さあさあ、アインクラッド編もクライマックスです!
御託はいいですね、では、どうぞ!
「俺の勝ちだ」
――――ピタッ。
ヒースクリフの耳元で小さく呟いて、短剣を止める。《ヴァイヴァンタル》は、ヒースクリフの首に当たる寸前で止まっていた。
「俺の勝ちってことでいいよな?」
周りの奴らに聞こえないように、小さな声でヒースクリフに話しかける。
奴が僅かに頷いたのを確認し、俺は短剣を鞘にしまって立ち上がる。
「――ああ、もういいや。なんか飽きた」
わざとらしくそう口にして、俺はヒースクリフに背を向ける。これ以上話してたら怪しまれるからな。
歩きながらメニューを操作して、予め作成してあったメッセージをヒースクリフに送り付ける。
そんな俺の耳に、呟きが聞こえる。
「な、なんだよあいつ……何がしたいんだよ……?」
「意味わかんねえよ……頭おかしいんじゃねえの……?」
「勝てただろ今の……何で止め刺さないんだよ……」
「狂ってる……狂ってる……」
ったく、どいつもこいつもボソボソ言いやがって。俺に文句があんならハッキリ言えっての。
「あぁん?オイコラ、俺に文句あんのか?それならハッキリ言えやオイ」
目一杯周囲を威圧して声を張る。これで言い返せる奴がいれば見込みあるけど……。
「「「………」」」
まあないよな。案の定、全員が黙りこんだ。
話し掛けてくるのは、俺と仲がいい奴らくらい。
「カイ……おめぇさん、なんでヒースクリフを倒さなかったんだ……?」
「そうだよ……さっきの戦いぶり、カイが終始優勢に見えたけど……」
「何か考えがあるのか……?」
クライン、ケイタ、エギルの順に声をかけてきた。
声量は大きくはないが、この場は静寂に包まれている。全員に聞こえていることだろう。それなら好都合だ。俺のことをよく知らない奴らに、誤解させておきたかったからな。それに、今は視線を俺に集めておきたい。
「考えなら今言っただろ?飽きたんだよ。レッドどもを除けば間違いなく最強のプレイヤーと謳われていたヒースクリフでもこんなもんなら、もうデュエルを続ける必要もないしな。……それにしても、恥知らずばっかだなぁ?」
俺が嘲りを多分に含んだ表情で倒れている攻略組を見やると、一人のプレイヤーが噛みついてきた。
「な、何だと……!?」
反応してくれたのはありがたい。その方が話しやすいからな。
「だってそうだろ?俺と仲がいい連中を除くお前らは、俺に散々文句を言っていたよな?ふざけんなだの人殺しだの。人殺しって方はまあいいとして、ふざけんなって方だよ。お前らは俺に戦いを強要してたんだぞ?それも無責任にな。さっきの戦い、俺が負ければ俺は死んでいた。お前らはいいだろうよ、別に自分が死ぬわけじゃないんだからな。だから無責任にそんなことを言えるんだ。そして、俺が勝てるってなったら手の平を返して何故倒さなかったんだとか言うんだよな。俺に向かってお前が死ねばよかったんだとか言ったくせに俺が勝つことを望み、俺のことを人殺しと罵ったくせに俺がヒースクリフを殺すことを望む。これを恥知らずと言わずに何と言う?誰か教えてくれよ?」
自分勝手なプレイヤー達は、俯き何も言えない。言えるわけがない。
「それにお前らは、俺に助けられて脱出して喜べるのか?あんなに俺を悪し様に言っておいて、脱出できた時なんて言うんだ?『俺達のことを蔑ろにした、最低最悪な狂人に救われました!』って嬉しそうに言うのか?それとも、誰に助けられたかは誤魔化すのか?俺はお前らに恩を押し付けたいわけじゃないからその辺はどうでもいいが、これだけは言わせろ。――――てめぇらに、矜持や信念ってもんはねぇのか。自分のことは棚に上げ、他人の汚い部分を突いてそれを周囲と共有し嘲笑う。そして、そいつやそれに助けられるようなことになったら手の平を返した様に態度を変える。そいつが自分達の願う行動を取らなかったら、叩けるだけ叩く。――――これが、矜持や信念のある人間のすることか?なわけねぇよな。お前らの方が、よっぽど狂人だよ。それをおかしいとも思ってねぇんだから」
