俺の上司共が色んな意味でブラックすぎる件   作:ギルバート

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 ※この話には、グロ表現が多数盛り込まれています


第三話 無意味なリストラはNG

 『予想通りの失敗作だな』

 

 「………え」

 

 

 だだっ広い演習場の各所に取り付けられたスピーカーより、アルベリヒ工房長の失望混じりの声が響き渡る。

 そのような空間で、Oz72の方から消え入りそうな声が微かに聞こえたのは、ただの幻聴なのか、それとも……。

 そんな中でも相変わらず平常運転であるアルベリヒ工房長は評価結果の内容をOz72――ではなく俺と、おそらく工房長の傍に控えているゲオルグ君に向けて語り始めた。

 

 

 『今回の性能実験でも、Oz72の身体能力及び、戦闘能力については明確に向上が見られたが……。

 肝心のOz72と戦術殻との同期率。こちらについては過去の性能実験、そして今回の実験でも結局、平均水準を大きく下回ったまま一切改善の傾向が見られることはなかった。

 この程度の同調率では、《根源たる虚無の剣》作成の前提条件すら満たすことができないだろう』

 

 

 そうアルベリヒ工房長の言うように、Ozの目的は量産可能な兵士を作り出すことではない。

 

 人形兵器である戦術殻と完全同期した、人にして武具でもある存在であり、自らの命と引き換えに《巨イナル一》再錬成の儀式、《巨イナル黄昏》成就の核となる、不死の黒の聖獣を殺すことの出来る《根源たる虚無の剣》を生み出すことの出来る人造人間――Originator zero《根源たる虚無》を作り出すことなのだ。

 

 Ozにおいて最も重要なのは戦術殻との同期率。Oz自身の身体能力、戦闘能力はただの付属品でしかない。極論を言ってしまえば、戦術殻と完全同期さえ出来ているのならば、この二つは全くなくても構わないのだ。

 

 Oz72と戦術殻との同期率の低さ。それは初めての性能実験から明確に見て取れた。

 戦闘の最中、Oz72と戦術殻が連携攻撃したときに見られる、行動の合間合間にほんの一瞬だけ挟まるラグ。

 このラグの原因は、偏にOz72と戦術殻との同期率の低さから来るものだ。

 それはただの連携として見るならば全く問題のない程度のものなのだが、戦術殻との完全同期を目指すOzとしてはそれは、Ozと戦術殻との同調率が低いことを示す致命的なサインとなる。

 結局、このラグは先ほど行われた性能実験でも、終ぞ無くなることはなかった。

 

 そしてこの話で最も救えないのは―――

 

 

 『やはりOz自身の身体能力、及び戦闘能力と、戦術殻との同調率は反比例するという仮説は正しかったということだな(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 「………そうですね」

 

 

 この結果は、最初から予想されていたという所だ。

 

 何のことはない、そもそもOz72は、アルベリヒ工房長が『Oz自身の身体能力、及び戦闘能力と、戦術殻との同調率は反比例するという仮説』を立証する為に造った個体であるからだ。

 わざわざ製造段階でOz72の身体に手を加え、身体能力、及び戦闘能力を意図的に向上させた上で(・・・・・・・・・・・)、だ。

 

 つまりはOz72が、自身の身体能力、及び戦闘能力が高い事も、彼女が生まれる前より調整されていたことであり、戦術殻との同調率が低いことで、失敗作扱いされる事も、工房長が立てた仮説の立証を進めた結果であるのだ。

 

 よくよく考えれば、Oz72の戦術殻に《フルン=ティング》という名前を、――黒の聖獣を殺すという目的の為のOzであるにもかかわらず、怪物を殺すことの出来なかった武器の名前を与えている時点で、アルベリヒ工房長が、Oz72に対し、端からOriginator zero《根源たる虚無》としての役目を一切期待していなかったことが分かる。

 

