朝六時、決められた時間にしっかりと男は起床する。男の名は、ヒューイ。黒曜の原野で拾われたモンスターハンターである。
ヒューイは洗面台で洗顔し、意識を覚醒させると足元に置かれた防具……ではなく、その隣のクローゼットを開けて中から衣服を取り出した。
「……にしても、きっちりサイズを合わせてくれるたぁ、気前のいい。俺にぴったりだ」
ヒューイが着込んだ服は、ギンガ団の調査隊服である。自分を拾ってくれた命の恩人であるギンガ団に少しでも恩を返すべくギンガ団で働かせてほしいと頼み込んだところ、団長のデンボクより許可をいただいたのだ。
ヒューイがギンガ団で恩返しを始めて、早一週間。すっかりこの生活が板についていた。外へ出たヒューイが大きく伸びをすると、そのまま表門へと歩き出す。見張りをしているデンスケに軽く挨拶をしつつ、天冠の山麓へ向かう旨を伝えた。
天冠の山麓へと着いたヒューイは、早速ボールを二つ手に取ると放り投げた。
「出てこい」
「バクフー」
「エルレィ!」
出てきたのはバクフーンとエルレイドの二匹。バクフーンは野生ポケモンとのほぼ毎日の戦闘漬けでヒノアラシからわずか二、三日足らずで進化したのだ。エルレイドも同様で、紅蓮の湿地で捕まえたオスのラルトスを丹念丁寧に育てた結果、エルレイドへと成長したのだ。
「(……しっかし、こんなボール一つで捕獲・格納・運搬まで可能たぁ、大した技術力だ。ポケモンってモンスターがそういう性質を持っていることを加味しても、俺らの世界じゃありえねぇ代物だ)」
ヒューイは先ほどポケモンを出したモンスターボールを見つめながら、ふと考えに耽った。
自分にとって未知のモンスター、未知の技術力、あらゆる全てが未知に満ちたこの世界にやってきて一週間が経ったわけだが、それでもヒューイにとって未だ謎に感じる道具がモンスターボールだ。
「(あったら便利なんだろうが……どうもそれだけで終わる気がしねぇぜ)んじゃ、行くか」
「フーン」
「エルッ」
二匹を連れて、天冠の山麓を練り歩く。途中、ポケモンがいれば観察なり捕獲なりして、図鑑完成を目指すこととなる。しかし、それとは別に調査するべきことがあるのだ。
それは、ちょうど祈りの広場に近づいてきたときのことだ。
「……ふむ」
「フン?」
「あぁ、バクフーン。……いや、なに。見られてるな、と思ってよ」
「バクッ!?」
ヒューイの言葉を受け、バクフーンとエルレイドがすぐさま周囲を警戒する。どうやらポケモンたちは気づけなかったようだ。実は、ここ最近になって天冠の山麓の中腹まで進むと何者かに見られているような感覚がする、という報告が相次いでいるのだ。調査団が何度も調査に趣いたものの、未だに成果ひとつ上げられないでいた。
そこで、時空の裂け目の向こう側で巨大ポケモンを相手取っていたハンターであるヒューイに声がかかったのだ。ハンターとしての経験が、何かに活かされると期待されてのことだろう。
「……殺気はない、が……強い警戒心だ。だが怯えや恐怖からくる感じじゃねぇな……さしずめ、敵を見定めているといったところか……」
「バクフー?」
「いや、わざわざ探しに行く必要はないさ。出てこないならそれまで、出てきたなら……その時は、相手してやろう」
「バク」
結局、その日は日中の間天冠の山麓を歩き回ったが、視線の主は出てこなかった。ヒューイはそのまま山頂ベースで一息つくことにして、手持ちのポケモンをすべてボールから出してやることにした。
「よっし、オメェら出てきなっ!」
「メガヤーン!」
「エンペル!」
「マニュマッニュ!」
「トラー!」
既にボールから出ているバクフーンとエルレイドを除く四匹……メガヤンマ、エンペルト、マニューラ、レントラーが続々と姿を見せる。ヒューイはバクフーンとエルレイドの協力のもと、手速くキャンプの準備を終えるとアイテムポーチの中からアイテムを取り出した。
「ほーれ、生肉だ。食べたい奴はいるかー?」
「ヤンヤン!」
「マニュー!」
一番に反応したのはメガヤンマとマニューラだ。それから黙したままだがレントラーが近寄ってくる。ヒューイは『生肉』三つとその辺で拾った『もくざい』と『てつのかけら』を取り出した。そのままクラフトキットでクラフトを始めると、あっという間に『肉焼きセット』をクラフトした。
「いやぁ、便利な技術をもらったもんだ。なければテメエで作ればいい……調合とはちと趣が違うが、こういう簡単な手作業なら身につけて損はねえな」
生肉を三つ焼きながら、たった今クラフトして作り上げた肉焼きセットを眺めるヒューイ。元いた世界ではすでに完成された物を買うなり折りたたみ式の持ち運び可能なタイプを持ち歩くかするのが普通だ。ハンターが手ずから材料を持ち込んで組み上げるなど、本来なら経験できないことだ。
だが、コトブキムラのクラフト屋は口伝えで形状や用途を説明しただけだというのに、もの数分で設計図を書き上げてクラフトまでしてしまったのだから驚きだ。そこでヒューイはクラフト技術の持ち帰りも兼ねてその技術を伝授してもらい、たった今実際に自分で組み上げたのだ。
「おっし、できた!こんがり肉三つ、お待ちどうさん!」
「「「ヤヤーン!/マニュー!/レントラー!」」」
メガヤンマ、マニューラ、レントラーは喜びに声を上げながら、こんがり肉に齧り付いた。よほど美味しいのか食べている間、常に笑顔が絶えない三匹であった。
「エンペルトは『こんがり魚』でよかったな?」
「ペル」
アイテムポーチから『サシミウオ』を取り出し、再び肉焼きセットで焼き上げる。しっかりといい色に変わってから、肉焼きセットから取り出した。
「上手に焼けましたー!……っと、エンペルト。お待ちどうさん」
「エンペルル!」
