エデン条約短編祭   作:キノッピ

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おくりもの(作・莉結)

「先生、待ってたよ。」

 トリニティの繁華街の少し裏手に入り、モモトークで指定されたカフェを訪ねると差出人のアズサが出迎えてくれた。

 

「こんにちは、先生。」

「……来たんだ、先生。」

 ハナコとコハルも同席しており、一人を除けば補習授業部の面々が勢揃いしていた。

 

「お疲れ様、みんな。……ところで、ヒフミは?」

 私は除かれた一人について、アズサに問うた。

 

「今日は、そのヒフミについての相談だ。」

 アズサが、真剣な面持ちで口を開いた。

 

「それは、どういう相談かな。」

 それに呼応するように私も神妙な面持ちを彼女達に向ける。事と次第によっては……

 

「……ヒフミに、御礼をしたいんだ。」

「御礼?」

 後暗い可能性はどうやら杞憂だったらしく、余りのギャップに拍子抜けした私の口から素っ頓狂な復唱が漏れた。

 

「そうです、前回……そして今回の追試で私達の為に色々気を揉んでくれていたヒフミちゃんの為に、私達で何か出来ないかと思いまして。」

「ヒフミは補習授業部の為にあれだけ頑張ってくれていたし、あの頑張りに助けられたし──何より、私の……私達の大切な仲間だから。」

「私は別に……でも、何だかんだお世話にはなったから一応ね。」

 思い思いに言葉を紡ぐ3人を見て、ヒフミが彼女達に慕われている事実に自分事の様に少し胸が暖かくなった。これは、是非とも本人に聞かせてあげたいが──まだ、その時じゃない。

 

「でも皆、こんな人気の疎らな所に私を呼んだって事は……彼女には秘密にしておきたいんだろう?」

 

「ふふっ。先生にはお見通しなんですね。いわばこれは先生も含めて私達4人だけの秘め事……今から私達はヒフミちゃんに内緒で組んず解れつ……」

「するか! あんたまた変な事ばっかり言って!」

「……私は、友達にプレゼントを贈るのも、サプライズを仕掛けるのも初めてで……その、正直ワクワクしてるんだ。とはいえ、奇襲なら散々仕掛けて来たけど、サプライズは勝手が分からなくて。」

 久しぶりに会った筈なのに、久しぶりの感じがしないいつも通りの面々を見ていると嬉しくなって来る……のと同時に、会話の部分部分から伝わって来るクセの強さに少したじろぐ。彼女達に的確なツッコミを繰り返していたヒフミはやはり普通じゃないな。

 

「……丁度私も同じ事を考えていてね。ヒフミを驚かせてやろうか、皆。」

 

「……うん!」

「はい♪」

「……しょうがないなあ。」

 

「良い返事だ。それで、プレゼントを買いに行く日だけれど、ヒフミは──」

 

「3日後にトリニティの外で行われるモモフレンズのライブに遠征予定、ですよね。」

「流石ハナコ、情報も把握済みって訳だ。」

 如何にも用意周到な彼女らしい。

 

「……ねえ、ヒフミって何あげたら喜ぶの? モモフレンズの何か?」

「コハル、正解。あの子はモモフレンズのグッズを最近頻りに欲しがって居たよ。お金が幾らあっても足りません!って嘆いていたし。」

「分かりやすっ……」

 コハルが模範解答を出した後、私の解説にちょっと引いた顔をする。どうやら、モモフレのグッズを喉から手が出る程欲しがるヒフミのセンスは未だに理解出来て居ないらしい。

 

「ヒフミのモモフレンズに対する情熱は本物だからな……とはいえ、あれだけ買い込んで居ては幾らトリニティの生徒と言えど金欠になるのも無理は無い。」

 トリニティの生徒──とりわけアズサから『金欠』という言葉を聞く事になるとは思わなかったが、それも仕方の無い事だろう。ヒフミはそれほどモモフレンズにご執心なのだから。部屋の中も凄い事になっているし。

 

「ただ、どれが一番欲しいかまでは分からないんだよ……期間限定の特大ペロロぬいぐるみか、Mr.ニコライの著書《善悪の最果て》か、ピンキーパカのパジャマ上下か……どれも同率一位な気がしてならないんだ」

「先生……?」

 最適解を導き出せず、思い付く限りの候補を諳んじる私を汚物でも見るような目で睨むコハルの視線を飄と受け流しつつ、思案する。

 

