激動の抗争から数日。
アリウス、そして聖徒会との戦火と混乱による被害者が各地に残るものの、キヴォトスは大凡の平和を取り戻していた。
そうともあれば、いつもの通り仕事が増えていくばかりなのが、シャーレである。
シャーレもほぼいつもの姿を取り戻していたが、1つだけ、なかなか戻らない物があった。
「いっっ!!つつ…なかなか治らないなあ…」
混乱の最中に負った銃撃による傷は、そう簡単に癒えるものでは無かった。
「鎮痛剤鎮痛剤…最近効き目も薄れてきたかなあ…」
「でしたら、神経ブロック注射はいかがです?」
「……うん。そうだね…」
どこからともなく現れるセリナ。
あれから出現…もとい、心配して来てくれる回数が増えたような気がする。
「もう…ちゃんと療養しないとダメですよ?先生は普通の方なんですから…」
「はは…目の前に仕事があるとつい、ね…」
銃撃を受けた傷跡のある腹部を、擦りながら立ち上がる。
「はい、こちらをどうぞ。今服用しているものよりも少し強めです」
「助かるよ。ありがとう」
水と錠剤を渡される。錠剤を口に含んで、水を…あれ?
コップが落ちる。割れる。激痛で視界が揺れる。
体が崩れ落ちる。声が出ない。
痛みだけが体を支配していく。
「先生っ!?」
これ、これダメなやつだ。ああ、でも…セリナが居るから、大丈夫か。
激痛にも関わらず現れた謎の安心感によって、意識は簡単に飛んでいってしまった。
「…ですから、これは私の責任です。チナツ、手術をしたのはこの私であり、全ては私の管轄なのです。よって、私が面倒を看ます」
「いくら先輩といえども、ここを譲ることはできません。それに、一人の傷病者に、2人以上で当たった方が効果的だと思います」
「それは否定しませんが、それとこれは別です」
「今から申請して救急医療部に戻りましょうか?」
「お二人共、落ち着いてください…!」
「こ、これは…?」
「あっ、先生!大丈夫ですか!?お体は痛みませんか?」
「ハ、ハナエ…?チナツとセナも…」
目が覚めると、何やら言い争っている2人とそれに戸惑っている1人の声が聞こえる。
ここは…シャーレの救急室…
「先生、ご無事で何よりです」
「ああ…ありがとう。どうしてみんなここに…?」
「先生が倒れたとセリナ先輩から連絡を受けました!お二人もそうみたいです!」
「わざわざ…ありがとう。嬉しいよ」
「いえ!一大事ですから」
「…先生。大変申し訳ありません」
セナが急に向き直り、こちらに向かって頭を下げてくる。
その面持ちは、とてつもなく神妙だった。
「セナ…?」
「今回の事態、先生の銃創からの病症なのは明らかです。責任は全ては私にあります」
「そんな!助けてもらったのはこっちなのに」
「…だから先生の看病は全て私がやります…と?」
「そのつもりですが?」
チナツがメガネを外した時の顔をメガネを外していないのにしている。
「まあ、先輩が強情なのは昔から知っていますけど…」
「そういえば、セリナは?」
「はい。ここにいますよ」
「ひあっ!?い、いつの間に後ろに!?」
「今です。先生、お体は大丈夫ですか?痛みはかなり減ったかと思いますが…」
「あ…そういえば…」
言われてみれば、気絶するほどだった激痛がかなり収まっている。
「局部麻酔、鎮痛剤、座薬…可能な限りのものを使いました。これでまだ痛かったら、また考えますが…」
「座薬ってあの座薬!?」
「はい。お尻から入れる薬の坐薬です。先生のお尻、可愛かったですよ?」
「やめてください…」
「効き目があるのは確かなので、また痛みが出たら使いますよ」
「自分でやるよ!」
それにしても、薬の効果というのは強い。ここ数日悩まされていた痛みが綺麗に無くなっている。
「うーん…調子も良いし、仕事に戻ろうかな。皆ありが」
「いえ、ダメですよ先生。今回ばかりは休んでください」
「そ、そういう訳にも…」
「先生の体は今、非常に危ない状態にあります。命そのものに支障はありませんが、以前の重傷を負った直後に激しく活動したため免疫力等が著しく落ちています。最悪、感染症に障り、死体になります」
セナがかなり強く止めてくる。そこまで酷いのか…?