腕の爪で器用に棒を掴み、こんがり魚に食いつくエンペルト。プライドが高いと知られるエンペルトも美味い食い物には敵わない、ということだろう。
「……で、お前らは『携帯食料』か。ほい」
「フンフーン」
「エルル」
「しっかし物好きだなぁ、こんなものがいいのか?」
残ったバクフーンとエルレイドはヒューイから携帯食料を受け取り、満足気に頬張った。ヒューイとしては携帯食料なんぞ支給品で用意すらされる雑品だが、このバクフーンとエルレイドは違った。
実はこの二匹、ヒューイから最初に分けてもらった食べ物がこの携帯食料だったのだ。小腹を満たそうと何気なくヒューイが口にしようとしたところを目撃したバクフーン(当時ヒノアラシ)がそれを要求し、実際に食したところ初めて味わうその味がクセになり虜となったのだ。
エルレイド(当時ラルトス)は、一匹だけ逃げ遅れてゴースやゴーストに苛められていた所をヒューイに助けられ、その友好の証としてヒューイが差し出したものが携帯食料だったのだ。初めて食べた食べ物、初めての味にすっかり魅了され、エルレイドへと進化を果たした今も、こうして定期的に携帯食料を要求するようになったのだ。
「おや、あまり見ない顔だね」
「あ?……お?お前さんは確か……コンゴウ団の……」
「いかにも!コンゴウ団のキャプテン、ツバキさ」
食事を楽しんでいたヒューイ達に声をかけたのは山頂ベースのすぐ近くにある迎月の戦場とそこを縄張りとする洞窟キングの世話係を務めるキャプテン・ツバキだった。すぐ後ろを、彼の相棒ポケモンのスカタンクがついてきている。
ヒューイは近づいてくるツバキに自身の隣に座るよう促し、ツバキはそれに応じてヒューイの隣に座った。
「クンクン……なんだか美味しそうな匂いだね」
「おう、食ってみるか?丸焼きも同然だが、味は保証するぜ」
「いただこう。ボクのスカタンクにも、何かないかい?」
「うしっ、お前さんの相棒には魚でもいってみるか」
ヒューイは慣れた手つきで生肉とサシミウオを焼き、あっという間にこんがり肉とこんがり魚を用意した。人の顔と同程度はありそうな大きなお肉の丸焼きに、ツバキは思わず唾を飲み込んだ。
「ほれ、がっつりイケ、がっつりと!」
「いただきます!」
「スカーン!」
ツバキとスカタンクはそれぞれ出されたものを一口。その瞬間……
「「うまーいっ!!/スカターンッ!!」」
一人と一匹はそろって声を上げた。ヒューイは満足げに頷いている。
「はははっ!そうかそうか、美味いか!」
「ただ焼いているだけのはずなのに、なんなんだこの美味さは!?これだけの量なのに、ペロリと平らげそうだよ!」
「スカスカ!ターン!」
「お気に召したようで、何よりだぜ」
ツバキとスカタンクが食事を終えるのを待ってから、ヒューイは話を振った。内容はもちろん、ここ最近の謎の視線についてだ。
「なあ、お前さんはこのあたりを管理するキャプテンだろう?ここ最近、ここいらを通る連中が"誰かに見られている"ように感じるんだとよ。お前さんはそういうのはないのかい?」
「うーん……確かに、たまにだけれど視線を感じることはあるね。けど、このツバキとキングの威光を恐れているのだろう、姿を見せたことはないね」
「(早死しそうなくらいに大した自信だな)へぇ、そうかい」
「そのことについて聞くところだと……君は、例の視線の正体を探っているのかな?」
「そうなるが、何分手がかりがなくてな……この辺を中心に活動している他の団員らにでも話を聞こうかと思ってな」
「それはよい心がけだね。自分ひとりで無理をせずに誰かを頼ることは恥ではないよ。ただまぁ、このツバキには無用の長物だがね!」
「大した自信だな(一番に死にそうだな、コイツ)」
「そうだろう!なんせボクはコンゴウ団のキャプテン、ツバキだからね!」
「…………」
自信満々に胸を張るツバキだが、ヒューイは元いた世界でツバキのような性格のハンターが大勢早死していった現実を知っているだけに苦い顔をしている。大自然を前にして人間の自信如きが何するものぞ。そうやって自信を折られたり命を落としたハンターはいる。
「……まあ、あんま気負うなよ。あんたは若ぇ、今に背伸びして頑張りすぎるこたぁねぇよ」
「若いって……君も相当若く見えるが?すくなくとも、ボクと同じくらいには見えるけど」
「(本当はお前さんより一周りは歳食ってる……なんて言っても通じねぇか)まぁ、お互いまだまだこれからってことさ」
「なるほど」
内心で苦笑いしながら、ヒューイはツバキに言葉を返した。
ヒスイに来る前は三十路半ばだったはずの己が、目が覚めたら二十代前半にまで若返っていたのだから驚きだった。なぜ若返ったのかは定かではないが、決して損ではないことだけは確かだ。
「これも祖様の思し召し……ってか?」
「うん?誰だい?」
「あんたらの言うシンオウ様、みたいなもんさ。うちの地元にもいるんだよ、そういうの」
ヒューイが思い返すは、ハンターとしてジャンボ村発展に寄与していた頃。伝説・終焉・古龍の三つの書を組み合わせ紐解いた末にたどり着いた白き龍。書物に導かれるまま古塔を訪れ、そこで白い少女と出会い――その後のことは鮮烈極まり、とても人に語り尽くせることではない。
『また、会いましょう?私の――』
少女の言葉は、今も脳裏に焼き付いている。
「さて……そろそろボクは持ち場に戻るとしよう。君も、寝泊りするなり立ち去るなり早くするといいよ」
「おや?そいつはなぜだい」
「今夜は霧が出るからね……夜に霧なんて不気味じゃないか。こういう時は安全な場所でじっとするに限るよ」
「……ふむ……」
「それじゃあ、また会おう。ギンガ団の調査団員くん」
「おう、そっちもな。コンゴウ団のキャプテン殿」
そう言って、ツバキはキャンプ地を離れていった。ツバキの姿が見えなくなってしばらく後、ヒューイはポケモンたちを呼び集めて一言言った。
