魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――夜。
王都の酒場で同僚や部下たちと杯を交わしていると、周囲の席から声が聞こえてくる。酔っている所為か声も大きく、はっきりと聞き取ることが出来た。
「聖女さまが臥せったらしい」
お嬢ちゃんが倒れて数日。教会で目撃者が居た為なのか、噂の周りは早かった。木で出来た杯を片手に、酒の肴として繰り広げられている。
「黒髪の聖女さまだろう」
黒髪は王都どころか大陸でも珍しいから目立つよなあ。俺も王都や遠征先で黒髪のヤツは見たことがない。事情を話して部下と一緒に訪れているが、酔いどれたちの話題はもっぱら噂の聖女さま。
「なんで?」
「教会に預けていた金を貴族共に掏られたらしい」
噂にゃあ尾びれ背びれが付くものではあるが、概ね事実通り。黒髪の聖女の専属護衛であるジークフリードから酒場で噂をバラまいてくれと酒代と小遣いを渡され頼まれた。
「けどよお、聖女さまが金に意地汚いってどうなんだ?」
そりゃ当然だわなあ。お貴族さま出身の聖女さま以外は割と清貧な生活を送っている。自宅で保管するのは防犯上危険だから稼いだ金は教会に預けているらしく、そっちにも手を付けていたとか。
教会、聖女さま方から見捨てられるのではと不安になる。聖女さまたちに世話になった軍人と騎士は何人居ると思ってんだ。本当に馬鹿なことをしてくれたものだと思うが、バレたのがこのタイミングで良かったとも思う。
「だなあ」
「……だよなあ」
事情を知らなけりゃあ金に執着していると言われても仕方ないよなあ。だが、それを打ち消す為に俺たちが居る訳で。
お嬢ちゃんがかなり稼いでいるのは知っていた。なんたって国の障壁維持に一番貢献しているのがお嬢ちゃんだ。国がはした金で聖女を利用し、補填を行う訳はない。金額が安いなんて噂が立てば、国の面子が立たなくなるからな。
「兄ちゃんたち、黒髪聖女さまの夢を知らねえのか?」
聖女の噂で盛り上がっている連中の席に、酔った振りをしてしたり顔で割り込む。
「これ、俺たちの奢りっス! 飲みましょう、飲みましょう!」
俺の部下が気前よくエールを持ってくると、『聖女さまの夢』に興味があるのか文句も出なかった。
「俺たちはな軍人なんだ。討伐遠征で黒髪の聖女さまには何度も世話になったもんよ」
間違えちゃいないし、嘘も吐いていない。彼女に世話になったことは実際にあるし、嫁さんが産後の肥立ちが悪いから診て欲しいと無理を言ったこともある。お嬢ちゃんは二つ返事で診てくれたし、出産祝いだと笑って診療代を安くしてくれた。まあ恩がある訳だ。酒代は十分に貰っているし、これくらい世話ねえな。
「へえ。おっさんたち、黒髪の聖女さまと顔見知りなのか! 凄えな!」
酒を奢ったこともあるのだろう。陽気に俺たちを受け入れてくれた。
「おう。気さくで優しい聖女さまだぞ。でな、その聖女さまの夢ってえのはな……――」
ジークフリードから聞いたお嬢ちゃんの夢を語る。将来、貧民街の整備に人材教育から始め職に就かせて、治安向上を考えていること。
子爵家で託児所を開設し、上手く運べば王都の街にも事業展開したいこと。孤児院への寄付も、もう少し手広くやりたい等々、如何にも聖女らしいことを彼らに吹き込む。金はあるというのに教会宿舎で細々と日々を送っていたこと。急に名声を上げて困惑していたことやら、吹き込めることを吹き込めるだけ彼らに吹き込んでおく。
