ストーリーでパジャマヒナを見た瞬間、抱きしめてひたすら撫でたくなりました。
そんな溢れ出る出る愛の形を文章にしました。ヒナをすこれ。
普段はPixivで「マイケル_ブルアカSS」というペンネームで投稿しています。良ければそちらもぜひ…
『先生。えっと、緊急事態…だから。…できれば来てほしい』
ヒナからそう控えめな連絡をもらったのが1時間前。大半のことは自力もしくは内部で解決できてしまう彼女が、緊急事態とまで言ったことに驚いた。
今日も勿論仕事は溜まっていたが、ヒナの頼みは断れない。朝食を食べながら考えていた今日のスケジュールを延期にして、急いで家を出る。
エデン条約の騒動があってから半月ほど経った今日まで、ヒナには積極的に目をかけるようになっていた。
ヒナは強いから、ヒナには私がいなくても大丈夫だ、とどこか甘えていた私。しかし、そんな彼女だってまだ17歳の少女。その小さな双肩でゲヘナ学園、ひいてはキヴォトス全体に影響する条約を背負うには彼女はまだ幼すぎた。
なので、時間を見つけては買い物に行ってみたり、食事に誘ってみたり、風紀委員室にも顔を出してみたり…とにかくあの手この手で彼女が甘えられる時間を作ろうとした。
しかし成果は芳しくなく、ヒナにあまり喜んで貰えている感触がなかった。ヒナ自身もどうやって甘えていいのかわからないようで、別れ際に『うまく出来なくてごめんなさい…私といてもつまらないでしょう…』と悲しげな表情で言わせてしまっていた。
そのため、今回の救援要請は不謹慎ではあるがチャンスと思ってしまっていた。ここらでもっと頼りになるということを見せれば、ヒナがもっと甘えやすくなるという下心があった。
連絡を貰ってからろくに準備もせずに急いで来てしまったため、髪や服に乱れがないことを確認して、ヒナの部屋のチャイムを押す。ピンポーン。
『はい』
「ヒナ、先生だ。来たよ」
『ありがとう。開いてるから入ってきて』
そうインターフォン越しにヒナの声が聞こえる。入室許可をもらった私は入り口のドアノブをひねる。
「ヒナ、大丈夫? 緊急事態だって聞いt…」
そう声をかけながらドアを開けて中に入る。すると、ドタドタドタと騒がしい音が聞こえたかと思うと、全身に衝撃を受ける。
「わー! 先生だー!! 先生ぎゅー!」
私はその衝撃に耐えきれず、しりもちをついてしまう。転倒の際にぶつけた腰をさすりつつ、その原因となった存在を見るために顔を下に向ける。
果たしてそこにいたのは、白いふわふわの長髪で、ピンク色のパジャマを着た小柄な少女であった。彼女は私の背中に両手を回して抱き着きつつ、顔を私の胸にまるでマーキングでもするようにこすりつけていた。
「ヒ、ヒナ…?」
甘えん坊な大型犬のように全力で甘えつつある少女に困惑しながら声をかける。その少女は私をここに呼んだヒナ―――ゲヘナ学園3年生であり、風紀委員の委員長である空崎ヒナその人であった。普段はこんな好意マシマシな感情表現をしてくる生徒ではない(そうであったらどれだけ楽だったか)。
「ちょっと!? 私…ええと…あぁもうめんどくさい! ヒナ! 早くどきなさい!」
そのままどうしていいかわからずオロオロしていると、部屋の奥から怒鳴り声が聞こえる。そちらに顔を向けると、そこには私に抱き着いている少女と瓜二つの顔をした少女がいた。
え、ヒナがもう一人…?