「……そういえば花見仕様のペロロ様ぬいぐるみについて、補習授業部で顔を合わせる度に話していましたよ。」

「ハナコ、それ本当?」

「ええ、余程それが欲しいのでしょうね……宛ら恋する乙女のようにそれはもううっとりと……。」

 私が導き出せずにいた最適解を、ハナコは持っていた。つまり答えは最初から分かって居たようなものじゃないか。

 

「ハナコ、君ってやつは……。」

 答えの分かっていた問答に力が抜けた私は皮肉を口にする。もう、この子達に関しては心配要らないだろうな。多分大概の事はハナコが何とかしてしまうのだろうから、後は放っておいても……

 

「ふふっ。そんなに褒めても何も出ませんよ? 先生がどうしてもと言うなら吝かでは有りませんが……」

「……ハナコ、本当に君ってやつは……。」

 ……前言撤回、ちょっとこの浦和放っておけないわ。

 

「遠慮しなくて良いんですよ? ほら、先生……?」

「ちょっと……こんな所であんた達何しようとしてるの!? バカ! 淫乱!!」

「そこのピンクシスターズ静粛にしてて……何だか段々頭痛くなって来た」

「だ、誰がハナコなんかと!」

「あら、つれないですね……。」

「プレゼント送るの、楽しみ……!」

 ……私は改めて、彼女達のまとめ役をしていたヒフミの凄さを思い知った。

 

「ところでハナコ、答えが分かっていたならどうして……」

 場の収拾を一旦放棄して、ハナコに議論が茶番に成り下がった件について抗議してみる。これならわざわざ私が出て来るまでも無かっただろうに……二徹明けだし。

 

「せっかくですし、皆であれこれ言い合った方が楽しそうじゃないですか♪」

「……こんな幸せな議論、する事も無かったですし。」

「ヒフミちゃんが分かりやすすぎて思った以上に円滑に進み過ぎてはしまいましたけど。」

「……」

 苦笑いするハナコを前に私は口を噤んだ。そうか、この子は──こんなやり取りも、ろくに出来ずに来たんだなあ。

 

「でも、ヒフミちゃんのそういう裏表が無い所は私も好きですけどね♪」

「私も好きだよ。」

「その上で……ハナコも、裏も表も使い分け無くて良いって事、少し分かったんじゃない?」

「先生……くすっ。そうかもしれません」

 一瞬呆気に取られた後、ハナコは小さく笑った。それはまるで蕾が綻ぶようで──

 

「よく分からないけど、私もヒフミの事は好きだ」

「皆で好きとか何言ってるの!? 恥ずかしくないの!?」

「……こやつめ、ハハハ」

 ──無垢な物騒少女と脳内ピンクに余韻を爆破された私は、カラカラと乾いた笑いしか出来なかった。

──────────────

 某日のトリニティ繁華街は、学生達でごった返していた。天を仰げば青く澄んだ空が穏やかに広がっていて、絶好のライブ日和と言った風情だった。

 

「うふふ、ここに来るとあの真夜中を思い出しますね」

「そうだね……先生としてはどうかと思うけど、何だかんだ楽しかったよね」

「先生、今日は何処へ向かってるの?」

「ヒフミが言ってた、限定ショップだけ扱う店に行こう。私が昨日覗いて見たらまだ在庫はあったからね。」

「流石先生、事前に偵察に行くとは抜かりが無いな。」

「まあね」

 まあ、本当は別件のついでなのだけれど。

 

「それなら、先生が買っておいてくれれば良かったのに」

「それじゃあ意味無いだろう? それに私も今ね、金欠なんだ……。今月はカップラーメン生活かなあ。」

「あら、シャーレでのお仕事はそこまで薄給なのですか?」

「ごめん、完全に私の落ち度。」

「先生、この先の不測の事態に向けて常日頃蓄えは肝要だ。もう少し計画的な消費をすべき。」

「あはは、面目ない。」

「ほら、着いたよ皆。」

 何処かの会計担当に言われた言葉と寸分違わないそれに苦笑しつつ歩を進めていくと、件のモモフレンズショップに到着した。

 

「うわあ……!」

「うわあ…………」

 同じ三文字で明暗がくっきりと分かれるアズサとコハルを、吹き出しそうになりながら見ていた私は一秒の後、ショーケースのメカペロロのプラモデルに目を奪われていた。

 

「先生、そろそろ行きましょうか」

「う、うん。そうだね」

 ハナコに促され、私と補習授業部の面々は店に入った。あのメカペロロは、後でしれっと買いに行こう。

──────────────

「最後の一つ……紙一重だった。」

「最後の一つ……買えてよかった。」

 