「オメェら、今夜だ」
その言葉に、ポケモンたちは深く頷いた。
夜。天冠の山麓は深い霧に覆われている。山頂ベースで休んでいたヒューイは徐に起き上がると、必要な道具などを用意して早速出発した。
「エルレイド、メガヤンマ」
「エルル!」
「ヤンヤン!」
ヒューイはエルレイドとメガヤンマを繰り出し、濃霧が立ち込める天冠の山麓の夜道を行く。そして、すぐに気づいた。
「……ふむ、昼間よりも視線が強い。やっぱりいるな、こりゃ。エルレイド、メガヤンマ。警戒を厳となせ。奴さん、狙ってるぞ」
「「!!」」
エルレイドはヒューイの三歩前に歩み出て、メガヤンマはヒューイの背中に張り付いた。ヒューイも黙々と歩き続けているが、常に警戒を怠っていない。
山頂ベースを出発して東へ進み、カミナギ寺院跡方面を歩くこと数分……。
「……あ~、こいつはクロだな」
ヒューイの目の前には、無惨に腹部を切り裂かれ捕食されたであろうオヤブンレントラーの死体があった。ヒューイは迷うことなく死体のそばにしゃがみこむと、その体に触れた。
「……ふむ、まだあったけぇな。それに、血も乾ききっていない。……俺らが起きてこっちに来るまで食ってたな」
その言葉を受け、エルレイドとメガヤンマは周囲を見渡し警戒する。ヒューイは立ち上がり、さらに東へと歩を進めようとした。
「飛べっ!」
「エル!」
「ヤン!」
しかし、一歩踏み出そうと足を動かした直後、ヒューイはポケモンたちに指示を出していた。メガヤンマは飛び上がると同時にヒューイの腕を掴んで持ち上げる。エルレイドも跳躍したが、敵の姿は変わらず見えない。着地後、二匹はすぐに警戒心を高め周囲を探る。
「……ちっ。メガヤンマ!ちとキャンプに行って、アレを持って来い!」
「メガヤン!」
「エルレイドは時間を稼ぐぞ。……どうもこの感覚、俺は知っている気がするぜ」
「エルル」
チラリ、とヒューイは視線をすぐ背後に向ける。……そこには回避時には視認できなかった、鋭い棘が複数も突き刺さっていた。
「(この刺……こいつぁ、もしや……)エンペルト!」
「エンペル!」
ヒューイはエンペルトも繰り出すと、誰から言い出すこともなく背中合わせの陣形を取った。
「いいか、俺たちは既に奴さんの術中だ。今、メガヤンマにアレを持ってこさせている。ひとまずはそれまで耐え切るぞ」
「「エル!/ペル!」」
「よし。……っ!エンペルト、正面だ!アクアブレイク!!」
「エン!トォーッ!!」
ヒューイとエルレイドはその場から飛び退き、エンペルトは正面に向けてアクアブレイクを放った。その瞬間、エンペルトの目の前に突如巨大な影が現れ、銀色に鈍く輝く腕をエンペルトに向けて突き出した。エンペルトのアクアブレイクと銀色がぶつかり合い、ガチン!という金属同士がぶつかったような音がした。
そのまま両者はすれ違い、巨大な影は再び霧に紛れて姿を消した。
「ちぃっ!エルレイド、前方30°の角度にサイコカッターだ!」
「エル!エルレィ!!」
続けて指示に従ったエルレイドが角度をつけてサイコカッターを飛ばす。すると、サイコカッターが弾けとび何かがバラバラと地面に落ちた。最初に飛んできたものと同じ鋭い刺だった。
「……!!全員、回避だ!」
ヒューイの直感が警鐘を打ち鳴らし、その直感に従うまま回避を指示し、自身もその場を転がり避けた。その直後、黒く長い何かが鋭くしなり、先端に夥しい量の刺を生やして振り下ろされた。
さらに叩きつけられた衝撃で刺が周囲に飛び、ヒューイたちに迫る。エルレイドはサイコカッター、エンペルトはラスターカノンで飛んできた刺を撃ち落とし、ヒューイは……。
「……ビンゴだぜぇ、メガヤンマ!!」
「ヤーン!!」
メガヤンマに持ってこさせたアレ……龍属性の太刀「龍刀【朧火】」を手に取り、すぐさま背負うと同時に抜刀、一刀のもと刺を切り払った。
「メガヤンマ!エアスラッシュ、撃ちまくれ!」
「ヤヤヤヤヤヤンッ!!」
メガヤンマが空中からエアスラッシュによる弾幕を展開する。辺り一帯を攻撃する空気の刃は地面にぶつかり土を巻き上げていたが、ヒューイは見逃さなかった……土を巻き上げることなく、見えないナニカにぶつかる瞬間を。
「あそこだ!エンペルト、れいとうビーム!!」
「エェン……トオォーッ!!」
エンペルトのれいとうビームはまっすぐ突き進み、見えないナニカにぶち当たる。ナニカは徐々に一部が凍り始めたことで素早く身を翻し、その姿を晒した。
「……ハッ!やっぱテメェは……!!」
「ニ"ャア"ア"ア"ォ"ッ!!」
正体を現し、月光を纏う黒い疾風は、咆哮を上げるとともにヒューイに襲いかかった。
「いつつ……」
口で噛みつつ固定し、少々雑ではあるが包帯を巻いていく。結局、視線の主との戦いは夜明けと共に突然終わりを告げた。というのも、夜明けを察知した主は脱兎の如く逃走し、あっという間に姿を消してしまったのだ。
正しく死闘であった。裸一貫で狩猟に望む猛者もいるそうだが、すくなくともヒューイはそのような酔狂の類ではない。クエストの参加条件であれば例外だが、好き好んで防具を脱ぎ捨てて狩猟に臨もうとは思っていない。今回は太刀こそ用意できたものの、防具までは置いてきてしまった上に、主の正体が正体なだけに防具を置いてきたのは失策だった。
「あんちきしょうめ……棘に毒とか聞いてねぇぞ、まさか新種か?原種と亜種、【遷悠種】しか知らねぇが……まさか、あれが【二つ名】ってやつか?それとも、噂に聞く"希少種"か……。なんにせよ、情報が足りねぇ。月夜に紛れて消えるとか、どんな芸当だ」
愚痴りながらも傷の手当てを手早く済ませ、荷物をまとめて立ち上がった。
