魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0105:【終】聖女が臥せった。

 こんな話は黒髪の聖女さまから聞いていないと、未だ止まぬ雨が降る空を見上げる。

 

 二日前、竜が王都の空に現れた。

 

 以前に晴れ渡る真っ青な空に飛んだ竜とは違い、雨で雷が鳴る中で彼らは突然現れた。彼らの力なのだろうか、直接頭の中に声が響く不思議な感覚。そうして竜は『王都の民の手で奴らを討て』と告げ、空から消えて行った。

 

 「恐ろしい」

 

 部屋でぼそりと呟く。王都の民の間では『このままでは王都が火の海に包まれる』と不安に駆られているようだ。黒髪の聖女さまは機をみて民を煽れば良いと仰っていたが、まさかこれも計画の内なのだろうか。

 

 「アウグスト、行くのだな」

 

 昨夜届いた、差出人が書かれていない手紙に枢機卿さまは視線を寄越す。内容は『機は熟した』と端的に書かれていた。

 

 「はい。これ以上、王都の皆の不安を煽るのも良いとは思えません」

 

 「……これを持っていきなさい」

 

 「教典ではありませんか! よろしいのですか?」

 

 枢機卿さまがずっと大切にしていた教会の教えを説いた本だった。随分と使い込まれているが、大事に扱っていたことが窺い知れる。

 

 「構わぬ。――無事に戻ってきなさい」

 

 輪袈裟を通してくれ、清めの水と掛けてくれた。

 

 「はい!」

 

 大丈夫だと自分の心に言い聞かせる。死ぬのは、聖女さまに直訴を決めた時に覚悟していたこと。家族も腹を括っているのだから、ここで私が怯む訳にはいかない。上手く事が運べば、教会正常化の一歩を踏み出せる。それが出来るのならが私の命など安いもの。

 枢機卿さまの屋敷で働く方々も『お気をつけて』と声を掛け見送ってくれた。玄関を抜け真っ直ぐに続く正門まで歩き、横にある小門から外へと出た。貴族街の隅に位置するとはいえ、教会までは距離があるのだが歩いて行くしかあるまい。

 

 暫く歩いて、ようやく平民の方々が住む地区へとやって来た。雨の所為なのか人通りが、いつもより少ない。

 

 「皆、聞いて欲しい。――私は教会の信徒である! 今回、教会上層部が引き起こした不正は見逃すことができるはずもない!」

 

 そうだ、見逃せるはずなどない。真っ当に聖女として働き、教会を信頼してお金を預けていたというのに、それを裏切る行為など許せるはずもなかろうに。声高に叫ぶと、立ち止まる人たちが増えていくのが分かる。少し胸の高鳴りを覚え、上げる声に力が入る。

 

 「以前から教会上層部の腐敗振りは噂されていた! だが不正を犯した者を捕まえられる、証拠がなかった!!」

 

 だが私はあの黒革の手帳を拾った。黒髪聖女さまが預けていたお金が不正に使い込まれていた事実が露見した。証拠などこれで十分ではないか。そして雨の中、王都の空を舞った竜のあの言葉。民の心を焚き付けるには十分だろう。今回の事の顛末を声高に叫び続ける。

 

 「私は教会の不正を糾弾しに、今から乗り込む! もし、私に賛同する者が居れば、付いてきて欲しい!」

 

 無理にとは言わない。彼らにも守るものがあるだろう。家族なり名誉なり仕事なり、いろいろだ。ただ、目の前にある不正を見逃してしまうような、心無い人間にはならないで欲しいと願う。

 

 「俺も行く! 黒髪の聖女さまに助けて貰ったんだ、恩を仇で返すようなことできるかよ!!」

 

 年若い青年が叫んだ。

 

 「私も行くわ。お母さんが治癒を受けたことがあるの! まだ若いけれど、腕の良い優しい聖女さまだって言ってた!」

 

 呼応するように女性が叫けぶと、釣られたのか何人か同意する声を上げて、私の下へと集まってくれた。

 

 「アンタに協力するぜ!」

 

 「ええ。それに王都を火の海にさせる訳にはいかないもの」

 

 「……ありがとうございます!」

 

 そうして私は、声を上げながら歩き始めると、家から出てきた方が列の後ろへと加わっていくのが見えた。嗚呼、なんということだろう。教会の腐敗にこんなにも心を痛めていた人たちが居ただなんて。

 竜の言葉を恐れている者もいるのだろう。だが、こうして行動に移してくれたことが素直に嬉しい。昼日中というのに雨の降る薄暗い空に感謝をするように見上げれば、とめどなく溢れる涙を隠してくれた。

 

 「教会の不正を正せっ!」

 

 「聖女さまの金を返せ!!」

 

