妹紅憑依で二人三脚ラクーンシティ   作:虹色ちゃんデスヨー

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サラマンダーと少女

 

 

 寒空の夜の下、電光が黒色の布に染め上げる様に燦々と輝いている。或る一人が見下ろす先に在るのは、眩暈がしそうな程広大で、科学文明色の強い都市である。その都市の建築物は、その殆どが頑強さをこれでもかと主張する鉄筋、コンクリート、石材のどれかで構成されており、束の間の平和の中では、千年すらも悠に続きそうにも見える程である。そんな建物に暮らす人間は、やはりこの平和が崩れぬと信じて疑わなかった。数軒先で殺人事件が起きようとも、気がついた時には既に犯人は逮捕されている。そんなニュースを見ながら、いつもと変わりなく珈琲を飲むのだ。

 

 そんな様子を憂鬱そうに眺めるのが、一人。深々と生い茂る山林の中腹から、一人の少女が街の様子を見ていた。

 彼女は怠そうにため息を吐くと、独り言ちった。

 

 

「……まさか、こんな世界にこの状態で転生する事になるなんてね」

 

 

 彼女は転生者だった。特筆事項の一切無い様な、平凡な人生を送り、若いまま死んだ。そして、転生という過程を経てこの世界にやってきたのだった。

 

 

「……藤原妹紅。そう自分を呼ぶべきなのかなぁ」

 

 

 そして、彼女は或る創作物のキャラクターの肉体を得て転生した。それは、東方projectという作品群の中の登場人物の一人、藤原妹紅の肉体だった。

 しかし、彼女が得たものは、それだけではなかった。

 

 

『……いいや、あんたはあんたであって妹紅じゃない。妹紅は私だ』

 

 

「判ってるよ、それくらい」

 

 

 彼女の肩には、一匹のトカゲが居た。それも、全身が赤く燃えている。さながらそれは、サラマンダーであるが、実際の所、そのトカゲこそが正しく藤原妹紅、その本人である。

 

 

『いいか。私はまだあんたの事を完全に信用している訳じゃない。若くして死んだという身の上には同情するが、それとこれとは話は別。必ず身体は返して貰うからな』

 

 

「出来る事なら今すぐにでも返してるよ。私だって入りたくて妹紅の身体に入ったわけじゃないんだから。返す方法が見つからないんだって。それに──」

 

 

『……それに?』

 

 

「それに。この世界は尋常じゃない。──あの街を見てよ。数日後には壊滅するっていうのに、あんなに活気づいている」

 

 

『まるで未来でも見てる様な言いぐさ。それの根拠がどこから湧いてるのか、私には判らないが──戦争でも起きるのか?』

 

 

 彼女は、無言で首を横に振った。

 

 

「地獄になるんだ。死者が歩き回り、生者を襲い、襲われた者もまた死者の仲間入り。悍ましい化物共が幾万と跋扈して、蹂躙し尽くして、最後にはあの街は跡形もなく消え失せる」

 

 

『妖怪か? キョンシーとか、そのあたりの』

 

 

「違う。妹紅に知識があるか判らないけど、ウィルスによるもの──要は病気。でも、治るものじゃない。正確には生きてるらしいのだけど、でもそこに意思はない。救うには、殺すしかない」

 

 

『……それは、酷いな。想像もしたくない。……私もある意味、意思があるだけの死者だけれど』

 

 

「…………多分だけど、その惨禍が起きるまでに猶予は幾日もない。ほら、向こうの方に有ったでしょ。山火事の跡。あれが起きた時が残り二か月の合図。そして、私達が昨日見た時には、既に消火されてからかなり時間が経っていた。……しかも、もう冷え込んできている」

 

 

『成程。それで、その時お前はどうするんだ』

 

 

「きっと、この森も化物だらけになる。現に犬の化物とはもう遭ったし。こんな森の中じゃ火も使いづらいし、選択肢は二つ。今からこの街を脱出するか、残ってこれからの災禍に身を賭すか」

 

 

 二本指を立てて彼女は選択肢を提示する。しかし、彼女は気怠そうに、選択する事を放棄しているように手を下げた。彼女は、実際のところ、蓬莱人──老いず、死なず、変化を拒む身体──である為に、歩く死者の仲間入りをする事もなければ、やがて起きるだろう大爆発に巻き込まれた所で死なない。自分の命の危機が迫っている訳でも無いからと、木に凭れ掛った。

 

 

『……で、結局どうするんだ? 残るのか、人助けをするのか』

 

 

「その時が来たら考えるよ。まだ実感が湧かないの。転生して、まだ二日。この世界にも、妹紅の身体にも慣れてないのに」

 

 