もう、俺以外の人間は物音一つ立てていなかった。
「俺には、信念がある。決めたことを絶対に成し遂げるという信念が。矜持がある。それを今までの人生で続けてこられたという矜持が。矜持も信念も持ってねぇような奴らが、俺のすることに口出ししてんじゃねぇよ」
俺が口を閉ざすと、場が静寂に包まれる。
俺は歩いてシリカの下に行き、シリカの隣に腰を下ろした。シリカの頭を撫でる。
「……カイ、お前肝心なことを答えてないぞ」
「………キリトか。やっぱ、バレてた?」
俺に声をかけてきたのはキリトだ。
確かに、俺は肝心なことを答えていない。さっきのは、あいつらの罪悪感とかの諸々を刺激して、精神的に叩きのめしただけ。憂さ晴らしだ。
「当たり前だ。何年お前の親友やってると思ってるんだ?改めて訊くぞ。――――ヒースクリフに止めを刺さなかったのは、何故だ?」
飽きたからってのは理由にはならない。例えば、『ゲームを飽きたから止める』っていうのは『ゲームをやっていても面白くなくなってきたから止める』もしくは『ゲームするのが疲れてきたから止める』ってのが根幹にあって、それが理由だ。
「はっ、敵わねぇな。……そんなの簡単だ。――――お前が納得できねぇんじゃないかと思ったんだよ、キリト」
真っ直ぐキリトの目を見つめて言い放つ。
キリトに、驚いた様子はなかった。
「俺達は、一度あいつに負けている。俺のリベンジは成功したわけだが、お前はまだだ。そのチャンスが目の前に転がっている。ここで引くようなお前じゃねぇだろ」
「……まだあるんじゃないか?」
キリトが不敵な笑みを浮かべて訊いてきた。――もちろん、あるぜ?むしろこっちが本命だ。
俺も不敵な笑みを浮かべ返す。
「ったりめぇだろ。――――俺やエギルにクライン、ケイタ達。そして、アスナ――――大切な人達をこんな目に遭わせた奴を、お前が許すわけがねぇ。――――だろ、キリト?」
「――――さすが、カイはよくわかってるな。……当然だ」
ニヤリ、と。キリトが獰猛な笑みを浮かべる。
これなら、大丈夫だな。心配しなくても、キリトなら勝てるだろう。
「ヒースクリフ、装備を俺との戦いが始まる前の状態に戻して、HPをキリトと同じにしてからキリトの麻痺を解いてやれ」
「うむ、承知した。少々待ってくれたまえ」
ヒースクリフはメニューを操作していた指をさらに動かし、自分の状態を整えていく。
その様子を眺めていた俺に、声がかけられた。
「カイ、なんであんなことを言ったの?」
――アスナ。
「なんでって……キリトがリベンジしたいのは万全な状態のヒースクリフだろうからな。盾を復元するのは当然だと思うが?」
そう呆けてみると、アスナはちょっと怒ったような顔になった。
「そんなことはわかってる!そうじゃなくて……いえ、いいわ。後でたっぷり話を聞かせてもらうから」
「あれ?てっきりお前はキリトが戦おうと――いや、違うな。殺し合おうとするのを止めると思ったんだが。俺の思い違いだったか?」
「……止めたい。止めたいわよ!……でも、今のキリト君はわたしが言っても止まらない。わたしのために、わたしたちのためにやるつもりだろうから……」
「……そうだな。その通りだ。けしかけた俺が言うのもなんだが、その通りだと思うぞ。――あ、ヒースクリフ。ついでにシリカの麻痺を解いてくれ。また操作してもらう必要があるからな」
