魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――王都の民を扇動する。
ナイの口から出たのは、誰も思いつかないような型破りなものだった。教会に預けていた金を全額引き出すと学院帰りに王都の教会へ寄ったのだが、それすら演出の一つらしい。子爵位を授かった身だ。本来なら当主がわざわざ足を運ぶ必要などない。だが、彼女によると『家の中で倒れるよりも、教会で倒れる方が印象的だよ』と言ってのけた。
普段、自分のことはごっそりと抜け落ちているというのに、こういう時は妙に頭が回る。幼い頃から貧民街で、親の庇護もなく生き抜いてきた彼女だ。俺たち孤児を導いてきたのは、彼女本来の能力の高さ故にだろう。今は食べることにも困らず、屋根のあるベッドで眠ることが出来る。
寝床に貧民街の大人が勝手に侵入したり、苦労して得た食料を無理矢理奪われることもないから、始終気を張る必要はなくなった。
だからこそ、今の彼女は無防備な姿を俺たちに晒しているのだが。幼い頃の俺たちは、彼女に頼り切りだった。体格差や身長差はまだそんなに無かったあの頃と、随分と差がついてしまった今、立場は逆転している。
教会事務所で、妖精の魔法で倒れた彼女を妹のリンが抱きとめる。妹の身体にすっぽりと納まった彼女を見て、怪我がないようで良かったと安堵し前を向く。
「一体、どういう事でしょうか? キチンとした回答を頂きたい」
怒るより丁寧な言葉で接した方が効果的だと、昨日彼女は言っていた。普段俺が対外的に敬語を使っているのも理由らしい。事務台へ詰め寄り、目の前の男を見下ろす。
「そ……れは……」
「答えられないというならば、国へ報告させて頂くのみです。黒髪の聖女はアルバトロス王国にとってなくてはならぬ存在。彼女を謀ったこと、後悔しても既に遅いのだとご理解を」
顔面蒼白になっている教会事務員へ言い放つ。彼は下っ端で関わっているかどうかすら怪しいが、上の人間に対して脅しにはなっているだろう。
孤児だった俺たちを救い上げてくれた教会には恩があるが、上層部の人間となるといけ好かない連中だ。ナイを利用して聖王国へ巡礼の旅に赴かせようとしたり、金の無心をしている所も知っている。やんわりと断っている彼女が、彼らが居なくなった後に愚痴を吐くのも当然で。
――いい機会だ。
教会の神父やシスターたちは教えを忠実に守り、俺たちを見下したりすることはなかった。組織である教会がこれでは正常な運営など行えるはずもない。聖女の所属先を教会から国へ移行させるのもアリだ。
「そうだな。私もハイゼンベルグ公爵家へ報告を上げよう」
「わたくしもヴァイセンベルク辺境伯家へ報告を。――嗚呼、亜人連合国へも報告が必要ですわね。彼の国の上層部の方々は聖女さまをいたく気に入っておりますから」
高位貴族のご令嬢二人も圧を掛ける。まあ、名前が挙がった方たちは、もう既に事態を把握しているが。
あまり脅し過ぎると逃げられないかと心配になるが、着服が露見した日に王国全土に障壁を広げ、逃げづらくはなっている。国外への魔術転移も障壁展開により、転移妨害が起こるそうだ。
覚悟を決めたナイの行動は末恐ろしいくらいに冴えわたっているし、アルバトロス王でさえ『王国全土へ障壁展開を』と言い放った彼女を止めないのだから。
その代わりナイは珍しく魔力不足で、エルフの反物で作ったストールを羽織る羽目になっているが、それはまあ本人が言い出したことだから仕方ない。王国側も枢機卿を把握しているから、事が露見すればすぐに大陸全土に指名手配をすると息巻いていた。
「帰ろう。ちゃんとベッドで眠らなきゃ」
リンがナイを大事そうに横抱きして立ち上がる。妹はこの騒動よりも、ナイが怒っていることが嬉しくて仕方ないようだ。
聖女として我慢を強いられているのが、妹にとって良い状況とは思えないらしい。妹にとってナイは絶対の存在となっている。兄としては少々心配だが、世界は広い、今は視野が狭くともその内にナイ以外の人間も見るようになるだろう。
「ああ、戻ろう」
「ええ。このような場所に長居をする必要はありませんわね、皆さま参りましょう」
ヴァイセンベルク嬢の言葉で、ナイに付いてきていた全員が教会事務所から去る。その場に残された連中は、呆けて動けないまま俺たちを見送るしかない。
「聖女さま?」
「どうなされたのだ……」
「……黒髪の聖女さまが何故?」