「エルレイド、エンペルト、マニューラ。無理させたな、申し訳ねぇ。メガヤンマも援護助かった。お前がいなけりゃ、十数は死んでたわ」
「ヤヤン!ヤヤヤン!」
「エルル!エルレェ!」
「……ハハッ!きにすんな、てか?そうだな、生きて情報を持ち帰れるだけ儲けもんだ、命あっての物種ってな」
「エンペトォ!!」
「マニュ、マニューラァ!」
「なんだ、エンペルト?お前、リベンジする気マンマンか?いいぜ、俺もそのつもりだ。マニューラも、機会があれば奴さんに目にもの見せてやるぞ」
ヒューイのポケモンたちも、意気軒昂といった様子で声を上げている。エルレイド、エンペルト、マニューラの三体に加えて空中からのメガヤンマの支援攻撃をもってしても仕留めることができなかった。
「バクフーン、レントラー。お前さんらを出さなかった判断は、間違っていないと今でも思っている。
俺の知ってる奴さんは氷に強いはずだが、アレは氷に弱かった。するってぇと、原種が苦手なタイプが得意な可能性がある……そう考えると、ほのおタイプのバクフーンとでんきタイプのレントラーを出しては、かえってお前さんらを危険にさらす可能性があった。
確証はねぇが、わずかでも可能性がありゃあ無視できねぇ……わかってくれ」
「フーン」
「レーラ」
バクフーンとレントラーは「わかっている」というように頷き、ヒューイに頬ずりをする。ヒューイも応えるように頭を撫でたあと、しっかりと両足で立ち上がった。
「うしっ!帰るか!!」
「フン、フフーン」
「……おいバカ、バクフーン。"またキネに怒られるぞ"ってか?うっせぇわ、出先で怪我なんざハンターなら普通じゃい」
ギンガ団に所属してまだ一週間しか経っていないのに、調査から帰還するたびに生傷を増やして帰ってくるヒューイにいつもおかんむりな医療隊を思い出し、ヒューイは辟易とした様子で山を下り始めた。
山を下りてコトブキムラへの帰還の途につくその道中、ヒューイは紅蓮の湿地に立ち寄っていた。そこには、ヒューイにとってとても馴染み深い存在がいるからだ。
「えーっと……?お、いたいた。おーい、ヨネ」
「……ん?その声は……あぁ、ヒューイか」
ヒューイが声をかけたのは、黒曜の原野でアヤシシのお世話をしているはずのヨネだった。コンゴウ団がとあるポケモンの生態調査を訓練も兼ねて実施することになった際、紅蓮の湿地が所属地のヒナツが髪結いの仕事で離れている上に、コンゴウ団の団長セキもある事情で不在である。
そのため、生態調査の訓練を実施するうえで監督役となるコンゴウ団員がいないということもあって、急遽ヨネが呼び戻されたのである。
「どうだい、アイツは」
「いつもどおりに大人しいよ。周りのポケモンたちのこともよく見ているし、見た目はすごくゴツいけど、結構面倒見のいい性格よね」
「うーむ、あいつぁ特別群れるようなやつじゃあねぇんだがな……このヒスイ地方で生きてくうちに、生態でも変わったか?」
「そうなのかい?たしか、あんたの地元じゃ火山地帯に生息しているんだったっけ……ヒスイで火山といえば群青の海岸にある火吹き島くらいだけど、あそこは地続きじゃないからね。あの子の体で海を渡れるとも思えないし」
「当然よ、伊達に"鎧竜"なんて呼ばれちゃねえさ」
二人が見つめる先には、背中にグレッグルやスカンプー、ヒポポタスを乗せたまま沼地帯をのし歩くグラビモスの姿があった。そこから離れた場所から何名かのゴンゴウ団員が紙に筆を走らせながらその様子を観察している。
ヒューイにとって目の前のポケモン……否、モンスターであるグラビモスはとても馴染み深いモンスターだ。そのため、ヒスイに来てから見てきたモンスターたちの中でも特に親しみが沸いていた。
「今はいないが、あのリオレウスもギンガ団の調査隊員である娘っ子が捕獲して世話をしているそうだな。機会があれば、一目見てみたいもんだぜ」
「リオレウスっていったら……あぁ、あのバカでっかい赤いドラゴンか」
「そうさ。俺らの地元じゃ、誰もが尊敬と畏怖の念を持つ飛竜の代表格。アレを倒さずしてハンターなんざ名乗れんさ」
「それじゃあ、ヒューイもリオレウスを倒した口かい。大したもんだよね、あんなでっかいのをやっつけちゃうなんて」
「ハッ!リオレウスを倒せなきゃハンターとしては永遠に半人前よ。リオレウスを倒して一人前、一人でモノブロスを倒して一流ってのがウチじゃ普通だ」
「……リオレウスよりも上がいるのかい?」
「そりゃあ、ごろごろうじゃうじゃ、ごまんといる」
「うへぇ……」
ヨネと話しながら、ヒューイもリオレウスやモノブロスを狩猟した在りし日を思い出していた。懐かしい日々に思いを馳せながら、ヒューイもグラビモスの様子を眺めている。
グラビモスは深紅沼一帯をうろついたあとに方向転換し、そのままヘドロ台地方面へと移動を始めた。本来なら深紅沼とヘドロ台地は崖に阻まれて地続きにはなっていないのだが、グラビモスがマグマライザーを一発ブっぱなして崖をぶち抜き、強引に地続きにしてしまったため活動範囲が広がっているのだ。
そうして移動を始めたグラビモスが、ふと何かに気づいたように首を動かし、ヒューイの姿を視界に収めた。
「ヴラアアァッ!」
すると、嬉しそうに一声鳴くとそのままの勢いでヒューイの下まで駆けてきた。滑るように急停止すると、首を伸ばしてヒューイに顔を近づけた。
「おう、グラビモス。すっかり沼地の御大将だな、オメェにひっついてるポケモン、みんなお前を信頼しているようだぜ」
「……確かに、ここまで人間が近くにいるのに背中のポケモンたちは無反応だね。人間を警戒していないのか……まぁ、あんたがいるなら心配はいらないね」
「ヴァー」
ポンポン、と叩くヨネに応えるようにグラビモスは小さく鳴いた。グラビモスは方向転換してヘドロ台地へと歩を進め、ヒューイたちはその姿が見えなくなるまで見送った。