 全ては最初から想定済み。

 彼女は生まれたその瞬間から、いや、生まれる前から失敗作になることを運命づけられていたのだ。

 仮説を立証する。ただそれだけの為に。

 

 

 『たがこれでOz完成の目処はたった。直ぐにでもこのデータを製造中のOzにフィードバックしなければ』

 

 

 重苦しい空気の中、演習場にアルベリヒ工房長の嬉しそうな声が響き渡る。

 その声からでも分かる。

 もはやアルベリヒ工房長はOz72など見ていなかった。

 彼に取ってOz72とは、自身の仮説を立証するためだけの存在であり、それが達成された時点で、研究対象としても、そしてOzとしても用済みである彼女に興味を失ったのだろう。

 

 ……楽しそうだな工房長。

 長年手掛けてきたOzの完成が、ついに見えてきたからか。

 まあ工房長はひとまず置いておくとして。

 

 チラリと横目でOz72の方を見やる。

 Oz72は戦術殻に寄りかかるようにして立っているために、その表情はそれに遮られ、うかがい知ることはできないが……。

 

 誰にも悟られぬよう、小さなため息をつく。

 

 その善悪についてはともかくとして、アルベリヒ工房長の行いは、研究者としてはごく自然であると言える。

 自身の立てた仮説に対しての立証をする。

 それは研究者としてごく当たり前のことだからだ。

 問題はそれをモルモットではなく、ホムンクルスとはいえ人間でやろうとするから問題なわけで……。

 

 ……ダメだ、思考が余計な方向に流れ始めた。

 気合を入れなおせよ、俺。

 

 残念ながら、まだここが地獄の底というわけではないんだから(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 「それはそれは。我々地精の、ひいてはイシュメルガ様の悲願であるOz研究の進展おめでとうございます」

 

 

 自分の顔にいつも通りの営業スマイルを張り付けながら、アルベリヒ工房長にゴマをする。

 …よしよし手応えあり!いつもの工房長には、こんなおべっかは通じないんだが、やはり今日は機嫌がいいようだ。

 聞きたいことを聞くまで、しばらくそのままでいてくれよ……。

 

 

 「ではOz72は、今回の実験を以て、お役目御免ということですね。

 彼女はこの後どうするので?」

 

 

 さもその顛末を知らないといった風体を装って、アルベリヒ工房長に問いかける。

 いや、実際にその顛末を俺は知らない。

 

 だが最近、工房長の手伝いという形で、Ozシリーズの研究に加わる中で、過去に作られたOzたちがとある教団に出荷されたというのは(・・・・・・・・・・・・・・・・)知っている。

 

 そして原作知識で、その出荷先である《教団》がどのような場所か、そしてどんなことをしていたのか知っている以上、彼女たちが辿った末路は容易に想像がつく。

 

 だが万が一、いや億が一にも、自分の見間違い、早とちりの可能性もあるのだ。

 僅かな望みをかけた問い。

 

 

 『ああ、もはやソレは用済みだ。いつも通り《D∴G教団》に人体実験の実験体として出荷する。

 まあソレには身体能力の向上に力を入れたので、他の個体よりは、多少は長持ちするだろう』

 

 

 だがその希望は、機嫌のいいアルベリヒ工房長の懇切丁寧な説明により粉々に打ち砕かれた。

 

 やっぱりか!!??

 《D∴G教団》の名前が出てきた時点で、十中八九そうだろうとは思っていたが……、やっぱりそういうことか、この外道!?

 しかもご丁寧に、他のOz達の末路まで教えてくれやがって!?

 この鬼!悪魔!!アルベリヒ!!!

