俺の上司共が色んな意味でブラックすぎる件 作:ギルバート
軌跡シリーズの最新作「界の軌跡」が出るそうですね
……とりあえず進めなければ(震え声)
月日は流れ、七耀暦1199年。
俺はイリスと共に、エレボニア帝国サザーランド州のアグリア旧道を抜けた先にある《西風の旅団》のキャンプ地に向かっていた。
その理由は当然ながら仕事だ。
《西風の旅団》より新たな専用Sウェポン製作依頼が届いたのでな。その打ち合わせの為に遠路はるばるやって来たのである。
ちなみに、先方からは何処かの町で待ち合わせをしてもいい、と言ってくれたのだが、こちらから伺うと伝えていた。
そうした方が
さて、まだ日も昇りきらぬ内から、黒の工房本拠地を出立し、歓楽都市ラクウェルの駅から始発の列車への乗り込んで帝都ヘイムダルへ。
そこで列車を乗り換えてサザーランド州へと入り、終点駅である紡績町パルムで下車。
宿酒場《白の小道亭》で昼食として 『濃厚ホワイトシチュー』を食したのち、アグリア旧道を徒歩で抜けたことには、時刻は既に一時過ぎとなっていた。
……さすがに、帝国西部からリベール王国の国境付近である南端まで横断してきただけあって、えらく時間が掛かった。
全く…、毎度毎度、列車移動なんぞ非効率この上ない。
いい加減、自家用の飛行艇か、最低でも自動車くらいは欲しいところである。……いっそのこと何かちょうどいい乗り物でも作ってもいいかもしれん。
閑話休題。アグリア旧道を抜けた先。
ゲームでは「
さて、《西風》からの話では、この丘陵地帯に何処かに彼らのキャンプ地があるとのことだが。
……いちいち探し回るのも面倒である。ここは手っ取り早く
「仕事だ、《グング=ニール
「A・WnЭҐК」
俺の呼ぶ声と共に唐突に何もない空間から現れた、俺専用の赤色の戦術殻である《グング=ニール》。
しかしその姿形は、今までのゴーレムのような形状から大きく様変わりしている。
その姿を例えるならば――赤い球状スライムというべきだろう。
つい先日、大改造を施したこの《グング=ニール改》には、従来通りのデータの分析処理などといった情報支援方面での大幅な強化に加え、アルベリヒ工房長の使役する戦術殻――《ゾア=バロール》でも使われていた、『液体金属の制御技術』をさらに発展させたモノを新たに組み込んでいる。
その結果、形状再生による物理的なダメージを無効化だけでなく、その姿形を自由自在に変えることができる変形能力
まあその反面、変形能力を阻害しかねない
……というか、そもそも戦闘でほぼ使わなかったので、ぶっちゃけどうでもいい。
それに、現在開発中の
ちなみに、《グング=ニール改》の姿形を自由に変化させることが出来るにもかかわらず、基本形態をわざわざ球状スライムの形にしている理由―――それはその方が座りやすいからである。
イリスやアルティナ、ミリアムといった小柄な連中ならともかく、男の俺には戦術殻の腕はちと座りにくかったのだ。
だがシンプルな姿になったおかげで、その座りやすさは従来の戦術殻の比ではない。
そして流体金属の完全制御が成せるその座り心地は、某人をダメにするソファに匹敵するものとなっている。
新機能の高周波振動によるマッサージ機能も併せてマッサージチェアとしても大活躍である。
ああ、後従来の戦術殻の造形からかけ離れた姿にワザとさせることで、戦術殻と悟らせないようにする狙いもあったりなかったりする。
「ステルスモードを維持しつつ上空200mまで上昇後、望遠モードを起動。映像を俺に回せ」
「Ё・Ⅴжёӥа」
さて、俺が命令すると、《グング=ニール改》は
しっかりとその映像を俺の手元にある小型端末に送ってきた。
「コイツか……」
200m上空から見渡す丘陵地帯。