「……ふぅ」
「おう、どうしたヨネ。いい女がため息ついてちゃ、幸せが逃げてくぜ?」
「はは、ありがとう。おべっかでも嬉しいよ」
「あん?おべっかじゃねぇよ、事実だろうに。オメェさんはもっと自分の見目の良さを自覚しな。同じ女はもとより、男の俺から見てもオメェさんはべっぴんだよ」
「あ、ありがとう……(こういうことを素面で言えるんだから、地元じゃさぞモテたんだろうね……)」
「んで?何をそんなに悩んでいるんだい。誰にでもいいからゲロっちまいな、抱え込むよかよっぽどいい」
掛け値なしの褒め言葉に顔を赤らめながらも、ヨネは最近感じ始めた不安を溢し始めた。
「ん……そうだね……。あんたも知ってると思うけど、ギンガ団のショウって子が、さるポケモンに呪いを掛けられちまったそうなんだよね。なんでもそいつは自力で時空を渡る力を持っていて、それで元いた場所からヒスイに逃げてきた時に、たまたま目があった子を呪っちまったんだと。
それで、その呪いを解くためにショウともう1人ギンガ団の調査隊員、コンゴウ団とシンジュ団の両団長、イチョウ商会の会員1人が時空の裂け目の向こう側に行っちゃってね……大丈夫だろうとは思うけど、やっぱり心配でさ……」
「なぁるほどね……」
「向こうにはグラビモスのような巨大ポケモンが、それこそあんたが言うようにうじゃうじゃごろごろいるんだろ?……あんな強いポケモンがごまんといる世界なんて、想像つかないよ。セキや皆、大丈夫かな……」
目を伏せるヨネに対して、ヒューイは「大丈夫だ」などと安易に口にすることは憚られた。というのも、ショウに呪いを掛けたモンスターのことは、誰よりも深く知っているからだ。さらに、"あちら側"で生を受けたものとして、ヒスイ地方で生きてきた者達が絶対に無事に帰ってくるとは断言できない。
「まあ、俺らが大丈夫だ、と思ってなきゃダメだろ。ダメだったとしても生きてりゃいい、最後は生き残ったもんの勝ちだ」
「……そこは大丈夫、って言うところじゃない?」
「根拠のない無責任な言葉で慰められたいかい?少なくとも、あんたはそうじゃあねえと思うが」
「……ふふっ、そりゃそうだ。ありがとう」
「気にすんな、美人の涙が最優先さ」
「まだ言うか、この減らず口」
「ははは!」
ツッコミを入れれば、ヒューイは声を上げて笑い飛ばした。裏表なく、自身が「伝えたい」と思ったことを率直に述べるこの男を、ヨネは悪くないと感じていた。こっちが直視できないくらいに真っ直ぐすぎて多少のやりづらさはあるが、それもアクセントと思えばかなりいい男なのだろう。
「(まぁ、ちょっとだけ節操がないところは改善して欲しいよね)」
ヨネの脳裏には、ヒューイとのやり取りを終始照れた様子で報告してくれたヒナツの姿が浮かんでいた。あれは控え目に言っても落ちていた。もしかしたら"あちら側"の男というものは、皆ヒューイの様な輩かもしれない……そう考えると、"あちら側"に渡った二人の少女が変な毒牙にかかっていないか心配になるヨネであった。
「んじゃ、俺も行くかね」
「ん?それは……つるはし?」
「おう、ピッケルだぜ」
そう言うと同時に、ヒューイはアイテムポーチから『グレートピッケル』を取り出すとグラビモスの後を追って歩き始めた。調査訓練の監督役であるヨネも、当然だがついていく。
「なにか石でも採掘するのかい?」
「あぁ、グラビモスの背中をちょいと」
「……はい?」
「グラビモスの背中をちょいと」
「いや、ちゃんと聞こえているよ?……えぇっと、グラビモスの背中?あそこって採掘できるの?」
「いや、やったことはない。だが、グラビモスの幼体である『バサルモス』からは採掘できたし、いけるいける」
「そのチャレンジ精神は買ってあげるけど、流石に無謀では……それに、グラビモスが大人しくつるはしで叩かれるとも思えないし……」
「そこはそれ、上手いこと転がして背中や尻尾をトントンさせてもらうさ」
どこか上機嫌な様子でグレートピッケルを担いだままそう語るヒューイに、ヨネは若干だが引いていた。グラビモスは紅蓮の湿地の沼地だと自重で僅かに沈んでしまうほどの超重密度、それが人間の手によって転がるなど、とても想像つかなかったからだ。それに、グラビモスの周りには彼を慕うポケモン達が集まっている。彼らの妨害の可能性もあるだろうに、まるで意に介していないようだ。
二人がヘドロ台地にたどり着くと、なにやら奇妙な光景が広がっていた。
「あぁ?ありゃあ……」
「……!野盗三姉妹!!」
「おぉ、確かにどっかで見た顔だと思ったら、あの三人か」
二人の視線の先では、調査役のコンゴウ団員が野盗三姉妹に襲撃を受けていた。彼らは手に持つ大袋を守ろうと必死になっており、野盗三姉妹も袋が狙いなのかポケモンを嗾けている。
「あの袋は?今まであんなの持ってたか?」
「あぁ、うん。調査を続けているうちに、グラビモスの体から鉱石がポロポロと落ちていることに気づいたんだよね。生態調査も兼ねて、鉱石を回収していたのさ。これがヒスイでは見たこともない硬度と純度を持つ鉱石でね、シンジュ団のキクイが『引き取らせてくれ』と土下座してくるもんだからこちらとしても吝かではない、ということで取引しているんだよね」
「ははぁ、なるほど。こっちにも炭鉱夫がいたのか」
「はい?」
「いや、なにも。……すると、あの三人組はコンゴウとシンジュの取引情報を耳にしたと見てよさそうだな」
「だね。ヒューイ、三姉妹を頼めるかい?私は仲間を」
「おう、任された」
「それじゃ、行くよ!」
ヒューイがグレートピッケルをポーチにしまうと同時に、二人は走り出した。
「ちょっと待ちな!」
「おう、お三方。毎度の如く飽きることない悪行三昧、ご苦労さん」
