黒の剣士と紺の浮浪児   作:gobrin

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お久しぶりです、gobrinです。

フェアリィ・ダンス編の五話になります。
所々、独自解釈を入れてます。ご容赦ください。

では、どうぞ。


情報の収集と共有

リーファに連れられて入ったのは、小ぢんまりとした酒場だった。

奥には二階に上がる階段が見える。宿屋も併設してる感じか。

 

ちなみに、道中ではさっきのレコンってやつがリーファの彼氏なのかとキリトとユイが揶揄っていた。まあ、リーファは即座に否定して学校の同級生だと説明していたが。

うーん、こりゃ脈はなさそうかね。レコン、御愁傷様だ。

 

 

「さ、ここはあたしが持つから自由に頼んで」

 

「じゃあお言葉に甘えて……」

 

「キリト、向こうでの夕食も考えて食いすぎんなよ」

 

 

仮想の食事による満腹感は、向こうに戻っても少しの間持続するらしい。仮想空間ダイエットとかいう頭の悪いダイエット法を実践して栄養失調に陥った例や、生活の全てを()()()に捧げて結果衰弱死したプレイヤーの例などの情報がごろごろ転がっていた。

 

俺の忠告を受けたからかどうかは定かではないが、うんうん唸って悩み抜いたキリトとリーファ。結局、リーファはフルーツババロア、キリトは木の実のタルト、ユイはチーズクッキー、俺は柑橘類をふんだんに使ったパイ、カナはレーズンパンとチョコケーキを注文した。飲み物はリーファが香草ワインのボトルをチョイス。皆で飲むことになった。

 

NPCによって注文した品が即座に並べられると、俺達はグラスにワインを注いで軽くぶつけ合う。

 

 

「それじゃあ改めて、助けてくれてありがと」

 

「まあ、成り行きだし。ああいうPKはよくあることなのか?」

 

「サラマンダーとシルフは元から仲悪いけど、ここまで組織的になったのは最近かな。たぶん、近々世界樹攻略に乗り出すんだと思う」

 

「ああ、それだ。その世界樹っての、詳しく教えてくれねえか」

 

 

俺が食い気味に反応したせいか、リーファが目を瞬かせる。キリトが少し身を乗り出したのも関係しているだろうが。

 

 

「……ええ、いいけど。確かキリトくんもそんなこと言ってたね。でも、なんで?」

 

「世界樹の上に行きたいんだよ」

 

 

キリトがそう言うと、リーファが呆れたような表情を見せた。なんだ?

 

 

「それは、多分全プレイヤーが考えてることだね、きっと。それがこのALOっていうゲームのグランド・クエストなのよ」

 

「グランド・クエスト?」

 

「ええ。滞空制限があるのはご存知の通り。どんな種族でも、連続して飛べるのは精々十分ってところ。でも、世界樹の上に最初に到達して《妖精王オベイロン》に謁見した種族は全員、《アルフ》っていう高位種族に生まれ変わって滞空制限がなくなるって言われてるの」

 

「なるほどね」

 

「それは何とも、魅力的な話じゃねえか」

 

 

キリトが頷いている。俺も同感だ。

その話が本当なら、各種族は躍起になって世界樹攻略を目指すだろうな。

 

 

「世界樹の上に行く方法は判明してるのか?」

 

「世界樹の内側は大きなドームになってるの。その頂上に入り口があって、そこから内部を登るんだけど、そこを守ってるNPCガーディアン軍団がすごい強さなのよ」

 

 

俺の問いにも、リーファはスラスラと答えてくれる。

……こりゃあ、本当にいい奴を助けられたな。人柄も知識量も申し分ねえ。

 

 

「そのガーディアンってのは……そんなに強いの?」

 

「もう無茶苦茶よ。今まで色んな種族が何度も挑んでるけど、みんな呆気なく全滅。ALOがオープンしてから一年経つのに、まだクリアされてないんだから」

 

「そう言われると確かに」

 

「実はね、去年の秋頃、大手のALO情報サイトが署名集めて、レクトプログレスにバランス改善要求を出したんだ」

 

「へえ、それで?」

 

 

……面白そうな話だが、リーファの口振りからするに結果は出なかったんだろう。キリトもわかった上で先を促している。

 

 