 店の外で安堵の表情を浮かべて限定ペロロぬいぐるみを抱えるアズサに被せる様に、メカペロロ入りの紙袋を抱えてホクホク顔の私が言う。

 

「ちょっと!? 金欠って言ってなかった!?」

「ん、ああ。食事をカップラーメンからモヤシに下方修正したら帳尻合うかなって。」

「うわあ……ダメな大人……。」

 キャンキャン吠えるコハルに本気で馬鹿にされたが気にしない。私は私の正義を貫いたに過ぎないのだ。

 

「あらあら……先生は本能のままなのですね?」

「……悔しいけど否定出来ないなあ」

 

「おいてめえ! あたしが先だったろうが!!」

「どう考えても私が先にタッチしたに決まってるだろ!!」

「やるか!?」

「上等だ!!」

 

 私達の軽口と対象的な怒鳴り声、そして銃声が先程まで居た店内から聞こえて来た。あー……これはちょっと拙いやつかもしれないな。

 

「ごめん、ちょっと行ってくる」

「先生、私も行く」

「え、ちょっと先生!?」

「コハルちゃん、私たちは待ってましょうか。先生なら大丈夫です。」

 ハナコとコハルに見送られ……てもないが、私とアズサは店内に飛び込んだ。

 

「ストーップ、君たち。グッズが滅茶苦茶になっちゃうからね」

「あ? 何だお前」

「……シャーレの先生じゃん!」

 銃撃戦を繰り広げていたチンピラ達が此方の正体に気付いて手を止めた。聞き分けのある子達だったのが救いか。

 

「聞いてくれよ先生! こいつがあたしのメカペロロを!!」

「いーや違うね! 最後の一体に先に触れたのは私だ!!」

「なるほど。」

 話を聞く限り、どうやら今私の手元にあるメカペロロが、問題解決のキーアイテムになりそうな案件だった……でもこれは、これは……!

 

「話は分かった。じゃあ君はそのメカペロロ様をレジに持って行きなさい。そして君には私のメカペロロ様を売ってあげよう。」

「良いのか!?」

「その代わり、もう暴れるのは無しだ。店員さんに謝って来なさい。話はそれからだ。」

「分かったよ……行こうぜ」

「そうだな……」

 思いの外素直な生徒達で助かった。相手によってはアズサの力を借りる必要があったのだけれど。

 

「先生、大丈夫そう?」

「うん、心配要らないよ。護衛ありがとうね、アズサ。」

 その後、禊を済ませたチンピラ達の手にはメカペロロが渡って、私の戦利品はvanitasした。

────────

「ただいまー。」

「お疲れ様でした、先生。」

「先生、さっき買ってたやつは?」

「ん、ああ。問題解決のキーアイテムとして消費してきたところ。」

「うん、あの時の先生は格好良かった。まるでスカルマンみたいに。」

「……ふーん。」

「ふふっ。先生らしいですね」

「まあ生徒達の為になったなら本望だよ。」

 思い思いの言葉で以て出迎えられた私は、ちょっとの寂寥感とえも言われぬ満足感に包まれながらそう口にした。

 

「まーたそういう事さらっと言う……。」

「先生、そういう所ありますよね」

「「何の事だ?」」

 コハルとハナコの言葉がよく分からず、アズサと顔を見合わせてハモらせつつ、私達は店を後にした。

 その後は色んな話をしながら帰路に着いた。例えば今欲しい物は何かとか、行きたい場所は何処かとか、他愛も無い話に興じながら学園へと戻るその道中が、かけがえのないものだと私は腹部の傷痕を撫でつつ思ってみるのだった。

 

 

「ところで皆、試験前の息抜きにはなったかな?」

「……やっぱり、先生にはお見通しだったんですね。」

「うっ……確かにちょっと……楽しかったけど」

「うん、これで試験までの追い込みも頑張れる。ありがとう、先生」

「取り敢えず試験を乗り越えて、結果が良かったら私が簡単だけど打ち上げの場を設けるからさ。そこでプレゼントを渡そう、皆。」

「わかった。それなら何としても試験に合格しないとだ。」

「ふふっ、そうですね♪」

「……うん、頑張る」

「その意気だよ皆、それじゃあ今日は解散だね。お疲れ様!」

 最後の最後で少しだけ補習授業部の面々を引き締めて、その日は解散とした。何故ならこの後私にはシャーレの仕事は残っているし、

 

《先生、この後お時間ありますか?》

《少し相談したい事がありまして……》

 今日居なかったもう一人からのモモトークが有るからだ。

──────────────

 翌日、私はトリニティの繁華街のとあるカフェでヒフミと落ち合っていた。

 

