或るトレーナーの後悔 作:※(米印)
某日の選抜第5レース。
件のサンキューはここに出走予定だった。
さて、少し脱線しよう。
意外なことかもしれないが、選抜レースを勝つことは、真に強いウマ娘の条件
いや、むしろ、「選抜レース勝ち」のウマ娘は格が落ちるとすら言っても良い。
なぜか? 答えは単純だ。
そもそも選抜レースに出ないからである。
才能があると見込まれたウマ娘は、入学前に事実上のトレーナー契約(チーム入り)を決める。多くはその母ウマ娘の
ちょうど、国会議員でいうところの「金バッジ」「銀バッジ」だと思えばよい。ちなみに、選抜レースでも結果を出せず、なんとか拾ってもらったようなウマ娘が「銅バッジ」である。
リーディングトレーナーの中には、金バッジだけでことを済ませる者も少なくない。しかし、銀バッジの中にもたびたび逸材は紛れ込む。口さがない者は「砂金掘り」などと言うが、逸材を逃したくないのなら選抜レースに足を運ばないわけにはいかない。
そしてこれらの大粒の金をうまく拾い上げたのが「世界の岡村」こと岡村幸男であり、奈瀬文乃である。彼ら彼女らは選抜レースの活発化(すなわちコネ契約の減少)に伴って実力主義というヘゲモニーを形成してゆくのだが……それはまたの話にしよう。
件のトレーナーもまた、いそいそと選抜レースを観戦していた。そして今のところ、スコップ売りのカモに甘んじていた。
第3レースにはなかなか見どころのあるウマ娘が勝利したが、彼が声をかける前にあっさりと他のトレーナーに連れていかれてしまった。ちょうど担当したウマ娘の妹が菊花賞と春天を勝ったとかで、ずいぶん話題になっていた男だった。
勝ったウマ娘の方も、実は母方を辿ると貴婦人だか女王様だかと言われたウマ娘に行きつくとか、レース前から話題になっていた。なお、この人脈が貧弱すぎるトレーナーは噂を聞いてすらいなかったらしい。
「ありゃなんつったかな……カワイ子ちゃん?」
彼は眉間にしわを寄せながら出走表をめくる。第3レースの頁には5枠5番に
「こいつだったか。ボケがはじまってんな」
まだ彼は30代なのだが。おどけたようにひとりごちつつ、第5レースの頁へ。発送予定時刻は11時45分。腕時計をちらりと見た。あと5分。もうそろそろ昼飯時だが、その次の第6レースまでの時間的余裕はほとんどない。刑事ドラマの張り込みよろしく、牛乳とあんぱんあたりを隙をみて食べるのがセオリーである。
第5レース、ダート1000mは混戦模様。件のサンキューを含めた6人のうち、どれが勝ってもおかしくない。
逆に言えば、勝ったウマ娘がそれほど注目されない可能性が高い。ただのまぐれ勝ちだったという判断だ。それなりのトレーナーなら、まぐれ勝ちと実力の区別くらいはつく。……ごくまれに、そんなウマ娘の「まぐれ勝ち」をここ一番に持ってくるようなトレーナーもいるが。
言ってしまえば、レース自体の期待度も低い。サンキューともう2人は顔見世だが、残りの3人は
対照的なのはその次の第6レースだろう。タイガーエースというウマ娘が、模擬レースでかなり良い走りをしていたとかで注目が集まっている。
つまり、「今のうちに昼飯でも食べておこう」というのが真っ当な判断なのだ。事実、観戦するトレーナーの数は第4レースにくらべて少ない。
ところが、その「少ない」の中にこのトレーナーは入っていた。
彼は、その選択をひどく後悔することになる。
その原作者でもあるタヴァラがこのトレーナーのモデルです。
それから、今回は小ネタが多いのでいくつか補足。
・世界の岡村……モデルは岡部幸雄。フリー騎手の増加≒選抜レース活発化、だと思っています。そのさきがけ的なお方。
・スコップ売りのカモ……「ゴールドラッシュで一番儲けたのはスコップ売りだ」
・菊花賞と春天を勝った妹……メジロマックイーン。半姉にあたるのがメジロデュレン。
・姉の担当トレーナー……元ネタは村本善之。デュレンとアドラーブルの主戦騎手。この後イクノディクタスも活躍する。
・「貴婦人」「女王様」……プリティポリーのこと。peerless polly(無双のポリー)なんて別名もある。アドラーブルはプリティポリー系。