 そんな声が自然に上がり、教会へと足を進める私たちの列には多くの人が詰めかけていた。感情が高まり商店や家を破壊する者がいるかもしれないと、黒髪の聖女さまは危惧していたがそんな人は全く現れず。

 

 「黒髪聖女の双璧だっ! ……どうして此処に?」

 

 その声に倣って顔を横に向けると、赤毛の男女の双子が教会騎士の服を着て、街角に立っていた。

 

 「腐った教会を到底許せる筈もないっ! 黒髪の聖女さまの専属護衛として共に参ろうっ!!」

 

 剣の柄に手を伸ばして、剣を抜き教会を指した赤毛の男。確かジークフリートと聖女さまは言っていた。腹から出した通る声に呼応して『おう!』と集まった人たちが口にする。そうして暫く、私の後ろに赤毛の騎士が付く。まるで私が聖人のようだと苦笑する。

 二つ名持ちの有名な騎士が列に加わったお蔭なのか、先ほどよりも王都の皆が列に加わる速度が上がっている。中には子供まで居るが、どうか怪我を負わぬようにと祈るしかない。そうしてどんどんと教会へ近づき、腐った貴族が居る居住棟へと足を向けるのだった。

 

 ◇

 

 ――止めておいた方が……と私は言ったのに。

 

 教会の居住棟へ群がる王都の民を、窓から見下ろす。どうしてこんなにも人が集まっているのだろうか。

 日和見主義の王都民が誰かの為に立ち上がるとは思い難いが、先日に竜が王都の空を舞い忠告したのが不味かった。死ぬかもしれないという恐怖は、無能な民が立ち上がる理由には十分だったのだ。

 

 私は聖王国から都落ちしアルバトロス王国教会の枢機卿の座に就いた奴に金を払い、王国教会の枢機卿五席の内の一席を担うようになった。領地貴族としての収入だけでは満足出来ず、王国教会に目を付けたのが悪かったのだろうか。

 

 『聖女の金を使おう』

 

 以前にそう甘く囁いた枢機卿の声が頭に響く。

 

 聖女の金に目を付けたのは前からだったらしい。コソコソと少額をくすねた後に補填をしていたようだが、四年前に黒髪の聖女が王国が障壁を張っている魔力陣へ魔力補填を始めた時期に状況が変わった。平民出身の聖女が魔術陣への魔力補填を行うのは珍しい。血統主義の貴族には魔力が多く備わっている者が多く、その影響か魔力補填を行う者は令嬢が殆ど。

 其処に突然現れた大魔力を保持する平民聖女。孤児出身故か必要最低限の金だけを手元に残し、あとは教会へと稼いだ金を預けていた。貴族の令嬢は教会に支払われた寄付を、全額を引き下ろして家で管理をしている。だから彼女らから奪うことは出来ないし、家が怖い。

 

 黒髪の聖女は、三か月に一度の補填だった。だが余裕があったのだろう。補填の間隔が短くなっていく。ついに三年前には一週間に一度という信じられない間隔で、補填を行い始めた。

 聖女は金を教会に預けたまま、月に何度か少額を引き下ろすのみ。大きく金を下ろすことはない。どんどん貯まっていく金に目が眩み手を出した。最初は我々が直ぐに補填できる額をくすねていたが。

 

 『気が付いていないな……』

 

 『ええ。黒髪の聖女は清貧を旨としているのか、贅沢というものを知らないようです』

 

 そうしてずぶずぶと抜けられなくなり、使い込む額も増えていく。教会の金庫に隠しているものや、自領へと移したもの。金塊や宝石へと変わったもの。私の指に嵌めてある指輪も黒髪の聖女から奪った金であつらえた物だ。

 

 『手帳を落としてしまいました……』

 

 預かった聖女の金を管理している子飼い者が顔を真っ白にさせて、我々が入り浸っている瞑想部屋に報告を入れたのが約三週間前。

 

 『どういうことだっ!』

 

 『あれは裏帳簿のようなものだからキチンと管理しろと言っておいたはずだぞ!』

 

 『それを落としたとは……なんということだ……』

 

 枢機卿三人が揃って頭を抱え暫くして、顔を突き合わせる。手帳を落とした馬鹿によれば、黒髪の聖女が大金を下ろしたことを我々に報告しようとした際、この部屋へ赴き誰も居なかった。

 体裁上、瞑想部屋は一度入ると暫くの間は出られない。ある程度の時間を過ごし部屋から去ろうと、椅子へと腰掛けた際に違和感を覚えて確認すると、そこでようやく手帳を落としたことに気が付いたそうだ。

 慌てて部屋を出て来た道を戻るが、手帳は何処にもない。――紛失したことが分かったが、我々は全員外へと出かけて留守で、今の報告となったと告げた。

 