高所であるがゆえに、遮るものが全く無いその映像は、丘陵全体を問題なく映し出しており、その映像の中には、《西風の旅団》のキャンプ地と思しきテント群もしっかりと捉えていた。
「ご苦労《グング=ニール改》。いくぞ、イリス」
「Ё・Ⅴжёӥа」
「了解しました」
偵察ドローン代わりに使った《グング=ニール改》を回収し、俺とイリスは先程つけた目星に向かって歩き出した。
途中魔獣に絡まれはしたものの、思ったよりも起伏の少ない丘陵地帯は比較的歩きやすく、おおよそ問題無く進むことができた。
しばらくして。
ようやく《西風の旅団》のキャンプ地が見えたちょうどその時―――
「久しぶりだね、二人とも!」
唐突に、俺達の名前を呼ぶ声が、どこかから聞こえてきた。
ん?この声は……
俺とイリスが、声が聞こえてきた小高い丘の方向へ視線を向けると、その丘の上には西風の旅団の哨戒と思しき、大型スナイパーライフルを肩に担いだ深緑の長髪の女性が立っていた。
「これはこれは……、お久しぶりです、
「お久しぶり、です……」
その女性に対し、俺は気軽に挨拶を返し、イリスはペコリと頭を下げた。
そう、彼女こそは現在の『西風の旅団』のNo.2。
狙撃とナイフの名手であり、敵部隊の攻勢や高まった士気を的確に挫く銃撃に、断ち切るナイフ捌きから、《火喰鳥》の異名を取るアイーダ氏だ。
……いや、俺が知ってる『創の軌跡』までに、《火喰鳥》のアイーダなる人物は出て来なかったんだがな……。
まあ、引退メンバー合わせて五人くらいしか出て来なかった『西風の旅団』もこっちでは普通にたくさん居るし、まあそういうもんだろうと思っている。
「イリスも、元気にしてたかい?」
「ぁぅ……はい…」
小高い丘の上からスタッと軽やかに地面の上に着地したアイーダ氏は、こちらに近づいて来ると、イリスの頭をワシャワシャ撫で始める。
それに対してイリスは恥ずかしそうに身動ぎしながらも返事を返した。
どうやら何度か旅団に足を運ぶ過程で、イリスは彼女に気に入られたらしく、歳の近いフィー・クラウゼル共々、妹分として可愛がられているようだ。
……まあ、イリスに人との繋がりが出来る事自体は、悪いとこではないし、むしろ歓迎すべきことだろう。
イリスも満更でもなさそうであるし。
こういった繋がりが、のちに黒の工房から逃げ出したいとイリスが思う切っ掛けとなるやもしれん。
……何なら、そのまま西風で引き取ってくれてもいいのだが?
◇
「では今回は、フィー・クラウゼルさんのSウェポン製作依頼ということですか」
「ああ、それで間違いないよ」
アイーダ氏との挨拶もそこそこに、彼女の案内の元、《西風の旅団》のキャンプ地の中へと通された俺とイリスは、歩きながら彼女と今回の依頼内容についてのすり合わせを行っていた。
話によれば、今回のSウェポン製作依頼は、《西風の旅団》――ルトガー・クラウゼル団長の養娘であり、『閃の軌跡』の主人公パーティーである《旧トールズ七組》の一員であるフィー・クラウゼル氏の分だそうだ。
なんでも、一か月半ほど前に、西風に恨みを持つ犯罪組織の襲撃を受けた折、彼女は偶然『
そしてその件を切っ掛けに、正式に猟兵として《西風の旅団》に参加することになったそうだ。
ちなみに、ルトガー・クラウゼル団長は最後まで猟兵として参加することを渋っていたらしいが、他の団員たちが説得したらしい。
とは言っても、戦場に出るのはまだまだ先の話。
兎にも角にもまずはフィー自身が使う得物を用意しよう、ということで、今回のSウェポン制作依頼ということになったそうだ。
……まあその話自体はゲームで語られていた内容ではあるし相違は無いようなのでそこは別にいい。
いいのだが……、フィー・クラウゼルはSウェポンを使っていたか……?
