艦を出港させてから3日、あと3時間ほどで該当の宙域に到着する。アステロイドベルト付近に来たせいで艦橋からはデブリ(岩石)が漂っているのが見える。
小汚い艦橋では小汚い艦長席に小汚い私=舞姫・バートンが座り、小汚くシリアルバーを貪ってる。その横で同じように赤城優がシリアルバーを食べていた。
「サヤ君はどんな感じだ?」/赤城優が気にしてなさそうな様子で話し掛けてきた=聞くだけでものすごく気にしてる。
私だって気にしてる。それは彼女を気にしてるというよりも、彼女が"来たこと"の方が、だ。
軍学校早期卒業組は本来であれば超エリートコースなのだ、間違ってもこんな辺鄙で偏屈で経歴と性格に難がある連中が集結してしまった"ウチ"に来るものではない。
彼女が持っていた通知文には正式なサインが記されていた、そしてうちに来た通知文にもそのサインはあった。
配置に関する書類は儀礼的な面も含めて紙で渡されるのが慣わしである、が、急遽変更があった場合はその限りではない。
わざと渡さなかった、と推測出来るが、ウチの部隊の補給担当が穏健"過激派"という何とも言いがたい人物であるからして、ウチへの嫌がらせという類いも考えられる。
それを含めて考えてみたところ、サヤちゃんはどうなのか?という質問に対して私が回答する言葉はもちろんのこと
「んー、よくわかんないかなぁー、優はどう思ってんのー?」/不明&質問で返す/この場合は誰かと同じ考えにしておくのが妥当と思う。
「京介とジョエルさんの所見を聞いたところでは、"チーム戦には向かないタイプ"らしい、二人は"アイツは危ない"と言っているが、俺的には"ウチ"にうってつけの人材だよ」/正気かよ、と言われるような返答が帰ってきた。
「えぇー、その心は?」
「ウチにチームワークなんて気の効いたもんがあるかよ、都合上自分の範囲の仕事が他の奴と被るだけだ、下手にチームワークなんてモノを持ち出したら、あいつら絶対しくじるぞ」
ぐうの音もでない的確な指摘だった。昔から状況に応じた人物評価は正確に出来る男である。
「まあそれは性格だけを判断した上で、だ、能力が高くなければ死ぬだけだろうな」
「ふーん」
「問題は何で此処に来たか、の方だろ?厄介な事に巻き込まれてないか俺達、お前のことだエミールに調べさせてるんだろ?」
「まぁねえー、人事の方にけっこう上の方からお達しがあったっぽい、てぇとこまではわかってるってさー」/まだわかんない、というポーズを取る/やれやれといった顔で優は携帯端末でゲームをやりだす=興味がなくなったらしい。
「それともう一つ」/付け加えるように優が喋る/何か言いにくそう。
「何ぃー?」
「サヤが16歳の女の子特有の距離感バグり気味モーションやってくれるおかげでクルーがみんなどぎまぎして、仕事の効率が下がった」
「何てぇー?」
「見た目が良いし、出るとこかなり出てる方だし、礼儀正しい、優しい、清潔、良い匂いする等々の好印象要因が乱発してくれてるおかげでクルー同士が誰がアタックするかで牽制しあってる」
「えー、何ー、ここはティーンエイジャーの学校かなー?というより美人な私とアスミちゃんが居るのに何でこんなことなってんのよ」/自分で美人って言ったのかお前、という顔をされた/実に憤慨である。
「見た目良いけど汚くて臭いから敬遠されてるだけだろ、というかお前既婚者じゃねぇか」
「臭いってなにさー!」
「作戦中に風呂入らねぇだろお前、ちなみにアスミは食い方や何やら全部の動作が汚い」
「失礼な、作戦中じゃなくても入らない時あるよー」/だから臭いんだよお前、という顔をされた、実に、とても実に憤慨である。
アイツは風呂に入ってるだろうか?と物思いにふける男が一人、そう、言わずもがな俺=エミール・バートンである。優には風呂に入るよう口を酸っぱくして注意してほしいと頼んだが、怪しいところだ。
