妹紅憑依で二人三脚ラクーンシティ 作:虹色ちゃんデスヨー
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警察署の一室での激闘から、少しばかり経ち、肉体的にも、精神的にも疲労のすっかり取れた彼女は腰を上げ、また歩みを再開した。服についた埃を払い落とし、こびりついた血糊の臭いに少々顔を顰めながら、彼女は不安そうに言葉を溢した。
「……ちょっと不安になってきたかな。三対一だったとはいえ、リッカーにあれだけ苦戦するなんて。タイラントには勝てるかな」
『タイラント……あぁ、空から来た奴か。それがどんなのか私は全く知らないが、まぁ、自信は持っておけ』
署内に突入する前──正確にはリッカーと交戦する前──は、彼女には確固たる自信が、決意があったが、それが揺らぐとまでは行かないものの、心配げに、少しだけ俯き、言った。
妹紅は、目標の怪物がどんなものであるのかを知らないが、少なくとも幻想郷の面々よりは劣るのだろうと考えていた。先程のリッカーの様に、単純に身体能力が向上し、打たれ強くなっただけなら、打たれ強さに関しては一番の自信がある妹紅──の肉体を持つ彼女が打ち破れぬ敵ではないだろう。そう考えていたのだった。
廊下を駆け巡り、屍体を駆逐しては、扉を蹴破り、急く様に何かを探し回る影。無論、それは彼女である。肩に燃えるトカゲ、妹紅を乗せ、しかしその肩に乗るトカゲを一切心配せずに走り回るのが、彼女である。その見た目は齢十五程度の少女でありながら、暗い廊下を走る彼女のその精神に、恐怖は微塵も無かった。
署内に彼女が入ってから凡そ十五分が経過したが、未だに彼女はタイラントと遭遇していない。本来、タイラントは少しの物音でも感知し、追う筈なのであるが──なぜか、彼女は一向にその怪物と対峙せず、時間だけが過ぎていく。それは、少し考えなくてもおかしいと判る事であり、彼女は、呆れたように溢す。
「……さすがにこれ、おかしくない?」
『何度訊かれても私にはよく判らない。……が、ここまで遭遇しないというのもおかしいな。避けられている訳ではないだろうに』
と疑問を上げながらも、彼女は走り続ける。そして探し続け、幾つもの快音を響かせて屍体を沈黙させて回っていた。だが、やはり見つからない。そこで彼女は立ち止まると、ゆっくりと歩き始めた。
彼女は考えた。──もしかしたら、タイラントは自分を追いかけているが、自分が速く走りすぎたが故に追いつけていないのでは──と。そこで彼女は立ち止まり、そしてゆっくりと歩き始めたのだ。そして、そのすぐ後、彼女は探索中に見つけた、比較的広い部屋の中に入り、一度思い切り壁を蹴った後、意識を研ぎ澄まして待機した。
──そうして聞こえてくるのは、一つの足音。初めは遠かったそれは、やがて段々と大きくなり、遂には、扉の向こうに居るという事が確り判る程重厚な音を響かせ、彼女に接近した。そうして、その足音の主が扉を開こうとしたその時──
──不意に、署内のどこかで大きな音がした。銃声だろうか、兎に角、人の手によって起きたであろう音が鳴り響いた。そして暫く、扉が開く事はなく、やがて扉の前に居たタイラントは音のした方向へと去って行った。
「……いや、ホラー映画の緊張シーンじゃないんだから。私は危険を回避したくてここに居る訳じゃないのに…………」
『状況が状況じゃなかったら、笑えたかもしれないが』
彼女は少しの間、呆れたように肩を竦めて立っていたが、一通り愚痴ると気を取り直し、扉を開いた。扉の前には何者も待ち構えておらず、彼女は特に気を張る事もなく歩き出していった。
物音のした、玄関ホールへと向かって。