違ったと思うんだか……。
……もしかしたら、これも俺とイリスが西風の旅団に関わったことによるバタフライエフェクトが起こった結果なのかもしれん。
まあ、仮にそうだったとしても、何がどうということは無いのだが。
「なるほど、了解しました。
……それでフィー・クラウゼルさんがどのような得物を使うのか、決まっているので?」
先の疑念は横においておき、とりあえずアイーダ氏にフィー・クラウゼルが使う武器の要望について聞く。
原作知識から、彼女が拳銃と短剣が合わさった《双銃剣》という得物を使っていたのを知ってはいる。
だが、それを今この場で言うわけにもいかないので、あえてアイーダ氏に聞いたのだが――
「あー、それは、その……」
その事を聞いたとたん、何故か急にアイーダ氏の歯切れが悪くなってしまった。
……え?これどういう反応?
そうこうしている内に、俺達はフィー・クラウゼルが居るらしい場所に到着したのだが……そこには異様な光景が広がっていた。
周辺の安全が確保されているはずの西風の旅団のキャンプ地。
その中で、何故かここにいる団員たちは、例外なく自身の得物を担いでおり、そして戦場もかくやといった真剣な面持ちで……何故かフィー・クラウゼルを取囲んでいたのである。
………え?何この状況?事案?
取囲んでるメンツの中に、ゼノ氏にレオニダス氏も居るし。
「えっと……これは一体?」
あまりに意味不明なシチュエーションに、アイーダ氏に視線を向ければ、 彼女はこめかみを押さえ、大きなため息をつきながら、事情を話し始めてくれた。
事の発端は、フィー・クラウゼルが正式に猟兵として西風の旅団に参加することが決まった頃。
新たな団員の誕生を祝福するために開かれた宴の席で、一人の団員が、なんの気なしに呟いた一言から始まったそうだ。
「そういえば、フィーの得物どうすんの?」と。
その言葉を聞いた瞬間、大多数の団員たちの脳裏に浮かぶ存在しない光景。
フィーが自分と同じ得物を振う姿。
そしてそれを師匠として指導し、厳しくも暖かく見守る己の姿を。
そしてその日から、フィーの後方師匠面を希望する連中が、こぞって彼女に自身の得物の良さをアピールをし始めた。
フィー自身も、この得物を使いたい、といった要望も特に無かったことも災いし、どんどんアピール合戦が過熱し始め、収拾がつかなくなっていったそうだ。
そして、にっちもさっちもいかなくなったその時、
「もういっその事、公正に第三者に決めてもらえばいいんじゃね?」と誰かが言ったことで、フィーのSウェポンの注文依頼ついでに、俺に白羽の矢が立ったということらしい。
……なるほどな。
おそらく本来では、すったもんだありながらも、最終的に《双銃剣》という結論に団内でたどり着いたんだろうが。
ここではそこそこ親交のある武器製作者の俺がいるというバタフライエフェクトによって、お鉢が回ってきたということか。
そうか、なるほどなるほど……。
クソみてえなバタフライエフェクトだな。
というか、まだ特にどんな得物を使うか決まっていない状態で、そんな「入学祝いにランドセル買ってやるか」、みたいなノリで、Sウェポンの製作依頼をしてきたのか。
Sウェポン自体、結構な値段するんだかな……。
さすがは超一流の猟兵団である西風の旅団。ミラには困ってないようである。
「このバカ共め……。
ホラホラ!こんなとこで油売ってないで、さっさと散りな!」
そんな考え事をしていると、アイーダ氏の声と共に、フィー・クラウゼルに対する最後の得物アピールをしていたのだろう団員たちが追い散らされていく。
「……ヤレヤレ、仕方ない奴等だよ」
「ああ、ルトガー・クラウゼル殿。お久しぶりです」
そんな光景を眺めていると、背後から声が。
振り返って見れば、そこには西風の旅団団長であるルトガー・クラウゼル氏の姿があった。
「ああ久しぶりだな。
すまねえな、こっちの事情に巻き込んじまって。
……全く、テメエの命を預けることになる得物なんだ。
誰かの受け売りとかじゃなく、テメエの意思で選び取らねえとならねえモノだってえのに。
アイツ等はその事を分かっちゃいねえ……」
そう言いながらヤレヤレと呆れたように肩を竦めるルトガー・クラウゼル氏。
そしてその手には―――かつて俺の手掛けた彼専用Sウェポンである『バスターブレイブ』が握られていた。
……いや、アンタも同類やないかい!!!