ヒースクリフがメニュー操作を終えそうな雰囲気だったので、その前に声をかける。こいつ、ご丁寧に麻痺を掛けなおしてたからな。
ヒースクリフは俺の意図がわかったのか、すぐに頷いてくれた。
「ああ、なるほど。了解した。……麻痺を解いた。掛けなおすから、早くしてくれると嬉しいね」
「あいよ。シリカ、受けてくれるか?」
「……はい。ちゃんと覚えててくれてありがとうございます……!」
「俺がシリカとの約束を忘れるわけがないだろ?……ごめんな、俺も心苦しかった。でも、やらないわけにはいかなかったんだ」
「大丈夫です、わかってます。あの瞬間は心が張り裂けそうになりましたけど、大丈夫です。今度デートでもしてください」
「……ああ、約束だ。じゃあ、頼む」
「……はい」
俺は約束通り―――まあ、約束なんてしてなくてもこうしたと思うけど―――シリカに結婚申請を送る。シリカがそれを受け、俺達は再び夫婦に戻る。
いや、ヒースクリフとやり合うのに必要ない予備武器とかがストレージに入ってても困るから、シリカに事前にお願いしたことだけど………本当に死にたくなるくらいキツかったなぁ……。シリカにも悲しい思いをさせちまった。向こうに戻ったら、埋め合わせをいっぱいしないとな。
俺はシリカを抱きしめ、シリカの耳元で呟く。
「……シリカ、愛してる」
「……はい、あたしもです」
――よし。
「ヒースクリフ、いいぞー」
「……いちゃつくのは後でやってほしかったものだが……まあいい。シリカ君に麻痺を掛けなおして……これでよし。ではキリト君、やろうか」
ヒースクリフがメニューを閉じ、真剣な眼差しをキリトに向ける。
それを受けるキリトの表情にも笑みは一切なく、その目には純粋な殺意が宿っていた。
……すげぇ、あそこまで澄んだ殺意を見るのは初めてだ……。恨みや憎しみという悪感情を含まず、神野のような快楽を内包した殺意でもなく、ただただ純粋に殺すという意思のみで構成された殺意。――俺には絶対に放つことのできない殺意だな。
合図もなしに、二人は同時に飛び出した。
キリトが二刀流の攻撃速度を活かしてソードスキルに頼らない連撃を繰り出し、ヒースクリフがそれに対応する。
お互いにすでに一度手の内を見せている上、《二刀流》スキルをデザインしたのはヒースクリフ――いや、茅場だ。システムに設定された連続技は確実に読まれるだろう。前回のデュエルの時は自分の正体に気づかれたくなかった茅場は真面目に読みと反応で戦ったんだろうが、今回はそんなことを気にする必要はない。正真正銘、全力でキリトの攻撃を潰しに来るはずだ。
よって、キリトはシステムに頼らずに茅場を倒すしかない。それはキリトもわかっているんだろう。ソードスキルを使う様子はない。吼え猛りながら両手に握る剣を目にも留まらぬ速さで振り続ける。
一方茅場は、恐るべき正確さでキリトの攻撃を叩き落としていた。あの尋常でない冷静さから生み出される驚異的な読みと反応があれば、俺ももう少しは苦戦したかもしれない。あいつをできる限り動揺させておいてよかった。
茅場は防御しているだけではなく、時折、キリトの攻撃のほんの僅かな隙間を見つけては反撃を差し込んでいた。それをキリトは瞬間的な反応だけで弾き、攻撃を続行する。
戦況は中々動かなかった。
茅場の冷静さは揺らぐことはなく、冷ややかにキリトの動きを見つめている。
キリトが、相手の思考を読もうと思ったか茅場の瞳を見つめ、二人の視線が交錯する。
その瞬間、キリトが一瞬震えたのを俺は見逃さなかった。
ダメだキリト、恐れるな――――!
