馬券おじさんは駄弁りたい。   作:にゃあたいぷ。

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[2]2月1週:東京:3歳新馬戦

 中央トレセン学園、そこに俺は勤めている。

 トレーナーとしてではなくて、用務員。空が白みがかる頃合いにトラックコースの芝の手入れを始めて、ダートコースの砂を均すのが俺の役目である。

 ウマ娘の脚は競走馬と同様に繊細だ。人の脚で時速60キロメートルも出すものだから、トラックコースに窪みのひとつもあれば、全治数週間も掛かる捻挫となり、最悪の場合は転倒して、バイクが横転した時のように全身を打ち付け、競争能力を喪失する事にも繋がりかねない。責任重大だ。ちょっと気を抜いてしまった、では許されない。そのウマ娘の青春のみならず、今後の人生をも奪ってしまいかねないのだ。

 だから俺は自分の担当が終わった後、ゆるゆると一周、コースの中を散歩するようにしている。

 

「感心ッ! 今日も精が出ているな!」

 

 ひと仕事を終えて、ちらほらと朝練に勤しむウマ娘達が集まる頃合いだ。

 幾つかの小石を片手に散歩を終えた俺に話しかけて来たのは、丸くて白い帽子を被った頭に子猫を乗せた快活な少女。綺麗な栗色の長髪、身長が低い事もあって見た目が幼い彼女だが、彼女こそが中央トレセン学園の理事長である秋川やよいである。

 彼女は仕上げたばかりの芝を見て、うむうむ、と満足げに頷いてみせた。

 

「これだけ綺麗な芝は当時の欧州では見られなかったな! つい走りたくなってしまう!」

 

 そう言って、秋川は扇子を扇ぎながら豪快に笑ってみせた。

 そんな彼女に俺は、どうも、と控えめに会釈を返す。

 

 この世界は競走馬が人に似た姿を取る世界。わかりやすく一言で表現するならば、擬人化、という言葉が的確なはずだ。

 此処では彼の有名な皇帝様が生徒会長をやっているし、平成3強に加えて、白い稲妻タマモクロスも在学している。トウカイテイオーやメジロマックイーン、ツインターボ師匠までがウマ娘として全国10ヶ所の競馬場、もといレース場で芝を直走っていた。

 競走馬が擬人化した世界という事に、最初こそ慣れなかったが、異世界に蘇った昭和最後の名勝負を間近で見た時、そんな些細な違和感は消し飛んだ。おじさん即堕ちである。前世では、ただの競馬好きな馬券おじさん。前世では触れ合えなかった憧れの競走馬、少しでも間近に感じたくてトレセン学園の用務員おじさんに転生した。

 ちなみにトレーナー試験には、もう三度も落ちていたりする。

 

 俺の青春は、最強世代と呼ばれた時代よりも少し後になる。

 ブランディッシュ。彼の名優を父に持ち、父と瓜二つな見た目の競走馬。世代を牽引する名馬であった。

 名優2世と呼ばれる彼を初めて見たのは、2月の初め。東京競馬場になる。

 

 

 スペシャルウィークを中心とする黄金世代、SS産駒が猛威を振るう時代に突如として起きた未曾有のパンデミック。

 それまでノーザンテーストにサンデーサイレンス、日本の種牡馬事情は血統の袋小路に陥り易かったが、その度に海外から新たな血を仕入れれば良い。と半ば開き直りの上で成立していた。しかし世界規模のパンデミックが発生した事により、世界各国は大規模な国境閉鎖に乗り出す事になって、海外から競走馬を仕入れる事が難しくなってしまった。

 最初は数ヶ月程度で終わると思われていた国境閉鎖も、丸一年が過ぎて、丸ごと二年間。海外から競走馬を購入できない事態が続く事になる。

 

 その結果、血統の袋小路はより深刻化し、配合相手を探すだけでも苦労する事態が続く事になる。

 これでは日本の競馬が崩壊する、と某大手牧場が運営方針を転換する契機となった。日本独自の血統を育てる必要がある、と精算度外視の一大プロジェクトが決行される事になった。どれか当たってくれ、と祈る思いで繰り返される配合。トウカイテイオーやメジロマックイーンは勿論、古くはテンポイントやグリーングラスを引っ張り出し、サイレンススズカとライスシャワーを挟んで、最強世代にもスポットが当てられた。

 更に数年後、競馬界はSS産駒最盛期の時代からは想像も出来ない混沌とした時代に陥る。

 

 そんな中で頭角を表したのが、先述のブランディッシュ。芦毛の競走馬だ。

 父メジロマックイーン、母父オグリキャップ。ただただ浪漫だけを追い求めた配合に一体全体、誰が走ると思ったか。強いてあげるならばアウトブリード、それだけだ。母父メジロマックイーンとして、サンデーサイレンス産駒に付けられたら良いな。とか、そんな思惑もあったかも知れない。

 それは名優と瓜二つの見た目をしていた。

 

