀さを糾弾されたサボテンは、追いつめられて強攻策に出た。

 

それが―――。

 

 

「三日前、追いつめられたキバオウはシンカーに罠を掛けるという強攻策に出ました。出口をダンジョンの奥深くに設定してある回廊結晶を使って、逆にシンカーを放逐してしまったのです。その時シンカーは、キバオウの『丸腰で話し合おう』という言葉を信じたせいで非武装で、とても一人でダンジョンのモンスターを突破して戻るのは不可能な状態でした。転移結晶を持っていないようで……」

 

「み、三日も前に……!?それで、シンカーさんは……!?」

 

「《生命の碑》の彼の名前はまだ無事なので、どうやら安全地帯までは辿り着けたようです。ただ、場所がかなりハイレベルなダンジョンの奥なので身動きが取れないようで……ご存知の通りダンジョンにはメッセージを送れませんし、中からはギルド倉庫(ストレージ)にアクセスできませんから、転移結晶を届けることもできないのです」

 

 

死地のど真ん中に出口を設定して置き去りにする殺人の手法は《ポータルPK》と呼ばれる有名な手法だ。

シンカーが知らなかったとは思えないが――。

 

 

「そいつ、いい奴すぎたんだな……」

 

「……はい。ギルドリーダーの証である《約定のスクロール》を操作できるのはシンカーとキバオウだけ、このままではギルドの運営に関わる全てがキバオウの好きにされてしまいます。シンカーが罠に落ちるのを防げなかったのは副官である私の責任。私はシンカーを救出に行かねばなりません。しかし彼が幽閉されたダンジョンは私の力では突破できませんし、《軍》の助力は見込めません」

 

 

ユリエールはギュっと唇を噛んで俺達を真っ直ぐに見据える。

 

 

「そんなところに、恐ろしく強い四人組が街に現れたという話を聞きつけ、いてもたってもいられずにこうしてお願いに来た次第です。

キリトさん、アスナさん、カイさん、シリカさん」

 

 

そして俺達に深々と頭を下げた。

 

 

「お会いしたばかりで厚顔きわまるとお思いでしょうが、どうか、私と一緒にシンカーを救出に行って下さいませんか」

 

 

長い話を終え口を閉じたユリエールは、じっと黙っている。

 

協力してやりたいのはやまやまだが……これが俺達を圏外におびき出し危害を加える策じゃないとは限らないわけだ。

恐らく、話の裏付けを取らないと動けない――――なんてアスナは思ってるだろうな。

 

 

「――わたしたちにできることなら、力を貸して差し上げたい――と思います。でも、そのためには、こちらで最低限のことを調べてあなたの話の裏付けをしないと――」

 

 

やっぱりな。

 

 

「それは、当然――ですよね。でも――」

 

 

俺が手を上げると、ユリエールは口をつぐんだ。

 

五対の瞳が俺を見る。

 

 

「今ここには、攻略組のトッププレイヤーが四人いるんだぞ?俺達四人に攻略できねぇダンジョンなんてねぇよ」

 

 

アスナの懸念もわかる。だが、俺達四人は最強のパーティーだ。俺は本気でそう信じてる。

 

 

「で、でも――」

 

 

アスナが反論しようとする。――と、その時。ユイが不意にカップから顔を上げて言った。

 

 

「だいじょぶだよ、ママ。その人、うそついてないよ」

 

 

全員が驚いてユイを見る。

発言もそうだが、言葉からたどたどしさが消えている。

 

 

「ユ、ユイちゃん……そんなこと……わかるの?」

 

「うん。うまく……言えないけど、わかる……」

 

 

その言葉を聞いたキリトは右手を伸ばしユイの頭をくしゃくしゃと撫でた。

アスナに視線を向けてニヤリと笑う。

 

 

「疑って後悔するよりは信じて後悔しようぜ。カイの言う通り、俺達なら何とかなるさ」

 

「娘の言う事、信じてやれよ」

 

 

からかうように、そして挑発するようにアスナに向けて言うと、アスナはむっとした表情になった。

 

 

「カイに言われなくても……わかってるわよ」

 

 

そしてアスナは微笑むと、ユイの頭に手を伸ばした。

 