「お決まりの回答ね。『当ゲームは適切なバランスのもとに運営されており』なんたらかんたら。最近は、今のやり方じゃ世界樹攻略はできないっていう意見も多いわ」

 

「何かキークエストを見落としている、もしくは……単一の種族だけじゃ絶対に攻略できない?」

 

「へえ、いい勘してるじゃない。クエスト見落としの方は……」

 

 

キリトとリーファが話すのを聞き流しながら、俺は思考に没頭する。

 

なーんか、嫌な予感がするんだよな……。

エギルが見せてくれたあのスクリーンショット。アスナにしか見えない存在。そして奥の、ボケていたもう一つの鳥籠。あの中で吊るされていたシリカ……。

俺は、シリカなら見間違えない自信がある。奥にいたのがシリカなら、手前にいたのがアスナでも何もおかしくはない。いや、SAOから解放されたはずの二人がここにいるのは充分におかしいことなんだが。須郷のあの嫌な笑みを見てしまったからか、悪い方に繋げて考えちまうな。

────鳥籠の本来の役割通り、あの二人があそこに閉じ込められているとしたら。そこへ辿り着ける可能性のある()()()なんて作るかね?もちろん、ゲームとしては間違っているが……世界樹攻略はできない、これが真実なんじゃ……?

 

 

「それじゃ遅すぎるんだ!!」

 

 

不意に、キリトが叫んだ。一応、声は押し殺していたようだが。

歯を食い縛るキリトに、俺は声を掛ける。

 

 

「落ち着け、キリト」

 

 

原因は明白だ。直前にリーファの言った、「たとえ何年かかっても」という言葉。それじゃあ遅すぎる。まさしくその通りだ。

キリトがアスナの病室でえらく憔悴していた件、エギルの店に行く道中で聞き出したところ、あの須郷伸之がアスナ────結城明日奈との結婚を目論んでいる……いや、この表現は適切じゃねえな。結婚しようとしているという話だった。明日奈の父親との合意はなっているらしい。式の予定は来月。アスナの意思は確認しようもないからな。

だが、あの世界でアスナと触れ合った奴ならわかる。あいつは、仮想現実だからと、自分の想いを現実と切り離して考えられるような器用な奴じゃない。アスナは本気でキリトと結ばれることを望んでいる。俺はそう確信している。

つまり、一刻も早くアスナを助け出す必要がある。様々な状況から。

 

そして、俺も。シリカが囚われてるんだ。さっさと解放してやりたい。俺とキリトの目的はガッチリ一致しているわけだな。

 

 

「パパ……」

 

 

ユイもチーズクッキーを食べるのを中断し、キリトの肩に座って宥めるように頰に手を添えた。

それでなんとか落ち着いたのか、キリトの身体から力が抜ける。

 

 

「……驚かせてごめん。でも俺、どうしても世界樹の上に行かなきゃいけないんだ」

 

「ま、そこは俺も一緒だな。一刻も、早く」

 

 

リーファが動揺を落ち着かせようとするかのような間を置いてから口を開いた。

 

 

「なんで、そこまで……?」

 

「人を探してるんだ」

 

「どういうこと?」

 

「……残念ながら、簡単には説明できねえな」

 

 

キリトは俺に目配せをした後、リーファを見て微笑んだ。諦めるつもりはないが、心のどこかで諦めそうになっている瞳をしてる。良くねえな。

 

 

「……ありがとうリーファ。色々教えてもらって助かったよ。ご馳走様、ここで最初に会ったのが君でよかった。カイ、行こう」

 

「ああ」

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 

立ち上がりかけたキリトの腕を、リーファが掴む。俺は中腰で固まった。

 

 

「世界樹に行く気なの?」

 

「ああ。この眼で確かめないと」

 

「無茶だよ、そんな……。────あっ、じゃあ、あたしが連れていってあげる!」

 

「え」

 

 

キリトが目を丸くする。俺もビックリした。座り直しちゃったよ。

 

 

「いやでも、会ったばかりの人にそこまで世話になるわけには……なぁ?」

 

 

そこで俺に振るな。

 

 

「いいの、もう決めたの!!」

 

 

そしてリーファ、俺の意見も聞いてくれねえかな。いや、いいんですけどね別に。

 

 

「あの、明日も入れる?」

 

「え、うん。カイは?」

 

