魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
沢で血を落としてから暫く行軍訓練が終わり、森の中の広場へと戻ってきた。周囲のみんなは緊張していたのか疲れを見せているけれど、これから夜ご飯の準備や寝床の確保などやることは沢山ある。
「とりあえず、水の確保か」
「うん。さっきの沢がこっちに流れているはずだけれど……」
訓練の最中に森に自生していた果物やきのこに食べられる野草なんかもゲットしている。学園から支給されるものは麦と塩のみだから、水を確保しなければ調理もなかなか難しいものになる。
味のしない麦粥でも作ろうかと三人で決めていたのだけれど、肉を手に入れているので少しはまともな食事になりそう。
「ナイ、俺たちは水場を探してくる。一人で平気か?」
とりあえず寝床を作る場所は確保した私たち。面倒な人は寝袋や毛布で凌ぐみたいだけれど、教会から借りてきた大きな布とロープがあるので、かなり簡易的ではあるけれどテントを張ることにしている。
まだ作業には取り掛かれていないけれど、やるべきことをやった後でその作業に移る予定だ。
「うん。この辺りウロついて枝を拾って火を熾しておくよ。――二人とも気を付けてね」
火の確保は野宿において重要なものなので、大事な仕事である。
「ああ。――無理するなよ、戻ったら手伝う」
「行ってくるね」
革の水筒を腰からぶら下げているジークとリンが踵を返し森の中へと消えていった。おそらく先程教えて貰った沢の延長線上にこの場所があるから、そう時間は掛からないだろう。
「よし、私も枝を拾いますかね」
そうひとりごちて作業を開始するのだけれど、周りの人たちも目的は似たようなもので行動を開始していた。これは早い者勝ちになるのだろう。
出遅れれば今の場所より遠くまで足を運ばなければならなくなる。水を確保をお願いした二人には申し訳ないので、気張らなければと歩き始める。
「勝手に遠くへ行くなよー。行くなら一言告げていけー」
あまりやる気のなさそうな特進科担任教諭の声が聞こえてきた。とりあえず広場からあまり離れず枝を拾いに行く。薪の前に焚き付けしやすい、ようするに火が最初につきやすい材料を集める必要があるので細い小枝を探す。
スギの枯れ葉や松ぼっくりがあればいいのだけれど、残念ながらこの森には自生していないようだ。地面に落ちている木枝で乾いたものを選び折ってみて『パキッ』と音がするものが極上の焚き付けに適しているので、いくつか折って確かめる。
あとは薪となる太い枝だ。硬くて重い木は火が点きにくいけれど一度燃えれば火持ちが良いので、そういうものを選んだ。
そうして何度か拠点を往復する。体がちんまいので他の人より回数が多くなってしまうのはご愛敬。
「あ」
「……」
そうこうしていると、何故だかヒロインちゃんと殿下方ご一行とばったりと出くわしてしまった。こうして面と顔を突き合わせるのは、学院で貴族の人となりを彼女に話したとき以来だし、殿下方ともその翌日に詰め寄られて以来になる。基本的に関わることはないのだけれど、どうしてこうなってしまうのだろうか。
「――何か?」
殿下とヒロインちゃんを守るように、側近候補の緑髪くんと他三人が前に出た。どうにも彼らからの印象が地に落ちてしまったようで、良く思われていないようだ。
目の前の人たちはヒロインちゃん至上主義のようなので仕方ないけれど、その行動で周囲にどのような影響を与えているのかを考えたことはあるのだろうか。
「いえ、殿下の行く手を阻んでしまい申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げる。彼らと鉢合わせになったのは本当に偶然だ。薪拾いの為に下を向いて歩いていたことが、仇となってしまった。
「以前は邪魔が入ってしまい伝えられませんでしたが、卑しい者が我々に近づくべきではありません」
「ああ、貴様の経歴を調べさせたが貧民街出身だそうだな。素性も分からない者が俺たちに近づくなっ!」
側近の緑くんと偉丈夫な赤髪くんが、私に詰め寄る。