ヨネが声をかけつつ両者の間に割って入り、ヒューイもモンスターボールを片手にすぐにでもポケモンを繰り出す状態にいる。野盗三姉妹は乱入者の姿を確認すると、苦い顔になった。
「げっ、コンゴウ団のキャプテン!それに、あんたは……」
「……ヨネ、早く連れて行きな」
「わかったよ。……ほら、皆!今のうちだよ!!」
「あ、こら!」
「おっと、オメェさんらの相手は、俺だぜ?」
ヨネが先導する形でコンゴウ団員を引き連れて退却する。後を追おうとするオタケだったが、ヒューイに道を阻まれてそれも叶わなかった。
「さぁてさて……美人が三人揃って悪の道たぁ、世も末だぜ。人に迷惑をかけずとも、生きていく術などいくらでもあろうに、惜しい惜しい」
「これがあたくしたちの生き方……他人にとやかく言われる筋合いはないね」
「そりゃそうだ。むしろ俺はどんな道だろうと真っ直ぐに貫こうとするオメェさんらの姿勢、感心したぜ。悪の道ってのは、簡単なことじゃあねぇからな」
「ふふんっ、惚れたか?」
「なんだ、惚れていいのか?」
「あぅっ……///」
ヒューイの惜しむ、という言葉に反論するオマツだが、ヒューイはむしろ三姉妹の生き様を肯定した。調子づいたオタケがヒューイをからかおうとするが、真っ直ぐすぎるヒューイの言葉に面食らい、たまらず赤面して黙り込んだ。
「はぁ……まったく、口の減らない男だこと」
「悪かったなぁ、オマツさん。からかうつもりはなかったんだが」
「それはオタケの自業自得よ」
「ねえさん!?」
「ところで、オメェさんらの狙いは……もしや、グラビモスの鉱石かい?」
「いかにも。……あのドラゴンから採取できる鉱石は、このヒスイには存在しない代物ばかりだというじゃないか。ヒスイでも珍しい代物だ、外部に持ち込めばかなり値の張るお宝だろうさ」
「(違いねぇ。このヒスイ……いや、この世界に"あっち側"の鉱石が存在するとは限らねぇ。マスターランクの鉱石ともなれば、この世界だとどれだけの値打ちになるやら……)
まぁ、採取する分には誰も文句を言わねぇだろうさ。横取りさえしなけりゃな」
「そうはいかないね!コンゴウ団がシンジュ団に引き渡す分をぶんどることで、連中の鼻を明かせるし珍しいものが手に入る……一石二鳥なんだから!」
「(んなことせんでも、あのグラビモスなら体に付着した鉱石の一つや二つ、なんちゃ気にせず譲ってくれそうなもんだがなぁ)」
どうやらヒューイの予想通り、コンゴウ団とシンジュ団の両団の間にある取引の話を野盗三姉妹も耳にしていたようだ。そこで、グラビモスから採取するのではなくコンゴウ団から奪うことで約束を反故にさせて、両団に一泡吹かせてやろうと画策したそうだ。あと、ついでに珍しい石が手に入るのでそれも欲しい、といったところか。
「わりぃな、他人の努力を横からかすめ取るのは気に入らねぇ。そして、気に入らねぇ奴はぶん殴る!それが悪の道を行く輩なら、尚の事!!」
「フン、生憎とこっちは三人だ。あんたの道理に合わせてやるつもりはないよ!やるよ、オタケ、オウメ!」
「はい!」
「…………」(//・_・//)ポー……
「……オウメ!」
「ッ!?は、はい、姉上!!」
なぜか呆けた様子のオウメに喝を入れつつ、野盗三姉妹はそれぞれサイドン、ユキノオー、ドクロッグを繰り出した。対してヒューイが繰り出したのは、たった一体。
「エルレイド」
「エル!」
エルレイドのタイプはエスパー・かくとう。野盗三姉妹が持つポケモン全てに弱点を突くことができるのだ。相手はエルレイド一体にも関わらず、全身から放たれる覇気にオタケとオウメは一歩足を引き、オマツも表情を厳しくする。
「……あんた、噂じゃ調査隊として活動を始めたのは一週間そこら前じゃなかったかい?なのに、このエルレイドから感じられる力強さは……」
「あぁ、俺のために目一杯強くなってくれたからな。コイツは強いぜ、びびんなよ?
さぁ、恐れずしてかかってきな。テメェの正義を示してみろ!!」
「ぬかせ!サイドン、ストーンエッジ!!」
「ドォーン!」
先手を打ったのは三姉妹の長女オマツ。エルレイドの視界を封じるようにストーンエッジを放ち、その圧倒的な物量で押しつぶそうと試みた。
「躱せ!」
「エル!」
エルレイドは跳躍してストーンエッジを回避したが、その隙を逃す三姉妹ではない、同じように飛び上がっていたオウメのドクロッグが、技の体勢に入っていた。
「ドクロッグ、どくづき!」
「ケケ、クローッグ!」
「……!」
エルレイドは横から迫るドクロッグのどくづきを腕を交差して受け止めた。そのまま勢いに逆らうことなく地上に落ちていき、勢いよく地面にぶつかった。押し倒す形となったままドクロッグはどくづきを突き刺そうと押し込み、エルレイドも抵抗する。
しかし、エルレイドは交差していた腕を解くと同時に顔を左に傾けた。それによってドクロッグのどくづきはエルレイドの顔の真横に突き刺さり、攻撃が外れた。
「なに!?」
「投げ飛ばせ!」
エルレイドはそのままドクロッグの腕を掴みつつ片足を腹に引っ掛けて巴投げのように放り投げた。そのまま起き上がろうとしたエルレイドだったが……。
「させるか!ユキノオー、れいとうビーム!!」
「キッ、ノオォー!!」
「転がれ!」
「エルレ!」
オタケのユキノオーが倒れているエルレイドに追い打ちのれいとうビームを放つ。しかしエルレイドは横へ転がることで攻撃を避け、そのまま転がり続けて追撃を回避していく。
何度目かの転がり時、うつ伏せになった一瞬のうちに腕を使って飛び上がった。
「空中なら逃げ場はないよ!」
「そうかな?エルレイド、サイコカッター!」
「エルレィ!!」
ユキノオーが己に照準を合わせるよりも早く、エルレイドは腕を振ってサイコカッターを放ち、れいとうビームとぶつけあって相殺した。