「先生、お忙しいところすみません……」

「気にしないでよ、それよりヒフミはライブの疲れとか大丈夫?」

「あはは……確かに少しだけ筋肉痛ではありますが、先生の激務に比べたら全然大した事じゃないです!」

「御理解頂けて恐縮だよ。それで、昨日の話だけど」

「はい……今回の試験、先生のお陰で私含め全員が合格出来そうな手応えがありまして。あ、勿論当日まで勉強は続けますが!」

「……それで、勉強を頑張った皆の為にプレゼントを用意したくて。今回は皆の好きな物を贈りたいんです。前に用意したモモフレンズグッズは賛否両論あったので……あはは」

 昨日から思っていたが、補習授業部の子達は本当に優しい子ばかりだなと心の底から思う。今だってこうして同じ事を考えていて、本当にお互いを大切に思い合えている。きっかけはどうあれ、そこには確かな絆──補習授業部という部活の枠組みを超えた友人として繋がれた絆が、有るんだ……ああ、どうしよう。ちょっと目頭が熱く……

 

「先生?」

「はっ! ごめんヒフミ。それで、私に協力を仰いだって訳だよね!」

「そうなんです、先生なら何か知ってるかなと思いまして……恥ずかしながら私は皆の欲しいものが思い付かなくて……」

「……アズサがスカルマンの何か、コハルは帽子、ハナコは……ごめん、ハナコは分かんないや。」

 ヒフミの相談に、昨日の雑談が活きて模範解答を手の内に握っておいた私は態と穴埋め問題の様に断片的な情報を伝えた。そうする事で彼女の選んだプレゼントは彼女自身が選択したものになるという寸法だ……ハナコの希望に関しては到底言えたものじゃない。アナンガ・ランガもラティラハスヤもヒフミの目に触れて良いものじゃあない。ハナコなら兎も角。

 

「あうう……流石に先生でも完全には分かりませんよね……でも、それだけヒントが貰えたのはとても有難いです!」

「お役に立てたようで何よりだよ。」

「それで、その……先生が良ければなのですが……」

「これから一緒に行こうか。」

「え、良いんですか? というか、何で分かって……」

「ヒフミとは付き合いが長いからね。」

 不安に揺れる双眸がそりゃもう雄弁に「ついて来て欲しい」って訴えかけて来てたらそりゃ分かるよ。無自覚なのかな?

 

「ありがとうございます! それじゃあ、」

「うん、行こうか。」

「はい!」

 元気良く返事をすると、ヒフミは先程まで不安に曇らせていた瞳を輝かせて私の手を取った。

────────────

「先生、今日はありがとうございました!」

「皆のプレゼント、見付かって良かったね」

 繁華街でヒフミと補習授業部員達のプレゼント選びをして回った後、私達はモモフレンズカフェで戦利品の確認をしていた。

 

「アズサちゃんにはスカルマン様のパーカー、コハルちゃんにはいつもの帽子のスペアが買えましたし……ハナコちゃんのプレゼントだけは先生に助けて貰いましたが、これなら皆喜んでくれるはずです!」

「もし欲しいものでないとしても、あの子達なら喜んでくれると思うけどね」

 言いつつ、私は内心舌を巻いていた。断片的なヒントしか与えていないのに、ヒフミはアズサとコハルの最も望むものを当てていた。そしてそれはハナコとて例外で無く……彼女の口からアナンガ・ランガの名前が出て来た瞬間は私の口から心臓が飛び出るかと思った。何というか、最近の高校生は進んでいると感心すべきなのか、諌めるべきなのか逡巡した挙句、今回だけは目を瞑って剰え私が道中の古書店で購入したのだけれど。無論、包装有りで。

 

「先生にはいつも助けて貰ってばかりですね……」

「そんな事は無いよ、大丈夫。」

「いつか必ず、この御恩はお返ししますので!」

「それなら試験に受かってくれればいいよ。終わった後に皆で打ち上げでもしよう。場所は私が押さえておくからさ。」

「そんな事まで……ありがとうございます!」

「喜ぶのはまだ早いよ、まずは試験に合格してから。だからもう少し頑張ろうね。」

「あうう……そうですよね。私、頑張ります!」

「皆で一緒に合格しよう。前みたいに退学は懸かって無いから根詰めないようにね。」

 やる気に満ち溢れたヒフミの目を見て、私は安心した。

 

 これなら、私の計画は頓挫せずに済みそうだ。

─────────────

 トリニティ・スクエアの噴水前、色取り取りの明るい表情を湛えた生徒達の姿を視認した瞬間に私の口角が上がるのを感じた。

 

