馬券おじさんは駄弁りたい。   作:にゃあたいぷ。

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前話、トールハンマーの名前をライウンに変えました。
理由は、名前にしっくりこなかった為です。
ちなみに馬名は、重賞を取っている競走馬以外は被っても気にしない事にしています。


[2]3月1週:中山:弥生賞(GⅡ)

 皐月賞に出走する為には、2つの道がある。

 皐月賞トライアル競走で規定された順位以内に入る事、もうひとつは順当に獲得賞金順に枠が埋められる。

 そして、この皐月賞トライアル競走として認められているレースは三つだ。

 

 中山競馬場、弥生賞。3着以内。

 阪神競馬場、若葉S。2着以内。

 中山競馬場、スプリングS。3着以内。

 

 春のクラシック路線を賑わせた競走馬は、デュアルコアを除いた7頭。

 内、最初のトライアル競走である弥生賞に出走したのは、

 

 帝王の嫡子、ハマノロマンス。1戦1勝(地方6戦6勝)。主な勝ち鞍、ゴールドウィング賞。

 和製ビッグレッド、イージーゲーム。5戦5勝。主な勝ち鞍、朝日杯FS。

 グレートフルーヴ。2戦1勝。主な戦績、若駒S2着。

 

 このレースでの勝敗は、良くも悪くも3頭の明暗を分ける事になる。

 更に付け加えるとすれば、この年のクラシック3冠レースは馬券おじさん泣かせでもあった。

 つまりは、最高に面白かったのだ。

 

 

 春のクラシック3冠、その勢力図を決める重要な一戦。

 3月1週、中山競馬場。弥生賞。芝2000m。冬の寒気がまだ残る時期、世代最強を決める争いに全14頭の競走馬が名乗りを挙げた。此処に揃うは、勝ち上がり率3割強の壁を乗り越えてきた精鋭達であり、中には既に重賞を勝ち取った者もいる。

 中でも強い期待を受けるのは、和製ビッグレッドことイージーゲームだ。

 イージーゲームは朝日杯FSに勝った二歳覇者。戦績は札幌2歳Sと東京スポーツ杯2歳Sを含めた5戦5勝の無敗と怒涛の快進撃を見せている。12月の朝日杯FSに出走した後、二ヶ月強の休養期間を挟んで春のクラシック王道路線に殴り込んで来た。

 シンボリルドルフ以来、無敗の3冠制覇を期待される世代最強馬だ。

 

 対して、地方から来たハマノロマンスも7戦7勝と無敗だが、中央での実績はオープン戦が一度きりだ。

 イージーゲームと比べて、幾分か格が落ちる。精々、イージーゲーム→ハマノロマンスの連単で買うのが妥当といった所であり、前走でハマノロマンスに負けたグレートフルーヴは、もっと期待できなかった。サンデーサイレンスの血を受け継ぐ、ダンスインザダーク産駒なので期待はしたいが今日のところは見送りだ。

 やっぱり、イージーゲーム一択! 500円を注ぎ込んでやった、ちょっと怖いからな!

 

 レースの開催を告げるファンファーレが鳴り響き、ゲートが開け放たれた。

 出遅れは、数頭。そこに先程、語った三頭の顔はない。先行策に出たのはイージーゲーム、中団やや後方にグレートフルーヴが走っており、ハマノロマンスが後方から三番手くらいの位置で追走していった。特に何か仕掛けがある訳でもなく、レースは序盤から中盤に掛けての動きはなし、向かい直線の中程から第3コーナーに掛けて、外からハマノロマンスが順位を上げる。

 第3コーナー、そして最終コーナー。最後の直線、中山競馬場の小回りの効いたコースに若干、外に膨れてしまったイージーゲーム。最終コーナーで大きく外によれてしまった先行馬とクロスするように内に切り込んだのはハマノロマンス。グレートフルーヴは馬群の中、懸命に順位を押し上げる。

 最後の直線に差し掛かって、ハマノロマンスが外から抜け出した。

 観客席の悲鳴と称賛を受けて、最後の坂に足を踏み入れる。

 

 イージーゲームの気配が変わる。

 赤い栗毛の馬体を、より赤く燃え上がらせながら数歩、遅れて中山の坂に入った。

 勝負は先頭の二頭に委ねられる。

 

 グレートフルーヴは、やっと馬群を抜けて3番手に上がったところだった。

 

 

「初めて領域に入った時か?」

 

 これは少し前の話だ。可愛い後輩の問い掛けに、シンボリルドルフは事務用の眼鏡を指先で直しながらゆっくりと答える。

 

