魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
鬱蒼と生い茂った森の中を歩き、途中でゴブリンの巣を潰してから暫く。先行していたリームの騎士の人が、慌てた様子で声を上げたその先。
――居た。
少し開けた森の中、切り株の上にちょこんと子供が座っていた。誰が見てもそれは人間ではないと理解できる。だってその子供は半透明で薄っすらと緑色に光っているのだから。
『っ!』
私たちに気付いたものの逃げる様子はなく、こちらをじっと見つめているだけ。同行している人たちは驚いているのか、動かない。それとも私に行けという無言の圧力を掛けているのか。
逃げないことに安堵しつつ、仮称、森の妖精さんはリーム王と同じような『ぐぬぬ』と言う言葉が似合っている気がするのは失礼だろうか。森の妖精さんが逃げないなら挨拶をしようと、一歩前に進み礼を執る。
「初めまして。アルバトロス王国で聖女を務めております、ナイ・ミナーヴァと申します。貴方はリーム王国に豊穣を齎す聖樹さまでよろしいでしょうか?」
言葉が通じるか分からないが、きっかけと言うものが必要。森の妖精さんが座っている切り株へと近づいて挨拶をする。
何だか気まずそうな顔をしているけれど、私の肩に乗っているアクロアイトさまに視線を一瞬寄越すとすぐ逸らした。喋れない可能性もあるし、似た感じのお婆さまに通訳でも頼むべきかと後ろを振り返るとお婆さまが一瞬で消えた。
『黙っていても仕方ないでしょうに。何か喋りなさいなっ!』
ぱっと私の真横に現れたお婆さまが、腕を組んで啖呵を切った。
『せっかく逃げられたと思たんだがなあ。なんでここが分かった?』
見た目は子供なのに、喋り方は随分とおっさん臭い。もっと子供らしい甲高い声かと想像していたし、喋り方だって子供らしく呂律が回らない所とかありそうだったのに。夢もロマンもない現実だった。
『そりゃそうでしょう! 大きな魔力を取り込んで地面を伝って消えたってことは、どこかへ行ったてことだもの』
盲目のシスターが言ったように、聖樹に注ぎ込んだ魔力が霧散せず『消えた』のだから。本来なら聖樹近辺の魔素量が上がるはずだが、それもなかったらしい。
『…………魔力感知に長けていた奴が居たのか』
『ええ。私やそこに居る二人がね』
お婆さまが、副団長さまと盲目のシスターを見てふふんと不敵に笑う。
『で、もう一人はオレに馬鹿ほど魔力を注いだ馬鹿か』
すみません、馬鹿魔力で……。森の妖精さんが外していた視線を私に向けて、呆れた顔を向けた。『オレに魔力を馬鹿ほど注いだ』と言ったので、聖樹さま確定である。
『あそこから逃げる機会をくれたことは感謝するがな……――』
どうやら森の妖精さんこと聖樹さまは長年搾取されるだけの環境が原因となり、六十年ほど前に移住計画を立てたそうだ。移住計画と言うのがリーム王国内で自身の影響力がある範囲内に、魔石が落ちているか見つける所から始めた。
サイズや魔力量はなんでも良い、とりあえず魔石さえ見つかればなんとかなるらしい。偶然見つけた小さな魔石に、自身の魔力をリンクさせて少しずつ魔力を注いでいたそうだ。
魔石を見つける為に十年、魔石に自身の魔力をこっそりと注ぎ込むこと五十年弱。自分の意識を保つ為の魔力を確保できたので移動してしまおうか、それとも聖樹として尽きてしまおうか迷っていたそうな。
「聖樹が弱った時期が一致する……」
第三王子殿下が呟き、リームの護衛騎士の方々が何とも言えない顔でその言葉を聞いていた。もっと我々が早く動いていれば、こんなことにはなっていなかったかもしれないと悔やんでいる。かもしれない、は大事なことだけれど問題はこれからどうするかが一番重要だろう。まだ聖樹さまの話は続いているので、ちゃんと聞かないと。ヒントが何かあるかもしれないし。
『聖樹として、使い潰されても良かったんだがな』
『そうよねえ。聖樹として崇められていたのだからちゃんと役割は全うしないとっ!』