「首尾は?」

 ニヤリと笑いながら、私は補習授業部の面々に問う。まあ、これ自体が愚問なのだけれど。

 

「やり遂げました!」

「任務完了、当然の結果だ。」

「ふふん、私だってやれば出来るんだから!」

「皆、ヤル気満々でしたものね……うふふっ。」

 思い思いの言葉を口しながら、全員寸分違わず100点満点の答案用紙を私に見せ付ける。

 

「うん、皆よく頑張ったね! それじゃあ行こうか。」

 私は補習授業部の面々を促す。付近に停めておいた、学園から借り受けた車で目指すはあの場所だ。

 

「先生、これから何処へ向かうんだ?」

「……それは着いてからのお楽しみだよ。」

「あら、秘密の場所へ私達を連れ込んで……」

「君が思うような展開にはならないから安心して欲しいし、」

「先生何考えてるの!? まさか車で移動するのもその為……!? 破廉恥なのは……」

「死刑に処されるような展開にもならないからね、残念でした」

「あはは……先生、車の手配までありがとうございます」

「これくらいどうって事無いよ。無許可で暴走したりはしないしね。」

「あはは……」

「何の話だ?」

「覚えてない方が幸せな事だってあるんだよ、アズサ」

 軽口を叩きながら、私の運転で向かったのは──

 

──────────────

「此処は……」

「合宿の時の……」

 そう、私が彼女達を連れて来たのはあの場所。皆で苦楽を共にした、最終的に焼けてしまったその場所だった。

 

「外は相変わらず綺麗ですが、中は以前の戦いで……。」

「先生、どういうつもり?」

「いいからいいから、行くよー。」

 不安に揺れる補習授業部の面々を後目に、私はずんずんと先へ進む。もうすぐだ。もうすぐ、私の悲願は成就するのだ。

 

「さあ、皆。」

「ようこそ、補習授業部合格記念パーティへ。」

 

「「「「……!!」」」」

 何度も潜ったあの教室のドアを開くと、焼け落ちていた筈の机も外壁も殆ど在るべき形に……否、それ以上に新しい姿を得ていた。無論これは、

 

「先生、これは……?」

「シャーレの権限を使ったんだ。とある学校には賃金さえ払えばしっかりと仕事をしてくれる職人達が居てね。」

 多少職権濫用な気もしなくもないけれど、それでも私は彼女達の為にプレゼントを用意したかった。費用に関しては経費処理が承認されなかったので彼是理由を付けてティーパーティーに請求したので懐へのダメージはゼロだ。

 

「ただごめん、全部の部屋は間に合わなかった。少なくとも此処と寝泊まりしていた部屋は……!?」

「せんせええええっ!!!!」

「わあ!?」

 言葉の途中で、私のプレゼントに感極まったヒフミが飛びついて来た。床に押し倒されながら上を見遣ると、アズサもコハルも、ハナコでさえ目を潤ませて居た。

 

「先生、ありがとうございます……! ありがとう、ございます……!!」

 泣きじゃくりながら私への御礼を口にするヒフミの顔は涙やら何やらでぐずぐずになっていて、それが少し面白くて……頑張った甲斐があったと私もほっと胸を撫で下ろす。どうしよう、安心したら眠くなって来た。今日は何だかんだ三徹目だし。

 

「先生、本当にありがとう……私達の為にこんな……」

「これは少し想定外でした……先生はいつもそうやって私の想定を超えた事をしますね……そういう所ですよ、先生……。」

「先生……どうして、ここまでしてくれたの……?」

「頑張った生徒に御褒美を用意するのは至極当然の事だろう。それに、青春の物語を書き連ねるならば、バックナンバーだって必要だと思ってね。」

 遂に落涙した生徒達を前に、いつもの風を装う為に意図を説明していく。あの時のヒフミの言葉を少し借りて、尤もらしい理由を付加していく私の声は、震えてはいないだろうか?

