俺の上司共が色んな意味でブラックすぎる件 作:ギルバート
七耀暦1202年 4月14日 帝都東支部
帝国ギルド支部の連続爆破事件と遊撃士襲撃事件という二つの大規模テロ事件から八日。
帝国遊撃士協会は、各地に散っていた遊撃士を、爆破を免れた帝都東支部と西支部へ集結させ、厳戒態勢を敷いていた。
さらに六日前には、救援要請を受けたリベール王国王都支部から派遣されたS級遊撃士――カシウス・ブライトが臨時代表として着任し、帝都東支部を対策本部として、被害状況の把握と情報整理が続けられていた。
エレボニア帝国政府が治安維持の面から正式に、この未曾有の大規模テロ事件に対し、箝口令が敷かれたことで、こと帝都に限ってみれば、表面上は平穏を取り戻している。
しかし今現在、遊撃士協会があらゆる依頼を断っていることから、事情を知らない一般市民も、その裏に漂う緊迫した空気を朧げながら感じ取っていた。
今日も帝都東支部には、依頼人が訪れ、そして断られている中、建物の前に外套にフードを被った人物が現れた。
その怪しい様相した人物に対して、建物の入口を守っていた遊撃士が武器を構え警戒心をあらわにする。
「私よ。武器を下ろしなさい」
そんな遊撃士を他所にその怪しい人物は、あっさりとフードを脱いだ。
そして現れた素顔を見た遊撃士は、大きく目を見開く。
「バ、バレスタインさん!?」
そこに居たのは、十日前に、ノーザンブリア自治州に里帰りをしたのち、行方不明となっていたA級遊撃士であり、東支部のエースでもある、《紫電》のサラ・バレスタインその人だった。
その後、速やかに道を譲られたサラが建物に入ると、先ほどの声を聞きつけたトヴァルを初め、他の遊撃士たちが駆け寄ってきた。
自分たちの同僚であり、帝国内唯一のA級遊撃士でもあるサラの帰還。
その朗報に、張り詰めていた空気に、久方ぶりの安堵が広がった。
「サラ!無事だったか!?」
「ええ、何とかね。自治州からの帰りに襲われてね。ようやく帰ってこれたのよ」
そう言うサラの外套の下には、戦闘によってボロボロとなった服が見え隠れしていた。
「そっちも武装兵たちに襲われたのか?」
「いいえ、単独犯よ。ただソイツがウザいのなんのって―――」
「君がサラ・バレスタイン君か」
サラがトヴァルに対し、自身が襲われた状況を説明し始めていたちょうどその時、二階から、ゆったりとした足取りで一人の壮年の男性が姿を現した。
「私はカシウス・ブライト。帝国遊撃士協会からの救援要請を受けてリベール王国王都支部から派遣されてきた。よろしく頼む」
サラは彼の自己紹介に僅かに息を飲み、彼に対しピシリと背筋を正す。
「あの有名な……帝都東支部所属のA級遊撃士――サラ・バレスタインです。
お噂はかねがね。お会いできて光栄です」
「なに、昔取った杵さ。だが……本当に無事でよかった」
「ハッ!!」
カシウスのその言葉に、サラは思わず軍隊式の敬礼を返してしまう。
その様子を見た彼は、先ほどまでの威厳ある雰囲気を一変させ、柔らかい雰囲気へと変えた。
「さて、君にはこの後の話し合いにも是非参加してもらいたいのだが……、その前に休息を挟んで、リフレッシュするといい」
「いえ、ですが――」
「何、今のところ状況は落ち着いている。ゆっくりとシャワーを浴びるくらいの時間は十分にあるさ。麗しの若い女性を、いつまでもそんな格好のままにしておくわけにもいかないのでね」