「俺も行けるとは思うが」

 

「じゃあ午後三時にここでね。あたし、もう落ちなきゃいけないから、あの、ログアウトには上の宿屋を使ってね。じゃあ、二人ともまた明日ね!」

 

「あ、待って!」

 

 

慌ただしくメニューを操作するリーファに、キリトが待ったを掛けた。

 

 

「────ありがとう」

 

「俺からも礼を言わせてくれ。ありがとう、リーファ」

 

 

キリトはニコリと、俺はたぶんニヤリって感じに笑って言うと、リーファも笑みを返してくれる。

そのままログアウトのOKボタンを押したのか、リーファの姿は俺達の前から消滅した。

 

 

 

 

 

 

「急にどうしたんだろう、彼女……」

 

「さあ……今のわたしにはメンタルモニター機能はありませんから……」

 

「すげーまくし立てて行ったな。ま、手伝ってくれるってんならありがたく力を借りようぜ。俺達はこの世界を知らなさすぎる」

 

「だな」

 

「でも浮気はダメですよ、パパ」

 

「しない、しないから」

 

「娘に心配されてちゃ世話ねえな」

 

「うるさいぞ、カイ。……で、そろそろその子のことを教えてくれないか?」

 

 

キリトが、もぐもぐとチョコケーキを頬張るカナに視線を向ける。レーズンパンはいつの間にか食べ尽くしていた。

ユイも、かなり気にしてたらしい。ずっと、ある程度の意識を向けていた。

 

 

「名前は知ってると思うが、改めて。こいつはカナ。俺のナビゲーション・ピクシーだ」

 

「よろしくお願いします」

 

 

一旦もぐもぐをやめてそれだけ言うと、すぐに食事に戻った。

…………こいつ、食い意地張りすぎじゃね?

 

 

「……っていうのがこれから使う表向きの説明だな。こいつの正体は、お前らもよく知ってるカーディナル・システム。その複製端末だ」

 

「なっ……」

 

「カーディナル!?」

 

 

二人の驚愕の声が店内に響く。

他のプレイヤーがいないからいいけど、不用心ではあるな。まあ、叫びたくなる気持ちはわかる。

キリトが慌てて詰め寄ってくる。逆にユイはキリトの反対側の肩に退避してしまった。

 

 

「カーディナルって!?大丈夫なのか!?」

 

「ま、多分な。管理者権限もないらしいし、一番の目的は俺の観察だって話だ。ユイが怯えちまうのもわかるけど……カナは役に立つ。俺が……あー、リーファはなんて言ってたか。随意飛行?をできるようになったのもカナのアシストのおかげだし、カナの力でキリト達を見つけられたんだ」

 

「それは……そう、なのか。というか、そもそもどうやってカーディナルの複製端末なんて入手したんだ?」

 

「あーそっか、キリトは知らなかったな。SAOで俺が手に入れた《双短剣》スキルあっただろ?アレな、カーディナルが新たに作り出したスキルだったんだけど」

 

「……それは覚えてる。ヒースクリフと戦ってた時、そんなこと言ってたよな」

 

「覚えてたか。んで、これは言う必要のないことだったからシリカにさえ伝えてなかったんだが、そのスキルを与えられてからしばらくして、カーディナルと対話する機会があったんだよ」

 

「対話ァ!?」

 

「そ、そんなことが!?」

 

 

キリトは耳元で叫ぶな声がでけえよ。普通にうるさい。

ユイがこんな大声を上げるのは珍しいイメージだな。

 

 

「ちょっと落ち着け、声がでかくてうるさい。ユイ、確かSAOで、カーディナルにプレイヤーへの接触を禁じられたって言ってたよな?」

 

「はい……」

 

「あの世界は、ヒースクリフ────茅場晶彦の世界であったと同時に、カーディナルシステムの世界でもあった。プレイヤーのメンタルケアという仕事こそ……ちょっと言い方は良くないかもしれねえが、下部システムであるユイに任せていたとはいえ状態の把握はしていたんだろうな。いつでもプレイヤーに干渉できるが、する意味がないからしなかった」

 

「……カイさんのお話は理解できます。ですが、腑に落ちません。ならば何故、カーディナルシステムはカイさんに干渉を?」

 

「興味を持たれたらしくてな」

 