 

「皆、本当におめでとう。前の分も含めて。」

「今度こそちゃんと、打ち上げをやり直そう。」

 在るべき場所で、在るべき形の。一度無に帰してしまった、ささやかな一大イベントの開幕宣言を、私は辛うじて震えて居ない声で口にした。

────────────────

「ところで、この御馳走は何処から?」

 一足早く落ち着いたハナコが当然の疑問を口にする。

 

「全て有志の方からの差し入れです。」

 そう、何を隠そう私も私でヒフミ達が試験勉強を頑張る中で密かに準備していたのだ。トリニティ中を歩き回って、補習授業部に縁のある生徒達の元を訪ね回るのは中々に骨が折れた。

 

「このシマエナガを模したマカロンはもしや……?」

「ご明察、セイアからだよ。」

 言いつつ私はセイアからの預かり物をハナコに手渡す。

 

「……セイアちゃん、相変わらずですね。」

「小難しいと言いますか、気難しいと言いますか……。」

「でも、変わろうとしているのが伝わって来ました……近々また会いに行きます。友人として、積もる話もありますから。」

「うん、そうしてあげなよ。」

 あの事件を契機に彼女が変わろうとしているのは、ティーパーティーの面々から聞いていたし、何より……

 

《親愛なるハナコへ》

 手渡した手紙を収めた封筒に控え目ながら書いてあるそれが、彼女の変化を如実に示していた。書いた本人多分後で赤面しながら狼狽えたんだろうなあ。

 

「この見るからに高級そうなケーキは?」

「ああ、それはミカからだね。丁度コハルに手紙預かってるよ。」

「私に……?」

 

《コハルちゃんへ》と書かれたそれを手渡すと、彼女は食い入る様にそれを読んでいた。

 

「これ、綺麗……」

「アクセサリー?」

 同封されていたアクセサリーに目を奪われていたコハルに声をかけてみる。アクセサリー集めが趣味の彼女がその中の一つを譲るという事は、あの一件が相当彼女の心を揺さぶったのだろう。

 

「……御礼、言いに行って来たら。」

「い、言わなくてもそうするつもりよ! ……あの人の事は、まだよく分からないけど。」

 それならば、これから知っていけば良い。もしかするとその繋がりが、後でかけがえの無い物になるかもしれないのだから。

 

「アズサには……ちょっと待った、数が多い。」

「……うん、ありがとう。先生。」

 差出人は、これまでアズサに救われた生徒達だった。

 

「…………私、氷の魔女なんて言われてたのか?」 「……今気付いたの?」

 自分に無頓着過ぎる彼女に、さしもの私も絶句しそうになる。これからは、もっと自分を大切にして欲しい。

 

「この人達は勝手に救われただけで、私はただ通りがかっただけ。でも、ただ虐げられていた人達が抗うきっかけになれるのなら、悪い気はしない。」

 そう言うアズサの柔らかい笑みは何処か慈愛のようなものに満ちていた。誰だ、この子を最初に氷の魔女とか呼んだのは。否、違うな……アズサも、あの日々を通して変わったのだ。

 

「ぺ、ペロロ様……!! 可愛い……はうう……」

「あ、そのペロロールケーキはナギサからだね」

「ナギサ様からですか!?」

 驚きに小さく跳ねるヒフミに、ナギサからの手紙を渡す……というか、封筒にギッチギチ二詰まってるんだけど何これ、怪文書?

 

「あはは……これは後でじっくり読ませて頂きますね。」

「ちなみにヒフミ、ナギサに聞いてきてって頼まれたんだけど──ヒフミさん、今でも私達は友達ですよね? だそうだ。」

「あはは……どうかな?」

「……えっ」

「ごめんなさい、冗談です。今でもナギサ様は私の大切な……お友達、ですよ。」

 ヒフミさん、その冗談……ナギサ様が聞いたらどう思うでしょうか……。

 

「今度ナギサちゃんって呼んでみようかな……なんて、烏滸がましいですかね……?」

「うーん、多分刺激が強すぎるかもしれないな」

 後から聞かされたけど、ハナコの底意地悪い仕返しがトラウマになってるナギサの事だから、そんな地獄の後に天国を見せるような真似をしたらギャップで気が変になってしまう事だろう。

 

「あはは……でしたら、これまで通りが良さそうですね」

「そこは、これからで良いと思うよ。」

 まだ話せる時間は残されているから、青春の続きも後始末もやり直しも、どうとでもなるんだ。そんな意味も込めて、私は口にした。

────────────────

「そういえば、アレは良いの?」

 テーブルの上の御馳走が粗方片付いたところで私は、わざと名指しをせずに暈した質問を投げ掛けた。

 

「ヒフミ、実は」

「皆、聞いて下さい……実は」

 

「「え?」」

 大きな荷物を取り出したアズサとヒフミは顔を見合わせる。

 

「アズサちゃん、それは……?」

「ヒフミこそ、何をしようとしてる?」

 映し鏡の様な硬直具合に笑いを堪えつつ、

 

「ヒフミから皆へ、皆からヒフミへのプレゼントが有るんだよね?」

 私は双方のネタばらしを盛大に執り行った。私は、この瞬間が見たかったのだ。

 

