僅かな燭台と写真立てを乗せた円卓。そこに座るのはスーツ姿の男が2人。円卓を囲う椅子の数に対して、座っている人数は少なかった。
「失礼。私が最後のようだな」
身体中から軋むような音を鳴らしながら席に着いたのはゲマトリアの1人。頭部を2つ持ち、身体が木で出来ている芸術家……マエストロだった。燭台の火が彼を怪しく照らす。
「全く……呼んだのはあなたでしょう」
同じく燭台の近くに座っていたのが、スーツ姿に真っ黒な頭部。顔にひび割れのように入った白い模様が目と口のように見える男……かつてアビドス高校に策略を張り巡らしていた黒服だった。足を組み、苛立っていることを隠そうともしない態度。マエストロはそんな黒服のことなど一切気にせずに席についた。
「今日君たちを呼んだのは他でもない。かの人物についてだ」
彼らには目的があってキヴォトスで活動している。しかし、その目的を阻むのがキヴォトスに存在するイレギュラー……キヴォトスの学校に通う少女たちが「先生」と呼ぶ人物について議題を挙げた。
「私はかの人物が使う秘めたる神秘……大人のカードの力を見たのだ!」
ギシリと音を鳴らしながら両腕を高く上げ、ミュージカル俳優のように話し出すマエストロ。そんな彼にしびれを切らしたのか、黒服が椅子から立ち上がる。
「あなたの講談を聞きにきたわけではありません。忙しいので失礼させてもらいますよ」
黒服がそのまま立ち去ろうとする。マエストロも彼を止めずに、大人のカードについての説明に夢中になっていた。
「まぁまぁ、待ちたまえよ。君にも事情はあるのだろうけど、聞く価値はあるんじゃないか?」
去ろうとする黒服を止めたのはもう1人の参加者。2人とは対照的に、燭台から離れた真っ暗なスペースに座っていた。しかし、声が出ているのはその座っている人物ではなく、机に置かれた写真立てからだった。
「ゴルゴンダ……あなたはいつもそうやってマエストロに付き合うのですね」
「そういうこった!」
静止されても黒服はすぐに座ろうとしない。ゴルゴンダの側にいるゴルゴンダの代行者、デカルコマニーが元気よく返事をした後写真立ての中で正面を向いているゴルゴンダは笑いながら話した。
「君もあの人と対立したことがあるのだろう。あの時は現地の生徒たちの反抗に失敗したのが君」
デカルコマニーが黒服を指差す。
「あの人の切り札を使わせたマエストロの話は面白くないかもしれないけど、聞いといた方がいいんじゃないかな?」
黒服はゴルゴンダとデカルコマニーを見つめた後、椅子に座った。
「喋りであなたに勝てる気がしませんからね。今回は引き下がるとしましょう」
「あぁ、助かるよ。君は理論的に話せば分かってくれる方の人物だと信じていたからね」
「そういうこった!」
黒服が席に着き、いよいよマエストロの話を聞く準備が整う。しかし、当のマエストロは黒服が聞く聞かない問わず、勝手に話し続けていた。
「惜しむらくはかの力に対抗すべし、兵器の存在。あれがもしも完成品……いや、オリジナルを越えし……至高へ至るに足る存在であったのならば……」
黒服が頭を抱える。デカルコマニーは黒服に向かって軽く謝罪するかのように手を合わせていた。
「私が理論的に話せば分かるほうだと言うなら……」
「あぁ、間違いなくマエストロは分かってくれないタイプさ」
自分の話をマシンガンのように話し続けたマエストロ。やがて、先生にまつわる話が終わると、手を大きく広げたまま称賛の拍手を待つように姿勢を維持していた。拍手をしたのはデカルコマニーだけだった。
「して、ゴルゴンダよ。かの力になんと名をつける。私はそれが今一番知りたいのだ」
マエストロはゴルゴンダを見つめる。興奮冷めやらぬと言ったようか、いつもより興奮気味なマエストロ。しかし、デカルコマニーはすぐに両手をすくめた。