「………ええ、そうさせてもらいます」
そう言いながら、ウィンクをするカシウスに、毒気を抜かれたサラは、張り詰めていた気を霧散させ、戦闘の疲れを癒すべく部屋を出ていった。
◇
臨時代表に就任したカシウス・ブライトを中心に、帝都東支部所属のトヴァル、休息を終えて多少なりとも気分をリフレッシュしたサラ・バレスタイン、そして西支部から派遣されてきたB級遊撃士ヴェンツェルが顔を揃えた。
一同を前に、ギルドマスターは先の大規模テロ事件の被害状況と、その後新たに判明した情報について説明を始める。
しかし、その表情には、連日にわたる各方面への対応に追われてきた疲労の色が濃く滲んでいた。
「まずは事件の経緯を時系列で説明します。
七耀暦1202年4月4日、一二〇〇時過ぎ。帝国領《アルゴン鉱山町》の遊撃士協会支部が、何者かによる放火を受けました。建物は半焼し、支部担当の遊撃士一名が負傷しています。
そして二日後――四月六日正午過ぎ。
《翡翠の公都バリアハート》《黒銀の鋼都ルーレ》《紺碧の海都オルディス》《白亜の旧都セントアーク》をはじめ、帝都を除くエレボニア帝国内すべての遊撃士協会支部が、ほぼ同時刻に一斉爆破されました。
使用されたのは、建物の真下に設置された指向性の高性能爆薬と思われます。遠隔起爆による犯行と見て、まず間違いありません。
現在、押収した爆薬の製造元を通じて購入経路を調べていますが……」
「無駄だろうな。十中八九、軍から裏市場へ流れた横流し品だ」
ギルドマスターの説明を受け、ヴェンツェルが険しい声で言った。
「そして爆破事件と時を同じくして、各地で正体不明の武装勢力による大規模な遊撃士襲撃事件が発生しました。
その後、武装の解析と襲撃を受けた遊撃士たちへの聞き取り調査を進めた結果、この武装勢力は《ジェスター猟兵団》である可能性が極めて高いと判断しています」
「ジェスター猟兵団?」
「たしか……カルバード共和国を拠点に活動していた中堅どころの猟兵団だったはずよ。戦力も連隊規模だったんじゃなかった?」
トヴァルの発した疑問に、その手の情報に詳しいサラが補足説明をする。
「ええ。遊撃士協会のデータベースとも一致しています。
ただ、この半年ほどは依頼を受けた形跡がなく、足取りも完全に途絶えていました」
「それが今になって活動を再開したってわけか。
……この日のために、ずっと潜伏していたということか?」
「ともかく、この《ジェスター猟兵団》と推定される武装勢力の襲撃により、帝国内で活動していた遊撃士二十九名のうち、十八名が重傷を負い、最寄りの病院へ搬送されました」
「……ちょっと待って。
死者は……出なかったの?」
報告を遮るように、サラが口を開く。
ギルドマスターは一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐに頷いた。
「ええ。幸いにも、爆破事件の際にも負傷者は出ましたが、死者は一人も確認されていません」
予想外の問いに首を傾げながらも、ギルドマスターは説明を続けた。
「そしてその後、起爆に失敗した帝都東支部・西支部に再び爆弾を設置しようとしていた敵武装勢力と、両支部所属の遊撃士チームが交戦しました。
