「…おい。」
眠りから覚める直前の淡い微睡み…その余韻に浸って目を閉じたままの俺の頭上からいけ好かない声が届く…うるせぇ、無視だ…無視。
「…寝たふりをするな、起きているのだろう。」
「ッ!…チッ、起き抜けにテメェの顔なんて見たくなかったんでな…つか、どう言うつもりだ?俺を永眠させる気か。」
頭上から感じた死の気配に咄嗟に横に転がってから目を開ける…先程まで俺が寝ていた辺りに目をやると刺さってたのは赤い呪槍、ゲイボルク…真名解放こそしてなかったが、あのままだったら普通に死んでたな…
「フン…それで死ぬなら、所詮貴様はそれまでの人間だったと言う事だ。」
「ハッ…冗談じゃねぇ。俺は布団の上でぬくぬくとして死ぬって決めてんだ…ハァ…で、何の用だ…アーチャー。」
「この世界に迷い込んだのは貴様の方だ…そうだな、外敵を始末する為と言えば…私の行動にも正当性が出るか。」
「迷い込んだだと?…いや、ああ…成程。」
身体を起こし、周りを見渡せば…目に映るのは確かに嘗て見たコイツの心象世界と同じ赤茶けた空と巨大な歯車…それに、荒れ果てた地面に突き刺さる大量の刀剣類…確かにコイツの世界にやって来てしまったのは俺の方の様だ…
…そして、俺にはここに居る理由に心当たりが有った。
「俺がアレを投影したせいで、お前と繋がっちまったのか…」
「恐らくは、な…しかし貴様、奴に何てモノを渡したんだ…あの未熟者が勘違いしたらどうする?」
「あん?…ケッ…何言ってる…所詮ありゃ、結局ただの道具だ…勘違いも何も、使いこなせば自分の力だろうが。」
例えば俺に与えられた呪い地味た"この力"…身体を蝕まれたとは言え、それは単なる副作用とか代償的な話だ…十全に使えてる以上、手に入れた経緯はどうあれ今は俺の持ってる力だ…コイツから奪った分も、与えられた分も含んでな。
……まぁ、今はそんな事は良い…それより…
「お前なぁ、こんな世界に居たら病むだろ?ガーデニングでも始めたらどうだ?…どうせ暇なんだろ?」
「…別に暇では無い。時折、未だに呼び出される事も「聖杯戦争に呼ばれるのは言わばお前の影…本体のお前が世界に出て行く事なんてそうねぇんだろうし、お前自身は暇なんだろ?」…さてな。」
奴は目を閉じ、顔を逸らしたが…俺には見えた…微かだが、口元が弧を描いていたのを…思えば、先の攻撃も感じたのは死の気配のみで…そこに付随する筈の憎しみや、殺気の様なものは無かった…まるで俺をからかっただけ…そう思えてしまう…
「…お前、何か有ったか?」
「何がだ?…そもそも、私たちは近況を報告し合う間柄では有るまい。」
そう言うコイツの雰囲気は俺に対して何となく呆れの様なものは有っても…それ以上の負の感情を持っている様子は無く、寧ろ…何処か、穏やかな…
「直近で呼び出したマスターがよっぽどの人格者だったりでもしたのか?」
「…そうだな、マスターもそうだが…環境的なものもかな…久々に、悪くは無かった。」
守護者で有るコイツがここまで満足気な表情を浮かべる程のマスターと環境…あー…そう言う事か。
「行き先はカルデアか。」
「…そうか、お前は"私"の記憶も有るんだったな…」
「どんどん摩耗して行くお前と違ってな、しっかり頭の中に残ってるさ。」
人理継続保障機関フィニス・カルデア…あそこに居る連中はマスターも含めて皆コイツにとっては眩し過ぎる光に他ならないだろうが…それでも、あそこはコイツにとって尤も落ち着く職場だろう。何より、あそこなら擬似的に嘗ての夢を叶える事も出来る…全て終わった後なら、達成感も段違い…喜びもひとしおって所だろう。
さて…
「…恋人出来たか?」
「ッ!…何の事だ?」
「今ので分かった、そっちのパターンな…了解。」
俺の持ってるコイツの記憶…その中にカルデアの唯一のマスター…藤丸立香。それが女性だった場合…向こうから告白されて、コイツがそれを受け入れた際の記憶が有る…まぁ、コイツも基本的には線引きしていて…通常の状況なら絶対受け入れない…極限定的な場合のみだ。
