荒い吐息を吐き続け、只管に走り続ける。
親指に穴が空いていた皮靴は気が付いた頃に消え、足の爪が剥がれ落ていた。
勢いよく踏み込む度、脳に雷が落ちる感覚が走る。
泣きたい、蹲りたい、痛がりたい、叫びたい。が、それを我慢して走り続けているのは、『親友』の手を繋いでいるからだ。今止まってしまうと、親友が後ろにいる何かに殺されてしまう。
「痛くない。蹲りたくない。泣きたくない。叫びたくない。逃げたくない。探したくない。家に帰りたくない。要らない」
後ろから恐怖の象徴が囁いている。
それを全て否定する為に、片手で片耳を塞ぐ。それも、逃げる事しかできない負け犬の抗いだ。
絶望の中、ただ走り、走り続けた結果、鋭利な岩肌をした洞窟から徐々に土の地面へと変化する。
それは地上に近付いている事を示し、又、出口が近くにある事を示していた。
そうすると見えてくるのは希望の光。
後ろにいるそれも心許なさそうに「あぁ、」と声を漏らした以降、声や足音は聞こえていない。恐怖心を煽る気配も消えていた。
——勝った、!やった!やった!
最後の気力を使ったガッツポーズ。
走り続けていた足を止め、辛うじて呼吸機能を働いていた肺に空気を送り混む余裕を作り、腰を勢い良く下ろした。
出口から差し込む太陽の光を前に、不気味に笑う。
歓喜が飽和し、込み上げてきたのは必死に我慢していた涙だ。
必死に走り、走り、ただ只管に走り、掴み取ったのは得体の知れない何かからの勝利。
出口のお天道様を前に切り刻まれた心を隠し、背中を丸め蹲た。
「やった、やったよ、ソラちゃん」
永遠とも言える時の中で、一度たりとも手を離さなかった親友の名。
「ごめんね、話す余裕が無くて、けど、逃げ切ったよ!」
逃げる事に必死で、声を掛けれなかった事を許して欲しい。その前に、逃げ切れた事に嬉々として抱き締め合いたい、抱き締められたい。
仲間思いで、今までの人生を共にしたソラならしてくれる筈だ。
しかし、帰ってくるのは静寂。荒い吐息、服を擦る音さえ聞こえない。
心の中に不安が募る。
走り過ぎて、休憩しているソラ。又は…
不安で額と手から湧き出てくる汗を払い、丸めていた背中を正して後ろにいるソラを確認した。
「え」という間抜けな声が漏れる。
目線の先にあるのは、未だに強く握られたソラの手。その手は不思議と肘から先がない。
暗闇の中にある影響だろう。身勝手に決めつけ、ゆっくりその手を引っ張る。が、出てくるのは綺麗に切り取れられた片手だ。
肘の断面から血の道が作られ、何も見えない暗闇の中へと続いている。胴体の在処は、血の標先だろう。
何故か、絶望は襲って来ない。
叫ぶべきだろう、泣くべきだろう。そんな盤面に響くのは、声帯を限界までに閉めた少女の笑い声だ。
脳内で再生される現実を否定する言葉を、何かが否定する。
——嘘だ。 嘘じゃないよ。
まだ死んでない。 もう死んだ。
きっと、探しに行けば見つかる。 見つからない。
ソラが死んだなら、生きる意味がない。 いや、あるよ。
僕に、君の美しい死に様を見せないで。
最後まで握り閉めていたソラの手を投げ捨て、動いた先は自分の首。勢いよく自分の首を掴み、限界を超え溢れ出てくる力の前に屈する。
殴られた様な痛みや、呼吸欲は全くない。ただ、出てくるのは快感と引き攣った笑い声だ。
あぁ、やっぱり汚い。
次の瞬間、大空 時 の首は飛んだ——。