署内のゾンビは、大部分が彼女によって狩り尽されていた。しかし、狩れば狩る程湧いて出てくる様に、決して尽きる事なく彼女に襲い掛かって行った。どれだけ殺せども、外から新たにゾンビが侵入する為であった。百人力に近しい彼女でも、次から次へと減る事無く出でる敵を狩り尽すのはどだい無理な話だった。
しかし、彼女はそれを判っていながらも、目についたゾンビを片端から斬り伏せ、叩き殺しながら進んでいった。救える命が最早殆ど無い以上、この警察署にやってきたと思われる生存者を助ける為に。
五分。彼女が、玄関ホールへと辿り着くまでの時間だ。
警察署内、ある場にて。
新装の警官服に身を包んだ金髪の男──レオンは、決意を固めて署内を探索しながらも、正体不明の怪物に、心の奥では恐怖していた。それは、度々彼の前に現れる、コートを着た大きな躯体を持つ強力なゾンビ──タイラントに対してもそうであったが、それよりも彼は、未だ姿を見せない正体不明の何かに、強く警戒感を持っていた。
尋常でない火力によって焼き殺された大量のゾンビの死体に、幾つかの燃やされた跡のある扉。時たま、署内に響き渡る轟音。それは全てタイラントの起こしたことではなく、署内を徘徊しているかもしれない怪物或いは人間の仕業。前者でも、後者だとしても、彼に危機感を覚えさせるのには充分すぎた。
厄介なその二つに気取られない様、忍んで探索を続ける彼であったが、しかし襲い掛かるゾンビを撃退する為に発砲し、そのたびに鳴る銃声を抑える事は出来ない。何度も何度も撃ち続ければ、タイラントに見つかり厄介極まりない状況に陥る。慎重に慎重を重ね、弾薬の温存も兼ねて極力ゾンビと交戦しないように彼は進んでいた。
そうして探索も終わりかけ、ゾンビと化してしまった彼の先輩である警察官を葬った後、彼は嫌な予感を覚えた。玄関ホールという静寂の中、何発かの銃声を響かせてしまったが故に──怪物に気づかれたのではないか、と。彼の頬から、一つ冷や汗が滴り落ちた。
果たして、その予感は的中してしまった。通常のゾンビであればまず鳴らさない、走っているのであろう、足音が重厚な音を響かせて彼に向かってくる。彼の武器は今、ハンドガン、ショットガンとそれからナイフが一本だが、彼の弾薬の手持ちでは、怪物の動きを止めるのには心もとない。そう判断した彼は、素早く、しかし音を立てない様に隣室へと逃げ込み、気づかれていた場合を想定してショットガンを構えた。
そして十秒。彼が今最も嫌いな音は、もはや玄関ホールに到達し、更には彼が立てこもる部屋へと近づいていった。
──気づかれている。やるしかないのか──そう彼が決心し、銃を構える手を一層強く握りしめた瞬間だった。
──突如、爆発でも起きたのかという程の轟音が響いた。それは、彼が署内で幾度となく聞いた音であり、この時二番目に近くで鳴ってほしくない音であった。
そして、それを皮切りに、打撃音だろうか、鈍い音が幾つも扉の奥から飛び込んでくる。彼は、容易に察せられた。怪物か人間かは判らないが、今、自分をストーキングしていた怪物と、別の何かが交戦を始めたのだと。
彼は音を立てずに、気づかれぬ様、忍び足でその場を後にした。
そして、轟音と共にタイラントを吹き飛ばしたのは──やはり、彼女であった。右手に燃え盛るスタンロッドを持ったまま、爆発したような勢いで飛び掛かった彼女は、青い炎を纏わせた左の拳でタイラントの側頭部を不意打ちし、間髪容れずにスタンロッドで巨体の胸を突き刺した──が、その分厚い胸板は、焦げる様に燃えたのみであり、刺さってはいなかった。
ゾンビのやリッカーの様な、脆さを持たない、屈強な身体。妖力によって底上げされた身体能力を以てしても、その強固さに打ち克つのは難しいようだった。