「…足が不自由だったか?」
「…全く、もう腹も立たん…寧ろ、ある意味で羨ましいとすら感じる…にしても、良くそれで自我を保てるものだな。」
「当然だろ?俺は俺だ…お前じゃない。」
生まれた時から呪いで足が動かずずっと車椅子生活…普通に五体満足だった奴より遥かに世の不条理を知っていて、それでも…そう簡単には折れない…そして、ある意味コイツ以上に狂っていながらそれでも間違い無く…あの女は最期まで人間だった…それが眩しくて仕方無いのに、自分には頼って来る…だから、それに絆されて…最終的にどうしようも無くコイツも惹かれてしまった…俺なら決して選ばないタイプの女だが、コイツならそうなるのも分かる。
「子供くらいは遺して来たのか?」
「フン…"知っている"のだろう?」
「まぁな…だが、俺は一応お前の口から聞きてぇな。」
と言うか、結ばれてからも複数の結末のパターンが有るからどれか分からん…とは言え、コイツにそう言うのも何となく癪だ。
「…ちゃんと成人して、独り立ちするまで見届けてから帰還したさ。」
「そうかい…良かったんじゃねぇか?」
「フッ…さぁな。」
…それ以上は特に思う所も無い…俺としても、軽い好奇心で聞いただけだ。
「さて、無駄話はこのくらいで良いだろう?」
「あ?」
「惚けるな、これからするのは貴様自身の話だ…とは言え、結局は自分が一番良く知っているのだろう?」
「チッ…」
まぁ、確かに分かっている…さっきは強がったが、俺の意識はもう限界に近い…最早この肉体が朽ちるのが先か、それとも…俺の自我が死ぬのが先かだ…最近は、身体がろくに動かないだけでなく…遂に記憶障害やら、果ては…幼児退行なんてのも起こしてるらしいからな…
「選べ。このままただの人間として生を終えるか、あるいは…私と同じ守護者になるかだ。」
「やっぱ、そうなんのか…」
「当然だ、貴様は寄りにもよって守護者である私の力を継いだのだ…最後は、そうなるのが自然だろう?」
「チッ…あの時は選択の自由なんてくれなかった癖に良く言うぜ…」
「行き先を選べるだけ、貴様はまだマシだろう?」
「ハッ…お前らは思考停止しただけだろうが。」
「そうかも知れん…で?貴様は選べるわけだ…どちらにする?」
「人間として死ぬなら、お前の力を返すわけか…その場合…俺はどうなる?」
「知れた事。その場合…良くて数日と経たずに、貴様は死ぬ…本来、貴様の身体はあの時の時点で既に朽ち果てる寸前だった…私の力が有ったから、一時的に生きながらえたに過ぎん。」
約束が違う…そう言うのは簡単だ、だが…俺も本当は分かっていた…結局行き着く先がこの二択しか無かった事ぐらいは…で、俺の選択は…
「…そうだな、もう少し時間をくれねぇか?…あいつらに、別れの挨拶くらいはしておきてぇんだ…」
未練だな…結局俺は、いざこうして"ソレ"を前にしたら死ぬのが怖くなっちまった…何だかんだ、離れたくなかったのは俺の方だったらしい…クソ…あの時そのまま死んでれば…結局、その方が楽だったのかも知れねぇ…
「構わないが、それほど時間は無いぞ。一定の期間を過ぎれば、お前は強制的に守護者として加えられるだろう。」
「分かってるさ、悪ぃな…もう少しお前の力、貸してくれ…」
頭を下げた俺の頭上から声が届く。
「やめろ…気味が悪い…構わん、今の私なら…その感情も理解出来るからな。」
「…で、俺に残された時間はどれくらいだ?」
「…恐らく…良くて一年、と言った所か…全く…"アレ"の投影などしなければ、後数年は生きれただろうに。」
「…そうか。」
その事自体に後悔は無い。理由はどうあれ、結局俺はアイツを放っておけなかった…あの時俺がした選択に、間違いなんて無かった…自信を持って、そう言える。
…まぁ、何故か不思議と奴の行く末だけ分からないのだけが多少気がかりでは有るがな…
「さて、またな…次は答えを用意してくる。」
「ああ。」
俺は目を閉じた。