妹紅憑依で二人三脚ラクーンシティ   作:虹色ちゃんデスヨー

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警察署と少女

 

『あれが警察署か。しかし随分と大きいんだな』

 

 

 数多の死体の山を築き上げ、進んだ先にあったのが、目的地である警察署だった。彼女の手に持つ炎の剣は、一切揺らぐことなく火柱を上げ続けている。それが少し揺らめいたかと思うと、彼女の横から虚ろな表情で手を伸ばしていたゾンビの首が瞬時に飛ぶ。そうしたかと思えば、今度は炎を纏わせた拳で背後から忍び寄っていたゾンビを殴り倒し、スタンロッドを突き刺してトドメを刺した。

 彼女のいる小路でさえ、じっとしていれば一分に一度は襲い掛かられる程であり、その道が合流する先の大通りは、燃える車に紛れて、少なくない量のゾンビが彷徨っていた。

 

 

『だが……結構な量の化物共が道を塞いでるぞ。あれを一気に相手取るのは幾ら何でも無謀がすぎるぞ』

 

 

「流石にあれを相手取る気は無いよ。妖力の扱いが不慣れな私じゃ、大規模に爆発、なんてのは無理だし」

 

 

『私だったら出来たというのがもどかしい。今のこの身じゃあ一発か二発妖力弾を撃つのが限界だ』

 

 

 彼女は、それに短く相槌を打って会話に区切りをつけると、路地裏に回り込んだ。多少迂回する事になるとはいえ、ゾンビの少ない小路から警察署に向かう方が早く到着できると踏んだ為である。果たして、それは正解であった。幾ら不死の身体を持っているとはいえ、四方八方から囲まれる様な状況に陥ってしまえば、当然無傷で脱出する事は難しくなり、またあれだけの量を捌ききるのには少なくない時間が必要である。この時点で彼女は、生存者をいち早く助ける為に動いていた為、刹那の時間さえ惜しんだ。遠回りとはいえ、確実に歩みを止めずに進められる、現在彼女がとったルートが最適解であると、彼女は考えた。

 

 限りあるバッテリーを節約する為電流も流さず、また妖力を消費してしまうが故に炎を点す事もなく、単なる鉄の棒と化したスタンロッドを振り回し進む。彼女は、そうして屍体に二度目の死を与え、進んでいった。『救える』と、確信めいた思いのみを胸にして、ただ、盲目的に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 襲い掛かる屍体の群れを捌き、飛び掛かる烏を叩き落し、行く手の障害を全て倒して進んでいく。生存者がもしこの場に居れば、それを救世の英雄だと形容したかもしれない程、彼女の進みぶりはまさに獅子奮迅であった。この街に恐れる物など無いと言わんばかりに突き進む彼女は、絶望に灯りを点す事が出来ただろう。尤も、それを誰かが見ていれば、の話だったが。しかし彼女は、それを成せると信じて足を止めず、腕を振い続け、路地をひたすら走り抜けていった。

 

 

 そうして進んだ先、警察署の裏手に辿り着いた彼女は、しかしその歩みを更に進める事は出来なかった。彼女の予想していたような、警察官が生存者を守り奮闘するような光景は、そこには無く、少しばかりの呻き声が響くだけである。彼女が想像していた様な、生存者の救助の為に尽力する誰かの姿は、そこには無く。速すぎた訳ではなく、むしろ手遅れであったのは、彼女が築き上げた死体の山が証明してしまっていた。

 彼女は、遅かったのだ。

 

 

『……おい。本当にここで合ってるのか? 人っ子一人居る気配が無いぞ』

 

 

「合ってる。合ってるはず。ここにヘリがやってくるんだ──」

 

 

 ダン、と。

 彼女達の会話を遮る様に、署内から銃声が鳴り響いた。それを皮切りにして、幾つかの銃声が辺りに響き渡った。それは、凡そ六、七回鳴った後、ぱたりと止んだ。そうして、辺りには不自然な程の静寂が降りた。