はぁ、と大きなため息をつき、深々と椅子に座りこける、それと同時に会場のスピーカーのスイッチが入る
『これより、第3回月護衛軍予算審議会を行います、議員の方々はお手元の第3改訂版の資料を御覧ください』
流れるアナウンス/半球状、お椀のような形の国会議事堂/そこの一番上、お椀の淵部分に俺は座っている。
一番上ともなると一番下、お椀の底の部分までは垂直で30m以上もある。こうなってしまう要因は多々ある。席をボックス席にしたり等の理由があるが、最も大きな理由は議員の数が多いからだ。
歴史を紐解いたところで一国で現在の月の議員の数に匹敵するモノはない。議員数の増加により月の政治は慣例主義が横行し、結果として"停滞"している。
言っちゃ悪いとは思うがかなり大きな変化が訪れない限り月が変わる事はない。
"紛争"程度ではなく、"戦争"ぐらい大きくなくてはならない。
「悪い顔になってますよ、エミール議員」/真後ろから声/真っ白な儀礼服+長い銀髪をまとめて肩に垂らしている+彫刻のように整った顔=モデルみたいな男が来ていた。
「レオ君か、忙しいのによく来たな」
「軍の予算審議ですから、議員達の大義名分くらいは聞いておきます、叔父からお前は見ておけ、と口酸っぱく言われてますから」/凛とした動作で着席+携帯端末で資料を出す、これだけの動作で美術館に飾ってる絵のようにバッチリと絵面が決まるのは顔の良さであろう。ずるいところである。
「大義名分……か、第3次まで軍事予算を改訂し続けた結果が予算削減とは、ほとほと嘆かわしいところだよ」
「ダイソンスフィア計画への予算転換、というより経済政策によるコロニーへの締め付けが効果的とわかってしまった結果、ですかね」
「金と資源を握ればコロニーに言うこと聞かせる事が出来た、ってのが悪いなぁ、暴力を使わなくて良いってのはかなり政治家的にはアドバンテージになるからねぇ」
「資金は良いとしても、資源は自国に存在していない、取られ放題ですがね、アステロイドベルトは月からは遠すぎる」
「だから一応として軍にも予算は落としているのさ、資源を勝手に取らせないための番犬としてね」
「我々は番犬ですか」
「失礼な言い方だがね、軍とはそういう物だ、いや、そう"あるべき"なのだ、威嚇し、敵に我々を攻撃すれば痛い目をみるぞ、と思わせる事が大事なのだ」
その点で見れば経済制裁というやり方は効果的だろう、人命を減らさずに行使できる。しかし、それは常識的な人間が相手の場合に限るのだが。
「だから軍事費は少なくてもいけないし、多くてもいけない、ちょうど良い塩梅があるはずなのだが、平和というぬるま湯と戦争という熱湯に浸かっている者ほど"極端"になる」
「それを決める為に貴方達が議論するのではないのですか?」
「議論ねぇ、審議等と宣っているがこの話し合いは既定路線をなぞっているだけだ、全ては始まる前から決まっているのさ」
「保守派の方々が罵りあっているように見えますが、あれも既定路線ですか?」
「そりゃもう、議会における議員の派閥割合を知ってるかい?通称穏健派と呼ばれる新自由主義は7割、通称保守派である国粋主義は2割、残りは良くわからない主義の連中をまとめて1割、穏健派の声が通るのは自明の理さ、それも前々から決まっている事がね」
「にもかかわらずあそこで罵る必要は?」
「政治はパフォーマンス、演劇だよ、市民は議案について真剣に話合っているという場面が見たいのさ、それが過激であればあるほど良い、と下の連中は"誤解"している」/はぁ、とため息/下の連中は市民を下に見すぎなのだ。
「市民はそれに気づいていると?」
「もちろん、低密度の変動重力場をもろともしない高性能な通信網がコロニーと月を繋ぎ、社会的な交流の場を提供するネットワーク上のサービスが市民に広がり、知識を持つ個々人が考えを皆に発信する現在、政治の陳腐なパフォーマンス等はすぐに見破られるさ」
