ざわつく格納庫。死ぬほど整備員が動き回っている。俺=京介・ユーラックはコックピットの調整をしていた。
開いたコックピットハッチの向こう側では残り3機のガンダムがほとんど半壊状態で整備されていた。これほど部隊がボロボロになるのは一年前の大規模作戦以来だ、それをたった一機の"ガンダム"にやられた。
俺達4人で戦ってこの様だ、しかも"手加減"された。俺含めて4人ともパイロットは無傷なのだ、そんな奴がアステロイドベルトに居るのか?コロニー軍か?そんなわけない、あの性能はコロニーのガンダムでもそこまではない。
なんなんだアイツは。
「くそっ!!」/考えれば考えるほどむしゃくしゃしてモニターを叩く。
不意にそんな俺の前に桜萪が現れる、その手にはレーションのフルーツバーが2本握られていた。何も言わずにその内の1本を俺に寄越すと桜萪には珍しく仏頂面で食べだした。
「なんだ、慰めにでも来たか?部下を2人も亡くした俺を」
「運が悪いだけだ、それに慰められて元気になるような奴かよあんたが、艦のセンサーにデカイ重力波が検知された、戦艦クラスでこっちに向かってる」
「……海賊か?」
「十中八九そうって奴だな、甘いもの食って頭を回復しろ、機体も応急処置で出る事になる、民間人を防衛しながらだ、厳しい戦いになる」
「チッ、わかった、……俺フルーツバーはみかんが良いんだが……なんで小豆なんだよ、フルーツじゃねぇだろ」
「人気の奴はすぐに無くなるからな、俺だって、青いグレープフルーツ味だぞ酸っぱ過ぎるんだよ」
「さっさと……休暇取りてえなぁ、ホント」
夢。夢だとすぐにわかった。レオ御兄様とエリナお姉様が皆に祝福されて結婚式を挙げている。僕はどこか寂しい気持ちで二人を祝福していた。いつか僕も結婚するのだろうか。お母様が僕に願うように、顔の知らない誰かと結婚して子供を産む。
家族みんなが喜んでくれる。お父様もお母様も僕より凄い弟も、僕が決められた道を進むことを喜んでいる。
M'sに乗らず。軍人にもならず。ただ綺麗な服を着てニコニコしてる事が正しいと、みんなが言う。
そして顔の知らない誰かにもニコニコして機嫌を取るんだ。"誰か"が怒らないように。"誰か"に怒られないように。顔色を見て生きていく。
その顔を僕は覗き込む。レオ御兄様のようなカッコイイ人なら良い、出来れば優しい人が良い。でもそんな人はいない。どこにもそんな人は居ないんだ。
居るのは僕を好き勝手にする人。僕に暴力を振るって言うことを聞かせる人。不機嫌な顔をして僕を威嚇する人。僕を"殺そうとする"人。
覗き込む顔が僕を見下ろす。二つ目が僕を仰視する。鈍く光るその目が僕を萎縮させる、力が無い奴は言うことを聞けと言わんばかりに。
そして、その顔は恐ろしい"ガンダム"の顔をしていた。
目が覚める。
身体中が痛い。あちこち好き勝手振り回されてぶつかったせいだ。頭が痛い。それになんだか少し寒い。まるで服を着てないような。
着てなかった。素っ裸。
「うひやぁ!?!なんで?!裸?!」
ぶつかったところに青アザが出来ている。何でこんなことなってるの?!?と阿鼻叫喚しているとドアが機械音をたてながら開く。
腕で大事な所を隠しながら部屋の隅へと逃げる。何か武器になるものは、と辺りを見回しても何もない。ただの箱でしかない。まるでペットみたいに飼われているようだった。
「おっひょ、我輩16歳女子のお世話とか初めてですぞ、めっちゃ良い匂いするなぁ、最高、パンツ!おしっこ染み込んだパンツ!家宝にしよう!渡すのは新品の奴!」
ドアからベラベラ喋りながらマルチAIデバイス(ハロ)が歩いてきた。転がるでもなく、胴体から4つの足を出し、後ろ足二本だけで器用に歩き、前足二本でパンツを広げてる。僕のパンツを。
僕が仰視しているとハロもこちらの事に気付いたようで2人で数秒見つめあった。すると何もなかったかのようにハロはパンツを口の中に仕舞い込むと四つ足で歩き出す。自分はいつも四つ足で歩いてますけど?何か?みたいな感じで。
「おや、起きたのかねお嬢さん、うんん?この部屋はお嬢さんには少し寒いかな、新しい服を持ってこよう、待っていてくれたまえ」