「――でな、一生懸命身を削って金を貯めていたわけよ。叙爵されてさあこれからってえ時に、教会貴族の連中は聖女さまの金を使い込んでいたことが分かっちまった。許せると思うか?」
「俺、知り合いが黒髪の聖女さまに命を救ってもらったことがあるって聞いたことがある。ソイツ金が無くてずっと痛いのを我慢してたが、とうとう耐えられなくなってどうにかこうにか治癒院へ足を運んだんだ」
如何にも金がなさそうないで立ちで、周囲は困惑していたそうだ。だがあのお嬢ちゃんは気さくに声を掛けて施術した。
お金がない事に驚いたそうだが返せるときに返せば良いと告げ、以降は取り立てもしないそう。そんなお嬢ちゃんに惹かれて、今も少額教会へ返しているそうだ。あのお嬢ちゃんにそんな殊勝な所があるとは思えないが、もしかしたらこういう時の為の打算だったのだろうか。
「そんなことが……教会の連中は何を考えている!」
「そもそも人が預けている金に手えつけるってあり得ねえよな!」
「そもそも聖職者だろう? なんで人の金を……ねえわ」
エールを一気飲みして、ダンとテーブルへ器の底をぶつける。周りも聞き耳を立てていたのだろう。許せないという雰囲気を醸し出していた。
「だよなあ。金が戻ってくるかも分かんねえし、アイツらに擦られた聖女さまたちが気の毒で仕方ねえよ……」
金は戻ってくると聞いている。一括では無理かもしれんが、教会や国が補填してくれるとジークフリードが言っていた。他の聖女さまも同様だそうだ。そりゃそうだよなあ。国を出て行かれても困るし、国の防衛機構が崩れ去っちまう。軍人の俺たちからみても、避けたい出来事だ。
「隊長、どうにかならないんスかね?」
「今まで教会も国もアイツらには手をこまねいていた。だから余り期待しない方が良いかもな。――俺たちの手で敵を討てればどんなにいいことか……」
俺たちは、国に所属している軍人だ。命令以外の勝手な行動は出来ない。今日のこれだって、お嬢ちゃんがハイゼンベルグ公爵から許可を得ているそうだからな。ジークフリードは公爵さま直筆の許可証を持って来ていたし。
お嬢ちゃん、国王陛下の次くらいに偉い人に何をやらせているんだと頭を抱えたが、お嬢ちゃんは今やアルバトロス王国にとって居て貰わなくてはならない人間だからな。亜人連合国へ亡命します、なんて言われた日にはこの国終わりそうだからなあ。竜の一件で。
「あんな優しい聖女さまが臥せっているだなんて……信じたくないっス。俺だって軍人じゃなければ……」
軍人じゃなければ、教会に飛び込んで暴れてやると言わんばかりである。これも依頼の内容に含まれていた。不自然にならない限りで良いからと頼まれていたが、どうにかなったな。
「なあ……俺たちは黒髪の聖女さまに何度も命を救われている」
そうして酒を酌み交わしている連中に向き直った俺。
「連中を討ってくれとは言わん。だが、金に汚い聖女さまと言われるのは我慢ならねし、聖女さまが掲げていた夢を潰されたことも我慢ならねえ」
「そうっスよ、隊長。黒髪の聖女さまは決して金に汚くなんてないっス。自分のお役目をきっちりと果たしている聖女っス」
「ああ、そうだ。だからこそ金に汚い聖女なんて不名誉なことを広めて欲しくねえんだ……頼む、金に汚ねえと言っている奴が居たら諭してやってくれねえか?」