「……そうですか」
「というか君の方が詳しいだろう?ハッシュタグ増し増しで『護衛軍の若獅子』、『話題のイケメン』、『イケメンガンダムパイロット』とかで人気じゃないか」
「いや、そちらの方は部下が自分の端末で勝手にしているだけでして、自分はさほど詳しくありません」/ホントに知らなそうな顔/電子機器に疎いおじいちゃんみたい=そこが逆に市民に受けそう。
「そういえば君の従兄弟達が軍に入ったらしいね、しかも早期卒業組!流石エルフォード家だねぇ」
「……叔父上の子息ですから」
「まあ、その内の一人がうちの嫁さんの所に来たのにはびっくりだったがな」
「……え?」
「知らないのかい?女の子の方がアパッチ部隊に配属になってるよ?」
「……初耳です、違う部隊だったはずですが……」
「……君が初耳なら、もっと上だなこりゃあ」
LP2コロニー群『ファクトール』近辺の宙域に着いてから一時間、僕達の部隊はすぐに漂流していた採掘業者を救助した。
作業船のスラスター(JED)は綺麗に撃ち抜かれ、居住エリアは綺麗に残っていた。作業員は全員無事に生きている、"コロニー"出身の作業員が、だ。
僕=サヤ・エルフォードはひきつりそうな顔を鍛え上げられた顔面の筋肉で微笑みに強引に作り替えていた。
「ありがとうございます!本当に助かりました!」/ガビガビとノイズが入った電子音声=リアルタイム翻訳/公用語である日本語を使えていない/コロニーの中でもまともな教育を受けてない証拠。
「いえいえー、そんなそんなー、こちらの艦で近くのコロニーまで牽引しますので、ご安心ください」/ニコニコ笑顔の艦長/正気かコイツ?
ありがとう、と一際大きな電子音声/耳障り/低階級らしい/臭い/"黙ってろよこのコロニー野郎が"、と大きな声を出しそうになる。
救助者の心理的状況を鑑みて女性多めで連絡を取ることになり、こんなコロニーのクソ野郎と会話するはめになった。月護衛軍としての立場としては助けるべきかもしれないが、僕の仕事ではない。
「報告では何人か傷病者が居ると聞きました、こちらに治療の準備がありますが、どうされますか?」
「はい、数名程おりますので治療をお願いします」
「では艦を接続した後にこちらの方で傷病者を治療します、もう少しお待ちください」
また一際大きな"ありがとう"が飛んでくる/今からこっちにコロニーの奴等が乗ってくる?/冗談じゃない/虫酸が走る。
「サヤちゃん」/艦長からの突然のお呼び/このタイミングで何?/コロニーの奴等とは関わりたくない/しかしそれを気取られるな、僕はエルフォード家だ、御兄様のように誰かを守る為に戦う者だ、嫌悪感など唾棄すべきこと。
「はい、艦長」/完璧な声音での返答、何にも問題ありません僕は正常です、とわからせるには充分過ぎる。
「君と京介に哨戒任務を任せます、哨戒範囲は機体にデータとして送付します、確認してください」/さっき迄の声音とは違う=上の立場が使う絶対的な喋り方/あまりの切り替わりに少し戸惑う/すぐさま自分自身のスイッチを切り替える。
「了解しました」/綺麗な敬礼での返答/それを見て艦長は少し口元を緩めた。
「緊張しないで、というのは無理があるわね、でも気負わなくて良いわ、京介の言うことをちゃんと聞きなさい、今はそれだけで良い」
艦長のお言葉をもらい、僕は格納庫に向かう。その途中で採掘艦からの傷病者と鉢合わせしてしまった。
鼻に来る臭い=風呂に入ってない臭い/厳しくなりそうな目を気合いで通常に戻す/出来るだけ速やかに横を通ろうとする。
が、傷病者を対応している人員の中に京介さんが居るのを見つけてしまった/見たことないぐらい笑顔と優しい口調で対応している/顔が同じの別人なのか?