帝国軍の増援もあって敵は撃退に成功。以降、現在に至るまで敵武装勢力に目立った動きは確認されていません」
ギルドマスターの報告が終わると、部屋は重苦しい静寂に包まれた。
帝国内の遊撃士協会は壊滅的な打撃を受け、多くの遊撃士が戦線を離脱した。その被害の大きさに、誰もが言葉を失う。
だが、帝国唯一のA級遊撃士にして、史上最年少でその地位へ上り詰めたサラ・バレスタインには、別のものが見えていた。
遊撃士となる以前、
それらと照らし合わせたときに浮かび上がった、この事件への決定的な違和感を。
「……手ぬるいわね」
「え?」
サラは、ボソリと呟いたその一言に、トヴァル、ヴェンツェル、ギルドマスターが揃って驚きの声を漏らした。
「サラ、手ぬるいって……どういうことだ?」
「当然でしょ、トヴァル。《ジェスター猟兵団》の詳細までは知らないけど、普通なら猟兵が絡んで、この程度で終わるはずがないわ」
サラは断言した。
遊撃士となる以前、彼女は《ノーザンブリア自治州》の猟兵団《北の猟兵》で中隊長を務めていた。
金で雇われ、大貴族や国家のために戦う。時には正規軍に代わって危険な任務を引き受け、時には汚れ仕事も請け負う――。
世間から"戦争屋"や"死神"と恐れられる猟兵の戦い方を、サラは誰よりも知っている。
だからこそ、今回の《ジェスター猟兵団》と見られる武装勢力の動きには、強い違和感を覚えていた。
「猟兵にも、それぞれ流儀や掟はある。依頼次第では民間人を巻き込むこともあるけど、それでも無意味な犠牲はできる限り避ける。
……でも、必要とあれば躊躇わない。それが猟兵よ。
だから遊撃士とは相容れない。私たちは市民を守るために戦い、向こうは依頼を完遂するために戦う」
サラは静かに言い切った。
「だからこそ戦闘不能にまで追い込んだ相手を、一人残らず生かしておくなんてあり得ない。
しかも相手は遊撃士よ。手加減する理由なんてない。普通なら、確実に止めを刺す」
一瞬、部屋が静まり返る。
「……なのに誰一人殺されていないということは――」
「クライアントの依頼に、遊撃士の殺害は含まれていなかった」
サラの言葉を、カシウスが静かに引き継ぐ。
「……いや。正確には、
ギルド支部の爆破事件も含め、敵は終始、死者を出さないように動いている節がある」
「え? 爆破事件もですか?」
カシウスの言葉に、トヴァルが目を丸くする。
「思い出してみたまえ。支部が爆破される直前、君たちは何を感じ、何をきっかけに避難した?」
「それは……何かが燃える焦げ臭い匂いがして――」
トヴァルはそこで言葉を切った。
「……あれ?遠隔起爆式の爆弾なら、焦げ臭い匂いなんてするはずが……」
導火線式ならともかく、遠隔起爆式では起爆前に煙や焦げ臭さが生じる余地はない。
まして爆弾は、建物の真下にある地下道へ設置されていたのだ。
支部の中に匂いが漂うはずなどなかった。
「……まさか」
トヴァルの脳裏で、点と点が一本の線で繋がる。
「避難を促すために、わざと別の場所で何かを燃やしたのか……?」
「その通りだ。アルゴン鉱山町での放火事件は、そのための布石だったのだろう。放火への警戒心を植え付けておけば、焦げ臭い匂いを察知した遊撃士たちは、迷わず建物の外へ避難する」
「ですが……何のために?」
「そこが分からないのよ。遊撃士協会に事態を軽く見せ、本格的な対応を遅らせるため?