お婆さまによると人間から崇められている木や石、神的な要素のあるモノには役割が付与され、それに応えなければならないという世界の理があるそうで。
だから聖樹として崇められているのならば、聖樹としてのロールプレイをしなきゃならないらしい。それから逃げるということは役割を放棄して、自然を裏切ったも同然なのだそう。妖精さんたちの間では、役目から逃げた時点で臆病者や卑怯者となるらしい。
なんだか世知辛いルールである。人間が勝手に神的なモノと崇めて、勝手に祀り上げられているんだもの。この世界の神さまは誠に酷いヤツであると、一瞬だけ空を仰ぐ。
前回のアリアさまとロザリンデさまとリーム王国の聖女さまが行った儀式で、こちらへの移動を確実なものとしていたらしい。そろそろ移り変わるかと決めた時、私が規格外の魔力を大量に流し込んだので、こちらへ移動したついでにひと花咲かせて枯れた演出をしたそうだ。
『分かってはいるが……オレの元になった魔石のお陰で随分と愉快なことになっていてな』
『?』
『魔石の意思が強すぎるんだよ。魔石の元となった竜の意思がオレに影響してやがる。どうして人間ごときに使い潰されにゃならん、とな』
妖精さん同士だからか、話がはずんでいるようだ。情報を引き出す為にお婆さまには頑張って頂こうと、会話を邪魔しないように聞くに徹する。
『随分と傲慢ねえ。そう言えば、聖樹の魔力というか根本の魔石の魔力ってどこかで感じたことがあるのよね』
どこだったかしら、と腕を組んだままお婆さまが首を傾げて黙り込む。
『ん~? んー? あっ! 思い出したわっ! 五千年くらい前にあの方に喧嘩を売った馬鹿な竜のものだわっ!!』
あースッキリしたわ! とお婆さまはニコニコ顔でこちらを、というよりもアクロアイトさまを見る。五千年って随分と長い時間だから、思い出すのに苦労するのだろう。お婆さまはほとんど残っていない聖樹の魔力から感知したそうな。
ちなみに五千年ほど前にご意見番さまに挑んで、あっさりと負けたのだそう。しかも傷を負って大陸の南へ逃げたとのことだから、もしかしてそのまま息絶えてしまったのかも。
『恐らくな。さっきからオレの感情が暴れて仕方ねえ。弱って代替わりした今なら倒せる、殺せってな』
出来る訳がないよなあと聖樹さまもアクロアイトさまを見た。聖樹さまも魔力感知に長けているのか、アクロアイトさまがご意見番さまだと看破したようだ。
『あったり前でしょう! 死期を迎えて最後の地を探しに行ったわ。貴方みたいな馬鹿に邪魔されたけれど、運良く浄化できる人間が居たのよ!』
『それが黒髪のアンタか』
「はい。偶然ではありましたが、浄化の機会を頂き儀式を執り行いました。そして魔石の代わりに……」
私の肩の上に乗っているアクロアイトさまが一鳴きするのだった。
『アンタの肩に乗っている竜はどうでもいいが、オレの意識を一部分構成している竜が五月蠅くてな。オレは聖樹として役目を全うしても良かったんだが、ヤツは気に食わんらしい』
それと肩の竜もらしい、と聖樹さまは付け加える。何年も頭の中で呪詛のように『人間に使い潰されるつもりか』『逃げろ』『呪え』『馬鹿だろう、お前』とかいろいろと言われ続けて発狂しそうだったとか。
いい加減に疲れて黙って欲しかったこともあって、別の場所に移動して聖樹としてではなくただの木として二度目の生活をと望んだそうだ。なんだか流れている空気が微妙になっているのだけれど、これって魔石の元となった竜がマトモな性格だったら、もう少しマシな展開がリーム王国に齎されていたってことだろうか。
「聖樹としての役割がですか?」
『ああ。竜は死ねば魔石になり大地と同化すると知識としてあるが、オレが取り着いた魔石は『見返してやりたい』という意識が強かったんだろうな』
負けたことに対する恨みと、あとは人間嫌いも原因らしい。最初は竜の意識など気にならなかったそうだが、時間が経つにつれてその存在が大きくなる。
そして頭の中で年がら年中竜の言葉が鳴り響き、心がどんどん疲弊していったとか。魔石に偶然落ちた木の種は魔石と同化して大きく育ち聖樹となったが、途中で竜の意識が芽生えてしまったことが運の尽きだったのだろう。