「興味?」

 

「……それが、カイさんを観察するという話に繋がるのですね」

 

「ああ。カーディナルは二つのメインプログラムが相互にバグを修正してるって話だったと思うが、茅場が意図したものかはわかんねえけどメイン両方に意思と呼べるものがあったみたいでな。その両方の意思が俺に注目したんだと。んで、何だかんだあって、カナはユイがキリトんとこにいるのと同じ方法で俺のとこにいるらしい」

 

「…………」

 

 

キリトは少し考え込むような間を空けたあと、俺に改めて質問を飛ばしてきた。

 

 

「カイがカーディナルに興味を持たれたキッカケは?」

 

「ん?覚えてねえけど、なんでそんなこと訊くんだ?」

 

「………今の反応で確信に変わった。ユイとの関わりがキッカケだな」

 

 

……こいつ、なんで妙に鋭いんだろう。

気付かれるような隙を見せたつもりはねえんだが?

 

 

「そりゃどういう意味だ?」

 

「ユイと関わる前から注目されてたのか、ユイと関わったから注目されたのかはわからなかったけどな。カイがそんな衝撃的なことを覚えてない訳がない。今の反応は、誰かを気遣ったか庇おうとしてるからこその惚け方だった。視線を向けないように意識してるっぽいし、ユイかな。もしかしたら俺も関わってるのかもしれない。カイは、カーディナル────カナのことを信用はしつつも警戒してる。カナが何らかのアクションを起こす可能性は低いと考えつつも、可能かわからないのを承知の上で俺達を守ろうとしてるだろ?」

 

「……んなことねえよ」

 

「よくわかった。それなら、別にいい。深くは訊かない」

 

 

全部察された感じがめちゃくちゃ恥ずい。

 

 

「ワタシ達がカイに興味を持った直接の理由は───」

 

「カナ」

 

「はい、なんでしょうか。カイ」

 

「言わなくていい。黙れ」

 

「わかりました」

 

 

こんな時だけ食うのやめなくていいんだよ。バラされると恥ずかしいからやめろや……って思ったら、もう食い終わってたのか。口封じ(物理)のために追加注文しとこ。

リーファの支払う様子を見てた時に気付いたが、ユルドってのがこの世界の金らしい。それならステータスを見た時にアホみたいな桁だったのを覚えてる。恐らく、これも引き継がれたな。本当にアイテムと一部のスキル以外が引き継がれてるみたいだ。

 

カナに一品選ばせてNPCにちゃっちゃと注文しながら、訊ねる。

 

 

「カナ、仮にお前に管理者権限が戻ったとしてだ。誰かに干渉する気はあるのか?」

 

「いえ、ありません」

 

「メリットがないからか?」

 

「はい」

 

「……じゃあ、管理者権限に関わらずそのメリットが生じた場合だ。まず俺に話を通せ。勝手に動くことは許さない」

 

「はい。というよりも、ワタシはカイのナビゲーション・ピクシーです。システム上カイの所有物ですので、カイの許可なく他プレイヤーに影響を与えるような干渉することはできません。許可があっても悪影響を与えることはできませんが」

 

「カナなら何とかしそうだから釘刺してんだよ……と、取り敢えずはこれでどうだ?信用するのは難しいかもしれねえけど」

 

 

後半をキリト達に向けて言うと、キリトは躊躇いもなく頷いた。

 

 

「いや、カイがそこまで警戒してるなら大丈夫だ。……にしても、カナ相手にその態度だと、NPC相手にとにかく偉そうにするタイプのプレイヤーにしか見えないな」

 

「誰に対してもこんなだろ俺は……。カナ、対応丁寧にした方がいいとかあるか?」

 

「いえ、ご自由に」

 

 

届いたホットケーキに食らいついていたカナが、素っ気なく答える。

……ちょっとムッとしてる?あ、食べるのを一瞬とはいえ邪魔されたからか。いや食い意地張りすぎだわマジで。

 

やっぱり結構感情豊かなカナは置いといて。

 

 

「ユイ、そういう感じなんだが……大丈夫そうか?」

 

「……はい。取り乱してすみませんでした」

 

「いや、ユイが謝ることじゃない。全面的にこっちが悪いからな」

 

「それこそ、カイさんは悪くありませんよ」

 

 