……でも、ここまで大規模な事件を起こしておいて、それは考えにくい。他に理由があるとしか思えないんだけど……」
サラの呟きに、誰も答えられなかった。
カシウスをはじめ、その場にいた全員が考えを巡らせるも、答えには辿り着けない。
何せあまりにも中途半端だったのだ。
帝国中の遊撃士協会支部を爆破し、遊撃士を襲撃するという前代未聞の大規模作戦。
その一方で、敵は執拗なまでに死者を出さないよう立ち回っている。しかも、そのために余計な手間まで掛けていた。
アルゴン鉱山町で放火事件を起こし、遊撃士協会全体へ警戒を促す。さらに爆破直前には焦げ臭い匂いで建物内の人員を避難させてから起爆する。
被害だけを求めるのであれば、そんな手間を掛ける必要はない。
ただ不意を突いて爆破した方が、はるかに容易で、より大きな戦果を挙げられたはずだ。
ギルド支部の爆破も、遊撃士襲撃も、実行そのものには一切の容赦がない。
それにもかかわらず、人命だけは徹底して守ろうとしている。
その歪なアンバランスさを説明できるだけの答えを、彼らはまだ見出せずにいた。
「……まあ、その件はひとまず置いておこう。
そういえば、さっき言いかけていたな。サラ、一体どんな相手に襲われたんだ?」
「ああ、そういえば、まだ話してなかったわね」
煮詰まりかけていた場の空気を切り替えるように、トヴァルが話題を振る。
サラもまた、それを察したように頷くと、自分を襲った襲撃者について語り始めた。
「身長は一六〇リジュくらい。薄紫色の髪をした女で、鋼糸と短剣の使い手。
服装は……まあ、痴女みたいな格好だったわ。
里帰りからの帰路、森に入った途端に襲われてね。
森中に罠を張り巡らせていて、随分手を焼かされたわ。
おかげで一週間、ノーザンブリアの森でゲリラ戦をやる羽目になったわよ」
「……いや、よく生きて帰ってこられたな」
あまりにもさらりと、とんでもない戦歴を口にするサラに、トヴァルは思わず呆れ混じりの声を漏らした。
「それと……名乗りはしなかったけど、おそらく結社《身喰らう蛇》の
「《身喰らう蛇》の執行者だって!?」
その言葉に全員が驚く。
遊撃士協会には、結社《身喰らう蛇》と、浅からぬ因縁があり、そのエージェントである執行者とも何度か交戦したこともある。
そんな名前が今ここで出てくるとは思わなかったのだ。
「どうも狙いは私を仕留めることじゃなく、時間稼ぎと足止めだったみたいなのよ。
多分私に、帝国内の仕込みを邪魔されたくなかったんでしょう。本人もそう言ってたわ」
「話をしたのか?」
「ええ。何度かやり合ってる最中にね」
「ということは、今回の事件は結社が仕掛けてきたってことじゃ―――」
「大変です!」
その時だった。バンッ!会議室の扉が勢いよく開き、ルドマスターの代わりに業務を担当していたはずの遊撃士が血相を変えて飛び込んできた。
「どうした!また襲撃か!?」
「いえ!そうではありません!」
「遊撃士協会総本部より緊急連絡です! エレボニア帝国『四大名門』をはじめとする有力貴族が連名で、遊撃士協会および関係者全員の国外退去を要求してきました!」
「なんだって!?」
◇
遊撃士協会とは何か。
この問いを一般市民へ投げかければ、おそらく大半はこう答えるだろう。
――『市民の味方』だと。
「支える籠手」を紋章に掲げ、平和と安全を守るために設立された民間組織――遊撃士協会。
魔獣退治や遺失物の捜索といった日常の依頼から、人命救助、行方不明者の捜索、さらには犯罪の調査・解決まで。
市民では手の届かない問題を解決する専門家集団として、その存在は広く認知され、ゼムリア大陸中の多くの市民から厚い信頼を寄せられている。
だが、エレボニア帝国の貴族――とりわけ領地を治める貴族たちに同じ問いを投げかければ、返ってくる答えはまったく異なる。
彼らにとって遊撃士協会とは、『貴族の権益を公然と侵し、他人の金で領民の歓心を買う下郎ども』…………そのような存在にほかならなかった。