「すぐに治療しますから、皆様は待機場所でお待ちください、呼ばれた方から治療を受けられます、それまで待機場所で飲み物と軽食を置いてますのでご自由に食べられてください」
やったぁ、ご飯だ、等の嬉しそうな声/ただし置いてあるのは日持ちするレーション系だろう、僕はあまり口に合わなかった。
京介さんはニコニコしながら傷病者を案内している、だから終わるまで待つ事にする。壁にもたれ掛かってコロニーの連中を眺める。
小汚ない継ぎ接ぎの服+肌の色は浅黒い+喋る言葉は聞いたことのない言語=まともな教育を受けてる奴等じゃない/"あの時"の連中は日本語を喋ってたからまともな教育を受けていたのだろう。
まともな教育を受けた連中でさえ"あんなこと"をしでかしたのだ、コロニーの連中は信じられるモノではない。
小さい頃の僕にしたような事を自分の娘にもやるのだろうか?やるはずはないか……、仲間意識だけは人一倍強そうな顔ぶればかりだ。
ぼぉーっとそんなことを考えていると服の裾をちょいちょいと引っ張られる。歳が5~6歳程度の女の子が僕の服を引っ張っていた。
おぞ気が身体を駆け巡る、それを気合いで抑え込み、顔面を鉄面皮のように笑顔で固める。気取られるな、僕はエルフォードだ、家名に泥を塗るような事は出来ない。
「どうかされました?」/声を上擦らないように平坦なテンポで喋る。さっと服を掴んでしゃがんで掴まれていた裾を離させる=良くやった僕。
女の子はモジモジと小汚ない服のポケットから小汚ないシートを一枚取り出して僕に差し出した/CNT薄膜で綴じられた押し花/指の体温を光に変換してぼうっと薄暗く光る代物=よくある子供の遊び道具。
「オ、おヒメさま!アリ、アりがとウ……ゴザいます!!」/拙い日本語で感謝を伝えられた。
呆気に取られた僕は押し花を受け取ってしまう。何の花だろうか?と疑問に思っている隙に女の子は待機場所へと走って行ってしまった。というか何でお姫様?
もらっても困る、と正直に思う。しかしその青が御兄様の機体の色と同じに見え、少し見入ってしまった。
「アヤメ、だな、コロニーでは良く植えられてる花だ」/案内を終えた京介さんが帰って来ていた。
「お花詳しいんですか?」/そんな風には1ミリも見えない。
「母親が良く育ててたからな、そこで教えられた、花言葉もな、他にも色々知ってるよ」/クソほど似合わない=率直な感想。
「博学ですね、今度教えてください」/とりあえず誉めといて微笑みかけとけば何とかなる=母親の教え。
「今度な……サヤはコロニーの連中は苦手なのか?」/鉄面皮がぶっ飛びそうなくらいストレートな質問がぶっ飛んで来た。超気合いで顔面を固定する。
「え、どうかされました?」/疑問を疑問で返して有耶無耶にしてしまえ。
「あの女の子に押し花を差し出される前に顔が強張ってたからな」
あの一瞬を見てた?というかそんな微妙な変化に気付いた?良く人を見てるなこの人=鈍感ぶっきらぼうやれやれ系男子かと思ってた。もしかして嘘言ってもバレる?
正直に言う?ほんのり苦手みたいな感じで伝えれば印象悪くならない気がする、多分。嘘言うよりもマシな気がしなくもない。
「昔少しありまして……、少々苦手ではあります」/申し訳なさそうな声+微妙に伏せた目+目線は斜め下+手は身体の前で両手を弄りながら=知られたくないけど貴方に言われたら素直に言いますよ、だって尊敬してますから!という感じ満載で返答。
我ながら完璧であろう。これからの相手の出方としては言わなくて良いことを言わせたな……すまない、的な事を言われて終了。ワンサイドゲームだ、完全勝利だ。流石僕。
「そうか……此処の部隊の連中はコロニー出身やコロニーからの入植者の子孫が多い、あまり口に出さない方が良いぞ」/何かつっけんどんな感じで返された。え、間違えた?