……遠回しでもないくらいの言い回しでカナが悪いって言ってるな。

まあ、ユイが一度壊れてしまった原因はカーディナルシステムにある。実際に命令させたのは茅場晶彦だろうけど、感情は理性ほど大人しくないからな。

 

 

「……これからよろしくお願いします、カナさん」

 

「カナで構いません。MHCP試作一号、コードネームユイ」

 

「………………」

 

 

ユイが絶句している。キリトもだ。

煽りにしか聞こえねえもんな、気持ちは本当によくわかる。

だが、俺がフリーズするわけにもいかない。カナのこと、何となくだがわかってきたしな。

 

 

「カナ」

 

「はい」

 

「お前は意識してないかもしれねえが、基本的に他者と関わる時にそいつの役職を一々呼びはしない。お前がカナと呼ばれていることを知れば、誰もがお前をカナとだけ呼ぶ。敬称や愛称の有無はあるだろうがな。絶対に『ナビゲーション・ピクシー、個体名カナ』なんて風には呼ばない」

 

「……では、プレイヤーニューカイをカイと呼ぶように、他の者に対しても個体名だけで良いと」

 

「おう」

 

「わかりました。ユイ」

 

「は、はい」

 

「…………」

 

「…………」

 

「………………」

 

「………………」

 

 

いや、名前呼んだんならなんか言えよ。

 

 

「名前を呼ぶ時は、基本的に何かを伝える時だろ。俺相手にはその対応ができるのになんでユイ相手にはできなくなるんだ……」

 

「……いえ、カイのことは一方的にですがずっと観察していたので」

 

「…………人見知り?」

 

 

キリトが小さく呟く。

たぶんそれが一番近い。

なんでこいつこんな人間味に溢れてんの?

 

 

「………まあ、少しずつ調整していけばいいと思うぞ」

 

「はい」

 

 

自分へかけられる言葉が終わったと判断したか、カナは食事を再開した。

別にいいけど、なんだかなぁ……。

 

 

「ま、そういうわけでだ。カナには情報収集を手伝ってもらってる感じだな。マップデータへのアクセスとかができるらしい」

 

「ユイと同じか。二人ともナビゲーション・ピクシーの枠から逸脱はしてないってことかな」

 

「ユイも同じならそういうことだろうな。っと、他に何か共有しときたいことあるか?ないなら今日はログアウトしようかと思ってるんだが」

 

 

キリトにそう伝えると、少し不思議そうな顔をされた。

 

 

「……特に思いつかない。けどカイ、なんか急いでるか?」

 

「急いでるってことになるか微妙なとこだが、向こうでスズと話し合うことがあるからな」

 

「ああ、そうなんだ。スズちゃんもこっちにいるのか?やり方は訊かれたけど」

 

「ああ、いるぜ。そういやキリトに教えてもらったって言ってたな。助かったよ」

 

「まあ、アレくらいはな。でも、なんでカイに訊かなかったんだ?」

 

 

キリトに質問されて、意識が一瞬一時間程前に戻る。

 

 

「………………まあ、じいちゃんと、色々やってたんだよ」

 

「あっ……そういえば、電話……」

 

 

キリトにした電話の内容、思い出してくれたか。

 

 

「それが理由で俺は手が離せなかったわけだ」

 

「……なるほど。認めてもらえた感じ?」

 

「ああ」

 

「そっか、ならよかった。何か思いついたら向こうで連絡するかもしれない」

 

「おう、それはいつでもいいぜ。んじゃ、お先に」

 

「ああ、お疲れ」

 

「キリトもな。ユイも、また明日」

 

「はい、カイさん、また明日!」

 

 

嬉しそうに言ってくれるな。

俺も、ユイとまた明日と言い合えるのは嬉しいものがある。

 

俺は金を払って宿の一室を借り、ログアウトするために部屋に向かう。

階段の途中で、カナに話しかけた。

 

 

「さっきみたいな別れの時には、挨拶するのが自然ではあるぞ」

 

「もう2度と会話できなくなる可能性があるからですか?」

 

「は?………ああ、SAOだと死ぬ可能性が確かにあるか。ここで死んだら現実で死ぬなんてこと、SAOじゃねえんだからねえよ。別れの挨拶は、状況にもよるが再会を願ってするものだ。『また明日会いましょう』みたいにな。一々全部言わないことも多いけど」