「えーと…どうしてこういう状況になっているのか説明してもらえると…」
「えへへー、先生のぬくもりあったか~い! ぎゅーってして?」
「ちょっと、先生が迷惑がっているでしょう。そこからどきなさい」
「きゃーこわーい。悪魔がいじめる~」
「んなっ!?」
二人のヒナに案内され、私は客室に通されていた。目の前には不機嫌気味でゲヘナ学園の制服を着て対面の椅子に座るヒナ。ソファーに座った私の足の間に収まった、満面の笑みを浮かべたパジャマ姿のヒナ。二人の見た目には全く同じ少女に囲まれつつ、話を聞くという奇妙な事態になっていた。
「はぁ~、もう…」
「ため息ばっかりついてると幸せが逃げてくよ~?」
「誰のせいで…。話が進まないから黙ってて」
目の前のヒナは頭痛を堪えるように頭を押さえつつ、仕切り直すように咳払いをする。
「説明っていうほど私もよくわかっていないのだけど…。朝起きたら突然その子…もう一人の私がいたの」
割と超常的なことが起きるキヴォトスであるが、分身という事態は聞いたことがない。ヒナの問題をパパっと解決するとか意気込んでいたが、私では全く手が出せない事態につい、ため息が漏れてしまう。
「このような事は全く聞いたことがないよ。力になれなさそうでごめんね」
「私こそ、ごめんなさい…」
そう言って二人とも黙り込んでしまい、お互いがお茶をすする音だけが部屋に響く。このように二人揃って黙り込んでしまう事態は、彼女とのお出かけの際に何度もあった。お互いがお互いに迷惑をかけたくないと思ってしまって、結局何も喋れなくなってしまって。
「あぁ! もう! 辛気臭いなぁ! めんどくさいなぁ!」
私の膝の間で大人しくしていたパジャマヒナがそう叫んで立ち上がる。そして、ずかずかと制服ヒナのほうに向かうと、ガシッと肩を掴む。
「普段はハキハキしているくせにどうして先生を前にすると、そんな恋する乙女みたいになるの! 先生が大好きなのはわかるけど!」
「んな! ちょっ! 黙っててって…」
「黙らない! 黙ってたら一生進まないでしょ! というか、そんなだから私が生まれるんでしょ」
パジャマヒナと制服ヒナが言い争っているのを見ると、なんだか子猫の喧嘩を見ているようで、ほほえましくなる。
「ん? そっちのパジャマヒナはどうして分裂したのか知ってるの?」
今の会話に引っかかることがあってパジャマヒナに声をかける。すると、彼女はこちらに向き直ると、人差し指をビシッと立てて自分のことを指さす。
「ヒナっち」
「え?」
「私のことはヒナっちって呼んで☆ 着替えちゃったら呼べないでしょ?」
「えっと・・・ヒナっち?」
私がそう困惑しながら呼ぶと、ヒナっちは満足したようにむふーと息を吐いて、自慢げに胸を張る。
「そうね…私のことを一言で表すならヒナの欲望の発露かな?」
「欲望の発露?」
「ま、待って!」
ヒナっちがそう言うとヒナは顔を真っ赤にして抑えにかかろうとする。しかし、あまりにも慌てているのか簡単に腕一本で制されてしまう。
「そう。ヒナのあんなことしたい、こんなことしたいっていう欲望が私。要するに溜めすぎちゃったわけね。だから~…こんなこともヒナのやりたいことだよ!」
そう言うとヒナっちは素早い身のこなしで私に抱き着くと、首筋に顔を寄せ、カプっと甘噛みをする。
「にゅふふ…。先生の首筋汗ばんでてしょっぱくておいしい~」
「ちょっと私! なんてことしてるの!?」
「ヒナのやりたいことでしょ? 本当はぶっちゅーって唇同士でキスしたかったけど、そこは先に奪っちゃったら悪いかなぁって」
「!!!」
ヒナっちの発言に、ヒナは顔を真っ赤にして自分の膝に顔を埋める。ヒナ自身の欲望から生まれた存在というだけあり、どうすれば黙らせられるのか心得ているようだ。
「まぁ、そういうわけで…今日はデートしよう!」
「というわけで、公園に来ましたー!」
手を広げてクルクル楽しそうに回りながら、そう口にするヒナっち。先ほどまでパジャマであったが、流石にそれでは外に出られないので、真っ白でフリル付きの清楚なワンピースを着ており、髪は動きやすいように一つにまとめている。その様はまるで童話の世界から抜け出したお転婆なお姫様のようだった。
当然、彼女が着ている服はヒナのものである。どこへ出かけるにしても制服しか着ていないヒナにこんな服も持っているのかと聞いたところ、そっけなく『アコにもらった』と答えた。