夢や目標があったからこそ、自身の暮らしを切り詰めて金を貯めていた。自身が孤児出身故に、同じ境遇で過ごしている人間を憂いているとも。他にも誰かの為にと考えて行動しようとしていたことが潰されたのだ、と。悲壮な顔を浮かべて語る俺。
金が取られたことは事実だしお嬢ちゃんがコレにキレたこともまた事実。演技を出来るほど器用な人間ではないが、教会の腐敗具合に俺自身が怒っているのも事実である。語る言葉に力が籠るのは仕方ないこと。
「まあ、奢ってもらったし黒髪の聖女さまの評判は知ってるし。確かに金に汚い聖女なんて不名誉だわな」
「ああ。気が向いたらでいいし、出来る限りでいいんだ。黒髪の聖女さまを知っている身からすれば、あの人は金に汚くなんてねえんだよ」
金に汚けりゃ、俺たち平民から金をきっちり請求しているはずなんだ。まあ、お嬢ちゃんには余裕があるのも理由にあるのだろう。おおよ、と気安く器を掲げる酔っ払いたちだった。
◇
――ナイお姉さまが臥せった。
そう耳にした時、雷に打たれたような衝撃が身体に走りました。学院のサロンでお話したあと、教会で倒れられたそうです。
原因は預けていたお金が、教会上層部の貴族の方々による使い込みが発覚したこと。お姉さまは子爵家運営の為、今まで貯めていたお金を全額下ろそうと教会へ足を運ぶと、使い込みが分かったそうです。
それが一週間ほど前。
私も教会にお金を預けていた為、確認を取るとお金は無事でした。聖女の活動を本格化させたのが最近で、理由の一つだろうと教会の方が仰っていましたが、少し不安が残ります。
王都の街中では黒髪の聖女さまが教会に預けていたお金を着服されたと噂が持ちきりです。王国を守る聖女さまのお金を掠め取るなど言語道断だと大きな声を上げる方もいらっしゃいます。
「……――大丈夫、かな」
小さく声が漏れてしまいましたが、私にどうこう出来る力はありません。ナイお姉さまのように二つ名でもあれば別でしょうが、私はただの新米聖女。
でも少しだけ嬉しいことがありました。討伐遠征での評価と同時に、もうすぐナイお姉さまと同じように、王城の障壁を張る為の魔術陣への魔力補填を担う事になりました。
これで少しはお姉さまに近づけたのでしょうか。いいえ、ナイお姉さまはお城の魔力補填に週に一度向かわれていると聞きました。
私は手始めに三か月に一度魔力の補填を教会から命じられました。その際のお給金は国から支払われるのですが、結構な額で驚きを隠せません。
このお金が手に入れば男爵家の領地を整備し、いろいろなことに役立てることが出来ます。魔力補填に慣れると補填の間隔が短くなっていくので、かなりの額となります。どこまで間隔を短くできるかは、個人が有する魔力量次第。
「頑張らなきゃ!」
両手の拳を握りしめて、気合をいれます。それもその筈。今の私は聖女の衣装を身に纏い、登城しているのですから。数か月前までの私では本当に信じられない出来事です。
近衛騎士さまが丁寧に案内してくれて謁見場控室。教会騎士の方や教会の統括も一緒に付いて来られていますが、初見の方でちょっと気後れしてしまいます。
「聖女アリアさま。こちらへ」
「は、はい!」
緊張して胃の中身を戻してしまいそうですが、ぐっと堪えます。自分で言うのもなんですが、年頃の女の子がやっていい事ではありません。
そうして謁見場へと案内されると、そこには既に大規模討伐遠征で一緒になった侯爵家の聖女さま。私の顔を見て一瞬だけ視線を外したあと、目を合わせてきちんと聖女の礼を執って頂けました。私も彼女に丁寧に礼を返します。
――陛下、ご入来!