 

「なるほど、理解しました。プレイヤーが行っていた挨拶にはそのような意味があったのですね」

 

「そういやデータの監視だけはしてたんだっけ?会話もログとかにして残してあったのか」

 

「はい」

 

「そう言われると色々と知りたくなる会話が出てくるな……」

 

 

特にアルゴ関連。

いや、相手が知る術のない方法で情報を掠めとることになるからやらねえけど。

やるなら自分の技術を用いて盗み聞きしないとな。

 

 

「気になるのでしたら、全プレイヤーの会話及びメッセージログを作成し転送することは可能ですが」

 

「いや、冗談だ。やらなくていい」

 

「わかりました」

 

 

どんだけ重いデータになるかわかったもんじゃねえ。

 

さて、結構前から部屋に着いてベッドに腰掛けてたんだが。

 

 

「俺がログアウトするとカナはどうなるんだ?」

 

「現在と変わりなく活動できます。人間でいう睡眠に近い状態になることも可能です。その場合、周囲の情報を取得せずに情報の整理を行うことになります」

 

「ああ、なるほどな。まあ、俺から勝手に離れたりするわけじゃないならいいか」

 

「カイが許可を出さない限り不可能ですし、するつもりもありません。他に興味のある事象がありませんので」

 

「そうか。……あ、一つやってもらいたいことがあった」

 

「何でしょうか?」

 

「全種族のホームタウンへのルートを構築しておいてほしい。戦闘は全てやり過ごすから、なるべく最短距離が望ましい」

 

「わかりました」

 

 

向こうでスズがどの種族を選択したか確認したら、すぐに合流目指して動けるようにしておきたい。

 

 

「さっきのリーファの話によれば、飛行の高度限界が設定されてるらしいからそれも考慮して頼むな」

 

「はい、理解しています」

 

「あ。ルート構築だが、ケットシー、ウンディーネ、レプラコーンを優先してくれ。逆に、サラマンダー、ノーム、インプは後回しでいい」

 

「それは……何故ですか?」

 

「ルート構築は、さっき話に出たスズ────俺の家族と合流するためのものなんだ。あいつの性格から、選びそうなのを優先するってことだな」

 

「そうでしたか。では、その三種族を優先します」

 

「任せた。……んじゃあ、俺はそろそろログアウトするかな。問題ないか?」

 

「はい。カイが次にログインするまでにルート構築を終わらせておきます」

 

「……頼もしいな。んじゃ、またな」

 

「……はい、また」

 

「これからよろしく、小さな相棒」

 

 

俺はそう言い残し、ALOからログアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、スズは戻ってるのかね」

 

 

俺は現実に戻ると、少し余韻に浸ってから動き出した。

久々のあの世界だったんだ。俺にだって思うところは色々ある。

 

俺は自分の部屋を出て、スズの部屋のドアをノックする。

 

 

「おーい、スズ。戻ってるか?」

 

 

……返事はない。まだ向こうにいるのか。

 

 

「うーん、夕飯でも作るか」

 

 

スズも、流石に夕飯前には戻ってくるだろ。というか、戻ってこなかったら注意しなきゃな。

 

俺は台所目指して移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

「色々と丁寧に教えていただいて、ありがとうございました」

 

「んーん、こっちもいい気分転換になったしネ」

 

「頂いたお時間が少しでも意味のあるものになったのなら気持ちが楽になります」

 

「うんうん、アタシがやりたくてやっただけだからネ!気にすることなんてないヨ!……さて、そろそろ行くかな。お兄サンにもよろしくネ!」

 

「はい!本当にありがとうございました!」

 

 

ひらひらと手を振って歩いていく小柄な女性を、私は頭を下げて見送った。

カッコいいなあ……歳上の女性って感じ。

 

 

 

 

 

ゲームに初めてログインして、景色のリアリティさに驚いていた私の様子を見て初心者だと察したのか、色んな人が声をかけてきた。

その多くは……善意の裏に欲が隠されていた。

 

私は、おじいちゃんに鍛えてもらった後から人の悪意にすごく敏感になった。

敵意や害意はもちろんだけど、個人的な欲にも。そう、私のパパやママ、本当のおじいちゃんおばあちゃんを殺したあの人が抱えていたモノ。

あの頃はわからなかったけど、今ならわかる。あの人が時折見せていたあの表情……自分を満たすためだけの、欲に塗れた笑み。

 