そう叫びたいのを必死で抑える。
これは、キリトの戦いだ。俺が口を挟むべきじゃない―――。
だが、キリトが僅かにでも茅場に恐怖してしまったのはマズイ。恐怖は焦りへと繋がり、焦りは安易なミスに繋がる。そして、茅場はそれを見逃さない。
「うぉぉぉぉおおおおおお!!」
キリトが吼えた。
自分の中に生まれた恐怖を吹き飛ばそうとするかのような絶叫とともに剣速を加速させ、秒間何発もの斬撃を叩きこむが、それでも茅場の表情は変わらない。
冷ややかにキリトを見つめるその双眸の裏には、どんな思いが隠されているのか――。それは茅場にしかわからない。
キリトの表情に徐々に焦りと不安が生まれていき――――ついに。
「くそぉ……!」
キリトが小さな呟きと共に後ろに跳び退り、両手の剣を
「チッ……あんの馬鹿」
俺の小さな呟きを聞き取れたのは、すぐ傍にいたシリカだけだろう。
「カイさん……?」
不安そうな表情で俺を見上げて来るシリカの額に唇を落とし、再度頭を撫でる。
「ごめんな……。でも大丈夫だから。安心してくれ」
「え……?カイさん、カイさん!?」
数人のプレイヤーが訝しそうに俺達を見て来るが、ほとんどの視線はあの二人の殺し合いに釘付けだ。問題ない。
俺はシリカを床に横たえ、低空ダッシュの体勢を取る。
キリトの攻撃が、終わろうとしている。
二刀流スキル奥義技《ジ・イクリプス》。
二十七連撃のこの技は、確かに大抵の相手には効果的な攻撃だろう。だが、ヒースクリフには――――茅場晶彦にだけは使ってはならない悪手だ。
剣の飛ぶ方向を予測して目まぐるしく動いていた茅場の盾が動きを止める。
その十字盾の中心に吸い込まれるように二十七撃目の左突きが進んでいき、火花を散らす。直後、硬質な音を響かせてキリトが左手に握っていた剣が砕け散った。
茅場が不敵な笑みと共に剣を掲げ、その刀身が紅色の光を迸らせる。
それが振り下ろされる軌道上に割り込む影があった――――――――――――――俺だ。
先ほどのキリトのように十数メートルの距離を一瞬で潰し、キリトの前に躍り出る。
両腕を大きく開き、キリトの盾になる。
キリトの目が驚愕に見開かれる。茅場も、俺の取った行動に驚いたようだった。
しかし、斬撃は誰にも止められない。
茅場の長剣が俺の身体を深々と貫き、易々とHPを奪いきる。
「いやぁぁぁぁぁああああああああ!!?カイさぁぁぁぁぁああああああああん!!!?」
シリカの絶叫が聞こえる。いやぁ……HPを回復しとくんだったな……。シリカ、悪い。大声を出せるほどの余力はなさそうだ……。
俺は茅場の長剣を摑み、離さないという意思を見せる。そして、キリトの方を向いてニヤリと笑ってみせた。
「馬鹿キリトが、何してんだよ……。ソードスキルなんかに頼ってんじゃねぇ……。ほら、早く、決めろ……俺が、抑えて、るから……」
「まさか……君がこんなことをするとはな…………」
茅場の困惑の声が聞こえる。まだ、間に合うか……?できるだけ答えるか……。
「へっ……勇者を助けるのは、参謀の仕事だ、ろうが……」
「ふっ……そうだな……」
茅場がそう呟いたのと、キリトが我に返ったのはほぼ同時だった。
飛び込んできた俺への文句と、茅場に呑まれてソードスキルを使ってしまった自分の不甲斐なさに対する怒りを茅場にぶつけるかのように、叫ぶ。
「う……うおぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおああああああああああ!!!!」
絶叫を迸らせ、右手の剣を茅場に突き刺す。
茅場のHPバーが消滅し、光に包まれ始める。
俺の身体も、そろそろ消えちまうかな……。
「いやああああああ!!カイさん、カイさん!!!!」
「カイ!カイ!」
「てめえ、ふざけんなよ!死ぬなんて許さねえぞぉ!!」
「こんなのってありかよ!?」
「カイ……ごめん……ありがとう……」
薄れ行く意識の中でも、俺を呼ぶ声はハッキリ聞こえた。
シリカ、悲しませちゃってごめんな。
ケイタ達、俺のために叫んでくれてありがとう。
クライン、指図してんじゃねぇよ。命令すんなら涙声はやめろ。もっと堂々とな。
エギル、お前のサポートにはずっと助けられてきた、ありがとう。
そして、キリト、謝ってんじゃね……ぇ……よ……。
俺の意識はそこで本格的に消え始めた。
俺の意識が最後に捉えたのは、聞きなれた二つのオブジェクト破砕音と、その直後に響いてきた無機質なシステムの声だった。