 

「ごめんね、ユイちゃん。お友達探し、一日遅れちゃうけど我慢してね」

 

 

その言葉の意味を理解できたのかは定かじゃないが、ユイは花の咲くような笑みとともに頷いた。

アスナはユリエールに向き直り、微笑みかけながら言った。

 

 

「微力ながら、お手伝いさせていただきます。大事な人を助けたいって気持ち、わたしにもよくわかりますから……」

 

「もちろん、俺達も協力させてもらう。シリカ、いいよな?」

 

「もちろんです」

 

 

俺達もユリエールに頷きかけると、彼女は空色の瞳に涙を溜めながら深々と頭を下げた。

 

 

「ありがとう……ありがとうございます……」

 

「それは、シンカーさんを救出してからにしましょう」

 

 

アスナが再び笑いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

結構ガチ装備に身を固めた俺とアスナ、ユイを抱くキリトとシリカはユリエールの先導の従って件のダンジョンを目指す。

当然アスナはユイをサーシャに預けてくるつもりだったが、ユイが頑固についていくと言って聞かなかったんだ。ここは親子そっくりだな。

 

 

「そういえば、肝心のダンジョンはどこにあるんだ?」

 

 

キリトがユリエールに尋ねる。そういや訊いてなかったな。

 

 

「ここ……です」

 

「「ここ?」」

 

 

連れてこられたのは黒鉄宮――軍の本拠地だ。

 

 

「例のダンジョンはこの地下にキバオウが実権を握ってから開放されたダンジョンなんです。恐らく上層攻略の進み具合に応じて開放されるタイプのものなんでしょうね。キバオウはシンカーや私にも秘密にして自分の派閥で独占しようと……」

 

「未踏破ダンジョンだ。さぞかし儲けただろうな」

 

「それが違うんです。ダンジョンは基礎モンスターだけでも六十層相当のレベルがあって、キバオウの先遣隊はさんざん追い回されて、使った結晶のせいで大赤字になったそうです」

 

「ハハッ、ざまぁねぇな!!流石はサボテンだ!いつでもピエロをやってくれる!…………まぁ、今回やったことはゴミ以下だけどな」

 

 

俺の予想をいい方向に裏切ってくれたサボテンに笑いを抑えられねえ。ま、シンカーにやったことは許されることじゃねぇが。

 

 

「……サボテン?」

 

「ああ、ユリエールが知ってるわけねぇか。俺があいつに付けた呼び名だ。頭がサボテンみてぇだろ?」

 

「……なるほど」

 

 

ユリエールが苦笑した。

が、すぐに沈んだ表情を見せる。

 

 

「ですが、今はそのことがシンカーの救出を難しくしています。今回使われた回廊は逃げ回りながら相当奥でマークしたものらしく……シンカーはその先にいるんです。レベル的には一対一なら私でもどうにか倒せなくもないモンスターなのですが……連戦となるととても無理です。――失礼ですが、皆さんは……」

 

「ああ、まあ、六十層くらいなら……」

 

「なんとかなると思います」

 

「大丈夫だと思いますよ?」

 

「つーか俺が大丈夫にしてやるよ」

 

 

キリトの言葉を引き継いでアスナが答える。シリカも自分の意見を述べた。俺は自信満々に返しておく。

安全マージンは十分だ。それに、いざとなったら()()()()()()全員が逃げる時間くらい稼いでみせるさ。

 

 

「……それと、もう一つ気がかりなことがあるんです。先遣隊のメンバーから聞き出したんですが、ボス級の奴を見た、と……」

 

「「…………」」

 

 

ボス級の奴、だと……?俺がいるとやたら強い敵にエンカウントしがちだが……いや、今回は大丈夫だろう。仮に出てきても何とかなるだろきっと。

 

 

「それも何とかなるでしょう」

 

 

確か六十層のボスは石造りの鎧武者みたいな奴だった。アレはあまり苦戦しなかったし、アスナはそういう判断を元にして言ったんだろうな。

 

 

「そうですか、よかった!」

 

 

アスナがユリエールに頷きかけると、ユリエールは口元を緩めた。

 

 