エレボニア帝国の政体は、君主制・封建制を採る領邦国家である。
皇帝を戴きながらも、諸侯は封建的主従関係のもとで土地と支配権を分有し、それぞれの領邦は強い自治権を有している。
アルノール皇帝家の皇帝権が弱体化した結果、国家権力は一元化されず、政治の実権は各領邦の君主や身分制議会へと分散した。諸侯は事実上独立した統治者として、それぞれの領地を治めていたのである。
領主には、領内への課税権、裁判権、警察権が認められ、帝国政府であっても容易には干渉できないほど強い自治権が与えられていた。
簡単に言えば、固有の領地を持つ貴族たちが、それぞれ独自の統治を行っていたのだ。
だが、その領主権へ公然と踏み込む存在があった。
遊撃士協会である。
事件に巻き込まれた民間人がいれば、遊撃士は領内であっても捜査を行う。
領民が領主による徴税や裁定に異議を唱えれば仲裁に入り、不当な権利侵害があると判断すれば、その裁定に異を唱えることさえある。
本来であれば、領主の裁判権や警察権は領内における絶対的な権限だったにもかかわらず、「民間人保護」を盾に遊撃士はそれに介入してくるのだ。
もちろん、遊撃士規約第三項には、「遊撃士は国家主権およびそれが認めた公的機関に対し、捜査権・逮捕権を行使できない」と定められている。
だが一方で、第二項には、「遊撃士は民間人の生命・権利が不当に脅かされようとしている場合、これを保護する義務と責任を負う」とも明記されている。
そして、この「民間人保護」の原則を優先すれば、相手が国家権力であろうと、あるいは軍事クーデターであろうと、遊撃士は介入する正当性を持つのだ。
それは貴族主義に染まった貴族たちから見れば、自らの統治権へ踏み込まれることに等しかった。
自らを特権階級と自負し、領内では絶対的な支配者であると考える彼らにとって、遊撃士協会は耐え難い存在だったのである。
では、真面目に領地を運営している貴族であれば、遊撃士協会に好意的なのかといえば、そうでもない。
いや、むしろそうした者たちほど、遊撃士協会に強い反発を抱いていた。
封建体制の下、領主は領内の課税権・裁判権・警察権を有している以上、それらを円滑に執行するための軍隊――領邦軍を、それぞれの領地で維持しなければならない。
当然、それには莫大な費用がかかる。
ゼムリア大陸では魔獣への備えも欠かせず、兵士の武装や訓練、街道や集落の警備など、治安維持だけでも相当な予算と人員を投入しなければならなかった。
その結果、領民一人ひとりの細かな困り事にまで手を回す余裕は限られてしまう。
嫌がらせをしているわけではない。
限られた予算と人員を効率よく運用する以上、優先順位を付けざるを得ないだけだ。
だが、その空白を埋めているのが遊撃士協会だった。
魔獣退治や遺失物の捜索、身近な相談事まで、領邦軍では手が届かない依頼を遊撃士たちは引き受けていく。
当然、領民が感謝する相手は、見えない所で治安を維持している領邦軍ではなく、目の前で直接自分たちを助けてくれた遊撃士になる。
しかも遊撃士協会の活動資金は、依頼料だけではない。
帝国をはじめ各国政府からの拠出金や寄付金、さらにはエプスタイン財団などの支援を原資とする基金によって賄われている。
そのため遊撃士は安定した報酬を受け取り、依頼人も比較的安価な費用で支援を受けられる。
しかし、この仕組みこそが貴族たちには耐え難かった。
遊撃士の活動資金は各国が負担している。
一方、領邦軍は領地の税収だけで維持しなければならない。
領主は遊撃士協会に資金を出していない以上、その活動を予算で統制することもできない。
その結果、領主は自らの財で領邦軍を維持し、治安を守る。
一方で、遊撃士は、各国の資金によって活動し、安価な依頼料で領民を助け、感謝と支持を集めていく。
領主は金を払いながら感謝されず、遊撃士は金を受け取りながら感謝される。
真面目に領地を治めている貴族とって、これほどバカバカしいことは無いだろう。
こうした構図を前にしても動じないのは、ごく一部の例外だけだ。