私はそれに、『ヒナなら似合うから今度着てほしい』と伝えたところ、『…考えとく』とのこと。そっぽを向いてしまって表情は伺えなかったが、耳の先が朱に染まっていたのが見えた。
「…百歩譲ってデートはいいとして、どうして公園なの? もうちょっとおしゃれなデパートとか…」
ヒナは周りを見渡して肩をすくめながら言う。彼女はヒナっちの柔らかい印象とは正反対のいつも通りの制服であった。分身体はデートに行くのに制服なんてありえない、と散々ごね回したが、『他に出かけるような服持ってないし』というヒナの発言から諦めていた。事実なのだろう。
私たちは、ヒナっちのデート宣言から近くの公園に来ていた。公園といってもちょっとした遊具があるだけの小さいものではなく、スポーツ場も併設されているような大き目の自然公園である。
そろそろ肌寒い季節となってきたが、今日は比較的気温も高く、あちらこちらで運動をしている人や、木陰でゆっくり読書をしている人が見られた。絶好の散歩日和である。
「デパートって…そんなとこ行ってどうするのよ? 買いたいものもないし、ウインドウショッピングも興味ないでしょ? というか、前それやって失敗したの覚えてないの?」
ヒナっちの怒涛の畳みかけにぐうの音も出ないヒナ。夏の海水浴にまだ着られるからという理由で数年前のスクール水着を持ってくる彼女がショッピングに関心があるはずがなく、かと言ってその辺りに私が詳しいはずもなく、お互い無言で気まずい雰囲気のまま店の中を歩くだけ、ということが以前にあった。
となれば、ヒナっちの言うことももっともであろう。また、彼女もヒナから分かたれた存在であり、口調や振る舞いは違うものの、趣味趣向は本人に準拠するのだろう。ウインドウショッピングと言った際の彼女の表情は心底嫌そうであった。
「まぁまぁ。せっかくお天気もいいし、少し散歩してみようよ」
私はヒナの手を取って言う。するとヒナは少し逡巡する素振りを見せたが、やがて小さく首を縦に振る。
「おぉ~! やるね先生! その調子だよ!」
そうヒナっちは満足そうに腕組みしながらまるで観客のようにヤジを飛ばす。私が空いているもう片方の手で彼女の手を取ると、心底不思議そうにこちらを見てくる。
「ヒナっちもヒナなんでしょ? だったら、仲間外れなんかにできないよ」
「な!? えっ…え?」
私がそう告げると、今のヒナと同じく真っ赤に茹で上がってしまう。しかし、私が手を差し出すと控えめに握ってくる。やはり、言動が違っていてもヒナはヒナのようだ。
私たちは三人で手を繋いだまま、公園内を歩き始めた。
一時間ほど公園内を歩いた私達。と言っても特に珍しいものがあるわけでもないため、観光地のように見たものに対して感想を言い合うようなものはなかった。普段の二人であれば早々に話題も尽きて、ひたすら無言で歩き続ける…なんて惨事が起こったであろうが、今回はヒナっちがいた。
彼女は適度に話題を振りつつ、ヒナをからかったり、私をおだてたりして実に場をうまく回していた。少々明け透けな部分もあったが、お互いを慮るあまりに何も言えなくなってしまう私達にはそれくらいが丁度よかった。
ヒナも片っ端から自分の気持ちが暴露されていくことに怒った素振りは見せていたが、本気で嫌がっているわけではない様だった。まぁ、晒しているのが自分自身の分身だからっていうところもあるだろうが。
「さて! そろそろお昼の時間だね! お腹すいたー!」
「ん? もうそんな時間か。さっきお弁当の移動販売車が来てたからそっち行ってみる?」
「あ、その…お弁当…あるから…。あと、座る用のシートも」
ヒナはそうおずおずと告げてきた。確かにちょっと散歩に出かけるには大き目の鞄を持ってきていたと思っていたが。
「それじゃ、あっちの芝生は入っていいみたいだから、そっち行こう」
私は芝生の方を指し示す。そこは誰もが入っていいように解放されているようで、各々が日向ぼっこしていたり、お弁当を食べていたりしていた。
「お腹ぺこぺこ~! 早く行こう!」
そう言ってヒナっちは私の手を振りほどいて元気に駆け出して行った。私たちもやれやれとそれを追った。
「うわー! 美味しそう!」
目の前に広がるお弁当の光景に、ヒナっちが目を輝かせてよだれをたらしそうになっている。私たちは芝生の上にレジャーシートを引き、ヒナが持ってきていたお弁当を3人で囲んでいた。