「私の場合は、一度目の有マ記念の時だったかな」

「ふぅん、そうなんだ。ねえ、ブライアンはどうなの?」

「私は……そうだな、京都ジュニアステークスだったな。骨折した後、暫く見失ってしまったがな」

「そういうテイオーはどうなんだ?」

「ボクは3度目の有マ記念だったと思うよ」

 

 それまで皆のいう領域がなんなのかさっぱりだったしね、と彼女は笑ってみせる。

 領域のあるなしで勝敗が決まる訳じゃない。しかし、それがあるとないとでは、大きな開きが出来るのもまた事実。領域とは、端的に言ってしまうと集中力だ。五感の全てを研ぎ澄まし、全身の力を余す事なく使い切る為の技術でもあり、盤面全てを掌握する支配力もである。

 代償となるのは膨大な精神疲労。しかし五分にも満たないレースでの出来事、それは大きな問題にならない。

 

「どうして急に領域の話なんてしたんだい?」

 

 その事を問うと、トウカイテイオーは悩ましげに眉間に皺を寄せる。

 

「いや、うん、ちょっとね。ボクの気になってる子が、もう領域に入れるみたいなんだよ」

「地方でお前がスカウトしたっていう……ハマノロマンスだったかな?」

「そうそう」

「ジュニアの頃から領域に入れるとは大したものだな」

 

 シンボリルドルフの言葉に「んーん」とトイカイテイオーは首を横に振る。

 

「話を聞いてるとね、初めて走った時から領域に入ってたみたいなんだよね」

「それはまた凄いな……そのことに何か問題でもあるのか?」

 

 ん〜、とトウカイテイオーは困ったように唸ってみせる。

 

「怖い、って言ってたよ。自分よりも周りの方が伸び代があるってね」

 

 

『……ハマノロマンスッ! ハマノロマンスだッ!』

 

 坂に入って、イージーゲームは加速した。

 しかし、それ以上の速度を以て、ハマノロマンスは突き放す。

 芝を力強く蹴り出して、中山の急坂をものともせずに駆け上がった。

 圧倒的だった、絶対王者の風格を身に纏っている。

 

『2馬身、3馬身、4馬身! まだ伸びる、まだ加速する!』

 

 

「ボクは生まれながらにして追われる側のウマ娘だ」

 

 ハマノロマンスは、スマホ越しに地方の親友にポツリと零したことがある。

 

「ボクは強い、それは認めるよ。でもボクが勝ち続けていられるのは、他のウマ娘が持っていないものを持っているからなんだ」

 

 溜息をひとつ、ハマノロマンスは意を決して弱音を吐露する。

 

「ボクと中央のGⅠレースに出走するウマ娘に能力の差は、世間で言われている程にはないよ」

 

 僅かな静寂、呼吸の音だけが部屋に響いた。

 

「……ボクは完成している」

 

 重々しく呟かれた声。彼女は他のウマ娘と比べて、幾分か小柄な体格をしていた。

 

「後はもう追い抜かされるだけの存在なんだよ」

 

 

『圧勝です、圧倒です!』

 

 差は5馬身以上、追い縋れないイージーゲーム。そこよりも更に先にはグレートフルーヴが懸命に駆ける。

 グレートフルーヴの更に更に後ろには馬群がスパートを仕掛けたところだ。三頭は他馬と比べて、頭ひとつ分以上の実力差があった。だが、ハマノロマンスは他二頭の更に先を走っている。

 この場に居合わせた、誰もが伝説の始まりを予感する。

 

『王の系譜は地方で息衝いていたッ!!』

 

 ハマノロマンスは絶対的な力を見せ付けて、ゴールした。

 新時代の到来に、新たな王の誕生に、競馬場が喝采で湧き上がる。当時を知る競馬ファンの誰もが胸の奥から込み上がる想いを堪えることができなかった。

 そして電光掲示板に表示されるタイムには、赤くRの一文字が添えられている。

 

 

 競走馬ハマノロマンスは王者ではなかった。

 その二つ名に王の文字はなく、彼のベストレースは弥生賞だという者が少なからず存在している。

 そんな彼女に、ハマノロマンスの親友は、スマホ越しに問い掛けた。

 

「貴女を負けるかも、って思わせる程の存在がいるの?」

 

 彼女には、理解できない。

 地方に居た頃、ハマノロマンスの能力は飛び抜けていた。それが中央でも活躍した時、ああいうウマ娘が空高く羽ばたいていくのだと知った。言ってしまえば、彼女はハマノロマンスの信奉者である。本人以上にハマノロマンスの可能性を信じており、その能力を客観的に掌握していた。

 しかしハマノロマンスは、ポツリ、と不安を絞り出すように吐露する。

 