ゲームはクリアされました――――ゲームはクリアされました――――ゲームは……。
………………………………。
……………………………………………。
………………………………………………………………。
俺の意識が次に捉えたのは、綺麗な夕焼けだった。心が洗われるようだ……。
足元は分厚い水晶の板。眼下には雲が連なっており、自分がどこにいるのかよくわからない。
自分の姿を見下ろしてみる。
茅場の十字剣に刺された時と同じ状態だ。
右手を下に振ってみると、聞きなれた音とともにウィンドウが出現する。そこには装備フィギュアなどはなく、ただ無地の画面に【最終フェイズ実行中 現在34%】とだけ表示されている。
恐らく、プレイヤー達をこの世界から脱出させるとかこの世界の情報を消すとかそういうことに使われるフェイズなんだろうな。
俺がメニューを消した時、後ろから声が聞こえてきた。
「え……嘘……?……夢……?」
誰の声かなんて、その人を見なくてもわかる。
「夢じゃねぇよ」
――言いながら振り返り、最愛の人を視界に収める。
シリカは駆け寄って、俺に抱き付いてきた。
「カイさんっ、カイさん……ッ!!」
「シリカ……ごめんな、心配させて悲しませて。でも、あの時はああするしかなくてさ……」
「ぐす、ぐすっ……。カイさぁん……」
甘えたような声を出して縋り付いてくるシリカを抱きしめ、俺は前方に視線を飛ばす。
「よお。さっきぶり」
「……ああ、さっきぶり。カイ、ごめんな」
「だーかーらー、謝んなって。しつこいぞ、キリト」
申し訳なさそうな顔をしているキリトにそう言う。心配する必要はない。何故なら――――っと、その前に。
「おい、何ふてくされてんだよ――――アスナ」
「むぅ……だってぇ……」
「悪ぃ、謝るからよ。許してくれって」
俺達の会話を聞いていたキリトが首を傾げる。シリカはまだ俺の腕の中だ。
「ん?何でカイがアスナに謝るんだ?何かしたのか?」
「それがさあ!聞いてよキリト君!」
「さっき俺が、アスナの首筋に手刀を叩き込んで気絶させたんだ。俺がお前と茅場の間に割り込む直前にな」
――そう。さっき俺が刺された時にアスナの声が聞こえなかった原因はこれだ。アスナは気絶していた。声を出せるわけがない。
「はあ?なんで?」
キリトが素っ頓狂な声を上げて疑問を露わにする。
なんでって――――そりゃあ……。
「何が起きたかはわかんねぇけど、アスナが麻痺を振り切ってお前らの間に割り込もうとしてたからな。俺が割り込んで刺されたらさっきみたいに怒りで茅場に止めを刺せたと予想はしてたが、アスナが割り込んで同じことになってたら絶望して何もできなくなると思ったんだよな。だから、アスナには少々手荒な方法で止まってもらった。あの瞬間は時間もなかったしな」
「だからって……手刀ってどうなの……?」
「だからごめんって!お前も意外と根に持つな!」
俺達のやり取りを聞いていたキリトがものすごい不思議そうな顔をしていた。何でだ……?……あ、そっか。
「キリト。お前まさか、俺がアスナの身代わりになったとか考えてる?」
「あ、ああ……」
「それ、勘違いだからな?そもそも俺は死んでないはずだ」
「「「……………は?」」」
三人の素っ頓狂な声がかぶる。
まあそりゃ、死んだと思うよな……茅場がやられる前にHP全損したし。
「まあ、あいつが約束を違えてなかったらだけどな……。そこんとこどうなんだ―――――茅場晶彦?」
「前に誓った通りだ。君との約束は守ったさ」
「そうかい。ありがとよ」
その声に、キリトとアスナが勢いよく振り向く。シリカも、俺の腕の中で顔を上げた。
その視線の先では、茅場晶彦が本来の姿に白衣を羽織り、ポケットに手を突っ込んで立っていた。
「さて、さっきの話の続きだけどな。あいつとは、俺が勝ったら俺の言うことを何でも聞けって約束させてたんだ。そんで勝ったから、事前に作っておいたメッセージを送った」
「あ、あの時メニューを操作していたのは……」
シリカが気づいたらしい。そういうことだ。
「ああ、事前に書いてあったのか。いくらなんでもあの文章を打つのは速すぎると思っていたんだよ。……それ、私と戦うことになっても負けることは考えていなかったということではないのか……?」
「まぁな。お前とは何回やっても負ける気がしない」