「はい、あ、艦長からの命令です、僕と京介さんで哨戒任務に出ろとの事です」/爆速で話題変更、同じ会話続けても地雷踏みそう。
その後、パイロットスーツに着替えて10分後に格納庫集合、とだけ伝えられ、京介さんはどこかに行ってしまった。
えー、それだけ?という感じで僕は途方に暮れた。
まぁとにかく頑張るか!、と気分を切り替えて更衣室に入ると既にアスミさんがパイロットスーツを着用してる最中だった。半脱ぎのスーツから溢れた均整の取れた出るとこ出たスタイル、黙ってたら息を飲みそうなクール系美女。
「お、サヤどん!お前も着替えるのか!お前のロッカーはそっちじゃ!」/きったない言葉使いにわけのわからない語尾=美女が完全に台無し。
「あ、はい、え、どん……ですか??」/同性のせいか少し素が出てしまう。
「いやー、サヤどんでっかいしのぉー、どん!ていうかどたぷんというか、マジデカイの!痛くならないのかぁ?」/アスミさんはカッカッカと笑いながら流れる手つきで僕の胸を両手で両方を下からタポタポ持ち上げる。回避出来なかった。というか触るなや。
「ちょ、やめ」
「うわでっか、おっも、わし触ったぞってみんなに自慢してやろ」/へっへ~と笑いながら手を離し、着替えを再開する/何だこの人。
今さらだがウチの部隊、変な人ばっかりだな。アスミさんはこんなんだし、艦長はいつもボサボサの髪&芋ジャージでうろついてるし、オウカさんは永遠ご飯食べてるし、隊長に至ってはどこ行っても釣り道具持ち歩いてる。
3日で変ってわかるのは相当だ。
「あ、サヤどーん」
「はい、どうされました?」
「京介は優しくしてくれとるか?」
えっ?という表情でアスミさんの方を振り返ると困り眉で僕を見つめていた。
「ちと、京介は偏屈なとこあるから、言葉が荒い時もあるかもしれん、でもそれはサヤどんの事を心配して言ってくれてるから嫌いにならんでほしいのじゃ」
「そこは……わかります、だいぶ心配してくれてるんだなって感じますから」/実際感じてない/よくわかんない/好印象を持たれる為にそれっぽく返す。
「前に京介が指導してた娘っこはコロニー出身だったから、少し言い方キツくなってる可能性もあるがのう」
「前ですか?」
「京介の目の前で死んだがのぅ、京介もコロニー出身じゃからお気に入りじゃったんじゃろし」
閉口してしまう、それを見てアスミさんは怖がらせてしまったかな?という顔で僕を覗き込む。当の本人的には前任者が死んだとかどうでも良いところだが、コロニー出身の京介さんに対してコロニー連中苦手などと言ってしまった事の方がよほど重要である。
墓穴である。墓穴。大変マズイ、嫌われるのは非常にマズイ。
名誉挽回しないといけない。
出撃する時間になっても京介さんはこちらへ何も喋りかけずに出る事となった。
格納庫。カタパルトへの通路に張られた薄い霞=空気が外へ出ない為に展開された指向性重力がわずかに光を偏向させることで靄のように見える。
京介さんは先に機体を動かして靄の向こう側へと行ってしまっている。遅れないように僕の機体=アームドトーナスを動かす。もうひとつの体を歩かせるイメージ、足を一歩踏み出すが硬い動きのまま前に進んでしまう。
「接続が上手く出来てない……」
身体のナノマシンと機体の接続が完全じゃない故の障害。それに対して機体が僕の身体に接続しなおす、不意にもうひとつの身体の感覚が消える。CPUのロードが終わり、感覚が復活、心臓の鼓動に合わせて炉心が脈動する。