「先生……まさか最初から知ってたわけ?」

「うん、でも当日皆の驚く顔が見たかったから伏せてた。」

 信じられない、みたいな顔で此方を睨むコハルに事も無げに打ち明けると、

 

「あら……先生も中々に良い趣味ですね?」

 珍しくハナコが笑顔に怒りマークを貼り付けて居たような気がした。

 

「褒め言葉ありがとう! それはそれとして、せっかく皆で選んだんだから……」

 それを意に介さず私が促すと、

 

「分かってる、ヒフミ。これ……」

 アズサが口火を切って、後生大事に抱えた包みをヒフミに手渡す。

 

「こ、これは……!」

 期間限定のペロロのぬいぐるみに打ち震えるヒフミ。その両目から再び涙が零れ落ちる迄はさほど時間がかからなかった。

 

 

「これまで部長として頑張ってくれたヒフミちゃんに、私達からささやかですがプレゼントです♪」

「私が試験に受かるのは当然の事だけど、頑張れたのは……まあ、ヒフミのお陰でもあるから……」

「ヒフミには感謝してるんだ。ヒフミが居なかったら、今の私は無かった。これはその御礼でもある。先生と一緒に選んだんだけど……受け取ってくれる?」

 

「う……うう……」

「うわあああああん! みんなあああああ!!!!」

 本日二発目の、ヒフミサイルが補習授業部と私に着弾した。

 

「あらあら、ヒフミちゃん……♪」

「ヒフミ、苦しい……」

「ていうかもう滅茶苦茶じゃん……」

「何で私まで……」

「うれしいです、みんな……だいすきですうう……」

「ひ、ヒフミ……まだ早いでしょ、君も皆に……」

 大号泣のヒフミの下敷きになった補習授業部の下敷きになりながら私はヒフミを促すも、皆に抱き着いたままワンワン泣きじゃくるヒフミが泣き止んだのは、その約10分後だった。

──────────────

「えっと……あはは、さっき先生にバラされちゃいましたけど、私も先生と一緒に、皆にプレゼントを用意しました……」

 泣き腫らした目で、ヒフミが言う。本来なら感動に打ち震える他の面々が見れたはずなのに、ヒフミが予想以上に感極まった結果何だか場が落ち着いてしまったのは本日最大の誤算だった。

 

「アズサちゃんには、これです」

「これは……スカルマンのパーカー……!!」

「アズサちゃんには部屋着が必要かと思いまして……」

「言っておくけど私はヒフミに入れ知恵してないからね、着いて行っただけ。」

「ありがとうヒフミ、それに先生! 大切にする!」

 普段のアズサからは想像がつかない弾んだ声と満面の笑みに、私もつられて笑った。

 

「コハルちゃんにはこれです!」

「これ、私の帽子の色違い……なんで?」

「コハルちゃん、いつもその帽子被ってるから、スペアが必要かと思いまして」

「ふーん……まあ、ありがとう……。」

「本当は欲しがってたくせに」

「な……先生、何でそれ言うの! バカなの!? 先生にはデリカシーって物が無いわけ!?」

「あ、あはは……」

 この期に及んで素直にならないコハルにお灸を据える為に弄ったらマジギレされた。だが私は後悔していない。

 

「ハナコちゃんには……これを。」

「わあ、ありがとうございます!」

「ハナコ……今回だけ特別だからね……レジに持って行くの大分抵抗あったよ……」

「あらあら、私の為に二人でそんな羞恥プレイを? そんな二人の体液が染み込んだプレゼント、大切にさせて頂きますね……うふふっ♪」

「な! ななななななな……ヒフミも先生も何やってるの!! ド変態!! こんなもの焚書よ!!」

「やめろコハル! 早まるなあ!!」

 ハナコが誤解を産む表現をフル動員した結果、コハルが予定調和の大暴走を始めた。えー……ここに来てまたドタバタするの……。

──────────────────

「あ、私はそろそろ行くね。皆にプレゼントは行き渡ったし、皆だけで話したい事もあるでしょ。」

 ハナコに渡した「せいしょ」が燃やされる危機を回避したところで、私はこの場を辞する事とした。大義は果たしたし、私もお役御免だろう。

 

「待ってください先生、」

「どうして先に帰ろうとするの?」

「先生には、まだ言いたい事がある。」

「先程私達を謀った分、ちゃんと返して貰わないと……。」

 急に神妙な面持ちで私を引き止めたヒフミに、他の生徒達が追随する。ハナコのそこはかとなく恐怖を感じる一言にさしもの私も若干の身震いを禁じ得なかった。

 

「え……どうしたの皆、そんなに怖い顔をして。」

「先生、これを受け取って貰えますか……?」

「これは……」

 思えば、一つだけ謎が残っていた。不相応な大きい荷物が、合計で三つ生徒達の手元にあったのだ。二つは分かる。私が仕組んだ、補習授業部のプレゼント達……だが、最後の一つがまさか私宛の物だなんて、誰が予想出来た?