「ブランディッシュ」

 

 芦毛のウマ娘の名を世間が知るのは、もう少し後のことになる。




馬名:ハマノロマンス 性別:牡 毛並:鹿毛
馬齢:3歳(±0)
父:トウカイテイオー 母父:タマモクロス。

戦績2戦2勝(地方6戦6勝) ※現在、判明している時点のもの。
▽2歳(月/週)
 7/1: 笠松:1着:新馬戦(ダ800m)
 7/4: 笠松:1着:2歳イ(ダ800m)
 8/3: 笠松:1着:2歳イ(ダ800m)
 9/3: 笠松:1着:秋風ジュニア(ダ1400m)
10/1:名古屋:1着:中京盃(ダ1400m)
11/1:名古屋:1着:ゴールドウィング賞(ダ1600m)
▽3歳(月/週)
 1/3:京都:1着:若駒S(芝2000m)
 3/1:中山:1着:弥生賞(芝2000m)
 次走予定:皐月賞

馬名:イージーゲーム 性別:牡 毛色:栗毛
馬齢:3歳(±0)
父:ヘクタープロテクター 母父:イージーゴア

戦績6戦5勝 ※現在、判明している時点のもの。
▽2歳(月/週)
 8/1:新潟:1着:新馬戦(芝1600m)
 9/2:中山:1着:1勝クラス(芝1600m)
10/1:札幌:1着:札幌2歳S(芝1800m)
11/3:東京:1着:東京スポーツ杯2歳S(芝1800m)
12/3:中山:1着:朝日杯FS(芝1600m)
▽3歳(月/週)
 3/1:中山:2着:弥生賞(芝2000m)
 次走予定:皐月賞

馬名:グレートフルーヴ 性別:牡 毛色:鹿毛
馬齢:3歳(±0)
父:ダンスインザダーク 母父:スーパークリーク
クロス:ニジンスキー3×5

 始まりはGⅠ制覇を夢見る馬主が居た事から始まる。
 スピードが重視される昨今の競馬事情、そんな状況下では短距離から中距離のレースに勝つのは至難の業。
 逆に長距離路線ならば、まだ取りやすいのではないか?

 という事で、スタミナ重視の血統であるスーパークリークを種付けしたが牝馬であった。
 この牝馬は競走馬になることもできず、そのまま繁殖牝馬として育てられることになる。そんな中、牧場の経営は緩やかに傾いていくことになり、色々と整理する為に所有馬を安値で売り捌いていくことになった。そういった状況下で残ったのが産駒のパッとしない父スーパークリークの繁殖牝馬であり(安値過ぎたので売るのを躊躇った)、サンデーサイレンスのシンジケートの1株であった。
 牧場長は一縷の望みを託し、サンデーサイレンスと配合させる為に某大型牧場まで向かう事になる。

 しかし、パンデミック以後もサンデーサイレンスの人気は高かった。
 種付けの予定に空きはなく、牧場長は落胆して頭を抱える。そんな彼の様子を見かねた某大型牧場のスタッフが「ダンスインザダークなら空いていますよ」と教えてあげると「このまま帰る訳にもいかない。それにサンデーサイレンスの血も引いているし、何よりも菊花賞馬だから却ってスーパークリークと相性が良いかも知れない」と同意する。
 そうして産まれたのがグレートフルーヴになる、その仔馬は最後の望みを託すには十分な素質を持っていた。

 これで駄目なら、もう競馬から身を引くことにする。
 と牧場長は一家総出でほとんどの時間をグレートフルーヴの育成に費やし、そうして中央に送り出すところにまで至った。この時、この一頭に全ての望みを託した牧場長は、サンデーサイレンスのシンジケートを他に売り渡してグレートフルーヴの育成費を捻出している。
 名前の由来は、偉大なる大河。それはスーパークリークに捧げる名前でもあった。

 牧場長が、そのまま馬主もやっている。
 一応、牧場としての体を為す為に所有する繁殖牝馬への種付けも続けている。グレートフルーヴのクラシック成績で全てを見切る予定であり、牧場を売れば返済できる程度の借金も抱えている。グレートフルーヴの馬主は続けても牧場を売る算段は立ててあった。今はGⅠ勝利よりも賞金の方が求められている。
 世の中、金がなければ夢も満足に見られないのである。

戦績3戦1勝 ※現在、判明している時点のもの。
▽2歳(月/週)
12/3:中山:1着:新馬戦(芝2000m)
▽3歳(月/週)
 1/3:京都:2着:若駒S(芝2000m)
 3/1:中山:3着:弥生賞(芝2000m)
 次走予定:皐月賞

次回、若葉S。
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