 

 《D∴G教団》。

 それは作中で登場する、悪魔を崇拝する邪悪なカルト教団にして、最低最悪のヤベー犯罪者集団である。

 彼らの目的、それはゼムリア大陸で広く信仰される空の女神――エイドスの否定。

 そのためだけに彼らは、儀式と称しての非人道的な人体実験や化学実験、果ては悪魔召喚などを繰り返し、実験体として大陸各地から攫ってきた大量の幼い子供達を虐殺していったのだ。

 最終的にあまりに被害が広がったため、七耀暦1198年、チート親父ことカシウス・ブライトを総司令として各国政府や軍隊に警察、遊撃士協会、七曜協会などが協力してD∴G教団の殲滅作戦を展開。

 夥しい犠牲を払いながらも《D∴G教団》は徹底的に殲滅され、教団は表舞台からその姿を消すことになる。(残党がいないとはいっていない)

 だが教団の残した爪痕はあまりにも大きく、何人かの主人公の仲間たちの人生にも、暗い影を落としている。

 

 そしてそんなド畜生集団の《D∴G教団》であるが、今現在の日付は七耀暦1194年。

 まだ教団の殲滅作戦は展開されておらず、実験体目当てに拉致って殺して、元気に活動中である。クソが。

 

 そして非常に不愉快ではあるが、そんな《D∴G教団》と《黒の工房》にはつながりがあるのだ。

 

 何とうちのトップであるアルベリヒ工房長が、教団から有用な技術を盗み取る為に、潜り込んでいるのだ。

 しかも下っ端の一構成員とかではなく、教団幹部という立派な肩書きまで持っているのである。

 

 思いっきり仲間ですね!ありがとうございます!

 

 アルベリヒ工房長がいつから教団幹部の地位についていたのかは、結局作中で明らかになることはなかったが。

 どうやってその地位にまで登りつめたかは、先ほどのゴミみたいな発言から容易に想像がつく。

 おそらくアルベリヒ工房長は、失敗作のOzを教団の人体実験の実験体として提供していたのだろう。

 ただでさえ、実験体の確保の為に、教団の悪行の数々が露呈するリスクを冒してまで各地から幼い子供を誘拐してきていた連中である。

 そんな中、ホムンクルスであるとはいえ、足のつかない、どれだけ実験に使用しても全く問題の無い子供を、定期的に提供できるアルベリヒ工房長は、教団にとってさぞかし魅力的に映ったに違いない。

 

 そして効率至上主義のアルベリヒ工房長にとっても、廃棄処分を待つだけのOzを教団に実験体として提供するだけで、楽に功績を稼ぐ事が出来るのだ。一切の躊躇いもなかったことだろう。

 しかも儀式という名の人体実験で実験体を死ぬまで徹底的に使い潰すという性質上、該当する儀式の監督さえしていれは、Ozの身体から黒の工房の技術が流出する恐れもない。

 

 まさに利害の一致。

 黒の工房とD∴G教団。

 今のこの惨状は、鬼畜と外道が手を取り合った結果であるといえるだろう。

 え?どっちが鬼畜で、どっちが外道かだって?

 HAHAHA!どっちも一緒だよ!

 両方とも畜生の権化みたいなもんだからな!

 

 ダメだ、落ち着け俺。

 先ほどは思わず動揺してしまったが、そんな事OzがD∴G教団に出荷されていたという事が判明した時点で分かり切っていたことだろう。

 こんな時こそクールにならなければ……。

 

 小さく深呼吸をして高ぶった気分を落ち着かせる。

 

 ……よし、落ち着いた。

 

 現状を整理しよう。

 目下最大の問題は、Oz72のD∴G教団出荷問題である。

 このまま放置すれば、間違いなくアルベリヒ工房長は宣言通り、Oz72を人体実験の実験体として教団へと出荷するだろう。

 今まで散々同じことをやって来たのだ。今更躊躇いなどすまい。

 

 実際、教団への出荷に対しOz72自身がどう思っているのかは聞いたことはないし、その心の内を窺い知ることは出来ないが……。

 