「ここから地下水道に入ってダンジョンの入り口を目指します。ちょっと暗くて狭いんですが……」

 

 

ユリエールは気がかりそうな視線をユイに向ける。

それを受けたユイは心外そうに顔を顰め、

 

 

「ユイ、こわくないよ!」

 

 

と主張した。

 

 

「大丈夫です、この子、見た目よりずっとしっかりしてますから」

 

「うむ。きっとこの子は将来いい剣士になる」

 

 

……いやいや、アスナはいいとしてキリトのはどんな親バカ発言だよ。

 

アスナとユリエールが顔を見合わせて笑い、大きく頷いた。

シリカは俺の隣で苦笑している。

 

 

「では、行きましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬおおおおお!!」

 

 

キリトが右手に持つ剣がずば――――っと敵を斬り裂き、

 

 

「りゃああああ!!」

 

 

左手の剣がどか――――んと吹っ飛ばす。

 

 

「………なあ、アスナ」

 

「……なぁに、カイ?」

 

「あいつ、どれくらいまともな戦闘してない……?」

 

「休暇もらってからずっとかな……」

 

「ああ……それは納得ですね……」

 

 

俺とシリカは納得して苦笑する。

アスナもやれやれといった感じで眺めているが、ユリエールは目と口を丸く開いて唖然としている。

ユリエールからしてみれば想像もつかない光景なんだろうな。

ユイののんびりした声援も緊迫感をガリガリ削る。

 

カエル型モンスターやザリガニ型モンスターは哀れにもキリトに千切っては投げられている。

通路の広さに任せて数で圧倒しようとしてるが、あの無双っぷり相手には焼け石に水だな……。

 

 

「すみません、任せっきりで……」

 

「いえ、あれはもう病気ですから……」

 

「やりたくてやってるんだからほっとけほっとけ」

 

「アハハ……」

 

 

申し訳なさそうに言うユリエールに三人で苦笑して気にするなと伝える。

アレは気にするだけ無駄だしな。

 

 

「なんだよ皆して、ひどいなぁ」

 

 

そこそこの大群を蹴散らして戻ってきたキリトが、耳ざとく俺達の言葉を聞きつけて口を尖らせた。

 

 

「んだよ、そんなに言うなら俺と代わるか?」

 

「……も、もうちょっと」

 

 

俺達は顔を見合わせて笑う。と、ユリエールがマップを表示させてシンカーの現在位置を示すフレンドマーカーの光点を示した。距離の七割は踏破してきたな。

 

 

「シンカーの位置は数日間動いていません。多分安全地帯にいるんだと思います。そこまで到達できれば、後は結晶で離脱できますから……すみません、もう少しだけお願いします」

 

 

ユリエールに頭を下げられ、キリトは慌てたように腕を振った。

 

 

「い、いや、好きでやってるんだし……アイテムも出るし」

 

「へぇ、どんなのが出てるんだ?」

 

 

俺の質問に、キリトがドヤ顔でメニューウィンドウを操作する。

 

 

「これだよ」

 

 

どちゃっという音を立てて赤黒い肉塊が出現する。

中々にゲテモノだな。

 

 

「な、ナニソレ?」

 

 

アスナが顔を引き攣らせて尋ねる。

シリカもドン引きしていた。ユリエールもだ。アレ?

 

 

「見たところカエルの肉か?」

 

「その通り!ゲテモノなほど旨いって言うからな、あとで料理してくれよ」

 

「絶、対、嫌!!」

 

 

アスナは叫ぶと、自分も共通ストレージを開き、ドラッグ操作した。

画面は見えないが何をしたか手に取るようにわかる。ゴミ箱に叩き込んだなアレは。

 

 

「あっ!ああああ……」

 

「もったいねぇ!!」

 

「カイさん、もし取ったとしてもあたしは料理しませんからね」

 

「えぇ――…………」

 

 

俺とキリトのリアクションを見て、ユリエールが反応した。

 

 

「くっ、くくくっ……」

 

「お姉ちゃん、はじめて笑った!」

 

 

ユイが嬉しそうに叫んだ。ユイも満面の笑みを浮かべている。

 

そう言えば、昨日発作を起こした時も子供たちが笑った直後だったような気がするな……何かあるのか?