まあ、そんなこんなでフィー・クラウゼルの得物の選定である。
こちらをチラチラと遠巻き様子を伺う、ゼノ氏とレオニダス氏を含んだ野次馬共をスルーしつつ、一先ずはフィー・クラウゼルの協力の元、彼女の体格や身体能力を手持ちの機材で詳細に測定していく。
……何の因果か、俺がフィー・クラウゼルの扱う武器を考えるはめになってしまった訳であるが。
実のところ、仕事の内容自体は、何時もとあまり替わらなかったりする。
そもそも、《黒の工房》の主力商品であるSウェポン自体、様々な変形機構を兼ね備えている武器だ。
そして専用Sウェポンともなれば、使い手に合わせて一から変形機構を組み上げることもよくある。
そんな中で、相手の武器の適正を正確に推し測ることは、Sウェポン製作において、真っ先にすることである。
……そういった意味では、自分でいうのも何だが、俺が原作知識により彼女の扱う武器を元々知っていたということを除いても、西風の旅団が、充分なノウハウを持つ俺にフィー・クラウゼルの扱う武器を選定を任せたのは、悪くない判断だったといえるだろう。
さて、ウロウロと周囲を徘徊する、ルトガー・クラウゼル団長を含んだ不審者共をガン無視しながら、先ほど収集したデータに加え、フィー・クラウゼル自身にも聞き取りを行い、彼女自身の要望や、有する
原作知識があれども、万が一もあるからな。
この手順をすっ飛ばす訳にはいくまい。
……ところでアイーダ氏。
さっきからずっと傍で監…見学なさっていますが、哨戒に戻らなくてよろしいので?
え?他の人に代わってもらったって?
……………そっすか。
それから二時間後。
「えー、というわけで、こちらの方で検討に検討を重ねた結果……、こちらで製作させていただくフィー・クラウゼルさんの専用武器は《双銃剣》ということに決まりました」
現在の時刻は午後五時過ぎ。
キャンプ地の周囲が夕闇に染まっていく中。固唾をのんで発表を見守る西風の団員たちを前に、俺の声と共におっかなびっくりでイリスが、スケッチブックに描かれた《双銃剣》のラフを掲げる。
その瞬間、キャンプ地内は阿鼻叫喚の坩堝と化した。
双銃剣と類似性のある得物を使っているのだろう面々は、後方師匠面の内定に勝利のガッツポーズを決め、それ以外の面々は失意の叫び声を上げる。
その敗残兵もかくやといった団員の中には、いつものお馴染みの面子も混じっており、ゼノ氏は地団駄を踏んで悔しがり、レオニダス氏は露骨に肩を落とし、ルトガー・クラウゼル団長は膝から崩れ落ちていた。
……いや、アンタら三人の武器は、どう考えてもフィー・クラウゼルの体格的に無理だっただろ……。
「全く……、折角フィーの得物が決まったんだから素直に祝ってやんなよ」
そんな悲喜こもごもの反応を見せる団員たちを尻目に、ヤレヤレと呆れたように肩をすくめるアイーダ氏。
その点だけを見れば至極真っ当な反応なように見える。
のだが………、残念ながらわずかに吊り上がっている頬を隠せていない。
……まあ、彼女の主兵装は二つあるからな。
スナイパーライフルの方は無理でも、ナイフの方で十分フィー・クラウゼルに
……結局のところ。
西風の旅団の面々は揃いも揃って親バカということである。
それからしばらくの間、西風の団員たちの痴態を眺めるはめになった後、丁度夕方過ぎということもあり、俺とイリスはそのまま西風の旅団の面々に夕食に誘われる事となった。
そしてその夕食もフィー・クラウゼルの武器が決定したという理由で、いつの間にか宴会のような様相を呈しており、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎとなっている。
……ホント、何かにつけて宴会を開きたがる団である。
まあイリスも、フィー・クラウゼルと仲良く夕食を食べているようではあるし、別に問題は無いといえば無いのだが。