もう一歩踏み出す、想定通りの歩き方、流石にガンダムを運用する整備員である、機体の自動復旧が早い。
『遅いぞ、サヤ』/無機質な声=京介さんの有無を言わせない感じが伝わる/キレてる?キレてない?ヤバい、急げ急げ。
カタパルトで出ていく京介さんを追いかけてカタパルトに機体を預ける。足のアイゼン(踵)を射出機に引っ掛ける、視界に射出カウントが表示され動きだす。
カウントが終わり、JEDによる蓄積された指向性重力が射出機を時速300㎞で動かす。
「サヤ・エルフォードは京介さんを追い掛けます!」
機体が射出、機体が軋む音が聞こえてもコックピットにはさほどGを感じさせる事はない、自動で指向性重力による慣性制御がおこなわれるからだ。
艦を出た瞬間、視界いっぱいに星が広がる。普通なら肉眼では見えない微かなデブリの反射光、それを機体が拾っている、だから見える。故に薄暗い色で塗装されてる京介さんのGエイナスを確認出来る。
『哨戒コースを確認した、お前も確認しろ』/無機質な声/やっぱキレてる/良いとこ見せろ、腕を見せて認めてもらうしかない。
「確認、第一ポイントまで引っ張ります」/無機質に返答=貴方に合わせるという意思/引っ張る=可変機の役割の一つとして組んだ相手の機体を目標ポイントまで運ぶ役目がある。
機体を変形、心臓(炉心)の感覚だけを残して他の感覚が消える=可変機の変形は人体では絶対に出来る物ではなく、その感覚も人のそれとは隔絶している。故に一部の感覚だけを残して直接グリップとペダルで操縦するのだ。
アームドトーナスの随伴機牽引グリップは機体下部にある、それを掴みやすい位置へと機体を動かす。京介さんは間断無くグリップを掴む。
「接続確認」
『行け』
「行きます」
ペダルを踏み込んでスラスターを噴かす/牽引する機体に負荷をかけないように機体を制御/軋む音を最小に。そして目標ポイントへと最速で加速する。
初任務だ、気合い入れろ僕。
目標ポイントまでは数分で着く、その間でも油断せずに哨戒する。動体センサーをM'sサイズ以上に限定、慣性で動く物以外をピックアップするように設定。アステロイドベルト故にデブリと小惑星の衝突によって慣性運動から外れる物が多く、ひっきりなしにセンサーが反応するが、全てチェックしていく。
「……多い」
『サヤ、動体検知の限定を狭めろ、集中力がもたないぞ』/面倒くさそうな声
「学校ではこう指導されていますし、人数が多いわけではありません、頑張らないと」
『人数が少ないからだ、頑張るにも限界がある、それにM'sや艦が潜んでいて俺達を狙うならエンジンの重力波が検知出来る』
「エンジン出力を抑えられてしまっては検知なんて」
『俺は"ガンダム"に乗っている、装甲抜くのには出力を上げる必要がある、そうなればエンジンの出力も上がる』
確かにと思い、動体検知の範囲を狭める、途端に反応が無くなってしまう。それを確認した京介さんは通信を切る。これで良いのかと疑問は残るが、現場と学校は違う、それに今僕を評価しているのは現場の京介さんだ、そちらに従えば良い。結果を残せ。それだけで良い。
『ポイントまで残り200…、サヤ、そこのデカイ小惑星に俺を降ろせ』
「目標までまだありますが?」
『良い、俺が決めた速度で目標付近を巡回しろ、そっちの方が援護しやすい』
「……指示に従います」
『任せろ、速度はデータで送る、その通りに飛べ』
要は離れた所から援護するから哨戒しながら囮になれと言っている/正気じゃねぇ/こんなことしてたから指導してた部下を殺されたんじゃない?