 ……手前勝手な話ではあるが、俺はOz72を助けたいと思っている。

 お互い、性能実験で戦闘をしただけの仲であるが。

 同情、しているのだろう。

 作中ではその存在をカケラも遺すことなく、おそらくはD∴G教団の人体実験で死んでいった彼女の、その境遇に対して。

 もしかしたら自身の境遇を重ね合わせ、ある種のシンパシーを感じているのかもしれない。

 

 だが結局のところ、彼女が実際にどう思っているか分からない以上、これは所詮自分の自己満足、自分本位の行動でしかないのだ。

 

 ……ならば俺の好きにさせてもらうとしよう。

 

 それにこれは、丁度いい試金石だ。

 黒の史書以外の、原作の歴史改変に対し、正史に戻ろうとする動き、揺れ戻しがあるのかどうか。

 それを見極める意味での。

 

 もし彼女の死が回避出来たのだとしたら、正史の揺れ戻しはないということ。

 作中で登場していなかった俺ことハンス主任の生存にも、断然期待が持てる。

 だが、もし彼女の死が回避出来ないのだとしたら、それはそのまま俺の――これ以上は考えないようにしておこう。

 

 手を首に当て、もみほぐす。

 

 さあ、ここからが本番。我らがブラック上司――アルベリヒ工房長との交渉の時間だ。

 曲がりなりにも、Oz研究を総括するアルベリヒ工房長の決定に異を唱えるのだ。

 

 黒の工房、ひいては我らが主であるイシュメルガ様(笑)の利益の為にも、Oz72を生かすことで生まれる利益をアルベリヒ工房長にしっかりとプレゼンテーションしなければ。

 

 

 

 

 

 アルベリヒ工房長side

 

 

 『それはそれは…、随分と勿体無い話ですね』

 

 

 先ほどOz72――イリスの最終性能実験を終え、自身の仮説の証明をした私が、コントロールルームで、いかにこのデータを製造中のOzにフィードバックすべきか思考を巡らせていると、演習場の様子を映し出したモニターから、声が響いた。

 その声の主は、一人の少年。

 地精の一人であり、黒の工房にも所属するハンス主任だ。

 多少の小休止を挟んだとはいえ、先ほどまでOz72――イリスと三十分にも渡って戦闘をしていたにもかかわらず、Oz72――イリスとは違って大して疲れた様子は見せておらず、自身の身の丈ほどもある刀身に、巨大なリボルバーが取り付けられた片刃の大剣『アサルトソード』を肩に担いだまま、相変わらずの少年らしからぬ営業スマイルを浮かべている。

 

 

 「どうかしたのかね?ハンス主任」

 

 

 ハンス主任にそう問いかけると、彼はわざとらしく大きく肩を竦めながら話を始めた。

 

 

 『いえね、Oz72がもはやOz研究において用済みである、という事には同意しますが……、このまま教団に人体実験の実験体として出荷するだけ、というのは随分と勿体無い(・・・・)話だな、と思いまして』

 

 「……というと?」

 

 『せっかく他のOzよりも身体能力、及び戦闘能力を強化したのです。

 純粋な戦闘員としてや、Sウェポンや戦術殻、人形兵器の性能実験の相手役にでも十分使えるでしょう。……ああ、私の『パワードアーム』もそろそろ体格の違う者が装備した時のデータが欲しいと思っていたところでした。

 それだけ黒の工房に貢献できるOz72を、教団如き(・・・・)のオモチャにくれてやるというのは……なんとも惜しい(・・・・・・・)

 

 「ふむ……」

 

 