公園にデートに行くことに決まってから出発までちょっとした身支度ぐらいしか時間がなかったので、おにぎりを詰めたぐらいだと思っていた。
しかし、予想に反してツナや卵のサンドイッチ、卵焼きにたこさんウインナー、唐揚げや茹でブロッコリーなど、とても30分足らずで作れるようなものではなかった。前日の残りという線も考えられたが、しっかり三人が満足できるだけの量があり、すぐにその考えは霧消した。
「本当においしそうだね。インスタントを詰めたものなんかじゃなくて、全部手作りみたいに手がかかってるように見えるけど、最初から用意していた?」
「そ、そんなわけないでしょ! これは…そう! 風紀委員のみんなへのお弁当!」
私が聞くとヒナは両手をブンブンと振りながら、慌てて否定する。
「へー。そんなことしてたんだ」
「え、ええ! アコがどうしても私の手作りを食べたいと言ったから!」
なるほど。ヒナは自分のお弁当を時々作っていると言っていたし、それをアコがねだったのだろう。ならば、今日はヒナのお弁当が食べられなくてさぞ残念がっているのではないだろうか。
私は、「そっか」とだけ呟いてお弁当に向き直る。視界の端でヒナがそっと胸を撫で下ろしているのが見えた。
「もう、そんなのどうでもいいから食べよう! お腹空いた!」
「そうだね。それじゃ、いただきます」
「「いただきます」」
三人で手を合わせて唱和し、各々食べ始める。
「うーん! 美味しい! さすが私! 料理が上手!」
「褒めているのが自分の分身っていうのが複雑な気分ね…。大して手間はかかってないしそんなに褒めるようなことはないけど…」
「いや、本当に美味しいよ! これならいつお嫁さんになっても大丈夫だよ!」
私はヒナの作ったお弁当を食べながら絶賛する。お弁当なので冷えてしまっているが、それすら計算されているのか味は全く落ちていなかった。普段あまりまともなものを食べられていないので、より骨身に染みた。こんな料理が毎日食べられたら楽しいのに。
「おお、先生大胆! よかったね、ヒナ! 先生が嫁に来てほしいって!」
「んなっ!? お嫁さん!? 確かにもうちょっとで18歳で結婚可能な年齢になるけど! まだ! まだ早いから!」
「まだ? ってことは18歳になったらいいんだね? ひゅー! だいたーん!」
「ち、違っ!?」
ヒナっちの茶化しにヒナは顔が真っ赤になり、否定するように手をブンブンと振り回す。ヒナっちはヒナのあまりの必死さに大爆笑していた。
「先生! 違う! 違うから!」
ヒナはこちらに話を振ってくる。このまま納めてもいいが、ここは流れに乗っておくことにする。私は手で顔を覆って泣く振りをしながら
「え、そんなに否定するってことは、私のこと嫌いってこと!?」
「い、いや! 違う! 好き! 先生のこと好きだから!」
「おっとぉ? ここでヒナの大胆告白だぁ! 両思いだねぇ!」
「違うから! いや、違わないけど…!」
どんどん墓穴を掘っていくヒナ。あまりに興奮しすぎて涙目になってきている。さすがにちょっと可哀想になってきた。
「ヒナっち。そろそろヒナのキャパオーバーだから終わろうか」
「もっと見ていたかったけど…まぁ仕方ないねぇ」
「もぅ…二人とも悪乗りしすぎ…」
ヒナは頬を膨らませて拗ねるようにそっぽを向く。その様が普段の大人びた姿とはかけ離れており、実に年相応に見えた。
「ごめんヒナ。ヒナの慌てる姿が可愛くて…。どうしたら許してもらえる? 何でもするから…」
「何でも…?」
「うん、何でも」
「そうね…」
私が何でもと言うと、ヒナは目を閉じて真剣に悩み始めた。ヒナならばボーダーを超えた要求はしてこないだろう。まぁ、ヒナならば超えたとしても多少は構わないが…。
ヒナはたっぷり3分程悩んだ後、「あ…」、とか「えっと…」、とか迷うような素振りをしつつ、ようやく告げてきた。
「その…頭…撫でてほしい…。いややっぱ何でもない…。何もしなくていい」
散々悩んで絞り出した答えは何ともささやかなものだった。ハードルを越えるどころか、地面の下を潜っていくようなレベルではないか。しかも、その小さな希望さえ自ら押し殺してしまう。どうしてそこまで自尊心を削れるのだろうか。
「ヒナ…わかった。頭出して」
「え、あ…うん…」