「くっ……事実負けただけに何も言い返せないな……。まあそういうわけで、カイ君からメッセージが送られてきた。彼が話し始めて視線を集めている間に、私はそこに書かれていたことを実行した。その一つが……」
「――――『現時点で生きているプレイヤーのシステム的保護』だ。俺があそこで短剣を止めなければ茅場の首は斬られ、茅場のHPはなくなって俺達の勝ちになってた。なら、そこで起きるはずだったプレイヤーの脱出……は看破した奴の戦いがあるから後にするとして、俺達の命は保障されて然るべきだ」
「だから私がやったことを正確に表現すると、『あの時点で生きていたプレイヤーのHPが全損したとしても、電磁波による脳の破壊は行わない設定への変更』だな。幸いにして、あの後にHPを失ったのはカイ君だけだったからこちらとしては助かったが……」
俺は今の言い方で理解できたが、他の三人はそうは行かなかったようだ。首を傾げている。
「えっと……どういうことですか……?」
シリカが代表して疑問の声を上げる。俺は続けて口を開く。
「仮に、事情を知っている俺以外の人間があの後HPを消滅させたとしたら、そいつは『HPを全損したのにも関わらず脳を破壊されずに生き残った人間』になるわけだ。そんなのは、無用な混乱と不適切な怒りの捌け口を生む結果になっちまうからな。茅場としては望まない展開だったんだろ。そこは俺も心配だったんだが……よかった」
場が静かになった。―――ん?
「何だよ?」
「いや……本当にカイ君は私の考えを理解しているなと思ってね……正直恐ろしいよ。――勝負に勝てないわけだ」
茅場まで黙ってると思ったら、そんなことかよ。……人を人外みたいに言うんじゃねぇ。
「ま、そういうわけで。俺は生きてる。だから安心してくれ、シリカ」
「う……うわぁぁぁあああああん!!カイさぁぁあああぁぁああん!!!」
シリカの頭を再度撫でると、シリカは声を上げて泣いた。俺はシリカが泣き止むまで、ずっと頭を撫で続けていた。
「……お見苦しいところをお見せしました……」
ようやく泣き止んだシリカは、顔を真っ赤にして謝罪した。赤くなってるシリカも可愛いなぁ。
「さて、どこまで話したんだっけ?」
「カイが茅場に指示して命の保障をさせてたってとこまでだな。今思えば、だからカイは自分の身で俺を守ったんだな」
俺が訊ねると、キリトが答える。ついでに疑問を解消して欲しそうな顔をしてるから、答えてやろう。
「そういうことだ。短剣で弾くんじゃなくキリトの盾になったのは、死なないという確信があったから。でなきゃ、誰がお前らの代わりに死ぬかよ」
「……やられたな……。俺が怒りとかの感情で茅場を倒すのも計算してたんだろ?」
「まあなー。キリトがソードスキルを使ったことは予想外以外の何物でもなかったが……」
「ぐっ……!?」
言葉が鋭利な刃物となって、キリトに突き刺さる。まあ、これは言い逃れできないだろう?
「予定を変更して、ああいう対応をしたってわけだ。いやぁ、保険でやっといてよかったよかった」
「それで、カイ?」
「ん?」
アスナが腕を組んだ体勢で口を開く。視線で先を促すと、アスナは軽く頷いて続けた。
「さっき、一つって言ってたわよね。ということは、まだ一つ以上あるんでしょ?何を頼んだのよ?」
「ああ、それか。一つは、この場所を設けること。ちょっと全員で話したかったんだよ。んで、もう一つは―――」
「……?どうしたのよ?」
不自然なところで言葉を切った俺を訝しみ、アスナが怪訝な表情で言葉の続きを言うように催促してくる。
「――いや、これはいいや」
「……は、はぁ?それはないでしょ!?そんなところで切られたら気になっちゃうじゃない!」
「知らねぇよ。はい、この話終わり」
「ちょ、納得行かな――」
ちょっとしつこいなぁ……あ、そうだ。
「ならこれだ。アスナ、お前俺に貸しがあったよな?ほら、圏内事件の時の」
「……あっ」
アスナが小さく声を上げる。ちゃんと覚えてたみたいだ。
「あの貸しを今返してもらおうかな。このことを追及するな」
「くっ……。……わ、わかったわよ……」
こいつも妙なところで律儀だからな。引いてくれると思ってたぜ。
「んじゃまあ、あとはちょっと話して終わりって感じかな。茅場、プレイヤーのログアウトはどうなった?」
俺が水を向けると、茅場はあの冷たい瞳に大した感情も浮かべずに、淡々と告げた。
「心配には及ばない。先ほど君達が漫才をしている間に、生き残った全プレイヤー、六一五八人のログアウトが完了した」
