「おい、バンティーを見なかったか!?」
とある日の事だ。
ぼんやりとトレーニング用のトラックコースを眺めていると、小柄でハツラツとしたウマ娘が唐突に話しかけて来た。
ギザギザな歯とライオンのように跳ねた髪が特徴的な彼女の名前はシンコウウインディ。興奮すると他者に噛みつく癖を持っている子であり、それで何度か惜しいレースを逃したことがある。
ダート路線では、間違いなく一級品の素質を持っているウマ娘だ。
「いいや、見てないな」
「そうか、わかったのだ!」
俺が首を横に振ると、彼女は元気よく頷いて何処かへと立ち去ってしまった。
シンコウウインディには、舎弟扱いにしているウマ娘がいる。その子もまたダートを得意とするウマ娘であり、競走馬としての彼はシンコウウインディの仔であった。
ふと空を見上げる。どんよりとした曇り空、より一層に寒くなった風に身震いをする。
そうか、もう、この季節か。
URAが開催する最初のGⅠレース、フェブラリーステークス。
ブランディッシュ世代。混迷を極める当時の競馬界では、古馬にも個性的な競走馬が多く登場していた。
その一頭が、バウンティハント。父シンコウウインディ、母父イナリワン。ダートに強いミルジョージの血筋とシンコウウインディを合わせた配合はものの見事に嵌り、競馬史を代表するダート馬の一頭にまでなっている競走馬。年齢はブランディッシュよりも2歳上だ。
彼が3歳だった時には父シンコウウインディが達成できなかった旧ダート3冠*1を達成している。
中央馬でありながら地方競馬を荒らして回った経緯を持っており、スタート前にはゲートの下を潜って、スタート直後には騎手を振り落とす気性の荒さより、バウンティハントの名をもじって、
前年度の戦績は8戦5勝。新馬戦から数えると、17戦12勝(失格2回)。
川崎記念、帝王賞、JBCクラシック、チャンピオンズカップ、東京大賞典を勝利する大躍進を見せた。
今や名実共に現役ダート馬の覇者だ。
まともに走れば優勝は堅い馬券おじさんの味方。時折、走ることなく失格するのが玉に瑕。
前世より関東圏に棲息する俺は、関東圏の重賞レースには欠かさず足を運んでいる。
必然、関東を中心に活動するバウンティハントは俺のお得意様であった。
◆
2月4週、東京競馬場。フェブラリーステークス。ダ1600メートル。
この時代のダート路線は一強、バウンティハントが覇権を握っている。中央での戦績は9戦5勝(失格2回)だが、地方での戦績は8戦7勝(2着1回)と地方競馬を荒らしに荒らす競走馬。彼は、どちらかというと小柄な身体。しかし、そのコンパクトなボディに積まれたエンジンは大出力。アメリカ車と比べても遜色のないハイパワーを持っており、良くも悪くも力にものを云わせて暴れるように走る競走馬であった。
パドックでは他馬に噛みつきに行く一面もあり、ゲートの下を潜り、スタート直後に騎手を振り落として1着を取った事もある。
まともに走れば歴代最強のダート馬。手堅い馬券おじさんは彼の馬券を買って、後は祈るだけである。
対抗と呼べるのは、ロケットペンダント。父タイキシャトル、母父マルゼンスキーの短距離マイル路線を得意とするダート馬だ。
去年はNHKマイルCを3着。ジャパンダートダービーとJBCスプリントを1着を取った実績を持っている。彼も十分に強いと呼べる競走馬ではあるが、東京大賞典ではバウンティハントの2着と後塵を拝している。それもマークを受けての真っ向勝負である。
バウンティハントの戦法は、徹底マーク。
強い競走馬を見ると思わず噛みに行ってしまう闘争心の高さを利用し、見せ鞭で操って抜き去る力へと転換する。
並んでからが強く、後ろからじわりじわりと伸びて、半バ身の差を付けて勝つことが多かった。
逆に先頭に立ったまま最後の直線に入ると力を緩める癖を持っており、去年の日本テレビ盃では逆に後ろから差されている。
それで俺の3000円分の手堅い馬券が紙切れとなった。
今回のフェブラリーステークスでも、ロケットペンダントのすぐ後ろに付いた。
既に二人は格付けが済んでいる。格上が格下の競走馬をマークすることに批判の声が上がる。
馬券おじさん的には、むしろ手堅い方がありがたい。
勝負に全力を尽くせと云うならば、最も勝算の高い戦法を取るのは当然だ。
むしろ、マークに付くということは同条件下でのよーいドンで、絶対に負けない自信があるからこそ取れる戦術である。