ヒナは食事をしていた手を止めると、先ほどまで散々渋っていたことが嘘のように、身を乗り出して大人しく頭を差し出してきた。しかし、何かを恐れるかのように目が固くつむられていた。まるで、親に怒られるのを覚悟している子供のように。
そんな彼女の頭にそっと手を載せる。ヒナはその瞬間ビクっと肩を震わせ顔を強張らせたが、少しの間手を動かさずにいるとそれもなくなった。
私はそれを確認し、ヒナを怯えさせないようにゆっくり手を動かす。ヒナの髪質は柔らかで、いつまでも触っていたくなるほどだった。
そのまましばらく撫で続けていると、ヒナも安心してきたのか、まるで猫が甘えるように頭を擦りつけてくる。表情も普段の仏頂面とは違って、蕩けたものになっていた。
その安心しきった表情をいつまでも見ていたいと思って撫で続けていると、突如隣から
咳払いが聞こえてくる。
「えっと、その…食事続けてもいいかな?」
「えっ…あっ…。そ、そうね。食事中だったわね…」
「ああ、そうだね。ごめんヒナっち。ヒナっちを置いてけぼりにしちゃって…」
分身体とは言えヒナっちもヒナなのだ。除け者にするのはよくない。反省しなければならないな。
「いや、そういうのじゃないし…ただ食事を続けたかっただけだし…」
そうふくれっ面でボソボソと呟くヒナっち。その不満げな表情やボソボソした口調からそう思っていないことは明白であった。
「やっ、ちょっ! 違うって言ったでしょ! もうっ!」
ヒナっちの頭に手を伸ばし、ヒナと同じように優しく頭を撫でる。彼女はそれに口では抗議をしてくるが、まったく嫌がる素振りは見せない。それどころか、食事を続けながらも器用に頭を擦りつけてくる。
その光景に、私もヒナも思わず吹き出してしまう。まるで、気まぐれな猫のようだ。
「えっと…私も足りなかったから…」
そう言うとヒナがもう一度頭をこちらに向けてくる。私はもちろん、と快諾してもう片方の手を伸ばす。
両の手で同じ顔の少女の頭を撫でるという傍目から見ると実に奇妙ではあるが、私にとって———いや3人にとって幸せな時間を過ごした。
公園での撫で撫でをしばらく堪能し中断していた昼食を再開した後、ヒナの家に帰ってきていた。散歩ができる広めの公園といえど、ひたすら何時間も歩き続けるには限界があり、また日頃不摂生な生活をしている私の膝が悲鳴を上げたのだった。
時刻は16時過ぎ。そろそろこの時期だと日の入りの時間だ。
「うーん…割とさっきので欲求は満たせた気がするけど…戻らないね? まだ不満なの? ヒナ?」
「不満って…今までの私からしたら大分進歩したほうだと思うけど…」
ヒナっちの問いにヒナが歯切れ悪く答える。確かに彼女の言う通り、今までの私達からは考えられない距離感になっていた。
朝の時は膝にヒナっち、対面にヒナという形だったのが、今は両脇に二人がいた。ヒナっちが同じく足の間に挟まろうとしてきたが、ヒナが無言の圧力をかけてきたので両脇となった。慣れてきてくれたのか、ヒナと距離が近くなったのは嬉しいことだ。
「ところで、ヒナっちは消えることに不安とか不満とかないの?」
二人が黙ってしまったので、急に話題を変えてヒナっちに話題を振る。
物語としてはよくある分裂もの。消えたくないともう一人が泣く…と言うのは使い古された表現だ。たとえ分身体だとしても、同じ生徒である彼女にも泣いてほしくない。
私がそう尋ねると、ヒナっちは顎に人差し指を当て、しばらく考えた後、
「ん? 別に~? 分裂するまでのヒナの記憶は全部持ってるし、分裂して一日も経ってないしね。それに、先生は私にも分け隔てなく構ってくれるから結構満足してるって感じ」
「いくら分身体だろうが何だろうが、私の生徒であることに変わりはないんだから。そこに優劣をつけるのは違うよ」
「さらっとそういうかっこいいことを言う~。けど…それって裏を返せば誰も特別扱いしないってことだよね?」
ヒナっちは私の腕に抱き着きながら笑顔でこちらを見上げる。茶化した雰囲気を出しつつ、しかしその瞳の奥は真剣そのものだった。
「…えっと…それは…」
「先生、答えて」
「…」
ヒナっちは有無を言わせない勢いで迫ってくる。その迫力に飲まれ、私は返事に窮してしまう。
確かに彼女の言う通りではある。誰か一人を特別扱いしてしまったら、優劣をつけてしまったら、確実に誰かしらの不満が出る。それは今後の活動にも差し障るし『先生』として望ましくない。
「やめなさい、私。先生が困っているでしょう?」