素性はある程度調べればすぐに分かるので、私が孤児だったことを知っている人がいても不思議ではない。
ただ、私が聖女であることを吹聴しないで欲しいと周囲の人たちにお願いしているだけなので、素性は調べたのなら直ぐに分かりそうだけれども。軍や騎士団の人たちにも知られているのだけれど、誰が調査したのだろうか。
というか彼らから見れば『卑しい者』という言葉にはヒロインちゃんも含まれてしまうような……。その言葉にはいろいろな意味があるけれど、今回の場合は身分や社会的地位が乏しいという意味が適当なはず。いいのかな、お気に入りの子を蔑む言葉を簡単に口にしてしまうなんて。
「ですね。教会で信者たちからの寄付で生活をしているというのに、身を弁えず……聖女の仕事もしているようですが、どうせ碌な働きではないでしょう」
あ、流石に知ってたのか。
私が聖女だと言ったのは、教会の枢機卿子息の紫髪くんだった。教会の宿舎は確かに信者の方からの寄付で賄ってはいる。いるんだけれど、全てを無償で行っている訳ではない。
食費やら光熱費やらを毎月寄付という形で納めている。私だけじゃなくてジークやリンに宿舎に住んでる人たちは全員だ。もちろん事情のある人は免除されるけれど。
最近は学院があるので、聖女としてお勤め回数は減っているけれど、根回しは済ませてる。
私がやるはずの仕事を誰かが肩代わりしてくれているのは明らかなので、他の聖女の人たちや治癒を施せるシスターたち。そして遠征に同行する軍や騎士団の人たちにも。
「それに魔術の授業でも貴方は碌に発動できていない。そんな者が聖女としての務めを果たすことなど出来るはずがありません」
魔術師団長子息の青髪くんだった。確かに広域殲滅魔術をぶっ放す聖女さまも居るけれど……。『聖女』というのは称号であって、個々人の能力にかなり左右される為に適材適所で配置される。
この辺りのことは王国や教会は黙っているので、知らなくてもしかたない。
なんでもできる万能型ではないし、学院の魔術の授業は基礎をすっ飛ばした応用編。普通科に進む予定だったのに特進科へと転科になってしまったので、攻撃魔術に関してはおろそかにしており基礎や初歩しか使えなかったから仕方ないのだけれど。
反論したらしたで恐らくまた『卑しい者』と言われてしまいそうなので黙っておく。
沈黙は金なり。――よく言ったものだ。
「――反論する気もおきぬのか……アリスに詰め寄ったことを謝っていないそうだな、貴様はっ!」
彼女と話したかったけれども、貴方たちがしっかりとガードしてて近づけなかったのです。彼女の家を知らないし、家に行ってまで話すことでもないしなあ。どうしたものかと考えていると、意外な所から助け船がやって来た。
「みんな、止めようっ! ――私にはみんなが居るけれど、彼女はクラスにお友達がいないから寂しいんだよっ! きっと!!」
五人と私の間に入り、両手を広げてヒロインちゃんは叫んだ。
ぐさり、と胸に刺さる言葉を彼女は口にした。いやだって特進科はお貴族さまと平民二人しかいないのだから、交友関係は随分と限定される。で、唯一友人になる可能性があった彼女は殿下たちと仲良くなっているのだから、原因の一端は彼女のような……。
いや、人のせいにするのは良くないなあと頭を振ると『アリスは優しいな』とか『目の前の女とは大違いだ』とか好き勝手言っている。
早くこの状況から逃げられないものか……と頭を抱えるのだった。
◇
殿下たちとヒロインちゃんとばったりと出くわしお小言を貰ったのだけれど、勝手に盛り上がって勝手に去っていった。
去り際にヒロインちゃんが、彼らに見えない角度でにやりと笑ってた。どうやら前回の話し合いで嫌われたのだろう。
「……災難だったな」
「側にいてあげられなくて、ごめんね」
水を確保して戻ってきた二人は戻ってすぐ、私の話を聞いて頭を下げた。
「大丈夫。むしろあんな所に二人が出くわさなくてよかった」
ジークとリンは私と一緒に居ることで受けてしまうとばっちりだ。聖女として行軍している時も、時折お貴族さまからお小言を頂くことはあった『こんなみすぼらしいのが聖女……』『子供になにができるというのだ……』とか。他の聖女さまはぼんきゅぼんの人が多いし、見目麗しい人が多いので私に向けた『みすぼらしい』という言葉は正解である。
