或るトレーナーの後悔 作:※(米印)
結果から言えば──勝ったのは3番手につけた4枠4番のウマ娘だった。前2人がやりあって消耗したところに恵まれての勝利である。はっきりと、「まぐれ勝ち」に分類されるような。
彼女に声をかけたトレーナーは、いなかった。勝ち方だけではない。前の模擬レースでは1着のウマ娘から2秒以上も差を付けられていたのだから、「そもそもレベルが低かった」という判断もやむを得ないだろう。
一方で、エルカーサリバーは最下位6着。展開がまったく向かなかったこと、ダート適性がなかったことからすれば、当然の結果だった。
次走からは彼女は芝のレースを走り、イナリワンの担当トレーナーだった男に拾われることになる。
そして、サンキューは──
「お前らの目は節穴か」と、大声で叫んでやりたいくらいだった。いや、他のトレーナーの目が節穴であってくれと願った。
柵を飛び越え、ゴール板前へ駆け下りる。
肺が苦しい。今ばかりは、禁煙しておけばよかったと心から思う。だが、まだ彼女の周りに人影は見えない。間に合うやもしれない。
このまま、誰も声をかけるな、頼む。
何に祈ったのかは自分でもわからないが、どうやら通じたらしい。
「サンキュー!」
肩で息をしながら、声を張り上げた。
「ど、どういたしまして?」
彼女は、ちょうど最初に会ったときのようなことを返す。
「違う。サンキューに、お前にっ……」
途端、何を言えばいいのかわからなくなった。
その末脚がすさまじかった。ダートの短距離戦で、後方2番手から半バ身差の2着まで詰め寄った末脚が。
その判断がすばらしかった。中盤に前がやりあってペースがあがる中、じっと我慢してラスト1ハロンに賭けた判断が。
その意志が、その目が、誰よりも光を放っていた。
言葉に表せば、きっとかすんでしまう。あの走りが、この感情が。
ああ、これはきっと質の悪い笑い話だ。でなければ、何かの間違いだ。いや、間違いだったとしても、間違ったままであってくれ。
惚れてしまった。このウマ娘の走りに。このウマ娘に。この
ようやく、咽喉から言葉をひねり出す。
「頼む。契約を、トレーナー契約を結んでくれ」
「え……私に、ですか?」
「ああ、お前だ」
彼女は少しだけ考え込む。
「私、走りたいんです。レースに出たいんです。それを、トレーナーさんは叶えてくれますか?」
「もちろん」
即答した。ウマ娘をレースに出すのは、当然、トレーナーの仕事なのだから。
「でしたら……よろしくお願いします。トレーナーさん」
そう言ってから、彼女は手をばたばたさせる。
「あっ、私の名前、ちゃんと言ってませんでした」
もう一度姿勢を正して、微笑んで。
「サンエイサンキューです。私を、走らせてください」
書いててサンキューちゃんへ若干嫉妬してしまった。私のタヴァラをたらしこみやがって。
小ネタ解説
・勝った子……元ネタはマル抽の馬。残念ながらこの後2戦しただけで引退。
・イナリワンの担当トレーナー……柴田政人。たぶんウイニングチケットの方が通りがいい気がするが、時系列的にまだなのでこっち。
・トレーナーの仕事……「ウマ娘をレースに出さない」のも仕事だということには、彼はまだ思いいたっていない。
これでひとまず序章的なものは終わりです。次からはジュニア(旧馬齢3歳)編ですね。
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