大きな声に驚いた後、私の記憶は緊張のあまり途切れていました。気が付くと謁見場控室まで戻っており、侯爵家の聖女さまに『確りなさい!』と言われてようやくはっとした私です。
彼女の言葉にはッとして陛下のご尊顔をおぼろげながら思い出し、言葉も同時に思い出しました。
『黒髪の聖女の代理としてリーム王国へ向かい、彼の国の聖樹に魔力補填せよ』
と言うのが陛下からの命なのですが……お姉さまの代理とはどういうことでしょうか。お姉さまが臥せっていると噂で耳にしておりますが、確認できた訳ではありません。普通科と特進科では同じ一年生でありながら壁のようなものがあると、この一週間足らずで実感しています。
高位の貴族さま方は近寄りがたい雰囲気を醸し出していますし、お姉さまもその中のお一人と言うことで中々声を掛けられません。学院から『不用意に黒髪の聖女に近づかぬこと』と二学期が始まる前に手紙で届いていたのです。
だから、お姉さまは二学期初日に私を見つけて、お姉さまから声を掛けてくれたのでしょう。やはりお姉さまはお優しい方です。私のような未熟者にも気さくに声を掛けて下さるのですから。
リーム王国へは転移魔術陣を使って一瞬で向こうの王都へ辿り着くそうです。その際の護衛として魔術師団副団長さまが王国側から派遣されると聞きました。確か、攻撃魔術に長けたお方だと聞き及んでおります。
そしてもう二方。亜人連合国から助言役としてエルフの女性二名が私たち使節団に同行することが決まったそうです。そんな方とご一緒するのは緊張してしまいますが、出来ることならばお姉さまと一緒に行きたかった。
「……っ!」
なんてことを考えているのでしょうか。臥せっているお姉さまの代役を務めるというのに、こんな自分勝手な事を考えてはいけません。
ふうと大きく息を吐いて胸を張ります。そうだ、リーム王国の聖樹に魔力補填を完璧に終わらせて、お姉さまに自慢しよう。お城の魔術補填もリーム王国の件も何も心配いらないから、お姉さまはゆっくりと休んでくださいと伝えられるように。
そうして二日後、旅立ちの日がやってきました。
王城の転移魔術陣が施されている部屋には大勢の人の姿があります。もしかしたらときょろきょろと周りを見渡しますが、お姉さまの姿はありませんでした。少し残念に思っていると、ふいに声が掛けられました。
「君があの子の言っていた子だよね~?」
「ああ、祝福が掛かっているから分かり易いわね」
いつの間にか凄く耳の長い綺麗な女性が、私の目の前に二人立っていました。恐らく今回ご一緒するエルフの方でしょう。
「アリアと申します。どうぞお見知りおきを」
失礼のないようにと挨拶を終えた後、深く頭を下げました。
「そんなに気を使わなくても」
「そうだよ~。この国の偉い人って訳じゃないんだし」
確りとした言葉遣いの方と間延びした喋り方が特徴的な方でした。お名前を呼ぶ風習が根付いていないと聞いたので、どう接すれば良いのか少しためらってしまいます。
確かにお二人はアルバトロス王国のお貴族さまではないので、この国の偉い人ではありません。ですが亜人連合国で重要な役割を担っている方というのは確実。でなければお城に入れないでしょうし。
「これ、あの子から」
「こちらは?」
箱から上質な布で作ったものを差し出されました。受け取って良い物か困惑しますが、あの子からということはお姉さまなのでしょうか。
「ちょっと特別な布で作ったストールね。貴女に渡して欲しいってあの子から」
「失礼ですが、あの子って……黒髪の聖女さまですか?」
一応確認を取ってみましょう。知らないままというのも気持ちが悪いです。
「あー……そんな名前で呼ばれているんだっけ?」
「確か以前に聞いた気がするわ」
本当に亜人連合国の方は名前に頓着していないのですね。慣れない文化だなと目を細めながら、渡されたストールを手に取ります。凄く不思議な肌触りで、なんだか少し暖かい気がします。今までにない触り心地で、なんだか気持ちいいです。
「もう一人、聖女が居るって聞いているのだけれど……どこかしら?」
結構目立つお方なのですが、目の前のお二人はこちらの文化に疎いならば仕方ない事なのかもしれませんね。
「聖女さまならば、あちらに」
今回一緒に同行することになった侯爵家の聖女さまへ視線を向けます。
「あ、何となく同じ格好をしてるね~」
「行きましょう。――それじゃあ」
侯爵家の聖女さまの下へお二方は進んでいき、何やら同じものを手渡しているようでした。お姉さま、私だけではなかったのですね……と妙な感情が浮き上がって首をぶんぶんと振りました。優しいお姉さまだ。きっと私たちへの気遣いだろう。
「どったの~?」
「きゃっ!」
いつの間に戻って来たのか、お二方が私の傍に居たのです。
「い、いえ。――あのっ!」
「どうしたの?」
「お姉さま……いえ、黒髪の聖女さまは臥せったと聞いているのですが、どうしてコレを……」
ああ、とお二方は視線を合わせて、お姉さまの今の状況を教えてくれるのでした。