 そして、彼女は認めざるを得なくなる。理解したのだ──もし、この時点で警察署に生存者を匿える程の余力が残っているのなら、むしろ常に銃声が鳴り響いているべきだった──と。それが無いという事は、抵抗出来る様な人材がもう署内には殆ど残っていないだろうと。

 

 そもそも、生存者がそれなりに居るならば、ここまでゾンビが大量に居る事もない、という事から目を背けてしまっていたのだ。

 彼女は初め、郊外の森からしか、街の様子を視認していなかった。街の詳しい状態までは全く確認を出来ていなかったのだ。日付すらも判らぬほど。結果、人口の密集する中央部で先に起きたバイオハザードの騒ぎが郊外にまで到達するまでの間、じっと待ち続けてしまったのである。その時の彼女には最早手遅れである事すら気づけなかった。そして、警察署が早い段階で陥落する事を彼女は知らなかった。バイオハザードが起きるという知識はあれど、詳細な時系列までは記憶していなかったのだ。

 

 

「……手遅れ、なのかな」

 

 

『……かもしれない。だが、ここまで来て退くのか?』

 

 

「多分だけど──もう、この中にいるのは一人か二人。それも、一人は少ししたらゾンビになってしまう。そして残る一人──今いるかは判らないけど、その人は自力で脱出出来るかもしれない。だから、私は──」

 

 

『かもしれない、で終わらせられる程人の命は軽くない』

 

 

「そうだけど! ……もうね、この段階まで来たら、生存者なんて限られてる。この街の市民の殆どは、もうこの街にいないか、ゾンビになって彷徨ってる」

 

 

『じゃあお前はどうするんだ? 誰一人救えないままここを後にするか? 勿論、お前がそれでいいなら私は何も言わない』

 

 

 そうして、彼女は言葉に窮した。彼女は、この世界においてただの一つも、何も持っていなかった。ゆえに、惨禍の中、生存者を助けるという、漠然とした決意を抱くしか出来る事がなかった。無限に湧き出る迷いを無理矢理に振り払い、盲目的に大義を信じた結果、その支えが無くなってしまった。そんな彼女の心は、殆ど伽藍洞になっていた。

 ここから逃げた所で、彼女に出来る事は最早ない。彼女はこの先起きる惨状について、全くと言っていいほど知識がなかった。もとより、彼女にあったのはラクーンシティについての知識のみだった。

 無限の命はあれど、自分という特異を活かしきれるのはこの一回きりだと、そう考えていた彼女に突き付けられた、役目の消失。或いは、彼女の手によって助かった生存者はいたかもしれない。しかし、この時の彼女は、動けなかった。

 

 一つ、また一つと悲鳴が途絶え、静寂の増す市街。ぽっかりとゾンビの抜け落ちた道に呆然と佇む。そうして、刻ばかりが過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女が意志を取り戻すのには、数時間掛かった。呆然としたままに襲い掛かる亡者を殺しながら、漸く彼女は本当の決心をつけた。

 切っ掛けは、一つの轟音によった。彼女がふらつき彷徨う小路のすぐ隣、警察署に向かって上空から何かが落下したのだ。それに驚いた彼女がはっとした様に警察署を一瞥、それからすぐに上空を見上げると、地上の惨禍に見合わない、無傷の輸送機が一機。彼女は思考を立て直すと、すぐに結論に至った。

 

 あの輸送機を送り込んだのは、今回の騒動の元凶である──アンブレラ社。そしてその輸送機が警察署に投下したものとなれば、それは強力な生物兵器、タイラントである、と。朧気な記憶にも鮮明に残るその巨漢の怪物は、確かに警察署を徘徊していた筈だと。彼女の思考は、そう帰結した。

 

 

「妹紅。今から警察署に入るよ」

 

 

『……漸くか。何時間も彷徨って、結局元通り。……だが、為すべきことはしっかり見つかったみたいだな』

 

 

「うん。これが正しいかは判らないけど、でもやるしかない」

 

 