 ハンス主任の発言を聞き、改めて考える。

 確かにその発言は尤もだ。

 女神の否定などという無意味なことの為に、見当外れの実験を繰り返し、実験体の無意味な浪費を繰り返すD∴G教団の連中に。

 ある意味、特別製ともいえるOz72をくれてやるのも惜しい気もする。

 所詮イシュメルガ様の生まれるきっかけとなった女神の至宝(セプト=テリオン)の実在すら、知っているかも怪しい無知蒙昧な連中だ。

 この教団の幹部席も、連中がその価値も分からず集めた技術と、……連中を傀儡とするクロイス家の魔道技術を盗み取るために都合のいい場所を欲しただけに過ぎないのだ。

 その席を確保できた今、わざわざあの無能共に過分な餌をくれてやる必要など何処にもあるまい。

 

 その上で。

 私は再度ハンス主任の方を見る。

 

 ハンス主任。

 技術者としては、もう一人の地精であるゲオルグに劣るものの、純粋な戦闘能力に関してはゲオルグと比較にならないほどに高い。

 それに戦闘員と技術者双方の視点を持ち合わせている為、Oz72――イリスに行っていたような、人形兵器などではできない繊細な調整が必要な性能実験や、Sウェポンの性能実験などという臨機応変かつ、咄嗟の状況判断能力が必要な場面おいては、非常に役に立つ手駒だ。

 

 それを考えれば、ハンス主任と同格とはいかなくとも、多少は食い下がることの出来る戦闘員を一人確保しておくというのは悪くはない。

 それに、実際に物になるかどうか分らんが、奴にOz72――イリスの技術方面での指導をさせ、多少なりとも身に付くことが出来れば、奴がいない時の予備としても使うことができるかもしれない。だが―――。

 

 はっきり言って、私はハンス主任を信用してはいない。

 

 理由は奴自身の目と、そしてその行動。

 

 ゲオルグについては、その目を見れば、イシュメルガ様へ抗う事の愚かさを理解しているからこその、諦観から来る従属であると、ハッキリと分かる。

 

 だが、ハンス主任については、イシュメルガ様に従属しているというのは分かるのだか、諦観から来る従属の色はなく、何かしらの展望を抱いて(・・・・・・・・・・・)仕方なく従属しているという目をしているのだ。

 

 そして奴自身の行動。

 

 ハンス主任は、極端なまでに私の命令に逆らわない。

 

 最初はただ、抗う事の愚かさを知るからこその従順であると考えていたが違う。

 監視している限り、……どうやらその行動は、私に自身の本心を悟られぬ為の行動であるらしかった。

 

 自分の本心を悟られぬ為の行動と、抱いている何かしらの展望。

 何かある。

 

 そして今この瞬間、極端なまでに私の命令に逆らわないハンス主任が、なぜか今回のOz72――イリスの出荷に対して異議を申し立てた。

 

 

 (さて……、造反か、それとも逃走か……)

 

 

 相変わらず少年らしからぬ営業スマイルを浮かべるハンス主任、その仮面の下には一体どんな本心が隠されているのか。

 それらを踏まえた上で―――。

 

 

 「……分かった、君の提案を認めようハンス主任。

 Oz72――イリスのD∴G教団への出荷は取りやめ、君にその管理を任せる。有用に使いたまえ」

 

 

 正直どうでもいい。

 ハンス主任が、造反を企てていようが、逃走を目論んでいようが。

 黒の工房に対し、成果を示し続けているのであれば。

 

 

 『おお、ありがとうございますアルベリヒ工房長!

 このハンス、必ずや黒の工房、ひいてはイシュメルガ様の利益の為に、粉骨砕身働くことをお約束しましょう!』

 

 

 まるで芝居じみた言い回しをするハンス主任をもはや見ることもなく、私はゲオルグを引き連れ、コントロールルームを後にする。

 

 

 

 ハンス主任、お前が何を企もうと全て無駄。我らの主であるイシュメルガ様は絶対だ。

 お前がどれだけ抗おうとも、イシュメルガ様の隷属から逃れる術など存在しない。

 

 ―――希望があるからこそ、絶望は深いという。

 精々、ありもしない希望に縋って、失意の沼底に沈むといい。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「イシュメルガの能力に対する異常なまでの信頼。