「漫才じゃねぇよ。……でも、そうか。お前のプログラミングの腕を疑っていたわけじゃないが、それを聞くとやっぱり安心するな……」
「ですね……」
「そうだな……」
「そうね……」
俺達に関してはログアウトの準備は万全で、この世界が消滅するのと同時にログアウトするような設定になってるんだろう。
「三人とも、茅場に訊きたいことや言いたいことはないのか?茅場と会話できるのは、多分これが最後だぞ」
俺がそう言うと、三人は顔を見合わせる。そして、今度はキリトが代表して口を開いた。
「なんで――――こんなことをしたんだ……?」
その問いを聞いて、茅場はしばし沈黙する。あの冷静さの塊みたいな男が苦笑していた。
「何故――か。私も長い間忘れていたな……。カイ君ならば、わかるかもしれないな。私のことをこの世界で、他の誰よりも理解していたカイ君なら」
過去形。それが、終わりがやってくることを強く印象付ける。
「そんなわけねぇだろ。俺はお前じゃないんだ。どんなにお前の行動や感情を予想できても、それはあくまでも予想に過ぎない。お前の心がわかるのは、お前だけだ」
俺のその言葉を受けて、茅場は数秒瞑目する。
「…………そうだな。その通りだ。これは、秘密ということにしておこう。君達それぞれが、自由に考えてくれたまえ」
茅場は妙にスッキリした顔をしていた。……あいつは、納得できる人生を終えたんだな。
「――言い忘れていたな。ゲームクリアおめでとう、カイ君、キリト君。それに、シリカ君、アスナ君も」
俺は、頷きを返す。キリト達は、少し驚いたように茅場を見つめていた。
「――――さて、私はそろそろ行くよ」
そう言い残し、茅場は白衣を翻して俺達に背を向けて歩き出す。
一瞬風が吹き、気づくと茅場はいなくなっていた。
あいつは、この広大なVR世界の海に旅立ったのだろうか。俺にはわからないが、せめて、彼のこれからが安らかな物になりますように。
「――さ、この世界ももう少しで終わるだろ。その前に、本当の名前で自己紹介しとかねぇか?」
「……ああ、そうだな。向こうに戻っても名前がわからないんじゃあ、見つけるのが大変だもんな」
キリトが頷き、俺に賛同の意を示す。
「そういうこと。言い出した俺から。俺の名前は
「じゃあ次は俺が。俺の名前は、桐ケ谷和人。先月で十六歳、かな」
「そっかー。二人とも、年下だったのかー。じゃあ、わたしが一番年上なわけだ。わたしはね、結城……明日奈。十七歳です」
……最後のセリフは完全にキリトに向けて言ってたな。いや、別にいいんだけど。
「最後はあたしですね。あたしは、綾野珪子って言います。十四歳です」
……シリカも、セリフのほとんどを俺に向けて言ったからお互い様か。
「珪子か……似合ってる。いい名前だな」
「カイさんも……新さん。ふふっ、何だか変な感じです」
「ははっ、そうだな。……じゃあ皆、次は向こうで会おうぜ」
俺は四人の中心に向けて拳を突き出す。
「ああ。……次は、向こうで!」
「ええ!」
「はい!」
三人も拳を出してきて、四人の拳が中心で触れ合う。
光が、世界を侵食している。俺達は、互いの温もりを感じながら光に包まれた――――。
俺が茅場にメッセージで伝えた最後の言葉―――それは、茅場に対する指示でも命令でもなかった。
あの文章は、俺があの時に付け加えたものだ。
『俺は、お前と戦えて楽しかった。お前はどうだった?俺と同じ気持ちになってくれてたら、嬉しいね――』
――――こんなこと、アスナ達の前で言えるかよ。恥ずかしすぎるわ。
でも、本当に茅場はどう思ったんだろうな。それだけが、気になるな――。
意識が、溶けていく。
溶けきる間際、声が聞こえた気がした。
――――私も、楽しかった。カイ君、最後に私と全力で戦ってくれたこと、感謝する――――
それが本当に聞こえたものなのか、俺にもわからない――――。
最初に感じたのは、匂いだった。空気の匂い。
この匂いは……病院か。
次に、触覚。
俺は、寝ているらしい。ま、そうだよな。寝たきり患者と同じ扱いだったろうから。これは……ああ、昔記事になってたジェル素材のベッドか。皮膚の炎症を防ぎ、老廃物を分解浄化するって奴。
目を開けようと力を入れると、開いた。視覚。
オフホワイトの天井が視界に飛び込んできた。ああ、眩しいな……なんて情報量なんだろう……。
右手を掲げて、目の前に持ってきてみる。
うわ、ほっそ!こんなんじゃ、枝すら持ち上げれねぇんじゃねぇの?