わざわざ口に出す必要はない気もするけれど。どうにも、お貴族さまはこうしてマウント合戦をしたがる人が多い。
「ああ、居たな。ほら、さっきの肉だ、受け取れ」
顔見知りの軍人さんは私たちを探していたようだ。小脇に肉を抱えたまま、暫くさ迷っていたのだろう。
「ありがとうございます、助かりました」
「いんや、俺たちも配給食だけじゃあ足りんからな。任務中で狩りも出来ないから助かった」
例年より警備の人数が多いので、人手が余っていたのだろう。余裕がなければ肉を運ぶだなんて申し出はなかったはずである。
「上手いヤツに捌かせておいたから、あとはお前たちで好きにしろ。――そうだ、捌いたヤツが今度一緒になった時に教えてやると意気込んでいたぞ。食える所を無駄にした素人の捌き方だと嘆いていた。じゃあな」
有難いことに、こうしていろいろと知識が増えていく訳である。
布に包んでいた肉を渡してくれた彼は、片手を挙げながら去っていく。手渡された肉は随分とあるので、三日間そうそう飢えることはなさそう。
「ん?」
抱えてた肉に違和感があったので、その場で開けてみる。
「どうした?」
「?」
「お肉以外に、なにか入ってる」
三人で見ると中にはレモンが一個入っていた。肉にかけて味変でも楽しめという気遣いと、肉の礼も含まれているのだろう。
「律義だね」
肩を竦めながら笑うと、ジークとリンも笑う。
「火熾して、ご飯の準備するね」
そろそろ陽が沈み始める頃合いなので、明るいうちにやれることはやっておきたい。
「なら寝床やら準備しておく」
「私は?」
こてりと首を傾げたリンにジークがこっちを手伝ってくれと言っているので、調理に関わる気はないようだ。
前世で自活していたので一通りの家事はできる。道具が全く違うのは頂けないけれど、もう慣れた。支給された麦と塩に持参してきた底の浅いダッチオーブン。大きなものは流石に移動の際に疲れてしまうので、小さめを用意したのだ。
それでも重いけれど、重宝する。麦粥を三人分用意するくらいならなんとかなるし、煮る焼く蒸すなんでもござれなのだから。
周囲のみんなはサバイバルに慣れている人と慣れていない人に別れていた。
寝床造りや火熾しに悪戦苦闘している人もいれば、さっくりと済ませている人に寝袋だけだして広場をウロウロしていたりと様々で。
初日なのでご飯抜きで過ごそうという猛者もいるようで、火熾ししている合間に視線を向けるとそれぞれの特徴がでていて面白い。
「――さて、美味しいものが出来るといいんだけれど」
そうはいっても麦に塩で味付けしただけなので、期待は出来ないなあ。孤児時代ならばこんなものでもご馳走だったというのに、この数年で美味しいもののレベルが上がってる。
肉があるので、そっちに期待だなあと横目で見ながら、沢の水を一度煮沸し粗熱がとれたら違う革の袋へと流し込む。これで飲み水の確保は完了だ。
持参していた水というか、ワインを水で薄めたもの――アルコール度数は低い――を用意していたけれど、量を持てないので現地で確保することにしていた。
水場は見つけたのでちびちびと飲む量を考えながら消費しなくてもよくなったので、水場を見つけられたことは有難かったし、粥に使うと味が移るので使いたくなかったのだ。
小さく鼻歌を口ずさみながらぐつぐつと煮えてくる鍋を見つめてると、陽も随分と落ちてきており西の空は茜色に染まり、東の空は藍色へと変化していた。もうすぐ一番星――金星じゃあないけれど――がみられるなあと鍋から視線を外して空を見上げるのだった。
◇
ぱちぱちと音を鳴らしながら火が燃える。熾した火の回りには枝に肉が突き刺されており、焼けてきたのか油が落ちていた。少ないけれど。
「お肉っ!」
「肉だな」
「肉だね」
幼馴染三人組の中で一番騒いでいるのは私なのかもしれない。だって久方ぶりだし、美味しいものにありつける方法はお金をださなきゃならないし。甘味も砂糖類は貴重でありお貴族さまの御用達なので、庶民には中々口にあり付けない。王都で肉は高いし、平民であればお祝い事があったときに食べるくらい。