「逃がすなサイドン!10まんばりきだよ!!」
「サアァーイッ!!」
「迎撃だ、れいとうパンチ!」
「レレェイ!」
着地刈りを狙ったサイドンの10まんばりきを、エルレイドのれいとうパンチが迎え撃つ。だが、空中にいて踏ん張りが効かないエルレイドは直撃を避けることしかできず衝撃で吹っ飛んだ。そのまま空中で体勢を立て直して着地すると同時に、三体が同時に迫ってきた。
「ドレインパンチ!」
「ウッドハンマー!」
「ギガインパクト!」
「マジカルシャインだ!!」
「エル……レエエエェイッ!!」
「「「グッ!!」」」
三体同時攻撃を、エルレイドはマジカルシャインのみですべて迎撃した。押し返された三体だが、まだまだ余裕綽々といった様子だ。エルレイドもあれだけ動いたにも関わらず、肩で息すらしていない。余裕があるのはエルレイドもだ。
「あぁ!今のはイケると思ったのに!」
「……本当に、強いな……」
「はぁ……ギンガ団からあの小娘が出張でいなくなったと聞いて、チャンスだと思ったんだがねぇ……。まさか、あんたのような手合いが現れるとはね」
「はっはっは!なに、そちら側もなかなかやる。三対一であることを加味しても、オメェさんらも強いぜ」
「嫌味にしか聞こえないんだけど?」
「ちげぇよオタケ、本心だよ。本当にオメェさんらは強い、胸を張りな。その努力は認められてしかるべし、だ」
「あぅあぅ……///」
「……あたくしの可愛い妹たちにちょっかいかけないでおくれよ」
「ん……?」
「(自覚ないのかコイツ)」
口を開けば口説くことしかできないのか、とオマツが内心で頭痛を覚え始めた、ちょうどその時だった。
「ヴァー……」
バトルの気配を察知したのだろう、グラビモスが近づいてきていた。思わぬ登場に三姉妹は硬直し、ヒューイは自然とグラビモスに手が伸びていた。
「おぉ、グラビモス。どうした、向こうでツレと一緒じゃなかったか?」
「ヴァー。ヴヴヴ」
「へぇ、俺がなにやってんのか気になった、と。見ての通りポケモン勝負だ。オメェさんもやるか?」
「ヴァー!!」
「へへっ、冗談だよ。オメェさんが本気で暴れたら、この辺一帯が焦土になっちまうわ。やるにしても、また今度な」
「……ヴ」
「……あ、そうだ」
ヒューイはポーチからグレートピッケルを取り出した。そしてそのままグラビモスに声をかけた。
「おぅい、グラビモス。あっちのお三方、オメェさんの鉱石が欲しいんだとよ」
「ヴァ……?」
「……!あんた、なにを……」
「まぁ、黙ってな。……それで、どうだ。オメェさんの背中、ピッケルでどついて構わんか?」
「……ヴァヴ」
グラビモスはゆっくりと体を横たえると、背中をヒューイに向けて差し出した。ヒューイは一言断りを入れてから、グラビモスの背中にピッケルを振り下ろした。
カンカン、カンカン……何度か振り下ろしていると、背中の岩にひび割れが生じて、ポロリと鉱石が落ちた。それを拾ったヒューイは三姉妹のもとへ歩いて行き、鉱石を差し出した。
「ほい、どうぞ」
「……いいのかい?」
「石ってのは、磨くと綺麗になるもんだ。女と同じでな。だから、この石が磨かれて綺麗になった時、きっとオメェさんらに見劣りしないくらいのモノになるはずだぜ」
「……この、減らず口……」
「ははっ!なんかさっきも言われてた気がするなぁ」
わはは、と笑いながら頭を掻くヒューイ。そんなヒューイから鉱石を受け取ったオマツの顔が赤くなっているのは、きっと気のせいではないだろう。
「……ん、ところでコイツはピュアクリスタルか。確かに環境が似ているから、出来ても不思議じゃねぇか」
「ねぇねぇ、ピュアクリスタルって?」
「あぁ、最高クラスの硬度と透明度を誇るクリスタルでな。うちの地元だと水没林……まあ、謂わば湿地帯でしか採れないものだ。たしか……一個3600で売れたかな……」
「さ、三千!?」
「これ一個で!?」
「形や純度にもよるが、まぁこいつならそれくらいで売れるだろうよ」
「「か、金の成る山だ……」」
オタケとオウメが瞳に「¥」を浮かべながらグラビモスを見つめた。その視線に薄ら寒さを覚えたのか、グラビモスは後退りを始めた。
「……まぁ、これはこれで受け取っておくよ」
「そうしてくれ。グラビモスからの気持ちも含めてな」
「あぁ、はいはい。……ったく、あんたとのやり取りはどうにも調子が狂うね。行くよ、二人共」
「「金山、銀山、金山、銀山……」」
「二人共!!」
「「は、はいっ!」」
危うく金の亡者になりかけた妹たちを呼び戻し、ポケモンをボールに戻すと野盗三姉妹は去っていった。めかくしだまを使って一瞬で消える芸当は、ヒューイにとっては何度見ても不思議でかなわない光景だ。
「あははあ。どうにもあの三人は悪いことをしちゃいるが、悪者って感じがしねぇんだよな。なぁ、オメェさんはどう思う、グラビモス?」
「ヴァー?」
「そっかぁ、わからんかぁ。はっはっは!」
自身の中に抱いた予感を隣の飛竜にも問うが、当のグラビモスは「なんのことだ?」とばかりに首を傾げる。共感が得られなかったのは残念に思うが、落ち込むほどじゃねぇやと笑い飛ばすヒューイであった。
ヒューイが目覚めて二週間、天冠の山麓の影の調査や巨大ポケモンの調査と、ヒューイは忙しなく飛び回っていた。相変わらず生傷を増やしてキネに怒られたり、ノボリとガチンコ勝負で腕を上げたり、ヒナツから積極的にアプローチをかけられたりと、だいぶ生活が馴染んできていた。
一方で、【山麓の影】についてはあまり進捗が見られなかった。一戦交えてその姿を確認したので正体は判明したが、肝心の種類をヒューイが知らなかったからだ。そのことも含めて、何度かの調査の後、ヒューイはラベンに報告書をまとめて提出していた。
「ほい、博士殿」