 目をゆっくりと瞑り、そして手を開いたり、閉じたりしながら、彼女は葛藤していた。気怠そうに、やる気のなさそうに見える彼女だったが、何も、楽観的にいるのではなかったし、鬱である訳でもなかった。

 その選択肢は、彼女にとってはまるで現実味の帯びていないものだった。実際に起きるのは確定しているのだろう。転生初日、足の軽かった彼女は既に街に降り、その地の名を確認していた。見知った建物が幾つもあるのを見て、嫌悪感を覚える、紅白のロゴマークを目に焼きつけた後だった。

 

 それでもやはり、実感は湧かない。彼女にとって、一日前が転生したばかりの日であり、二日前はただの一般人として若者らしく、流行りのゲームをやっていただけなのだ。人の生死の掛かった選択など、彼女はこれまで一度たりともしたことが無かった。

 

 

「妹紅は、妹紅だったらどうする?」

 

 

『……そうだな。今すぐにでも街に降りて人を助ける準備をするかもな。人助けを善と言い切るつもりはないし、私の手の届かない場所で散る命を憂う事もしない。しないが、目の前で人が死にそうなら、助けたい』

 

 

 その返事を聴いて、彼女はそっと俯き、次の瞬間には顔を上げて言った。

 

 

「奇遇だね、妹紅。私も今そうしたくなった」

 

 

『随分と調子がいいな。そう言うからには、後から怖さで逃げ出すなよ?』

 

 

「戦略的撤退以外はね」

 

 

『そうだな。それと、私の身体は死なない事と、霊力や妖力が多いというだけで、普通の人間と同じ脆さだから、気をつけるんだ。私の見た目をして目の前で死んでは復活しを繰り返されるのも気分が悪い』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幾日か経ち、山の植物の、僅かな落葉樹の葉が落ち始めた頃だった。此処にはない、赤く染まった紅葉を想起させるのは、仄かな寒さと、宙を舞う鮮血の、真っ赤な様子だけだった。虚ろに白濁した目を、石像の様に誰かに向けているのは、活性死者。つまりはゾンビである。やがて生者に追いつき、その肩を掴んだ後に、首筋へと噛み付く。変わらず点き続ける電光に似合わない蘇芳色を迸らせて、また一つ命が散る。

 

 その様子を見ているのは、やはり彼女だった。燃えるトカゲを肩に乗せ、じっとりと、死者に蹂躙される都市を、同じ高さから見ていた。果たして、彼女の決心は既についているのだった。

 

 

『聞かされていたとはいえ、酷い有り様だ。これじゃ、まだ人喰い妖怪の方が温情を持っているよ』

 

 

「あれらにあるのは唯食欲だけ。喰らった先も、喰らう前も、何も考えちゃいない。その点、まだ妖怪の方が、高尚な生き物か」

 

 

 そう呟いた、一匹と一人。彼女は、血より紅い炎を両手に侍らせながら、発つ。そうして、死体を貪る屍者を一閃、首を斬り飛ばした。後には、燃え盛る死体が二つあるのみである。

 

 

「……まだ始まったばかり。まだ助けられる命はある」

 

 

 命がここにあらずとも、助けられる命はある。それが、彼女の決心だった。不死人となってしまった妹紅と彼女。ルーツは違えども、その信条は違わなかった。信頼している間柄でなくとも、一心同体に近しくなった彼女は、互いに影響を受けていたのだった。

 

 とはいえ全てを救う事は出来ぬと判断した彼女は、手乗りの沙羅曼蛇と相談し、生存者の最重要拠点となるであろう警察署付近のゾンビを掃討する事にしたのだった。

 

 

「……流石に素手だけじゃつらい。妖力を使うのはまだ慣れてないから大技も無理だし。妹紅、なにか私に扱い方を教えられる武器ってある?」

 

 

『刀と弓なら、多少は。といっても使ったのは千年は前の事だから、本当に初歩の事しか教えられないが』

 

 

「刀と弓、ね……ここ、アメリカだし無さそうかな」

 

 

『……いや、まて。刀とは言えないが、武器を使いたいなら、一つある』

 

 

「それって?」

 

 

『鋼鉄か何かの、兎に角融けない棒に、火を纏わせるんだ。そうすれば、妖力弾の撃てないお前でも、間合いを確保出来るし、人相手になら十二分に有効打になりえる』

 

 

「……それは良いアイデアね」

 

 

 そう言うと、彼女はアテがあるのか、警察署に向かっていた歩みを転換し、やがて路地裏に入って行った。其処では、屍者は見えずとも、しかし確実に貪り喰らう音は聞こえてくる。只でさえ陰気な路地裏という場所に、カニバリズムが加われば、それこそエキセントリックなパーティも及ばない程に、この世の掃き溜めと化している様に見える。或いは、そこを地獄の小路と形容する。彼女は、心の中でそう感じていた。