「…先生を困らせたいわけじゃない…。けれど、ヒナだって自分だけを見てほしいでしょ?」
「それは…否定はしない…。けれど、その願いはお互いのためにならない。願ってはいけない我儘」
ヒナはそう言うと、悲しそうに顔を伏せる。違う…ヒナにそんな顔をさせたいわけじゃない…。
「えっと…ごめんなさい…。少し…一人にさせて」
「あ…ヒナ…」
ソファーから立ち上がり部屋を出ていくヒナの後ろ姿に、私は力なく手を伸ばす。しかし追いかける勇気もかける言葉もなく、その手は力なく下ろされる。
「…結局のところ、今までうまくいかなかったのは私に一歩踏み出す勇気が足りなかったから…。ようやく気付いたよ」
私は、顔を覆うように手を当て、自嘲気味に呟く。確かにヒナの主張は控えめ…どころかほぼ無である。気づかれないように、必死に心を押さえつけている。けれど、彼女もたった17歳の少女。どこかで必ずSOSを出していた。
『……補習授業部は、先生が守るのよね?』
思い返せばあれが彼女の救難信号だった。
『じゃあ、私は誰が守ってくれるの?』
きっと続く言葉はこんな感じであったのだろう。あの時、私は補習授業部で手一杯だった。いや、これも言い訳か。傷ついて、辛くて、助けてほしい人にとってそんな事情は関係ない。
「…確かに、それはあるかもね」
ヒナっちが私のぼやきに同意するように呟く。
「けど、言わないと伝わらない。言わなくても気付いて欲しいっていうのは…傲慢で、我儘」
「いいんだよ、我儘で、甘えたって」
「それなら…今日一日だけでも…もうちょっと特別扱いしてあげてもいいんじゃない? 私は満足したからさ。ヒナの部屋はドアを出て左だよ」
「わかった。行ってくるよ」
そう言って私はソファーからゆっくり立ち上がると、大きく深呼吸をする。そして、ヒナっちの頭に手を載せ、その柔らかい髪をわしゃわしゃと撫でる。
「ちょ、先生。いきなり何するの?」
「ヒナっちにも助けられたからね。ありがとうって」
「もう、先生…。特別扱いするって言った直後なのに」
「ヒナっちはヒナだからね。問題ないんだよ」
私がにっこり笑いながら言うと、ヒナっちは『なにそれー』、と呆れたように苦笑いする。ヒナっちは、私の手で乱れてしまった髪を整えつつ、満面の笑みでこう言った。
「頑張ってね、先生」
ドアの前に立つと大きく深呼吸する。けれど、それでも動悸は収まらず、手汗も滲んでくる。足も震えて逃げ帰りたい気持ちもあるけれど、それは決して許されない。
私はもう一度だけ深く息を吸うと、意を決してドアをノックする。
「ヒナ…入っていい?」
「…どうぞ」
ヒナから許可が出たので、ノブをひねりドアを開ける。緊張ゆえの手の震えから、その手つきには普段以上に慎重なものになってしまった。
「えっと…ヒナ…その…」
「先生、私は大丈夫だから。気にしないでいいよ」
私がなかなか言葉を探せず逡巡していると、ヒナはそう言った。何でもないことのように笑いながら言っているが、その表情は強張っているように見えた。何でもない…わけがないのだ。
私は、またヒナに無理させてしまっていることに気付き、居ても立っても居られず、何も考えずに行動に起こした。ヒナに近づくと、その小柄な体をぎゅっと抱きしめる。
「え、あ、ちょ…その…何が…?」
腕の中からヒナの困惑した声が聞こえる。動きはフリーズしてしまっており、何が起きているのかわからない様子だ。
「ごめんヒナ、なんか色々考えたけど、もうわからなくて…本当は大人だからしっかりとできればいいんだけどね…」
「え…あ、うん…」
しばらく無言でヒナを抱きしめていると、彼女からもおずおずと私の背中に腕を回してくる。そして、確かめるように何度か私の背中を撫でてくる。
「ねぇ先生…先生も怖いの? 先生も悩むの?」
「怖いよ。導く立場というのはつまり、私の選択一つで皆をおかしな方向に持って行けちゃうということだからね。一杯悩むよ。結局のところ、大人だって長く生きて経験を積んだからなんとなく対処できるってだけだし」
そう私は愚痴のように吐露する。私は生徒を戦闘指揮する役割と、生徒を教え導く二つの役割も担っている。指揮を間違えて、生徒を傷つけてしまったときなど激しい自責の念に襲われる。
教え導くと言っても勉強を教えるわけでもないから、教えるのは人間性とか倫理面とか心の方面。自分の心でさえままならないのに、他人を救うなんてなんて傲慢か。思い悩んでいる生徒がいるとき、背中を押す方向を間違えてしまった場合…その道の先は奈落かもしれないのだから。