そんな中、俺は宴会を抜け出し、少し離れたところにある岩に腰掛けながら、この間作った自作のタブレット端末を操作してCADソフトを起動し、フィー・クラウゼルの《双銃剣》の設計構想を練っていた。
結局、先ほどまでの時間までで決まったことといえば、フィー・クラウゼルの得物の選定まで。
《双銃剣》の具体的な仕様についても手つかずのままだ。
まあ、別に急ぎの仕事という訳ではないのだが、何度もこちらに訪れる手間を省くためにも、今日中にはある程度の仕様を詰めておきたいところである。
それに、このタブレット端末のスペックならば、高い演算能力が要求される武器の強度計算はともかく、それ以外なら特に問題なく行えるだろう。
…うむ、これならば、このタブレット端末を次の研究成果にしてもいいかもしれん。
それからしばらくの間、団員から貰った料理をつまみながらCADで図面を引き続け、フィー・クラウゼルの得物の選定をしながら考えていた《双銃剣》の設計案、王道から奇を衒ったものまで大体10枚ほどを図面に起こし終えたところで、背後から人が近づいてくる気配がした。
「よう。取り込み中だったかい?」
「……いえ、ちょうど今終えたところです。
ルトガー・クラウゼル殿」
データを保存し終えたタブレット端末を片付けて振り返ってみれば、そこ居たのはルトガー・クラウゼル団長。
食後の一服をしに来たのだろう彼は、懐から取り出した葉巻に火をつけていた。
人工の導力灯の光溢れる都会では見ることの出来ない満天の星が煌めく夜空に、薄く紫煙を揺蕩わせるルトガー・クラウゼル氏。
ただ葉巻を嗜むとういう所作一つとっても、そこにはダンディズム溢れる男の魅力が詰まっている。
千年以上生きて来て品性の一つも身に着けていないどこぞの工房長とは偉い違いである。
「今回はすまなかったな。変な注文依頼出したりしちまって」
「いえ、お気になさらず。
どちらにしても専用Sウェポンの設計上必要な行程だったので」
さすがにクライアントの手前、すぐにこの場を離れるのはどうかと思い、団員の一人から貰ったウイスキーの酒瓶を呷っていると、ルトガー・クラウゼル氏が切り出して来たので返事を返す。
先ほども言った通り、使い手に合わせて一から変形機構を組み上げることもよくある専用Sウェポンを製作するにあたって相手の武器の適正を正確に推し測ることは、一番最初にすべきことである。
それは、Sウェポンシリーズの中でも比較的癖の少ない《双銃剣》であってもそれは変わりはしない。
さらに言えば、フィー・クラウゼルの体格が、汎用Sウェポンが想定する体格どころか、同年代と比べても一層華奢であるが為に、従来の《双銃剣》のデータを流用することが不可能である点を考えれば、彼女の技能を詳細に測れたことは、こちらにとっては、むしろプラスだったといえるだろう。
「ハハ、技術者としてすっかり一人前だな」
そう説明すれば、ルトガー・クラウゼル氏が楽しそうに笑い声を上げた。
「まあ……、
せめてこれくらいは」
「そうか。……そう考えるとお前さん達との付き合いも、かれこれ四年近くになるのか……」
「ああ、もうそんなになりますか」
「初めて顔を合わせたのは、確か俺の得物の引き渡しの時だったな。
いやはや時が経つのも早いもんだ」
そう言いながら、ルトガー・クラウゼル氏は懐かしそうに目を細める。
いや、あの時は本当に大変だった。
前工房長が注文を受けていたルトガー・クラウゼル氏の専用Sウェポンを完成させずに(あの世へ)バックれやがったせいで、イリスやゲオルグ君共々散々な目にあったものだが。
まあ今となっては、良い思い出……思い……全然良い思い出じゃねえわ。くたばれ工房長。いやくたばってたんだわ。
「……そうか、それならば今回は丁度いい機会かもしれねえな……」
「……?ルトガー・クラウゼル殿?」
頭の中で憎き工房長を虐殺していると、ポツリと呟いたルトガー・クラウゼル氏が何か決心をしたかのような表情を浮かべ、こちらに向き直った。