でも、これが此処の現場なのだ/これが此処のやり方/合わせるしかない、でも僕ならもっと上手く出来る。
京介さんを指定した小惑星に降ろし、指示された速度で巡回コースを飛ばす。"余計な重荷"を降ろしたおかげで存分に自分自身の自由に出来る。速度を限定、しかし気ままに飛ばす。御兄様が飛ばすように。
「ふふん」/ペダルとグリップ操作に容赦がなくなる/牽引時では選択しなかった挙動でコースを飛び回る=小惑星同士の隙間を縫うように、もしくは掻い潜って。
一部慣性制御を切ることで普通の航空機のようなGが身体にかかる、御兄様が飛ばした飛行機に乗った時を思い出す。御兄様は空を飛ぶのが好きだった、一人で飛んでいるのも楽しそうだったが、"エリナ"お姉様と一緒の時は特にそうだった。
今はあまり飛んでないと聞くが、いつかは前のような御兄様に戻ってくれる、その時はエリナさんのように御兄様の横に、僕は居たい。だからその為に力をつける、家に引っ張られないような力を、僕がやりたいことをやれるように。
「だから……」
そんなことを考えながら近付いて来ていた小さなデブリを機体を変形させながら蹴り飛ばす=御兄様の真似。ガン、という金属音と共にデブリは飛んでいき、少し大きな小惑星にぶつかり、それがまた少し大きな小惑星にぶつかりドミノ倒しのようにぶつかっていく、そしてかなり大きめな小惑星がぶつかる。
そして小惑星が割れた。その割れた向こう側に"ガンダム"が居た。
京介さんのGエイナスではなく、月のガンダムの中でも見たことが無い、全く僕の知らないガンダム。
小惑星にへばり着いて何かをしていたのか向こうもびっくりした挙動でこちらを眺めていた。
"ガンダム"と眼が合っているのを如実に感じた。
そしてガンダムは"逃げた"。犬みたいに躊躇なく。
「あ、え、見つけた!!!!見つけました!!!!ガンダム!!!!」
『あ?!声がでけえ!!?は?何か居たのか!?!?』
「ガンダムです!!!!!」
機体を変形させてペダルを容赦なく踏み込む。慣性制御を再起動させ、容赦なくガンダムを追い込む。しかし、こちらの速度よりも向こうの方が少し早い、このままだと逃げられる。
「足止め!」
バルカンを発砲/軌道上のデブリと小惑星を破壊し、ガンダムの足を止める/ひっきりなしに京介さんからの通信が飛んでくるが何故か通信の調子が悪い、なのでガン無視してさらに速度を上げていく。
バルカンにより飛散するデブリと小惑星、それをガンダムは縫うように逃げていく、そのおかげで速度は落ちた。詰め寄るなら今だ。
人型に変形、小惑星を蹴りながらスラスターの損耗を度外視してガンダムへと突貫する。ビームサーベルを引き抜きガンダムの背面から狙う、AAで拡張された視角でも、ここは完全に死角になっている。取れる、そう思った。
しかし、驚異的な反応速度で振り返りながらシールドでビームサーベルを防がれ、加えてグリップを弾き飛ばされた。何だコイツ。ガンダムの性能云々の話ではなく、これはパイロットの腕前が異常。
でも僕だって……!食らい付ける!