「おぉ、ありがとうなのです!……ふむふむ、影の正体はやはり巨大ポケモンですか……」
「あぁ……俺もアレの原種や亜種は知ってるが、それ以外の姿はまだ見たことがねぇ。そして、原種や亜種にはそのレポートに書かれている能力はない。アレはまだ複数の姿を持っているからな……厳密にどれ、とは断言できん」
「なるほど……ハンターであるヒューイ殿の視点から見るポケモンの姿、特徴、とても参考になるのです!そして、例の巨大ポケモンですが……」
「あぁ、間違いねぇ。……ありゃあ、『ナルガクルガ』だ」
「ナルガクルガ……」
ヒューイの口から紡がれた名を、ラベンは反復して声に出した。その後、ヒューイの説明は続く。
ナルガクルガ。"迅竜"の別名を持つ飛竜種の一種で、鬱蒼と木々が生い茂る樹海や密林などに生息している。暗がりを好み、単独行動が主であるこのモンスターは原種の黒い体毛や亜種の深緑の体毛から分かるとおり密林地帯や暗所での活動を得意としている。
ナルガクルガの特徴的な特徴は二つあり、一つが特に目立つ「刃翼」と呼ばれる折り畳み式の翼で、その呼び名の通り、縁が刃物のように固く鋭いため、その切れ味を活かして邪魔な木々を切り倒しながら移動したり、外敵に対する武器として使う。
もう一つは最大にして最強の武器である尻尾。これは常に柔軟に動く上に伸縮自在という代物であり、回転を加えて外敵を薙ぎ払ったり、鞭のように敵を打ち据えるなど多彩な技を持ち、特に渾身の一振りは時に大型モンスターの骨を一撃で砕くほどの威力を発揮するのだ。細くしなやかな尻尾には鋭い棘状に発達した鱗が隠されており、これを獲物に飛ばして仕留めることもできる。
非常に危険度が高いモンスターであり、『漆黒の影』の異名を取る。さらにヒューイが元いた世界では"夜道に気をつけろ"という意を込めて"迅竜が見ているぞ"と脅しつけることもあるそうだ。
しかし、今回出現が確認されたナルガクルガはヒューイも見たことのない個体だった。そこで挙げられる可能性は三つあるという。
「【二つ名】、【希少種】……そして、【極み】ですか……」
「あぁよ。俺が考えうる限り、それしかねえ。……まぁ、俺はどれも見たことないけどな」
「【二つ名】と【極み】に関しては、こちらのポケモンでも確認されているのです。なので、その脅威度は把握できるのですが、【希少種】とは……?」
「限られた地域で極めて稀に確認されるという特殊な亜種のことだ。そちらさんでいう、リージョンフォームってやつだな。こっちじゃそのリージョンフォームを三つ以上持ってる奴が居る。こっち側で捕獲されたやつだと……リオレウスがそうだな。あれは赤い原種の他に蒼い亜種と銀の希少種がいる。希少種は亜種以上に目撃例が少ない個体で、いずれも原種どころか亜種をも凌駕する戦闘力を持っている」
「なんと……!では、今回のナルガクルガもその可能性が?」
「いや、俺はどれも見たことないから断言はできねえって。【遷悠種】って線も考えたが、俺が見た奴は途中で色が蒼くなることはなかった。すると、残りの可能性は俺がまだ見たことのない種類のどれか、ってなる。……俺以外にハンターがいりゃあ、なあ……」
「うーむ、ぼくたちもアカイ殿から情報を頂いていたので、彼が不在である以上我々が持ちうる情報も限られてくるのです……」
「……アカイ……?」
ラベンの口から聞こえた名前に、ヒューイはなぜか身の毛がよだった。ただ、恐怖はない。あるのはむしろ……喜びだった。
「そいつ、全身が赤い格好の男じゃないか?」
「おぉ!さすが、同郷だからわかるのですね!その通りなのです」
「……へぇ、それじゃあ、白いドレスの少女も一緒にいたのでは?」
「えぇえぇ、シロちゃんですね?アカイ殿の親類の子だと聞いているのです」
「ブフッ!おいネーミングセンス……んんっ!そうか、そうか。いるのか、あいつ」
「……ヒューイ殿?どうしたのです?」
「ん、何が?」
「なんだか、とっても嬉しそうなのですよ」
ヒューイは知らず、口角が上がっていたらしい。ただ、笑顔というには余りにも獰猛だったのか、ラベンは若干震えている。これはいかん、とヒューイは自分の手で顔をグニグニと揉むと、普段の表情に戻っていた。
「あぁ、すまんな。どうにも嬉しくて笑っちまったらしい」
「まぁ、お知り合いが居るとわかれば、誰だって嬉しいものですよ」
「だな」
「ひとまず、報告をありがとうございました。これは、巨大ポケモンを専門に扱う調査隊員が戻ってきたらそちらに引き継ぐのです」
「その時は、是非に目通り願いたいものだぜ」
「えぇ!きっとヒューイ殿とショウくんは気が合うと思うのです!」
それからラベンと別れたヒューイは、自身に当てられた部屋で寝転がる。思い返すのはラベンから聞いた赤の男と白の少女の二人組。そして……。
「(あぁ……また、君に逢えるんだな……祖龍……)」
かつて己が相対し、引き分けも同然に討ち取った伝説の龍。気を失う直前、龍から人へと転じた少女は、頬に口付けを落として静かに去っていった。
『また、会いましょう?』
『私の愛しい、ハンターさん』
「(早く逢いたいぜ……)」
静かに目を閉じて眠りにつく。もしも分かる者がこの場にいれば、その時のヒューイの目は……まるで、恋をする少年のようだったと言うだろう。
「へっくちゅ!」
「……?どうした、祖龍。風邪か?」
「古龍が風邪をこじらせるわけないでしょ、馬鹿にしてる?」
「まさか。……だが、くしゃみなんて滅多にないだろう。なにかあったか?」
「うぅん。……ただ……」
「ただ?」
「なんだかいいことありそうだなぁって♪」
「……そうか、俺はなぜか薄ら寒さを感じるぞ……」
「急にどうしたの紅龍。風邪?」
「馬鹿にしてんのかお前!」
「
「いっぺん泣かす!!」
「わーい、あはは♪」
再会の時は近い……