あーてか、声が全く出ねぇ。喉の機能が衰えてんのかね。まあいいや。
俺は起き上がろうとして、頭が固定されていることに気づく。
そりゃそうか。コードとか繋がってるだろうからな。
顎の下でロックされているハーネスを過去の感覚を頼りに探り当て、外す。
そこで、俺はちょっと困った。ナーヴギアって、結構重くなかったか?今の俺達に取り外せんのかね。ま、何事もトライっと……。
俺は少々苦労しながら、頭に被せられているナーヴギアを外す。上体を起こして、それを眺める。
SAOに入った時にはあんなにあった光沢は見る影もなく、塗装も所々剥げている。……二年か。長かったな。いや、ここまで延びたのは俺のせいとも言えるけど。スズ、心配掛けちまっただろうなぁ……。
おっと、やっと聴覚が復活してきた。
廊下から慌ただしい音が聞こえてくる。次々にSAOに囚われていた人々が目を覚ましたからてんやわんやなんだろう。
……さて、シリカ――いや、珪子を探しに行くかな。この病院にいるなんてことは流石にないだろうが……。まあ、海の向こうにいるわけじゃないんだ。探していればその内会えるさ。
俺は上掛けを剥ぎ取り、その下から現れた身体をまじまじと見つめる。うーむ、細い。
貼り付けられている電極を全て剥がす。そして点滴も抜こうかと思ったけど……そこまでする必要はないか。電極は邪魔だが、点滴の支柱がないと動けないだろうし、それなら点滴が刺さってても問題はない。
痩せ細ってしまった両脚を慎重に床につき、ふらつきながらもなんとか立ち上がる。おお……バランスを取る練習とかもじいちゃんに叩き込まれててよかった……。一発で立ち上がれたぞ。歩くことも何とか、ってところだな。
ちなみにこの技術、片腕とか失った時のために教え込まれた。あれ、バランスがかなり崩れちまうらしい。なったことないから知らないけど。
お、診察衣発見。これを着て……点滴邪魔。引っこ抜く。結局抜く羽目になりました。てへぺろ。……よし、これで準備はオッケー。
まずは、キリトと合流かな……。俺とあいつは家が向かいだし、恐らく同じ病院に搬送されたはずだ。
そうと決まれば――――!
俺は点滴の支柱を左手で摑んで杖代わりにし、歩き出す。右手は感覚を取り戻すために忙しなく動いている。ここからすでにリハビリ開始だぜ。
俺の――――俺達の戦いは。最愛の人をこの腕の中に抱くまで、終わらない。その時まで、俺とキリトの歩みは止まらない。
――――これが、その第一歩だ―――!!
というわけで、アインクラッド編、終了~!
これからこの物語は、フェアリィ・ダンス編へと入っていきます。
……が。その前に、僕が書いている他の作品を区切りがいいところまで終わらせるので、しばらくはSAOは書きません。ご了承ください。絶対に再開しますし、なるべく早くできるように頑張ります。頑張ります……。
最近、面白いって言ってくださる方が増えてきてるのでホント頑張ります……。
フェアリィ・ダンス編では、二人の新キャラが出てきます!と言っても、存在は話の中で出てきましたけど……。下種郷さんの下種っぷりがどんなことになるのか愉快な想像を働かせながら、お待ちいただければと。
感想などなど、お待ちしております。
では次回、フェアリィ・ダンス編第一話でお会いしましょう!