フレームが歪むのもお構い無しにスラスターを噴かして膝蹴りを胴体に叩き込む、シールドで防がれ一次二次装甲が砕ける、がガンダムの体勢は崩れる。他のビームサーベルを"投擲"する、シールドを焼く事が出来たが再び防がれてしまうが、その一瞬僕(機体)の姿を見失う。
スラスターを全開で噴かして体当たり、背中の余計なビームランチャーがへし折れる。シールドをこじ開けて、左腕のマニュピレーターでガンダムの胴体を殴りつける。砕ける指先、変な方向に曲がるのを自分の身体で感じる。痛みは無い、自分の身体ではない、押し通せ。
慣性制御も物理障壁も炉心からの重力波でおこなっている、しかしM's同士が近付けばそれは無効化される、だからマニュピレーターでの胴体の殴打はコックピットを豪快に揺さぶった事だろう。パイロットは即応出来ない。
砕けた腕の袖元に装備されたビームサーベルをコックピットに叩き込む。
『我輩を追い詰めるとは中々だな、月のパイロット』
ゴリ、とコックピット内に響く音。ビームサーベルを叩き込もうとした左腕が肩口から千切れていた、ガンダムの手刀が肩を切断していたのだ。ガンダムのマニュピレーターは無傷だった、これが普通のM'sとガンダムとの差。
力の差。
膝蹴りで距離を取る、そう思って挙動を開始した直後にガンダムの蹴りで足を吹き飛ばされた。凄まじい音と振動、そして衝撃が僕を襲う。
胃袋がひっくり返り、口から食べた物が飛び出してしまい、目に入りそうになる。瞼を閉じても機体の視界は直接脳内に繋がっている為に外は見えている、が直後にガンダムによって頭を引き千切られてしまう。
消える視界、咄嗟にヘルメットを脱ぎ捨てる。コックピットのモニターは生きている、そちらに切り替える為に吐瀉物で汚れたヘルメットは邪魔。
無機質な殺意が僕を襲う、このガンダムは僕を殺そうとしてる、しかも無抵抗な状況で殺すつもりだ。
「でも……、こちらには!」
細く長い光=ビームがガンダムの肩を掠める。ガンダムの二次装甲を一部剥がしている、流石に"ガンダム"のビームである、実用的ではないと思っていたが、思いの外使える武装だ。
『サヤ!先走りやがって!!!!』/京介さんの怒号/ビームが再び敵のガンダムを掠める=僕から敵を追い払おうとしている。
仲間が来た、その安心感が身体を包む。が、それは即座に無くなった。敵のガンダムが僕を掴んで逃げたのだ。それも先ほど僕から逃げた時よりも速くだ。M'sを一機掴んだ上で、この速度。
先ほどは手加減していた?
『サヤ!!!仲間が来る!それまで持ちこたえろ!!!聞こえているのか!?サヤ!!!』
「京介さん!!」
『聞こえているのか!?!』/話が噛み合わない=通信機が壊れてる?
『ん、なんだ我輩を襲って来たのは女の子ではないか』/ノイズ混じりの声、京介さんの声ではない/上から見たかのような不遜な声=敵のガンダムのパイロットの声/何故通信が繋がる?
『我輩もガンダムの集団に狙われるとヤバいからな、君は良い盾になる』
「盾になど……なるものかッ…!!京介さん!!!僕に構わず!!!」/通信機からの返答は無し、やはり繋がってない。
『おや、命を粗末にする悪い女の子だなぁ、それはいけない、とってもいけない』/ノイズ混じりの声が聞こえたと同時に機体の制御が勝手に操作されていく、そして慣性制御を切られた。
同時に凄まじいGが僕を襲った。胃袋をひっくり返した衝撃以上の挙動、意識がぶっ飛びそうになるがそれをAAが防ぐ、故に苦しみが続く。
ベルトが身体にしっちゃかめっちゃかに食い込み、身体に痛みが走る。永遠に痛みが続く。相手は僕を好き勝手に振り回す。
振り回される過程で反抗出来る力がだんだんと抜けていく。踏ん張る力が無くなり、我慢すべき所を我慢出来ずに股で暖かいものが溢れ出すのを太ももで感じる。そしてだんだんと死ぬというのを自覚してきてしまう。
おもちゃのように殺されるという真実。それを認識すると同時に自分が泣きながら悲鳴をあげている事に気づいてしまう。あの時と同じ、他人に好き勝手にされ、自分が無力であることを身体に教え込まれる感覚。
『おやおや、泣き出してしまったか、我輩としてはもう少し我慢して、欲しかったところ……あ、やべ』
細く長い光が機体を貫通していた、僕の機体をだ。敵のガンダムが僕と会話している集中が切れている瞬間を狙ったのだろう。僕に当たるコースではなかったが、咄嗟に敵のガンダムが僕を盾にしたのだ。
ビームは綺麗にコックピット後ろの炉心を貫通していた。この場合、M'sは炉心本来のエネルギーが外に放出してしまう前に爆発することによってその放出を止める。モニターに爆発までのカウントが表示される。唐突な死に少し安堵してしまう僕がいた。
そして光が僕を包んだ。