「……パンツ返して」
「我輩のです」
「僕のです」
無言で鬼ごっこが開始。ハロは四つ足を器用に使って廊下を突っ走っていく、僕は裸のまま廊下に飛び出す。ハロのくせにめちゃくちゃ早い、本気を出さないと追い付かないぐらい。でも本気を出すと両手を振ってダッシュすることになるので、素っ裸の今はやめておきたいところ。
「あっはっはっは!!尿の糖分多いね!甘いもの好きかな!?!?!」
全力ダッシュで思い切りハロを蹴りあげた、ぶずぁー!と変な声をあげながらハロは思い切り"木に"ぶつかって停止した。
木?と周りを見渡すと庭園のような場所に僕は立っていた/見たことのない多種多様な植物/蝶等の虫も飛んでいる=月の植物園でもこれほどの物はそうそう御目にかかれない。
「あっははは!年甲斐もなく我輩はしゃいだはしゃいだ!いやいやごめんごめん!」/木の下でハロは頭を振り、高笑いしながら僕の湿ったパンツを寄越してきた/履く気はさらさらなく、手で握りしめる/それを見てハロが"ニヤリ"と笑った気がした。
「貴方は?そのハロを遠隔で動かしてるんでしょ?そんなにハロは流暢に喋れないもの」/腰を落として出来るだけハロと同じ目線まで視線を落とす/ハロは器用に前足で会釈をした=そういった生き物が行う礼儀作法に見える。
「我輩は"撒種母艦"『ノアズアーク』の所有者兼製作者、エインヘリアル・"セレブレイト"、よろしくサヤ・エルフォード、アルセナーレ事件の発端となったボランティアの唯一の"生き残り"、実に"興味深い"女性だ」
議会が終わり、俺=レオ・エルフォードはそそくさと会場を後にした/ぞろぞろと出て行く議員達=この後は会食での"馴れ合い"の時間/その中にエミールさんがいるのをチラリと確認=強かな人間である。
待ち合わせ場所まで議会の階段を下りていくと一台の長い車が待っていた。高価で頑丈そうな車。その横に妖艶な雰囲気を醸し出した黒髪の女が待っていた。
「レオ、仕事があるから早く乗ってください」/乾燥した感じの声/俺を見ずにその向こう側を見てるような目付き=見透かされてるような気分になる。
「ベルベット、機体の調整をしてたんじゃないのか?」/促されるように車に乗り込む/続けて妖艶な女=ベルベットが俺の横に座り込む。
「調整は終了、機体は『モリガン』へ積み込んでいます、セイト何してるの早く出して」
鋭い指示が運転席へと飛ぶ。ひょっこりと顔を出す金属製のヘルメット、T字のスリットから薄く人間の目が見える。
「おー怖い怖い、ベルちゃん、レオが帰ってくるまで色んな人にジロジロ見られちゃってキレちゃってるのよ、優しくしてやんなー」/軽薄な声/ベルベットの蹴りが運転席に突き刺さる/ケラケラと笑い声が溢れると同時にドアが閉まる。
ドアがしまった瞬間、車が走り出し、車の気圧が少し高くなるのを感じる=ドアの機密ロックがかかり空気の流入はエアコン等からのみになり、中の声が外に"漏れなくなる"。
「あー!レオ!"お姉ちゃん"頑張った!物凄く頑張ったから撫でて!!!」/んばぁ、と俺の頬にベルベット・"エルフォード"の頭部がめり込む/外に声が漏れないとわかった瞬間である。
「よくやったから止めろベルベット、痛い」
「キレちゃってるから優しくしてやれって言ったろーよ」
「セイトがね!私にレオを迎えてやれって言うのよ?!超美人の私が待ってたらレオの株が上がるって言うのよ?!だから頑張ったの!でもみんなジロジロ私を根布るように見るのよ!?!信じられる?!ねぇ?!あとお姉ちゃんって言って!!」
「助かった、ありがとう、ベルベット"姉さん"」/少し追い払うような動作で頭を撫でる/満足気な顔で俺から少し離れる、がそれ以上に離れないので髪を纏めていた組紐を外す="髪をとかしてくれ"の合図/ベルベットはニコニコしながら俺の髪を手櫛でといていく。
「んでよー、議会どうだったんだよ?聞いたんだろ?予算の関係」
「あぁ、資料でも確認してたとおり、うちの予算はそのまま通るようだ、計画に滞りはない」
「他の所は予算ガリガリ削られてるのにうちは減らされないってのも、何か……あれだよなぁ……不公平ってやつ?」