「働かせてしまった私たちが言うのもなんですが…無理をしすぎです。私たちは、大人の方に対する医療経験に欠けます」
いつもよりも真剣な眼差しでチナツがこちらを見つめ、手を握ってくる。
「ですから、『万が一』があってからでは遅いんです。先生、お願いします」
「おっ、お願いします!」
チナツに続いてハナエまで頭を下げてくる。
「うん、わかったよ。じゃあ、お言葉に甘えてしっかり休ませて貰おうかな」
「そういってすぐに抜け出したりしないでくださいね?」
「…はい」
それから、セナ以外は1度学校に戻って行った。どうやら諸々の器具を取りに行ったらしい。
「では先生、体を拭きましょう。かなり汗が出ています」
「ああ…ありがとう…ホントのこと言うと、すごい体が重くてね」
「…申しわけありません」
「まだ気に病んでるの?」
「術者の私が、先生の容態を最も把握していた、そのはずです。そして先生が勇ましく活躍しているその姿を見て、安心してしまいました。なんという精神力と、回復力か、と」
「セナが治療してくれたからだよ」
「…ですが、現にこのザマです。完治しきるまで、先生の傍を片時も離れるべきではありませんでした」
「それは、私が無理しちゃったからさ。というか、普通の医者は撃たれた人がすぐ働くなんて想定しないよ」
「…そのような困った行動を度々しているのだと自覚して頂きたいものですが…少なくとも、私はそれを踏まえて、動くべきでした。まだまだ、未熟です」
話しながら、服を脱がされていく。
気づいていなかったが、痛みで気絶していた間、相当の汗が出ていたようだ。
「冷たっ!…でも、あ、気持ちいい」
「濡らしただけのタオルですが…先生の体が発熱しているのでしょう」
首、腕、背中と順に拭かれていくと、前にまわったセナが撃たれた痕をじっと見つめていることに気づく。
「どうかした?」
「…いえ、少し、物珍しいなと思ったもので」
「そうなの?みんな銃で撃たれたりしてるけど…」
「確かにそうですが、基本的に銃弾は皮膚を貫通しません。多少裂かれて血が出るようなことはあっても、体内に侵入することはまずありえません」
「そこまで頑丈なんだ。すごいね」
「…そして、痕も基本残りません。出来ても、すぐに消えてしまいます。ですが…」
セナが痕の薄い部分を、その細い指でつらりとなぞる。
「先生はキヴォトスの人ではありません。これは、一生残ります。小さくすることは出来ても、消すことはできません」
「そんなの、ここに来た時から覚悟してるよ。いざとなれば、自分が生徒をかばって…なんて」
「冗談でもそのようなことは言わないでください」
いつもの表情だが、手から伝わってくる力みと、なによりものその目がセナの本気を伝えてくる。
ちょうど傷跡の所に手があったのでめちゃくちゃ痛い。
「…っ、すみません。つい」
「いや、こっちこそごめん。実際は、ヒナにも、ツルギやハスミにも、もちろんセナにも、皆に守ってもらってばかりなんだけどね」
「これからはその傷を悪化させることも、新たな傷を増やすことも、絶対にありません。私が、守ってみせます」
「…ありがとう」
「当然のことですので」
「…随分と長い清拭ですね」
「チナツ、戻っていましたか」
「…先輩もそういう顔する時あるんですね。驚きです」
「え、セナ表情変わってた?」
「はい。他の方からは分かりにくいかもしれませんが、私には分かります。喜んでいる時は口角と瞳孔がすこし…」
「チナツ」
「はい」
「私は先輩です」
「はい」
チナツはもともと救急医療部に所属していたという話だが、風紀委員のときとはまた違った態度だ。
「はぁ…先生、お着替えをお持ちしました。丁度いいので、こちらをご着用下さい」
「ありがとう…ゲヘナの校章が刻まれてる」
「ゲヘナの入院服です。はい、腕を上げてくださいね」
「そ、そんな赤ちゃんみたいな…」
「今の先生は赤ちゃんより弱いんですから、言うことを聞いてくださいね?」
そのまませっせと着替えさせられて行く。下も着替えさせられたが、チナツは流石医療従事者というか、別にパンツを見ても何も動揺していなかった。
「数日お休みを頂きました。」
「…という訳で、今日からしっかり看護させていただきます。監視という意味も含めて、ですが」