 その気質は、名優というよりも葦毛の怪物とよく似ていた。

 食事は他の倍近くも食べており、それでいて四六時中、身体を動かしているせいかまるで太らない。牧場の柵を飛び越えて、牧草地から脱走する事もあった。それが牧草地にある道の向かい側にあるタンポポを食べに行っただけだと知った時、牧場関係者は安堵の息を零して、満足げに舌舐めずりをする芦毛の幼駒を牧草地に連れ戻す。

 食い意地を張った馬であり、育成牧場時代。あまりにも食べ過ぎるものなので飼い葉の量を減らした結果、その日はストライキを起こして馬房から一切出て来なかったエピソードも残している。

 

 そんな愛嬌を持つ彼が、初めて出走したのが2月第1週。東京競馬場の3歳新馬戦である。

 父メジロマックイーン、母父オグリキャップ。その配合を見た時、あんまりなミーハー具合に吹き出してしまった事を今も覚えている。とはいえ、俺もまたミーハーには違いなくて、御祝儀にと複勝100円で彼の馬券を購入した。なんたってターフの名優と芦毛の怪物だ。この配合を新馬戦で見て、馬券を買わない奴が居たら見てみたいよ。

 実際、3番人気。俺と同じような感覚で買った奴は多かったんだと思う。

 

 別に期待しちゃいなかったよ。本命は別にあって、複勝300円で購入していた。

 

 その上、スタート時に芦毛が一頭、出遅れてやがるんだ。

 これはもう勝負が決まったと思ったね。芦毛のミーハーホースは頭の隅へと追いやって、安心と信頼のSS産駒の競走馬の動向を見守っていた。芝1600メートル、第3コーナーに差し掛かった時、そいつはまだ最後方で前の馬が壁になって阻まれていた。コーナーの途中から大外にぶん回す芦毛の競走馬が居たんだ。新馬戦で無茶なことをやる奴も居たもんだ、って鼻で笑ったよ。

 最終コーナーでは、まだ中団。そこからグンと加速して、速度は止まる事も知らず、加速し続けやがるんだ。

 

 興奮するよりも驚きの方が強かった。

 周りとは桁違いの速度を見せつけて、先頭で粘る本命のSS産駒にギリギリで追い付きやがった。

 横に並んでのゴールイン、結果は写真判定に持ち込まれた。

 

 暫くした後、掲示板の頂点には、ソイツの番号が点灯する。

 色眼鏡なしに見てみれば、確かに風格は持っているように感じられた。最後の直線、観客席からの歓声を目の当たりにしても悠々とゴールまでまっすぐに突っ走っていた。

 それが俺とブランディッシュの出会いになる。

 

 

「パクパクですわ! 美味し過ぎて手が止まりませんわ!」

 

 食堂の一角にて、名優と瓜二つの見た目を持つウマ娘が歓喜に声を上げる。

 彼女の前には、山盛りの饅頭。それを両手で摘まみ取り、ひょいぱくり、と次から次に胃に収めていった。

 そのメジロの御嬢様にあるまじき姿に、周りのウマ娘は困惑を隠せない。

 

 そんな中、わなわなと身を震わせる葦毛のウマ娘。

 彼女は優雅に紅茶をしばいたところであり、なんと驚くことに名優と同じ姿形をしていた。

 というよりも御本人様である。

 

 ガタリ、と彼女は大きな音を立てながら席を立った。

 同席していたメジロライアンやメジロドーベルが、どうどう、と窘めようとするもメジロマックイーンは聞く耳を持たず、自分と瓜二つの姿を持つウマ娘へと脚を運んだ。メジロと烙印された饅頭を幸福感に満ち足りた顔で饅頭を胃に放り込み続ける彼女を目の前に拳を握り締める。

 姿形はこれほどまで似ているのに、まるで太らない少女を前に怒りを覚えた。

 

「もうちょっと節度を持ってくださいませ!」

 

 食堂に響き渡る声に、ピタリ、と自分と瓜二つの少女が手を止める。

 そしてメジロマックイーンと饅頭を困ったように見比べた後、自分の偉大な先輩に向き直った。

 もっもっもっ、と片手に摘まんだ饅頭を口に押し込みながらである。

 

「その手を止めてくださいまし!」

「……? むぐっ! むぐっ!」

「だから食べるのをやめなさい!」

 

 そう怒鳴られて、少女は残念そうに耳を垂らして手を止める。

 

「貴女のせいで私は、謂れのない悪評を……迷惑を被っているのです! 言ってもいないことを言ったとされて、挙句には持ちネタと勘違いされてしまっているのですよ!」

「ん、んぐ……えっと、ごめんなさい?」

「そんな真面目に謝られるとなにも言えなくなるではありませんか!」

 

 えぇ~、と食堂にいる全員が内心で声を上げた。

 名優とほぼ同じ見た目を持つ彼女は要領を掴めていなかったが、手に持った饅頭を真剣な顔で睨みつける。

 ぐぬぬ、と眉間に皺を寄せた後、饅頭を半分に割って、惜しむ気持ちで片方を名優に差し出した。

 