ナイの名は今や王都で一番有名だろう。二つ名も黒髪の聖女から竜使いの聖女に変わりつつあるようだ。本人は頭を抱えていたが、竜に乗って王都に帰るという目立つことをやってのけた。その辺りが抜け落ちている辺り、アイツらしいと笑いが込みあげてくる。
心配そうにこちらを見ている教会関係者たちの姿。彼らが今見た光景が一体どういう噂となっていくのか、見ものだ。そうしてナイとご令嬢二人が馬車へと乗り込み、俺と妹と護衛の騎士たちが警備に就き、馬車が動き出した。
「兄さん」
妹がさりげなく俺に近づいて視線を合わせる。
「ん、どうした」
「どうなるかな?」
どうなるのか、か。おそらくはナイが語った通りに大方進むのだろう。勿論例外だってあるだろうが。
「さあな。――だが……」
「?」
「王都が騒がしくなるのは確実だな」
教会貴族の間抜け共がやらかしたことは許せることではない。ナイが俺たちの将来の為にと金を貯めているのは知っていた。
聖女の中で一番稼いでいる彼女に目を付けたのは、馬鹿としか言いようがない。まあ馬鹿だからこそ今回の件が発覚したのだろうが。ただ馬鹿のやらかしたことはアルバトロス王国のみならず、聖王国や聖樹へ魔力補填依頼を出したリーム王国をも巻き込みそうである。王都どころか、また大陸が騒がしくなるぞと妹に告げることはなかった。
◇
――黒髪の聖女さまが臥せった。
そう聞いた時、アイツが臥せるような弱い女じゃねえだろうと鼻で笑っていたが。噂の内容をきちんと把握するようになって、アイツなら倒れてもしかたないという考えに変わった。
教会へ預けていた金を殆ど使い込まれてしまったと聞いた。ならば仕方ない。アイツは金に汚い……いや違うか、もしもの時の為にと言って貯め込む癖があった。
俺が、国の魔術陣へ魔力を補填しているならば教会宿舎で寝泊まりしなくとも、それなりの屋敷を借りることが出来るだろうと伝えたことがあった。アイツは笑って広い家だと落ち着かないし、下手をすればメイドやらを雇わなければならなくなる上に、維持費も大変だと笑っていた。金を十分に稼いでいるというのに孤児生活が長すぎたのか、倹約癖がついたらしい。
「で、ジーク、噂は本当なのか?」
「みんなこの話題で持ちきりだよね、クレイグ」
孤児院で餓鬼どもの面倒をみているサフィールが俺の名前を呼び、ジークへと顔を向ける。突然、ジークから呼び出しが掛かり、急遽この場所に集まった形だ。
王都の商業区画にある飲食店の個室で、俺たち孤児仲間三人が顔を突き合わせていた。適当に注文した飲み物とつまみがテーブルの上に鎮座している。お代はジーク持ちなので、遠慮することはないと沢山頼んでおいた。
黒髪の聖女さまと呼ばれているナイは、お屋敷で臥せっているらしいし、彼女の護衛騎士であるジークリンデも付きっ切りで看病しているとかなんとか。
「ああ、本当だ」
「なっ! おい、ジークっ!!」
俺が声を荒げるのを平然とした顔で受け止めるジーク。魔物討伐で命のやり取りをしている所為なのか、怒気に鈍くなっていやがる。
「ジーク、本当に?」
サフィールがもう一度ジークに確認を取ると、ゆっくりと視線を俺たちに移動させて口を開いた。
「金を取られたのは本当だ。臥せっているというのは、少し違う」
「じゃあ何だよ?」
「屋敷に引き篭もっているだけだな。アイツは今回の事でキレた」
「え……」
「あー……生きていられるのか取ったヤツ」
そうかキレたか。ナイは滅多に怒らないが、怒ると凄く怖いし容赦がないからな。以前、孤児時代に一度キレたことがあったが、力がないからといって攻撃手段が噛みつき。喧嘩になると目潰し、金的、眼突きを直ぐに狙おうとする。勿論相手を選んだうえでだが、えげつない。
「じゃあ病気になった訳じゃないんだね?」
「ああ、その点に関しては心配しなくて良い」
「そっか。良かった」
ふう、と安堵の息を吐くサフィール。相変わらずコイツは優しいというか甘いというか。性格上仕方ないが、もう少し確りしても良いのではないだろうか。
「で、アイツは何を考えてんだ?」
「噂を流しきって王都の民を扇動。教会へ突入させる」
「む、無茶だよ!」
「無茶言うなよ……それだけで王都に住んでいる連中が動くと思うか?」
俺がそうジークに問うと、ゆっくりと頭を振る。日和見主義の王都民だ。王さまが急に交代しても『あ、そうなんだ』位で済ませる連中だろうに。ジークも無茶だと考えているのに、この無謀な計画を止めないんだ。
「というか臥せってるだろ。無理がある」
臥せっているのに扇動ってどういう事だ。
「だから別の人間を代役に立てる。あと亜人連合国に少しばかり協力して頂く」