色々ごちゃごちゃ考えていると、なんだか涙が溢れてくる。私の体の震えでそれがわかったのか、私の背中に添えられているヒナの手が、まるで子供をあやすようにさする。
「先生も私と同じなんだね…。皆に頼られて、自分でしかできないやらなきゃいけない仕事がどんどん降ってきて…。それのどれかを一個でも間違えると大変なことになって…」
「でも、私は…皆に戦闘で守られてばかりで、だからこそ…」
「じゃあ、それこそ先生の心は誰が守るの? このまま抱え続けたら、私みたいにきっと折れてしまう。一方的にどちらかがどちらかを支えるなんてそんなの歪でしょう? だから、頼ったっていいの」
「私は…私は…」
私はヒナのことを無言で強く抱きしめる。その体はともすれば折れてしまいそうで、そんな彼女に慰められているのがとても情けなくて。
けれど、ヒナはそんな私のことを非難など決してせず、いつまでも私の背中を撫で続けていた。
しばらくそうしていたが、お互い気持ちが落ち着くと恥ずかしくなってきたので、どちらからともなく体を離す。
「ごめん、ヒナ。ヒナを慰めに来たのに、なんだか私が慰められる形になっちゃって…。それに結局特別扱いについてはうやむやだし…」
私は恥ずかしさを誤魔化すように咳ばらいをしつつ謝る。ヒナに感情を吐露した挙句、抱きしめて泣くという何とも酷い痴態を見せてしまった。
私の謝罪にヒナは優しく首を振ると、まるで慈母のような柔らかな笑みを浮かべる。
「先生が思っていることを教えてくれて嬉しかった。今まで悩むことなんてないんだろうな、って思ってた先生が私達と同じだってわかったから安心した。他で弱みを見せない先生が私にだけ見せてくれる…十分特別扱いじゃない?」
「ヒナ…」
「それに…甘えてくる先生もちょっと可愛かったし…」
「可愛いって…喜んでいいのかわかんないな…」
私はバツが悪そうに頭を掻く。可愛いって言われてもどうしていいかわからない。ヒナが可愛いって言われて戸惑っていたのがなんとなくわかった気がする。まぁ、ヒナなりに茶化して気遣ってくれたのだろう。本当に頭が上がらないな。
「ふふ、そうやって照れてるのも可愛い。いい子いい子」
「えぇぇ…」
ヒナは笑いながらまるで子供に接するように私の頭をポンポンと撫でる。完全に立場が逆転してしまった…。これでは私が甘やかされているじゃないか。
「まぁ、私のことはいいとして…ヒナっちにお礼を言いに行かなくちゃ。背中を押してくれたのあの子だし」
「私に背中を押されて私に会いに来るって、パッと聞いただけでは意味が分からない話ね。けど、確かにそうね…たとえ自分自身だとしても」
私たちはお互いの意思を確認すると、ヒナっちに会いにさっきまでいた客室に向かう。ヒナっちに会ったら、お礼を言って頭を撫でよう。またさっきみたいに怒られてしまうかもしれないが。
そう思いを馳せつつ、部屋の扉を開けると、そこには誰もいなかった。
「ヒナっち…?」
声をかけるも返事は返ってこず、私の声は無人の部屋に吸い込まれる。辺りを見回してみるもそう広い部屋ではない、すぐに見終わってしまう。すっかり日が落ちてしまって暗くなった部屋は、余計に無人さを強調させる。
「ヒナ…ヒナっちが…」
「ええ…そうね…。ほら見て、あそこ」
ヒナがそう言って部屋の一角を指さす。そこには先ほどまでヒナっちが着ていたはずの白いワンピースが落ちていた。
「先ほどのやり取りで私が満足してしまったから…。私の不満で分裂したのなら、私が満足してしまえば元に戻ってしまう」
「そんな…ヒナっちが消え…」
「消えてないわ。元に戻るって言ったでしょう? あの子の思いも全部私の中にある。だから、自分を責めたらダメ。分かった?」
「あ、ああ…」
ヒナの言葉に今一釈然とせずも、彼女の言葉を信じるしかない。だから、私はヒナに———ヒナの中にいるヒナっちに向き合い頭を下げる。
「ありがとうヒナっち。君のおかげでヒナと打ち解けられた。本当にありがとう」
「ありがとう…私…」
ヒナが目をつぶり、胸に手を当てて言う。その姿を見ると、本当に彼女の中にヒナっちがいると感じられるのだった。
後日、私はゲヘナ学園の風紀委員室に向かっていた。ヒナに会いたいから、という理由もあるが、あの日は急に休みになったであろうと思われるため、忙殺されているヒナを労いに行くのがメインの理由だ。
