エデン条約短編祭   作:キノッピ

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誰かの夢のようなお話(作・へきさ)

 どこかふわふわとした、現実味のない世界で、先生はセイアと二人で机を囲んで、過去現在未来の、様々な話に花を咲かせていた。二人ともその時間が永遠に続けばいいと感じていたが、しかし、先生が席を立たなければならない時間が、ついに訪れてしまった。

「先生、本当に、この先に行くというのかい?」

 身を乗り出せば届きそうな所にいるはずのセイアの姿はなぜかおぼろげで、声もどこか靄がかかったように、先生の耳へ届いていた。

「そうか、私は寂しくなってしまうけれど、先生の決意が固いなら、私は止めはしないよ」

 先生は、何かを言おうと思ったが声を出すことができなかった、だんだんと目の前の悲しげに目を伏せたセイアの姿と、意識がだんだんと遠のいて……そして……光の中にすっかり溶けてしまったような気分だった。

 

「先生」

 夢の世界の縁でまどろんでいると、耳ざわりのいい、優しい声で呼ばれた。

「ふぁぁ、ヒフミ……?もう約束の時間?」

 あくびをしながら、目の前の少女が、約束をしてシャーレに迎えに来てくれた阿慈谷ヒフミであることを認めると、のそりと体を起こす。

「すみません、ちょっと早く着いてしまいました」

 申し訳なさそうにそう言うヒフミだったが、先生が時計を見ると、本来のヒフミとの約束の時間までは十分を切っていた。

 

 出かける支度を済ませ、シャーレを出て、トリニティへの道を二人で歩く。

「最近、トリニティに遊びに行けてなくてごめんね、みんなは元気?」

「はい!今でも時々集まって、遊んでいます。先生は夜中にパフェを食べたあのお店を覚えていますか?」

 先生が会話を切り出すと、ヒフミは楽しそうに、先生にとって懐かしい名前を挙げていく。

 

「コハルちゃん、すごいんですよ。勉強が得意になって、本当に三年生の問題を解けるようになってしまったんです。最近は図書館の奥の方の、難しい本を読み耽っている様なんです」

 最初はコハルだった、かつて『一緒にしないで』とまで言われて一度拒絶された少女は、すっかり皆の妹であり、マスコットであり、かけがえのない友達となったようだ。

 

「アズサちゃんは、勉強も遊びも全力で取り組むので、いつも格好よくて可愛いんです。おかげでファンの生徒がとても多くなってしまったので、二人きりで遊ぶ時間が少なくなってしまって、少しだけ寂しいです」

 次に、アズサの名前が挙がった。言いながら、ポケットから顔を出したペロロ様のぬいぐるみを握るヒフミの手には、力が入っていたようだった。

 

「ハナコちゃんは、シスターフッドになりました」

「入ったってこと?」

「所属という訳ではないんです。ですがその、シスターフッドの方がハナコちゃんみたいになってしまったと言いますか……」

「そう……」

 ハナコの名前が挙がったが、相変わらずつかみ所のない様子だった。しかし同時に、ヒフミはそんなハナコの心を、がっちりとつかんで離さないのだろうな、と先生は感じていた。

 

 そして、最後に残ったのは、いつもいつも自分の事を後回しにしてしまう、心優しい子の名前だった。待てども待てども出てこないその名前を、先生は自らが呼ぶことにした。

「ヒフミは?」

「あはは……私は、相変わらずです」

 初めて会った時から変わらない笑顔のヒフミ、その時、首から下げられた名札が目に入った。『三年 阿慈谷ヒフミ』と書かれたそれは、あのいろいろな出来事のあったエデン条約騒動の日から、短くない時間が経過した事を物語っていた。

「今日は、生徒交流の日だったんだっけ」

 それは、かつて生徒にとって高嶺の花だったティーパーティーのホストが、一般生徒たちとの交流を深めて、トリニティ運営を開かれたものにしようとする試みだった。

「はい、ナギサ様の残してくださった行事ですから、私達も受け継いで、ゆくゆくはトリニティの伝統になったらいいなと思っています」

「最初の一回で色々ティーパーティーの化けの皮がはがれて、どうなるかって心配だったけど、結果的にあれでティーパーティーが身近な存在になった気がするね。特にミカの気さくな所を皆に知って貰えて、本当に良かったと思う」

「はい!……ナギサ様がミカ様の口にロールケーキを三つも突っ込んだのは、さすがに皆さん苦笑いでしたが」

 懐かしそうに、名札をしげしげと眺めながらそう語るヒフミ、その名札を提げる習慣はナギサやミカほど顔が知られておらず、自分だけ都度自己紹介をしなければならなくなって最後は面倒になってしまった、セイアの案によるものだった。

 

 その時ふと、懐かしい思い出を思い返す様に、どこか遠くを見るような目をしたヒフミに、先生は優しく声をかける。

 

「ティーパーティーのホストは、大変?」

「大変に決まってるじゃないですか」

 

 わざとらしいふくれっ面を作って、ヒフミは先生にそう返した。

 

「そうだよね」

「先生も相変わらずお忙しそうですし、おあいこです」

 

 表情を一転して、ふふ、といじらしくヒフミが笑ってそのやり取りが終わった時、ちょうど、トリニティ聖堂で一番奥の部屋の扉の前に、二人はたどり着いていた。

 

「それでは、改めまして」

 

 妙に改まったヒフミが、コホン、と一つ咳払いをした。

 

「今日は、存分に羽を伸ばしていってくださいね。ティーパーティーと正義実現委員会のリーダーが、最高のおもてなしを致しますので!」

 

 ヒフミはそう言うと、両の手で元気よく扉を開け放った。

 

「皆さん、先生が到着されましたよ!」

 

 開け放たれた扉の先の光景は、まるで夢の様にキラキラと輝いて見えた。

 




短編企画はこれで終了となります。
お読みいただきありがとうございました!

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