働かないように、ということだろう。
「大丈夫、さすがにこの状況と体調じゃ、すぐに倒れちゃいそうだから」
「チナツ、風紀委員会としての仕事は大丈夫ですか?エデン条約以後の処理がまだ終わっていないでしょう」
「万魔殿の方たちに全てお任せしましたので」
「なるほど、では問題ありませんね」
エデン条約の際に、マコトが色々やらかしたせいで万魔殿の立ち位置はかなり悪いらしい。といっても、今まで風紀委員がやっていた見るからな雑用をやらされているくらいだけど…
「先生、せっかくですから、体の不調を全て取ってしまいましょう!色々持ってきたんですよ!」
チナツがいつも持っている特大のカバンから色々な道具が出てくる。医療器具というよりは…
「リラックス的な…」
「以前温泉に行った時、このような健康器具にハマってしまって。お恥ずかしながら、色々集めるようになってしまいました…」
「かわいく飾り付けられてる物もありますね。このローラーなど特に」
「そっ、それは元々の趣味です!んんっ!さあ先生、まずはこちらをどうぞ。ホットアイマスクです」
「おお、これが…あっ、暖かい…」
「普段からデスクワークでお疲れでしょうから、ご用意致しました。では、お体触りますね」
アイマスクで見えないが、足の辺りを触られているのがわかる。
「マッサージも最近は勉強しているんです。どうでしょうか」
「うっ…あっ、いい…うっ」
「ふふ、お気に召していただいたようで、何よりです」
脚部の快楽に集中していると、ふと肩にも感触があるのに気づく。
「では上半身は私が。外科の人間ですが、ある程度の心得はあります」
先ほどまで濡れタオルを持っていたためか冷たいセナの手と、温かいチナツの手の温度差で、体の感覚がちぐはぐだ。
首をほぐされ、肩を揉まれ、足を揉まれ…
ああ、眠ってしまいそう。
「……先生、いつもありがとうございます」
「うえ?」
「私たちのために、いつもこんなにも働いて、体をボロボロにして…触ってるだけでも、先生の頑張りが伝わってきます。それに、こんな傷まで負って…」
「いや、そんな…」
上手く声が出ない…
「ふふ…声が眠そうですよ?このままおねむにしましょうか」
誰の手かわからないが、頭をなでられている。
眠りたいという体と快楽を享受していたい心が戦っているが…抵抗むなしく、眠りに落ちていく。
「ごめん…おや、すみ…」
「はい、おやすみなさい先生。いい夢見てくださいね」
「…少し狙いすぎでは?」
「先輩がそれを言いますか?」
「はて、何のことでしょうか」
セナは何処吹く風と言わんばかりの表情でマッサージを続けている。
チナツも溜息をつきつつ続けているが、右足のマッサージを終えるとそれを終え、机に置いてあったさまざまな健康用器具を取り出す。
「さて、全身やりますか…」
「まさかそれ全部を?」
「痛い物もありますので、寝ていらっしゃる今のうちに…」
手に大量の器具を持ったチナツが先生に詰め寄る。そして…
「う、ん…あれ…今何時だ…」
起きた時には既に夕日が窓から差し込み、部屋は橙一色に染まっていた。
伸びをしようと、腕を上げて…
「うおっ、なんだこの痕…」
腕のみならず、よく見れば足や太ももにも謎の痕が付いている。
何かを押し付けた後のような…
体を見回していると、近くの机の上にメモらしき物があるのを見つける。
「取りたいけど…体が重い…」
マッサージを受けた後だからか、異様に重い体を引きずってメモを取る。
「なになに…『色々使ったので、痕が残っているかと思いますが、気にしないでください。水分補給を忘れずに』なるほど、チナツの…っいてて…そう簡単には治らないか…」
「あっ、先生!おはようございます!あれ、こんばんはの方がいいかな…?」
「ああハナエ、おはよう…」
「ああっ!?先生大丈夫ですか!ちょっと見せてください!」
ものすごい形相でこちらに走りより、傷跡を見てくれるハナエ。
「うわあ!腫れちゃってます!これは…切除しなければ!」
「待って、待って!ちょっ、その大きなメスみたいなのどっから持ってきたの!」
「ハナエちゃん、大丈夫ですから、それをしまいましょう」
「あっ、先輩!わかりました!」
た、助かった…
「先生、また痛んできましたか?」
「うん。鎮痛剤が切れたのかな…」