「結論から言うと『脚色が多すぎて参考にならない』かな。直接見ない限りは命名のしようがない」
「そういうこった!」
マエストロの話に脚色が多く、参考にならないのも理由の1つ。しかし、それ以上に「マエストロには分かりやすく説明することが出来ないだろうからこれ以上は時間の無駄」というゴルゴンダの本音もあった。
「そうか。ならあの輝きはしばし私の胸の中に秘めておくとしよう」
椅子の背もたれに身体を預けるマエストロ。そのやり取りを聞き流していた黒服が再び立ち上がろうとしていた。
「もう話は終わりでよろしいでしょうか。私もそろそろ時間なので」
デカルコマニーもいつでも立ち上がれるように写真立てを抱える。しかし、そんな2人に待ったをかけるようにマエストロが喋り始めた。
「あの事件に関与していたのは私だけではないのかもしれない。君たちも心当たりがあるだろう」
マエストロにとっては雑談のつもり。しかし、黒服とゴルゴンダにとってはそれが本題であった。自分たちの目的のために協力してはいるが、互いの「真の狙い」までは把握しきれていない。ここにはいない4人目、多くの目を持つアイツについて情報を持っておくのは悪くないことだった。
「あの学校に通う子たちを本当に駒としか見てないらしいからね。黒服……君がアビドス自治区にいたとき、何か接触はあったかい?」
「私の把握するかぎりはなにも」
それとなく探ろうとするゴルゴンダに、知っているのか知らないのか、情報を渡そうとしない黒服。いつまで続くか分からない情報戦はマエストロによってあっさりと中断された。
「私の目的は満たされた。また会おう……」
椅子から立ち上がると、来た時と同じように身体を軋ませながら去っていく。マエストロにとって腹の探り合いなど、心底どうでもよいことだった。最初から最後まで堂々と自分らしい立ち振る舞いを見せたマエストロに黒服とゴルゴンダも追従する。簡単に言ってしまえば「真剣に対応するのが馬鹿らしくなってきた」だけだが。
「さて、それじゃあ私も失礼しようかな」
「そういうこった!」
デカルコマニーがゴルゴンダを抱え、杖を用いて歩き始める。そのままゆっくり退室しようとするのを黒服が声をかけた。
「ゴルゴンダ。あなたはこのまま見守り、名を与えるだけに留まるつもりですか?」
黒服の問いかけにデカルコマニーが止まる。今日初めて、ゴルゴンダが本心から笑った。
「まさか、私がそこまで世捨て人のように見えますか? あなたと同じように好機を待っているだけですよ」
黒服は何も答えない。そして、答えることを期待していないようにゴルゴンダは話し続ける。
「地に固執するホルス、無垢なる兵器、虚に抗う無……今分かっているだけでもこれだけ面白いものがある」
「そういうこった!!」
今まで以上に声が大きいデカルコマニー。普段は淡々と話すゴルゴンダの声が少しずつ興奮に包まれていく。
「あなたも見たでしょう、あれほど興奮するマエストロを。あなたも聞いたでしょう、大人のカードが垣間見せた力と言うものを」
ゴルゴンダの話を聞いて黒服が耐え切れなくなったのかあくまでも紳士的に笑い始めた。
「私もそろそろ……行動を起こすべきなのかもしれませんね」
「そういうこった」
デカルコマニーの言葉で締めたのかゴルゴンダとデカルコマニーはそのまま消えるように退室した。マエストロとは真逆にいついなくなったのかも分からない。
「ゴルゴンダ、あなたは私を理論が通じる方に分断しました。そしてマエストロを通じない方に」
燭台の火を消して、回る黒服。最初にこの部屋に来て、最後に帰ることになっていた。
「あなたはどちらなのでしょうか」
誰もいない空間で1人、黒服が尋ねる。答えを返す人がいないことを知りながらも、好奇心の前には聞かざるを得なかった。