 

アスナはユイをぎゅっと抱きしめ、声をあげる。

 

 

「さあ、先に進みましょう!」

 

 

俺達は頷き、深部に向かって足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

前半は水中生物型だったモンスター群は後半になるにつれてオバケ系統に変化していった。

それらもキリトが全て屠り、ダンジョンに入って二時間が経過した頃、光の洩れる通路が目に入った。

 

 

「あっ、安全地帯よ!」

 

 

アスナが言うと同時に、俺とキリトは索敵スキルで確認できた内容を伝える。

 

 

「奥にプレイヤーが一人いる」

 

「グリーンだな。シンカーだろう」

 

「シンカー!」

 

 

我慢できないという風に走りだしたユリエールを追って、俺達も走る。

 

右に湾曲している通路を数秒間走ると、前方に大きな十字路とその先に明かりの灯った小部屋が目に入った。

小部屋は溢れんばかりの光に満ちているため、入り口に立つ男の顔は逆光でよく見えない。しかし彼は、こちらに向かって激しく両腕を振り回している。

 

 

「ユリエ――――――ル!!」

 

 

こちらの姿を確認すると、大声で名前を呼んだ。

ユリエールも左手を振り、いっそう走る速度をあげる。

 

 

「シンカ――――!!」

 

「来ちゃダメだ――――!!その通路は……ッ!!」

 

 

それを聞いてアスナとシリカはぎょっとして走る速度を緩めてしまったようだった。

だが、シンカーの声には緊迫感に溢れている。ここは速度を緩めるのは得策じゃねえ!!

ユリエールには聞こえていないのか部屋に向かって一直線に駆け抜ける。

 

その時。

部屋の手前の十字路の右側死角部分に、不意に黄色いカーソルが一つ出現した。

名前は――《The Fatalscythe》――。

 

固有名に付いた定冠詞。こいつがボスモンスターか!!

 

 

「ダメ―――っ!!ユリエールさん、戻って!!」

 

「俺が行く!!キリト、何かあったら援護頼む!!」

 

「わかった!」

 

 

アスナが絶叫する。俺は叫び返すことでそれに答え、走る速度を上げる。キリトも呼応してくれた。これで行ける。

黄色いカーソルは左にスッと移動してきている。このまま行けば十字路でぶつかる!

 

俺は背後からユリエールの腰を掴んで全力で前方に投げる。筋力パラメータの全てを振り絞れ――!!

 

 

「うおらぁぁぁああああ!!」

 

「うわっ!?」

 

 

何とかユリエールを十字路の向こうに逃がすことに成功した。多少強引だが許せ、ユリエール!

 

あとは―――!!

 

 

「カイさん!?」

 

 

この迫り来る影を躱せば万事オッケーだ!!

 

 

「ああああああああああっ!」

 

 

ユリエールを投げた反動も利用して力の限り後ろに跳び退る。

黒い影は俺の目前を横切っていった。っぶねぇ……!!

 

だが、休んでる暇はねえな!

左の通路に飛び込んでいった影が反転して向かってきてる気配がする!

 

 

「ユイを連れて安全地帯に退避しろ!!」

 

「カイさん!あたしも行きます!」

 

「カイ、俺も行くぞ!」

 

「この子と一緒に安全地帯へ!」

 

 

アスナがユイをユリエールに預けて走ってくる。

いやあ皆の心意気は嬉しいな……だが――。

 

今俺の目の前にいるのは、死神を体現したような姿のボス。

ボロボロの黒いローブをまとった人型のシルエット。顔の奥にはそこだけ生々しい眼球がはまり、俺達を見下ろしている。右手には巨大な黒い鎌。凶悪に湾曲した刃からは赤い雫が滴り落ちている。

 

 

「キリト――こいつのデータ、見れるか?」

 

「いや、俺の識別スキルでも無理だ」

 

 

やはりそうか。俺よりキリトの方が識別スキルの熟練度は高いが、キリトのレベルは俺より低い。

レベルと熟練度の関係は正確には理解してないが、足し算のようなものと考えるのが妥当だろう。

俺では見れなかったから僅かに期待したが……ダメだったか。俺ももっと真面目に上げておくんだった……クソッ。

 