 ……それが貴方の隙ですよ、アルベリヒ工房長」

 

 

 アルベリヒ工房長がコントロールルームから去ったことを確認し、一人ほくそ笑む。

 

 アルベリヒ工房長が俺を信用していない。

 そんなこと(・・・・・)分かり切っている(・・・・・・・・)

 

 どれだけの間、工房長と働いてきたと思ってんだ。

 

 俺の目に諦観の色がないと工房長が気づいたことも、俺が本心を悟られぬよう行動していることを工房長に勘付かれたことも。

 

 全て知っている(・・・・・・・)

 

 アルベリヒ工房長が俺を知り尽くしているように、俺もアルベリヒ工房長を知り尽くしているのだから。

 そして。

 工房長が俺を監視していたように、俺も工房長を探っていたのだ。

 アルベリヒ工房長の付け入る隙を、な?

 

 緊張の時間が過ぎ去ったからなのか、フワフワとした開放感を覚えつつ、Oz72の方に近づいていく。

 

 それに気づいたOz72は、怯えたようにわずか身を震わせた。

 

 オイオイ、そこまで怯えられるような心当たりなんて……滅茶苦茶あったわ。

 

 Oz72の性能実験の度に、全力を出させた上でボコボコにしたわ。

 何なら、ついさっきの戦闘で、至近距離で砲撃したあげく、フルスイングでブッ飛ばしたわ。

 

 ちゃうねん……。さっきの戦闘は戦術殻禁止されて余裕なかってん……。

 

 え?他の実験でボコボコにしたのは?だって?

 ……なんか、こう…戦ってたらハイになってくるって事ってよくあるやろ?

 

 え?ない?あっそう……。

 

 うーむ、こんな初っ端から躓くことになるとは……おのれ、アルベリヒ!

 

 

 「………どうして」

 

 「あ?」

 

 「どうして、私の出荷を差し止めたのですか……?

 Ozとして失敗作である私に価値など……」

 

 

 そう言いながらOz72は、絶望に染まった表情で傍まで近づいてきた俺を見上げながら呟いた。

 

 あーなるほどね。アルベリヒ工房長の失敗作発言に心を折られたか……。

 

 まあ、彼女にとってOzとは――Originator zero《根源たる虚無》とは、自身の根源であり、存在意義の全て。

 その為に彼女たちは作られたのだから。

 それを完膚なきまで否定されてしまえば、こうなることもさもありなん。

 

 やっぱあの野郎が悪いんじゃねーか。

 工房長も、わざわざあんな悪意の塊みたいな言い方をOz72にしやがって……。

 俺やゲオルグ君じゃねーんだぞ……。人の心とかないんか?

 ……なかったわ。……というか人じゃなかったわ。

 

 それはともかく。

 

 俺はOz72の方を見ながら考える。

 

 ここで俺がOz72に対し、耳障りのいい言葉を投げかけることは簡単だ。

 

 『君は今こうして生きているじゃないか』とか『これから新たな人生を一緒に探していこう』とか。

 作中の主人公たちなら……英雄たちならそんな臭いセリフを吐きながらも、救ってしまうのだろう。

 だが―――。

 

 

 「Oz72、君は先ほどの私とアルベリヒ工房長との話を聞いていなかったのか?

 君がもはやOz研究において失敗作、用済みであるなどという至極当然(・・・・)の事をわざわざ確認させるな」

 

 

 俺が露骨に溜息をつきながらそう言うと、Oz72はビクリと身を震わせた。

 すまんなOz72。残念ながらこの暗く悪意に満たされた地の底から救い出してくれる英雄は、今は(・・)存在していないんだ。

 

 

 「私が君に求めているのはその身体能力、及び戦闘能力。

 純粋な戦闘員としてや、Sウェポンや戦術殻、人形兵器の性能実験の相手役、うむ、ついでに私のSウェポン研究の助手もさせるか?