「……我慢はよくないですわ、マックイーン御姉様。甘味は心を満たし、ゆとりを生み、人生を豊かにするのです」

「いりません! というか、なんで半分なんですか! 山盛りの饅頭が、そこにあるのに!」

「……一個、いります?」

「いりませんって言っているでしょう!」

 

 むうっ、と少女は拗ねるようにして、ぱくり、と手に持った饅頭を頬張る。

 その姿がまた、メジロマックイーンの神経を逆なでする。

 

 先程から饅頭を頬張っている方の葦毛のウマ娘、彼女の名はブランディッシュと言った。

 彼女は去年、中央トレセン学園に入学したウマ娘であり、メジロマックイーンとは少し離れた後輩になる。見た目は同じだが、食欲に忠実すぎる言動は似ても似つかない。しかし、ほんのりと名優に似た気質を持っていることが周囲を困惑させる結果となり、彼女の存在がまだ周囲知られていない頃はメジロマックイーンが奇行に走ったと勘違いする者が多発する事態にまでなった。

 彼女の存在が認知された今となっても被害は出続けている。

 

 彼女の存在が世間に知られたのは、オグリキャップと共に外出をしていた時だ。

 二人で食い倒れをしていた時、ブランディッシュの無駄に食レポ力のある歓喜の声を上げているところをネットに上げられた。

 その時に発していた「パクパクですわ!」が世間的に認知され、名優の持ちネタと認識されてしまった過去がある。

 

「あ、オグリ御姉様!」

「お待ちなさい!」

 

 新たに食堂へ入ってくる葦毛のウマ娘。キッチンに警鐘が鳴り響き、臨戦態勢へと移行する。

 ブランディッシュはメジロマックイーンの静止を振り切って、満面の笑顔でオグリキャップの近くまで駆け寄った。

 

「ああ、ブランディッシュか。今日も元気だな」

「ええ! ええ! 勿論ですわ! 今日は何に致しますのかしら!? 料理ができるまで、饅頭でも摘まみましょう!」

「饅頭……そうだな、同席させて貰うよ」

 

 是非! 是非! と尻尾を振りながら自らの席に案内する。

 

「今回はメジロ饅頭ですわ! 彼の名優がプロデュースしたので、何をどうしても美味いに決まってますわ! 美味すぎて手が止まりませんわ!」

「うん、美味しいな。これは確かに手が止まらないよ」

「ええ! ええ! そうでしてよ! パクパクですわ!」

「そうだな、パクパクだな」

 

 この会話の間にオグリキャップは3個の饅頭を胃に収めており、ブランディッシュは2個の饅頭を口に入れていた。

 そんな二人に唖然とし、理不尽なものを感じるメジロマックイーン。美味しいのは分かっている。あれは自分がプロデュースしたものだ。メジロ家の力をこれでもかと使って、高水準の質と量を達成させた自慢の一品である。最高級の和菓子には劣るが、それでも原価と見比べて随分と良いものが出来たと自信を持っていえる。

 しかし、彼女は食べることが許されない。何故ならば、先日、グルメ番組に出演した事もあり、ちょっとした油断から太り過ぎと診断された為である。持つ者と持たざる者。幾ら食べてもすぐ消化して太ることがない二人、少しでも多く食べるとすぐ肉になる自分。二人とメジロマックイーンの間には、決して超えることができない壁があった。

 これでもか、というぐらいにパクパクと饅頭を食べる二人にメジロマックイーンは目に涙を滲ませる。

 世の理不尽さに彼女は神を恨んだ。

 

「というか最近、グルメ番組の出演依頼が増えてるのは、貴女のせいじゃありませんかっ!」

「いや、それは元から結構あったじゃねえか。美味そうに食べるからって」

 

 掛かったメジロマックイーンに、ふと通りかかったゴールドシップがツッコミを入れる。

 今日も中央トレセン学園は平和そのものであった。

 

 

 




馬名:ブランディッシュ 性別:牡 毛色:葦毛
父:メジロマックイーン 母父:オグリキャップ

 オグリキャップの血を引いた強い競走馬を作りたい。
 という牧場主の熱い想いから配合され続けていたが、当時、一流とされる血統と配合してもまるで活躍してくれなかった。オグリキャップの血を残す為に配合を研究し続けたが、最後の方はもう半ば諦めており、「どうにでもなれ!」と自分が好きな競走馬を付けたのがメジロマックイーンである。
 これが最後という事もあり、夢を諦める意味でも浪漫に浪漫を組み合わせただけの配合となっている。

 そして、これが当たってしまった。
 かつてオグリキャップが、ネイティヴダンサーの隔世遺伝だと言われたことのあるように、オグリキャップの隔世遺伝がブランディッシュだとも言われている。実際、オグリキャップの子孫で明確に活躍したと言えるのは彼だけだった。
 後年、メジロマックイーンのステマ配合を始めとするBMSとしての価値が認められてからは、徐々に評価が変わりつつある。

 ともあれ、彼がメジロマックイーンとオグリキャップの良い所と悪い所を引き継いだ競走馬であることには違いない。
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