 

 

『……こんな所にアテが?』

 

 

「あるんだよ。ちょっとした武器屋がね。銃も一応、携帯しといて損は無いし」

 

 

 幾つもの狭い通路を通り抜け、やがて彼女がたどり着いたのは、【ケンド鉄砲店】と看板のある店だった。

 

 

「スタンロッド。リーチはあまり無いけどね。代わりに強力な電流の流せる武器。そこに炎が加わったら、かなり格好いいと思わない?」

 

 

『そんな事は考えたこともないな。美しさは考えた事があるが。まぁ、それは楽しかったとはいえ……』

 

 

 そんな、凡そ周囲の血生臭い状況とは全くズレた会話をしながら、彼女は店内を軽く一瞥した。そこには、一人の店主と思われる生存者が立てこもり、一見冷静に見えるその瞳は、しかし怯えを隠しきれていない。そんな表情で銃を構えていた。その中、店内の隅にスタンロッドが置かれているのを、彼女は確認した。

 

 

「やっぱり有った。後はあれをどうやってもらうか、だけど。取り敢えず言語は通じる。……私は日本語で話してるつもりなんだけどなぁ」

 

 

『お前と他の誰かが会話している間に使う言葉の事なら、どう聴いても日本語じゃない』

 

 

「不思議。まぁそれに助けられている訳だし、深くは考えない事にして、……と。気づかれたね」

 

 

 彼女達は小声で話していたが、店主は死地の中で感覚が鋭敏化しているのか、耳聡く、彼女と妹紅との話し声を逃さなかった。そして、その者は、抱えた銃を固く握りしめたまま、ジェスチャーで彼女に店内に入るよう促した。彼女は、周囲にゾンビが居ない事を、少々大仰に確認した後、それに応じてガンショップの中へと入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まぁ、流石に武器だけ貰ってはいさようならとは行かないよね~…………」

 

 

 彼女は本来、スタンロッドと、あわよくばで銃を手に入れた所ですぐさま警察署へと向かう予定だった。しかし、彼女の見た目は、白い髪に赤目と浮世離れしていれども、十五歳程の少女である。内包されている力が超人的とはいえ、一見成人もしていないような子供を、たった一人で死地へと追い出す事は、真面な人間であればまずしない事である。

 

 しかし、彼女にとって、その優しさは不必要であった。

 

 

『私は判っていたけどな』

 

 

 護身用にと要望通りに彼女が受け取ったスタンロッドを片手で弄っている所へ、どこからともなくトカゲが現れて、喋りかけた。妹紅である。

 

 

「私も予想してなかった訳じゃ無いけど。……で、脱走できそうな所は見つかった?」

 

 

『あぁ。……しかし、本当にいいのか? ここで脱走して彼を独りにしてしまえば、いずれ店主は死ぬぞ』

 

 

「それは…………うん。どれだけ説得しようとも、店主さんは多分、ここを離れないよ」

 

 

『どうしてだ?』

 

 

「勘。と言って納得はしてくれないだろうから言うけど、店主さんには、娘さんが居るみたい。それも、熱を出して動けない状態」

 

 

『……成程な。そして、その娘さんとやらは多分──』

 

 

 彼女は、妹紅には既に人間がゾンビに至るまでの過程を、二通り話していた。そして、その知識から妹紅の割り出した推測は正解だったが、近くに居る店主の耳に届かない様、彼女はトカゲの小さな口を、指で抓む事によって閉じさせた。

 

 

「残酷な決断だけどね。でも私はこれ以上、ここに居る訳にはいかない。警察署を何とか守りきれば、大勢の市民の命が救われる」

 

 

『…………』

 

 

「妹紅。抜け出せる場所って?」

 

 

『……あそこだ』

 

 

 妹紅の目線の先を確認した彼女は、一切の憂いも躊躇いも無しに、忍び足でそちらへ向かい、そのまま振り返る事なく、店を後にした。

 

 道中、背後から彼女を喰らわんとする屍体の頭を、裏拳一つで躊躇なく打ち抜く姿は、最早、悩んでいる様には見えようもなかった。

 

 燃え盛り、電光迸る火雷を憂いの一切取り払われた腕で薙ぐ。彼女の進む道には数多の屍体(ゾンビ)が。彼女の進んだ道には、幾多の死体が転がっていた。

 

 

「──見えた」

 

 

 返り血の夥しい彼女の視線の先には、巨大でどこか荘厳な、R.P.D警察署が鎮座していたのだった。

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