 

「私達が貰ってばかりだとでも思った?」

「先生は、自分の事を勘定に入れて無さすぎる。」

「……えっと、それはアズサには言われたくないんだけど……。」

 ダメだ、突然の事で頭が回ってない。嬉しいやら驚きやら、感動やら……悲しいほどにキレのないツッコミがそれを物語ってしまっている。

 

「先生には本当にお世話になったので、最大級の御礼を……と思いまして。開けてみてください。今回はちゃんと未使用ですよ。」

「使用済みの何かを貰った事無いので変な言い方しないで貰えませんか、浦和さん」

「あら、使用済みの何かの方が良かったですか? それなら今からすぐにでも……」

「あんたはもう黙ってて!! 先生、こいつは放っておいて早く開けたら?」

「……わ、わかった。」

「……これは……!」

 動揺が収まらない中、小学生レベルの返答と共に包みを丁寧に破くと、ワイシャツと青いネクタイ、そして黒いベストが顔を出した。

 

「ありがとうみんな……凄く助かるよ……!」

 私は掛け値無しの本音を、御礼と共に伝えた。実際問題このところシャツを買いに行く暇も無かったり、ネクタイもお気に入りのものを銃弾によって穿たれた後だった。そう、あの時だ。

 

「そのベスト、ミレニアム製の防弾仕様なんです」

「こんなに薄いのに……!?」

 改めて、キヴォトスの……というか、ミレニアムの技術力に脱帽しつつ、別の意味でも慄いていた。先日購入しようとして値札見て泡を吹いた苦い思い出のある代物が、今こうして私の手元にある事自体が異常事態だった。

 

「こんな高価なもの……どうやって」

「それは秘密です♡」

「まあ、そう言うと思ってたけど……」

「先生、いつも無茶するからこのくらいは必要だろうって、ヒフミが……ただ、それに関しては私も同意見だ。」

 アズサにだけは言われたくないな、と思いつつ私は口を噤む。この苦言は、実際その通りだったから。

 

「先生が撃たれた時、先生が居なくなっちゃうんじゃないかって私凄く心配だったんですよ……?」

 ヒフミの沈痛な表情が、私の心臓を抉った。もしかしたらあの日の銃弾より痛いかもしれない。

 

「先生が居なくなっちゃったら、誰が私達の勉強を見てくれるの?」

「先生の指揮があるから、これまで死線を潜り抜けて来れたんだ。」

「先生が居なくなってしまったら、誰が私の溜まった欲ぼ」

「あんたは黙ってて」

「私は、私達は、これからも先生が必要なんです。」

「やり残した事も、まだやってない事も、私達の青春の続きは、先生が居ないと始まらないんです!」

「……大体言いたい事はヒフミちゃん達が言ってくれましたが……先生。それを踏まえて、こちらを受け取って貰えますか?」

 ……私は、見誤っていた。私自身は彼女達の青春をサポートするだけの舞台装置であれば良いと思っていた。

 

 けど、実際は。

 彼女達は、私を青春群像劇の登場人物として、輪の中にずっと入れてくれて居たんだ。

 そして私は、その輪に加わる為にもこれから先もずっと生きていく義務が有る。

 傍で、彼女達を支えて守って行く権利が有る。その為にも──

 

「有難く頂戴するよ。皆、本当にありがとう。」

 私は、手渡されたプレゼントを受け取った。補習授業部の、仲間として。

 

「これからも、宜しくね。」

「よろしくお願いします、先生!」

「うん、頼りにしてる。」

「……私達の成長する所、見せてあげるんだから」

「ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いしますね……それはもう手取り足取り……♪」

 こうして、補習授業部の卒業祝いのつもりが、また新しい予感を残して──あの日出来なかった分も含めて、合格記念パーティーの夜は更けていくのだった。

 

 

「先生、この後時間はありますか?」

 突然、ヒフミが問う。

 

「私は帰って仕事が……いや。」

 こんな時くらいは、途中退席など無粋だ。こうなったら、最後まで付き合って行こう。

 

「あの部屋で、続きをしようか。」

 積もる話も、有るだろうから。

 




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