『本当に往生際の悪い竜ねえ……負けて死んで朽ちたというのに、まだ女々しいことを言っているんだものっ! あ、そだっ! ちょっと待っててね~!』
ふっと消えたお婆さまに一同何事かと驚くが、原因である本人が居なくなってしまった為、どうすんのコレ状態の私たちだった。
◇
何か思いついたらしいお婆さまが姿を消した。聖樹さまとの対話をどうしようかと、頭を悩ませるが何も思いつかない。会話、会話、何か糸口をと探してみるものの、常日頃から会話は得意な方じゃないんだよなあと、溜息が出そうになる。
「聖樹さまと、お見受けするっ! 私はこの国の第三王子のギド・リーム。長年、貴方が我が国に尽くしてくれた事誠に感謝する!」
かなり気合の入った大きな声でそう言い放った第三王子殿下に周りが引くけれど、そう言えば聖樹さまに対してこうしてお礼や謝罪を伝えていなかった。
「俺の……私の兄である王太子殿下から聖樹としての役目は降りて頂いても問題はないと言付かっている。聖樹さまが我が国に齎して頂いた恩恵は多大な物だ」
膝を突き騎士としての礼の恰好をし、そう言うことだからもう降りてしまって自由に生きて頂いても構わないと告げる第三王子殿下。王太子殿下から話を貰っているのなら問題はないし、彼に任せてしまっても良さそうだ。そしてリーム側の騎士の皆さんも第三王子殿下に倣って、膝を突いている。
「ですが、リームは聖樹さまの依存から脱却し、正しい未来を掴み取るべきだと我々は判断しました」
切り株の上に座って第三王子殿下の言葉を静かに聞いている聖樹さま。聖樹に頼るだけの愚かなまま長年過ごしてきたリーム王国を少しずつでも変えていき、皆で手に手を取り合い良い国にしていくそうだ。
若く将来有望な人たちは研修として留学をさせ、農業を発展させるため技術者を招聘し、教育と技術普及。やるべきことは沢山あるが、きっとこれまでよりも充実した生き方が出来るであろうと、第三王子殿下。そんな彼の言葉に感化されたのか、聖樹さまが切り株の上に立ち上がって真剣な顔をする。
『聖樹として役目を果たせなかったことは済まないと思っている。許せ、人間』
「有難きお言葉。聖樹さまほどのお方です。私のようなちっぽけな者よりもリームをこれからも長きに渡り見るのでしょう。この国に価値がないと判断されれば、我々王族を滅ぼして頂きたい」
民にその責任はなく、リーム王国の頂点に立つ王族が悪いのだと。ただ直に新たな王が誕生するはずなので、今少し時間を下さいと更に頭を下げた。
王太子殿下たち現王さまを引き摺り下ろすつもりなのだろう。理由は適当に付けておけば良いしなあ。能力の限界を悟った、病気、王さま業に飽きた、まあ何でもいい。聖樹派を黙らすことが出来るなら、無理矢理に幽閉することも出来るだろうし。
『その言葉、信じるぞ』
「は。――必ずや成し遂げてみせましょう」
第三王子殿下は少し顔を上げて、聖樹さまの顔を見てにかっと笑う。そんな約束をしても良いのかと思うけれど、第三王子殿下を始めとした王太子殿下方たちリーム王国聖樹脱却派の決意表明みたいなものかなあ。竜の意識に染められなければ、聖樹さまは聖樹さまらしい言葉である。
『ただいまー! みんなを連れて来たわよっ!』
「お婆さま、何も告げずに転移は不味い」
代表さまがお婆さまに苦言を呈している。どうやら、何も告げずに転移を実行したようだ。本当妖精さんって気ままである。巻き込まれても『やれやれ』くらいにしか思っていない彼らも彼らだけれど。
「あら、リーム王国に行ったんじゃなかったの?」
「あ、やほ~」
エルフのお姉さんズが私に向かって手を振っていた。この状況を妙だと思わない辺り、本当に羨ましいレベルで肝が据わっているというか。切り株の上に立った小さい小人の聖樹さまと、その前に騎士として膝を突いたままの第三王子殿下にリームの騎士さまたち。
アルバトロスの面々はリームの面々を見守っている感じだし。というか不法入国と言われかねないような。リームの法に詳しくないので、分からないけれど。