牛は神事の時に捌いて振舞われるくらいなので、聖女の仕事をこなしている場合が多いのでありつけない。それに牛や馬は耕作の為に使われる為、重宝されているので中々捌かれることがない。
となれば鳥か兎か豚くらいが主になってくるのだけれど、豚は量産がしやすく何でも食べる上に更に糞便も処理してくれる為重宝するのだけれど、王都は糞便をまき散らすことを禁止にしたのでなかなかに育成が難しくなってしまったそう。兎は飼育するよりハンティングで得るという意識が強い。鳥も捕まえて食べるのが主流。王国で畜産業が発達するのはまだまだ先だろう。
牛肉が食べたいけれど、諦めるしかないのである。
それでも肉が口にできるので贅沢ではあるけれど。牛肉、久方ぶりに食べたいなあとしつこく思いつつも日本で食べていた和牛のような味には届かないだろうなあ。品種改良された上で、日本人好みのものに仕立て上げたのだから。
「熱いぞ」
「ありがとうジーク」
「兄さん、ありがとう」
肉を焼くのは何故かジークの役目になっていた。器用にナイフで焼いた肉を切り分けてリンと私に渡してくれた。
熱いのは苦手なので少し冷ましてから口にする。独特の臭いがあるけれど食べられないことはないし、腐りかけの肉を食べた時よりも美味しいので文句はない。まあ胡椒で塩で味を誤魔化しているという部分もあるだろうけれど。
「レモンかけてみよう」
くし切りにしていたレモンをひとつ掴んで、適量を滴らせる。見ているだけでよだれが出てくる光景で、
「どうだ?」
「かけたら、凄く味があっさりするね。その人の好みによるだろうけれど」
私の言葉を聞いて、おもむろにレモンを手に取って掛けている二人。なるほど、レモンがどんな味なのか分からなかったから躊躇して、私に聞いてきたのかと苦笑い。
「ああ、確かにあっさりするな」
「うん。面白い味」
お試しで食べてみようと味見をしただけなので、一旦口にするのをやめる。椀型の木でできたお皿をだして麦粥をよそって、二人に渡す。
「すまない」
「ありがとう」
「味付けが塩だけだから、物足りないかも。一応食べられるようにはなってるよ」
味見はしておいたので十分口に出来るものには仕上がったのだけれど、出汁とかが手元になかったので物足りないというのが本音。
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
日本ではおなじみの挨拶を口にし手を合わせる。以前、つい癖で口走ったことがあり、言い訳につぐ言い訳をして二人を納得させた。
二人は神に祈りを捧げるよりもこっちの方がしっくりすると言って、食べる前に手を合わせるようになった経緯がある。ちなみに王国ではキリスト教のように神に祈りを捧げるのが主流だった。
神に祈りを捧げない聖女ってどんなもんよ、と疑問になるけれど教会の人たちは無理強いはしない。
聖女としての役目を果たせれば、文句はないそう。孤児院では神の教えを説いているので、いろいろと思惑があるのだろう。
「お肉美味しい。ごちそうさまでした」
「ごちそうさん。そりゃ良かった」
「食べたい、食べたいって言ってたもんね。ごちそうさまです」
三人でもう一度手を合わせる。王都で贅沢な食事といっても野菜がメインであることが多い。多少の肉が入っていることもあるけれどがっつり食べる選択肢はかなり少ないので、今日は本当に良い日である。
「さて、明日に備えて早いが寝るぞ。リンと俺は交代で夜番だな」
騎士科は歩哨に立つことを課せられているので、他の学科の生徒とは少し違っていた。
「私は?」
流石に二人だけに任せるというのも気が引けるというものである。
「ナイがやっても意味ないだろう。騎士科じゃないし、寝てなるべく疲れを取っておけ」
「うん。明日も食料の調達しなくちゃだし、ゆっくり寝てて」
行軍でも聖女は優遇されていて夜番なんてやったことはないからなあ。二人にごめんねと頭を下げて、寝床に就く。
そういえば教会は肉を食べることを禁止してないなと頭の片隅によぎり、適当だよなあと呆れた顔を浮かべながら目を閉じたのだった。