「おそらくそうでしょう。腫れてきたのも、免疫が弱って炎症を起こしたのかもしれません。痒くなっても触ってはいけませんよ?」
「そっか…」
「抗生剤を服用しておきましょう。鎮痛剤も少しだけ…」
そういって箱から薬を取り出すセリナ。
どう見ても普通の大きさの薬ではない。
「それはもしかして…?」
「座薬ですね」
「なにかこだわりでもあるの??」
「これが1番効果が高いんですよ?はい、おしりを向けてくださいね。局部は見ないようにするので大丈夫です。見て欲しいと仰るならよろ…謹んで拝見いたしますが」
「見ない方向でお願いします」
〜カット〜
「気絶してる間ならまだしも、起きてる間にされるのは…こう…羞恥がすごいね…」
「これくらいは看護師として普通の業務ですから」
「勉強になります!」
ハナエが真剣な表情で見学していたのがまたシュールな光景だった。また座薬を入れられないためにも、倒れないようにしよう…
「先生、お腹が空いてきてはいませんか?」
「う〜ん…どうだろう…なんか、あんまり空いていないような…」
「食欲はあまり無し…と。では簡単なものを作りましょうか。買い出しもしてきたので」
「はいはい!任せてください!食べやすいものですね!」
「ハナエ、料理作れるの?」
「ハナエちゃんの料理、病院食なのにおいしいと評判いいんですよ?」
ちょっとイメージに無かったな…意外だ。
セリナと話している間にまた走って厨房へと向かって行った。
「元気だなあ。見てるだけでこっちも元気を貰えるよ」
「なんというか…わかります。わたしが疲れたときも、いつもハナエちゃんに元気を貰っていますから」
昼間にしてもらった事をセリナに話し、それを聞いたハナエが何か真剣な表情で考えだしたのを眺めていると。扉の向こうから鼻歌が聞こえてくる。
「お待たせしました〜!先生、どうぞお召し上がりください!」
「これは…麻婆茄子…?」
「丼ですよ!味も濃くて、1品で全ての栄養素を完璧に取得できる!らしいです!出来たてホヤホヤで温かいですよ〜!」
「ほほう…確かに病院食とは思えないいい匂い…」
「香辛料は抑え目に、お味噌と薬味で味付けしました!お腹にも優しいんです!ささ!」
「ありがたく、いただきます」
スプーンを…あれ、無い。セリナが持っている…?
「では先生、お口を開けてください?あ〜ん」
「え」
「先生、食べるのがつらいですか…!?ご安心ください!このハナエが応援しますよ!」
どこからともなくポンポンを取り出すハナエ。
「フレーフレー先生♪ガンバレガンバレ先生♪」
部屋の中なためか、大人しめながらもチアリーディングを披露してくれている。
「あ、あ〜ん…むぐ…」
「はい、よく噛んで食べてくださいね」
今日だけで何度目かの赤ちゃんかのような扱い。少し慣れてきたかもしれない。
「おいしい…濃いのに、優しい味だ…」
「ほんとうですか!やったーっ!」
飛び跳ねて喜んでいるハナエ。揺れている。
「はい、あ〜ん」
飲み込むと、すぐにセリナが次を差し出してくる。
「セ、セリ」
「先輩!私もやりたいです!」
「もしかして餌付けされてる?」
そんなこんなで数日。
だいぶ痛みも収まり回復してきたため、4人の了承を得て復帰することにした。
万が一のため、セナが付き添いになってはいるが。
「うあ〜っ…久しぶりのシャバの空気だ…」
「…私達との生活ではご不満でしたか?」
「そんなことは無いよ!断言できる!セナに看病されて毎日楽しかったから」
「冗談です」
相変わらずの無表情だが、チナツの言っていることが何となく分かる気がする。
「先生、改めて快癒おめでとうございます。ですが、病み上がりの身であるという事をお忘れなきように」
「うん、ありがとう。気をつけるよ…ねえ、セナ?」
「はい」
「もしまた倒れたりしたら、また看病してくれる?」
「…それは勿論ですが、そのようなことのないように…」
「私が弱ってる姿を見せられるのは、セナ達しかいないからさ」
「…!なるほど、わかりました」
セナが正面に立ってくる。
「先程も言った通り、先生が倒れるようなことは二度とさせないつもりです。ですが…もしそうなったとしても、ご心配なく。この私が、責任を持って完璧に看病致しましょう」
セナのその笑みが、私の眼に焼き付いた。