 『誰かが拾ったやもしれんな』

 

 『ああ。……中を見れば聖女が預けた金だと気が付くだろう』

 

 『どうする、逃げるか?』

 

 悩む中、聖王国から都落ちしてきた枢機卿が言った。

 

 『なるべく補填して発見を後らせよう。全額を引き下ろすなどあの黒髪の聖女がやると思えん』

 

 枢機卿の言葉に納得して頷いたのが不味かった。アイツは適当な額を差し出して、聖女が全額を引き下ろしに来たその日、聖王国へと逃げてしまった。隠している金をかき集めるにしても、金塊や貴金属を換金するとしてもある程度の時間が必要だ。

 しかも聖女が倒れたその日、国は金貸しを生業としている者や金貸しや宝石商に大口の客が来れば一報せよと命じたのだ。これでのこのこと換金などしてみろ、すぐに捕まってしまう。

 

 領地貴族でもある私ともう一人は、自領に戻るか王都に居続けるかしかない。もう一人は自領に逃げ込んだが、直ぐに追っ手が放たれるだろう。こうなってしまったのは黒髪の聖女が亜人連合国との繋がりを持っていたからだ。まさか竜まで出てきて王都の民を煽るとは。自発的なものなのか、けしかけたのかは知らないが、私にはもう後がない。

 

 居住棟の上から窓の外をもう一度見下ろすと、王都の民が増えていた。

 

 「金を返せー!」

 

 「聖職者が汚ねえことをしてるんじゃねーよ!」

 

 「教会の腐敗を正せぇ!」

 

 口々に好き勝手を叫ぶ王都の民を目を細めて見る。何を言う、貴様らはただの信者にしか過ぎない。神を信じることで救われると、本気で考えている馬鹿な連中だ。

 そいつらから寄付やお布施と称し金を巻き上げ、教会を運営しつつ施しや慈善事業に金をつぎ込むことが、なんと無駄で馬鹿馬鹿しいか。

 

 「さあみんな、教会の不正を正そう! 黒髪の聖女さまの騎士殿も居るのだ! 正義は我らにあり!」

 

 輪袈裟を身に着け、教会の教典を手に持った少年が声高に叫んだ。その男の後ろには赤毛の背の高い男女が控えている。

 黒髪聖女の双璧と呼ばれ名を馳せている二人だった。我々が金を使い込んでいた事を不満に思い、この民衆の群れに加わったのか。赤毛の男が剣を手を添えて構える。そうして一閃すると、歓声が上がる。こちらからは見えないが、居住棟の重い扉が切られたようだった。

 

 「――……ここから飛び降りれば、何人か巻き込んで死ねるな」

 

 高さは十分。この場で首を吊ることもできるが、生憎と縄がなかった。そうして窓を開けて手を桟に掛ける。

 

 「おい、あれを見ろ!」

 

 顔を上げ指を指す。馬鹿が。平民の癖に貴族に指を指してどうする。

 

 「教会の関係者か!?」

 

 信徒だというのに私が枢機卿だと気が付いていないようだ。ここで声を上げれば、一時だけでも凌げるかもしれないと誘惑に駆られる。

 

 「……っう」

 

 結局、声も出ず、窓から飛び降りることも出来なかった。

 

 「枢機卿の一人だ! 我らの手で捕えよう! 決して殺すな! 殺せば、同じになると心に刻んでおけ!」

 

 剣を掲げて私を指し赤毛の男が通る声で叫んだ。その声に答えた後、一気に王都の民が居住棟へとなだれ込む。

 暫くすると部屋の外が騒がしくなり、鍵のかかった部屋の扉を破る為に何かで叩いている。木製の扉が軋み、その音が酷くなる。衝撃に耐えられなくなった扉が壊れ、輪袈裟を掛けた少年が私を見据えた。

 

 「貴方は枢機卿の席の一角を担う方ですね」

 

 「……それがどうした」

 

 「聖女さま方が一生懸命に働き、信頼して教会に預けていたお金を使い込んだことを後悔し、神の裁きを受けて下さい」

 

 少年の後ろから、年齢はさまざまな男たちが私を捕えに近づいてくる。

 

 「平民が私に触るなっ!」

 

 「…………」

 

 「……」

 

 「おい! 何故何も言わないっ!」

 

 私の声に答える者は居ない。ただ黙々と縄をどこからか取り出し、私の両手を後ろへと向けて縄で縛られた。遠慮のない縛り方に、手首に痛みが走る。

 

 「逃げられないように確りとお願いいたします」

 

 「勿論です」

 

 「ああ」

 

 「さて、次は他の者の確保や隠している金庫を探さないと」

 

 ふうと息を吐いた少年は私に見向きもせず、部屋を出て行くのだった。

 

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