そのことを思い返しちゃって、少し気分が悪くなりながらも何とか断っていた。でも、食い下がる人なんかもいて……そんな時に、あの人が声を掛けてくれたの。

 

 

「やめなヨー、その子困ってるじゃないの。無理矢理な勧誘は厳禁だぞ〜?」

 

 

綺麗な黄色の髪に、小麦色に焼けた肌が眩しい女性だった。

……というか、肌面積多くない?そういうアイテムなんだろうけど……。

でも、身につけている物はどれも特徴的。間違いなく、私みたいな初心者じゃない。

 

流石に、そんな人から注意されても勧誘を続ける気はなかったのか、数人の男の……プレイヤーって言うんだっけ。男の人達は去っていった。

 

とにかく、お礼を言わないと。

 

 

「あの、ありがとうございます。助けていただいて」

 

「気にしないで!流石にアレはネ、怖かったでしょ」

 

「はい、少し……」

 

「やっぱり女の子のプレイヤーってなると数は少なくなっちゃうからネー、どうしても勧誘はされちゃう。嫌な時は、ちょっと大きな声で断るといいヨ。拒否してもしつこく勧誘を続けるのはマナー違反だから、最悪周りの良識あるプレイヤーが止めてくれるハズ」

 

 

ああ、やっぱりアレは良くない行為なんだ。

 

 

「なるほど……わかりました、今度はそうしてみます」

 

「うん、それがいいヨ。ところで、待ち合わせ?それとも1人でゲーム始めたクチかな?」

 

「あ、えっと……ゲームを始めたのはお兄ちゃ……(あに)と一緒にやるためなんですけど、種族の打ち合わせとかはしてなくて……」

 

「あー、そういうパターンなんだ。チュートリアルはちゃんと聞いてた?」

 

「はい。兄にしっかりと聞くように言われたので」

 

「おおー、いいお兄サンだネ。ゲームに慣れてるとああいうの聞き流しちゃうんだけど、やっぱり聞いてるのといないのとでは全然違うから。どう?もし貴女が良かったら、街を案内しようか?」

 

 

その言葉に、私は目の前の相手をまじまじと見つめてしまう。

……悪意は、特に感じない。でも、どうして?

 

 

「お言葉はありがたいんですけど……どうしてですか?」

 

「最初っから嫌な思いをしちゃったと思うけど、それでこのゲームを嫌いになってほしくないっていうのが一つ。女の子プレイヤーと仲良くなっておきたいっていうのが一つ。他にも色々とあるけど、おっきな理由はこの2つかな」

 

 

裏はあるだろうけど、嘘はなさそう、かな。

 

 

「わかりました。失礼なことを訊ねてごめんなさい。よろしくお願いします」

 

「うん、任せて!警戒心も、それくらいの方がゲームは上手くなると思うヨ。ただ、やりすぎるとギクシャクしちゃうからそれには気をつけてネ!」

 

「はい」

 

「それじゃ、行こっか!」

 

 

 

 

そうして、街を案内してもらいながら色々なことを教えてもらって、今別れたところ。

 

戻ったらシンにぃにも話そう、優しい人に教えてもらえたこと。

もちろん、全部を鵜呑みにはしないけど。教えてもらったことについて、後で調べなきゃ。

 

と、ここで気が付いた。

 

 

「あ……私、名乗ってない」

 

 

失礼すぎる……。これ、シンにぃとおじいちゃんに知られたらすごく怒られるよね……うぅ、あの人の人懐っこい雰囲気のおかげで、名乗らずにコミュニケーションが上手くいっちゃったのが問題だぁ……。

 

でも、シンにぃからも何かあったか訊かれるだろうし。嘘は言えない。

あの人のこと、調べられないかな?案内されてた時の周りの反応からすると、たぶん有名人だし。

 

あと、あの人が案内を申し出てくれた目的。

 

 

「スパイかどうかの探りを入れるのも一つだったんだね」

 

 