キリトが掠れた声で後ろに駆け寄ってきたアスナとシリカに告げる。

 

 

「アスナ、シリカ。今すぐ安全地帯の三人を連れて、クリスタルで脱出しろ」

 

「「え…………?」」

 

「こいつ、ヤバい。俺達の識別スキルでもデータが見えない。強さ的には多分九十層クラスだ……」

 

 

後ろでアスナとシリカが息を呑んだのがわかった。

だが、キリトの指示は少し間違ってるな……。

 

 

「キリト、お前は間違ってるぞ。今回ばかりはお前も一緒に下がれ」

 

「……カイ!?でも……!」

 

 

俺達が会話してる間にも死神は近づいてくる。

今はこの一瞬が惜しい!

 

 

「時間を稼ぐだけならお前らがいるのは邪魔だ!!さっさと行けっ!俺が全力で時間を稼ぐ!!」

 

「カイさん……でも……っ!?」

 

「早く行けっつってんのが聞こえねぇのか!!!」

 

「「「ッ……!?」」」

 

 

俺のいつもの余裕が一切ない怒声を受けて三人が怯んだ。

その時、死神が鎌を思い切り横に薙いでくる。

 

 

「下がれ――――ッ!!」

 

 

最後に一声。三人を気迫で下がらせ、即座に違う言葉を叫ぶ。

 

 

「チェンジ!!《ショート》・トゥー・《フリー》ィィィィィッ!!」

 

 

体勢を低くし、《ヴァイヴァンタル》で斬り上げる一撃。鎌の横っ面をぶっ叩く。

短剣が掻き消え、即座に()()()()()を今攻撃したのと同じ位置に叩き込む。

 

ほぼ二連撃と言っていい感覚で側面を叩かれた鎌は軌道を無理矢理変更され、俺の頭上を通り抜けていく。

この攻撃は受けたら一瞬でHPを持ってかれる。どうにかして回避するしかない!

 

攻撃の勢いで鎌が右に流れたこの隙に、メニューを操作する。

リッパーのクソ野郎相手に鍛えたスキルがここで活きるとはな!何とも皮肉なもんだな――!

 

《クイック・チェンジ》を使い、右手に再度《ヴァイヴァンタル》を装備する。

さあ、仕切り直しだ――。

 

キリト達が下がってることを確認する。後は時間を稼げば……。

 

 

今度は学習したのか、死神が鎌を振り下ろしてきた。

確かにこれなら、さっきのやり方では間に合わないだろう。

だがな―――!

 

 

「チェンジ!!《ショート》・トゥー・《()()()》ィィッ!!」

 

 

俺は両脚で跳躍し、鎌の横を叩く。空中で体勢を整え、追撃で拳を繰り出す。さっきの再現だ。

 

言ってなかった《簡易変更》スキルの長所。行き先の《フリー》は何度でも使えるんだ!

 

鎌は俺の真横を通り過ぎ地面に突き刺さる。俺は空中でメニューを操作して……これの繰り返しだ。時間は存分に稼がせてもらうぞ!

 

 

「カイ、準備はできたぞ!ユリエールさん達には脱出してもらった!早く来い!!」

 

「キリト!わかった、次の攻撃を凌いだら行く!」

 

 

ジリジリ下がりながらキリトに返答する。

次の攻撃を凌いで全力ダッシュ。それで脱出だな。

 

 

再び死神が横薙ぎの攻撃を繰り出してきた。

 

 

「ハッ、同じ攻撃とは芸がねぇな―――!!」

 

 

さっきと同じ対処をして、振り向いて駆け出す。

 

少しずつ下がっていたことが功を奏したな。

すぐに十字路に差し掛かり、部屋に向かって――――殺気!?

 

 

「カイさん、後ろ!!」

 

 

シリカの声を聞くまでもなく、後ろから鎌が迫ってるのがわかる。

ちくしょう、勢いのままに一回転して二連撃にしてきやがったのか!

間に合うか――!?