「なあハンス。
お前さん、イリスの嬢ちゃん共々西風の旅団に入らねえ「入ります!」」
◇
ルトガー・クラウゼル氏からの西風の旅団への勧誘。
彼がその言葉を口にした瞬間、俺の脳がその言葉の意味を認識するよりも前に、すでに口は動き出していた。
アルベリヒ工房長の恒常的な無茶ぶりに、鬱陶しいノルマ、加速度的に増えていく仕事量に、日刊命の危機と、いい加減ウンザリしていた所へ、西風の旅団というホワイト企業(当社比)からの引き抜き。
その魅惑的で甘美な言葉のシグナルを耳神経から受け取った脊髄は、大脳にその情報を送るよりも前に、是という返答を返した。
その速度はまさに神速。
人間の反応速度の限界であるとされる0.1秒に限りなく近づいたことだろう。
それが、どのような事態を招くか文字通り考えることなく。
「お前さん、イリスの嬢ちゃん共々西風の旅団に入らねえかい?」
「…………、……………」
西風の旅団団長ルトガー・クラウゼル氏直々の猟兵団への誘い。
それに対し、神速を以て返したハズの言葉は、俺の口から出ることは無かった。
強烈な吐き気を催すような感覚に、まるで魂を直接縛り上げられるかのような、壮絶な不快感と嫌悪感。
言論を封殺するかのように、自分の意思に関係なく自由が奪われる身体。
何度も味わったこの感覚は忘れるはずがない。
その正体は、黒の工房に対する反逆を防ぎ、組織からの逃走や、組織に対し不利益になるような行動さえも完全に規制してしまう、《黒の騎神》イシュメルガの
それは、本人の意識していない無意識下での行動であっても例外なく稼働し、黒の工房からの離脱という不利益な行動をしようとした俺をペナルティーとして容赦無く締め上げ始めた。
「……いえ、私は《黒の工房》に忠誠を誓っているので」
イシュメルガの規制から何とか逃れるべく、ルトガー・クラウゼル氏からの勧誘に断りの返事を返す。
一ミクロンたりとも無い工房への忠誠を誓う言葉。
それはもはや命すら危うくなり始めていた状況で、苦し紛れに搾り出したモノにもかかわらず、何故か俺の口から紡がれたその言葉には一切の淀みはなく、透き通った返事を返していた。クソァ!
「……そうか。
済まなかったな。急に変なことを言って。忘れてくれや」
「……いえ、申し訳ありません」
吶る部下に対して、完璧なアシストをしてくれやがった黒色汚物のおかげで、紡がれてしまった曇りなき断りの返事。
その返事を聞いたルトガー・クラウゼル氏は、やけにあっさりと引き下がっていった。
アアアァァァァア……俺の超絶ホワイト企業(当社比)就職への道が遠ざかっていく……。
薄々分かっちゃいたが組織からの逃走どころか、引き抜きすらもアウトなのかよ。労働基準法何処行った。
というかルトガー・クラウゼル氏も勧誘するんなら少し粘ってもろて。……いや、そうなったらそうなったで困るんだけれども。
居た堪れなくなった俺はルトガー・クラウゼル氏に頭を下げてその場から離れた。
今は身体の自由は取り戻せたものの、あの汚物の規制のせいで気力を根こそぎ奪われた為、正直立っているだけで辛い。
パワードアーマーを着ていなければ、今ごろその場でぶっ倒れているところだったろう。
……はっきり言ってルトガー・クラウゼル氏が俺とイリスを西風の旅団に勧誘した真意は定かでない。
俺の技術者としての腕を見込んでか、はたまた黒の工房由来の技術目当てか。猟兵団という場所でフィー・クラウゼルと友達となれた稀有な存在であるイリス目的かもしれない。
だかそこにどのような意図があったにせよ、俺はイシュメルガの隷属支配から逃れる術をを未だ持っておらず、残念ながら未だイリスに俺や工房への反逆の兆しはない。
だからこの話はここでお終いなのだ。
とは言ったものの。まあ、とりあえず……
イシュメルガの隷属ウゼエエエエエエエエエ!!!!