これほどまでに分かりやすい真っ向勝負の形もそうそうない。
このレースでも大きな紛れを起こすことはなく、最後の直線で半馬身の差を付けてバウンティハントが勝利した。
レース後、ロケットペンダントの陣営は、かしわ記念を目指すことを明言するも帝王賞についでは言葉を濁した。
対するバウンティハントの陣営は、ダートでやるべきことは終わったと宣言し、宝塚記念に照準を定めることを告げる。血統的に芝も走れるはずだ。との言葉と共に、次走の鳴尾記念に設定し、芝適正を見極める旨を残す。
これを聞いたロケットペンダント陣営は、帝王賞を視野に収めた調整をして無事に勝利する。
つまり、バウンティハントは芝適正や斤量の差にも屈せず、鳴尾記念を勝利したのだ。
◆
バウンティハントは気性難のウマ娘として知られている。
ならず者として知られる彼女は、自分から誰かと接触を図ろうとは考えない。
自己中心的な思考をしている訳でもなくて、どっしりと自分のあるべき場所に腰を据える。
誰かに絡まれでもしない限りは自分から積極的に絡もうとはしなかった。
そんな彼女が許せないのが、自分に対してメンチを切る行為である。
競走馬バウンティハントもまた睨み付けてくる他馬を見つけると、相手の方から視線を逸らすまで足を止めて睨み返し続ける。そこで挑発でもしようものならば、噛みつきに行くのがバウンティハントという競走馬であった。
そして、その気性はウマソウルを引き継ぎ、ウマ娘になった今も変わらない。
「う~……っ! うぅ~~……! う~~~~っ!」
「……ほぉう?」
「が、がお~! がおっ! がお~っ!」
バウンティハントとシンコウウインディが一定の距離を保ちながらメンチを切り合っていた。威嚇するシンコウウインディに、バウンティハントは鼻で笑ってみせる。こういうのは先に吠えた方が負けなのだ。勝負は着いた。とバウンティハントがシンコウウインディの横を通り過ぎようとした時、「ま、待つのだ!」とシンコウウインディが暫定舎弟の肩を掴んだ。
「逃がさないぞ! 今日こそ私と一緒に走るのだ!」
「……若旦那から頂いたトレーニングメニューは熟さねばならんのだ。どうしても走りたいならば、私達の若旦那に進言するのだぞ」
「えぇ~、やだ~! 面倒臭い! ウインディちゃんは今すぐに走りたいのだ!」
愚図るシンコウウインディに、困ったのう、とバウンティハントは悩まし気に腕を組んでみせる。
「のう、ウインディ先輩よ。私は若旦那から信頼を受けて今、一人でトレーニングメニューを熟しておる。受けた恩義は返さねばならん、受けた信頼には応えねばならんのだ」
「ふんっ! ウインディちゃんはワルだから誰になにを言われても聞かないし関係ないのだ!」
「どんな悪党であろうとも通さなければならん筋っちゅうもんがあるのだ。世の理を踏み外した者はまだ悪党やならず者で済むが、人の理を踏み外した者はろくでなしに成り下がるのだぞ」
バウンティハントが溜息を零す。もうちょっと上手く立ち回ってみせんか、と苦言を零してもシンコウウインディは話を聞かない。
さて、どうしたものか。と悩んでいると「おう、どうしたんだい!」と頭に大きな房を作ったツインテールのウマ娘が現れる。
「イナリ~! バンティーが一緒に走ってくれないのだ~!」
「ああ、なるほどなあ」
それを聞いただけで今の状況を読み取ったイナリワンは、横目でバウンティハントを見やる。
「ハントは今日のトレーニングの予定はどうなってんで?」
「これからプールに行く予定だが……」
「だったら競争だな」
「競争?」
「おめぇさんとハント、どっちの方が泳ぎで早いのか気になるってもんよ」
え~、でも~、とシンコウウインディが迷う仕草をしたのを見て、イナリワンがにやりと口角を上げる。
「勝ったらご褒美だ!」
「ご褒美!?」
「あたし特性の団子を奢ってやる!」
「お団子!」
「今日限りの特注さ!」
「わかった!」
先に行ってるのだ! とシンコウウインディがプール場に走っていった。
それを見送りながらバウンティハントが問い掛ける。
「……勝手に彼女のトレーニングメニューを決めての良かったので?」
「あの調子だと、どうせトレーニングしてなさそうだったから構わねえよ。トレーナーにゃあ後であたしの方から伝えとくよ」
「感謝する」