 

 

「ぜやぁぁぁあああああ!!!」

 

 

体術スキル二連撃技《逆巻》。

前にも後ろにも放てるという便利なスキルだ。

迫り来る殺気と直感を頼りに蹴撃による二連撃を鎌に打ち込み――ぐあっ!?

 

 

「ぐあぁぁあああっ!!」

 

「カイさぁぁぁん!!」

 

「カイッ!!」

 

「そんなっ!?」

 

 

壁に叩きつけられ、床に崩れ落ちる。

がはっ……威力をほとんど軽減できなかった……。

 

 

 

 

くっ……HPバーは…………レッド、だと……!?

 

身体が……動かねぇ……。安全地帯まで、もう少しだってのに…………。

 

 

 

 

と、その時。

とことこと場違いな小さな足音が聞こえる。

 

 

「ユイ!?」

 

「ユイちゃん!?」

 

 

その声で足音の主が誰なのかを理解する。

すぐそこの安全地帯から出てきたんだろう。

聞こえる足取りは軽やかで、目の前の危険を理解できていないのかと錯覚しそうになる。

 

だが、なんで……?

 

 

「ユイ、馬鹿、下がれ……キリト、何、してんだ……ユイをさっさと連れて逃げろ……」

 

「大丈夫だよ、()()()()

 

 

――カイさん?

 

捕まえにきたアスナの手を軽く解き、ユイはさらに前に進む。

俺に肩を貸して退避しようとしたキリトも唖然としている。

 

そこに、死神の致死の鎌がユイ目掛けて振り下ろされた。

 

 

「ユイちゃん、ダメ――――ッ!!」

 

 

ハッと我に返ったアスナが絶叫する。

しかし、それを意に介することなくかざされたユイの真っ白い掌を鎌が襲った。

が、鎌が触れる寸前に紫色の障壁に阻まれ、大音響とともに弾き返される。

ユイの掌の前に浮かんだシステムタグは、【Immortal Object】。それは、破壊不可能の証。プレイヤーが持つ事のできない不死属性。

 

さらに驚愕することが起こった。

ユイの右手を中心に紅蓮の炎が巻き起こり、それは巨大な剣を形作る。

熱にあおられるようにユイの着ていた冬服が一瞬で消え去り、ユイが元から着ていた白いワンピースが現れた。

不思議なことにワンピースも長い黒髪も炎に巻かれても影響を受ける様子がない。

 

自分の身の丈を優に超える剣を一回転させ、ユイが死神に斬りかかった。

死神が大鎌を自分の目の前に掲げ、防御の姿勢を取る。一瞬の迷いもなかった。それほどまでにユイが持つ剣はヤバいってことなのか――?

ユイの火焔剣と鎌がぶつかり、拮抗した。

と思う間もなく、ユイが剣をどんどん振り下ろしていく。

数瞬の内に鎌は断ち切られ、そのまま膨大なエネルギーを持った火の柱がボスの顔の中央に叩き込まれる。

 

 

 

死神の身体を中心に渦巻く火炎の眩さに閉じてしまった目を開けると――そこにはもうボスの姿はなかった。

通路の至る所に残り火が散らばり、その真っ只中にユイが一人俯いている。

火焔剣は床に突き刺さり、出現した時と同様に炎を発しながら溶け崩れ、消滅した。

 

 

 

 

俺は一人で身体を支えることができるくらいには回復していたので、支えてくれていたキリトの腕を解く。

キリトとアスナはよろよろとユイに向かって数歩歩み寄った。

 

 

「ユイ……ちゃん……」

 

 

アスナが掠れた声で呼びかけると、少女は音もなく振り向いた。

その口は微笑んでいるが、大きな瞳には涙が溜まっていた。

ユイは俺達を見上げたまま、静かに言った。

 

 

「パパ……ママ……カイさん……シリカさん……。全部、思い出したよ……」

 

 

俺は、何かが終わる音を聞いた気がした。

 

 

 





いかがでしたか?
いくらカイの全力でも、九十層クラスのボスが相手では分が悪かったようです。
カイはかなり頑張りました。最後は少々気が緩んでたことは認めざるを得ませんが。

感想や誤字などありましたら、どんどんお願いします。


次回はちょっと短いかもですね。
では、また次回。

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