 ともかく、君の出荷を差し止めることこそが、黒の工房、ひいては我らが主であるイシュメルガ様の利益に繋がると考えたからこそ、私はアルベリヒ工房長に直談判をしたというのに……。

 その君自身が終わった(・・・・)ことに執着し、今回の交渉の趣旨を理解していないとは……。

 君は私とアルベリヒ工房長の顔に泥を塗るつもりかね?」

 

 「い、いえ……、そんなつもりでは」

 

 「ならば、立ちたまえOz72……いやイリス。

 立ち止まっている暇など君にはない。

 命令だイリス。自らの存在意義(レーゾンデートル)の証明の為、君の価値を我々に示し続けて見せろ」

 

 

 そうイリスに言い切り、俺は彼女を放置し演習場を後にする。

 

 こう命令すれば、彼女は心が折れていようと動き出すことはできるだろう。

 ……彼女に対し、勝手に助けておいて、あまりにも惨い仕打ちをしているのは分かっている。

 立ち直らせるにしても、もっと他にやりようがあっただろうことも。

 

 だが俺には……いやこの場合は彼女か。には絶望的に時間がなかった。

 どれだけその心がボロボロであろうと、早急に形だけでも動いてもらわねばならなかったのだ。

 

 これは先ほど、俺が造反や逃走の意思を持ちながら、アルベリヒ工房長に見逃された事にもつながる。

 

 この黒の工房、いや地精において、意外に思われるかもしれないが、個人の主義主張や忠誠などは問題視されない。

 どれだけアルベリヒ工房長やイシュメルガに反逆や造反の意思を持っていようとも、それで罰せられることはないのだ。

 それだけ強いという事だ。イシュメルガの隷属というのは。

 反逆や造反どころか、組織からの逃走、あげくイシュメルガや組織に対し不利益になるような行動さえも、完全に規制してしまうその隷属の前では、個々人の主義主張や忠誠などゴミ同然だ。

 

 だからこそ。

 この黒の工房で求められるのは結果だ。

 黒の工房やイシュメルガにとって価値のある成果や結果。

 

 それさえ示し続けることが出来れば、先のように造反や逃走の意思を持っていようと見逃されるのだ。

 

 だが。

 逆に言えば。黒の工房やイシュメルガに価値のある、成果や結果を示し続けることが出来なければ、どれだけ黒の工房やイシュメルガに忠誠を誓っていようとも粛清されてしまう。

 

 先ほどイリスは教団に出荷しないことこそが、黒の工房の利益になると判断され、ここに残ることが許された。

 なのに止まり続ければ、アルベリヒ工房長に不要と判断されてしまう。

 

 だからこそ、イリスには早急に形だけでも動いてもらわねばならなかったのだ。

 

 ……動いていさえいれば、成果や結果は俺の方で用意できるからな。

 

 

 そんなことを考えながら、俺は自身の研究室までの道のりを歩き続ける。

 

 ……今日はホントに疲れた。

 

 イリスの最終性能実験と、アルベリヒ工房長の無茶ぶりで同時開催されたSウェポンの性能実験。

 その後すぐに始まったイリスのD∴G教団への出荷差し止め交渉と。

 失意のどん底に沈むイリスに対しての死体蹴り。

 

 最後に関してはゲロ吐きそう……。

 弱ってる者に対して、悪意まみれの暴言を吐くのがこんなにも辛いとは……。

 そしてアルベリヒ工房長はこれを日常的にしてんのか。スゲーな。

 

 まあ、だが大半は自分が蒔いた種であるのだ。

 特にイリスに関しては、完全に個人的な感傷で救ってしまったのだ。

 その責任は取らなければならないだろう。

 

 彼女が黒の工房から解放される、その時までは。

 

 

 

 






 作中で出てきた情報をつなぎ合わせた結果とんでもない外道な話になってしまった(´・ω・`)

 
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