《アルゼイド流剣術》の総本山として絶大な求心力を持ち、当主自身も領民から深く慕われている《アルゼイド子爵家》。
「領民と共に歩む」を信条とし、日頃から領民との距離が近い《シュバルツァー男爵家》。
そして、帝国屈指の権勢を誇る『四大名門』の一角でありながら、高い統治能力と柔軟な政治手腕によって領民の不満を巧みに抑えている《ハイアームズ侯爵家》。
あるいは、領民の支持そのものを意に介さず、徹底した貴族主義を貫く者たちくらいだろう。
だが、言ってしまえば、エレボニア帝国の貴族程度でどうにかできる相手ではなかった。
遊撃士協会は、一介の民間団体でありながら、しかしその実態はゼムリア大陸各地に支部と人員を擁し、各国政府とも深い関係を築く国際組織である。
明確な大義名分でもない限り、『四大名門』であっても正面から排除に動くことなど到底できなかった。
だからこそ、貴族たちは鬱憤を抱えながらも、表向きは協会との共存を受け入れていたのである。
――だが、もし。
自らは一切手を汚さず。
遊撃士協会が自ら隙を晒し、その存在を公然と排斥できる大義名分が生まれたとしたら。
例えば、帝国中のギルド支部が爆破され、遊撃士が各地で襲撃され。
さらには、遊撃士協会が自領内で正体不明の武装勢力と交戦し、治安を乱しているように見えたなら。
その時、四大名門を筆頭とする領地貴族たちは、
自らの領地と領民を守るという大義を掲げ、その地に拠点を置く遊撃士協会へ国外退去を要求したのである。
◇
《紺碧の海都オルディス》 ウェストン子爵邸
「ははっ。これで、あの忌々しい遊撃士どもにも一泡吹かせられますな」
「まったくだ」
帝国西部ラマール州の州都にして、『四大名門』筆頭・カイエン公爵家の本拠地――《紺碧の海都オルディス》。
遊撃士協会支部爆破事件と遊撃士襲撃事件の余波に街が揺れる一方、とある貴族邸では二人の男が上機嫌に杯を交わしていた。
屋敷の主は、カイエン公爵派に属するウェストン子爵。
その向かいに座るのは、トバルカイン・マルク男爵。
帝国有数の実業家にして、《レグルス重工業》CEOを務める人物であり、『四大名門』を中心とする貴族派の急先鋒として知られる男である。
彼らが祝杯を挙げている理由は一つ。
つい先日、『四大名門』をはじめとする領地貴族が連名で遊撃士協会へ国外退去を要求し、その流れが現実のものとなりつつあったからだ。
「しかし、実に上手くいった。それもこれも、マルク男爵。卿が事前に襲撃の情報を流してくれたおかげだ。おかげで我らも迅速に動くことができた」
「いえいえ。私は風の噂を耳にしたに過ぎません。それをウェストン卿がカイエン公をはじめ、『四大名門』の方々へ伝えてくださったからこそです」
「ハッ。あの下郎どもを帝国から追い出せるとなれば、貴族ならば誰しも動くというものよ。
いずれあの宰相率いる『革新派』を叩き潰すためにも、遊撃士協会の存在は邪魔でしかない」
ワイングラスを揺らしながら、ウェストン子爵は鼻で笑った。
エレボニア帝国では今や、『革新派』と『貴族派』の対立は限界まで激化していた。
『鉄血宰相』ギリアス・オズボーン率いる革新派は、鉄道網の整備や軍備拡張、周辺地域の併合を推し進め、中央集権国家への改革を目指し。
一方、『四大名門』を中心とする貴族派は、伝統ある領邦体制と貴族の自治権を守ろうする。
両者の主張はもはや相容れず、帝国は内戦寸前とまで囁かれている。
現に今も、双方は軍備の増強を進め続けていた。
そんな中で、『民間人保護』を掲げ、場合によっては内戦にすら介入しかねない遊撃士協会は、両陣営にとって目障りな存在だったのである。
「もっとも、それは向こうも同じ考えだったようだな。帝国政府から横槍は一切入らなかった」
「なるほど」
今回の国外退去要求に際し、最大の懸念は帝国政府の介入だった。
だが政府は、貴族たちの要求をそのまま遊撃士協会へ伝達しただけで、それ以上の干渉は行わなかった。