「必要な所に必要な分だけ、月はダイソンスフィア計画に集中している、だが俺達のAGP計画の方はまだ資金が必要だ」
「まあ、俺達は途中だから良いとして、アパッチ部隊の方はほとんど終了してるからばっさりカットされてたな」
「こちらはM'sのハイエンドモデルを建造するためで、向こうは量産モデルを建造するための計画だ、主旨が違う」
「とはいえ、M'sの高性能化については排熱機関の根本的革新がなければほとんど手詰まりよ」/手櫛を終えたベルベットが冷静な声で会話に参加/俺の髪を手入れ出来て満足そうにしている。
「M'sが開発されてから220年、それほどの期間があったとしても私達は最初のM'sである『ガンダム』のマイナーチェンジしか作れていない」
「えぇ?形全然違うだろ?」
「それは人間にとっての身長が違うとか肌の色が違うとかその程度のことなの、骨格も内臓の位置も何にも変わってない、私達がしてるのは理想的な人間を作ろうとしてるだけ、人間の範疇は超えられないのよ」
「あー、最初のガンダム作った奴が凄いって事ね」
「……ざっくり言えばそうよ、最初のガンダムを作った開発者が建造したシングルナンバーに搭載されてる技術は私達の数世代先を行っている、私達が考え、発展させ、実用段階になった技術さえも既に搭載されていたりするのよ」
規格外よ、とベルベットはそっぽを向いた=自分が負けてる事を自覚している。
身内贔屓ではなく、ベルベットは月ではトップの技術者だ、その腕は一流なのだ、その彼女が規格外と言わしめる開発者『K・I』、今この世に生きているのであれば、世界を変えてしまうのだろう。
この停滞した世界を。
「いやぁー、ホントごめんねぇ、乱暴しちゃって、それにこんなとこ連れて来ちゃってねぇ、おわびするから、ね、許してよ、お願い!」
ねぇ?許してよ、とハロはテーブルの反対側で前足を合わせて謝罪している。結局、ハロを遠隔操作する人間は出てこずに庭園の中心部で食事をすることになった。
木々と花畑に囲まれたお洒落な小屋のウッドデッキ。多数の違うハロが食事を運んでくる。艦の食事とは思えないほどのラインナップだが、カラアゲにタコワサ、アゲダシトーフ、ダシマキタマゴ等々。
庭園で食べる奴じゃない、イザカヤだ。おかしくない?
「というか、この服はなんですか?」/ワイシャツにパンツスーツ=民間会社の服装/まるでオフィスレディの様相。
「居酒屋にはその服だよ!あ、大丈夫、酒じゃないよ!ソフトドリンク!」
ほら!乾杯!とジョッキに並々注がれたコーラで乾杯を促す。嫌々ながら勢いに押されて乾杯するとハロは喜んでいた、そんな気がした。
「それで、貴方は何者なんです?あと、何で僕の名前を知ってるの?」
「まぁだいたいは先ほど言った感じなのだが、なんというかなぁ……、あれだ、趣味に生きる独居老人ってやつだね、名前とかは勝手に調べさせてもらったよ、経歴もね、そして君の言うとおりこのハロは遠隔操作してるよ、そうそう動けない身体だからね」
自分の身体のように動かせるけどね!とハロは椅子の上でタップダンスする。問答を間違えた。
「聞くのを間違えました、貴方はあそこで何をしてたんですか?どうせガンダムに乗ってたのは貴方なんでしょう?」
「我輩がガンダムに乗ってたって思ってる?動けない身体なのに?」
「勘です」
「え、勘なの?マジか、大当たりだよ、すごいな、ガンダムに乗ってたのは我輩だよ」
「で、何してたんです?」
「盗掘」
「やっぱり犯罪者じゃないですか!!!」
「失敬な、我輩みたいな人間かどうかわからない奴に法律が適用されるのかね」
「人間じゃないんですか?」
「元人間だね!人の形をどこまで失えば人間でなくなるのか議論したいところだが、我輩は自分を人間と定義してるから……、あ、やっぱり犯罪者だね!」
アウトである。ハロはハハハと笑っている。何故こんなところでこんな奴とこんなこと話しているのだろうか、僕が気を失っている間に何があったのか、どうして此処にいるのか、気になる点はいくつもある、がコイツは素直に話すだろうか?