 そう告げた彼女は、警察署に空いた大穴を目指し、署の外壁を乗り越え、一階、どの部屋や廊下に繋がるとも知れぬ窓ガラスを打ち破り、靉靆たる闇の奥へと入り進んでいった。

 

 

 

 ──その先で、まるで待っていたかの様に彼女に襲い掛かるのは、三体のゾンビである。うち一人は、何時かに其処で殉職したのだろう、警官の制服を身に纏ったものだった。白濁した瞳と、腐乱したような醜悪な面、そして幾つもの死肉を漁ったのだろう、血肉に塗れた口を全開に晒して、彼女を喰らわんと襲い掛かった。

 しかし、辺り一帯がカッと眩く光った後には、その三つの頭部は灰燼に帰し、屍体達は二度目の沈黙に就いた。

 焦げ臭さすらも残さずに消えたその屍体に何か思うところがあったのか、少しだけ彼女は倒れ伏す胴体を見下ろし、しかし次にはもう、前を向いていた。

 

 

 彼女は、一つの小部屋に入った様だった。暗闇の中では、果たして何の部屋であったのか、灯りを灯さねば判る由もなかったが、なんにせよここに目標が居ないのならば長居は無用であると、彼女は扉に向かい、それを開こうとしたが、鍵がかかっていた。べっとりと、大量に付着する血糊に若干気持ち悪さを感じつつも、彼女は扉に触れ、発火させた。幸いにも、扉だけは木製だったのだ。

 

 

 超高温の火炎に焼け落ちた扉を乗り越え、指先に仄かな燭程度に灯りを点すと、天井に穴が穿たれた方向へ進み始めた。道中、幾多のゾンビが彼女を襲うが、それらは全て危なげもなく地に伏せられていった。

 長い通路や戦闘によって崩落した道を迂回しながら、幾つもの部屋を通り、階段を上がり、何枚もの扉を消失させながら進んだ彼女は、中々目標の怪物と相対する事なく、気づけば警察署の殆どを探り終えてしまった。残っているのは、金属の扉で厳重に封鎖されているような箇所などであった。

 

 

「……なんで見つかんないの」

 

 

『……私も一応くまなく見まわしてるが、中々痕跡も見えないな。霊力も感じない』

 

 

 彼女は両の目を眇めながら、険しい顔で通路の血糊を見上げた。彼女は敢えて音を消さずに、むしろ自分の居場所を主張するかのようにして、タイラントを誘き寄せようとしていたのだが、何故だか一向にやってこない。探しても探しても出てこない。彼女は、若干困惑していた。

 

 ため息を吐き、少々茶化した様に、そう呟いた彼女だったが、その実、目の奥は真剣味を保ち続け、意志は微塵も揺らいでおらず、ただ少し、張り詰めすぎた緊張を弛緩させる為に、そっと呟いたのだった。

 

 

 ──その瞬間である。彼女は、ぞわり、と背筋の震える様な感覚を味わった。そしてそれを感じた瞬間後ろに素早く飛び退いた。

 

 そして、彼女が先程まで立っていた場所には、鋭く長い、ピンク色の物体が素早く通り抜けていき、また常人では目で追いきれない程の高速で戻されていった。

 

 

「……リッカー!」

 

 

 彼女は瞬時に構え、ほんの数瞬前に解きほぐした緊張を再度張り詰めさせる。朧気ながらに有る記憶が一つ、リッカー。【舐める者】を意味する名を冠するその怪物は、全身、皮膚の無くなり筋肉が露出しており、また、特徴的なのは、無防備にも晒されている脳と、その異常に発達した舌と爪である。一見しただけでは、恐ろしい化物であるが、その実、元は人間であるというその知識が、彼女の気分を一層害した。

 人間は、このように扱われるべきではない、と。

 

 

『おい、なんだあれは! あれがさっきの空から降ってきた奴か!?』

 

 

「違う──けど、さっきまでのゾンビよりは危険!」

 

 