ところで、とバウンティハントは真剣な面持ちでイナリワンに問い詰める。
「そのご褒美の団子は私にもくれるので?」
「……おめぇさん」
用意しておくつもりはあったけどよ、とイナリワンは呆れるように苦笑する。
馬名:バウンティハント 性別:牡 毛色:栗毛
年齢:5歳(+2*1)
父:シンコウウインディ 母父:イナリワン
クロス:なし
特に配合には深い意味はない。
知人にシンコウウインディを付けて欲しいと頼まれた為、当時、これといって目ぼしい産駒の居なかったイナリワンを父に持つ繁殖牝馬を宛がった。
シンコウウインディにイナリワンのパワーが加われば面白くなるかもしれないな。
とか、その程度であり、最初から大した期待はしていなかった。
実際に産まれてみると丈夫そうな身体付きをしており、もしや? と思わせる風格は持っていた。
その後のセリ市では、調教師の勧めを受けた馬主によって1200万円で落札される。
血統には疑問符が残るも実際、バウンティハントはよく走った。もしかすると重賞も取れると思ったのも束の間、彼はシンコウウインディとイナリワンの気性の荒さも引き継いでしまったのだ。馬房の壁は蹴るし、厩務員のシャツは噛み千切る。若い頃は悪戯が大好きで調教中もよく関係者を困らせていた。
それでいてパワーだけは超一流のものを備えており、当時はまだ鞍上予定だった騎手は「レースで御せる気がしない」と恐怖した。
ちなみに中央では競走中止になる癖に、地方だと十全の力を発揮して無双する姿に地方の関係者からは嫌われている。
戦績19戦14勝(競走中止2回)※現在、判明している時点のもの。
▽2歳(月/週)
12/1:中山: 1着:新馬戦(ダ1800m)
▽3歳
1/1:東京: 1着:1勝クラス(ダ1800m)
2/3:東京:12着:共同通信杯(芝1800m)
3/3:中京: 1着:昇竜S(ダ1400m)
6/3:東京: 1着:ユニコーンS(ダ1600m)
7/2:大井: 1着:ジャパンダートダービー(ダ2000m)
9/3:福岡: 1着:ダービーグランプリ(ダ2000m)
11/4:中京: 中止:ジャパンカップダート(ダ1800m)
12/4:大井: 1着:東京大賞典(ダ2000m)
▽4歳
1/4:川崎: 1着:川崎記念(ダ2100m)
2/4:東京: 中止:フェブラリーS(ダ1600m)
5/4:京都: 6着:平安S(ダ1800m)
6/4:大井: 1着:帝王賞(ダ2000m)
9/3:船橋: 2着:日本テレビ盃(ダ1800m)
10/5:大井: 1着:JBCクラシック(ダ2000m)
12/1:中京: 1着:ジャパンカップダート(ダ1800m)
12/4:大井: 1着:東京大賞典(ダ2000m)
▽5歳
2/4:東京: 1着:フェブラリーS(ダ1600m)
6/1:阪神: 1着:鳴尾記念(芝2000m)
馬名:ロケットペンダント 性別:牡 毛色:黒鹿毛
父:タイキシャトル 母父:マルゼンスキー
年齢:4歳(+1)
クロス:ニジンスキー3×4
マルゼンスキーのスピードにタイキシャトルのスピードを重ねたらマイルで強い競走馬ができる。
そんなシンプルな考えから生産された本馬であるが、スピードよりもパワーやタフネスを重点して受け継いだ結果、この競走馬の適性が分からずに3歳までは苦労することになる。
4歳になって、ようやく、この競走馬の走れるコースが分かった為、バウンティハントがいないダートを戦場に躍進する事になる。
今後、登場する予定はない。
戦績14戦7勝 ※現在、判明している時点のもの。
▽2歳(月/週)
10/2:京都:4着:新馬戦(芝1600m)
11/2:京都:6着:未勝利(芝1200m)
▽3歳
1/1:京都:1着:未勝利(ダ1200m)
2/2:京都:1着:1勝クラス(ダ1400m)
5/1:京都:6着:端午S(ダ1800m)
5/4:京都:2着:鳳凰S(ダ1800m)
7/1:阪神:1着:2勝クラス(ダ1400m)
9/2:阪神:1着:エニフS(ダ1400m)
10/4:京都:8着:スワンS(芝1400m)
11/3:浦和:1着:浦和記念(ダ2000m)
12/4:大井:2着:東京大賞典(ダ2000m)
▽4歳
2/4:東京:2着:フェブラリーS(ダ1600m)
5/4:船橋:1着:かしわ記念(ダ1600m)
6/4:大井:1着:帝王賞(ダ2000m)