「いやはや、昔は無駄話なんてしなかったが、我輩も歳を取ったものだ、些か無作法過ぎたね、最初から話そう」
「最初から?何をです?」
「盗掘をしてる経緯から君を振り回した後の事だよ、先ほど趣味に生きてると言っていたがね、我輩の趣味はM'sとそれに付随する技術の開発及び整備なんだ」
「あのガンダムは貴方が作った?」
「大当たり、まあそういった趣味だからけっこう資材必要だろう?だからちょくちょくアステロイドベルトの小惑星から資源を拝借してたってわけ、そんなとこにキミ達が来て、キミに見つかったのよ」
ガンダムを作った?正気か?どうせ適当な事を抜かしているんだろう、と思ったが性能は僕自身が体感している、ガンダムで間違いはない。どこぞで昔廃棄されてたガンダムを拾って回収した、そんなところだろう。
「貴方もしかして、コロニーの資源採掘艦を襲撃してたりしないですよね?」
「してないしてない、確かに資源採掘艦が居たのは確認してたけど、採掘艦を襲ってまで大量の資源はいらないよ、襲ってたのはこの宙域をうろついてる海賊だね、珍しい海賊だったのは覚えてるよ」
「珍しい?」
「色々と、さ、特に珍しいのは"ガンダム"を持ってた事だな」
ガンダムを持っている。あの写真に写っていたのは海賊のガンダムなのだろうか。
「それで、僕に見つかった後はどうしたんですか?僕は撃たれたはずですが」
「あぁ、なぁに君の機体がビームで炉心ぶち抜かれてたから爆発する前にコックピットブロックごと引っこ抜いたのさ、それで無事なの、まぁその後キミのお仲間とどんちゃん騒ぎしちゃったけどねぇ」
「はぁ?戦闘したんですか?」
「ガンダム4機がかりだよ!並のパイロットなら何とかなったけど、並じゃなかったから苦戦したしボコボコにされちゃった、あ、大丈夫だよボコボコに仕返してやったから!」
「な!?殺したんですか!?!」
「殺してないよ、機体をボコボコにしてやっただけ」
「それでもです!海賊がうろついてる宙域で機体がボロボロなんて!襲われたらどうするんですか?!」
「海賊だって報復怖いから月の連中に直接喧嘩吹っ掛けないよ、あ、いやだいぶ珍しいしなぁ……、ちょっと待ってね」/チカチカと目を点滅させる/どこかと通信しているのか?
「何やってるんですか?」
「この宙域の通信に潜り込んでる、やべ、既に戦闘が開始されてるようだね、此処から未確認の大きい重力波も検知出来る、海賊は"ガンダム"を使ってる」
ハロは目の前に立体映像を投影。望遠での映像だが、仲間の艦と採掘艦が何隻かの海賊の船に攻撃されていた、海賊はM'sも展開している。京介さん達も出撃しているが、僕の目から見ても動きが悪い、機体のダメージが大きすぎるのだ。このままでは一方的に殺される。
「やっぱり!貴方のせいで!!」
「我輩だってある意味被害者……」
「犯罪者の間違いでしょう?!僕にこんな格好させて!食べ物にも何か入ってるんじゃないんですか?!」
「何か入ってるわけはないんだけど、味覚素子が調子悪いハロに作らせちゃったから味付け悪いかも」
ダシマキタマゴを一口食べる。
「塩っ辛い!!ほら!やっぱり!!」
「我輩だってポカやらかすもん!悪い?!」
「悪い!!!もう!こんなとこでこんなことやってる場合じゃないのに!!助けに行かないと!!」
「部隊に入って一週間も経ってないのに、律儀だねぇ君」
「一方的に無意に殺されていい人間なんて居ないっっ!!!特に僕の顔見知りにそんなことさせない!!!」/口から出た言葉/無意識に出てしまったーーエリナさんの口癖。
それでも、僕には何も出来ない。何も力がない。助けることも、どうすることも出来はしない。ただ無力を思い知らされるだけだ。こんなことにならない為に、させない為に軍人になったというのに。
「なら、我輩が力を貸そう、いや……力を与えよう」
「何言ってるんですか?ガンダムでも譲渡してくれると?!?」
「そうだよ、サヤ・エルフォード、我輩の持てる全ての力を全て与えよう、我輩は君が力をどう扱うのか見てみたい、それに」
ハロはテーブルの上に飛び乗りこちらに前足を差し出した=握手のような格好。ハロの目線は僕の眼を真っ直ぐに見据えていた。
「我輩は君が大層気に入った、俗に言う『おもしれー女』って奴だ、我輩の長い人生全てを賭けても良いくらいに、ね」
ハロの前足を見つめる。信じて良いのか?コイツを?胡散臭い奴+ハロなのに?信じられるはずがない。
でも、それ以外に僕に何が出来る?何もせずに部隊のみんなが殺されるのを見るのか?このまま?そんなのは選べない、少しでも可能性があるなら賭けろ。僕にはそれしかないだろ。
「どうする?このまま此処で我輩と食事を楽しむか、"かっこいい"感じにガンダムに乗って仲間を助けに行くのか、どっちが良い?」
「当然」
僕はハロの前足を握る。ハロは少し真剣な表情になった、そんな気がした。