ドアをノックし名乗ると許諾の声が聞こえる。私はドアノブを捻って開け、入室する。中を見渡すと、ヒナ、アコの二人がいた。
「やあ、ヒナ。遊びに来たよ」
「いらっしゃい先生」
私が挨拶すると、ヒナは手元で処理をしていた書類から顔を上げて、笑みを浮かべながら返してくる。
「なっ!? 私のヒナ委員長があんなに嬉しそうな顔をして!? 何をしたんですか!?」
アコが私とヒナの和やかな雰囲気を察して悲鳴染みた声を上げる。というか、私のヒナ委員長って欲望が漏れているぞ。
「そういうのいいから、先生にコーヒーを出して」
「ですが!」
「アコ」
「くっ!」
ヒナの場を収める発言にアコが食い下がろうとするが、ヒナにひと睨みされて押し黙る。そして、唇を噛みしめてこちらを睨みつつ、私に出すコーヒーを準備し始める。
「ところで先生、今日はどうしたの?」
「ヒナに会いたかったから、じゃダメかな」
「だ、駄目じゃないけど…むしろ嬉しいけど…」
私は近くにある椅子に腰かけつつ、ヒナに返答する。あまりにストレートな発言にヒナは顔を赤らめてもごもごと言う。しかし、それ以上は言わずに恥ずかしさを誤魔化すように書類仕事に戻った。
「どうぞ、先生。雑巾のしぼり汁で淹れました」
「えっ…」
「嘘です」
アコは私の机にコーヒーを置くと、不敵な笑みを浮かべて自席に戻る。本当にしぼり汁じゃないよね?
「訪問の理由だけど、会いたかったからっていうのも嘘じゃないんだけど、先日のあれ突発休だったでしょ? だから忙しくしてるんじゃないかなって心配して見に来た」
コーヒーを一口すすり、ここに来た二つ目の理由を告げる。ちゃんと美味しいコーヒーの味で安心した。
しかし、私としては何気なく言った発言に、ヒナのペンを動かす手がガクッとずれる。
「突発休? ヒナ委員長、先日の休暇は計画休ですよね? エデン条約お疲れ休みという名目で。現にイオリとチナツはそれでお休みのはずですが…」
アコはスケジュール表を取り出して、困惑しながら確認する。ヒナは先ほど以降ピクリとも動かない。
「…ヒナ?」
ヒナに目を向けるが、やはり微動だにしない。
そうしていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「山海経高級中学2年練丹術研究会の薬子サヤなのだ。先日の薬の代金を貰いに来たのだ」
「サヤ…?」
「おお、先生もいるのか。お邪魔するのだー」
そう言うとサヤは入室許可を出していないにも関わらず扉を開ける。
「サヤ、どうしてここに?」
「先ほども言った通り、ゲヘナ風紀委員長に依頼されて作成した薬の代金を受け取りに来たのだ。振込でもできるけど、やはり直接感想を聞きたいのだ」
ヒナがサヤに薬を…? 一体何の薬だ?
「さて、ぼく様が作った分裂薬の効用はどうなのだ? 仕事が忙しすぎるから倍の速度で仕事ができる薬が欲しいという依頼だったが。依頼時の表情が実に鬼気迫っていたから、今回はしっかり作ったのだ。まぁ、半日ほどしか持たないのはご愛嬌だな」
「…ねぇサヤ、その薬は不満が溜まると分裂するとか、分裂したほうは性格が変わるとかある?」
私は念のため、サヤに確認する。すると、サヤは不思議そうな顔をして、首を横に傾けながら
「不満? 何の話なのだ? 確かに面白そうなギミックではあるものの、そんな効果はつけてないのだ。それに性格も変わらないのだ。もし、変な性格になったら依頼が達成できないのだ」
「…」
私は無言でヒナに目をやる。ヒナは、少し離れているこちらからもわかるほどに耳まで真っ赤にさせ、肩を震わせていた。
「むう…どうやらお取込み中のようなのだ。また後日来るから、その時に聞かせてほしいのだ」
サヤはこの部屋に漂う微妙な空気を察したのか、返事も待たずにすたこらと去って行った。爆弾をまき散らすだけまき散らして帰ったぞ…。
「ヒナ、少しだけ、お話があるんだ」
「ヒナ委員長、私も混ぜてもらっていいですか?」
アコと二人、ヒナを取り囲むようにして近づく。ヒナは顔を上げず、依然黙秘を貫く構えのようだ。
一日中ヒナを手伝うつもりで来たのだ。時間はたっぷりある。計画の全貌をじっくり聞かせてもらおうか。今日はヒナのどんな可愛い表情が見れるのか、楽しみである。
こちらの作品はpixivの方にも掲載してあります。