◇
ハンスと別れた後、ルトガー・クラウゼルは懐から再度煙を揺蕩わせた。
星が瞬く夜空へと消えていく煙を眺めながらしかし、その表情はハンスを勧誘していた時と違い、何時になく険しい表情を浮かべていた。
それは別に、かねてから考えていたハンスたちの西風の旅団への勧誘が失敗したから、などという狭量な理由からではない。
猟兵という生き方自体、真っ当ではない、ヤクザな世界の生き方だ。
関わり合いにならなくていいのならばそれに越したことはない業界であるし、どう取り繕おうとやっていることはただ引き抜きである以上、別に勧誘を拒否された程度で、気分を害することなどあるわけがなかった。
おそらく
若い頃から猟兵の世界で生き、《猟兵王》なんて大層に呼ばれるようにもなっていたが、彼自身、その全てが自分の実力のみで勝ち取ってきたつもりは毛頭なかった。
仲間であり家族である団員たちのおかげ切り抜けて来れた。
自身の悪運や咄嗟の機転にも助けられたこともある。
そして、数多の戦場を駆けずり回りながら磨いて来た『勘』にも。
何の根拠もないのに、良くないことが起こる予感や引っかかる感覚。
俗に言う『虫の知らせ』や『胸騒ぎ』といった第六感というものである。
これが中々馬鹿には出来ないもので、この『勘』にしたがって行動した結果、命拾いしたことなど幾度もあった。
その『勘』が。
ハンスに西風の旅団へのスカウトを口に出した瞬間、何故か唐突に反応した。
背筋にゾワゾワとした悪寒が走り、冷や汗が止まらない。
今まで経験してきたものの中で、過去最大級のイヤな『勘』。
その『勘』に対しルトガー・クラウゼルは顔には出さずとも、周囲を最大限警戒していた。
そのおかげだろう。
その時にほんの一瞬、それこそ瞬きするくらいの刹那の間に、ハンスに纏わりつく黒いモヤのような何かを見ることが出来たのは。
今まで見たことも無いような、ドス黒いヘドロのような、底知れない悪意が宿った黒い何か。
その何かがハンスの身体に纏わりついた直後、彼の身体が不自然に弛緩した。
ハンスが開発したらしいパワードアーマーなるものを纏っていなかったら、そのまま地面に崩れ落ちてしまっていただろう。
そしてその黒い何かに対し見た時から今まで、ずっと自身の勘が五月蝿いくらいに警鐘を鳴らしていた。
これを放置すれば、自身の命取りになると。
………これは今一度よく考えなければならないかもしれない。
猟兵団界隈の中でも、良質な武器を提供することで知られる《黒の工房》。
今まで《西風の旅団》と武器の取引を続けていた《黒の工房》。
自身の武器である《バスターブレイブ》を設計した前任の担当者に、その後任であるハンスにその助手のイリス。
その背後に―――
「何か……居やがるな」
何か碌でもないものが潜んでいると。
イシュメルガ 「m9(^Д^≡^Д^)9mプギャーwwwwwwwww」
ハンス 「」(##゚Д゚)
ルトガー 「……」(ㅍ_ㅍ)