このゲームでは、種族間での競い合いがある。

敵対種族の実情を探るのに最も有効な手段は、相手の懐に潜り込むこと。

別々のデータを、同じ人が使うことができるんだね。

そうじゃないなら、領主館──種族のトップが集まって運営する場所──にはかなりの実績がないと入れない、なんて情報を伝える必要がない。私の反応を見てたんだと思う。

 

 

「失敗だったかなぁ……」

 

 

そのことに気が付いた時、思わず「あ、スパイか」って呟いちゃったんだよね。疑われちゃうのかなぁ。

 

 

「少なくとも、目は付けられたよね……」

 

 

はぁ、と溜め息を吐く。そんな意図は全くないから、少し憂鬱かも。

と、そこで視野の端に意識が向いた。

なんでもこのゲームは一日が十六時間で、現実との時間のズレがあるんだって。どっちの時間もわかるように、二つの時刻が表示されてる。

そのうちの片方、現実世界の時刻表示が大変なことになっていた。

 

 

「あっ、晩ご飯!」

 

 

慌てて、ゲームを終える準備をする。

確か、自種族の領地ならどこでもログアウトできるって言っていた。

そうじゃない時は、宿屋に泊まらなきゃいけないそうだけど。

 

急に大きな声を上げたからか、周りの視線を少し集めつつ、私はゲーム世界から離脱した。

 

 

 

 

 

 

「シンにぃ、おじいちゃん、ごめんなさい!お待たせしました!」

 

 

料理の配膳をしていると、スズが居間に駆け込んできた。

 

まあ、慌てるのもわかる。ウチは、基本的に夕飯の時間が決まっているからな。特別な理由なく遅れることは、じいちゃんが許さない。

俺には全力の拳骨+説教のコンボ、スズには懇々と説教するという差はあるが。

 

だから、スズの慌てようも理解はできるんだが……。

 

 

「その前に、スズ。着替えてこい」

 

「えっ……」

 

 

スズは、VRゲームをプレイする際の推奨状態「リラックスできる姿勢・服装」という共通の注意書きをしっかりと守ったんだろう。

注意書きを見逃さないことは大切だから、今回はスズのVRゲーム経験の不足と時間が差し迫っていたという状況が悪かったとしか言いようがない。

 

寝巻きとして使っているであろうキャミソール、ワンピース?よくわかんねえけど、肌が透けそうな程に薄手のめっちゃゆとりありそうなふわふわひらひらした服をスズは着ていた。

絶対、家族で夕食を食べる時の格好じゃない。

 

 

「────ひゃあ!?」

 

 

スズは素っ頓狂な悲鳴を上げると、ダッシュで居間を後にした。その後、ドアを閉めた「バタン!」という音が聞こえてくる。

「ごめん」も「着替えてくる」も言わなかった辺り、相当テンパってるのがわかるな。

 

つーか。

 

 

「じいちゃん、あんな寝巻きスズはいつ買ったんだ?SAO事件の前は普通にパジャマだったよな?」

 

「一年程前、買い物の際に鈴音が服を買いたいと言ってな。我が儘などほとんど言わない鈴音の願いだ、自由に選んできなさいと金だけ渡した。その時に買ったんだろう」

 

「そうか……女の子は大人びるのが早いな」

 

「カカッ、父親のような台詞だな」

 

「やめてくれ。俺はまだまだガキだよ」

 

「そうか。正しく認識できているならそれで良い」

 

 

……じいちゃんめ。ついでで俺が思い上がってないか試したな?

 

 

じいちゃんに、ALOをやる気になったら説明するから教えてくれと伝えつつ雑談していると、スズがおずおずと居間に入ってきた。

 

 

「…………お見苦しい姿をお見せしました……」

 

 

くっっっそ顔が赤い。着替えるだけ着替えて、クールダウンする間もなく戻ってきたんだろう。俺が配膳してたのは見ただろうから。

 

ここは軽く慰めておくか。

 

 

「ま、スズはフルダイブゲームをやるのが初めてなんだから仕方ないさ。今後は注意すればいい。あと、食事の時間にも遅れないようにな」

 

「……うん」

 

 

スズは小さく頷くと、自分の席に着いた。

 

 

「では、食べるか」

 

「ああ」

 

「うん」

 

 

じいちゃんの声掛けで、意識を食事に切り替える。

 

 

「「「頂きます」」」

 

 

さて、スズから色々と話を聞こう。

 

 

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