「協力って?」
「王都の民を脅す。教会が腐敗していた事実を放置していたのだから、国も民も同罪。これ以上見て見ぬふりをするならどうなるか分かるな、と」
「え」
「おいおいおいおい」
なんだよ、ソレ。アイツが亜人連合国とアルバトロス王国との国交を繋いだ立役者だとは知っているし、『竜使いの聖女』なんて呼ばれているのも知っている。しかし恐怖で民を動かし、誰かを焚き付け役で煽るのか。悪い手ではないが、この騒動が収まったあとはどうするつもりだ。
「教会や国に丸投げすると言っていたぞ」
俺の顔を読んだのかジークが言葉を続けた。
「あ?」
無理があるだろ。丸投げで済む訳がない。下手をすれば扇動したヤツと共に崇拝対象にならないか、ソレ。アイツ、肝心なところで抜けている節があるから、見落としていやがる。で、後から気が付いて『なんでこんなことに』と言っている姿が目に浮かぶ。
「……出来るかな?」
「無理だろ」
「ナイらしいけどね」
「だな」
苦笑いしながら俺とサフィールが目を合わせる。ジークは静かに俺たちを見ているだけだ。
「あとお前たちに頼みたいことがある。――」
ナイからの依頼で『お金を取られ、将来開こうと考えていた孤児院や託児所の夢が潰え、失意の余り臥せってしまった』と噂を広げて欲しいとのこと。
あと、この話を聞いた亜人連合国の竜たちが『怒っているかもしれない』と同時に流して欲しいらしい。竜たちが『王都を灰燼に帰すぞ』と直接脅す前に、可能性として恐怖の種を植え付けておくそうだ。
「そして俺から頼みがある」
「なんだジーク、改まって」
「どうしたの?」
「ナイが少し前に子爵邸で働かないかと打診しただろう?」
勿論知っているというか、アイツは護衛を引き連れて俺の所に直接顔を出したからな。世話になっている店主は、今巷を騒がしている噂の人物に腰を抜かしそうになっていたが、アンタ以前店の経営状況が悪くなった時に、ナイを頼って金を借りただろうに。
まあ、俺がナイに話を持って行ったし、その時はそれほど知名度はなかったから仕方ないとはいえ驚きすぎ……嗚呼、驚いても仕方ねえか。肩にちんまい竜を乗せていたからなあ。しかも偉く頭が回るようで、アイツの邪魔になるときはジークやリンの方へ飛んで行った。
「アイツの名前は大陸中に売れている。馬鹿な連中はごまんと居るのは分かっているな?」
そりゃそうだ。孤児時代に嫌というほどそういう大人や同世代の孤児を見てきた。
「アイツを狙うより、お前たちを狙う可能性が高くなった」
貴族の屋敷に移り住んだし、警備もかなり厳重だと聞いている。
「あ……」
「だろうな」
俺たちは王都で普通に王都民として暮らしている。アイツの弱い所を狙うなら、俺たちを拉致して金なりなんなりを脅し取れば良いし、平民に過ぎない俺たちの命の価値なんざ、低いだろうしな。
ジークが胸元から二枚の手紙を取り出して、テーブルの上に置く。どうやら俺たち宛てのようで、無言で開けてみろと訴えていた。
「公爵さまか……」
手紙の裏面を見るとナイの後ろ盾となってくれたハイゼンベルグ公爵家の封蝋が押されていた。以前に会ったことが一度だけあるが、高貴な人間とはこういう人物を指すのだろうと子供ながらに感じていた。
そんな人から何故俺たちにと手紙を開封する。そこには『ミナーヴァ子爵邸で働け』という命令が簡潔に綴られている。
「勝手を言って済まないが、お前たちの命にも関わることだ。公爵さまだけじゃない、陛下を始めとした国の主だった方々からもそうしろと命じられている」
ナイが原因で俺たちが死んだら、それこそ今回の騒ぎどころじゃなくなると、確信しているのは絆の強さ故なのか。
国からの命令だからか、ジークがあまり良い顔をしていない。ただ俺だってジークの立場であれば、そうすることは理解できる。アイツ、抜けてるからこういうことは考えていないだろうしな。
「拒否権はないのな」
「ね」
俺とサフィールがくつくつと笑い、ジークを見る。
「給金弾めよ。俺は高いぞ」
ああ、分かったとジークが穏やかな声でそう言った。
「凄い自信だねクレイグ。僕は寝床とご飯さえあれば十分だから」
「馬鹿を言え。将来の為に金は貯めておけ。嫁さんだって出来るかもしれねーんだ。金はあるに越したことはない」
孤児だった俺たちが家庭を持つなんてあまり考えられないが、そういうことだってあるだろう。
「痛いっ!」
ガシガシとサフィールの頭を無理矢理に撫で付け、注文していた目の前の料理に手を付けるのだった。