砂塵の舞う中、それを振り払う様に再度振るわれた火炎。しかし──それを二度も受ける程、相手は鈍間ではなく──突き出された巨大な右手に掴まれ、その剣は止まる。そして動きの止まった彼女を攻撃しようと突風の様な突きが繰り出されるが──彼女はスタンロッドを放して躱し、タイラントの脇腹に鋭く蹴りを入れる。だが、その重い躯体は僅か数センチ程度しか動じず、効いていない事を覚った彼女は、素早くスタンロッドを取り返し、後ろに飛び退いた。
「……本当に、重いのなんの! 火もあんまり効いてないし、決定打に欠ける!」
『その鉄棒であれの頭を思いっきり殴れば効きそうだが……』
彼女の背筋に、一筋の冷や汗が這う。妖力によって強化が為されていても、それでも通じず、有効打が少ない。彼女の脳裏には、ちらと撤退の二文字が浮かんだが、それは振り払われた。しかしそれは、彼女の決心が早かったのではなく──僅かな逡巡の後、怪物の拳が眼前まで迫っていたからである。
「あッ、ぶな……っ!」
彼女の髪が浮き上がると共に、彼女の頭がつい先程まであった場所を、必殺の拳が通っていった。怪物は白い双眸を避けた先の彼女に向けると、拳を戻し、また再度、拳を振り抜かんとする。しかし、彼女にとってみればそれは隙であり──その一瞬の内に飛び上がった彼女は、両手で構えた燃え盛る剣を全力で握りしめ、その核となるスタンロッドがタイラントの頭部に直撃するように狙いを定め、僅かな刹那の瞬間、間合いに入った彼女は即座に膂力を全開に、腕を振るった。
ガァン、と金属と頭蓋が打ち鳴らす、大きく鈍い音が響き、今度こそ吹き飛ばされたタイラントは壁に激突し、その
「これは……効きはしたけど、全っ然、ピンピンしてる…………」
『だがまぁ、傷を負わせられるなら斃せない事はないだろう』
燃え盛り続ける火柱を、彼女は出力を更に上げ青色へと変えた。そして更に、スタンロッドの電流も最大まで出力され、畝る様に盛り立たせた。
それと同時、崩れた体勢を立て直し、ゆっくりと立ち上がったタイラントは、拳を更に堅く握りしめて走り出し──数メートル先に立つ彼女へ、瞬時に距離を詰め拳を振るわんとする。それに呼応するように彼女も腕を
青白く巨大な拳と、真っ青に燃え、電流迸らせる剣がぶつかり合う。それが互角に鍔迫り合ったのは、ほんの僅かな時間だった。徐々にタイラントの拳が押され、焦げ出し、焼ききれ始め──それに僅かに彼女が希望を見出した瞬間だった。
──彼女の腹部を、もう一つの拳が貫いた。夥しい量の真っ赤な血液が散り、風穴がそこに空く。
「っ! ……ぐ、がはっ!」
彼女は吹き飛ばされながら吐血し、壁に激突した。その後、床に倒れ伏す。からりと炎の消え去ったスタンロッドが地面に落ち、瞬く間に床が紅く染まっていく。
「げほっ、ごほっ……」
咳き込む彼女へ、同じく吹き飛ばされた妹紅が言う。
『……いてて、こりゃ致命傷だな。再生するより一旦死んで
「死ぬって、どうすれば」
『そりゃ、自分の心臓でも脳でも頸椎でも、焼くか潰すかしてしまえばいい』
彼女は一度死んだ経験があった。しかし、それは自分から死んだ訳ではない。彼女は自殺志願者ではなかった。故に、蘇る事が判っているとはいえ──自死を選ぶことに、少し恐怖した。しかしこのまま意識が薄れ自分の身体が冷たくなっていく感覚を味わっているよりは、今すぐにでも死んで復活する方が、自分の精神的にも、戦闘に於いても最適解であることは、彼女にはよく判っていた。幸い、タイラントは彼女に致命傷を与え、もう彼女が動く事はないと確信したのか背を向け移動しようとしており、絶好の機会であった。
「……はぁ。まさか二度目の死が自殺とはね」
そう彼女が言うと、自らの心臓に妖力を流し、発火させ──彼女は斃れた。そして、数秒の間を置き、彼女の身体が炎に包まれた。そしてその炎が収まり、死体が跡形も無く燃えた跡には、無傷の彼女が立っていた。
「……さて、仕切り直しと行こうか、なっ!」