その後も仲裁役として中立を装ってはいたものの、その静観こそが彼らには、帝国政府が遊撃士協会の排除を黙認したように映ったのだ。
「まあ、何はともあれ、ひとまず遊撃士協会には楔を打つことができた。あとはこのまま圧力をかけ続ければよい。……その意味でも、今回の卿の働きにはカイエン公も大いに満足しておられましたとも」
「おお、それは何よりです! 私も情報を仕入れてきた甲斐がありました。
……つきましては、ぜひ閣下への口添えを」
「ええ、もちろんですとも」
そう言いながら、カイエン公の派閥に取り入ろうとするマルク男爵へ、ウェストン子爵は笑顔で応じる。その裏では、ほくそ笑みを浮かべていた。
今回の大規模テロ事件。その情報を数日前、いち早くウェストン子爵へもたらしたのはマルク男爵だった。
さらに、その出どころ不明の情報は瞬く間に『貴族派』の内部へ広まり、やがて『四大名門』の耳にも届く。そして、それが今回の遊撃士協会追放要求へと繋がったのである。
本人は「風の噂」と誤魔化していたが、ウェストン子爵は信じていなかった。
今回、遊撃士協会を襲撃した者たちを雇った黒幕は、マルク男爵――そう確信していた。
襲撃計画を事前に把握していたこと。『レグルス重工業』をはじめ、投資によって築き上げた莫大な財力を持ち、猟兵団を雇うだけの資金を十分に有していること。そして何より、この騒動によって最も利益を得る立場にいること。
そう考えるだけの材料は、十分すぎるほど揃っていた。
加えて、マルク男爵は日頃から貴族主義を掲げ、『革新派』への敵愾心を隠そうともしない。
そしてウェストン子爵は、その胸の内に強烈な野心――いや、それ以上に深い劣等感が巣食っていることも見抜いていた。
マルク男爵家は帝国南部辺境の小領主にすぎない。
しかも、先代当主が正妻との間に後継ぎを得られなかったため、庶子として生まれた彼が引き取られ、家督を継いだという経緯がある。
その身に流れる"青い血"は半分だけ。
幸いにも商才には恵まれ、『レグルス重工業』の成功によって男爵家の発言力そのものは大きく増したようだが。
だが、庶子という出自は消えない。
純血の名門貴族から軽んじられ続けた経験が、彼の心に拭い難い劣等感を刻み込んだのだろう。
おそらくその強烈な野心も、貴族主義への異様なまでの傾倒も、根源はそこにあるとウェストン子爵は考えていた。
(愚かな男だ。いくら我々の真似をしたところで、我々と同じになれるものではあるまい)
もし成功すれば、それでよし。
だが失敗したなら、その時はマルク男爵家を尻尾切りに使うまでのこと。
今回、『四大名門』をはじめとする貴族たちが動いたのも、自らへ火の粉が降りかからないと分かっていたからに他ならない。
そのことにも気付かず、自らが鉄砲玉として利用されていることすら理解していないマルク男爵を、ウェストン子爵は心の底で嘲笑した。
もっとも、その感情を表情に浮かべるほど愚かではない。
何事もなかったかのように杯を交わしながら、二人はなおも歓談を続けるのだった。
それから二か月。
帝国政府の仲裁のもと、遊撃士協会と帝国貴族との間では、幾度となく協議が重ねられた。
当初、四大名門を筆頭とする領地貴族たちは、遊撃士協会および所属遊撃士の国外退去を強硬に要求していた。対する遊撃士協会も、その要求を到底受け入れることはできず、交渉は幾度も決裂寸前まで紛糾した。
それでも帝国遊撃士協会の臨時代表に就任していたS級遊撃士――カシウス・ブライトの巧みな外交交渉により、最終的に、帝国政府の仲裁案を双方が受け入れる形で、国外退去要求は一旦保留とされたのである。
だが、それは決して貴族たちが矛を収めたことを意味しない。
要求を棚上げする代償として、彼らは遊撃士協会へ一つの条件を突き付けた。
――今回のギルド支部連続爆破事件、および遊撃士襲撃事件の首謀者を、自らの手で捕縛することを。
予算を別に持ち、自領の領民に格安で依頼を引き受け、捜査権、逮捕権を行使する遊撃士協会と、領主貴族
絶対に相性悪い(確信)