或るトレーナーの後悔 作:※(米印)
入学式といえば、桜。
ここトレセン学園もご多分に漏れず、正門を入った脇にソメイヨシノが植っている……のだが、実は関東の、つまりトレセン学園の桜の見頃は3月下旬まで。この時期はちょうど散る季節である。
今日の天気は晴れ時々花弁。ところにより風の影響で花足が強まるでしょう。
そんな桜に紛れて、ポトリ、とハンカチが石畳の上に落ちる。思わず、それを拾った。
辺りを見まわす。視界の端に落とし主らしきものが見つかった。肩を叩いて、声をかける。
「落としたぞ」
「あっ、ありがとうございます」
持ち主はウマ娘だった。
いかにも新入生らしい、垢抜けていない風貌。短めの黒っぽい髪。青毛、ではない。尻尾の先は若干白みがかっていて、控えめながら芦毛の遺伝子が自己主張している。
「えっと、このハンカチ、私の一番大事なもので……ううん、一番は脚だし、二番……いや三番?」
そこまで言って、今度は手をあたふたさせはじめた。
「と、とにかく大事なものなので、その、拾ってくださって嬉しかったです、ってことです」
「はいはい、どういたしまして」
適当にあしらうと、今度は押し売りをはじめてくる。
「私、ほんとに感謝してますからね! ほんとに、ほんとにです」
「へいへい。わかりやしたよ」
「お前……あー、名前は?」
それは何気ない問いかけだった。もし才能があるなら、青田買いをするという下心も含んではいたが。
「あっ、サンキューです」
「いや、サンキューはわかったから」
「違います、サンキューなんです」
「ありがとうちゃん?」
苛立ち半分、からかい半分で言う。
「そ、その、私の名前は、サンキューって。サンキューが私の名前です」
彼女はいっそうおどおどしながら答えた。
「すまん。そういうことか」
「いえっ、ややこしいですよね、私の名前……」
わずかに苦笑いを浮かべる。
そこまでの印象は、どこをとってもよくいるウマ娘の一人だった。自信のなさげな、一勝もできずに終わる、大半のウマ娘のうちの一人。
同情はする。どこまでいっても、トゥインクルシリーズは才能のないウマ娘には冷淡なのだから。
けれど、履き違えてはならない。トレーナーは才能のあるウマ娘を活躍させるためにいるのであって、勝てないウマ娘に憐憫を向けて同情するためにいるのではない。
このウマ娘には、もう用はない。
そう思ったとたん、彼女は口を開いた。
「でも」
足が止まる。少女はわずかに言い淀んでから、まっすぐな目で言った。
「走りたいんです。死ぬほど」
ひとつ風が吹く。桜の花びらが一斉に舞い、彼女を覆い隠した。
この小説はあくまでもウマ娘のお話です。現実の関係者に色々物申したい方もいるかもしれませんが、それは他の場所でお願いします。
むしろ、私としては、そういう論調の中で透明化されてしまっていた側面を浮かび上がらせたいという思いで書きました。
とりあえず数話の間は毎日投稿でいきます。どうぞよろしくお願いします。