 彼女らがそう二言交わす間に、前後、挟み撃ちにされるかのように舌による攻撃が飛ばされた。それは、相手は一体だけではない事を示す。

 それを彼女がバックステップの形で避けた先には──更にもう一体のリッカーが居る。咄嗟に避けようと彼女が身体を捻るも──

 

 

「──ッ、ぐぅ!?」

 

 

 ──獰猛な肉食動物を凌駕するほど発達した爪により、脚を切り裂かれて転倒する。身体を捻り、胴への直撃は避けたものの、戦闘に於いて非常に重要である脚を片方切り裂かれてしまったのだ。不老不死である彼女に命の危険こそ無かれど、戦闘に負けない訳ではないのだ。

 

 

「妹紅! どれぐらいで脚は治る!?」

 

 

『一分もあれば!』

 

 

「長いなぁ──っ、と!」

 

 

 痛みに喘ぐ彼女を、三体の怪物達は見逃すはずも無く、まず先に遠くから舌が飛ばされる。が、それは、彼女が予想していた通りであり、起動され、火と雷を纏ったスタンロッドによって瞬時に燃やし、斬り飛ばされる。

 獣の様なリッカーの悲鳴には耳をくれずに、背後から一気に飛びつき爪を振りかぶったリッカーの頭部を裏拳で殴り飛ばし、そのまま追撃──を許さぬと言わんばかりに、先程彼女に傷を負わせた個体が右側から再度爪を振おうとする。それを彼女は、床を腕で叩くかのようにして前方に飛び退き躱し、火柱を一際高く上げさせ、攻撃を外し隙の生じたリッカーの胸に突き刺す。

 しかしその次には、殴り飛ばされたリッカーが再度攻撃に転じていた。

 

 

「あー、もう、次から次へと! 一々俊敏で強力なくせに脆くないのが狡いっ!」

 

 

 そう彼女は愚痴を溢しながら飛びつかんとするリッカーを迎撃しようとする。しかし、その直前である。肩から降り、退避していた妹紅が叫んだのは。

 

 

『──待て! 真上だ!』

 

 

 攻撃する際が、最大の隙である。彼女が他の個体を迎撃している間、舌を焼かれた個体はダメージから回復していた。焼け焦げた舌は使い物にならないものの、必殺とも言える武器が、まだ残されている。そしてその切っ先は、既に彼女の頭上、三十センチまで迫っていた。

 

 

「──っ!」

 

 

 咄嗟に腕を振るい、頭上の個体を斬り落とした。一体目の撃破であったが、同時に、更なる痛手を負う事になったのだ。飛びついてきたリッカーは何の障害に遭う事も無く、彼女の腹を斬り裂いた。

 

 

「ぐぎ、ああっ! ……こ、んの!」

 

 

 しかし彼女もまた、その耐久力に関しては怪物と同等かそれ以上だった。明らかな致命傷を負いながらも、必死に振いなおした紅電は、赤黒い怪物の身体を両断し、そのまま燃やし尽くした。

 二体目を撃破し、同時に殆ど治った右脚を確認すると、そのまま一気に跳躍し、胸に穴が穿たれ動きのとろくなっていた最後のリッカーをそのまま斬り払った。

 ほんの一分間の攻防であった。しかし、彼女にとってはかつてないほど、濃密な時間であった。

 

 

「はぁっ、はぁっ……意外と苦戦しちゃった…………不甲斐ない」

 

 

『妖力が上手く使えないのもあるが、まぁ──実力不足と、単に私の身体は普通の人間と大して変わらない脆さである、というのも関係はしているが』

 

 

「九割九分九厘、実力不足だ……ははっ、こんなんで救おうだなんて烏滸がましかったかな」

 

 

 彼女は、荒げた息を整える為に壁に横たわり、暫くの休憩を取った。炎に死体の焼かれる悪臭の中。しかし、その炎は暗闇を暫くの間は照らしていたのだった。




補足:再生能力について
描写はされていませんが、主人公は妹紅から妖力や霊力の操作を教わっています。が、応用出来る程ではありません。しかし、炎を出す、肉体を再生するなどの使用法は習得しています。
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