「お婆さまが我々を転移させた理由は君か」
「代表さま、皆さん、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「いや、気にするな。――しかし、ここは何処なんだ?」
代表さまがお婆さまから視線を移し、苦笑をしながら私に話しかける。背丈が全然違うので首が痛かったり。
「リーム王国の王都付近となります」
「そうか。不味いな、これでは勝手にこの国へ入ったと責められかねん」
「あ、貴方たちは?」
いつの間にか立ち上がって第三王子殿下がこちらへと歩いてきた。勿論、護衛の騎士の方々も一緒で、少し緊張感が走っている。
「誰だ?」
「リーム王国のギド・リームさまです」
家名が国名と一緒なので彼が王族であることは簡単に気付くことが出来るだろう。そう言えば、家名被りの家って存在していないなと頭をよぎる。もしそうなると紛らわしいから、普通は改名するかと一人で納得していると代表さまが第三王子殿下と向き直る。エルフのお姉さんズは、代表さまの後ろで控えていた。
「そうか。――勝手に貴国へと参ったこと、真に申し訳ない。亜人連合国で代表を務めている者だ。名を明かす風習がない故、ご理解願いたい」
代表さまは、出自については我々の風貌を見れば理解できるだろうと付け加えた。
「まさか亜人連合国の方々にお会いできるとはっ! リーム王国第三王子、ギド・リームと申しますっ!」
あれ、顔と名前が売れているから気にしないのだろうか。不法入国を問うよりも、ここで仲間というか味方になってくれるならば、第三王子殿下や聖樹脱却派にとって益は後者になるのか。
取りあえず、話し合いの末に代表さまたちがリーム入りしたことは不問となった。問題がないなら良いかと、お婆さまたちの話を聞く態勢に入る。
「それで、この子が聖樹の補填にリームに行ったってことは聞いてたけれど、どうしてこんな森の中なのかしら」
「だよね~。王城横の神殿だったよね。何かまた面倒事にでもなったの?」
お姉さんズに『また何かやったの』と問われているような気もしつつ、口を開く私。
「魔力補填の儀式を執り行ったのですが、枯らしてしまいまして……」
私だってやりたくてやった訳じゃないのだ。何年かの延命だろうと軽く考えていたら、なんでか枯れてしまったのだから。
「え……どれだけ注いだのっ!?」
「適当に、こう、息を吹き返さないかなあと……まあ、割と多め? に……」
正しい量なんて分からないんだよねえ。いつもふわっとした感じでこんなものかなあって魔力を放出しているだけだし。治癒や防御魔術にバフや祝福の感覚は教え込まれたから問題はないけれど、儀式魔術は一生に一度使うかどうかというレベルなので、限界まで突っ込んでおけというのがセオリーらしい。
で、儀式の後は疲れ果てて倒れるのが普通らしい。そういえば浄化儀式の時の方が魔力を多く消費して、脱力してリンに抱えられたなあ。今回はその時よりもマシだったので、こらえたけれど。
「あー……だから聖樹が妖精化しているのね。呆れた」
『そそ。妖精化は時間を長く生きた所為もあるのでしょうけど、決定打はこの子の儀式が原因ね。で、枯れた聖樹から注いだ魔力が霧散するでもなく、地面を伝って逃げて行ったらしいの』
あとは以前から魔力をこちらへと流していたようだし、定着化出来ていたのでしょうねえ、と。切り株を探れば魔石が出て来る筈だとも。それが分かったのはソコに居る目が見えないシスターのお陰よ、とお婆さま。
「視覚が取られて、魔力感知が先鋭化したのね」
ままあることらしい。人間の重用器官である視覚から得られる情報は、聴覚、嗅覚、触覚等の情報より随分と多く七割程を占めると言われている。
七割失ったことによる、本能的な人間の補填行為が魔力に頼ったものとなったのだろうと、お姉さんズ。盲目のシスターはエルフのお姉さんたちの気配を察知しているのか、頭を軽く下げる。
「で、お婆さま。なんで私たちを呼んだのかしら?」
お姉さんAが本題へ入る為に、お婆さまに問いかけるのだった。